1.はじめに
中学校の技術科教育は,発足して45年が経過し,教科の中心的内容であるものづくり教育が少しずつ集約される傾向にある。
技術科教育の履修する時間数が最低になり時間的に軽減された状況になっているが,現在においても,
ものづくりの主たる教科として位置づけられている。授業では,実践的・体験的な学習や問題解決的な学習を通して,
ものづくりやコンピュータ操作などを行っている。
近年,子どもの手先の不器用さやものづくりの未熟さなどを指摘されるが,技術科教育では限られた授業時間の中で,
技能や知識の定着を目指している。そこでは,ものづくりの体験不足や経験不足はみられるものの,
決して,生徒の工夫・創造力や実践力が低下しているとは思えない状況が概観された。
2.普通教育における技術科教育の目標
現在の日本の普通教育で技術教育を実施しているのは,主として中学校の技術・家庭科の技術分野で,
「A 技術とものづくり」と「B 情報とコンピュータ」の内容で行われている※1)。
この「B 情報とコンピュータ」の情報教育は,普通高校に新しく設置された「情報科」との関連が見られる。
中学校の技術・家庭科の技術分野の内容を,すなわち情報教育も含めたものづくり教育の内容を技術科教育として位置付ける。
本来,技術教育は専門高校にも存在し大きな範疇で用いられるが,ここでは普通高校の「情報科」の内容※2)と,
中学校「技術・家庭科」の技術分野の内容を合わせて技術科教育と呼ぶ。
○中学校「技術・家庭科」の目標
「生活に必要な基礎的な知識と技術の習得を通して,生活と技術とのかかわりについて理解を深め,
進んで生活を工夫し創造する能力と実践的な態度を育てる。」
○技術・家庭科「技術分野」の目標
「実践的・体験的な学習活動を通して,ものづくりやエネルギー利用及びコンピュータ活用等に関する基礎的な知識と技術を習得するとともに,
技術が果たす役割について理解を深め,それらを適切に活用する能力と態度を育てる。」
○高等学校普通教科「情報科」の目標
「情報及び情報技術を活用するための知識と技能の習得を通して,情報に関する科学的な見方や考え方を養うとともに,
社会の中で情報及び情報技術が果たしている役割や影響を理解させ,情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度を育てる。」
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【中学1年生の技術科教育のガイダンス授業】
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3.ものづくり教育を中心にした教育課程
現在,中学校技術科教育の授業時間数は,一般に1学年で35時間,2学年で35時間,そして3学年で17.5時間とされ,
余裕ある授業展開が難しい状況である。学習内容の「A 技術とものづくり」と「B 情報とコンピュータ」を3年間のスパンで考え,
A並びにBの(1)から(4)までの指導項目を配列して構成する。加えて,AとBの(5)と(6)の内容を1または2項目選択して取り扱う。
この場合,題材を中心にその製作を通して学習目標を達成しようとするプロジェクト法(実際の作業を中心として,
生徒が自ら計画や構想し問題解決する実践的な活動を重視する経験的な学習)で展開する。授業展開を考える場合,
体系的な単元構成が求められ,生徒にどのような資質・能力を獲得させればよいか教科独自の学力論を展開することが大切である。
今後,いっそう多様化個性化する生徒に,教師がどのような方法で対処していくかが課題であり,プロジェクト法の学習展開を補完し,
より充実することが求められる。
(1)技術科教育の変遷
技術科教育の前身として,1947(昭和22)年から「職業科」が,1951(昭和26)年から「職業・家庭科」として,
「農業」「工業」「商業」「水産」及び「家庭」などの教科内容やその履修方法が構成された※3)。
そして,1958(昭和33)年の学習指導要領で「技術・家庭科」が発足し,およそ10年ごとに4度,
教科内容や履修方法が改訂され現在に至っている。当初は,男子向きや女子向きの内容に分けられ,
男子生徒は主として技術分野を,女子生徒は家庭分野を,それぞれ別学で履修した。その後,
男女の差異に関係なく,生徒は共学で技術分野も家庭分野も学習するようになり,
新たに情報教育が学習内容として履修されるようになった。
(2)技術科教育の授業時間数の減少
1962(昭和37)年から開設された技術・家庭科の技術分野の週当たりの時間数は,当初は,
男子生徒だけに1・2・3年生の各学年の必修だけで3時間/週として始まった。その後4度の改訂が実施され,
2002(平成14)年から実施の現行学習指導要領では,男女生徒が1・2年生で1時間/週,3年生で0.5時間/週と大幅に減少し実施されている。
(3)技術科教育の内容例
現在,実施されている技術科教育を例示すると,以下のようになる。
1年生では「コンピュータの基本操作とモラルの学習」(20時間)と「簡単なものづくり」(15時間),
2年生では「ものづくりの発展とエネルギー変換の学習」(35時間),そして3年生では「コンピュータソフトを用いた創作活動」(17.5時間)
の内容が考えられる。各学校によって,学習する内容や順序,選ぶ題材,及び所要時間数を柔軟に取り扱ったり割り当てたりしている。
技術分野の「A 技術とものづくり」の内容は,木材加工(製図を含む),金属加工,機械,電気,栽培で,
「B 情報とコンピュータ」は,情報教育の全般について構成されている。「A 技術とものづくり」の題材例として,
1枚板の素材から,「CDラックの製作」についてまとめる。まず,各生徒が作りたいと考えるCDラックの構想を立て,
図をかき設計をまとめる。そして工程表や材料表にまとめ,素材を用いて,材料取り(けがき・切断など),
部品加工(削る・穴あけ・曲げなど),組立て(下穴あけ・接合など),塗装(下地つくりなど)を行う。
完成した製作品を実際の生活で使用して,使い勝手やじょうぶさを評価して学習をまとめる。
4.市販教材の必要性
教育現場では,一人の教師に求められる役務が増え,目の前の対応に奔走している状況が見受けられる。
道徳の授業や特別活動などの学級経営,部活動の指導,生徒指導,多様な学校行事の開催とその実行委員の指導,
委員会活動の指導などと,総合的な学習と専門の教科指導で,指導法・評価・教材の研究とその実践が推し進められている。
この現状において,技術科教育では,実習題材に市販教材の利用が欠かせない存在になっている※4)※5)。
技術科教育の代表的な教材会社が,2005(平成17)年度にロボット教材を出荷した状況をまとめたものである。
主としてユニット化された各種ロボットの利用が多く,ものづくりを含んだ機構学習やエネルギー変換の学習に用いる題材の利用が目立っている。
そして,各種部品から必要なものを選択して組立てるパーツの販売が増加傾向にある。
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【木材加工教材の出荷数変移】 | 【木工具の販売数変移】 |
ものづくりで代表的な木材加工教材の出荷数を,1999(平成11)年と2005(平成17)年とで変移を比較したデータである。
生徒数の減少が若干影響するものの,主に授業時間数の削減が出荷数の減少に要因として考えられる。
特に,従前と現行の学習指導要領の改訂に伴う,ものづくり教育の時間的余裕が減少したことが影響している。
同様に,木工具の販売も顕著に減少している状況が見受けられる。これは,木工具の学校設置が実施されていることとともに,
主として家庭に木工具を備える必要が無くなったことが減少に影響している。
5.技術科教育実践の調査から
2005(平成17)年〜2006(平成18)年に,高知県の中学校教員や生徒の保護者を対象に,技術・家庭科に関する調査結果から,
以下のことが明らかになった。
指導する技術・家庭の教員を対象に調査した結果,教員免許を保持している教員が全体の50%余りであった。
アンケート結果より,技術・家庭科教育は免許外教員に頼ることが大きく,短時間でできる題材選定が見られ,
本格的なものづくりは選択授業で実践する傾向であった。
生徒の保護者を対象に調査した結果,中学生の時に興味の持った授業としてものづくりの授業とグループによる実践・
実習の授業と回答している。中学生に学ばせたい技術分野の内容として,環境問題を考えた内容,
工具や機械を活用する内容,生活に役立つものづくりなどがあげられた。
そして,全体の調査結果から,
・技術科教育は生活に役立つ内容であってその実践を望んでいる,
・技術科教育の学習を通して子どもの自立を願っている,
・保護者は子どもの学習内容を把握していない,
・家庭においても技術科教育をサポートする,
・ものづくりの大切さを意識している,
・環境問題に関心が高い,
・技術科教育が果たす役割に期待している,
などである。
6.技術科教育の今後
生徒の状況を概観すると,生活におけるものづくり経験の不足による基礎技能や生活技術の低下が認められるが,
一方ではコンピュータで作られた玩具や機器の取り扱いに慣れ,便利で有効な道具として活用する能力や技能を備えている。
ここで生徒の問題としたいのは,画面を通した情報伝達などのコンピュータ操作はできるが,
ものづくりにおける工具や機械を取り扱う経験知が不足しているため,
人間として備えたい感性など情意面のバランスが崩れていると推察されていることである。
ものづくりなど,道具や工具を使って木材や金属などの素材を実践的・体験的に加工する学習活動は,
生徒自身の五感の鋭さや自分を統制する力をも育くんでいると思われる。今の時代にこそ,
技術科のものづくり教育で,昔から用いられてきた道具や機械などを的確に取り扱える能力を育てる教育の実現を目指すべきと考える。
ものづくり教育の教育課程は,生徒の実態に応じたカリキュラムデザインが必要である。
生徒の実態として,生活環境や生育歴におけるものづくり経験の不足と技能の低下が顕著なため,
今まで技術科教育で主に実施してきたプロジェクト法の授業展開を基盤にしながら,
オペレーション法的な技能習得を重視した展開の必要性が考えられる。
すなわち,構想・設計・製作という過程で,道具や工具及び工作機械の使い方を徹底して指導する教育を指している。
これまでの,題材への期待を通した学ぶ意欲の持続や教授・学習の容易さを求めた技術科教育から,
今後,ものづくり技能の原理原則を追求した技術の習得を通して学ぶ楽しさや生きる力を培う教育へ,
カリキュラムの方向転換が必要である。これからの人生に有用な技能や知識を考えた場合,
決して生活に役立つものや使用するものではない。しかし,この技能や知識の獲得は,
生徒の成長にとっての人間形成,いわゆる運動感覚的に備わる能力であり,
他方では情意面に影響して豊かな感性として育まれるものである。
したがって,生きる上での役立ちや有用性とは,生徒にとっての有効な技能や知識の獲得であり,
ものづくり学習は楽しい学びにとなって位置づけられ実践されるべきものと考えられる。
参考文献
1) 中学校学習指導要領(平成10年12月)解説 ―技術・家庭編−,文部科学省,1999
2) 高等学校学習指導要領解説 情報編,文部科学省,2000
3) 技術科教育総論,日本産業技術教育学会技術教育分科会編,pp.18-25,2005
4) 中学校技術科における教師の題材選定に関する調査研究,安東茂樹,日本教材学会 年報 第8号,pp.34-36,1997
5) 中学校技術科教育における市販教材の有用性に関する調査研究,安東茂樹,日本教材学会 年報 第9号,pp.111-113,2006