小特集「工学教育と教育効果」
「教育効果の評価」
―全体の現状と授業評価の実例―


渡邉辰郎(東京大学)



 大学における教育評価について,状況の一端を報告したいと考えている.教育評価についての本格的議論が始まったのは平成3年6月の文部省令24号以降である.大学設置基準が変わり始まった.但し,大学の内部で本格的議論が始まったのは平成8年9月八大学工学部長懇談会において「工学教育におけるコア・カリキュラムに関する検討委員会」の設置以降に俄かに活発化した.このような背景があり,その流れを見るために日本工学教育協会「工学・工業教育研究講演会講演論文集」の講演論文を対象に記事の分析を行い,その成果の一部を本年度日本機械学会年次大会で講演[1]をした.過去7年間で680遍の講演論文があり,その内,教育評価のセッションに53編の発表があった.その結果を表1に示す.表内数値は発表件数を表す.

1 分類の年代別推移

番号

分類名

年度(平成)

7

8

9

10

11

12

13

1

イメージ調査

1

2

1

2

2

2

外部評価

3

1

1

3

教育業績評価

1

4

教育効果評価

2

3

2

1

5

教科書評価

1

6

自己評価

2

1

1

1

1

7

授業評価

1

2

2

2

2

3

8

成績評価

2

1

9

評価システム

3

2

1

2


 この結果を講演論文としての価値の立場から見てほしい.つまり,講演論文ということは,一般論ではなく,新たな視点で実施した結果の報告として理解をする必要がある.教育効果・評価については幾つかの観点があり,分類名を見るとご理解いただけると思われる.時間的推移についても興味深い.授業評価,外部評価については一巡をして一般的となり,今は,イメージ評価,評価システムについて議論をしていることを示している.評価システムについては各種手法が試みられているが,何についての視点が多様化しているため決定打は無く,多くの試行をしている状況だ.

 他方,「工学教育プログラム改革推進委員会」における改革推進研究発表会においても多くの事例が報告されている.13年度は達成度評価,自己評価,授業評価の結果が多く報告されている.14年度は「国際性向上及び社会との接続」をテーマに工学教育の国際化,産官学の連携についての発表を行っている.

 大学の評価についても,幾つかのシステムが出来て活動をしている.日本技術者教育認定機構,大学評価・学位授与機構,大学基準協会等である.

 大学評価・学位授与機構では全学テーマ別評価の内,「教養教育」では95の大学が「研究活動面における社会との連携および協力」については111の大学を含む文部科学省所轄団体が評価を受けている.分野別教育評価では法学系,教育系,工学系各々12大学が受けている.このように外部評価の時代に入った.

 また,大学基準協会では会員校の「相互評価」を定め,正会員校になった大学が7年毎に定期的に受ける「相互評価」と正会員校になろうとする際に受ける「加盟判定審査」の二種類を決めた.

 このような情勢下にあっての教育評価は大学にとって重要な課題となっている.

 東京大学でも学生に対する「授業評価(アウトカムズ評価)」を1,2年生対象実施している.結果については事務部局が集計して関係教官に配布をしている.このアンケートを利用して,小生の関係したゼミ(対象1,2年生),演習(大学院1年生)に利用した.その成果の一部は報告[2][3]をしている.但し,数値化出来ない情報についても,記述式アンケートも併用している.質問内容は4項目「志望動機」「自己評価」「ゼミの評価」「改善点」である.これらのアンケート結果を見ると,新規に実施した科目についてはその内容の改善に役に立てる事が出来,効果があることが確認を出来た.アンケート結果をいかに生かすかは個々の教官の関心度にかかっていると思われる.個々の実施例について触れ,利用についても述べる.

例1. 教養学部生の動機づけを目的とした首都圏「もの作り系博物館」の利用法

 東京大学に入学した学生はまず教養学部において2年間学習をする.その内,始めの1年半は,2科6類に分かれ,前記課程科目(基礎科目,総合科目,主題科目)を学び,最後の半年は前期課程科目と内定した進学先学部の専門科目を学ぶ方式になっている.いまだ自分の進むべく道を定まっていない,教養学部一年生理科一類学生を対象とした全学自由研究ゼミナール「もの作りの原点探訪」に関するもので,その内容と運営方式,学生からの評価について報告する.実施期間は後期日程の土曜日である.説明会を事前に開催して希望者を集め実施する.下記の条件を定めて見学先を探した.

  1. 東京近郊とする.
  2. 土曜日が開館可能な場所.
  3. 展示品が豊富で技術関係の専門博物館であること.
  4. 収集品が一貫して,その専門分野を良く表していること.
  5. 専門的知識を持った説明員が対応してくれること.

 候補としては20数ヶ所の中より選択をした.目的にそったシナリオの描ける事が大事となる.選択した見学先は表2の通りとした.

表2 選択した博物館(見学日程順)

番号

博物館名

場所

日本工業大学工業技術博物館

埼玉県埼玉郡宮代町学園台4−1

東芝科学館

神奈川県川崎市幸区小向東芝町1

印刷博物館

東京都文京区水道1−3−3

ミツトヨ博物館・沼田記念館

神奈川県川崎市高津区板戸1−20−1

東京大学総合研究博物館

東京都文京区本郷7−3−1

 教養学部事務部で実施している授業評価のアンケート調査を本ゼミナールについても実施した.その結果を紹介しよう.関係調査項目は14項目あり,個々に項目毎に点を付け,その結果から総合評価点をつける事になっている.全体の評価も好評であった.総合評価「この授業の総合評価を5段階でしてください」の結果は「1:大変満足をしている」3人,「2:ほぼ満足をしている」1人の評価であった.全員満足をしてくれた.

 記述式アンケート「志望動機」「自己評価」「ゼミの評価」「改善点」によってゼミの参加動機等を確認した.他,見学先毎の感想も質問した.これらを総合すると,目的達成して入ることが判明した.

例2.スキルの向上をめざした大学院演習の新方式

 昨年度より大学院修士1年生向けにスタートさせた新しい形式の演習について紹介したい.この演習を開始した背景には,現状の大学院カリキュラムでは,

  1. 大学院で手を動かす演習が少ない.
  2. 研究室間で協力しあう形の演習が少ない.
  3. 所属する研究室以外の研究室で実験を体験する機会が無い.
  4. 文書作法や論文作成の手順を学ぶ機会が少ない.

といった状況があり,従来型の輪講や研究会形式ではなく,受講生のスキルアップと視野を広げることを目的として,新形式の演習の模索を試みた.新方式の演習を取り入れた科目は,機械力学・制御に関係した分野の4名の教官で担当している「機械力学・制御演習」である.本演習の特徴は,まず,4名の担当教官を2名ずつ実験系と計算・シミュレーション系に分け,提供テーマを決めるとともに,受講生についても,実験系研究室の学生には計算・シミュレーション系の演習を,計算・シミュレーション系研究室の学生には実験系演習を受講させるとのガイドラインを設けたことである.このようにして,スキルの獲得だけでなく,各自の修士論文のテーマに関係した研究の過程では経験出来ない体験を積ませることで,視野を広げることも目的とした.スケジュールの詳細は以下の通りである.

  1. ガイダンス
  2. モード解析の講義
  3. データ処理ソフトの講習会
  4. 計測機器の説明
  5. 試験材料の選択とテーマ設定
  6. 加速度センサーの取付座の製作
  7. 試験材料の取付座の接着
  8. ハンマーリングによるデータの収集
  9. 測定データの解析
  10. レポートの作成
  11. 添削
  12. レポートの修正
  13. 最終レポート提出.アンケート調査の提出

以上のスケジュールで実施をした.その授業評価および,改善点を確認のため,二種類のアンケート調査を実施した.先に述べた教養学部のアンケート調査を利用した.その結果,授業の難易度,授業内容の量,授業の準備・計画などはちょうど良いとの評価がえられたが,(3:ちょうど良い)1〜2名からは難しすぎるとの評価があり,3.0にはならなかった. 授業内容に対するものは評価が良かった.総合評価が「1:大変満足している」ではなく,「4:やや不満,5:非常に不満」の評価者がいるため,「2:ほぼ満足,3:普通である」の間となった.今後は,「4:やや不満,5:非常に不満」の評価者を無くす努力が必要と考えている.この評価を行った学生は授業の難易度,授業内容の量に,難しすぎる,量が多いと評価している.つまり,こちらで用意したプログラムに対して,充分に理解できないまま,終了したための不満の表れが出たと考えられる.記述式ノアンケートも先と同様に4項目の調査を実施した.志望動機を見ると三つの意見に集約された.第一は指導教官の薦めによるもの.第二は自分の専門領知識の拡大と,他の授業との関連を理解するために受講.第三は他大学より入学し卒論研究室と違う分野に入ったための勉強に分かれた.その他の質問についても有意義な解答がなされ,授業の改善に有効に作用し,本年度その点を踏まえて実施した.一つの評価で行うのではなく,複数の異なった方式で確認することによって初めて達成度が判断できると考えている.実施した例を上げて現状を説明したが,単に数値化した評価では不十分で,記述式の評価もあわせて行い,全体評価をする必要がある.今回は二つの例は受講数を制限してあるため,記述式の結果を整理するには問題が無いが,多量の場合,記述式のアンケート結果も何らかの形で数値の近い形で評価を行う必要があり,方式を検討している.但し,現状の方式は良好であり,「志望動機・自己評価」を関連づけると,受講者の意識調査と共に,受講者自身の再認識につながり,教育効果を上げる事につながると考えられる.このように,ゼミ形式,演習形式の授業の評価に利用できるシステムであると思われる.教育評価の効果の一例として実施例を含めて現状の一端を紹介した.この方面に関心のある方と当部門の中で議論が出来れば良いと考えている.

[1]渡邉辰郎
 工業・技術教育の新方式提案への過去の調査
 (第11報 日工教講演論文集「教育評価」の分析)
 日本機械学会関東支部第8回総会講演会講演論文集,No020-1,pp431-432 (2002)
[2]渡邉辰郎,金子成彦
 教養学部生の動機づけを目的とした首都圏「もの作り系博物館」の利用法
 平成14年度日本工学教育協会,工学・工業教育研究講演会講演論文集,pp349-352 (2002)
[3]渡邉辰郎,金子成彦,鎌田 実
 スキルの向上をめざした大学院演習の新方式
 平成15年度日本工学教育協会,工学・工業教育研究講演会講演論文集,pp619-622 (2003)

     

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日本機械学会
技術と社会部門ニュースレターNo.14
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