小特集「工学教育と教育効果」
「高専教育の現状と課題」


黒田孝春(木更津工業高等専門学校)

 皆様がご承知の通り,高等専門学校(高専)を含め高等教育機関は大きな変革期を迎えている.その一つは,高等教育機関の発展を目的とした独立行政法人化である.もう一つは,国際的レベルを有する技術者教育プログラムを保証する日本技術者教育認定機構(JABEE)の認定である.

 全国にある55の国立高専が1法人として設立される国立高等専門学校機構は,国立大学法人法とは多少異なる性格の法人と言える.すなわち,効率的かつ効果的な事業を対象に制定されている通則法の適用を受け勤務時間が制約されるため,これまで通りの十分な課外活動の指導が行なえないのではないかとの問題点も抱えている.しかし,機構の目的である「職業に必要な実践的かつ専門的な知識及び技術を有する創造的な人材を育成するとともに、我が国の高等教育の水準の向上と均衡ある発展を図ることを目的とすること」は,これまでの高専教育の本質を捉え,継承発展の可能性を秘めている.一方,JABEEでは工学教育として技術教育の水準と共に倫理観を有する教養人としての教育(詳細は第81期部門長堤一郎氏の就任挨拶を参照)を求めている.

 振りかえりますと,科学・技術の進歩に対応できる技術者養成への産業界からの要請で,1962年に設立が開始した高専は,長い歴史のある大学とは,その設立の主旨からも異なった教育システムである.最大の違いは,受入れの主体が中学校の卒業生であり,中等教育の半ばの世代である.したがって,ストレートに本科を卒業した場合は20才となり,専攻科の修了時には大学の学部卒と同年代に達する.卒業の年代が大学と同世代とはなるが,高校世代も内包しており,教育目標・内容や教育システムには独自の課題を有する.

 法人化にあたり,各高専では独自の教育理念を掲げているが,本校の教育理念は「教養ある世界市民としての専門技術者たるべし」である.これは,JABEEで求めている目標が「技術者=人格者の養成」であることとも一致した理念となっている.すなわち,高専での学生時代そのものが思春期にあり,柔軟な思考力に富み,学問領域に留まらず,心身ともに飛躍的な成長を遂げる潜在能力が旺盛な世代であり,かつ,人間形成の重要な時期である.したがって,技術者教育を目指す高専には,教養教育と専門教育の両輪の教育が大学以上に強く求められている.

 高専教育の特色を挙げるならば,柔軟な思考力と吸収力に優れた若者に体験型の教育による創造性の育成を実現していることではないか.問題発見・解決型の技術者を育成するために,基礎学力と工学知識の講義主体の教育に加え,自ら体験する「ものづくり」を中心とした実験,実習などの創造教育の実現であろう.発想,設計,製作,失敗,評価を繰り返すスパイラル教育によって実践的(ただし,必ずしも即戦力的な実践技術とは異なる)かつ,創造的な技術者の育成がなされていると思われる.

 教養教育では人文・社会系や理系の科目教育は勿論,体育系・文化系の部活動や社会奉仕などの課外活動と生活・教育現場としての学寮生活などの学生指導が人間形成を行う上での高専教育の必要不可欠な要素となっている.

 以上の高専教育に加えて,検討すべき内容(既に推進済みの高専にはお許しを頂きたい)は広い意味でのコミュニケーション能力の育成ではないか.これは,子供から大人への人間形成とも関連があると思われる.就職担当した時に,求人企業からよく耳にするのは,「高専生は大学生に比べて真面目であるが,英語とコミュニケーションに劣る」とのご指摘である.勿論,年齢的な差や時間的な余裕の差が大きいことは承知であるが,高専としての解決すべき点であり,人間形成にとっても重要な点ではなかろうか.そこで,今後のコミュニケーション能力の育成方法への考えを述べさせていただきたい.

 一つは,カリキュラム内でのコミュニケーション能力の育成である.カリキュラムの余裕の少ない高専においては,そのための科目を多く増やすことは難しい.そこで,実験,実習や卒業研究などの体験型科目においてプレゼンテーションを多く取り入れ,充実させる方法が現実的であろう.さらに,講義科目においても促進が期待される.二つ目には,多くの高専で実施中のインターンシップ(本校では本科第4学年の夏季休業中,2〜3週間程度)の充実であろう.この実現には企業負担と経済状況からの難しさがあるが,学生にとって実際の企業体験することは,目先の進路指導だけでなく,人間形成やコミュニケーションの教育にも大いに効果がある.つぎに,英語など語学教育と国際的コミュニケーション能力の育成であろう.高専生は高校から大学への入試によるハードル的な勉学の動機が無く,平均的には外国語の語学力が劣っている.また,各高専の外国人留学生の受入れも10名程度で全学生の1%に過ぎない.したがって,今後,語学力の育成や国際感覚・コミュニケーション能力を高めるには,受入れ留学生の増加や海外留学の推進や能力検定試験への取り組みの活性化が必要であろう.

 「独法化」と「JABEE」の2つの大課題に直面している高専教育において,これらの課題に翻弄されるのではなく,逆に,これらの利点を活かすプラス志向の改革こそ工学教育の将来を確固たるものとするのではないだろうか.したがって,これらの課題を真摯に受け止めながら,高専教育の質的向上を図り優秀な技術者を社会に輩出し続けるには,学内における教職員と学生が一体となった評価と改善が不可欠であり,加えて地域社会や企業,卒業生や他高専・他法人間の交流,国際交流の促進が要求されている.技術者教育の現場として大学に比べ規模の小さな高専では,人格と実践的な技術者育成の上から,企業や学会からのサポート,特に「技術と社会部門」からの教養・専門教育両面の様々なサポートが得られることに熱い期待を寄せている.

     

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日本機械学会
技術と社会部門ニュースレターNo.14
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