巻頭言

『アケオメ,コトヨロ』と工学教育

勝田 正文
(早稲田大学・教授)

 もう1ヶ月前になってしまったが,今年の正月,家内の実家での話題.家内が携帯でなにやらメールを調べている.同業者(専門はまるで違うが)の彼女の元に,学生さん達から新年の挨拶メールが届いているという.「何と書いてあるか,分かる」ときた.とんでもないことでも書いてあるのかなと興味津々であったが,なんと,「アケオメ,コトヨロ」とあり,数通のメールが尽く同じである.携帯のメールをほとんど使わない(勝手に送られてくる如何わしい物を削除することを除いて)小生にとって,意味を解さない判じ物のように受け止めた.しかし,5分ばかり考えれば(反応が鈍い),「明けましておめでとう(ございます).今年も宜しく(お願いします).」の略であることが判明した.この例はあくまで,若者の日本語の乱れを指摘しているのではない.必要は発明の母,如何に努力をせずに最大の効果を発揮できるかを考えた末のことと(でも皆が同じというのも変ですが),ここでも発生エントロピミニマムの法則が(無理やり専門と関連つけて)成立するのかと考えた.

 さて,日本語研究科の同僚との最近の雑談から.この先生は,早稲田と墨田区との地域包括連携に基づき,「相撲部屋」を研究対象にしている.何を調査されているかというと,力士,といっても外国出身の力士が日本語をどのように習得していくかである.彼の仮説は,「地位の高い(例えば小錦,曙,朝青竜)関取の方が敬譲語も含め,きちんとした日本語で対応し,かつ短期間のうちに習得する」である.この仮説の成否を確かめるため,相撲部屋をゼミの学生と共に訪問し,研究に余念がないとのことである.英語ですむ大学の留学生とは違い,我が国の国技を極めようとする外国人力士(関取)は,日本語会話必修である.さて,今までの調査から中間的な彼らの見解では,相撲部屋のおかみさんが力士の日本語習得に果たす役割が非常に高いということである.すなわち,24時間ほとんど休みなく仔細な点にまで行き渡る指導をしているとのことである.日本語のシャワーを浴びるだけでなく,身近で熱心な指導者がいること,これがキーポイントだという.また,我々でも難しい敬譲語は,報道陣をはじめメディアとの付き合い,後援会など支援者との付き合いによって磨かれるため,地位との相関があるのだそうである.以上,この1月に出合った日本語に関するちょっとした話題である.

 ところで最近,本学会はもちろん,周辺でも理工学教育の認定や社会人の再教育(継続教育),資格教育,加えて低年齢者を対象とする理科離れ防止のための啓発活動など,教育についての議論が盛んに行われている.また,大学や学会の「社会的な貢献」を「第3の使命」すなわち,評価の対象にする方向で検討されている.知財本部の設置やTLO,産学官連携などがいい例である.特に,教育問題については,技術と社会部門でいち早く重点項目として取り上げ,これを部門の核にすべく努力されており大いに賛同するとともに,何か社会あるいは国に向けた提言が出来ればと期待している.

 先の話題からではないが,工学教育では個性を重視(本人の憧れや希望を重視する)しつつ,的確な指導者の下での基礎と応用あるいは実践とがバランス良く習得できる教育が肝要であろう.また,「相撲部屋」の例ではないが,低年齢層からのエンジニアリングへの興味や憧れを引き出し,動機付けを行う活動が必要であると思う.そのような場面に,インターンシップあるいはチュータとして修士課程学生の登用,シニアーエンジニアのボランタリーによる教材やカリキュラムの開発,など色々な仕掛けできめ細かく指導し,言葉は古くなったが国技「物つくり」の一端を見せ,あるいは実体験することが,理科離れはもちろんのこと貴重な人材の早期発掘に寄与するのではないだろうか.

 我々の悪い癖で,目的語無しでただ「頑張れ」と言ってしまう.出来るだけ,努力最小にして最大の効果を発揮する妙案を,是非,技術と社会部門で考案いただき,工学教育に貢献いただきたい.


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技術と社会部門ニュースレターNo.14
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