失われた青春を求めて
東北大学大学院 工学研究科 修士1年
金子侑矢
読者の皆様は,何か乗り物を所持しているだろうか.誰でも持っている,という意味では自転車が定番であろうが,特に田舎(失礼)に住んでいるのであれば,エンジン付きの乗り物,例えば原付などは半ば必須アイテムになるのではなかろうか.人によっては車を所持しているかもしれない.羨ましい限りだ.
さて,私が所属する東北大学では,ほとんどの学生が原付を含めた二輪車を所持している.電動アシスト自転車やクロスバイク,ロードバイクで頑張っている人もいるが,アップダウンの激しい青葉山の道を(ほぼ)人力で走破するのは一部の猛者だけである.例に漏れず,千葉大学から東北大学大学院に進学した私も実家にあったクロスバイクでの登山は早々に諦め,転居と同時に原付を購入した.
原付.正式名称は第一種原動機付自転車.あれは実は自転車だったのか.そう思いながら購入を決めた車両は,およそ原付と呼べる見た目ではなかった.所謂スクーターと呼ばれる誰でも気軽に乗れる形ではなく,もっと大型のバイクのようにガソリンタンクに跨り,4速MTを備える立派なものだ.写真を見てもらえばわかる通り,原付とは思えぬスタイルの良さに驚くだろう.スクーターでは走るのがつまらないだろうからと思い,就職して車を購入するまでは使い倒すつもりでいた.
乗り物というものはなぜ,こんなにも心を動かすのだろうか.納車当日,バイク屋から出て走り出した私は高笑いを抑えることができなかった.加速は鈍く,青葉山の険しい坂道は進んでくれない.アクセルを全開にしてやっと後ろの車に煽られずに済む程度,というへっぽこぶりであるにもかかわらず,ヘルメットから覗く景色は特別なもののように思えた.奇声を上げる私を周囲のドライバーはさぞかし訝しんだことだろう.もうあのバイク屋には行けない.そんな私が毎日通る峠道を攻め始めるのに時間がかかるはずもなく,また転倒し修理する羽目になるのもそれからすぐのことである.あのバイク屋には行けないので自分で直した.
それからはコロナで大学に行けなかった時期があったこともあり,一人で長距離ドライブに行くことが多かった.山形の温泉街に始まり,果ては岩手や秋田まで足を伸ばしたこともある.岩手や秋田までは仙台から片道9時間ほどかかる.いくら格好がいいとはいえ所詮は原付であるため,車体,特にエンジンには負担をかけたことと思うが,一日中走っていても飽きないほどそれは楽しい体験であった.
好きが高じてとは恐ろしいもので,今では普通自動二輪免許を取得し,CB400SBというバイクを増車したほどである.乗り換えではなく,もう一台増やしたのである.原付ならスパイクタイヤが使えるからだとか,今ある原付を売ってもタイヤ代よりも安いからだとか,一応理由があったりはするが,つい10ヶ月ほど前はずっと原付を乗り倒す予定であったにもかかわらず,だ.しかし,雪が原因で免許の取得が伸びに伸びたこともあり,納車を心から楽しみにしていた自分がいる.納車された日の夜は嬉しすぎて寝付けなかったほどである.興奮して寝付けないとか,小学生の時ですら経験しなかったのに,と自分に呆れている.結局徹夜した後にバイクに跨りバイトに向かった. バイク屋から出る際に,原付が納車された時と同じように奇声を上げたのは言うまでもない.もうあのバイク屋には行けない.
この原稿を書いている今でも,どうにかして新しく買ったバイクでどこかに行けないか画策している.既に手段と目的が逆転し,目的地に行くためにバイクを走らせるのではなく,バイクに乗るために目的地を設定しているありさまだ.共同研究の報告書の締め切りであったり,就活のスケジュールが切羽詰まっていたりするが,それらのやるべきことをそっちのけで妄想を膨らませたことも一度や二度ではない.恐らく自分は今,人生で一番,そして人生で初めて,物事に熱中しているのであろう.
このバイクたちにかけてきたお金は決して安くはない.維持費や教習所の料金も含めれば,修士修了までには百万円を超えるかもしれない.小学生の時からずっと貯めてきた虎の子の貯金も,就職してから車の購入資金に充てようと学部時代から貯めてきたお金も,もう全て使い果たした.普通預金の残額も多くはなく,毎月クレジットカードの引き落としが引っかからないか不安になる.だが,それでも毎日を楽しくしてくれるのが,熱中できる趣味というものであろう.
お金がなさ過ぎて今日のご飯はもやし炒めだし,せっかく仙台にいるのに,魚介類や牛タンなんて高くて買えたものではない.それでも,俺が一番幸せだ.
|