課外活動で得たもの
一関工業高等専門学校
専攻科生産工学専攻1年 菊池 賢斗
私は野球部に所属しています。本科の5年間では当然ですが選手として活動を行いました。
一関高専野球部は高野連チーム(1年生〜3年生)の監督として毎年4〜5年生から選ばれるようになっています。
私は高専での最後の大会である高専大会も終え、「高専で5年間過ごしてきた野球部に何か恩返しできることはないか」
と考えていたところに新高野連チームのキャプテンから監督をやって欲しいと言われ、
野球部に恩返しできる機会だと思い承諾しました。私は10年以上も野球に携わっていましたが、
監督の経験はないため下チーム(高野連チーム)を引っ張っていけるか不安でした。
また、私は監督になるに当り、野球を教える前に人としての当たり前の挨拶をきちんとできる選手に
なって欲しいと考え、最初のミーティングの際に私は言いました。「監督としてのやる気は十分にあるが、
経験が無いため技術的な面で正しく教えられない部分がある。しかし、挨拶ができない奴はしっかり注意する。」
最初の目標は秋季大会で監督としての役割をきちんと果たすことでした。しかし、高専は夏休み中に寮が
開放しておらず、通学生しか練習できないため秋季大会はあまり合同練習ができず、選手たちもきちんと
動けるか心配でした。秋季大会では初戦5対0で勝利しました。その試合で試合に勝利したことより、
まだ日が浅いチームにも関わらず選手たちが私を信頼してくれたことに感動しました。
そこで監督の楽しさと自信がつきました。
監督を任されてからの日々はとても大変だったことを覚えています。当時は本科の5年生だったため、
卒業研究やバイトも行っていたので部活に顔を出せる時間も限られていました。それ以外は下チームの
キャプテンに任せていた部分があったため、選手たちとすれ違うことも多くなりました。
ある日私が練習メニューを選手たちに伝えると選手が言いました「監督の言った練習ではなく違う
練習ではだめでしょうか?」それを聞いてこれは選手たちと考え方が合わないため話し合う必要があると思い
その練習後ミーティングを行いました。そこで今まで内に秘めた選手たちの本音が色々聞け、私の本音も言いました。
これまでは良い練習を考えるあまり、選手たちの気持ちを深く考えていない処があり、このミーティングで
話し合う重要性を改めて痛感しました。これから野球ノートを作らせ、一週間ごとに提出させました。
これで普段言えないことをノートで確認でき、選手の知らない部分も多く知ることができました。
私は一年間野球部の監督を行い、色々学ぶことができました。今年度の夏大会では一回戦で負けてしまいましたが、
選手みんなが泣いた時には監督をして良かったと心から思いました。これから就職活動など大変なことが多くなる中で、
監督経験で学んだことをどこかで活かせればと思っています。
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