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テーマ 学食から見た大学,それと学生との関係について

所属 東北大学工学部4年

氏名 樋口 昌敏

  週末明けの月曜日,学食で独りブランチしていると,中庭の紅葉が見事見頃真盛りだ.
 ”秋だあーねー”
 独りで昼食をとるときは,たいがい,混雑を避けた11時半が,12時40分頃に,学食の窓際のテーブルに陣取る.そして,味噌汁をすすっては,2つ前のテーブルの男の行動を観察したり,ご飯を頬張っては,きれいな人に見とれたり,あるいは物想いにふけったりと,なかなか楽しい一時を過ごしている.
 しかし,今日に限っては,周囲には注意を向けず,窓の外の紅葉に視線が向いた.楓,いちょう,白樺や植え込みの木々が,黄,紅,橙と紅葉している.楓や植え込みは,黒いほどに赤く,いちょうは鮮やかな黄色に,白樺は一本,やや緑がかった黄色に色づいていて,葉をひらひらと風にそよがせて立っている.ただ,紅葉はしているが,盛りはむしろ先週だったろうか,中には,ほとんど葉を落としている木すら見える.それでも外の景色に目がゆくのは,窓の右手に連なる欅並木がすっかり色づいているからだ.
 東北大の青葉山キャンパスには,300メートルほどだろうか,一直線の”目抜き通り(?)”があり,その両端に欅並木が続いている.山の上なので道には起伏があり,全体を見通すことは出来ないが,それゆえ単調なものとならず,なかなか見事な並木通りである.ただこの道は,車や原付きがかなりのスピードで走り去るし,頻繁に観光パスが通るので,いつも騒々しいのが欠点である.またこの影響があるのか,並木の欅の木にはあまり元気がないようで,風に弱く,太い枝が皮ごとなぎ倒され,痛々しい姿を見せているものも少なくない.
 先週の土曜日までこの欅らは,周りがどんなに色づいてゆこうとも,白い息吐きコートをはおっても,嫌味なくらい青々と,堂々連なって秋の到来を阻止いていたのだ.それがこんなにも急に色づいてしまうとは.味噌汁の代わりに買った牛乳にストローをさし,一口すすって,
 ”秋だあーねー”
 と独りつぶやいてしまった.また,鯖の味噌煮を一口頬張る度に,ご飯を一口頬張る度に,ホウレンソウのおひたしを一口頬張る度に,竹の子の土佐煮を一口頬張る度に,肉じゃがコロッケを一口頬張る度にまたつぶやいてしまう.
 ”秋だあーねー.今晩は,鍋にしよう.”
 思い返せば,五月の連休明けだったろうか,それまでは寂しく枝を伸ばしており,その枝の隙間から遥か向こうまで見渡すことのできた欅並木が,一斉に青葉をひろげ,青々と,また鬱蒼と道の両脇を占めていたのを思い出す.この欅の身変わりの早さと来たら,天下一品だね!そういえば,あれから早くも紅葉とは,これまた早すぎる.恐るべし欅並木.
 夕食も当然学食だ.毎日,毎食,学食で食事を取ると,食事の内容が単調になりがちである.特に,揚げモノ関係が充実しているメニューでは,近ごろめっきり弱った胃にも負担が大きく,何を食べるか悩みは尽きない.そんな時有り難いのは企画メニューである.黒豚をウリにした九州フェアーは,もう終わってしまったが,秋限定の鍋がある。今日の鍋は...もつ鍋だ.食堂は,バイキング方式の後払いなので,鍋の他に,御飯と野菜コロッケを取る.占めて470円,鍋に七味を大量に入れた.鍋を取ると,金銭的な問題から食卓が寂しくなるので,少し不満が残る.
 鍋メニューが登場してから,かれこれ3週間ほど経つが,そろそろメニューから姿を消す頃だ.今では遅くまで売れ残っているが,始めの頃は,もの珍しさからすぐに品切れになり,品切れの,あまりの早さに不満の声が上がるほどであった.そんな鍋全盛期に,鍋をGETすべく,3,4人連れっだて早々に食堂に赴いたことがあった.当時,鍋がカウンターに並ぶのは5時半,品切れになるのが,それから約15分後といったとこだったろうか.その日,食堂に着いたのが5時15分過ぎ.隣の売店で,雑誌を読みながら暇潰しをする.しばらくして時計を見やる...5時半just.互いに視線で何かを訴える.
 ”5時半””5時半””5時半””5時半”
 おもむろに一人が,指を3本立てる.(3分待とう).一同納得.5時半justでは,鍋がカウンターに並んでいない可能性がある.3分は,そのためのぎりぎりの余裕なのだ.
 そして,運命の”5時33分”
 一同,足早に食堂へ向かう.互いにけん制し合う.周りは皆,敵.僅かに,上下関係が残っているのか,1,2歩前に抜きんでている物はいる.食堂に入る.一同,横目でカウンターの上に鎮座する鍋を確認する.
 ”よし!”
 十人ほどだろうか,既に並んでい待っている客の最後尾に並ぶ,一枚ずつお盆を手にする.カウンターでは,食堂のおばちゃんの威勢のいい声が聞こえてくる.前の客達は,次々に鍋を注文して行く.いよいよ我々の番だ.一人目,
 ”鍋下さーい”
 声が躍る.二人目,三人目も同様に注文してゆく.鍋の仕上がりが注文に追いつかず,鍋待ちの列が別にでき,それが次々と伸びてゆく.そして,いよいよ自分の番が来た。息を大きく吸い込んで,そして喉から声が,
 ”....”
 意を決して,鍋から遠ざかる.そして,大根のそぼろあんかけ,帆立カツ,味噌汁,御飯と次々にお盆の上に乗せてゆく.いよいよレジに着いたとき,”勝った”と思った.それは,後ろに並ぶ鍋待の行列にではない.5時半前に,既に食堂に赴きながらも鍋を注文しない,自分に勝ったのだ.品切れの早さに対するささやかな抗議であったのだ.
 あれから既に,2週間ほどが過ぎようとしている.目の前には,僅かに汁の残ったアルミ箔製の安っぽい鍋がある。
 ”もつ鍋か...”私は,お盆を片づけて,女子高生がレジ打ちをしている隣の売店へ向かう.七味のせいだろうか,やたらと暑く,汗が止まらなかった.


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