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微細流路内の沸騰熱伝達特性
宮田 一司




九州大学 助教
大学院工学研究院 機械工学部門
miyata@mech.kyushu-u.ac.jp

1. はじめに

 近年,空調機の分野では,熱交換器に水力直径1 mm程度の微細冷媒流路を用い,単位体積当たりの冷媒側伝熱面積を増大させることにより,高効率化・コンパクト化を図っている.そのような熱交換器の設計のためには,微細流路を流れる冷媒の相変化熱伝達と気液二相圧力損失を正確に見積もる必要がある.微細流路においては,表面張力の効果が気液二相の流動に対して相対的に大きな影響を与えるため,従来の空調機等に用いられてきた比較的大径の流路に対して得られている相変化熱伝達や気液二相圧力損失に関する知見を単純に拡張し適用することはできないと考えられる.

 著者が所属する研究グループは,これまでに,単一の微細流路を用いた実験によって沸騰熱伝達特性を明らかにしてきた1-6).空調機への応用を目的し,試験冷媒には空調機で広く使用されているR410Aを用い,従来の研究に比べて低流量・低熱流束条件までを対象としている.流路の形状についても,基本的な円形のみならず,伝熱促進効果が期待できる矩形,三角形の非円形流路まで対象とし,円形と矩形流路については垂直上昇,下降および水平流について,また三角形流路については垂直上昇と下降流について,実験を行っている.

 本稿では,著者らがこれまでに明らかにしてきた微細流路内の沸騰熱伝達特性と気液二相流動様相について,内径1 mmの円形流路水平流の実験結果を例にとって,簡単に紹介する.なお,本研究で使用した実験装置や実験方法の詳細については,著者らの論文3)を参照していただきたい.

2.気液二相流動様相

 一般に,沸騰熱伝達特性は流動様相と密接に関連していて,それは微細流路においても同じである.そこで,はじめに,内径1 mmのガラス円管を用いて非加熱条件下で行った流動様相観察の結果7) を示す.流動様相の観察結果を5種の流動様式に分類し,質量速度G とクオリティx (乾き度)の関係でマッピングして,図1に示す.また,分類した流動様式の典型的な様相写真を図2に示す.

 図1に示すように,低質量速度では,低クオリティ域でスラグ流となり,高クオリティ域では波状流や層状流となる.また,高質量速度の場合は,低クオリティ域でスラグ流となり,クオリティが増加すると,チャーン流を経て,環状流に遷移する.

Fig.1 Flow regime map

 図2に示すように,微細流路内のスラグ流においては,気体プラグ周囲に薄い液膜が形成され,従来の比較的径の大きい流路と比べて特徴的な流れとなる.特に低流量ほど,液膜は薄く滑らかになる傾向がみられた.液膜が薄くなると,伝熱面から気液界面までの熱抵抗が減少して,熱伝達性能の向上に寄与する.波状流や層状流は,重力の影響を強く受けた流れで,流路頂部の液膜は非常に薄く,加熱時には流路頂部が乾きやすいと考えられる.一般には流路直径が小さくなると重力の影響が次第に小さくなるといわれているが,直径1 mm程度の流路をフロン系の冷媒が流動する場合は,特に水平流では,波状流や層状流が出現し,重力の効果がはっきりと現れる.環状流域においては,径の大きい流路と同様に,流路径に比して小さい擾乱を伴う流れとなっており,熱伝達特性も径の大きい流路と類似すると推測される.

(a)Slug
50 kg/(m2・s), x=0.2
(b)Wavy
100 kg/(m2・s), x=0.5
(c)Stratified
50 kg/(m2・s), x=0.9
(d)Churn
200 kg/(m2・s), x=0.3
(e)Annular
200 kg/(m2・s), x=0.8
Fig.2 Flow patterns

3.沸騰熱伝達

 内径1 mmの銅製微細円管を用いて測定した水平流の沸騰熱伝達率α3)を,熱流束q をパラメータとし,質量速度ごとにクオリティに対してプロットして,図3に示す.図3中には,熱伝達特性の検討のため,前節で示した各流動様式の出現域を記入している.

Fig.3 Changes of heat transfer coefficient with quality

 図3に示すように,質量速度50 kg/(m2∙s)以下の低流量の場合,熱伝達率は,低クオリティ域で5 kW/(m2∙K)程度の比較的良好な値を示すが,クオリティ0.6付近から1付近にかけて徐々に低下する.高クオリティ域において熱伝達率が蒸気単相流と同程度の低いオーダーまで低下する現象は,ドライアウトと呼ばれ,伝熱面に沿って流れていた液膜が蒸発して消失し,気相が直接伝熱面に接することにより起こる.低流量におけるドライアウトの進行域は,波状流や層状流に対応していて,図2から推定できるように,流路頂部の薄い液膜が先に蒸発して乾き,クオリティの増加にともなって乾いた領域が徐々に流路底部に向かって拡大することで,ドライアウトが進行していると考えられる.質量速度100 kg/(m2∙s)以上の高流量の場合,質量速度が増加するほどドライアウト開始クオリティが高くなっており,それに伴いドライアウトの進行が急激になっていることがわかる.高質量速度域では,ドライアウトは環状流で生じ,高質量速度ほど,液膜が周方向に均一で高いクオリティまで良好な熱伝達が維持されるため,ドライアウト発生後の熱伝達率の低下が急激になると考えられる.

 一般に,ドライアウト発生前の良好な熱伝達域では,複数の伝熱メカニズムが同時に寄与するため,熱伝達率は,熱流束,質量速度およびクオリティの変化に伴って複雑に変化する.これまでに行われた内径5 mm程度以上の流路を対象とた多くの研究によって,沸騰熱伝達の特性には,強制対流蒸発と核沸騰と呼ばれる2つの伝熱メカニズムが同時に寄与しているとわかっている.強制対流蒸発とは,主に環状流域で強く寄与する伝熱メカニズムであり,伝熱面に沿って流れる液膜の蒸発によるもので,流路の中央部を流れる気相の速度が大きいほど,すなわち高流量で高クオリティの条件ほど,液膜の対流が促進され熱伝達率が向上する.また,クオリティの増加に伴って液相が減少することで液膜自体が薄くなって蒸発が促進される効果もあるため,クオリティの上昇に伴って熱伝達率が著しく上昇する.一方,核沸騰による熱伝達は,流体の飽和温度に対する伝熱面過熱度が大きい場合に,伝熱面から気泡核が盛んに発生して促進される.そのため,核沸騰の寄与は,熱流束が大きいほど,また強制対流蒸発の寄与が小さいほど,大きい.これら2つの伝熱メカニズムについて,微細流路にもあてはまるのか,強制対流,核沸騰の順に検討する.

 図3に示すように,質量速度100 kg/(m2∙s)以上で現れる環状流域では,高流量また低熱流束ほど,熱伝達率がクオリティの増加に伴って顕著に増加していて,径の大きい流路と同様に強制対流蒸発熱伝達が寄与していることが確認できる.ここで,強制対流蒸発について,従来の径の大きい流路でよく用いられている方法で整理してみる.核沸騰の影響が小さくその寄与を無視できる低熱流束2 kW/m2のデータを用い,沸騰熱伝達率の実験値αと液相のみが流路を満たして流れたと仮定した場合(これを液相単独流れという)の熱伝達率の予測値αLとの比を,Lockhart-Martinelliパラメータのχtt 8) の逆数に対してプロットして図4に示す.液相単独流れの熱伝達率αLは,Dittus-Boelterの式を用いた次式で見積もった.

     (1)

ここで,kL,μLおよびPrL は,それぞれ液相の熱伝導率,粘性係数およびプラントル数で,D は流路直径である.図中,環状流域のデータを白抜きの記号で表して他の流動様式と区別している.また,図中の実線は,著者らが微細円形流路に対して提案した熱伝達整理式9)のうち強制対流蒸発の寄与分を表す計算値である.図に示すように,環状流のデータは,径の大きい流路の強制対流蒸発支配域で見られる特性と同じで,流量によらず一致しており,上記整理式とも良く一致している.すなわち,強制対流蒸発の寄与は,径の大きい流路と同じ方法で整理でき,上記整理式で見積もることが可能である.一方,環状流以外すなわち低流量または低クオリティのデータについては,低流量ほど上記整理式で見積もられる熱伝達率より高くなっており,また核沸騰の影響が小さい低熱流束のデータであることから,強制対流蒸発や核沸騰とは異なる伝熱メカニズムの寄与が現れていると判断できる.

 次に,核沸騰について検討する.図3の質量速度100 kg/(m2∙s)以上のデータを見てみると,特に低クオリティ域で,熱流束の増加に伴って熱伝達率が増大しており,核沸騰の寄与が確認できる.ここで,核沸騰の寄与の程度を,プール核沸騰の整理式と比較して確認してみる.熱流束の影響が顕著な低クオリティ0.2の質量速度100および400 kg/(m2∙s)のデータを,熱流束に対してプロットして図5に示す.図中には,R410Aに適用可能なJungらのプール核沸騰整理式10)を併記している.図に示すように,熱流束が大きくなると,実験値はプール核沸騰の整理式に漸近していて,核沸騰による熱伝達が支配的であることがわかる.一方,低熱流束域では,熱伝達率は核沸騰の整理式で見積もられる値よりも高い.すなわち,この領域では,核沸騰とは異なる伝熱メカニズムの寄与がある.

Fig. 4 Correlation for the contribution of forced convection evaporationFig. 5 Relation between heat transfer coefficient and heat flux at low quality

 以上のように,高流量高クオリティ域と高熱流束域では,それぞれ強制対流蒸発と核沸騰が支配的となり,その熱伝達特性は,従来の径の大きい流路と同様の方法で整理できることが分かった.一方,低流量低クオリティ域の低熱流束条件については,強制対流蒸発や核沸騰の整理式で見積もられる熱伝達率よりも高い値を示しており,別の伝熱メカニズムを考える必要がある.このような領域は,図1を参照すると,スラグ流の流動様式が出現する領域とほぼ一致することがわかる.したがって,前節で予想したように,スラグ流の気体プラグ周りの薄い液膜が盛んに蒸発することで高い熱伝達性能を示していると考えられる.著者らは,このような伝熱メカニズムを液膜熱伝導蒸発とよび,従来の強制対流蒸発や核沸騰と区別している6)

4.伝熱様式線図

 これまで述べたように,微細流路内の沸騰熱伝達には3つの伝熱メカニズムが寄与している.各伝熱メカニズムが寄与する流量,クオリティおよび熱流束の条件はそれぞれ異なるので,それらを定量的に判別できるようにしておく.前節で示した,熱流束,流量およびクオリティに対する熱伝達率の変化の特性ならびに核沸騰や強制対流蒸発の整理式との比較結果をもとに,3つの伝熱メカニズムの支配域の境界を検討した.検討にはドライアウト発生後のデータは含んでいない.検討の結果を伝熱様式線図として図6に示す.伝熱様式は,熱流束q と気相のみかけの質量速度G·x をパラメータとすると,うまく整理できる11)

 図6に示すように,微細流路に特有の液膜熱伝導蒸発熱伝達の支配域は,低熱流束・低気相質量速度域にみられ,このような領域を用いる空調機用熱交換器の設計においては,液膜熱伝導蒸発による熱伝達率を精度良く見積もる必要がある.強制対流蒸発熱伝達と核沸騰熱伝達は,それぞれ高気相質量速度域と高熱流束域で支配的となる.

Fig.5 Boiling heat transfer regime map

5.おわりに

 微細流路を流れる冷媒の沸騰熱伝達特性について,円形流路水平流の実験結果を例にとって,簡単に紹介した.

 微細流路に特有の伝熱メカニズムである液膜熱伝導蒸発は,スラグ流の気体プラグ周囲に形成される薄い液膜の蒸発による熱伝達であり,低流量低クオリティ域で,熱流束が小さい場合にみられる.一方,高流量高クオリティ域と高熱流束域では,径の大きい流路と同様に,強制対流蒸発熱伝達と核沸騰熱伝達がそれぞれ支配的となり,それらの熱伝達率の寄与分は,従来と同様の方法で整理できる.

参考文献

1) Miyata, K., Mori, H., Ohishi, K., Hamamoto, Y., Boiling Heat Transfer and Pressure Drop of a Refrigerant Flowing Vertically Upward in a Small Diameter Tube, Transactions of the Japan Society of Refrigerating and Air Conditioning Engineers, 2007, 24(4), pp.359-369(in Japanese).
2) Miyata, K., Mori, H., Ohishi, K., Hamamoto, Y., Boiling Heat Transfer and Pressure Drop of a Refrigerant Flowing Vertically Downward in a Small Diameter Tube, ibid, 2007, 24(4), pp.371-380(in Japanese).
3) Enoki, K., Mori, H., Miyata, K., Kariya, K., Hamamoto, Y., Boiling Heat Transfer and Pressure Drop of a Refrigerant Flowing in Small Horizontal Tubes, Proceedings of the 3rd International Forum on Heat Transfer, 2012, Paper No.IFHT2012-193.
4) Miyata, K., Mori, H., Ohishi, K., Hamamoto, Y., Boiling Heat Transfer of a Refrigerant Flowing Vertically Downward in a Mini-channel, Transactions of the Japan Society of Refrigerating and Air Conditioning Engineers, 2009, 26(3), pp.347-357(in Japanese).
5) Enoki, K., Miyata, K., Mori, H., Hamamoto, H., Boiling Heat Transfer and Pressure Drop of a Refrigerant Flowing Vertically Upward in Small Rectangular and Triangular Tubes, Proceedings of Innovative Materials for Processes in Energy Systems 2010, 2010, pp.447-454.
6) Mori, H., Two-phase Flow and Boiling Heat Transfer in Small Diameter Tubes, Proceedings of Innovative Materials for Processes in Energy Systems 2013, 2013, K-51-60.
7) Enoki, K., Mori, H., Miyata, K., Hamamoto, Y., Flow Patterns of the Vapor-liquid Two-phase Flow in Small Tubes, Transactions of the Japan Society of Refrigerating and Air Conditioning Engineers, 2013, 30(2), pp.155-167(in Japanese).
8) Lockhart, R. W., Martinelli, R. C., Proposed Correlation of Data for Isothermal Two-phase, Two-component Flow in Pipes, Chemical Engineering Progress, 1949, 45(1), pp.39-48.
9) Miyata, K., Mori, H., Hamamoto, Y., Correlation for the Prediction of Flow Boiling Heat Transfer in Small Diameter Tubes, Transactions of the Japan Society of Refrigerating and Air Conditioning Engineers, 2011, 28(2), pp.137-148(in Japanese).
10) Jung, D., Kim, Y., Ko, Y., Song, K. H., Nucleate Boiling Heat Transfer Coefficients of Pure Halogenated Refrigerants, International Journal of Refrigeration, 2003, 26(2), pp.240-248.
11) Enoki, K., Miyata, K., Otsuji, D., Mori, H., Hamamoto, Y., Heat Transfer Regimes of Flow Boiling in Vertical Small Tube, Proceedings of the Japan Society of Mechanical Engineers Kyushu Branch Conference, 2010, No108-1, pp.289-290 (in Japanese).