TED Plaza
ファン空冷電子機器の簡易高精度熱設計手法

福江高志




岩手大学 助教
工学部 機械システム工学科
fukue@iwate-u.ac.jp

1. はじめに

 空冷ファンを用いた強制対流冷却は,電子機器の放熱手法として最も一般的なものである.電子機器の熱設計において,昨今の製品開発競争に対応するために,設計の効率化や低コスト化の達成は重要な課題である.昨今では,熱設計用に用途が特化された数値流体解析コード (CFD) が市販され使用されている [1] [2].CFDコードでは,図1のように電子機器の詳細な構造を再現し,内部の空気の流れや温度分布を解析できるため,高い解像度の結果が得られる.しかし計算機の性能が向上したとはいえ,CFDコードを用いて実用に耐えうる計算精度を確保するには,十分な格子数や計算の反復回数が必要となる.特に設計最適値を得るため数多くのパラメタ・サーベイをこなす必要がある電子機器の熱設計では,CFDの導入が必ずしも熱設計の効率化に繋がらない可能性がある.製品の開発周期が早くなる中で,設計期間を短縮し設計効率化を達成できる熱設計手法の確立は至上命題である.またファンの冷却性能は,図2に示すように,部品周りに供給される空気の流量や流れの状態,伝熱面の特性の影響を強く受ける.したがって,ファン空冷電子機器においては,機器内部の流れ場の把握が高精度の熱設計を行う上で欠かせない過程であり,流れ場と温度場の両面における設計手法の検討を要する.
 従来から,流れ場や温度場を電気回路の形に置き換え,簡易に解析を行う流体抵抗網法 [3] [4] や熱回路網法 [5]-[8] と呼ばれる手法は,配管設計や熱設計において,即応性と信頼性が両立できる手法として広く使われている.近年では,解析時間を要するCFDコードによるパラメタ・サーベイの試行回数を削減するために,次のようなスキームが提案されている:設計の初期段階でCFDコードによる詳細解析を行い,解析結果から熱回路網モデルを構築する.パラメタ・サーベイを熱回路網法にて行う.熱回路網法にて得られた最適設計をCFDコードに取り込み,最後に詳細解析を行う [7] .熱回路網法とCFD解析の連携については,百村ら [8] も複写機の熱解析に関して報告している.電子機器内部の現象を正しく再現できる適切な抵抗網さえ構築できれば,必要最小限の要素数で,実用に耐え得る十分な分解能の解析結果を得ることができる.強制空冷を行う電子機器の場合は,冷却空気の流れや温度変化に部品温度が敏感に変化するため,温度場の解析に流れ場の情報を適切に取り込むことが,高精度の温度予測達成の鍵となる.以上の背景から,流体抵抗網と熱抵抗網を連成させ,同時に解析する手法の確立と,電子機器熱設計への応用に向けた一連の方法論が整備できれば,強制空冷機器の熱設計の効率化に向け効果が期待できる.
 以上の背景から,著者らは,強制対流冷却を行う電子機器内部の部品温度を低計算負荷かつ高精度で予測するため,図3に示すような熱流体抵抗網法 [9]-[11] に着目し,同手法を軸としたファン空冷電子機器の簡易・高精度熱設計手法の確立を目標とし,研究を進めている.昨今散見される図4のような高密度実装の電子機器においては,機器内部の空気の流れやそれに伴う伝熱形態は複雑を極め,かつ製品によって千差万別である.そこで,このような状況の電子機器に対して,熱流体抵抗網という簡易モデルを用いた解析が,機器の種類や実装状況を問わず高い汎用性をもって適用できるかどうかの検証と,汎用性を得るための電子機器内部の流動現象や伝熱現象の評価を進めている.また,高密度実装機器においては,ファン近傍にまで部品が実装され通風が妨げられ,予期しない送風量の低下が発生することがある [12] [13].高密度実装電子機器特有のファンに関する課題をいかに熱流体抵抗網法に取り込むかが,高精度の部品温度予測を行う鍵である.
 本稿では,特に高密度実装を模擬した試験筐体を用い,高密度実装機器の熱設計における熱流体抵抗網法の有効性の評価を行った結果 [10],およびファンの送風量低下が発生するケースについて,送風量の低下を熱流体抵抗網法に反映させることを試みた結果 [11] について,その概要を紹介する.

Fig. 1 Analytical result of flow pattern using CFD

Fig. 2 Factors affecting fan cooling performance

Fig. 3 Image of flow and thermal resistance network analysis

Fig. 4 Example of high-density packaging electronic equipment (Switch mode power supply)

2. 熱流体抵抗網法の支配方程式

 熱流体抵抗網法では,空気の流れと熱の流れを,それぞれ代表節点と,節点を連結する抵抗を用い,電気回路に置き換え表現する.まず流れ場について説明する.図5の例では,壁に発熱体を設置した通風路内部の空気の流れを3点の流体節点 (1~3) と2点の流体抵抗 (12, 23) に置き換えている.このとき,各抵抗において次式が成立する.なお添字の数字が1つのものは各節点の値,2つのものは記載の番号の節点を連結する各抵抗の値を示している.また各式の添字rは各抵抗について成り立つことを示す.

     (1)

ここでKr [-] は圧力抵抗係数,ρ [kg/m3] は密度,ΔPr [Pa] は抵抗で発生する圧力損失である.ur [m/s] は各抵抗での空気の平均流速であり,各抵抗での空気流量Vr [m3/s] を通風路の断面積Ar [m2] で除したものとして定義する.

     (2)

また各節点においては流量保存則が成立し,たとえば節点2において,

     (3)

となる.以上 (1)~(3) 式が全ての圧力抵抗,流体節点で成立するため,各抵抗に抵抗係数Krの値を与え,圧力Pおよび流量V を未知数とすれば,連立方程式系が構成され,これを解くことで流れ場の情報を得ることができる.
次に温度場の抵抗網化を説明する.図3の例では,Q4の発熱量を持つ発熱体の節点 4 において熱量の保存から次式が成り立つ.

     (4)

各熱抵抗では流体抵抗と同様に,

     (5)

が成り立つ.なお Rr [K/W] は各熱抵抗における熱抵抗値,ΔTr [K] は各熱抵抗の節点温度差である.(4) 式,(5) 式がすべての熱抵抗に成り立つため,流体抵抗網と同様に連立方程式を構築し解くことで,温度場の情報が得られる.
また,空気による熱移動を考えるため,各流体節点においてエネルギ保存を考える.図 5 の例では,節点 2 において次式が成立する.

     (6)

左辺は節点2へ流入する熱量,右辺は節点2から流出する熱量である.左辺第1項は対流により節点1から2へ流入する熱量,左辺第2項は発熱体から流体への強制対流熱伝達により空気が受ける熱量である.(6) 式により流体抵抗網における熱移動の計算および,熱抵抗網との間の熱の授受について計算することができる.

Fig. 5 Example of Flow and Thermal Resistance Network

3. 高密度実装機器での適用可能性の検討

  まずは熱流体抵抗網法が,昨今散見される高密度実装電子機器においても十分に適用できるか否かについて,図6に示す試験筐体を用いて検証を行った.
 試験筐体は,高密度実装がなされ冷却空気の流路が限定される薄型電子機器を想定している.内部は通風ダクト,冷却促進用のフィンヒートシンク,熱拡散板,素子を模擬した発熱体,断熱材などから構成される.内部の寸法は180×12×180 mm3,断面のアスペクト比は15 : 1としている.発熱体からの熱は,熱拡散板を経由しヒートシンクに集約され,ヒートシンクにより強制空冷を行う.発熱体は熱拡散板上に5点設置され,各2 W,合計10 W 発熱させた.冷却空気はダクト (断面積 10×21 mm2) 内のみを流動する.入口から流入した空気はヒートシンク部を通過し出口から流出する.また,ダクト以外の隙間はポリスチレンフォームを充填し,高密度実装を模擬した.この段階では,高密度実装機器における熱流体抵抗網法の有効性を議論することを念頭に置いたため,筐体に直接ファンを取り付けず,あらかじめ整流した空気をダクトに供給した.

(a) Whole schematic and dimensions               (b) Exploded view
Fig. 6 Schematic of the test enclosure

 試験筐体の熱流動および空気の流動を再現するため,図7の熱流体抵抗網モデルを構築した.ダクト内の空気流れを模擬する流体節点数7点,流体抵抗数6点,筐体内の伝熱現象を模擬する熱節点数34点,熱抵抗数113点でモデル化した.熱抵抗網については,筐体および試験基板内部の熱伝導,筐体壁からの自然対流及び放射,試験基板からヒートシンクへの熱伝導,ヒートシンクからの強制対流冷却を再現している.流体抵抗網については,ダクト内部の空気の流れを直列抵抗で再現した.

Fig. 7 Schematic of flow and thermal resistance network model of the test enclosure

 熱流体抵抗網法により得られた,熱拡散板の平均温度と,ヒートシンクからの放熱量を図8に示す.精度評価のため,実験値および市販CFDコードで計算した結果も併記している.ダクトの流速によらず,熱流体抵抗網法により,高い精度で実験値に近い値を予測できることがわかった.基板温度の予測誤差は平均6.7 % 程度であった.また,本モデルを用いた熱流体抵抗網法の所要計算時間は,市販ラップトップPCを用いて約1秒以内であった.一方,CFDコードによる解析は,総格子数1,000,000程度で計算を行い,所要時間は同じPCで2時間程度であった.
 以上から,部品の実装密度が高く,空気の通風流路や放熱経路が限定されるようなケースでも,熱流体抵抗網法により,十分な精度で,かつ高速に部品の冷却性能を予測できる感触を得た.

(a) Mean temperature rise of the heat spreader board         (b) Heat dissipation from the heat sink
Fig. 8 Comparison of the results among the experiment, the CFD analysis and the flow and thermal resistance network analysis.

4. 抵抗網法でのファン送風量評価法

 一方でファン空冷電子機器の場合,ファンの送風量を正しく予測することが,冷却性能予測精度向上の第一歩である.しかし,高密度実装機器においては,ファン近傍が狭隘となり,その結果ファンの送風性能(風量-圧力特性)が低下するケースがある.そこで,送風性能の低下がみられるケースの一例として,図6の試験筐体出口 にファンを設置した場合についての冷却性能の予測を熱流体抵抗網法で試みた.
 図9 (a) にファンを取り付けた試験筐体を示す.試験筐体のダクト出口にファン取り付け用の拡大部を設け,小型の高密度実装機器に広く採用されているφ40 mm スケールの軸流ファンを取り付けた.ファンの正面は,図9 (b) のように壁によって閉塞されている状況である.
 このような場合,ファン正面の閉塞によりファンへの流入流れが影響を受けることで,ファンの送風性能の低下が発生する.図10 (a) は,筐体内に設置したファンの送風性能と,ダクト内部の圧力抵抗曲線の相関を,図10 (b) は,ファン上流の流れの可視化結果を示している.ファンカタログ掲載の性能曲線(黒の実線)に対し,実際に筐体内で得られる性能(緑の破線)は,ファン近傍の流れが壁と干渉してしまうことで,送風量が低下してしまう.このようなケースでは,ファンの性能低下をあらかじめ見積り [11] ,熱流体抵抗網法に適用することで,正しい冷却性能を予測することができる.図11に,ファンのカタログ性能を用いて得た風量で熱流体抵抗網解析を行った場合と,性能低下を含んだ性能曲線で得た風量で同様に解析を行った結果の比較を示す.風量,熱拡散板温度ともに,性能低下を加味した曲線を用いることで,ファンの正確な冷却性能を予測することが可能であることがわかった.
 今後の課題として,ファンの送風量の低下が発生する場合,ファンの種類や実装状況と性能低下の関係について,如何にその影響をモデル化し熱設計へ取り込むかは,熱流体抵抗網法のみならず,CFD解析などにおいても重要な課題であり [14],より詳細な議論が必要と考えている.また,これまでの分析では,ファンを電子機器の通風路出口に取り付け,空気を吸い出すケースを主に議論している.一方で,ファンにより空気を逆に送り込むケースでは,流れの旋回を検討する必要が生ずる [15].熱流体抵抗網法において,ファン近傍で発生する旋回を含む特徴的な流れをいかに簡易な抵抗網で再現するかも,熱流体抵抗網法の汎用性の拡大へ,重要な課題と思われる.また,もう一つの課題は,現状,電子機器内部の圧力抵抗係数が,内部の構造が複雑なため既存の経験値 [4] から容易に推測できず,試行錯誤や実験値との併用が必要となっていることである.電子機器内部の空気の流動を十分に分析でき,かつ流体抵抗網解析にも適用できる圧力抵抗係数の詳細なデータベースの取得が必要と考えている.

(a) Schematic of the enclosure       (b) Position of the duct
Fig. 9 Schematic of the test enclosure with the axial cooling fan mounted at the outlet of the duct

(a) Comparison of fan performance curve         (b) Flow pattern in the case of flow rate [A] and [B]
Fig. 10 Deterioration of fan performance characteristic when the obstruction is mounted in front of the fan

(a) Supply flow rate       (b) Mean temperature rise of the board
Fig. 11 Comparison of the analytical results when the revised fan performance curve was used.

5.おわりに

 ファン空冷電子機器の簡易高精度熱設計手法の確立に向けて,流れ場と温度場を電気回路に各々置き換え解析することで温度場情報を得る熱流体抵抗網法の適用可能性について検討した事例を紹介した.昨今の高密度実装機器の熱設計においても同法が十分に有効である感触を得た.また,高密度実装機器で発生するファンに関する課題に適切に対応することで,予測精度の改善が可能である.しかし千差万別の実装形態をもつ電子機器内部の複雑な熱流体現象を十分に分析するための情報は未だ十分でなく,現在のところは実験値への依存が存在する.熱流体抵抗網法の汎用性の確保をめざし,電子機器内部の流動特性や伝熱特性の詳細な分析と簡易モデル化,高密度実装機器で使用するファンに関する諸問題への対応法について,継続して分析を行いたいと考えている.

参考文献

[1] 石塚勝, 図解入門 よくわかる電子機器の熱設計, (2009), 秀和システム.
[2] 小泉雄大, “スイッチング電源の熱解析のための電子部品の熱モデル化手法”, 日本機械学会熱工学部門ニュースレター No 65, TED Plaza (2011).
[3] Kowalski, T. and Radmehr, A., “Thermal Analysis of an Electronics Enclosure: Coupling Flow Network Modeling (FNM) and Computational Fluid Dynamics (CFD)”, Proceedings of the 16th Annual IEEE Semiconductor Thermal Measurement and Management Symposium (2000), 60-67.
[4] 日本機械学会編, “技術資料 管路・ダクトの流体抵抗”, (1979), 丸善.
[5] 富村寿夫, 石塚勝, “電子機器の熱解析へのEXCEL表計算機能の適用:日射を受ける筐体のビジュアルな熱回路網法解析例”, 日本機械学会論文集 A編, Vol. 75, No. 749 (2009) 792-798.
[6] 中川文弥, 廣瀬宏一, 福江高志, 伊藤里紗, 和宇慶知子, 寺尾博年, “熱転写プリンタにおける紙の温度応答特性に関する熱物性値の影響”, 第50回日本伝熱シンポジウム講演論文集CD-ROM (2013), Paper No. F331.
[7] 渡邉一充, 石塚勝, 中川慎二, “パワーエレクトロニクス基板の実用的熱設計手法の開発”, 日本機械学会北陸信越支部 第46期総会・講演会講演論文集 (2009), pp. 171-172.
[8] 百村裕智, 笠間稔, 井波かづき, 宇田川浩司, “熱回路網法とCFDの連携による複写機の熱流解析”, 日本画像学会年次大会 (通算105回) Imaging Conference Japan 2010 論文集 (2010), pp. 23-26.
[9] Ishizuka, M. and Hayama, S., “Application of a semi-empirical approach to the thermal design of electronic equipment”, Proceedings of the Institution of Mechanical Engineers, Part A: Journal of Power and Energy, Vol. 214, No. 5 (2000), pp. 513-522.
[10] 福江高志, 石塚勝, 山﨑健太, 畠山友行, 中川慎二, 中山恒, “局部的な強制対流冷却を有する薄型筐体内流体解析への熱流体抵抗網法の適用”, Thermal Science and Engineering, Vol. 19, No. 3 (2011), pp. 81?93.
[11] 福江高志, 畠山友行, 石塚勝, 廣瀬宏一, 小泉雄大, “熱流体抵抗網法を用いた小型軸流ファンの冷却性能予測”, 電子情報通信学会論文誌C, Vol. J96-C, No. 11 (2013), pp. 423-435.
[12] 中村元, 福江高志, 小泉雄大, 石塚勝, “小型空冷ファンの風量に及ぼす障害物の影響”, 日本機械学会論文集 B編, Vol. 76, No. 768 (2010), pp. 1184-1190.
[13] Alič, G., Široc, B. and Hočevar, M., “Method for Modifying Axial Fan's Guard Grill and its Impact on Operating Characteristics”, Forschung im Ingenieurwesen, Vol. 74, No. 2 (2010), pp. 87-98.
[14] 福江高志, 小泉雄大, 石塚勝, 中川慎二, 畠山友行, “熱設計用空冷ファンの性能予測手法 (筺体および流入口寸法の影響の予測法と評価)”, Thermal Science and Engineering, Vol. 18, No. 4 (2010), pp. 115-125.
[15] 中村元, “電子機器熱設計のための空冷ファンモデル ―無次元旋回力係数を用いた軸流ファンのモデル化―”, 第48回日本伝熱シンポジウム講演論文集CD-ROM (2011), Paper No. F134.