1. はじめに
氷結晶は,いくつかの物性において他の物質には見られない大きな異方性を示す.例えば,過冷却水中における成長形状,凝固時の溶質の分離係数[1],クリープ,摩擦などが挙げられる.そのため,凍結過程の氷単結晶のみならず多結晶において,結晶方向の予測や制御が可能となれば,多くの凍結プロセスに重要な技術となり得る.一方で,著者は,過冷却を伴い固体面上を伝播する凝固過程で見られる高い成長速度の条件下で,氷結晶が成長する際に結晶方向が徐々に変化する現象が発生することを確認[2,3]した.また,この現象を利用し,氷の結晶方向を制御する技術を提案[4]した.
ここでは,この氷成長時の結晶方向変化が発生することによって複雑になる凍結現象について説明する.また,近年,食品分野を中心として利用されている凍結濃縮システムにおいて,その効率向上を目的として結晶方向変化現象を応用する研究[5]を紹介する.
2. 金属細管内の結晶方向変化とそれを利用した氷結晶方向制御
これまで,過冷却水中を自由に成長する氷結晶の観察が多く行われており,それらの実験では細管を用いて単結晶を生成する手法が用いられた.Tirmiziら[6]は,この細管による手法によってデンドライト結晶の成長方向が細管に対し特定の範囲内,つまり,細管先端から出現する氷結晶のc軸(<0001>方向)が細管に対して垂直に近くなることを報告している.この現象は,種結晶または冷却による核生成によって発生した氷が多結晶状態となり,細管軸方向に成長速度の高い結晶方位を持つ結晶粒が優先的に細管内を成長し,異なった結晶方位を持つ他の結晶粒の成長を阻害する為であると考えられていた[7].しかし,種結晶の結晶粒度または核生成頻度と成長速度から予測される結晶粒の数が比較的少なく,特定範囲内方位を持つ氷の出現率の高さからこの説は矛盾すると考え,著者は単結晶の成長過程でその結晶方向が変化する仮説を立てた.また,この仮説が正しいならば,曲げた細管中に氷単結晶を成長させることで,その結晶方向を任意に変化させることが可能であると予測した.
そこで,過冷却水が満たされた細管内で氷結晶を成長させることで氷の結晶方向を制御する方法について調査を行った.まず,Fig. 1の左図の細管を直線状細管で実験を行い,ランダムな結晶方向を持った氷結晶を細管中で成長させると,c軸方向が管に対して垂直に変化して反対端から現れることを示した.次に,Fig. 1の右図に示すような三角波状に曲げ加工を行った細管で実験を行い,曲管を含む面に対して垂直なc軸方向を持った結晶が多く現れることを示した.Fig. 2に示すように,過冷度0.6 Kにおいて,この面と結晶のc軸のなす角が15°以内である確率は約60%となった.また,曲管内を成長する氷結晶の成長速度を測定し,細管下端から表れる結晶の傾きが大きい場合は成長速度が著しく低下することを示した.
また,細管内成長における結晶方向変化モデルを構築し,結晶方向変化方向および速度と細管形状の幾何学的関係から,本研究で使用した三角波状細管における結晶方向制御が可能な条件を示し,Fig. 3に示すように実験結果と良好な一致を得た.
この結晶方向変化現象に関する知見は皆無であるが,著者は以下のように推測している.熱応力や体積膨張による機械的変形は発生するが,実験で確認された結晶方向変化速度と比べれば十分に小さい.その為,結晶欠陥などによって結晶構造が変形したことにより,結晶方向変化が発生していると考えられる.
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Fig. 1 Schematic of the tube for observing a growing ice and ices growing at top and bottom of the bended section.
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Fig. 2 Frequent distribution of θ, which is formedby a projective line of c-axis of crystal and a perpendicular line to a plane containing axes of the triangular-wave bended capillary. ΔT = 0.6 K.
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Fig. 3 Change of θ before and after through the triangular-wave section.
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3.ガラス平面上成長
前章は,細管内の凍結,つまり一次元の成長を扱ったが,ここではより複雑な二次元の成長における結晶方向変化現象についての研究を説明する.具体的には過冷却水中の氷結晶が平板面上を成長する様子を観察し,結晶方向変化によってどのような成長形状となるのか,また,各条件が結晶方向変化現象にどのような影響を及ぼすのかを明らかにした.
Fig. 4で示す実験装置を用い,一定過冷却度に保持した水槽の平滑底面上を伝播する氷結晶の成長過程の観察実験を行った.この実験を,成長開始時における壁面に対する結晶方向,つまり種結晶の結晶方向と過冷度を変化させて行い,それらが結晶の成長形状や速度にどのような影響を与えるかを示した.また,成長させた氷結晶のチンダル像を観察することによって,結晶方向がどのように変化するのかを明らかにした.
ガラス冷却面上を成長する氷単結晶を冷却面垂直方向から観察した結果をFig. 5に冷却面の過冷度 Tとともに示した.種結晶のc軸を冷却面と平行にした場合,低過冷度において針状の結晶が観察される.つまり,成長する結晶の方向は種結晶の状態が維持され直線的に成長する.しかし,過冷度が増加するとFig. 5 (a)に示すように湾曲しながら成長する結晶が多く観察される.また,Fig. 5 (b)から,種結晶のc軸が垂直に近付くに伴って,結晶方向変化の発生は低過冷度でも観察されるようになる.種結晶のc軸が冷却面に垂直になると,伝播形状は針状ではなく雪印状となり,この場合の結晶方向も種結晶の状態が維持される.
以上の結果およびチンダル像による結晶方向の観察から,氷結晶が壁面上を過冷却成長するとc軸方向が壁面に対して徐々に垂直に近付くような結晶方向の変化が生じることを明らかにした.更に,その結晶方向の変化速度は,過冷度や壁面に対するc軸方向に依存することを確認した.また,これらの結果は,凍結開始時の氷結晶方向と冷却壁面の温度条件を制御することにより,これまで非再現的な氷の結晶状態を意図的に操作することが可能であることを示す.
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Fig. 4 Experimental apparatus for observation of ice crystal growing on glass plate.
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(a) T = 0.83 K, c-axis is nearly parallel to the plate.
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(b) T = 0.4 K, at 45 degrees angle.
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(c) T = 0.4 K, perpendicular.
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Fig. 5 Ice crystal grew on the glass plate with changing orientation of crystal.
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4.氷結晶方向制御による凍結濃縮への応用
界面前進凍結濃縮システムの性能向上,例えば,高濃度範囲での利用,処理時間の短縮,システムの小型化,攪拌動力の低減などを図るには,高濃度または高冷却速度条件での分離効率の向上が必要である.しかし,高濃度または高冷却速度下では,凍結界面に凹凸が発生し,その凹部に濃縮液が残留することで分離効率が著しく低下することが知られている.この界面に発生する凹凸は氷の結晶状態に強く依存することから,上述の実験結果を利用することにより分離効率の向上が可能であると考えた.そこで,小規模の界面前進凍結濃縮システムを構築し,高冷却速度で製氷を行い,凍結初期に形成される氷構造が分離効率に与える影響について調べた.
4.1実験装置及び手順
本研究で用いた実験装置全体の概要をFig. 6に示す.装置は,凍結濃縮セル,貯蔵タンク,および,その間に水溶液を循環させる配管とポンプから構成され,それらは初期水溶液濃度の凝固点温度に設定した恒温室内に設置されている.本実験で使用した資料は,エチレングリコール水溶液3.0 wt%である.Fig. 6の実験装置において,凍結濃縮セル内の流れが停止した状態で,冷却面背面の冷却液を循環し,冷却板温度が所定の温度Tnuになったところで凍結を開始させる.凍結開始は,Fig. 7で示す細管先端の氷単結晶で行う.本実験では,凝固点と冷却板温度の差ΔTnuを0.6,1.8 Kの2通りの条件で行った.凍結開始直後,氷は凍結開始位置から薄膜状に冷却面表面を高い速度で伝播し,その後垂直方向に氷層が形成される.薄氷が冷却面全体を覆ったことを確認した後,冷却板温度を1.2 Kに設定し,凝固点温度に制御された試料水溶液を一定流量60 ml/secで循環しながら氷層を生成する.薄氷が冷却面全面を覆った時刻を0とする製氷時間tを定義し,氷層厚さが約3, 6, 10 mmとなるt = 10, 90, 230 minまで製氷を続け,冷却液および水溶液の循環を停止することで製氷を終了する.製氷終了後,凍結濃縮セル内の水溶液を自然流下し,冷却面背面に高温の冷却水を循環する事で,生成された氷層を融解しながら三方バブルを介して希薄液として回収する.回収した希薄液は質量,濃度を測定する.希薄液質量を製氷時間で除したものを希薄液生成速度として定義する.
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Fig. 6 Schematic diagram of freezing-concentration system.
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Fig. 7 Nucleating device and capillary in order to start freezing on the cooling plate.
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4.2観察結果
凍結開始後薄氷が発生した直後から,その薄氷上面から板状の結晶群が垂直または傾いて成長する.t = 230 min における氷層の表面の拡大図をFig. 8に示す.氷層表面の凹凸を観察しやすくするため,これらの画像は凍結濃縮セル内の水溶液を排除した後に撮影したものである.板状結晶は,サブミリの間隔で,局所的にはほぼ平行な状態であることが確認できる.
本装置では氷層の形状を保持したまま取り出すことが困難なため,別途作成した静止水溶液凍結実験装置により作成した氷層を用いて,氷層断面の観察を行った[8].作成した氷層を冷却面中央を通り初期結晶のc軸方向に平行な面で切断し,観察した結果をFig. 9に示す.画像上が水溶液側,下が冷却面側である.氷層中央では冷却板に対して矢印で示すようなほぼ垂直に成長するのに対し,外縁では傾きを持ち成長する(画像右が中央側)ことが確認できる.
以上の観察結果から,板状氷結晶群の包絡面を立体的に示した概念図をFig. 10に示す.この図は冷却面中央を通り初期結晶のc軸方向に平行な面で切断したものである.実際は1枚の板状氷結晶は平面である為,多面的となるが,曲面で表現されている.凍結開始時の氷単結晶の結晶方向が変化しないと仮定した場合,板状氷結晶は全て平行な面になると考えられる.しかし,薄氷が伝播する際に,ΔTnu = 0.6 Kでは徐々に,ΔTnu = 1.8 Kでは凍結開始直後に氷結晶が変化したためこのようなパターンになったと考えられる.
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Fig. 8 Close-up pictures of the ice layer surface at t = 230 min of Fig. 4 (a, b).
Areas of the pictures are shown as white lines squares in Fig. 4.
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Fig. 9 Cross-section picture of ice larer, ΔTnu =0.6K
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Fig. 10 Schematic of geometry of plate-like ices
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4.3濃度測定結果
低いΔTnuの場合,板状結晶群のパターンに異方性があることから,対流方向と初期氷結晶の方向の関係によって希薄液濃度が変化する可能性が考えられる.Fig. 11にt = 230 minにおけるparallel typeおよびvertical typeの希薄液濃度を示す.ΔTnu = 1.8 Kは異方性が無いためparallel typeのみの結果である.それぞれ希薄液生成速度に差が生じているが非常に小さいためほぼ同じ冷却速度と見なすことができる.結果から,ΔTnuは低くし,初期結晶をvertical typeにすることによって,希薄液濃度が低下することが確認できる.これは板状氷結晶群が対流方向と平行に近い状態となることにより,板状氷結晶間の濃縮水溶液が除去され易くなったためと推測される.
上述の希薄液濃度は氷層の厚さ方向に大きな分布を持つと考えられるが,本実験の性質上直接その濃度分布を測定することは不可能である.そこで,製氷中に冷却面垂直方向に溶質移動がないと仮定し,t = 10, 90 minの両ΔTnuの希薄液濃度を平均した値を用い,0〜3,3〜6,6〜10 mmの各層範囲で分割した平均希薄液濃度を算出した.その結果をFig. 12に示す.この図から,6〜10mmにおいて,その濃度は約1%以下となり,ΔTnuを小さくすることで1割以上の低減が可能であることが確認できる.
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Fig. 11 Concentration of the melted depending on initial growth conditions of ice layer.
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Fig. 12 Concentration of the melted of layers of 0-3, 3-6, 6-10 mm thickness, for parallel type.
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4.4 結論
実験結果により,凍結開始時の結晶方向と凍結初期の冷却板温度を変化させることによって,板状氷結晶郡から成る氷層状態が大きく変化することを確認した.また,この氷結晶状態が氷層に取り込まれる溶質量に影響を与えることを示した.これらの結果から,溶質の分離効率を向上させるためには,凍結開始時の冷却面温度を高くし,強制対流方向と板状氷結晶群方向を平行にするように凍結開始時の結晶方向を制御することが有効であると結論付けた.
参考文献
1. |
S. Okawa, T. Ito, A. Saito; Int. J. Refrigeration, 32 (2009) 246-252. |
2. |
寺岡喜和, 岡田昌志, 樋口雄介, 田中宏和; 日本冷凍空調学会論文集 24 (2007) 349-357. |
3. |
寺岡喜和, 岡田昌志, 田中宏和; 日本伝熱シンポジウム講演論文集 45 (2008) J133. |
4. |
寺岡喜和, 岡田昌志, 田中宏和; 日本冷凍空調学会論文集 25 (2008) 21-28. |
5. |
Y. Teraoka, R. Fukuno, K. Matsumoto; Proc. 5th Asian Conference on Refrigeration and Air Conditioning, (2010) C1-050. |
6. |
S. H. Tirmizi and W. N. Gill : Jounal of Crystal Growth, 85, (1987) 488-502. |
7. |
古川義純; 機誌, 106 (1015), (2003) 448. |
8. |
堀高誌, 寺岡喜和, 松本浩二, 福野良; 日本伝熱シンポジウム講演論文集 47 (2010) B312. |
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