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TED Plaza
スイッチング電源の熱解析のための電子部品の熱モデル化手法

小泉 雄大




コーセル株式会社
koizumi@cosel.co.jp

1. はじめに

 各種電子機器の小型化,高機能化にともない,ICやトランジスタなどの電子部品の動作に不可欠な安定した直流電力の供給を行う装置であるスイッチング電源においても小型化が進んでいる.図1にスイッチング電源の外観の一例を示す.情報処理機器をはじめとする産業機器から,医療機器,LED表示機などの映像機器まであらゆる電子機器の電源として用いられている.
 現在,電子機器の開発には熱流体シミュレーションを基盤技術とした熱設計が適用されており,製品企画の初期段階など設計の自由度が高い段階での熱設計が可能となりつつあり,電子機器開発における有効性が示されている(1).電子機器の一種であるスイッチング電源の開発現場においても,熱流体シミュレーションを活用した熱設計が行われている(2).しかし,熱流体シミュレーションによる電子機器の熱解析において実用的な解析結果を得るためには,大きく二つの課題がある.一つは電子部品の熱モデリングの課題であり,もう一つは電子部品の発熱量の見積もりに関してである.
 電子機器の熱流体シミュレーションのためには,解析対象機器内部の電子部品の熱モデル化の作業が必須となるが,電子部品は個々それぞれ特有の発熱特性や伝熱構造を持つため,電子部品として統一的なモデル化手法は存在しない.また,電子機器の開発における製品企画の初期段階での熱設計は,その設計自由度の高さの一方,電気回路設計との同時進行が必須となるため,熱流体解析のエキスパート以外の電気設計者などにも熱設計を行うことが望まれている.しかし,電子部品の発熱特性や伝熱構造には未解明な点が多く,設計現場において個々の電子部品について発熱特性と伝熱構造を考慮した実用的な熱モデル化の作業は困難である.このことが電子機器の熱設計における熱流体シミュレーションの有効適用の障害の一因となっている.
 電子機器熱解析への熱流体シミュレーション適用の課題のもう一つとしては,解析対象の電子部品の消費電力(発熱量)の正確な特定が容易ではないという点がある.電子機器の熱設計に関する研究はこれまで多く行われ,設計過程への有効性が報告されているが,そのほとんどは解析部品の発熱量に関しては動作状態が既知の条件,すなわち既定の発熱量の値を用いている.しかし,実際の電子機器においては電子部品の発熱量の正確な特定は容易ではなく,熱モデルに設定する発熱量には誤差が含まれる.部品の発熱量が温度上昇に及ぼす影響は明白であり,熱モデルに設定する発熱量の誤差が結果として解析温度と実測温度の差異の原因となって現れることになる.
 上述のような課題認識のもと,著者らはこれまで主にスイッチング電源装置を対象として,電子部品の熱モデル化に関する研究,および消費電力推定誤差が解析結果に及ぼす影響の検討を行ってきた.本稿では,特に熱モデル化の取り組みに関して紹介する.電子機器の熱解析対象部品としては,CPUやIGBT,FETといった半導体デバイスが主な対象とされる場合が多いが,スイッチング電源などのパワーエレクトロニクス機器の特徴として,コンデンサやコイルなどの受動部品も主要な解析対象部品となる点がある.そこで本稿では,高周波インダクタ,および電解コンデンサの熱モデル化検討の事例をとりあげて紹介する.
 また近年,冷却用ファンを内蔵した強制空冷電子機器の高密度化を背景として,熱流体シミュレーションにおける軸流ファンの扱いに関する課題がクローズアップされている(3).軸流ファンのモデル化手法に関する検討として本研究では,自動車用ラジエターファンなどの解析において適用が進んでいるMRFファンモデルの電子機器解析への適用検討を行っている.本稿では,この検討の第一ステップとして行った簡易筐体内に配置したファン近傍流れの可視化実験結果とMRFファンモデルによるシミュレーション結果の比較検討を行った事例を紹介する.

(a)Forced cooling type with built-in fan (b) Natural convection cooling type (c) Conduction cooling type power module
Fig. 1 Various types of switch mode power supplies from the viewpoint of cooling structure

2. 高周波インダクタの熱モデル

 図2に,高周波インダクタの熱モデル構造の一例を示す.高周波インダクタの熱モデル化の際には,巻線部分をブロック状のオブジェクトでモデル化する手法が一般的に用いられている(4).図3に模式的に示すように,巻線部は細銅線が密巻きになった状態である.巻線表面には薄い絶縁コーティングが施されているが,この絶縁コーティングは導体部の銅に対して非常に低い熱伝導率であるため,巻線ブロックとしての等価熱伝導率は,周方向と垂直方向,および半径方向で異方性がある.巻線直径0.3mmの実験サンプルにおいて,垂直方向と半径方向の等価熱伝導率を解析的,および実験的に導出した結果,約2W/(m K)の値を得た.これは周方向の等価熱伝導率約352W/(m K)に対して100倍以上小さい値である.図4(a)は巻線ブロック部に等方性熱伝導率を設定した場合の巻線表面温度分布のシミュレーション結果である.巻線表面の温度分布は一様であり,実際の部品において見られる巻線中央の高温部分は再現されない.図4(b)は巻線ブロック部に異方性熱伝導率を設定した場合の巻線表面温度分布のシミュレーション結果である.高周波インダクタなどの巻線部品の熱モデル化においては,巻線部ブロックの異方性熱伝導率の考慮がキーポイントとなることを示した.

Fig.2 Thermal model of high-frequency inductor

Fig. 3 Cross-sectional view of winding wire block

(a) Isotropic thermal conductivity (b) Anisotropic thermal conductivity
Fig. 4 Simulated winding surface temperature distribution

3.電解コンデンサの熱モデル

 図5に,電解コンデンサの内部構造を示す.アルミ電解コンデンサの外観は単純な円筒形であるが,内部は詳細をモデル化するには複雑すぎる構造である.図6に電解コンデンサの熱モデル化手法の一例を示す(5).このシミュレーションモデルによる解析結果の妥当性検証のため,図7に示す実験用サンプルを用いて実測データの取得を行い,シミュレーション結果との比較を行った.図8にシミュレーション結果を示す.表面温度分布のシミュレーション結果は,実測結果と良く一致することを確認した.

Fig. 5 Internal structure of electrolytic capacitor

Fig. 6 Thermal model of electrolytic capacitor

Fig. 7 Experimental sample

Fig.8 Simulation results of surface temperature distribution

4.MRFファンモデルの適用検討

 従来,電子機器の熱流体シミュレーションではファンを厚みのない圧力境界として簡易的にモデル化する手法が一般的に用いられてきた.しかし,このモデルはファンベンダーが提供するPQ特性データと解析コードの圧力定義の違いに起因する解析誤差や,ファン下流側の風速分布の実際との違いが課題として示されている(6).このような簡易ファンモデルの課題に対するモデル化手法の一つとして,MRFファンモデルが期待されている(7).図9に本検討で用いたファンの動翼のCAD形状を示す.MRFファンモデルは,この動翼周囲にMRF領域を設定し,翼回転と逆方向の体積力を与えることで,翼回転によるファンからの流れと同等の計算を行う.  図10に可視化用実験筐体を示す.透明アクリル製筐体の側面に,ファンを押し込み方向のエアフローとなるように配置した.ファンの上流側筐体外部から可視化用トレーサーを供給し,ファン下流側筐体内にシート状のレーザ光を照射し,シート状のレーザ光と直交する方向から高速カメラを用いて流れの可視化画像の取得を行った.図11に可視化結果を示す.図中の矢印線は可視化トレーサーの動きを模式的に示したものである.この結果から,ファン出口近傍の流れの特徴として,ハの字形に広がる主流とファンハブ部に向かう逆流が確認できる.
 図12にMRFファンモデルによるファン中心断面の風速分布のシミュレーション結果を示す. 可視化結果に見られるハの字型に広がる流れの特徴が再現されていることが確認できる.また,風量のシミュレーション結果は実測P-Q特性の開放風量付近の値とほぼ一致することを確認した.次に,固定翼の影響の確認結果を示す.本実験で用いたファンには,図13に示すような固定翼が設けられている.図14に固定翼をモデル化した場合のシミュレーション結果を,また比較として図15には固定翼を削除したモデルでのシミュレーション結果を示す.図14および図15のシミュレーションは,固定翼有無の影響が表れる実用域(サージング付近の高風量側)の動作点となるよう境界条件を設定した.図14の固定翼をモデル化した場合には,ファン下流に向けて比較的ストレートな流れとなっているのに対し,図15の固定翼を削除した場合にはファン下流側の近傍で直角に屈曲する流れとなることが確認できる.風量のシミュレーション結果は,固定翼をモデル化した場合には実測P-Q特性にほぼ一致することを確認した.一方の固定翼を削除した場合では,風量0.32m3/min付近の実測P-Q特性の圧力がおよそ250Paに対し,シミュレーション結果が174Paと低圧側に誤差が発生することが確認された.
 以上の結果から,電子機器解析を想定したMRFファンモデルの実用可能性を概ね確認することができた.今後より詳細な確認を行い実機モデルへの適用検討を行う.

Fig. 9 Fan blade CAD geometry

Fig. 10 1U size simplified experimental enclosure

Fig. 11 Flow visualization result

Fig. 12 Flow speed contour at the center plane of the fan

Fig. 13 Fan model with stator blade

Fig. 14 Flow speed contour at the center plane of the fan (With stator blade)

Fig. 15 Flow speed contour at the center plane of the fan (Without stator blade)

5.おわりに

 電子機器熱解析における熱流体シミュレーションのための電子部品のモデル化手法の研究として,スイッチング電源装置を対象として,高周波インダクタ,および電解コンデンサの熱モデル化手法の検討事例を紹介した.また,モデル化手法研究の最近のトピックのひとつであるMRFファンモデルの電子機器解析への適用検討の取り組み状況を紹介した.MRFファンモデルの適用検討については,今後より詳細な実験データとの比較検証や,実機に即したモデルでの実用性の確認を行っていきたいと考えている.

参考文献

1. 石塚 勝,電子機器の冷却技術:ここ10年の発展,伝熱,Vol.41 No167 (2002),pp.1-9.
2. 小泉雄大,上坊寺明人,長原邦明,石塚勝, 電気回路設計との統合によるスイッチング電源の熱設計手法の開発(自然空冷式電源の場合), 日本機械学会論文集(B編)70巻690号 (2004), pp.488-495.
3. 中村元,福江高志,小泉雄大,石塚勝,小型空冷ファンの風量に及ぼす障害物の影響,日本機械学会論文集(B編)76巻768号 (2010), pp.1184-1190.
4. K.Koizumi and M.Ishizuka, Thermal Modeling and Experimental Verification of High-Frequency Inductors, Thermal Science & Engineering, Vol.12, No.3 (2004), pp.19-26.
5. K.Koizumi, M.Ishizuka and S.Nakagawa Thermal Modeling of Snap-in Type Electrolytic Capacitors in Electronic Equipment, Proceedings of IPACK2009.
6. 福江高志,小泉雄大,石塚勝,中川慎二,軸流ファンのP-Q曲線に関する電子機器筐体と流入口寸法による影響,日本機械学会論文集(A編)75巻755号 (2009), pp.837-880.
7. G. V. Shankaran, M. Baris Dogruoz, Validation of Advanced Fan Model With Multiple Reference Frame Approach, Proceedings of ITherm 2010.