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高温空気燃焼の安定燃焼限界とNOx排出特性 |
名田 譲 徳島大学 講師 大学院ソシオテクノサイエンス研究部 ynada@eco.tokushima-u.ac.jp |
1. はじめに
高温空気燃焼[1]は熱回収による熱効率向上と窒素酸化物(NOx)排出量削減を同時に達成可能な燃焼技術である.高温空気燃焼では,リジェネレイティブバーナー[2]を用いて排ガスから熱回収する.回収された熱量により燃焼用空気を予熱し,熱効率を向上させる.さらに,NOx排出量を削減するために,炉内既燃ガスによる希釈を積極的に利用する.図1に高温空気燃焼で用いられる平行噴流バーナー[1-3]の模式図を示す.平行噴流バーナーでは,燃料ノズルと酸化剤ノズルは離れて設置されている.このため,燃料と酸化剤が混合し始める(図中,Merging Point)までに,燃料噴流と酸化剤噴流は炉内既燃ガスを巻き込みながら発達する.このため,燃料と酸化剤は炉内既燃ガスにより希釈される.図1では,この希釈領域を領域Aとする.この結果,燃料濃度と酸素濃度は低下し,NOx排出量は低下する.高温空気燃焼における反応速度は,希釈により極めて低い値を示す.このため,火炎の輝度は燃焼炉壁面の輝度より低くなり,火炎は目視できなくなる[4][5].また,火炎温度が低下するため,燃焼炉内では均一な温度分布が得られる.
高温空気燃焼と同様の燃焼方法として,Mild Combustion[6]とFlameless Combustion[4]がある.これら三つの燃焼方法は,自着火温度以上の予熱温度と希釈利用の点で一致している.ただし,Mild Combustionには,燃焼による温度上昇は自着火温度以下であるという条件が課せられる.このため,Mild Combustionは高温空気燃焼の一部とされる[6].本報では,高温空気燃焼,Mild CombustionおよびFlameless Combustionを同じ燃焼方法と見なし,「高温空気燃焼」と記述する. 高温空気燃焼における反応速度は極めて低い.すなわちダムケラー数が1のオーダーの火炎とされる[7].このため,高温空気燃焼の火炎構造,NOx排出特性および燃焼維持機構は,従来の火炎と大きく異なると考えられる.高温空気燃焼を対象とした研究は,主に四つに分類できる.火炎構造に関する研究,NOx排出量に関する研究,安定燃焼範囲に関する研究,およびモデリングに関する研究である.火炎構造に関する研究では,静電探針[8][9]や平面レーザー誘起蛍光法[10][11]を用いた反応帯の幅や中間生成物の分布に関する研究が行われている.NOxに関する研究では,浮力,滞留時間および希釈の影響を考慮したスケーリングが試みられている[7][12].また,近年では安定燃焼範囲に関する研究が行われている[13-15].さらに,モデリングに関する研究では,高温空気燃焼のシミュレーションにフレームレットモデル[16],渦消散モデル[17],CMCモデル[18]の適用が試みられている. 本報では,高温空気燃焼に関する研究から,安定燃焼範囲に関する研究とNOx排出特性に関する研究について紹介する.火炎構造に関する研究は文献[8-11, 19, 20]を,モデリングに関する研究は文献[16-18]を参考にされたい. 2. 安定燃焼範囲に関する研究 高温空気燃焼の安定燃焼範囲は,Katsuki and Hasegawa[21]により酸化剤の酸素濃度と予熱温度を用いて表わされている.また,Wünning and Wünning[4]は炉内既燃ガスによる希釈を考慮し,炉内既燃ガスと混合気の質量比からなる循環率を用いて,安定燃焼範囲を表現している.Plessingら[20]はWell-Stirred Reactorの火炎構造を仮定し,安定燃焼限界を予測している.一方,Kimら[14]は,高温空気燃焼は浮き上がり火炎であるとの考えに基づき,浮き上がり高さを予混合火炎モデル(Premixed Flame Model)[22]と大規模混合モデル(Large-Scale Mixing Model)[23]を用いて整理している.また,吹き消え流速と吹き消え時の浮き上がり高さの予測式を提案している. Choiら[15]は高温雰囲気におけるプロパン層流浮き上がり火炎を対象として,浮き上がり高さの予測を試みている.プロパンは窒素で希釈されている.プロパンの濃度により,層流浮き上がり火炎は三つに分類される.一つはtribrachial flame構造を有する浮き上がり火炎である.これは,燃料濃度の高い場合に形成される.また,この場合,予混合火炎モデルにより浮き上がり高さを整理できる.このことから,火炎基部における燃焼速度と混合気流速の釣り合いにより,浮き上がり高さは決定されると考えられる.二つ目は,自着火により形成される,tribrachial flame構造を有する浮き上がり火炎である.この火炎の場合,tribrachial flame構造を持ちながら,予混合火炎モデルにより浮き上がり高さを整理できない.Choiらは,浮き上がり高さが着火遅れ時間の関数であるとし,浮き上がり高さを整理している.三つ目は高温空気燃焼状態の層流浮き上がり火炎(Autoignited lifted flame with Mild Combustion)である.図2に火炎の直接写真を示す.極めて輝度の低い青い火炎が観察される.Tribrachial flame構造は見られない.Choiらは,図2に示す火炎の浮き上がり高さを,着火遅れ時間を用いて整理している.図3はその結果を示している.縦軸は浮き上がり高さHLであり,横軸は燃料流速U0,着火遅れ時間tig,adの二乗および燃料濃度YF,0の積である.U0とtig,adの増加とともに,浮き上がり高さは高くなる.図3の結果から,浮き上がり高さの予測式が提案されている.
Choiらの研究[15]から,高温空気燃焼における浮き上がり高さは着火遅れ時間により整理できると言える.これは,高温空気燃焼が着火により維持されていることを示している.名田ら[13]は,高温空気噴霧燃焼における浮き上がり高さを測定し,安定燃焼限界との関係について検討している.実験で用いた燃焼炉は高さ1000mmの矩形断面を有する実験炉であり,炉底部には噴霧ノズルを中心とした平行噴流バーナーが設置されている.実験では,酸化剤予熱温度,酸素濃度および水冷管による熱損失量を変化させた.高温空気噴霧燃焼の場合,蒸発した燃料と酸化剤から成る混合気は,循環渦により循環される高温既燃ガスにより着火する.図4は,安定燃焼限界の条件における,高温既燃ガスの温度Trと酸素濃度XO2rの関係を示している.安定燃焼限界は,熱損失量に関わらず一つの曲線で表現できる.この曲線より下に位置する条件では,火炎を維持できない.これは,循環される既燃ガスの温度と酸素濃度により安定燃焼限界が決定されることを示している.図5は高温空気噴霧燃焼の浮き上がり高さのヒストグラムを示している.図中の条件は,安定燃焼限界の条件である.浮き上がり高さは時間により大きく変動する.しかし,最頻値は250mmから300mmとなり,一定値を示す.浮き上がり高さが循環渦の大きさより高くなった場合,循環渦は高温既燃ガスをノズル近傍に循環できない.このため,混合気は着火できず,火炎は吹き消える.すなわち,安定燃焼限界は,浮き上がり高さと循環渦の大きさから決定される.循環渦の大きさは,燃焼炉の大きさに強く依存する[24].名田らの実験では,循環渦は実験条件に関わらず同じ大きさと考えられる.このため,同じ浮き上がり高さで吹き消えに至る.以上の結果から,安定燃焼限界の予測には,浮き上がり高さの予測が重要となる.これには,Choiら[15]が示したように,着火遅れ時間の推定が必要となる. 図1で示したように,燃料と酸化剤は領域Aにおいて既燃ガスにより希釈される.希釈された燃料と酸化剤は混合開始位置から混合し始め,着火遅れ時間後に着火する.このため,着火遅れは領域Aにおける希釈の影響を強く受ける.この結果,浮き上がり高さは増減すると考えられる.以上のことから,安定燃焼限界の予測には希釈の影響を考慮する必要がある.
3.NOx排出特性に関する研究 NOx排出量の低減は高温空気燃焼の利点の一つであり,多くの研究が行われている.Wünning and Wünning[4]は炉内温度とNOx排出量の関係を,Katsuki and Hasegawa[21]は燃焼室内の燃料ノズル配置と酸化剤予熱温度の影響を明らかにしている.また,酸化剤酸素濃度の影響も多く示されている[5][12].本報では,Szegöら[7]によって行われたNOx排出量のスケーリング則に関する研究について紹介する.Szegöらは図6に示す実験炉を用いてNOx排出量を測定した.酸化剤ノズルを中心に,十字状に燃料ノズルが配置されており,酸化剤ノズルと燃料ノズルの間に排気孔が設置されている.燃料は天然ガスおよび液化石油ガスであり,窒素または二酸化炭素により希釈されている.酸化剤は空気であり,予熱温度は最高1053Kである. 図7に炉内温度と滞留時間によりスケーリングされた結果を示す.炉内温度は炉上部における温度である(図6, reference temperature).図中の黒シンボルの形状は滞留時間を示している.また青いシンボルは他の研究者による結果である.このスケーリングでは,火炎体積を燃焼炉容積と等しいと仮定し滞留時間を求めている.Szegöらは,炉内温度と滞留時間を用いることにより,NOx排出量を良くスケーリングできるとしている.ただし,そのばらつきは極めて大きい.他の研究者による実験結果と大きくずれているが(図中,青プロット),その原因をバーナー構造の違いとしている.また,図中の破線はゼルドビッチ機構に基づく計算結果を示している.Szegöらによって得られた結果は計算結果より小さい勾配を示す.これは,ゼルドビッチ機構によるNOx生成より温度依存性が低いことを示しており,プロンプトNOxの関与が指摘されている.
Szegöらの実験装置は,燃料ノズルと酸化剤ノズルの間に排気孔が設けられている.このため,既燃ガスは燃料噴流と酸化剤噴流の間を通過し,排気される.これは,燃焼炉内において燃料と酸化剤が既燃ガスにより希釈されることを示している.しかし,Szegöらのスケーリングでは燃焼炉内における希釈の影響を考慮していない.一方,名田ら[12]は,この燃焼炉内の希釈の影響に着目した.図8に実験で用いた燃焼炉を示す.酸化剤ノズルを中心として,燃料ノズルが直線上に設置されている.燃料はプロパンである.酸化剤は空気と窒素の混合気であり,予熱温度は最高1100Kである.実験は,酸化剤酸素濃度,予熱温度および燃料ノズルと酸化剤ノズルの間隔を変更することにより行われた.NOx排出量は,Szegöらと同様に温度と滞留時間を用いてスケーリングされている.ただし,温度は火炎温度とし,炉内既燃ガスによる希釈の影響を考慮した修正フレームレットモデルにより算出される.また,火炎体積はノズル間隔に比例するとした.図9にスケーリング結果を示す.横軸は火炎温度を,縦軸はEINOxと滞留時間からなるNOxの生成速度である.NOxの生成速度は火炎温度と良い相関を示し,火炎温度の低下とともにNOxの生成速度は減少することがわかる.これは,NOx排出量の低下が希釈による火炎温度の低下に起因することを示している.
上記の議論から,NOxの排出量の予測には炉内規燃ガスによる希釈の影響を明らかにすることが重要となることがわかる.これに加えて,浮き上がり高さの影響を考慮する必要がある.Fujimoriら[25]は高温雰囲気中の浮き上がり火炎の浮き上がり高さと,NOx排出量の関係を明らかにした.浮き上がり高さが火炎長より高くなった場合,NOx排出量は急激に低下する.これは,混合分率の分布から説明できる.燃料ノズル中心軸上の混合分率分布を考える.火炎はノズルに付着した火炎とする.ノズルからの距離が増加するに従い,混合分率は低下する.この混合分率が量論混合分率となる位置が付着火炎の先端である.よって,ノズル出口から量論混合分率となる位置までの距離が,火炎長となる.火炎長より下流では,混合分率は量論混合分率より低くなる.このため,火炎長より高く浮き上がった場合,浮き上がり火炎の基部には希薄予混合気が形成される.希薄予混合気が燃焼することにより,火炎温度は低下し,NOx排出量は急激に低下する. 高温空気燃焼においても,浮き上がり火炎における希薄予混合気形成の影響は現れると考えられる.Choiら[15]が示したように,着火遅れにより浮き上がり高さが決定されるとする.図1領域Aにおける既燃ガス希釈の影響により着火が遅れる.このため,混合開始位置から下流で火炎は形成される(図中,Ignition Point).着火遅れが極めて長いと浮き上がり高さは高くなり,希薄予混合気が形成される.また,着火位置までに混合気は既燃ガスにより希釈される.このため,火炎が浮き上がることにより,希釈の影響は強くなる.この結果,NOx排出量は低下すると考えられる.以上のように,NOx排出量には希釈の影響が強く表れる.このため,希釈の影響を予測することが重要となる. 4.まとめ 本報では,高温空気燃焼の安定燃焼限界とNOx排出特性に関する研究を主に解説した.高温空気燃焼の安定燃焼限界とNOx排出特性は,炉内既燃ガスによる希釈の影響を強く受ける.高温空気燃焼の火炎は着火により維持されており,tribranchial flame構造が見られないなど,従来の火炎とはその構造が大きく異なる.安定燃焼限界を予測するには,着火遅れ時間が重要となる.この着火遅れ時間は炉内既燃ガスによる希釈により増減する.高温空気燃焼におけるNOx生成は,希釈により火炎温度が低下することにより,抑制される.また,浮き上がり高さが高くなるほど,希釈の影響が強く表れるため,NOx排出量は低下すると考えられる.このように,炉内既燃ガスによる希釈は,安定燃焼限界やNOx排出特性などの燃焼特性を決定する要因の一つである.燃焼特性に与える希釈の影響の更なる解明が望まれる.
参考文献
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