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水素添加がエタノールおよび軽油噴霧火炎の排出ガス特性に及ぼす影響 |
渕端 学 近畿大学 准教授 理工学部機械工学科 fuchihata@mech.kindai.ac.jp |
1. 諸 言
近年の炭酸ガス排出量削減要求の高まりの中,次世代の環境対応エネルギーとして水素が注目されてきた.しかし現在の工業用水素は主に天然ガス改質により製造されており,カーボンニュートラルエネルギーではない.海水を太陽電池から得られた電気により分解して製造するといった,カーボンニュートラルエネルギーとしての水素製造方法も研究開発されているが,化石燃料を代替するほどの量を安定して供給するには到っていない. しかし水素は燃焼性が良く,他の燃料と混合して燃焼性や着火性を改善する効果が報告されている.燃焼性の悪い燃料への添加剤としての利用法であれば,化石燃料を代替する程の量も必要でなく,また純度も燃料電池用途等よりも低くて済むと考えられるので,カーボンニュートラルエネルギーとしての水素の現実的な利用法と考えられる. 水素添加による燃焼性改善の効果の基礎研究は,メタンやプロパンの予混合燃焼について実験および化学動力学計算による検討が報告されている.山本ら[1]は管状火炎バーナ,酒井ら[2]は対向流バーナ,中原ら[3]は定容燃焼器をそれぞれ用いて検討を行い,水素添加により燃焼速度,希薄可燃範囲が増大するとしている.化学動力学計算では,田上ら[4]が伸長を有するメタン予混合火炎について,川那辺ら[5]がメタンおよびプロパン予混合気の着火遅れ等について検討している. しかし気体燃料については多くの報告があるものの,液体燃料の燃焼における水素添加の影響についての基礎研究は,星野ら[6]による定容容器内におけるエタノール噴霧燃焼の観察,Mandilasら[7]によるイソオクタン蒸気の予混合火炎の観察,古市ら[8]によるエタノール蒸気の予混合火炎の観察等ごく少数しか見られない.また,NOx,アルデヒド等の有害燃焼排出ガス成分に対して検証したものもほとんどない.そこで本報では,軽油およびエタノールの噴霧バーナ燃焼時において水素添加が燃焼排出ガス特性におよぼす影響について,EGRの効果も含めて検討した結果を紹介する. 2. 実験装置 実験に使用したバーナをFig. 1に示す.噴霧の形成には二流体噴射弁(いけうち SETOJet0405)を用いた.火炎を安定させるために噴霧バーナ周囲には水素拡散火炎のパイロットバーナ(流量6.67x10-5 m3/s)を設けてある.添加水素,模擬EGRガスおよび燃焼用空気はあらかじめ混合し,スプレーノズルとパイロットバーナの間に設けられた4つの直径9.2mmのポート(1/4管)から供給した. 燃料には軽油およびエタノールを用い,流量はともに1.13x10-7 m3/sとした.霧化用空気は軽油で1.51x10-4 m3/s,エタノールで1.31x10-4 m3/sとし,水素も含めた総合空気比を1.1一定として残りの空気を燃焼用空気として供給した.模擬EGRガスは別体の密閉バーナで水素−空気拡散火炎を形成し,その燃焼ガスにN2,CO2を混合して噴霧バーナの完全燃焼ガスの20%にあたる量の同一成分ガスを生成し,ポート出口温度約120℃で供給した.水素添加量は,軽油およびエタノールとの質量比で2%,4%,6%とした. 排ガス測定は,HCに堀場製作所MEXA-554J(非分散赤外線吸収法),NOxに堀場製作所CLA-510SS・ES-C510SS(化学発光法),アセトアルデヒドにガステック検知管(No.92L,92M・GV-100)を使用した. 火炎温度測定には素線径0.2mmのRタイプ裸熱電対を用いた.輻射等の補正は行っていない.
3.実験結果および考察 3.1 水素添加の影響 軽油およびエタノールの噴霧火炎に水素添加を行った場合のHC,NOx排出量の変化をFig. 2,3に,エタノールの噴霧火炎に水素添加を行った場合のアセトアルデヒド排出量の変化をFig.4に示す.アルデヒド類の測定はホルムアルデヒドについても行ったが,検知管ではほとんど検出されなかった.HC排出量は軽油,エタノール燃焼時ともに水素添加量が増えるにつれて減少している.このことから,気体燃料への水素添加と同様に,液体燃料においても水素添加により燃焼性が向上したと考えられる.NOx排出量は軽油,エタノール燃焼時ともに水素添加量が増えるにつれて増加している.火炎温度測定結果によると,水素添加量が多い程火炎最高温度が上昇するとともに最高温度領域も噴霧流上流側へ移動していたことから,水素添加による燃焼性向上によりサーマルNOxが増加したためと考えられる.エタノール燃焼時のアセトアルデヒド排出量については,水素添加量が増えるほど減少している.このことから,水素添加による燃焼性向上は,HCだけでなくアセトアルデヒドの低減にも有効であると言える.
3.2 EGRの影響 軽油およびエタノールの噴霧火炎に水素添加を行った場合,燃焼性の向上により不完全燃焼成分(HC,アセトアルデヒド)の排出量は減少したが,NOx排出量は増加した.一般にNOx排出量抑制によく利用される手法としてEGR(排気ガス再循環)がある.主に燃焼ガスの比熱増大による火炎温度の低下および酸素濃度低下による燃焼の緩慢化によりサーマルNOx排出量が減少すると考えられているが,エタノール噴霧火炎に適用するとアセトアルデヒドの排出量が増加する恐れがある.そこで,エタノール噴霧火炎について水素添加とEGRを併用した場合に排出ガスにどのような影響を与えるかを検討した.EGR(EGR率20%,120℃)を行った場合のHC,NOx,アセトアルデヒド排出量の変化をFig. 5〜7に,EGRを行わない場合と行った場合のバーナ中心軸上の温度分布をFig. 8,9に示す.これらの結果より,EGRを行うとNOx排出量は低下するが,HCおよびアセトアルデヒド排出量は増加する傾向が見られる.しかしHCおよびアセトアルデヒド排出量はEGRを行わない場合と同様に水素添加量に応じて減少するのに対して,NOx排出量はEGRを行わない場合に比べて水素添加による増加がごくわずかであることが分かる.これはEGRによる燃焼性の低下をカバーするのに必要な水素添加(本実験条件ではHC排出量について6%,アセトアルデヒドについて2%程度)による火炎温度の上昇が,EGRの効果による火炎温度の低下よりも小さいため,同程度の燃焼性が,サーマルNOx生成量が急激に増える1500℃レベルより低い火炎温度で達成されたためと考えられる.
4.おわりに 水素添加による燃焼性改善は気体燃料だけでなく液体燃料の噴霧燃焼についても有効であると言える.また,アルコール燃料燃焼時のアセトアルデヒド排出量の低減にも有効性が見られたことから,不完全燃焼生成物全般に低減効果が期待できると考えられ,今後,PM類の排出に対する効果も検証されるべきであると考える.さらにEGRとの併用により燃焼性を低下させずにサーマルNOxを低減できる可能性もあり,水素添加の利用法はまだ発展の余地があると考えられる. 4.謝 辞 本研究の遂行にあたり,近畿大学大学院総合理工学研究科メカニックス系工学専攻学生 西誉幸 君に協力いただいた.ここに記して謝意を表する.
参考文献
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