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蒸気泡微細化を伴うサブクール沸騰現象の理解をめざして

上野 一郎






東京理科大学 准教授
理工学部 機械工学科
ich@rs.noda.tus.ac.jp

1.はじめに

 機器の冷却を考えるにあたり、大きな潜熱を介した相変化現象を利用することの優位性に疑問を挟む方は少ないであろう。特に液体から気体への相変化を伴う沸騰現象は、製鉄や原子力発電などにおける冷却技術の開発に伴い、その研究が急速に展開した。最近では、レーザ加工などでの大出力レーザダイオード(LD)や、電子素子の性能向上および高集積化による単位面積あたりの発熱量の増加が続く CPUや GPU、燃料電池や電気自動車の開発に欠かせない小型軽量化インバータなど、小さな空間領域において高い除熱性能を必要とする要素がますます増えてきている。
 このような高熱流束除熱技術の開発において注目されているのが、発生した蒸気泡が微細化し放射状に射出する現象を伴う『気泡微細化沸騰(Microbubble Emission Boiling (MEB))』である(Fig.1)。この現象は、1980年代に群馬大の稲田らによって初めて見出され [1-6]、その後、東北大の熊谷ら [7-13]、東京理科大の鈴木ら [14-16]、東大の丹下(当時院生)および神奈川大の庄司 [17-19](以上すべて当時の所属。現在、鈴木先生は山口東京理科大学、丹下先生は芝浦工大にて研究を継続しておられる)、上海交通大学の Chengら [20]によって、その発生条件や伝熱特性に関する研究が継続している。この現象は細線・平板伝熱面どちらの場合にも発生することが確認されている。条件によっては、限界熱流束(CHF)の数倍に至る高い熱流束を実現する現象であり、冷却機器への応用が非常に期待されている。また、前述の通り冷却対象となる素子の小型化に伴い、冷却装置の小型化も不可欠となっているが、沸騰現象によって発生する蒸気泡が管を塞いで大きな流動抵抗に繋がってしまうため、小型冷却装置の安定化の観点からも微細気泡の発生は望ましいものと言える。さらに、伝熱面で生成される蒸気泡が放射状に射出することから、国際宇宙ステーション等軌道上施設といった微小重力環境においても伝熱の促進が期待できる。すなわち、通常のプール沸騰現象であれば浮力が極めて小さいことから蒸気泡が伝熱面近傍に停滞し、熱伝達特性が劇的に悪化することが懸念されるが、蒸気泡の射出により気液交換が促進され、微小重力環境下でのプール状態においても潜熱を利用した高熱流束除熱の恩恵が期待出来る。
 上記の先行研究により、この蒸気泡微細化を伴う沸騰現象の伝熱特性および発生条件については詳細な知見が蓄積されてきているが、しかし、その発生機構については、Tange et al.[18]による細線周りの蒸気泡急凝縮現象の把握を除き、ほとんど理解されていないのが現状である。これは、沸騰現象の持つ宿命として、伝熱面 -液体 -蒸気泡間、すなわち固液気3相の相互作用を伴う大変複雑な現象であることに起因するところが大であると言える。また、発生する蒸気泡だけを考えても、伝熱面を覆う多数の蒸気泡の時空間挙動を把握することは大変な困難となることは想像に難くない。
 著者の研究グループでは、そこで、現象で見られる相互作用の要素を減らし、2相間の相互作用のみをまずは注目しようと考え、蒸気泡と周囲液体間で発生する凝縮過程を抽出することにした。すなわち、伝熱面上で蒸気泡を生成して凝縮を観察するのではなく、別に蒸気を準備しサブクールプール中に射出することによって、蒸気泡の凝縮過程のみを観察することが可能な実験系を構築した。

Fig. 1 Microbubble emission boiling around the wire heater; whole view (after Tange et al. [18]) (left) and zoomed view above the wire (right). Abrupt condensation of the vapor bubble realizes extremely fine vapor bubbles around the wire (tiny black dots above the bubble on the wire correspond to the fine vapor bubbles). Rebound flow from the wire due to the abrupt condensation of the vapor bubble sweeps the micrometerscale vapor bubbles away from the heated surface.

2.実験系

 蒸気泡射出実験装置の概略図を Fig. 2に示す。この装置は、大きくわけて3部から構成される。すなわち、蒸気生成・射出部、プール部、および計測部である。蒸気生成部により生成した蒸留水蒸気を、加熱したチャネルを経由して所定の温度・流量にてサブクールプールにオリフィスより射出する。プールは内寸幅 100mm×奥行き 100mm×高さ 150 mmの PyrexRガラス製開放容器に蒸留水を溜めている。なお、恒温槽に接続した銅管をプール中に設置し、所定のサブクール度を実現している。静水中に射出した蒸気泡は、後方照明下で最高 14万コマ毎秒の撮影速度を有する高速度カメラを用いて撮影・記録した。

Fig. 2 Schematics of whole system of experimental apparatus
3.蒸気泡の凝縮・崩壊過程

 サブクール状態の静止液体中に射出した蒸気泡の成長から凝縮・崩壊までの挙動例を Fig. 3に示す。ここでは、射出する蒸気温度を約 101℃で固定とし、射出用オリフィスの開口径として 2.1mmの場合を紹介する。この図ではサブクール度ΔTsub= 32Kの静水中に射出した場合を示している。著者らが行っている一連の実験条件において比較的低い射出量での実験結果で、蒸気泡射出時のバルク液との剪断を主原因とする蒸気泡界面の乱れを回避した際の例である。
 まず、オリフィス開口部から連続して蒸気の供給を受けながら蒸気泡が成長する.先行蒸気泡の凝縮の影響により、蒸気泡周りに擾乱が生起しており、いわゆる半球状の蒸気泡は形成せず、若干の変形を伴いながら成長する(図中 t[ms] < t0+1.6)。その後、開口部付近において蒸気泡のネッキングが始まる(同 t0+2.0 < t[ms] < t0+3.2)。これは蒸気泡射出に伴う力学的な要素に起因するものではなく、先行蒸気泡の離脱によって生起する周囲流体随伴流の影響により、サブクール度Δ Tsubを維持した冷たい流体が流れ込み凝縮が進行するという熱力学的要素が強い(蒸気のかわりに空気を射出することによって確認している)。ネッキングにより、開口部からの蒸気供給が途絶えることによってほぼ孤立した状態の蒸気泡が形成される。その結果、サブクール状態の液体に曝されることで急凝縮が実現し、蒸気泡が崩壊・微細化する(同 t0+3.2 < t[ms] < t0+3.6)。ここで注目すべきは、蒸気泡成長・凝縮のほとんどの過程において自由界面は滑らかな状態を維持している点である。

Fig. 3 Typical example of growing and condensing processes of the upward-injected vapor bubble into the pool of 32 K in the degree of subcooling through the orifice. Scale bar in the first frame corresponds to 2.0 mm. Shutter speed is of 1/30,000 s.

 次に、フレームレートを上げ、蒸気泡凝縮時の挙動をより詳細に見ていく。前出の Fig. 3における最後の 2コマ間( t0+3.2 < t[ms] < t0+3.6)をより高いフレームレートで取得した連続写真を Fig. 4に示す。これらは同一の撮影結果から抽出しており、それぞれ図中の t0は同一時刻を示している。ネッキングにより孤立した蒸気泡は、周囲のサブクール流体との熱伝達により凝縮を開始する。凝縮過程においては、蒸気泡の内側において界面近傍に存在する蒸気の凝縮により体積が減少するが,蒸気泡は自由表面において比較的滑らかな状態を維持しながらその体積を減少していく(この体積減少過程については、既報 [21, 22]にて紹介している)。ここで、図中の t0+3.2 0 t0+3.3において、蒸気泡右上部に短い波長の擾乱が発生し、その直後から、急激な凝縮が開始している。そこで、Fig. 4中の t0+3.20 t0+3.3領域における蒸気泡表面に生起する微小擾乱に注目する。前出のサブクール度および蒸気射出速度と同一の条件下にて、Figs. 3 & 4とは異なる実験で、より高撮影速度での観察例を Fig. 5に示す。ここでは成長した蒸気泡の上部のみを観察領域としている。時刻 t = t1においては依然平滑界面を維持しているが、その後、蒸気泡上部右肩付近において数百μ m程度の波長を有する擾乱が生起し、蒸気泡全体に拡がっていく様子を捉えている。擾乱が拡がった後、蒸気泡は急激な体積減少を示し、Figs. 3 & 4で示した通りの微細化に繋がる。ここで生起する不安定現象は、界面近傍の蒸気が急激に凝縮することによって、それまで蒸気泡形状を保持していた高い圧力が急減少し、蒸気泡中心に向かって大きな圧力差が生じることによって生起しているものと考えられる。これまでにも有限の曲率半径を有する界面における Rayleigh-Taylor不安定として、球面調和関数を用いたモデルが提案されている [23]が、現時点で計測している不安定波長はモデルでの予測値と有意な差を示している。本実験で得られた、不安定波長のサブクール度依存性の例を Fig. 6に示す。ここでは、計測しえた波長の平均値をプロットし、その最小値から最大値の範囲を示している.急凝縮時に見られる不安定波長は、サブクール度が大きくなるに連れ、すなわちバルク液による蒸気の冷却作用が大きくなるに連れて、より短い波長の擾乱が生起する。この傾向は、本実験系で観察される蒸気泡崩壊後の微小気泡の直径分布の傾向と良好な一致を示している。ここで注目すべきは、この擾乱の発生限界がΔTsub020 Kに存在していることである。すなわち、サブクール度が充分小さい場合には、凝縮が発生しても蒸気泡に微細擾乱は発生せずに、滑らかな界面を維持したままその体積を減少し、かつ、蒸気泡の微細化は見られない。この閾値は前述の MEBの大気圧下での発生条件とほぼ一致する。

Fig. 4 Successive images of the condensing/ collapsing vapor bubble through the orifice. Images are captured from the same movie but with a different frame interval shown in Fig. 3. The instance t = t0 in this figure corresponds to that in Fig. 3; this figure indicates the vapor bubble behavior during the last three frames in Fig. 3.
Fig. 5 Zoomed view of the top region of the vapor bubble exhibiting such a fine disturbance under ΔTsub = 31 K. Scale bar above the first frame corresponds to 2 mm. Shutter speed is of 1/30,000 s.
Fig. 6 Averaged wave number of the disturbance emerged on the condensing vapor bubble injected at Vvap 〜 9 mm3/s against the degree of subcooling. Bars for the results of non-zero wave number indicate the maximum and minimum wave number obtained in the measurements.

4.おわりに

 サブクール状態の静止液体中に射出した蒸気泡の成長から凝縮・崩壊までの挙動について紹介した。ここで、蒸気射出による実験が、いわゆる通常の沸騰現象と大きく異なる点として、サブクールプール中に形成する蒸気泡が大きな慣性力を有すること、蒸気が連続的にサブクールプール中に供給されること、蒸気泡発生による固体面上温度変動が発生しないことなどが挙げられる。学会で発表すると、ほとんど毎回のように、それは沸騰とは違う、というご指摘をいただく。著者らももちろんこの実験が、沸騰現象そのもの、蒸気泡微細化沸騰現象そのものを再現しているとは考えていない。今回ご紹介したのは、きわめて複雑な沸騰という現象を少しでも理解するために、その現象を構成する一要素である液気間相互作用について何らかのヒントが得られるのではないかという観点から行っている、現象に関する実験結果である。急凝縮過程においてごく短「凝縮」しかしながら、い時間スケールにおいて界面不安定性が生じていること、この界面不安定性と蒸気泡微細化過程に強い相関が見られることは、高熱流束除熱を実現する蒸気泡微細化沸騰現象を理解するための小さな一歩になるのではないかという期待を持ちつつ研究を続けていきたいと考えている。

謝辞

 今回このような記事を書く機会をいただいた結城和久先生(山口東京理科大学)、洪定杓先生(東京理科大学)にお礼申し上げます。ご紹介した研究成果の一部は、財団法人東電記念科学技術研究所(現:公益財団法人東電記念財団)による研究助成(2007年度〜 2009年度)(基礎研究)によるものである。記して謝意を表します。また、蒸気泡微細化沸騰という興味深い現象をご紹介いただき,蒸気泡凝縮過程に注目するきっかけをいただいた鈴木康一教授(山口東京理科大学)に心よりお礼申し上げます。
 今回掲載した研究結果は、著者が主宰する研究室所属の古城達則氏(現:株式会社デンソー)、新出真大氏(同三菱重工業株式会社)、吉田真人氏(同トヨタ自動車株式会社)、有馬正之氏(同株式会社ブリヂストン)、服部安祐氏(同株式会社日立ハイテクノロジーズ)、細谷亮太氏(同東京理科大学大学院理工学研究科機械工学専攻)が我慢強く我慢強く本テーマに取り組んでいただいた成果であることをご紹介して筆を置かせていただきます。

参考文献

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2. 稲田茂昭・宮坂芳喜・佐久本伸・小長谷芳彦・泉亮太郎、1981、サブクールプール沸騰特性曲線の研究(第2報)、日本機械学会論文集 B47、pp.2021-2027.
3. 稲田茂昭・宮坂芳喜・佐久本伸・小長谷芳彦・泉亮太郎、1981、サブクールプール沸騰特性曲線の研究(第3報)、日本機械学会論文集 B47、pp.2030-2039.
4. 稲田茂昭・宮坂芳喜・泉亮太郎・小林盛一、 1981、サブクールプール沸騰特性曲線の研究(第4報)、日本機械学会論文集 B47、pp.2199-2206.
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