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TED Plaza
NASAエイムズ研究所での研究生活

西野 貴文




アメリカ NASA Ames Research Center ポスドク研究員
イギリス University of Oxford 研究助手(予定:2011年2月より)

はじめに

 京都大学で修士課程を修了後,イギリスのサウサンプトン大学でPh.D.を取得し,2008年の3月よりアメリカのNASAエイムズ研究所で,ポスドク研究員として勤務しています.今回,エイムズ研究所の様子を紹介する機会を頂きましたので,ポスドク研究員の目から見た研究所の今の様子や,私自身の研究生活,研究内容を(簡単にではありますが)紹介したいと思います.

1. NASAのポスドク研究員制度

 私が現在利用しているNASAのポスドク研究員制度は,NASA Postdoctoral Program (NPP) と呼ばれており,Oak Ridge Associated Universities (ORAU) という団体によって運営されています.この研究員制度は2006年頃からスタートしており,それまでNational Research Council (NRC) によって運営されていた客員研究員の制度を引き継いだような形になっているようです.私自身,この研究員制度のことを知ったのは,イギリスのサウサンプトン大学でPh.D.を取得する数ヶ月前のことでした.当時,Ph.D.論文の提出を目前に控えながらも次の仕事が見つからず,さてどうしたものかと困っていたところ,以前に研究計画書(スタンフォード大学の乱流研究所のポスドクに応募するために書いたものの落選)を読んで頂いた知り合いの先生から,エイムズ研究所でも乱流関連のポスドクの募集をしているという情報を頂き,藁にもすがる思いで応募したところ幸運にも採用された,という経緯があります.少し話がそれましたが,この研究員制度に関する詳細は2010年11月現在,ORAUのウェブサイト(http://nasa.orau.org/)で確認できます.Research Opportunitiesのページを開くと,非常に多くの研究テーマが掲載されていますが,実際には既に募集が締め切られているテーマも多く含まれているようなので,応募の際には研究テーマの担当者(Advisor)に事前に連絡を取る必要があります.

2. エイムズ研究所での研究生活

 私が現在勤務しているエイムズ研究所は,サンフランシスコ・ベイエリアのMoffett Fieldにあります.サンフランシスコ市内からは車で1時間ほどの距離です.また,スタンフォード大学のあるパロアルトからは車で15分ほどの距離にあります.研究所の敷地内に入るには事前の申請が必要で,特に外国からの訪問者のチェックは厳しく行われています.これは仕事の契約を有する研究員も例外ではなく,私の場合,最初の3ヶ月ほどは一般の訪問者(Visitor)として扱われ,NASAの正規職員の同伴が無いと研究所内に入ることもできないような状況で,あまりの不便さに閉口することも少なからずありました.こうした状況とそれに伴う多くの手続きは,外国からの研究員を受け入れる現場の研究者にとっても負担になっているように思います.(しかし最近では,こうした手続きは簡略化されつつあるようです.)
 私が所属している研究所の部門はNASA Advanced Supercomputing (NAS) Divisionと呼ばれており,数値計算に関連する幅広い分野の研究者が在籍していますが,それぞれの研究者は(一つあるいは複数の)研究プロジェクトに属しており,これが研究活動のベースになっています.私が参加しているプロジェクトはFundamental Aeronautics ProgramのSubsonic Fixed Wing (SFW) Project と呼ばれており,参加メンバーの多くはバージニア州のラングレー研究所に在籍しています.ラングレー研究所のメンバーとのやりとりは主に電子メールで行っていますが,必要に応じて電話会議(Teleconference)を行うこともあります.アメリカの東海岸と西海岸では3時間の時差があるため,電話会議の際には通常より早めに出勤することもあります.
 研究所におけるポスドク研究員の活動内容は基本的にAdvisorに一任されており,研究の進め方もAdvisorによって異なるようです.私のAdvisorは基本的に放任主義な方なので,大まかな研究方針が決まった後は定期的なミーティングの時間などは設けず,不定期に(必要に応じて)相談に乗って頂いています.また,ラングレー研究所やスタンフォード大学の乱流研究所など,エイムズ外部の研究者との情報交換や交渉も,自ら責任を持って積極的に行うように言われており,最初のうちは手探りの状態でしたが,最近はようやく円滑に行えるようになってきたと感じています.こうしたことは,学生時代にはなかなか経験できなかったことであり,研究者としての自覚を高める上での大きな手助けになったと感じています.
 研究所での私の普段の研究生活は,比較的リラックスしています.出勤時間等も特に定められていないので,自分の都合に合わせてスケジュールを組むことができますが,私の周りの同僚のほとんどは一般的な勤務時間(午前9時から午後5〜6時)に働いています.サウサンプトン大学に留学していた頃は,博士課程の学生仲間(主に海外からの留学生)が夜の9〜10時頃まで研究室にいて,私も毎日のように夜まで研究に励んでいたのですが,こちらに来てからは遅くとも午後7時頃には帰宅する生活になりました.今では「限られた時間の中で質の高い研究をすることも大事」と考えるようになりましたが,一方で「イギリス留学時代と比べると少し自分に甘くなっているかな」と感じることもあるのが正直なところです.

エイムズ研究所の正面ゲート付近

3. 研究紹介

 私が現在NASAで携わっている研究は,大きく分けて二つあります.一つはコアンダ噴流を用いたCirculation Control (CC) Airfoil周りの流れのラージエディシミュレーション(LES)で,もう一つは,人工的な微小なRoughness Elementsを用いた後退翼境界層遷移の制御についての直接数値計算(DNS)です.
 コアンダ噴流とは,凸状の曲面に沿った壁噴流のことで,コアンダ効果により壁面に付着しながら流れることが知られています.このような噴流を湾曲した翼の後端部に吹き付けることにより翼周りの循環を高める(ことにより大きな揚力を得る)ことがCC Airfoilの主な目的であり,次世代のCruise Efficient Short TakeOff and Landing (CESTOL) Aircraftの実現に向けたアイデアの一つとして,ラングレー研究所と共同で研究を行っています.このようなコアンダ噴流の数値計算に関しては,従来のRANSベースの乱流モデルでは噴流の剥離の位置を正確に予測することが難しいという問題があり,またモデルの検証に必要な実験データが非常に限られているという問題もあります.そこで現在,ラングレー研究所では(主に乱流モデルの検証用として)新たにデザインされたCC Airfoilの風洞実験が始められており,エイムズ研究所での私の研究は,この実験と同じ翼周りの流れをLESで再現することを目的としています.ラングレー研究所の風洞実験は現在も継続中ですが,LESの結果は(特定の条件下では)初期の実験結果と非常に良く一致しており,現在はLESとRANS計算の比較・検証を行っています.また,このコアンダ噴流は応用面だけでなく流体物理の観点からも非常に興味深い流れで,DNSに近い解像度を用いたLESの結果,噴流と外部流との混合層では多数のヘアピン渦が形成され,噴流の成長に影響を及ぼしていることが分かりました.詳しくは,間もなく公開される論文(参考文献1,2)を参照ください.またこの研究に関連して,風洞の側壁近傍の三次元流れがCC Airfoil周りの流れに及ぼす影響についても,RANS計算による解析を行っています(参考文献3).
 後退翼面の境界層遷移の制御については,翼面の摩擦抗力を低減し燃料消費を削減するためのアイデアの一つとして,NASAを含む多くの研究機関で長年研究が行われています.後退翼面に形成される三次元境界層の遷移では一般に,二次元不安定(Tollmien-Schlichting Instability)に加えて横流れ不安定(Crossflow Instability)が問題になることが知られており,従来の研究では翼面に設置した吸い込み(Suction)による制御が広く検討されていましたが,近年これに代わる新たな方法として,人工的な微小荒さ(Discrete Roughness Elements, DRE)を用いて遷移を遅らせる方法が報告されており,注目を集めています.しかし,エイムズ研究所におけるDREによる遷移制御の研究はまだ日が浅く,私が試みている直接数値計算も未だ幾つかの問題を抱えており,初期の研究経過を報告するに留まっています(参考文献4).私のNASAでのポスドク契約は間もなく終了するため,さらなる結果を報告することは難しい状況になりつつありますが,先日頂いたメールによると,スウェーデンの大学の研究グループが同じDREによる後退翼境界層の遷移制御の直接数値計算に着手されたようなので,近いうちに良い結果が報告されることを期待しています.

コアンダ噴流と外部流との混合層に発生する乱流渦構造のシミュレーション1,2

おわりに

 以上,簡単にではありましたが,NASAエイムズ研究所での私の研究生活と研究内容について紹介させて頂きました.イギリス留学のために最初に日本を離れて以来,既に6年以上になりますが,このような記事を書かせて頂いたのは今回が初めてのことで,大変光栄に思います.来年からは再びイギリスに戻り,流体関連の研究を続けていく予定ですが,今後も機会がある度に,日本の研究者の方々との情報交換を続けていきたいと願っています.また,僅か数ページの記事ではありましたが,これから海外へ渡る予定の,あるいは既に海外で奮闘中(?)の学生の方々にとって,何かの参考になりましたら幸いです.

謝辞
 エイムズ研究所での約3年間の滞在中,研究生活を温かくサポートしてくださいましたカリム・シャリフ博士に,深く感謝の意を表します.(I would like to thank Dr. Karim Shariff for his generous support during my stay at Ames Research Center for the last three years.)また今回,このような研究紹介の機会を与えてくださいました大阪大学の小田豊先生,京都大学の齋藤元浩先生に厚くお礼申し上げます.また,京都大学での学生時代に大変お世話になりました吉田英生先生,岩井裕先生に深く感謝するとともに,2007年4月に亡くなられました京都大学名誉教授,鈴木健二郎先生に心からの感謝と哀悼の意を表します.

参考文献
1. Nishino, T., Hahn, S., and Shariff, K., “Large-eddy simulations of a turbulent Coanda jet on a circulation control airfoil,” Physics of Fluids. (in press)
2. Rumsey, C. L. and Nishino, T., “Numerical study comparing RANS and LES approaches on a circulation control airfoil,” AIAA Paper, 49th AIAA Aerospace Sciences Meeting, Orlando, FL, USA, January 2011. (to appear)
3. Nishino, T. and Shariff, K., 2010, “Numerical study of wind-tunnel sidewall effects on circulation control airfoil flows,” AIAA Journal, Vol. 48, No. 9, pp. 2123-2132.
4. Nishino, T. and Shariff, K., 2010, “Direct numerical simulation of a swept-wing boundary layer with an array of discrete roughness elements,” P. Schlatter and D. S. Henningson (eds.), Seventh IUTAM Symposium on Laminar-Turbulent Transition, IUTAM Bookseries Vol. 18, Springer, pp. 289-294.

著者略歴
2002年 3月 京都大学工学部 卒業
2004年 3月 京都大学工学研究科 修士課程修了
2007年 11月 イギリス University of Southampton 博士号(Ph.D.)取得
ポーランド AGH University of Science and Technology 客員研究員
2008年 3月 アメリカ NASA Ames Research Center ポスドク研究員
2011年 2月 イギリス University of Oxford 研究助手(予定)