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バイオマスガス化 |
奥村 幸彦 舞鶴工業高等専門学校 教授 電子制御工学科 okumura@maizuru-ct.ac.jp |
1. はじめに
近年,地球規模での環境問題,とりわけ二酸化炭素による地球温暖化が一段と顕在化している[1].地球温暖化の一因とされるCO2の大気中への蓄積を低減するためにも,エネルギーの高効率利用や再生可能なバイオマスエネルギー資源の有効利用の研究が必須である[2-18].特に,バイオマス燃料は化石燃料と異なり,資源となる植物が成長過程でCO2を吸収するため,ライフサイクル全体で見ると大気中の二酸化炭素を増加させることのないカーボンニュートラルな資源である.現在,バイオマスエネルギー資源の有効利用に関する研究において,ガス化および液化技術が積極的に開発されている.例えば,木質系バイオマスの噴流層ガス化装置の開発[4]や発酵によるバイオマスのエタノール化技術の研究[5],さらにはバイオマスからのDME直接精製[6]の開発などが行なわれている.特に,高圧下でバイオマスをガス化して液体燃料に直接的に変換するGTL技術(代替燃料化を目指す技術)が低環境負荷技術の構築を目指して積極的に開発されており,高圧下におけるバイオマスの熱分解やガス化の知見が必要となってきている.ここでは,木質および草本バイオマスのガス化現象に焦点をあてて解説する. 2. 熱分解特性 まず,ガス化現象の一次反応である熱分解過程を概説する.図1(a)より,草本系バイオマスの熱分解温度は木質バイオマスと比較して低く,さらにリグニンやセルロース試薬と比較しても低いことがわかる.ここで,リグニン,セルロースおよびヘミセルロースは植物の構成成分として知られている.セルロースの全熱分解収率は95.3 wt%であり,リグニンのそれは60.5 wt%である(図1中の括弧内にV.M.として記載している).リグニンは低温(300℃)から高温(600℃以上)まで幅広い温度範囲において熱分解が続くのに対し,セルロースは400〜600℃で急速に熱分解することが特徴である.熱分解曲線の勾配(DTG)を図1(b)に示す.熱分解曲線の勾配はセルロースの方が大きくリグニンのそれは小さいこと,熱分解曲線の勾配が急であるほどタール収率が高くなり,熱分解速度が緩慢であるほどタール収率が低くなる傾向がみられる(参照:セルロース:52.5wt%,リグニン:12.4wt%,図1(b)中の括弧内にタール収率を示す).熱分解におけるガス放出過程を図2に示す(代表例として稲もみの結果を示す).図2中の各実験点は,各温度範囲(100℃ごと)で放出されたガス収率を各々表示しており,それらを足し合わせると最終温度におけるガス収率(後述の図4の収率)と一致する.一般的に,バイオマスはCO,CO2のガス収率が高く,次いでCH4とH2ガス収率, C2-C3系ガスの順になり,C2-C3ガス収率はかなり低い.中速昇温(10 K/s)の場合は,重量減少の初期段階においてCO2,COが放出し,中期にCH4が放出,最終段階では主としてH2が放出する過程をとる.セルロースの場合はやや高温域側においてCO2,COガスが放出されることや,リグニンの場合にはCO放出が後半で再度増加するなどの放出温度域の相違点も各バイオマス間で見られるが,草本系〜木質系バイオマス,セルロース,リグニンにおける熱分解時の各ガスの放出順序はほぼ類似している[7],[13].
図3に各種バイオマスおよび試薬における全熱分解収率およびタール収率を,図4にガス収率(CO, CO2 , CH4)を示す.バイオマスの種類により,放出されるガス種やタール収率は大きく変化するが,木質系バイオマスにおける各揮発分収率は原子比 H/Cによりほぼ整理できる[7,8],[10].すなわち,H/Cが増加すると,全熱分解収率およびタール収率はともに増加し,ガス収率は減少する傾向にある(図3〜4中の実線および破線は,リグニンとセルロースを結んでいる).H/Cはリグニン含有割合を考察できるパラメータ[7],[10]であり,H/C値が大きいほどリグニン含有割合が減少する(参照:表1).草本系3種類に関しては,H/Cが比較的に大きい値であるにもかかわらず,ほぼ同じH/CであるクヌギやH/Cが小さなスギやヒノキと比べて揮発分収率およびタール収率が低い(逆にガス収率は高い.参照:図3,4の破線内の草本バイオマス群).ヘミセルロースの影響が要因[9]として考えられる.
現在では,各種バイオマスの熱分解収率はCPDモデルにより精度良く予測できることが示されている[12,13](タール収率,ガス収率および放出ガス種が予測可).このCPDモデル(図5)では,木質系,草本系バイオマスをセルロース,ヘミセルロース,リグニンに分割し,木質系,草本系バイオマスの熱分解は3成分の熱分解過程,熱分解収率を足し合わせることで表現している.
3. ガス化特性 次にバイオマスチャーのガス化反応過程(第二次反応)を概説する.熱天秤を用いてチャーの重量変化(時系列変化)を計測し,ガス化速度を算出した結果を図6〜9に示す.具体的にはバイオマスチャーを昇温し,雰囲気ガス温度が一定に達したことを確認した後,雰囲気ガスをアルゴンからCO2へと切り替え,等温条件下(973/1073/1173/1273/1373 K)での重量減少を計測している.水蒸気あるいはCH4雰囲気下のガス化手法もあるが,ここではCO2雰囲気下によるガス化実験を大気圧下で行い,バイオマスのガス化反応性について明らかにする.図6,8,9に示す結果は,ランダムポアモデルに基づく式(1)により整理されている[14-16].Xは反応率を示し,X=0.0は未反応チャーに対応し,X=1.0はチャーが灰化したことを意味する.
…(1) 式(1)を解析的に解くと, …(2) になり,これを変形して両辺の項に対数をとると式(3)になる. …(3) 式(3)において-ln(1-X)/tとtのグラフを描き,その切片と傾きを算出することにより,ガス化反応速度定数Kpと細孔係数Ψが導出できる(16).図6より,木質〜草本系バイオマスチャーのガス化速度Kpは,石炭(AUSTRALIA産クラレンス炭)のガス化速度と比較して約50〜100倍大きいこと,草本系バイオマスチャーのガス化速度は木質系のそれと比較して3倍程度大きいことがわかる (7).大まかにみて,(1)草本系バイオマス,(2)木質系バイオマス,(3)石炭の順でガス化反応性が高い.各種バイオマスにおける,アレニウス表示の頻度因子Aと活性化エネルギーEは文献[16]に記載している(ガス化反応における活性化エネルギーは約150〜200 kJ/molである[16-18]). ここで,ガス化反応性に及ぼす影響因子(すなわち,熱分解時における昇温速度,圧力,熱分解温度)について,米松(Douglas fir)を例にあげてみていく.図7より,熱分解時の昇温速度の増加に伴いバイオマスチャーのガス化速度(ガス化反応性)が増加することがわかる.これは,熱分解時の昇温速度の増加に伴い,より高温域で揮発分が多量かつ迅速に放出されるためにチャーの表面状態が粗くなり,かつ維管束内部組織が疎の状態になることに起因している[15].さらに,図8より,熱分解温度の上昇に伴いバイオマスチャーのガス化反応性は減少することがわかる.これは,熱分解温度の上昇にともないバイオマスチャーの炭化度が高くなり,炭素間の結合がより強固になるためである[16].図9より,熱分解時の圧力の増加にともないガス化反応性は減少する.これは,熱分解時の圧力の増加に伴い,バイオマスチャーの炭素構造がより均一化するためである.(熱分解圧力の増加にともない細孔が発達しにくくなる[16].)これを証明するために,ラマン分光分析によるチャーの炭素構造を図10に示す.一般的にバイオマスチャーにおいては,DバンドとGバンドに強いピークが観測される.Dバンドは1300〜1400cm-1付近のラマンバンドの強度であり,無定形の炭素構造(アモルファス)が増加するほど相対強度は高くなる.Gバンドは1550〜1600cm-1付近のラマン強度であり,グラファイトC=C結合の伸縮振動モードに帰属される.一般に,このラマンバンド(IG)は黒鉛化度が高くなるほどシャープになる.VバンドはDバンドとGバンドの間のバンド(2つのラマンバンドの谷部分,1500cm-1付近)であり,ラマンバンドパラメータであるIV/IGにより炭素構造の均一化が評価できる[14-16].図10より,熱分解時の圧力が上昇するとともにIGバンドがシャープになること,図11よりIV/IG強度が高いほど(アモルファス形態であるほど)チャーのガス化反応性が高くなる傾向がわかる.ガス化反応性の大小がチャーの炭素構造によって決定されており,熱分解条件が大きく寄与することがわかる.
参考文献
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