TED Plaza
加熱多孔板周りの流れ

石間 経章




群馬大学大学院工学研究科
機械システム工学専攻 エネルギー第四研究室
ishima@gunma-u.ac.jp

1. はじめに
 昨今のハイブリッドカーの隆盛を見聞きすると,「エンジン」という言葉自体が時代遅れの感が漂ってくるが,よくよく考えるとハイブリッドとはエンジンとモータの両方を使うという意味で,エンジンがない車のことではない.エンジンがない車は燃料電池自動車,電気自動車であるが,現在のエンジン付きの車とハイブリッドカーに取って代わるまでには今しばらく時間が必要であると思われる.また,ハイブリッドカーは20年後(2030年)においても普及率は20%程度にとどまるとの専門家の予想もある.したがって,エンジンは今後もしばらく活躍してもらう必要があると個人的には考えている.ただし,技術の進歩を伴うことは必須であり,クリーンな排ガスを得ることは重要な技術要素となる.クリーンな排ガスを求めるためには,まず燃焼効率の高効率化が考えられ,希薄燃焼や筒内直接噴射方式などの採用が考えられる.さらに,有害排出ガス低減のための排ガス再循環などの技術もあげられるが,後処理技術の更新も重要となる.
 二輪車においても,例外ではなく排ガス規制は年々厳しくなってきている.二輪車の触媒の搭載スペースは限られており,コストダウンとレアメタルの使用量低減のために小型かつ高効率のものが求められている.触媒反応の高効率化には,接触面積の増大や乱流促進が必要であり,ハニカム構造のものやパンチングメタルを筒状にしたものが用いられている.著者らは乱流促進の実験的研究を行うに当たり,パンチングメタルの孔径,配置,板厚を参考にしながら多孔板の実験を行うこととした.研究は,当初多孔板上の流動特性評価を行い[1],その後板を加熱することにより,加熱多孔板での乱流特性を調べることを計画した.本稿では,これらの研究で得られた実験的知見を紹介する.
 多孔板は,その他にも熱交換機器や化学プラントの高効率化のために利用されることが多い.これは,平板の表面粗さを変更する目的もあり,通常の平板の境界層の発達とは大きく異なる.ただし,表面粗さを定量的に評価しながらの実験は困難であるために,孔径や配置の変更が容易な多孔板を用いた研究は利用価値が高いと考えている.また,基礎的な伝熱現象のデータ蓄積としても重要であると考えている.当研究室では,一貫してレーザを利用した計測と可視化を行っている.計測機器としては,点計測で高時間分解能計測が可能なレーザドップラ流速計(LDA)および面計測が可能な粒子画像流速計(PIV)を用いた.異なる計測機器で同じ流れを評価することは,計測機器間での特性の違いを評価することが可能になり,両者の利点を生かしながらの評価が可能となる.さらに,最終的には数値シミュレーションの検証用データとなりうるようなデータの蓄積を行っている.本稿では,これらの計測機器によって得られた,孔の影響と加熱の影響を紹介する.
 さて,話が脱線する.正直なところ,私は「穴」と「孔」の区別が付いていない.研究室の中国人留学生に聞いたところ,穴は貫通しておらず,孔は貫通しているものという印象のようである.日本の辞書を引くと,どうも穴は両者を包括しているようであるが,孔は貫通しているもので間違いないようである.その点,後述するが今回紹介するデータは「穴」ではないかと思うが,私の不勉強からくるものであるので,お許し願いたい.



2. 実験装置および方法
2-1実験流路および多孔板
  実験装置概要を図1に示す.実験流路は垂直に設置し,流れに対して垂直方向の浮力の影響を排除することとした.風洞は吸い込み式の風洞で,流れは鉛直上方とし,流路の入口にはノズル,整流格子を入れて初期乱れを少なくする設計としている.テストセクションの断面は172mmの正方断面とし,長さは1200mmとした.テストセクションの中心軸に合わせて多孔板を設置した.境界層厚さを考えた場合,テストセクションは十分な大きさであり,流れへの壁の影響は考慮しない.
 多孔板は図2に示すように,厚さ10mm,長さ840mmとし,先端は12.3度のナイフエッジ形状とした.多孔板は,直径20mmの孔を板先端から260mmの位置を第一列として,千鳥状に配列した.座標は図2に示すように,多孔板先端の中央を原点とし,流れ方向をx軸,多孔板の幅方向をy,両者に垂直な方向をz軸とした.加熱には,1枚のシリコンラバーヒータを板裏面に貼りつけることで行った.そのため,加熱,非加熱の条件で孔は貫通していない.
 実験では主流速度を4.5m/sに設定した.このとき,初期乱れ強さは1.5%であった.加熱条件では,板表面が90℃(363K)となるように設置した.加熱条件では,十分に時間が経過したのちに計測を行った.


2-2 計測装置
  計測には,高時間分解能の時系列データが取得可能な2次元レーザドップラ流速計(2D-LDA)および粒子画像流速計(PIV)を用いた.2D-LDAは2Wのアルゴンレーザ(NEC:GLS2162 ),送光系,受光系および信号処理器(DANTEC: BSA 57N10)で構成され,前方散乱方式とした.測定位置はx=260,564mmであり,z方向(板面から垂直に離れる方向)は0.25mm間隔とした.x=260mmは第一番目の孔の上,x=564mmは17列目の孔の上の位置となる.
 PIVは,ダブルパルスNd:YAGレーザ(Newwabe Research: PIV SOLO-III),CCDカメラ(Kodak: Megaplus ES-1.0),PIV処理器(DANTEC: Flowmap 2000)で構成される.使用したCCDカメラは1008×1018ピクセルであり,実際の測定領域は38mm×38mmとした.LDA計測と比較するために,PIVの測定領域の中心をx=260,564mmに一致させた.PIVで取得した画像は32×32ピクセルの検査領域に分割され,それぞれの検査領域で相互相関によりベクトルを求めた.この設定では,実際の検査領域は1.2mm四方となる.
 LDAおよびPIVの両計測器において,流れに追従するトレーサ粒子が必要となる.本稿では,スモークジェネレータ(SAFEX)からのオイルスモーク(公称平均粒径2μm)を用いた.

3. 実験結果および考察
3-1 平均流速分布
  図3にx = 260, 564mmの平均流速のz方向分布を示す.図には,多孔板,通常の平板(孔なし)における,非加熱,加熱条件での結果を示す.実験結果は,すべて主流速Umaxにて無次元化してある.図中の黒い実線はKlebanoff[2]の結果である.図3(a)のx=260mmにおける結果では,ほぼすべての条件での実験結果およびKlebanoffの結果が一致している.多孔板におけるこの計測位置は,第一列の孔の上方であり,孔の影響はほとんどないことが分かる.板のごく近傍(z<4mm)においては,加熱条件の平均流速が大きい.図3(b)のx = 564mmでは,多孔板における平均流速が小さくなっていることが分かる.
 図4に,無次元距離ηを使ってまとめた多孔板における平均流速分布を示す.無次元距離ηは次の式で定義される.



ここで,zは板表面からの距離,xは板先端からの距離,νは動粘度,Umaxは主流速度である.孔の影響は下流で大きく,平均流速が小さくなることが分かる.加熱条件では,平板のごく近傍で平均速度が大きくなり,境界層外縁では平均速度が小さくなることが分かる.

3-2 変動流速分布
 図5に変動流速分布を示す.図5では図4で示した無次元距離ηを使用した.すべての分布において,η = 2付近で極大値となる.上流の結果は,非加熱状態においても平板結果よりも大きい結果となっているが分布形状は平板の結果と同様である.第一列の孔の上では,孔は平均流速には影響が小さいものの孔を出入りする空気のために乱れは大きくなる.加熱条件では,乱れが小さくなるが,空気温度が上昇することで,整流効果が得られたものと考えられる.
 下流での結果は,非加熱条件で板近傍の乱れ分布が平板の結果と同様となっているが,板から少し離れたところで乱れが増えることが示された.これは,孔が乱流を促進することを表している.加熱条件での下流の結果は,非加熱条件および平板の結果よりも板近傍で乱れが小さくなっていることが分かる.これは,浮力の影響により流れが整流されたものと考えられる.

3-3 PIVによる乱れ評価
  図6にPIV計測結果から算出した乱れを等高線分布にして示す.図6は平板,多孔板における加熱および非加熱条件での板垂直方向の結果(w’rms)である.図中,孔はx= 260 mm を中心として,250mmから270mmの領域にある.板近傍での乱れが多孔板および平板ともに大きくなっているがこれは境界層の発達に伴う乱れの増加である.多孔板では,孔中心以降で乱れが急激に増加することが分かる.これは,孔後半で一度流入した空気が流出した結果であると考えられる.加熱条件では,乱れが全体的に小さくなることが分かる.上述したように,浮力により整流効果が得られたためと思われる.
 図7に下流域での乱れ結果を示す.平板ではz<16mm付近まで,多孔板ではz<18mm付近まで乱れが大きな領域があり,多孔板での境界層が大きくなっていることが分かる.平板と多孔板を比較すると多孔板の乱れが大きい.乱れの大きい領域は孔の位置(554mm<x<574mm)とは無関係であり,孔の影響は上流から徐々に大きくなることが分かる.


4. さいごに
 加熱多孔板流れをレーザドップラ流速計(LDA)と粒子画像流速計(PIV)を用いて計測することで,孔の影響を議論するとともに,加熱による流動特性の違いを議論することができた.現在,加熱方法の変更や温度分布などを計測しており,より詳細な議論を行う予定である.


参考文献
1. 野村友和,高橋易資,石間経章,小保方富夫,ダクト内におかれた多孔板上流れのLDA計測と数値解析,日本機械学会論文集(B編),70-691, (2004),693-700.
2. H. Schlichting, Boundary-Layer Theory, (1979).





Fig. 1 Experimental setup

Fig. 2 Multi-holed plate







Fig. 3 Mean velocity distributions

Fig. 4 mean velocity distributions
with non-dimensional distance η

Fig. 5 Non-dimensional fluctuation velocity
        distributions





Fig. 6 Contour map of fluctuation velocity at x = 260 mm





Fig. 7 Contour map of fluctuation velocity at x = 564mm