報告
「熱工学部門活性化のためのワークショップ」報告



鈴木雄二・鹿園直毅(東京大学)

 熱工学部門は,学術コアとして四力学の一翼を担い,機械工学の中でも主要な位置を占めています.従来からの「エネルギー」,「環境」などのコア領域においても,新しいニーズにフィットした技術とそれを支える学術の発信がより重要となってきています.また,マイクロ・ナノ・バイオ等の異分野との境界領域でも,熱工学で培ってきた解析手法や理論が有効である例が多く見られます.しかしながら,全体的に熱工学は成熟した学問分野であるという印象を与えているのではないでしょうか.シュンペーターの言う「創造的破壊」に繋がるような学術上の発見や技術上の提案を熱工学部門から活発に出していくことにより,このような印象を拭い去ることが必要だと思います.

 このような背景に鑑み,熱工学部門では去る平成20年10月31日と11月1日に,湘南国際村センターに於いて,将来の熱工学について議論するためのワークショップを開催致しました.本ワークショップには産官学から47名の参加者が集い,コア領域,先端領域分野の現状を講演により概観するとともに,パネルディスカッションや意見交換を通じて,熱工学の将来の方向性について活発な意見交換を行いました.

 初日10/31の午後は「熱とエネルギー・環境問題を考える討論会」が開催されました.資源エネルギー庁エネルギー政策企画室の石崎隆氏からは「長期エネルギー需給見通しと熱工学への期待」と題して,我が国の長期エネルギー需給の見通しや,省エネ最大導入ケースの姿や,さらに踏み込んだコスト試算や限界費用についてのお話がありました.続いて住環境計画研究所の中上英俊所長から,民生家庭部門のエネルギー消費について,その推移,国際比較,省エネ方法について実データに基づいた多面的な視点からのお話をご紹介頂きました.投資効率から言えば太陽光発電よりも太陽熱利用への期待が大きいとのお話が印象的でした.東京大学生産技術研究所の堤敦司教授からは,石油化学や石油精製分野での大幅な省エネルギーのポテンシャルを有する自己熱再生等,エクセルギーの視点に基づく超燃焼技術の紹介がありました.従来の受注カスタム生産のプラント設計から脱却して,モジュール大量生産が導入されれば,産業部門の技術構成にも大きな変化が期待できること等が紹介されました. 日本自動車部品総合研究所の内田和秀氏からは,自動車排熱のエンジン冷却水を用いた動力回収システムがご紹介された.スクロール膨張機を改良することで最大500W以上の動力回生が達成できたことが紹介されました.東京大学大学院工学系研究科の幸田栄一特任准教授からは,酸素燃焼サイクル,高湿分サイクル,燃料電池ハイブリッドサイクル等の高効率サイクルによる熱効率向上の期待が紹介されました.引き続くパネルディスカッション,夕食会,意見交換会では,長時間にわたって屈託のない意見交換が交わされました.鹿島建設の蒸気圧縮式乾燥機や,富士電機のモジュール型低温バイナリー発電,神戸製鋼所のスクリュー圧縮機を転用した小型蒸気発電等,新しい熱機関が世に出現しつつあることが報告され大いに励まされるとともに,需要側の視点,量産技術の転用,規制緩和,産官学の戦略的な連携,産学の意識共有等のいくつかの重要なキーワードについて議論が交わされました.それぞれの立場からの屈託のない意見交換を通じて,今後の実質的な協力に向けた第一歩が踏み出せたのではないかと思います.

 続く2日目は,マイクロ・ナノ・バイオ等の熱工学の新分野に関するパネルディスカッションが行われました.近年の高機能マイクロシステム,マイクロエネルギー変換,細胞医療,食料生産などへの関心の高まりから,熱工学部門に所属する研究者・技術者の間でも,これらの新しい分野への取り組みが活発化しています.しかし,異分野の研究者と協力,競争しながら取り組むことの多い新分野において,必ずしも組織的,戦略的には活動できていない印象があります.本セッションでは,熱工学とこれら新分野の接点について,いろいろな観点から講演と意見交換が行われました.

 まず,東京大学生産技術研究所の竹内昌治准教授から,マイクロ流体デバイスを利用したバイオ医療分野への異分野融合研究について,今年度スタートした経産省のBEANSプロジェクトを含めてご紹介頂きました.生物系や医療系の研究者との密接な連携のもと,これまで培ってきた研究ツールや考え方を異分野へ拡張することによって大きな存在感を示せる実例を紹介して頂きました.東北大学流体科学研究所の小原拓教授からは,分子熱流体を題材に熱工学におけるナノ研究をご紹介頂きました.新分野へ取り組む場合,「現状の熱工学分野で評価してもらう」,「将来性一本槍で熱工学分野での開花を目指す」,「向こう側に飛び込んで異分野で評価してもらう」の3つのスタンスを判りやすく説明して頂きました.九州工業大学工学研究院の宮崎康次准教授からは,ナノ構造制御による固体熱物性制御についてご紹介頂きました. 特に,不規則構造を使ったフォノンの制御について,世界でのスピード感溢れる激しい研究競争の一端に触れることができました.東京大学生産技術研究所の白樫了准教授からは,バイオ分野において熱工学研究者がどのように貢献できるかについて,米国NSFで開催されたワークショップのレポートをベースにご説明頂き,また,ご自身の細胞凍結などについての最新のお話を頂きました.

 これら二日間の議論を通じて,参加者間の問題意識や価値観に対する理解が進み,将来の熱工学の発展へのヒントを得る大きなきっかけになったのではないかと思います.また,同時に,今後部門においてこのような活動を継続することの重要性が認識できたと思います.