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非線形現象と熱流体工学 |
円筒容器内熱乱流の巨視的流動パターン |
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辻 義之 名古屋大学大学院 工学研究科 エネルギー理工学専攻 c42406a@cc.nagoya-u.ac.jp |
1. はじめに
密閉円筒容器内に流体を満たし、下面を一様に加熱し上面を冷却する。熱は上下間の温度差が小さい場合には熱伝導によって伝わり、温度差が大きくなると流動が生じて熱の移動がおこなわれる。この現象を支配する無次元数は上下面の温度差に基づくレイリー数
古典的な課題である対流がふたたび注目されることとなった要因として、高い カダノフは、ハード乱流を理解するための流動を提案しているので、それを紹介しておこう[4]。図1は、容器の中心部をとおる断面内を模式化したものである。上下面ではキノコ雲状のプリュームが生成され、それらは一部が中心部へ放出されるとともに一方の壁に移動して、側壁にそった強い上昇(下降)流を形成する。つまり、この一連の過程:プリュームの発生 -> 移動・合体 -> 側壁への衝突 -> 上昇(下降)流の形成、が容器中心部の乱流をより発達させることとなる。また、流動の影響は容器全体に及ぶことは明らかで、この流れが本稿で対象とする巨視的流動である。 巨視的流動の存在は、熱の輸送にも少なからず影響を与えることが予想される。上下面近くには速度(及び温度)境界層が形成される。乱流の支配方程式を考えると、境界層では粘性項が支配的になるが、中心の発達乱流場では慣性力が中心的役割を担う。従来は中心領域と境界層という二層のモデル化がなされてきたが、Castaingらは両者をつなぐ領域に混合層の存在を仮定した[5]。混合層では粘性項と浮力項が釣り合い、中心領域では慣性項が浮力項と釣り合うオーダー評価から、ヌッセルト数 ![]() 図 1 Kadanoffらの流動モデル[4].円筒容器垂直断面内の模式図. 3. 実験と計測方法 図2に実験装置の概要を示した。作動流体は、水と水銀である。装置寸法および作動流体として水銀を用いる場合の ![]() 図 2 実験装置概略.PIV計測をおこなう際には、アクリル製容器を用いる. ![]() 表1 装置寸法と ![]() 3. 巨視的流動( ![]() 密閉容器内に巨視的な流動が存在することは、自ら実験データをとるまでは半信半疑であった。それは、発達乱流中に存在する組織構造(秩序構造)に関して学んだ経験があれば、組織構造を客観的に見出すことがいかに困難であるかを知っているからである。私が大学院の時代には乱流中の組織構造の議論が活発に行われていたが、結局のところ、どのような手法を用いて構造を抽出するのかが問題で、組織構図の全体像を満足に捉えることはできなかった。その後、流体の計測方法は格段に進歩した。本稿では、PIV法、UVP法を用いたアスペクト比1の結果を紹介する。 巨視的流動は、図1に示すような反時計回りの流れが定常的に存在するわけではない。ある時間帯で上昇流がおこり、しばらくして下降流が形成される。中心部の流れは、側壁の上昇流と下降流に互いに加速されるように乱流が発達する。この状況はしばしば、はずみ車が加速される状況にたとえられる。図3には、円筒の中心軸をとおる垂直断面内の流動をPIV計測したもので、上昇流が優勢な時間帯と下降流が優勢な時間帯の一例を示した。このような画像は、巨視的流動の循環面を見いだせれば容易に撮影できそうであるが、次項で述べる理由から、それほど容易ではなかった。右図は長時間平均した場合のベクトル図であり、この画像を見ると容器を循環する大きな平均流れとして巨視的流動を特徴づけることもできる。 ![]() 図 3 巨視的流動の上昇流および下降流の優勢な場合( ![]() 図4は容器内の壁付近で計測された速度変動の周波数スペクトルである(作動流体は水)。上面、下面、側壁いずれの位置においても明確なスペクトルピークが存在することから、上昇(下降)流は周期的な変動をすることがわかる。そのピーク周波数を 図5は上部プレートから5mmの位置における水平断面内の流動のPIV計測画像である。ベクトルは流動の方向をあらわし、色はその大きさを示す(暖色が大きい値に対応する)。側壁付近で上昇流が湧き上がり、上面を流れる様子がよくわかる。さて、円筒中心部(破線の正方形)を切り出して、その領域内でのベクトルの平均を計算してみる。この平均ベクトル ![]() 図 4 容器内の各位置で観測される周波数スペクトル( ![]() ![]() ![]() 図 5 容器情面から5mmの水平断面における流速ベクトル. ![]() 図 6 水平断面内における巨視的流動方向の時間的変化( ![]() ![]() 4. 巨視的流動( ![]() ![]() これまでは、アスペクト比1の円筒容器における巨視的流動を紹介してきたが、アスペクト比を変化させた場合にも、巨視的流動の存在は確認されている。しかし、流動パターンはより複雑化を呈する。図7にはUVPにより計測された中心軸上の変動速度を計測時間に対してプロットしたものである。縦軸はセル高さで無次元化してある。等値面の暖色は下降流、寒色は上昇流を表す。右側のグラフは平均速度分布であり、自由落下速度( 巨視的流動は、アスペクト比によって大きく異なることが予想されるため、その流動パターンを体系的に理解するには、まだ時間がかかるであろう。巨視的流動を記述する共通の性質は何なのか?普遍性はあるのだろうか?それが今後の研究課題なのかも知れない。 ![]() 図 7 UVPにより計測された円筒中心軸上の速度変動の時間的変化.マイナス符号が上昇流、プラスが下降流をあらわす.(a) ![]() ![]() ![]() 密閉容器内に形成される巨視的流動パターンに焦点を当て、その簡単な紹介をした。本稿では触れなかったが、熱乱流に関しては、流動のプラントル数依存性、 本研究は、益子岳史氏(静岡大学)、佐野雅己氏(東大)との共同研究として行われました。また、実験に協力してくれた水野孝俊君、早川智博君に感謝いたします。 参考文献[1] T.Mashiko, Y.Tsuji, T.Mizuno, and M.Sano, Phys. Rev. E, vol. 69, 036306 (2004). [2] Y.Tsuji, T.Mizuno, T.Mashiko, and M.Sano, Phys. Rev. Lett, vol.94, 034501 (2006). [3] M.Sano, X.Z. Wu, and A.Libchaber, Physical Rev. A, vol.40, 6421 (1989). [4] L.P.Kadanoff, Physics Today, vol.54,No.8 (2001). [5] B.Castaing, G.Gunaratne, F.Heslot, L.Kadanoff, A.Libchaber, S.Thomae, X.-Z.Wu, S.Zaleski, and G.Zanetti, J. Fluid Mech., vol.204, 1 (1989). |