TED Plaza
熱工学におけるバイオ研究
化粧品で肌の見え方はどう変わるの?
山田 純
芝浦工業大学
機械工学科


1. はじめに

 肌の美しさを表現する言葉に,「透明感のある」,「みずみずしい」,「潤いのある」,「きめ細かな」などがあります.化粧品開発においては,このような言葉で形容される肌を化粧品により実現すべく,主成分となる微粒子の開発を行っています.しかし,現状,このような表現がどのような物理量(あるいはその組み合わせ)と対応しているかは明らかではありません.考えられる物理量としては,反射の強さや指向性(拡散的か鏡面的かなど),それらの波長依存性などがあげられますが,それらがどのように先の表現と関係しているのか,と言う前に,それらだけが関係するのかさえ明らかにはなっていません.これは,難しい問題です.そもそも,美しさを物理量で計るという考えが傲慢かもしれません.そこまで言わなくとも,ちょっと野暮ったく感じます.ここでは,この「美しさの定量化」は少し脇に置いておいて,いくぶん現実的な「化粧品により肌の見え方がどうかわるか」について,現在進めている研究のお話しすることにします.

 「化粧品により肌の見え方がどうかわるか」を機械学会風な言い方をすると,「皮膚の光性質(反射性質)に与える化粧粒子の影響」となるのでしょうか.私の研究室では,ここ数年,このテーマに関して化粧品メーカーと共同で研究を行ってきました[1].もちろんメーカーでは,もっと以前からこのテーマに関する研究を行っていたようですが,その多くは,出来上がった粒子で実際に化粧を施し,どのように見えるかを調べるものでした.化粧品開発という観点からは,決して効率的とは言えません.今回の研究では,粒子デザインの観点から,粒子形状や物性が皮膚の反射性質に与える影響を予測すること,そのためのモデルを構築することを目的としています.まだまだ途上ではありますが,その概要と現状,ちょっとだけ将来について,紹介したいと思います.


2.皮膚の光性質(反射性質)に与える化粧粒子の影響


 さて,化粧粒子が皮膚の反射性質に与える影響を予測するには,まず,化粧の対象となる皮膚の光性質,特に反射性質を把握することが必要です.そして,皮膚表面におかれた化粧粒子が,その皮膚の反射にどのように影響を及ぼすかを知らなければなりません.これらを実現するには,図1に示すような研究を進めていく必要があると考えています.

 まず,第1段階の「皮膚の光学的(反射)性質の把握」に関しては,図中の(a) 皮膚表面における光挙動, (b) 皮膚内部における光伝播が対応します.皮膚は,光にかざすと分かるように半透明です.外から来た光は,皮膚表面で反射されるだけでなく,内部にも浸透します.内部に浸透した光は,一部は皮膚内部で吸収され熱になりますが,大部分は細胞組織による散乱を繰り返しながら伝播し,その一部が外部に射出されます.これも反射の一つで,皮膚の見え方に影響を及ぼします.すなわち,皮膚の反射性質の把握には,(a) 皮膚表面に加えて,(b) 皮膚内部での光伝播を知ることが不可欠です.

 次の第2段階では,第1段階で得られた皮膚の反射性質に,粒子がどうのように影響するかを調べることになります.これには,まず化粧粒子個々の光性質,特にその散乱性質の詳細を知らなければなりません.化粧粒子は,入射してくる光を皮膚表面で散乱するのに加えて,皮膚内部から出てくる光も散乱するからです.ところで,化粧粒子の大きさは,数十nmから数mmまで広く分布しています.これは,対象となる光の波長と同程度です.非常に小さく,粒子個々の光性質を実験的に知ることは困難です.このため,(c) 電磁波動解析によりその光性質を予測することが必要となります.そして,最後に,これらを統合することで,化粧粒子が皮膚の反射性質に与える影響を明らかにできると考えています.以下に,これまでに得られた成果を紹介します.


3. 皮膚表面における光挙動[2]


 皮膚表面における光挙動に関しては,皮膚のキメの影響を含む皮膚−空気界面での光挙動を把握することと,そのモデル化を行っています.具体的には,(1) キメ(正確には皮膚の表面構造)を転写した光学プリズム(図2(a))を作成し,キメ(および表面の微細構造)のみの光散乱性質を実験的に調べると同時に,(2) 共焦点レーザー顕微鏡による観察画像(図2(b))を基に,キメ構造をもつ皮膚表面の解析モデル(図2(c))を構築しようと努めています.現在,両者を比較することで,解析モデルの妥当性,有用性について検討しています.

 図3は,計測したキメの反射性質(2方向反射率)と解析モデルによるそれを示しています.これまでに考案した解析モデルは,残念ながらこの特性を再現するには至っていません.しかし,この解析を通じて,反射性質を支配するのは,大きなキメ構造(0.1 - 0.5 mm程度の大きさ)ではなく,それよりさらに小さい構造であろうということが分かりました.現在は,この小さな構造を本解析モデルに取り込もうとしています.


4. 皮膚内部における光伝播(皮膚の光物性の推定)[3, 4]

 皮膚は,先に触れたように,光を散乱,吸収します.そのような散乱吸収性媒体における光伝播の予測には,下記に示す光の輸送方程式が良く利用されます.
     
ここで,I はふく射強さ,sは位置,Ωはふく射の進行方向を表します.この方程式の詳細については割愛しますが,これを利用するには,ここに現れる光物性,減衰係数βやアルベドω,散乱位相関数 p(Ω'→Ω)の値を知らなければなりません.人の皮膚が対象となるので,計測方法は非侵襲であることが望まれます.また,広い波長範囲での計測が不可欠です.これまでの研究で,これらの要件を満たす光物性値推定法を開発しました.その概要を図4に示します.

 この推定法では,皮膚上で照射部と非照射部が縞状に繰り返されるように,スリット列を通過したふく射(光)を皮膚に照射し,その反射光の空間分布を測定します.もし,皮膚が金属のように不透明であれば,反射光は,照射部分からのみ観察されることになります.しかし,皮膚のような半透明の散乱・吸収性媒体では,図に示すように,皮膚内部に浸透した光が,散乱を繰り返しながら,皮膚内を伝播し.その一部が,入射光の照射部だけではなく,非照射部からも射出されることになります.すなわち,反射光は非照射部からも観察されることになります.もし,皮膚の減衰係数βが小さければ,光は広がりやすく,非照射部から強い反射光が観察されます.また,アルベドωが大きければ,皮膚内部で吸収される光のエネルギーが小さくなるので,全体的に(照射部,非照射部ともに)強い反射光が観察されることになります.このことは,反射光の空間分布に,皮膚内部の光物性情報が反映されていることを意味します.この推定法では,この反射光強度の空間分布のデータをもとに,逆解析を通じて,皮膚の光物性値を推定しています.

図5に本推定に利用する実験装置の概略を示します.背面から照らされた,マスク上のスリット列が,対象となる皮膚表面に結像されます.そして,縞に垂直な方向の反射光の空間分布が,分光用の回折格子を通した後,冷却CCDカメラにより記録されます.このCCDカメラにより撮影された典型的な画像を図6に示します.図中の縦方向に反射高強度の空間分布が,横方向に波長情報が記憶されています.
 この画像から読み取った反射光の強度分布を基に,逆解析を通じて求められた物性値を図7に示します.461 - 700 nmの波長範囲を約10 nm毎に示したものです.この物性値を利用することで,皮膚内部の光伝播を予測することができます.

5. 皮膚の見え方に与える皮膚内部の光性質の影響[2]

 先に述べた皮膚表面の光挙動に関する解析モデルが,十分に界面での光挙動を表現できている訳ではありませんが,この解析モデルと,皮膚内部の光伝播に関する解析モデルをカップリングすることで,皮膚の光性質が肌の見え方に与える影響を考察できます.その一例を示します.

 まず,図8(a)に,キメの解析モデルのみ(皮膚内の光散乱を無視)による半球等強度入射垂直反射率RHN(室内など周囲の光源から皮膚が照らされる場合を想定した反射率)の空間分布を示します.この図から,キメの溝において,光の反射が少なくなっているのが分かります.キメの溝部分に入射した光が,溝部で多重反射した結果,界面を透過して皮膚内部に進むためです.

 図8(b)は,皮膚−空気界面の裏側に散乱吸収性の媒体を置いたもの(皮膚内部の光散乱を考慮)です.ただし,光が入射する際のキメ構造と,皮膚内部の光散乱は考慮しますが,光が皮膚内部から外部に向かう際には,キメ構造を無視したケースについて求めたRHNです(現実的ではありえません).皮膚内の散乱を無視した図8(a)とは異なり.キメ構造は見えなくなります.これは,内部から一様に皮膚が照らされるためで,溝(キメ)の影が目立たなくなったためです.

 最後の図8(c)は,光が皮膚内部から外部に向かう際にも,キメ構造を考慮した場合です.内部から来る光に際して,溝は透過する光を抑え,その部分を暗く見せることを示しています.すなわち,この一連の結果は,皮膚の見え方(キメの影の見え方)には,外からの光よりもむしろ,皮膚内部からの散乱光が強く影響していることを示しています.これが事実かどうかは,もう少し検討が必要です.


6. 化粧粒子の散乱性質を知るための電磁波動解析

 化粧粒子が皮膚の光性質に与える影響を明らかにするには,先にも述べたとおり,化粧粒子自信の散乱性質を知る必要あります.粒子サイズは波長オーダーであるために,幾何光学的な手法ではその散乱性質を得ることはできません.Maxwell方程式を基礎とする波動解析が必要とあります.加えて,最近では,粒子形状が球形と近似できるような単純なものでないので,Mie散乱などよく利用される解析解を用いることもできません.図9に最近開発された化粧粒子,複合粉体[5]のSEM画像(株式会社資生堂提供)を示します.これらは比較的大きな粒子の上に微細な粒子を並べたものです.私たちの研究室では,有限要素解析を利用してMaxwell方程式を解くことで,このように複雑な形状を有する粒子の散乱性質を明らかにしようとしています.図1(c)に示すように,球形粒子に関して解析手法の妥当性の確認はできています.本手法を複合粉体へ展開していく予定です.


7. まとめ

「化粧品により肌の見え方がどうかわるか」について,現在,進めている研究を紹介しました.図1に示したそれぞれのパートは,何とかまとまりつつあります.今後は,化粧粒子の散乱性質を,皮膚の反射性質にどのようにカップリングしていくかが課題になりそうです.
 これらの研究を通じて出てきた新たな課題,肌の潤いがその見え方にどう影響するか,また,肌の透明感を計測するなどにも取り組み初めています[6].前者は「風呂上がりの肌が美しく見えるのはどうして?」という単純な疑問からでてきた課題ですが,後者と並んで「美しさの定量化」への挑戦?です.無謀,いやいや,傲慢かもしれません.

参考文献

1. 山田純,川村歩,三浦由将,高田定樹,小川克基,化粧品開発のための皮膚の光学的性質に関する研究,日本機械学会論文集(B編)Vol. 71, No. 705, pp. 1436-1444,2005.
2. 山田純,中村嘉恵,山路尚孝,大野和久,三浦由将,高田定樹,皮膚の見え方に与える表面のキメと内部のふく射性質の影響,第44回日本伝熱シンポジウム講演論文集,Vol. I, pp. 267-268, 2007.
3. 山田 純,安 炳弘,有田悠一,三浦由将,高田定樹,空間分解反射光計測に基づく皮膚のふく射物性の推定,熱工学コンファレンス2006講演論文集,pp. 369-370,2006.
4. 山田 純,有田悠一,安 炳弘,三浦由将,高田定樹,機械学会論文集投稿中.
5. 高田定樹,化粧品に活かされるテクノロジー,ファルマシア(日本薬学会),Vol.40 No.11, 1039-1043, 2004.
6. 山田純,有田悠一,安 炳弘,菊地久美子,高田定樹,皮膚のふく射性質に与える水分含有量の影響,第28回日本熱物性シンポジウム講演論文集,pp.58-60,2007.