TED Plaza |
熱工学におけるバイオ研究 |
化粧品で肌の見え方はどう変わるの? |
山田 純 芝浦工業大学 機械工学科 |
1. はじめに |
||||||||||||
2.皮膚の光性質(反射性質)に与える化粧粒子の影響 さて,化粧粒子が皮膚の反射性質に与える影響を予測するには,まず,化粧の対象となる皮膚の光性質,特に反射性質を把握することが必要です.そして,皮膚表面におかれた化粧粒子が,その皮膚の反射にどのように影響を及ぼすかを知らなければなりません.これらを実現するには,図1に示すような研究を進めていく必要があると考えています. まず,第1段階の「皮膚の光学的(反射)性質の把握」に関しては,図中の(a) 皮膚表面における光挙動, (b) 皮膚内部における光伝播が対応します.皮膚は,光にかざすと分かるように半透明です.外から来た光は,皮膚表面で反射されるだけでなく,内部にも浸透します.内部に浸透した光は,一部は皮膚内部で吸収され熱になりますが,大部分は細胞組織による散乱を繰り返しながら伝播し,その一部が外部に射出されます.これも反射の一つで,皮膚の見え方に影響を及ぼします.すなわち,皮膚の反射性質の把握には,(a) 皮膚表面に加えて,(b) 皮膚内部での光伝播を知ることが不可欠です. 次の第2段階では,第1段階で得られた皮膚の反射性質に,粒子がどうのように影響するかを調べることになります.これには,まず化粧粒子個々の光性質,特にその散乱性質の詳細を知らなければなりません.化粧粒子は,入射してくる光を皮膚表面で散乱するのに加えて,皮膚内部から出てくる光も散乱するからです.ところで,化粧粒子の大きさは,数十nmから数mmまで広く分布しています.これは,対象となる光の波長と同程度です.非常に小さく,粒子個々の光性質を実験的に知ることは困難です.このため,(c) 電磁波動解析によりその光性質を予測することが必要となります.そして,最後に,これらを統合することで,化粧粒子が皮膚の反射性質に与える影響を明らかにできると考えています.以下に,これまでに得られた成果を紹介します. |
||||||||||||
|
||||||||||||
|
||||||||||||
|
||||||||||||
|
||||||||||||
図5に本推定に利用する実験装置の概略を示します.背面から照らされた,マスク上のスリット列が,対象となる皮膚表面に結像されます.そして,縞に垂直な方向の反射光の空間分布が,分光用の回折格子を通した後,冷却CCDカメラにより記録されます.このCCDカメラにより撮影された典型的な画像を図6に示します.図中の縦方向に反射高強度の空間分布が,横方向に波長情報が記憶されています. | ||||||||||||
|
||||||||||||
この画像から読み取った反射光の強度分布を基に,逆解析を通じて求められた物性値を図7に示します.461 - 700 nmの波長範囲を約10 nm毎に示したものです.この物性値を利用することで,皮膚内部の光伝播を予測することができます. |
||||||||||||
5. 皮膚の見え方に与える皮膚内部の光性質の影響[2] 先に述べた皮膚表面の光挙動に関する解析モデルが,十分に界面での光挙動を表現できている訳ではありませんが,この解析モデルと,皮膚内部の光伝播に関する解析モデルをカップリングすることで,皮膚の光性質が肌の見え方に与える影響を考察できます.その一例を示します. まず,図8(a)に,キメの解析モデルのみ(皮膚内の光散乱を無視)による半球等強度入射垂直反射率RHN(室内など周囲の光源から皮膚が照らされる場合を想定した反射率)の空間分布を示します.この図から,キメの溝において,光の反射が少なくなっているのが分かります.キメの溝部分に入射した光が,溝部で多重反射した結果,界面を透過して皮膚内部に進むためです. 図8(b)は,皮膚−空気界面の裏側に散乱吸収性の媒体を置いたもの(皮膚内部の光散乱を考慮)です.ただし,光が入射する際のキメ構造と,皮膚内部の光散乱は考慮しますが,光が皮膚内部から外部に向かう際には,キメ構造を無視したケースについて求めたRHNです(現実的ではありえません).皮膚内の散乱を無視した図8(a)とは異なり.キメ構造は見えなくなります.これは,内部から一様に皮膚が照らされるためで,溝(キメ)の影が目立たなくなったためです. 最後の図8(c)は,光が皮膚内部から外部に向かう際にも,キメ構造を考慮した場合です.内部から来る光に際して,溝は透過する光を抑え,その部分を暗く見せることを示しています.すなわち,この一連の結果は,皮膚の見え方(キメの影の見え方)には,外からの光よりもむしろ,皮膚内部からの散乱光が強く影響していることを示しています.これが事実かどうかは,もう少し検討が必要です. |
||||||||||||
6. 化粧粒子の散乱性質を知るための電磁波動解析 化粧粒子が皮膚の光性質に与える影響を明らかにするには,先にも述べたとおり,化粧粒子自信の散乱性質を知る必要あります.粒子サイズは波長オーダーであるために,幾何光学的な手法ではその散乱性質を得ることはできません.Maxwell方程式を基礎とする波動解析が必要とあります.加えて,最近では,粒子形状が球形と近似できるような単純なものでないので,Mie散乱などよく利用される解析解を用いることもできません.図9に最近開発された化粧粒子,複合粉体[5]のSEM画像(株式会社資生堂提供)を示します.これらは比較的大きな粒子の上に微細な粒子を並べたものです.私たちの研究室では,有限要素解析を利用してMaxwell方程式を解くことで,このように複雑な形状を有する粒子の散乱性質を明らかにしようとしています.図1(c)に示すように,球形粒子に関して解析手法の妥当性の確認はできています.本手法を複合粉体へ展開していく予定です. |
||||||||||||
7. まとめ 「化粧品により肌の見え方がどうかわるか」について,現在,進めている研究を紹介しました.図1に示したそれぞれのパートは,何とかまとまりつつあります.今後は,化粧粒子の散乱性質を,皮膚の反射性質にどのようにカップリングしていくかが課題になりそうです. これらの研究を通じて出てきた新たな課題,肌の潤いがその見え方にどう影響するか,また,肌の透明感を計測するなどにも取り組み初めています[6].前者は「風呂上がりの肌が美しく見えるのはどうして?」という単純な疑問からでてきた課題ですが,後者と並んで「美しさの定量化」への挑戦?です.無謀,いやいや,傲慢かもしれません. |
||||||||||||
参考文献
|