TED Plaza
熱工学におけるバイオ研究
蝶に学んだ熱ふく射特性制御
宮崎 康次
九州工業大学 大学院工学研究院
機械知能工学研究系


1. はじめに

 これまでに我々のグループでは,ナノテクで熱物性を制御することを目指して研究していますが[1-3],ナノテクで熱物性を制御という漠然としたイメージでは,まさに雲をつかむような話となり具体的な研究に取り組めません.そこで,研究のヒントを生物のもつ構造とそれによって引き出される機能に学んで進めてきた研究の具体例として,微細構造で熱ふく射の反射率を制御してきた研究を紹介したい[4]と思います.

2.モルフォ蝶の翅の色とその構造

 図1に示す美しいモルフォ蝶の青は,その微細構造によって生み出されていることがよく知られ,実際に自分たちでも確認してきました.福岡県が主催した中学生対象のサマーキャンプに参加した中学生が自らモルフォ蝶の翅をイオン集束ビームでカットし,その断面を観察した結果を図2に示します.よく知られた階層構造が見られ,この構造と青い光の波長がほぼ同程度であることから,光の干渉によって青い光がよく反射し,蝶が青く見えることが説明されます.角度依存性や反射するスペクトル分布など詳細についても解析的によく説明がなされ,このような構造に起因する色は敢えて構造色と呼ばれています[5].さて,上記の生物のもつ構造とそれによって生み出される機能から類推できることとして,微細周期構造の2倍程度の波長の光が強く反射することが第一に思いつき,細かい話としては,その周期構造があまり完全でなくてもよいこと,を学ぶことができます.他にも研究者が変われば,光の散乱や光沢など思い当たること,学べることが変わってくるのかもしれません.
図1 モルフォ蝶 図2 モルフォ蝶の羽(左)とその断面構造(右)


3. 構造色の熱ふく射への応用


 目に見える可視光も熱を輸送する赤外線も波長が異なるだけで同じ電磁波ですので,構造のもつ周期を変えれば,当然赤外線を構造によって強く反射できるはずです.言葉として怪しいですが,青色ならぬ赤外色を人工的に作り出せれば熱ふく射特性を制御したことにつながります.はじめは数100nmで金属を任意に蒸着できるイオン集束ビームで微細周期構造を作製し,その熱ふく射特性をとることに集中しました[6].しかし,1か月近くかけて構造を作ってもその大きさが0.1mm2など遠く及ばないほど小さく(図3),小さいことがあだとなって計測も極めて難しかったため,ほとんど研究をやめようとあきらめたかけたこともありました.

図3 イオン集束ビームで作製した微細周期構造


4. 自己組織化の活用

 研究をあきらめかけていた2004年11月に北九州学術研究都市で産学連携フェアが開催されました(毎年開催).暇つぶしに会場を散策していたところ,北九州市の触媒化成工業が出展していたシリカの微粒子が綺麗に配列しているポスターを偶然目にしたことで,研究が以後大きく進むことになりました.共同研究を通して,2μm(もしくは3μm)直径の粒子を無数に配列した5cm2程度のサンプルを数時間で作れるようになったのです(図4).短い波長での光の散乱が激しいため見た目には真っ白ですが,赤外フーリエ分光装置(FT-IR)でサンプルを計測してみると,粒子直径のほぼ2倍程度の光が強く反射されていることが測定されました(図5).強く反射される光の波長は,フォトニック結晶[7]と呼ばれる分野の解析を用いてもよく説明され,周期構造に起因する反射であることも確かめられました.

図4 シリカ微小球周期構造 全体(左),サンプル拡大図(中),微小球配列の様子(右)
図5 サンプルの垂直入射-垂直反射スペクトル測定結果
(左2μm直径粒子,右3μm直径粒子)


5. 放射特性への応用


 これまで反射に重きをおいて研究を進めてきました.反射によって青く見える蝶の色にヒントを得て,赤外線を反射するといった内容は,生物の構造とそれによって引き起こされる機能を猿まねしたに過ぎません.物質の光学特性は,反射と透過,吸収(放射)には密接な関係が成り立つため,反射に生かしてきた研究を放射にも活かすことができるかもしれません.現状の研究結果では,反射が強いところで放射が弱くなる程度の結果しか得られていませんが(図6),フランスのグループから周期構造の表面をカットすることで任意の波長の放射を強くできることも発表されています[8].今後は,エネルギー変換技術としても極めて有効な放射特性の制御にも力を入れていきたいと考えています.

図6 シリカ微小球周期構造の放射特性
(左2μm直径粒子,右3μm直径粒子)


6. おわりに


 我々のグループが蝶の微細構造に学び,熱ふく射特性を制御しようとしてきた研究について概要を紹介させていただきました.一見,順調に進んでいる研究に見えますが,当初重要と感じた生物がもつ非周期性のもつ機能については,踏み込んだ議論が行えておらず,今後の重要な課題として残してしまっています.とは言え,7年前に全くふく射に関するノウハウを持たない研究室がここまで研究を進めることができたのは,2008年3月に博士課程を修了した木原正裕君(現:マイクロジェット)の努力の賜物であり,さらに研究を進めるにあたって,牧野俊郎教授,若林英信助教(京都大学),花村克悟教授(東京工業大学),山田純教授(芝浦工業大学)からご指導と励ましを頂けたのは幸運でした.この紙面の場を借りて紹介させて頂くととももに感謝の意を表します.


参考文献

1. M. Kihara, K. Miyazaki, H. Tsukamoto, K. Inoue, and O. Yoshida, Reflectivity of Photonic Crystals Self-assembled with Silica Spheres, Journal of Thermal Science and Technology, Vol. 1, No.1, pp.12-19 (2006).
2. K. Miyazaki, T. Arashi, D. Makino, and H. Tsukamoto, Heat Conduction in Microstructured Materials, IEEE transaction on Components Packaging and Manufacturing Technology, Vol.29, No.2, pp.247-253(2006).
3. M. Takashiri, S. Tanaka, M. Takiishi, M. Kihara, K. Miyazaki, and H. Tsukamoto, Preparation and characterization of Bi0.4Te3.0Sb1.6 nanoparticles and their thin films, Journal of Alloys and Compounds, in press.
4. 宮崎康次,木原正裕,鮫島良輔,塚本寛,シリカマイクロ粒子最密構造の赤外線反射特性,日本機械学会熱工学コンファレンス2007,pp.415-416 (2007).
5. S. Kinoshita, S. Yoshioka, and K. Kawagoe, Mechanisms of structural colour in the Morpho butterfly: cooperation of regularity an irregularity in an iridescent scale, Proc. R. Soc. Lond. B, Vol. 269, pp. 1417-1421 (2002).
6. K. Miyazaki, G. Chen, and H. Tsukamoto, Fabrication of Photonic Crystals for the Control of the Radiative Properties, Proceedings of The first International Symposium on Micro & Nano Technology, CDROM 4pages, (2004).
7. E. Yablonovitch, Inhibited Spontaneous Emission in Solid-State Physics and Electronics, Physical Review Letters, Vol.58, pp.2059-2062 (1987).
8. M. Laroche, R. Carminati, and J.-J. Greffet, Coherent Thermal Antenna Using a Photonic Crystal Slab, Physical Review Letters, Vol.96, pp.123903-1-123903-4(2006).