TED Plaza |
ポンポン蒸気船について |
ポンポン船とスポイト船の推進原理 |
米村 茂 東北大学 流体科学研究所 | 菊川豪太 東北大学 流体科学研究所 |
1. はじめに 東北大学の片平・星陵の両キャンパスにある附置研究所は1998年より「片平まつり」 (http://www.katahira-f.tohoku.ac.jp/)という市民向けの一般公開を行っている. 2007年は7月28, 29日の二日間に東北大学100周年記念事業の一貫として開催された. 「片平まつり」では研究施設を公開するだけでなく,小中学生にも楽しんでもらえるよう参加型の公開実験にも力を入れている. 執筆者らの所属する流体科学研究所(http://www.ifs.tohoku.ac.jp/matsuri/)も98年の第1回から参加しており, 2007年は一日目の猛暑と二日目の雷雨という悪天候にも関わらず,当研究所だけで2510名の見学者が訪れた. 小原・菊川研究室と米村研究室も「蒸気船で遊ぼう!」と題して,図1に示すようなポンポン船の工作や遊びの企画を行った. ポンポン船は金属パイプ,ロウソク,バルサ材で簡単に作成でき,シンプルな構造でも軽快に進むので,子供たちだけでなく大人たちの好奇心も刺激した. 当日は300隻分の材料を準備したが,二日目の昼には予約分で材料がなくなってしまい,工作体験の受付はそこで打ち止めになってしまった. 二日間で237人が工作体験し,工作なしにポンポン船で遊んだ人,一緒に見学した父兄の方をあわせると700名程度の来場者があり, 工作指導するスタッフは大変であったが,充実した二日間を過ごした. |
図1 ロウソクで走るポンポン船 |
このポンポン船の企画には「NGKサイエンスサイト」(1),
「愛媛県総合科学博物館 友の会 科学クラブ」(2)などのホームページや戸田盛和著「おもちゃセミナー 叙情性と科学性への招待」(3)を参考にした.
ポンポン船の工作を取り上げた本やホームページは上記以外にも多くある(4), (5).
この船について調べるうちに,図2に示すようなスポイトとクランク,モーターを用いた船の工作実験があることも知った(2),(6).
この船はスポイト船と呼ばれており,モーターの動力によりスポイトの上端がピストンのように振動し,水の噴出・吸入を繰り返して推進するようである.
ポンポン船のパイプの出口に手をあてても数ヘルツの振動数で水が脈動していることがわかる.
これらの二つの船は極めて簡単な構造であるが,どういう原理で推進するのか不思議に思い,考えてみることにした. |
図2 スポイト船 |
2. 推進原理 ポンポン船は,昔,縁日の露店で販売されていた. 1967年の学習研究社の「4年の科学」夏休み号の付録を復刻したものが,最近になって出版された(7). これらのポンポン船は図3に示すような構造になっている.ロウソクの火でボイラの中の水が気化して膨張する際に水を押し出し,それを推進に利用する. われわれのポンポン船ではコイル状に巻いたパイプがボイラの役割を果たす. パイプの先に手をあてると,前述したように水が数ヘルツの振動数で噴出していることがわかる. ロウソクの火で熱せられた水は気化して膨張し,パイプ出口から勢いよく水を吹き出す. 気化した水蒸気はパイプ出口近くで冷却され,液化して圧力が下がり,外部の水を吸い込む. その結果,パイプ内の水は熱的自励振動(8)を起こす. 濱口らの実験(9)によればこのサイクルのP-V線図は図4に示すようになっている. 水を押し出すときの圧力が吸い込むときの圧力より高く推進力が得られる. |
図3 おもちゃのポンポン船の構造 |
図4 ポンポン船のボイラのP-V線図 |
図2に示したスポイト船はなぜ推進するのであろうか.
モーターの回転速度を一定とすると流入・流出は同じ速度であり,一見すると推進力を得られそうにない.
文献(6)ではこの推進の原理が次のように説明されている.
図5に示されるように,流出時はノズルから正面に水が噴出するため前向きの推進力が得られるが,吸引時はあらゆる方向から水を吸うため後退する力にならないということである.
振動運動だけにより推進力が生まれるとすると,同様のことがポンポン船にも言える.
そのため,ポンポン船についても流入出の流れの方向の違いが一因であると説明されている(2),(10),(11).しかし,これは本当であろうか?
図5の流出時の推進力を考える.簡単のため流れは定常であるとする.
水の密度をρ,パイプの断面積をA,パイプの中の水流の速さをUとすると,流出の際にパイプから外部に輸送される単位時間あたりの運動量は-ρAU2である.
ここでは船が推進する方向(パイプの流出と反対向き)の運動量を正としている.この反作用としてパイプは前方にT=ρAU2の推進力を得る.
次に図6に示すように流入時の流れの向きを反転させるような流出を仮想的に考える.
パイプの中で水は管壁に沿って右向きに流れるが,パイプから出るとあらゆる方向に広がる.
この場合でも外部に輸送される単位時間あたりの運動量は-ρAU2であり,推進力はT = ρAU2である.
流れが曲がるとすれば,それは流体の粘性によるものであり,パイプの外側で起こっている運動量の輸送である.
このためパイプにはその反作用は及ばない.つまりパイプの外の流れの形は関係がない.
流入時にはこれを反転させた現象が起こっているのであり,外側の流れの形状で推進力を議論することはできない. |
図5 パイプからの水の流入出 |
図6 パイプからの等方的な流出 |
スポイト船では水の振動だけで推進力が生まれている.
これを裏付ける実験がDickmannの論文(12)に示されている.実験装置を図7に示す.
ピストンがクランクの回転により鉛直パイプ内を正弦的に振動する.鉛直パイプは水の入った大きな容器に差し込まれている.
この容器を秤の上に載せ,秤にかかる力から,この機構の推進力を求めている.その実験結果を図8に示す.ここで力の単位はグラム重(gram force, gf) であり,1 gf = 9.80665×10-3 N である.
実験結果から推進力Tは回転数nの二乗に比例していることがわかる.Siekmann(13)はこの実験結果について考察し理論的に説明を試みているが,境界条件の設定などの妥当性に疑問がある.
スポイト船はこの実験と同じ機構で推進力を得て推進していると考えられ,我々もこの実験で得られた推進力について考察する. |
図7 実験装置(12) |
図8 実験結果(12) |
図9 クランクとピストン |
実験装置で使われたクランク,ピストン,水槽の模式図を図9に示す.
ここでは簡単のため,クランクロッドの長さはクランクの回転半径Rよりも十分大きいと仮定し,
クランクロッドの角度の影響を考えない.クランクの回転の運動方程式は |
(1) |
である.ここで I はクランクの慣性モーメント,τはクランクに作用させるトルクである.
クランクには-F = (-F,0,0)の力がクランクロッドを通じてかかっている.
その反作用として,ピストンにはF = (F,0,0)の力がかかっており,その運動方程式は |
(2) |
である.ここで,Mp はピストンの質量,x1 はピストンの下面の位置,g は重力加速度,A は鉛直パイプの断面積,
P0,P1 はそれぞれ大気圧,ピストン下面での水の圧力である.
ピストンの運動方程式はピストンの重心位置xp を用いて立てられるが,xp とx1 の時間微分は同じ値であるので,x1 を用いた.
鉛直パイプの断面で水は一様に流れていると仮定し,出入口で発生する局所圧力損失を考慮した非定常ベルヌーイの式を立てる.
鉛直管の下端の位置,圧力をそれぞれx2,P2 とすると,吹き出し時 (u2 < 0)は |
(3a) |
であり,吸い込み時 (u2 > 0) は |
(3b) |
となる.ここでζin,ζout はパイプ端で流入,流出する際の損失係数である.連続の式より流速u は管内で一定となり,ピストンの速度
と一致する. よって,である.
これらの式とより(3a), (3b)は次のように表される. |
(4) |
となる.ここで |
(5) |
とした.クランクピストン系が得る推進力はで与えられる.式(2)および式(4)より推進力は |
(6) |
で与えられる.ここで推進力を,,
の3つの成分に分けた. これを回転の一周期にわたって積分し,で除すると,推進力の時間平均が得られる. |
(7) |
(8a) |
(8b) |
(8c) |
簡単のため,クランクの慣性モーメント I は十分大きいと仮定すると,式(1)よりとなり, とおける.これより |
(9a) |
(9b) |
(9c) |
と与えられる.これらを式(8a), (8b), (8c)に代入すると, |
(10a) |
(10b) |
(10c) |
となる.の右辺第二項はピストンにかかる重力であり,
第一項はピストンによって排除された体積の水にかかる重力,つまりピストンにかかる浮力を表している.
ピストンが水に深く沈み込むように位置決めされている場合には大きな浮力を受けるが,浮力がピストンの重力と釣り合うようにが位置決めされている場合には,
となる.
は出入口で発生する局所圧力損失によって発生する推進力であるが,
損失係数はせいぜい0.5程度であるためと比較すると小さい. 上述の考察では管摩擦を考慮しなかったが,管摩擦の影響によって発生する推進力の成分はと同様に求められ, λを管摩擦係数,d をパイプの直径とすると, |
となり,式(9a),(9b)より,を代入すると第一項と第二項が相殺されて0になることがわかる. 実験条件より,, ,,ここで n の単位はrpmである.よっては |
(11) |
となる.また,出入口の損失係数を,とすると,である.
ここで入口損失は機械工学便覧(14)より引用した.
出口損失については水力学の教科書(15),(16)ではとされているが,
それは管から流出した後に速度ヘッド,つまり運動エネルギーが無駄になるためであり,
パイプ出口で局所的にかかる圧力損失を表しているわけではない.
出口での局所的な損失は入口の場合よりも小さいと考えられるため,ここではとした.
Dickmannの論文(12)に示された実験結果と,ここで求めたとを図10で比較する.
推進力は実験結果と良好に一致した.
だけでも実験結果とよく一致している. 振動だけで推進力が発生する理由を考察する.式(8a)よりは |
と表される.
クランクの回転により,パイプの中の質量の水にの加速度が発生する.
およびの場合には,水の質量は大きく,
は負,つまりパイプから吐き出す向きに水は加速される.
一方での場合には,水の質量は小さく,は正,つまりパイプに吸い込む向きに水を加速する.
この際,加速度の大きさは同じであるが,加速される水の質量が異なるため,水が得る運動量は吐き出す場合の方が大きくなる.
このように水に下向きの運動量を与えるために,クランクは反作用として推進力を受けるのである. |
図10 実験結果との比較 |
3. おわりに 本稿を書くきっかけになったのはポンポン船のイベントである.子供たちに「どうして船が進むのか」をきちんと教えなくてはいけない. しかし,ポンポン船は簡単な構造であるが,その推進原理は簡単には分からなかった.考えるうちに疑問がどんどん湧いて来た. このシンプルなおもちゃの中で起こっている現象は実に奥が深かった. 調べるうちに子供用の沢山の科学実験や科学おもちゃについての本やホームページに触れたが,それらの背景となる科学は実に多様であり, 大人の私たちにとっても面白そうな実験ばかりであった. 小学一年生になる執筆者(米村)の長男は,本稿のために図書館で借りてきた科学実験の本にとても興味を持ったらしく,毎日のように読んでいる. 小学校の理科の授業でこのような科学実験をもっと取り入れて,子供たちの好奇心を刺激することができれば, 理科離れというような社会問題も起こらないとあらためて感じた次第である. |
参考文献
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燃焼によるナノ粒子の合成について |
蛍光ナノ粒子の気相燃焼合成法 |
横森 剛 慶應義塾大学理工学部機械工学科専任講師 yokomori@mech.keio.ac.jp 植田利久 慶應義塾大学理工学部機械工学科教授 溝本雅彦 慶應義塾大学理工学部機械工学科教授 Yiguang Ju Associate Professor, Dept. Mech. & Eng., Princeton University, USA |
1. はじめに 蛍光粒子は、紙幣・ID真贋判定などのセキュリティ認証技術や、細胞イメージング・生体組織マーカーといったバイオ技術、 ディスプレイ材料等の発光素材技術など広範囲な用途先を持ち(図1)、近い将来、年間数千億円程度の販売市場にまで拡大するとも予測され、 多くの研究者や企業によってその合成手法や応用技術についての様々な研究・開発が進んでいる。有用な蛍光物質としては、Y2O3やY2O2Sを母体とした希土類系酸化物系、 CdSeやZnSといった半導体材料系、有機材料系など多種多様のものが開発されているが[2, 3]、毒性や寿命などの点で、各々に一長一短がある。そのような中でも、 希土類系酸化物系は毒性が弱く寿命が長いといった特徴を持ち、蛍光灯やCRTディスプレイなどの蛍光材料として比較的古くから使用されており、 特に近年、数nmから数十nmのサイズを有するナノ粒子はバイオ領域への応用等に大きな期待が寄せられている。 |
現在、希土類系酸化物蛍光粒子の合成手法としては、ゾルゲル法・共沈法・水熱法といった液相合成法[4-6]、
前駆物質溶液の噴霧微小液滴を加熱熱分解する噴霧熱分解法[7]などが一般的となっている。液相合成法は、液相内での緩やかな反応を利用して粒子を生成するため、
粒子サイズの制御が容易であるが、基本的にバッチ処理方式であり連続大量合成には向かない。また、高輝度蛍光を持つ酸化物結晶を得るためには、
不純物の除去及び結晶構造の創製を目的として、合成後の粒子を1000℃以上の高温に長時間晒すアニリング(焼きなまし)処理が必要とされるが、
このアニリング過程においては粒子同士の焼結が起こることから、サイズを維持したままの単一粒子を抽出することは困難となる。一方、噴霧熱分解法は、
前駆物質溶液を気相中に噴霧し、その液滴を高温に晒すことで溶媒を蒸発、前駆物質を熱分解・反応させることで粒子を合成する手法である。この手法では、
液滴が気相中に分散していることから粒子同士の焼結は回避し易いが、合成粒子径を支配する噴霧液滴径は噴霧器に強く依存すること、
合成粒子の微小化のために前駆物質濃度を希薄にすると合成量も必然的に減少すること、さらに合成温度不十分で十分な結晶構造が得られない場合には先述のアニリング処理が必要となる等、
ナノサイズ粒子の大量合成に向けては未だ課題が多く残っている。 そこで本報では、以上のような課題解決の一手法として、我々も取り組んでいる気相燃焼場を利用した希土類系酸化物蛍光ナノ粒子の合成手法について紹介させて頂く。 本手法は、高温な酸化反応場である気相燃焼場を利用するため、アニリングなどの後処理を必要とせずに高純度の酸化物質合成を容易に行うことが可能であり、 さらに、気相反応場での合成であることから、合成中の粒子間距離が大きく、凝集・焼結を起こし難いという利点を持つため、先の技術的課題を克服するために有用な手法であると考えている(図2)。 |
2. 合成装置 気相燃焼による酸化物粒子の合成は、比較的簡便な装置で実施できる。図3には、研究用に使用した気相燃焼合成装置の概略図を示す。 装置は主に、合成粒子のもとになる前駆物質の供給装置、気相燃焼・合成を行うバーナ、合成された粒子を捕獲する捕集装置から構成される。前駆物質は、 供給装置において霧状化もしくは蒸気化され(詳しくは後述)、燃焼に必要な燃料ガス(キャリアガス)によってバーナまで運ばれる。バーナは二重円管となっており、 内管からは燃料と前駆物質を噴出し、その周りを囲む外管からは酸化剤となる空気又は酸素を噴出することで、バーナ上には噴流拡散火炎が形成される(図4)。 これによって、運ばれてきた前駆物質は火炎中を通過し、酸化反応による合成が行われる。また、火炎反応帯を通過した後も高温の燃焼ガス中に晒され、 外管から噴出されている余剰な酸化剤が酸化反応を進行させるため、粒子はさらに成長を続けることになる。以上の行程によって、粒子の合成が完了する。 最後に、捕集装置としては、濾過用フィルタによって収集する方法や静電捕集器を用いて収集する方法など、ごく一般的な粒子捕集法によって捕集が可能である。 |
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3. 前駆物質供給方法と合成される粒子サイズ 粒子の気相燃焼合成を行う際に、前駆物質を供給する方法としては、主に以下のような2種類が考えられる。 |
3.1 スプレー法 粒子を構成する物質を含んだ化合物溶液を前駆物質として使用し、噴霧器によって微粒化・霧状にしたものを気相中に浮遊・分散させ、 バーナ上の燃焼反応場に霧状のまま供給することで合成する手法である。本手法では、微粒化した微小液滴が高温に晒されることで溶媒が蒸発し、 さらに前駆物質の分解や反応が進むことで、酸化物粒子が合成される。図5は、前駆物質として希土類塩水和物である硝酸イットリウム水和物(Y(NO3)3 ・6H2O)と 硝酸ユウロピウム水和物(Eu(NO3)3 ・6H2O)をエタノールに溶かした溶液を使用し、超音波ミスト発生器にて霧状化した後、 気相燃焼場を通過させることで合成した蛍光ナノ粒子(Y2O3:Eu)の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す[8]。合成された粒子は綺麗な球形をしている様子がわかり、 また、粒子同士も各々独立しており殆ど焼結を起こしていないことも確認することができる。次に、図6には溶液中の希土類塩モル濃度を変化させた際に合成された粒子の平均直径を示す。 これを見てわかるように、モル濃度が低下するにつれて粒子直径も小さくなっている。これは、噴霧器ではほぼ一定の直径を持つ液滴が生成されるが(今回使用したミスト発生器では直径約5μm)、 溶液中のモル濃度が下がれば溶媒が蒸発した後に残る粒子構成物質の量も当然減少するため、結果として合成された粒子径が小さくなることに起因する。 つまり、本手法では、溶液濃度を調整することにより合成粒子のサイズを容易に制御することが可能であると言える。 しかしながら、図6の傾向を見ると0.001Mの溶液を使用したとしても合成粒子径は約100nmであり、さらに微小な粒子を得ようとする場合には溶液濃度を非常に希薄にしなければならず、 粒子の大量合成を実現するためには多量の溶媒を使用する必要があるのは明らかで、あまり現実的ではない。そこで次に、数nmから数十nmサイズの微小な粒子の合成を目的として行った蒸気法について紹介する。 |
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3.2 蒸気法 本手法は、前駆物質を蒸気として気相中に分散させ、燃焼反応場へと供給する手法である。 これは、先のスプレー法と違い、前駆物質自体が気体(蒸気)として分子オーダーの大きさで分散しているため、合成される粒子も容易に微小化することが可能となる。 但し、金属や希土類の一般的な化合物は沸点が高温域にあるのに対し、本手法を行うには比較的低温で蒸気化が可能な化合物を使用する必要があるため、 前駆物質には特殊なものを選定する場合が多い。ここではその一例として、希土類化合物の中でも沸点の低い3種類のジピバロイルメタン錯体(Y(C11H19O2)3, Yb(C11H19O2)3, Er(C11H19O2)3)混合物を 前駆物質として合成した蛍光ナノ粒子Y2O3:Yb,Erについて紹介する。図7は、合成された粒子の透過型電子顕微鏡(TEM)写真を示す[9]。この写真を見ると、 粒子一個一個がきれいな六角形をしており粒子同士の境界も明確に確認できることから、焼結は殆ど起こっていないと考えている。 また、図8には、キャリアガスに対する前駆物質の蒸気濃度を変化させた場合の合成粒子径の変化を示す。蒸気濃度が低いほど合成された粒子径は小さくなり、15nm程度の粒子合成も実現している。 |
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4. 合成ナノ粒子の蛍光発光 ここでは、合成されたナノ粒子の蛍光発光特性について述べる。図9は、前章のスプレー法にて合成されたY2O3:Euの蛍光強度分布[8]、 図10は蒸気法によるY2O3:Yb,Erの蛍光強度分布[9]を示す。なお、前者の蛍光物質は励起波長帯を紫外域に、後者は赤外域に持っているため、それぞれ355nm, 980nmの励起光を照射した際の蛍光を測定した。 どちらも600〜680nmの赤色波長帯で蛍光を発しており、また、実際に目視によっても赤色発光をしている様子が確認できたことから、良好な蛍光ナノ粒子が合成されたと言える。 また、図中には、キャリアガスに窒素を加えることで断熱火炎温度を変化させた際の、蛍光発光強度の違いも示してある。これを見ると、高い火炎温度で合成した方が、 蛍光発光強度は強くなっている様子がわかる。これは、粒子を構成するY2O3の結晶構造が反応合成場の温度(火炎温度)に強く影響を受けるためであるということが、 最近行ったX線回折などの測定により明らかになってきている。この点については、今後より詳細な測定・検討を加える予定でいるが、 いずれにしても断熱火炎温度を変えるのみで蛍光の様子が大きく変化するということは、燃焼工学的にも材料合成科学的にも大変興味深い特性であると思われる。 |
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5. 終わりに 本研究は現在のところ、数十nm〜数百nm程度の様々なサイズの蛍光ナノ粒子を、気相燃焼場を利用することで焼結を起こさずに合成するに至ったという段階であり、 まだまだ多くの課題を残している。特に実用性を重視するならば、粒子サイズのさらなる微小化、粒子サイズの均一性、蛍光の高輝度化などが必要となる。これらの課題を乗り越えるべく、 燃焼反応場や前駆物質供給方法などにさらなる工夫を加え、今後も研究を進めて行きたいと考えている。また、既にお気づきの方も多いかもしれないが、本手法は気相燃焼反応場を利用した酸化物粒子合成を行う手法であり、 基本的に酸化物粒子であれば、希土類系蛍光粒子に限らず様々な粒子の合成が可能である。実際、TiO2、Al2O3、SiO2[10]、 ZnO[11]といった金属酸化物ナノ粒子についても、同様に気相燃焼場を利用した合成手法が報告されている。 そういった意味でも、我々は幅広い分野において本手法の有用性に大きく期待しているところであり、少しでも多くの方々にご興味を持って頂ければ幸いである。 |
謝辞 本報告で紹介した結果の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(スタートアップ)の補助によって実施されたものであり、さらに、共同で実験を実施した米国Princeton大学Dept. of Mechanical & Aerospace EngineeringのXiao Qin博士、慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程の田島耕一氏が取り組んだ結果も含んでいる。ここに記し謝意を表す。 |
参考文献
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