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沸騰蒸気泡の伝熱面離脱機構


大川 富雄


大阪大学大学院工学研究科機械工学専攻・助教授

t-okawa@mech.eng.osaka-u.ac.jp

1. はじめに

 水を満たした容器の壁を加熱すると、キャビティと呼ばれる伝熱面上のある特定の場所で蒸気泡が形成される。伝熱面の過熱度が高いと気泡は他気泡と合体するが(合体気泡域)、過熱度があまり高くなければ生成される気泡の数は比較的少なく、激しい気泡間相互干渉は生じない(孤立気泡域)。何れの領域でも、気泡はキャビティに付着したままではなく、キャビティから離脱する場合が多いようである。本稿では、キャビティを離脱した後の沸騰蒸気泡の挙動を決定するメカニズムを解明することを目的として、これまでに行った主に可視化実験の結果について概説する。なお、合体気泡域では可視化が困難で、気泡挙動も複雑化する。このため、孤立気泡域で観察される気泡挙動を主な検討対象とした。ただし、孤立気泡域に限っても、沸騰中の気泡挙動は予想以上に複雑で、今のところ一般的な気泡挙動予測モデルを導くには至っていない。このため、現在も継続して検討を実施中である。本稿をきっかけとして、今後実施すべき研究の方向性等についてコメントを頂ければ幸いと思う。
 一連の研究を始めた元来の動機は、加熱管内強制対流サブクール沸騰中におけるボイド率分布予測モデルの開発である。古典的な問題であるが、私の知る限りではボイド率を決定するメカニズムについて十分な理解は得られていない。加熱管の一端からサブクール水を流入させると、ある軸方向位置で最初の蒸気泡が形成される。この位置を核沸騰開始点(Onset of Nucleate Boiling, ONB)と呼ぶ。ONB点の直下流ではボイド率はあまり高くなく、もう少し下流にいってからボイド率の実質的な増加が始まる。この位置を正味の蒸気生成開始点(Point of Net Vapor Generation, PNVG)と呼ぶ。強制対流サブクール沸騰中のボイド率分布の予測では、PNVGを正確に評価することがきわめて重要なステップとなる[13]。また、ボイド率は単位体積あたりの蒸気相体積率のことであるから、PNVGを決定する上で蒸気泡の挙動が重要な役割を果たすことは明らかである。このため、キャビティ上で形成された蒸気泡がどのような振る舞いを見せるのかを観察しようと思うに至った。このような経緯で、まず強制対流サブクール沸騰中で気泡挙動を観察した。この後、流れの影響を除いて体系を単純化することにより気泡挙動に関してより深い理解を得ること、伝熱面の表面性状の影響を明らかにすることを目的として、サブクールプール沸騰体系で気泡挙動の観察を実施中である。

2.強制対流サブクール沸騰中の気泡挙動

 鉛直加熱円管の下端からサブクール水を供給し、管壁面上のキャビティで形成された後の蒸気泡挙動を観察した。試験部の構成を図
1に示す(本試験部の製作には結構苦労した)。可視化を行うため、内径20mmの透明ガラス円管を試験部とし、円管の外表面にコーティングした透明の導電性ITO薄膜に直流電流を通電することで加熱を行った。ガラス管内を流れるサブクール水中で沸騰を生じるので、ガラス管の内表面は飽和温度近くとなる。高熱流束時にも管外面の表面温度を低く抑えるため、ガラス管には熱伝導率の高い材料が望ましい。このため、かなり高価だが、円管はサファイヤガラス製とした。また、図1(c)に示すカメラ配置で円管内の気泡を観察するため、屈折率の影響を低減する必要が生じた。このため、円管を矩形のガラスジャケットで取り囲み、円管とジャケットの隙間をシリコンオイルで満たした。さらに、試験部内に校正用の目盛りを挿入したときの画像を用いて、屈折の影響を補正した[4]






 質量流束と液サブクール度をパラメーターとして、試験部の気泡密度が過大にならない範囲で熱流束を制御し、気泡挙動の可視化を行った。この結果、本実験の範囲内では、(1)気泡がキャビティ上にとどまることはないこと、(2)キャビティを離脱した後の気泡挙動はスライド、バウンス、コラプスの3種類に分類できることがわかった[5]。本実験で観察された典型的な気泡の上昇軌跡を図2に示す。キャビティで形成された気泡は、形成直後に「キャビティを」離脱し、鉛直伝熱面上をスライド上昇しつつその体積を増加させる。スライド気泡は、キャビティからは離脱するものの、「鉛直伝熱面から」離脱することはない(2a)。バウンス気泡は、110mm程度の距離をスライド上昇してから伝熱面を離脱するが、その後伝熱面に再付着する(2b)。コラプス気泡の初期の挙動はバウンス気泡と似ているが、再付着する前にサブクール水中で凝縮・消滅する(2c)


 伝熱面に接していれば、気泡はある程度の大きさまで急速に成長した後、その大きさを維持できる(2a)。一方、伝熱面を離脱してしまうと、サブクール水との熱交換により体積を減じ、大抵の場合には消滅してしまう(2c)。したがって、少なくとも本実験体系では、気泡の伝熱面離脱挙動が気泡存在時間(bubble life time)およびボイド率に及ぼす影響は甚大である。そこで、気泡が伝熱面からの離脱を生じるメカニズムについて考察した。図2を見ると、形成直後の気泡はどれもかなり扁平な形である。画像解析により気泡形状の時間変化を調べたところ、(1)気泡はまず扁平形状を保ったままで体積を増加させ、(2)体積変化が緩慢になるとおそらくは表面張力の影響でより球形に近い形に変化していき、(3)ほぼ球形に達したところで伝熱面からの離脱を生じる傾向があることがわかった。なお、陽には書かれていないが、他の研究者が報告している沸騰蒸気泡の連続写真からもこの傾向が伺える[6-8]。気泡が扁平から球形に変化するのであれば、気泡の周囲には図3に示すような液流れ場が形成されるはずである。以上の実験および考察の結果に基づき、本実験で観察された気泡の伝熱面離脱は、表面張力に起因する気泡の形状変化と、これに引き続いて気泡周囲に誘起される局所的な液流の慣性力によって生じると仮定した。この仮定を用いれば、本実験で計測した気泡形状の時間変化速度および気泡の伝熱面離脱速度の気泡径依存性がよく説明できることを示すとともに[5]、数値計算によっても前記のメカニズムで気泡の離脱が生じることを確認した[9]。なお、気泡離脱についてはLevyによるモデル[1]が有名であるが、これは気泡が伝熱面に沿ってキャビティからの移動(departure)を生じる条件について考察したものであり、ここで考えている伝熱面からの気泡の離脱(lift-off)とは対象とする現象が異なることを付記しておく。

 本実験装置で観察できる気泡挙動については合理的な説明が得られたと考え、多くの気泡がコラプス気泡に分類されるサブクール度が高い条件に限定して、気泡挙動とボイド率の関係を調べた[10]。この結果、ボイド率は図4に示すように離脱時気泡径の約3.5乗に比例して増加し、離脱時気泡径がわかればボイド率を大まかに予測できることがわかった。したがって、伝熱面離脱時気泡径はボイド率の機構論的予測を行う上できわめて重要な基本パラメーターと言える。このため、離脱時気泡径を決定するプロセスについて現在検討を継続中であるが、これまでに行った考察より、過熱液相厚さが支配的な役割を果たしている可能性が高いと考えている。

3.サブクールプール沸騰中の気泡挙動

 強制対流サブクール沸騰では、気泡は生成の直後から液相のせん断流れ場にさらされる。せん断流中の気泡には揚力が働くので、気泡に作用する力の評価が複雑化する。そこで、より単純化した体系として、サブクールプール沸騰中の気泡挙動を観察した
(5)。強制対流沸騰で観察された気泡挙動と比較を行うことを意図したため、通常のプール沸騰実験とは異なり、伝熱面は横向きである。また、強制対流沸騰ではガラス製の伝熱面を用いたが、本実験では銅製とした。図に示すように、伝熱面の対面に設置した箱の中に冷却油を流すことで、系のサブクール度を制御した。


 本実験で観察された典型的な気泡挙動を図6に示す[11]。キャビティ上における形成の直後、気泡は扁平で、徐々に球形に変化していき、概ね球形となったところで鉛直伝熱面からの離脱を生じる様子が見てとれる。この傾向は強制対流サブクール沸騰の場合とよく一致しており、表面張力に起因する気泡の形状変化により気泡の離脱が誘起されているものと推定される。なお、気泡の伝熱面離脱速度を調べたところ、強制対流沸騰の場合よりも速い速度で離脱を生じていることがわかった。強制対流沸騰では、通常せん断揚力が気泡を壁に押し付ける方向に作用する。したがって、この結果はせん断揚力の立場から定性的には説明できる。なお、強制対流沸騰中で生じる鉛直伝熱面からの気泡離脱の原因を負のせん断揚力に帰する場合があるが、これはプール沸騰体系で観察された本実験体系における気泡離脱の原因としては合理的な説明とは思われない。 プール沸騰実験のもう一つの目的は、気泡挙動に及ぼす伝熱面表面性状の影響を明らかにすることである。このため、接触角や粗さ等の伝熱面表面性状の他、流体物性や伝熱面姿勢の影響も併せて検討を実施中である。まだ系統的な結果を報告する段階にはないが、伝熱面上を静かに滑って移動する寡黙な気泡やダンスを踊る陽気な気泡が確認されており、前記の因子が気泡挙動に及ぼす影響は今のところ予想以上に大きいとの印象である。


謝辞

 本稿は、数年来研究室所属の学生と共同で行っている実験の結果をもとに執筆した。鳥本和弘君(現富士通)、西浦雅詞君(現三菱重工)、石田竜弘君(現マツダ)、久保田隼人君(M2)は、強制対流沸騰実験を担当した。久保田隼人君(M2)、長倉宏至君(M1)は、現在プール沸騰実験を鋭意実施中である。実験装置の構築、データ収集、画像解析の大部分は彼等の手による。ここに記し深く感謝の意を表する。

参考文献

[1]       S. Levy, Forced convection subcooled boiling - prediction of vapor volumetric fraction, International Journal of Heat and Mass Transfer 10 (1967) 951–965.

[2]       R. T. Lahey, A mechanistic subcooled boiling model, Proceeding of 6th International Heat Transfer Conference (1978) pp. 293–297.

[3]       P. Saha, N. Zuber, Point of net vapor generation and vapor void fraction in subcooled boiling, Proceedings of 5th International Heat Transfer Conference (1974) pp. 175–179.

[4]       T. Okawa, T. Ishida, I. Kataoka, M. Mori, An experimental study on bubble rise path after the departure from a nucleation site in vertical upflow boiling, Experimental Thermal and Fluid Science 29 (2005) 287–294.

[5]       T. Okawa, T. Ishida, I. Kataoka, M. Mori, Bubble rise characteristics after the departure from a nucleation site in vertical upflow boiling of subcooled water, Nuclear Engineering and Design (Festschrift Edition Celebrating the 65th Birthday of Prof. Richard T. Lahey, Jr.) 235 (2005) 1149–1161.

[6]       E. L. Bibeau, M. Salcudean, A study of bubble ebullition in forced-convective subcooled nucleate boiling at low pressure, International Journal of Heat and Mass Transfer 37 (1994) 2245–2259.

[7]       O. Zeitoun, M. Shoukri, Bubble behavior and mean diameter in subcooled flow boiling, Transactions of ASME, Journal of Heat Transfer 118 (1996) 110–116.

[8]       R. Situ, Y. Mi, M. Ishii, M. Mori, Photographic study of bubble behaviors in forced convection subcooled boiling. International Journal of Heat and Mass Transfer 47 (2004) 3659–3667.

[9]       T. Okawa, I. Kataoka, M. Mori, Numerical simulation of two-dimensional bubbles initially flattened along a flat plate, Numerical Heat Transfer Part A: Applications 49 (2006) 393–409.

[10]   T. Okawa, H. Kubota, T. Ishida, Simultaneous measurement of void fraction and fundamental bubble parameters in subcooled flow boiling, Nuclear Engineering and Design (accepted).

[11]   久保田隼人、大川富雄、片岡勲、「鉛直加熱面における蒸気泡の離脱機構に関する研究」、日本混相流学会年会講演会、C133 (2006).