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セルオートマトン法を用いた避難行動のモデル化と予測

山本 和弘


名古屋大学 助教授
大学院工学研究科 機械理工学専攻
kazuhiro@mech.nagoya-u.ac.jp

1. はじめに

 近年,地震や台風の被害が多くなっている.東海地震も予測されていることから,このような自然災害に対し住民が日頃適切な危機意識を持ち,円滑な避難行動の意思決定が行われることが理想的である.しかし人的な災害,例えば火事などの突発的な状況下では,パニックに陥ることが多い.表1に火災時を想定した避難行動のアンケート結果を示す.スーパーマーケットにおいて,火災の避難実験を行い,300人を対象にどの方向に避難したかを統計的に調べたものである[1].これによると,煙から遠ざかるため他人が一斉に移動する方向に避難することが多いことがわかる.これは必ずしも安全ではなく,誘導路や係員が指示した方向に避難するほうがより確実であることは言うまでもない.

表1 火災時を想定した避難実験の結果
1看板や人の指示に従い避難した46.7%
2煙のない方向に避難した26.3%
3一番近い出口に向かった16.7%
4周りの人についていった3.0%
5多くの人が向かう方向を避けて避難した3.0%
6外が見える大きな窓のほうへ向かった2.3%
7普段使っている出口へ向かった1.7%

 どのような避難路の設定が,一番効率よく安全を確保できるかを決定するのは難解な作業である.なぜなら,群集の避難行動や避難時間を決定するものとして,出入り口の位置やフロア−の構造など建物に関するものと,人間がパニックになったときや密集時の行動パターンのような心理的なものがあるためである[2-4].また,火災や地震などの災害が実際に起きた場合,被害を最小にするための行動指針をあらかじめ把握しておくことも重要である.実際の災害時のデータを蓄積する必要があるが,災害の規模や建物の大きさなどをあらかじめ想定した訓練やデモ実験を行うことはできない.そこで,数値的に現象を模擬(数値シミュレーション)することが望ましいが,避難時の群集行動をモデル化し,その行動を事前に予測すること自体が難しく,例えば流体現象を解析する場合のように方程式を立てて,解を得るようなアプローチを群衆行動に対して適用することができない.
 そこで我々は,セルオートマトン法に注目した.この方法では,時間,空間,対象とする系をある状態量で離散化し,単純な近傍ルールを設定して,その状態量を更新していくものである.系を構成する要素間の相互作用から系全体のとしての挙動を表すことができ,さらに,単純な更新ルールでも複雑な様相が現れるため(創発とも呼ばれる),複雑なシステムの有力な解析手法として近年注目されている[5].例えば,我々の経済活動のような現象が挙げられる.個々の要素である消費者の相互作用により系全体としての挙動が現れるので,創発的な現象といえる.そのような系では対象となる現象をモデル化し,構築した数学モデル(支配方程式)を解く従来の工学的手法では解析ができない.そこで,系を構成する群集と系内の要素をモデル化し,それらのミクロな相互作用からマクロ(全体)を予測する方法が有効である.セルオートマトン(CA)は,系を構成する要素間の相互作用をもとに系全体の挙動を発展させていくため,複雑系に対するモデル化手法として有力視されている.これまでに,人や車などの交通流[6-8],流体解析[9-12],さらには経済・流通活動予測など様々な分野で応用されている.
 本報では,我々が新たに提案した実数型セルオートマトン法(Real-coded Cellular Automata, RCA [13])について解説する.これまでの解析例をいくつか紹介し,今後の展望について述べる.

2. セルオートマトン法

 まずはじめに,セルオートマトン法の解析手法について説明する.1次元のもっとも単純なモデルを図1に示す(ルール184モデルとも呼ばれる[5]).まず,ある通路を考え,それをいくつかのセルに分割する.人がいるセルには状態量として「1」を,またいないセルには「0」を割りふる.時間はある離散化した時間ステップごとに考えることにする.それぞれが各時間ステップに右方向に1セルづつ移動していくが,前の時刻に移動する方向のセルに人がいた場合は,次の時間ステップでもその場所にとどまることにする.
 適当な初期条件を与えて動かしてみると,人ごみの中で人(セルの状態は1)が右に移動していく様子が計算により模擬できる.人の代わりに車を考えると,車間距離が詰まってくると後ろから近づいてきた車はスピードを落とす現象がこのような1と0を用いた単純な計算モデルでも再現され,交通渋滞が模擬される.また,これを2次元に拡張したモデルが図2の2次元4方向セルオートマトンモデルであり,避難行動の解析に広く用いられている.

(a)(b)

図1 1次元セルオートマトンモデル
((a)は実際の人の動き,(b)は人の存在の有無を1と0で単純化している)


図2 2次元4方向セルオートマトンモデル

 しかし実際に人の流れを,この4方向モデルで解析することができるだろうか.上下左右のセルに移動する場合はよいが,斜め方向に進むとき問題が生じる.一例として,上に行ってから右に移動する経路Aと斜めに移動する経路Bを考える(図3).この人の移動を4方向モデルで再現すると,人の移動が上下左右に限定されるので,斜め方向への移動ができず上と右への移動を交互に行いジグザグに移動することになる.本来は斜めに進むことで移動距離が短くなるはずであるが,この4方向モデルでは斜めに移動することができないので,経路Aと経路Bの移動距離が同じになってしまう.これにより,避難時間を正確に見積もることができないため,問題であった.

(a) 実際の人の動き(b) 2次元4方向モデルでの動き

図3 2次元4方向モデルでの斜めに移動する場合

3. 実数型セルオートマトン法(Real-coded Cellular Automata, RCA)

 そこで我々は,分子の動きを簡略化しているものの分子(仮想)の速度や位置を自由に設定できる実数型格子ガス法(Real-coded Lattice Gas, RLG [14,15])に着目した.この考えをもとに,人の位置,方向,速度を自由に設定できる実数型セルオートマトン法(Real-coded Cellular Automata, RCA)を提案した[13].これにより,速度を実数で扱うことができ,方向についてもセルの向きにとらわれず自由に設定できることになる.すなわち,人(対象)は従来のセルオートマトンの方法とは異なり,あらゆる速度ベクトルを持つことができる.時間に関しては従来のものと同様,離散的な値をとる.人(対象)の存在位置は格子点上であり,その移動は現在の位置に速度ベクトルを加えることによって行われる.ここで,解析方法について詳しく説明する.
 いま,ある人の持つ速度ベクトルを vi とするとき,そのx方向,y方向成分に分け,それぞれ vxivyi とする.その速度成分 vxivyi をさらに整数部分 [vi] と小数部分 {vi} に分離する.

(1)

 存在位置は常に格子点上となる.そこでまず,整数部分により上下左右方向に格子点の数だけ移動することにする.残りの小数部分については,この端数の移動を確率過程として表すことにする(図4).


図4 実数型セルオートマトン法の移動過程

 図中の格子点(a),(b),(c),(d)の点に移動する確率をそれぞれ papbpcpd とすると,それぞれ以下のように与えることにする.

(2)
(3)
(4)
(5)

すなわち

(6)
(7)
(8)
(9)

となる.当然確率であるので

(10)

が成り立つ.すなわち,小数部分の移動をこの確率により周囲4方向の格子点に移動させたと考えるわけである.もちろん,4つの格子点の中でもベクトルの先端位置から1番近い頂点を選ぶ確率が高くなるが,他の点を選んで移動することもある確率で起こる.これにより,斜め方向の移動がより現実的に扱えることになる.また,人同士の衝突を避けるため,個々の人が向きを変える過程を計算に入れている.例えば,ある人がある方向に移動しているとする.前方に壁がある場合や,反対方向から人が向かってくる場合は,向きを変えることにした.今回はその過程を簡略化し,元の方向からの変換量を+45°,または−45°とした.次章では,本解析を用いた結果を2つ紹介する.

4. 解析結果

4.1 アーチ形成の計算

 解析範囲30m×15mとし,1格子の長さを1m,1時間ステップを1秒とした.領域左より解析領域に流入する人は,すべて右中央部にある出口へ向かう.出口では,一度に2人ずつ出ることができる(位置x=30,y=7,8).100秒まで,計算領域の左側から毎時間,場所はランダムで1〜4人を流入させた.

(a) 31秒後の人の様子
(b) 188秒後の人の様子

図5 アーチ形成

人の移動速度は1.2m/sである.計算開始から時刻31秒と188秒後の人の位置と移動方向を図5に示す.赤色の点は人を示し,ベクトルによりその人の向きを表している.計算初期にランダムに流入させた人が,出口付近で停滞し,人のアーチ(青い点線で示す)が形成されていることが確認できた(図5(b)).このような現象は,建物内の火災時などで大勢の人々が一斉に避難する場合に見られる.出口から外に出る人数が限られているため,出口付近で人がたまる現象で,時に大勢の死者を出す災害に発展することがある.

4.2 レーン形成の計算

 二つ目は通路でのレーン形成である[13].例えば夏祭りのような場合に人が密集して移動している様子を想像してほしい.この場合,同じ方向へ進む人が自然に互いに列をつくり,図6のように,スムーズな流れが自発的にできる.


図6 レーン形成過程の模式図


図7 レーン形成の様子
(赤と青の矢印は形成されたレーン,ピンクの点線部は渋滞を表す)

ここでは,解析範囲30m×15mで,1格子長さを1m,1タイムステップを1秒とした.解析範囲の左右から毎タイムステップごとに,場所はランダムで1〜4名の人が速度1.2m/sで流入する.人の移動の様子を図7に示す.赤色の点は右に行く人,青色の点は左に行く人を示している.このように,自然に歩行者のレーンが形成される様子が本解析により確認できた.

5. まとめ

 平成13年に兵庫県明石市の花火大会において,会場に向かう観客と帰路についた観客が押し合いになり,群集なだれの事故が起きた.大勢の人々が参加するようなイベントでは,あらかじめ防災の指針を策定することが必要不可欠である.特に建物内の場合は,安全面からも事前に避難行動を予測し,適切な避難路を確保することが望ましい.火災時などにおける建物の安全性をもっとも簡単に知る方法は,実際に同じ建物を用意し,多くの人に協力してもらい避難実験をすることである.しかし,それには莫大な時間とコストがかかる.現存する建物や新しく建造される建物すべてに対して,実際に避難実験をすることは現実的ではない.今回提案する手法を用いることにより,より簡単に人々の災害時の避難行動を予測し,密集時の行動を考慮した安全指針を策定することができるものと思われる.今後より多くの事例を解析し,また実験と比較することでモデルの改善を行っていく予定である.

謝辞

 本報告は,名古屋大学大学院工学研究科博士課程(前期)の小久保聡君の研究内容をもとに解説を行ったものである.ここに謝意を表す.

【参考文献】
[1]K. Nishinari, “Extended Floor CA Model for Evacuation Dynamics.”, IEICE TRANS. INF. &SYST., VOL.E87-D (2004) 726-732.
[2] D. Helbing, I. Farkas, and T. Vicsek, “Simulating dynamical features of escape panic.”, Nature vo.407 (2000) 487-490.
[3]C. Burstedde, K. Klauck, A. Schadschneider, J. Zittartz, “Simulation of pedestrian dynamics using a two-dimensional cellular automaton.”, Physica A, vol.295 (2001) 507-525.
[4]A. Kirchner and A. Schadschneider, “Simulation of evacuation processes using a bionics-inspired cellular automata model for pedestrian dynamics.”, Physica A, vol.312 (2002) 260-276.
[5]今野紀雄,複雑系,ナツメ社,1998.
[6]K. Nishinari and D. Takahashi, "A New CA Model for Traffic Flow with Multiple States", J. Phys. A:Math. Gen., Vol. 32 (1999) pp.93-104.
[7]K. Nishinari, "A Lagrange representation of cellular automaton models of traffic flow", J.Phys.A:Math.Gen., Vol. 34 (2001) pp.10727-10736.
[8] J. Matsukidaira and K. Nishinari, "Euler-Lagrange correspondence of cellular automaton for traffic-flow models", Phys. Rev. Lett., Vol. 90 (2003) p.088701.
[9]U. Frisch, B. Hasslacher, and Y. Pomeau, “Lattice-Gas Automata for the Navier-Stokes Equation.”, Phys. Rev. Lett., vol.56 (1986) 1505-1508.
[10]山本和弘,小沼義昭:格子ガスオートマトン法による燃焼場の数値計算,日本機械学会論文集(B編)67巻663号, pp.2871-2876, 2001.
[11]山本和弘:Flameletモデルを適用した燃焼場の格子ガスシミュレーション,日本燃焼学会誌44巻128号, pp.97-102, 2002.
[12]K. Yamamoto, Discrete Simulation of Reactive Flow with Lattice Gas Automata, IEICE Trans. on Inf. Systems, Special Issue of IEICE on Cellular Automata, Vol.E87-D, No.3, pp.740-744, 2004.
[13]K. Yamamoto, S. Kokubo, and K. Nishinari, C&CA-2006, 1st International Workshop on CROWDS & CELLULAR AUTOMATA, France, 2006.
[14]A. Malevanets, R. Kapral, Europhys. Lett. 44 (1998) 552-558.
[15]Y. Hashimoto, “Immiscible real-coded lattice gas.”, Computer Physics Communications 129 (2000) 56-62.