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骨太のエネルギーロードマップ

藤岡 恵子


株式会社ファンクショナル・フルイッド
代表取締役
kfujioka@functional-fluids.co.jp

1. はじめに

 前世紀以来の化石燃料大量消費にともなうエネルギー問題、地球環境問題は、化石燃料資源の枯渇と二酸化炭素増大による温暖化問題として顕在化し、京都議定書の合意から発効への過程はCO2排出削減への広い社会的関心を喚起してきた。これに対して、一次エネルギー源の多様化、エネルギー利用効率の向上、再生可能エネルギーの利用拡大など種々のレベルで解決が図られており、各分野での要素技術開の進歩も著しい。例えば、私達が開発を行ってきた気固系ケミカルヒートポンプの分野では、その中心的課題である固体反応層の伝熱促進について数多くの研究がなされ非常に高い熱伝導性を持つ反応材料が開発されている。これについては「伝熱」2006年7月号「高熱伝導性ケミカルヒートポンプ反応材」に詳述したので併せてご覧いただけると幸いである[1]。
 しかしながら、開発段階にあるエネルギー技術が真に実用性のある技術に成熟するには個々の技術的課題の克服だけではなく、他の技術分野との連携、エネルギー情勢やエネルギー利用社会の未来像などを含めた広い視野での見通しの良さが必要だろう。この認識のもとで、実在技術にもとづいた実効性あるエネルギー技術の可能性を示すロードマップを作成しようと化学工学会エネルギー部会を中心に「骨太のエネルギーロードマップ」プロジェクトを進めてきた。本稿では、学会や分野を超えた多くの方々にご協力いただいて2005年10月に第一集[2]を出版した「骨太のエネルギーロードマップ」を紹介したい。

2. 「骨太のエネルギーロードマップ」の目指すところ

 近未来のエネルギー利用シナリオとしてのエネルギーロードマップはすでに数多く[3]公表されているが、「骨太のエネルギーロードマップ」ではエネルギー技術に携わる人々に夢と希望を与える将来ビジョンとそれへの道のりを示すことを目指した。そのために、エネルギー変換・利用技術の将来展望とならんで様々な視点からの理想のエネルギー共生社会の提案を中心的な内容とし、いくつかの領域のエネルギーロードマップのレビューも加えた。具体的な構成としては、主要部分である技術ロードマップは
  • エネルギー変換(燃料電池、石炭ガス化、バイオマス、コージェネレーション等)
  • 熱利用(顕熱蓄熱、潜熱蓄熱、吸着ヒートポンプ、化学蓄熱・ケミカルヒートポンプ、デシカント空調等)
  • エネルギー共生社会(省消費型社会、わが国の森林、隣組コージェネ、エネルギー産業間利用、サスティナブルなまちづくり等)
  • エネルギーロードマップレビュー(エネルギー需給、工業排熱、水素、原子力)
の4つの部分、34の個別マップから成る。
 各マップは、スタート(現状分析)、ゴール(5年後の目標、理想の目標)、プロブレム(解決すべき課題)、ロードマップ(課題解決の方法と道筋)、ベネフィット(期待できる効果と実システムに対する優位性の提示)、ドリーム(技術の実現によって得られる将来への希望)と積み上げてゆく共通の構成をとって目標とブレークスルー課題の明確化を図った。また、確かな技術的根拠に基づいた将来予測は困難であるが、あえて60点主義をとって厳密さよりも可能性の芽を残す方針を選んだ。

3. 骨太提言、骨太夢タウンの提案

 各ロードマップの執筆と並行して行った4回のワークショップで討議を重ねて、豊かで持続的くらしに向けたエネルギー利用のための5つの提言と、これが実現したエネルギー社会の理想形として骨太夢タウンを提案した。

骨太提言 1.自然の中に生かされていることを自覚し、自然の恵みであるエネルギーを有効に利用する。
骨太提言 2.エネルギーをうまく変え、うまく流す技術の開発でビジネスチャンスを創出する。
骨太提言 3.エネルギーの「変える」、「貯める」、「運ぶ」を効率的に実現する新しい材料をつくる。
骨太提言 4.柔軟なエネルギー連携ができる社会システムをつくり、エネルギーを質的に使いきる。
骨太提言 5.暮らし方を工夫し、少しのがまんで楽しく暮らすエネルギー社会をつくる。


図1 骨太夢タウン[2]

4. CO2削減効果

 技術ロードマップを構成する各技術が導入された場合のCO2排出削減への寄与を,短期的目標として設定した2010年度と骨太技術が理想的に導入されると想定した2030年度について推算した(図2)。各年度のエネルギー消費量は、総合資源エネルギー調査会需給部会が2004年10月に発表した「2030年のエネルギー需給展望(中間とりまとめ)」のレファレンスケースに基づいたわが国全体の値とした。
 2010年度では、骨太技術によって基準ケースの3.4%のCO2排出削減となるが、京都議定書で決められた1990年度比マイナス6%はもとより、地球温暖化対策推進大綱で目標としている1990年度同水準への抑制にも及ばない。骨太技術が理想的に導入されたと仮定して算出した2030年度のCO2排出量は、基準ケースに対して0.27 Gton(22%)低減した。これは1990年の11%に相当し、骨太技術開発と市場導入がロードマップの予測どおりに進展すれば京都議定書の目標が容易に達成できるという試算結果になった。CO2削減に占める各技術の割合は、2010年度では原子力とバイオマス・廃棄物が87%と大きい。2030年度でも依然として原子力とバイオマス・廃棄物の比率は高いが、この時期になると蓄熱、ケミカルヒートポンプ、コージェネレーション技術が民生分野を中心に本格的に導入されるとの予測を反映して、これら技術による削減効果が大きくなっている。産業分野ではエリア内で熱エネルギーのやりとりを行う産業間連携の寄与が大きく、限界に近づきつつある個々のプラントでの省エネ対策に代わる手段として注目に値するだろう。


図2 骨太ロードマップ技術によるわが国のCO2削減効果と貢献割合[2]

5. おわりに

 「骨太」という語は、時流に流されない、強度と靭性を備えたビジョンという意味を込めて名づけた。本プロジェクトが発足した2001年度は、新生小泉首相のもとで「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」が「骨太の方針」と呼ばれて世の耳目を集めた時期でもあった。小泉政権は9月で終わるが、「骨太のエネルギーロードマップ」はフィードバックとより広い分野のエネルギー技術を取り込んで、これからも発展させて行きたいと考えている。エネルギー技術に関わる方々が一人でも多く次代骨太ロードマップへ参加くださることをお願いしたい。

【参考文献】
[1]藤岡恵子、「伝熱」、vol.45、 No.192、「高熱伝導性ケミカルヒートポンプ反応材」、2006
[2]化学工学会エネルギー部会編、「骨太のエネルギーロードマップ」、化学工業社、2005
[3]例えば、通商産業省による「2030年のエネルギー需給展望」、IEAのEnergy to 2050 (Scenarios for sustainable future)、米国EPRIのElectricity Technology Roadmapや、個別プロジェクトについてはEUの水素エネルギーロードマップHydrogen Energy and Fuel Cells − a Vision of Our Future -、米国ODEのA National Vision of America's Transaction to A Hydrogen Economy − To 2030 and Beyond、MITの原子力エネルギーロードマップMIT Report (The future of nuclear power)など。