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宇宙用放熱器「液滴ラジエーター」の研究
戸谷 剛

北海道大学 助手
大学院工学研究科 機械宇宙工学専攻
1.はじめに

 平成10年度以降、液滴ラジエーターについて、微小重力実験も含めて研究を行ってきました。液滴ラジエーターは宇宙用の放熱器です。国際宇宙ステーション(ISS)での最大電力量は110 KWですが、我々が研究しているラジエーターは、ISS10倍以上(MW(メガワット)〜GW(ギガワット))の電力を使用する大型宇宙構造物(例えば、宇宙太陽発電所など)用のラジエーターです。

 図1はISSで使われているラジエーターです。ラジエーターが結構な大きな面積(長さ23 m)を占めていることに気づくのではないでしょうか?最大使用電力110 kWISSでも排熱するためにこのぐらいの面積を必要とします。ラジエーターが大きくなると次のことが問題となります。

○ 大きくなればそれだけ重くなり、地上からの打上げが大変。
○ 小さく折りたたんで宇宙へ打ち上げるのですが、大きいラジエーターは小さく折りたたむことが大変。小さく折りたためても今度は宇宙で展開させることが大変。
○ 図1のラジエーターの中には作動流体(アンモニア)が流れて、居住区内の熱をラジエーターまで輸送していますが、広い面積のラジエーターであるほど、宇宙デブリや小隕石と衝突し、穴が開く危険性が高くなります。(一度穴が開くと、その部分から作動流体が流れ出し、最悪の場合、機能不全となってしまいます。)
2.液滴ラジエーター

 図2に液滴ラジエーターの概念図を示します。液滴ラジエータは熱交換器、液滴生成器、液滴回収器および循環ポンプから構成されます。作動流体は以下のように循環します。作動流体はまず、熱交換器で宇宙構造物内の廃熱を吸収します。その後、液滴生成器から微小液滴として直接、宇宙空間に射出されます。宇宙空間に射出された微小液滴は、表面から放射冷却によって宇宙空間へ排熱します。冷却された液滴は液滴回収器で回収され、循環ポンプによって再び熱交換器に戻されます。

 液滴ラジエーターは放射冷却される面に壁面を必要としないため、システム全体の重量を軽くすることができます。NASAWhite博士[2]は、フィン・パイプを持つ従来型ラジエーターより5倍から10倍軽くすることができると述べています。具体的な値を示すとフィン・パイプ型ラジエーターが0.2 kW/kgなのに対し、液滴ラジエーターは1.4 kW/kgが可能であるとしています。液滴ラジエーターは、放射冷却面に壁面がないため、放射伝熱面にデブリスや小隕石が衝突しても、衝突した部分の作動流体が消失するだけで、従来型ラジエーターでは起こり得る配管に穴があくことによる作動流体の流失といった危機的状況には陥らない利点を持つこと、放射冷却面に壁面がないため、地上での収納、軌道上の展開に優れています[3,4]

3.液滴ラジエーターと微小重力実験

 微小重力下における液滴ラジエーター要素の性能についての研究は十分に行われてきていませんでした。そこで著者らは、液滴ラジエーターの微小重力下での機能・性能について検証するために、株式会社日本無重量総合研究所(MGLAB)、株式会社地下無重力実験センター(JAMIC)のドロップシャフトを利用し、短時間微小重力実験を行ってきました[5-9]。次にこれらの実験についてご紹介しましょう。

3.1 液滴生成器の微小重力下での性能[5,6]

 液滴ラジエーターは宇宙空間に射出した液滴をほぼ100%(許容ロスは100万個に1個)回収しなければなりません[1]。回収できない液滴が多いと作動流体不足につながる恐れがあるためです。

 図3は通常重力下と微小重力下での液滴流の画像です。黒く写っているのが液滴です。この図から微小重力下でも作動流体の液滴径、液滴間隔および液滴射出方向が等しい均一液滴流が生成されていることがわかります。
3.2 液滴回収器の微小重力下での性能

 液滴回収器は高速で飛行してくる液滴を飛散することなく回収することが求められます。液滴回収器は宇宙空間に曝露されて用いられるため、飛散はそのまま作動流体量の減少につながるからです。また液滴回収器は循環ポンプへ作動流体を送り込む能力を持つことが必要です。地上であれば大気の圧力があるため、大気圧と循環ポンプ入口の圧力差が液滴回収器と循環ポンプ間の摩擦を上回り、作動流体が循環ポンプまで到達することはありますが、宇宙では液滴回収器は高真空の宇宙空間に曝露されることから、圧力差によって流体が循環ポンプに達することはありえません。したがって、循環ポンプへ作動流体を送り込む能力が液滴回収器には必要なのです。

3.2.1 液滴捕集実験[6]

 図4は,作動流体の捕集をする際に液滴回収面での飛散の有無を確認する観測部を示します。図5は,微小重力下で液滴流をアルミ板に衝突させたときの画像です。これらの図から今回用いた均一液滴流の場合は飛散がなく、不均一液滴流の場合は飛散が発生していることが分かります。これは不均一液滴流内に含まれる径の大きい液滴が飛散したためであると考えられています。このことから宇宙空間で、ほぼ100%液滴を捕集するためには、液滴生成器で均一液滴流が生成されることが必要条件となることが分かりました。
3.2.2 遠心式液滴回収器の性能試験[7,8]

 遠心式液滴回収器(図6)は回収器自体を回転させることによって発生した流れの速度と圧力によって、回収した作動流体を循環ポンプへ送出することができる回収器です。

 図7は遠心式回収器を223 r.p.m.で回転させたとき、遠心式回収器が作動流体を送出する様子を撮影したものです。写真の下部に示した時刻は落下開始時刻を0秒としている.これらの図から本研究で用いた遠心式回収器は、微小重力下において作動流体を送出する能力があることがわかります。
3.3 ギアポンプの微小重力下での機能[9]

 図8に示すように、ギアポンプは、地上では大気圧により作動流体がギアポンプに押し込まれるので機能しますが、宇宙では液滴回収器は真空空間に曝露されています。また、微小重力下では重力によるポテンシャルヘッドは小さいので、ギアポンプより上流の流体をギアポンプは送出できないと予想されます。そこで本試験では、ギアポンプの微小重力下での作動流体送出能力を調べるとともに、ギアポンプ上流部に真空部がある場合のギアポンプの性能と真空部より上流部に送出圧力をかけた場合のギアポンプの性能を調べることにしました。

 図9は、ギアポンプの上流部および下流部に大気圧がかかっている時の流量データです。起動後3.2秒までは流量の変動が観測されているが、3.2秒以降は上流部と下流部の流量は設定値でバランスしていることがわかります。このことからギアポンプは微小重力環境でも問題なく機能することが分かりました。

 図10は、ギアポンプ上流・下流部に真空部がある場合の流量データです。ギアポンプの上流部および下流部の流量は0であることがわかります。これはギアポンプ上流部に真空部が存在するため、真空部よりも上流にある作動流体をギアポンプは微小重力環境下において搬送できないことを意味します。通常重力下であれば、重力の効果で例えば配管の下部が作動流体で満たされれば、ギアポンプは機能する可能性があるが、微小重力下では期待できないことが分かります。

 図11は、ギアポンプ上流部に真空部があったとしても、真空部より上流に作動流体を押し込む能力がある機器があった場合、微小重力下でのギアポンプの性能がどのように変化するかを調べた実験の結果です。このグラフからギアポンプ上流部に真空部が存在しても、真空部上流に作動流体を押し込む能力を持つ機器があれば、ギアポンプは機能することがわかります。図9と比べても設定値に早くバランスしていることから、ギアポンプ上流部の機器に作動流体を搬出させる能力があるほうが望ましいことがわかります.この点を考えると、ギアポンプ上流にある液滴回収器には、作動流体を搬出能力のある遠心式液滴回収器が望ましいと言えます。
3.4 微小重力下での作動流体の循環実験

 液滴生成器、遠心式液滴回収器、ギアポンプが微小重力下で機能する条件および微小重力下での性能が明らかになったことから、これら3要素を組み合わせて作動流体の循環実験を行うことにしました。図12は実験装置の外観図です。

 図13は実験結果を示します。この図を見て分かるように、液滴生成器、液滴回収器、ギアポンプを組み合わせることで、微小重力下でも作動流体の循環が可能であることが分かりました。
4.おわりに

 液滴ラジエーターに関する,微小重力実験および結果についてご紹介させていただきました。実験室で機能するように実験装置を作り上げ、通常重力下で機能するのだから、微小重力下でも機能するだろうと予想して、微小重力実験に臨むのですが、微小重力になってはじめて起こる現象によって実験がうまくいかず、次の日の実験までに装置を改良したり、調整したりすることが多かったと思います。微小重力状態になってはじめて起こる装置の不具合も多く、宇宙用の機器・装置の開発という点でも微小重力実験は重要なものであると言えます。

謝 辞

 本研究は、(財)日本宇宙フォーラムが推進している「宇宙環境利用に関する地上公募研究」プロジェクトの一環として、また、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(B)(2) 課題番号 10450369)を頂いて、実施したものである。最後に微小重力実験実施にあたりまして、株式会社 地下無重力実験センター,株式会社 日本無重量総合研究所の方々には大変お世話になりました。記して、感謝の意を表する次第であります。

参考文献

1.http://jda.jaxa.jp/jda/p4_j.php?f_id=1664&mode=level&time=N&genre=2&category=2014
2.  White, K. A.: Liqiud Droplet Radiator Development Status, Proc. AIAA 22nd Thermophysics Conference, Honolulu, Hawaii, Jun. 1987, AIAA-87-1537, (1987)

3.  Taussig, R. T. and Mattick, A. T.: Droplet Radiator Systems for Spacecraft Thermal Control, Journal of Spacecraft and Rockets, 23, 1, (1986), 10-17
4.  Massardo, A. F., Tagliafico, L. A. and Agazzani, A.: Solar Space Power System Optimization with Ultralight Radiator, Journal of Propulsion and Power, 13, 4, (1997), 560-564
5.  戸谷 剛,伊丹雅洋,藪田 茂,永田晴紀,工藤 勲,岩崎 晃,細川俊介: 液滴ラジエータ用液滴生成器の微小重力下での性能,日本機械学会論文集(B編),68(668)(2002)1166-1173
6.  Totani, T., Itami, M., Nagata, H., Kudo, I., Iwasaki, A. and Hosokawa, S.: Performance of Droplet Generator and Droplet Collector in Liquid Droplet Radiator under Microgravity, Microgravity Science and Technology, XIII/2, (2002), 42-45
7.  戸谷 剛,伊丹雅洋,藪田 茂,永田晴紀,工藤 勲,岩崎 晃,細川俊介: 液滴ラジエータ用遠心式液滴回収器の微小重力下での性能,日本機械学会論文集(B編),68(674)(2002)2780-2787
8.  Totani, T., Itami, M., Nagata, H., Kudo, I. and Iwasaki, A.: Measurement technique for pumping performance of a centrifugal collector under microgravity, Review of Scientific Instruments, 75(2), (2004), 515-523.
9.  戸谷 剛,永田晴紀,工藤 勲: 短時間微小重力実験による液滴ラジエータ要素の機能試験,日本マイクログラビティ応用学会誌,20, 1, (2003), 22-29
 

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