93期部門長挨拶 -モノづくりの変革を牽引する生産システム部門へ-
1988年、急速に進展するメカトロニクス技術、情報技術を用いて生産工場の自動化を行うFA化をシステム技術という視点で捉え、研究をリードする部門として、生産システム部門の前身であるFA部門が設立されました。10年前、生産システム部門と名称を変えて以降も情報技術の進展は著しく、インターネットが世界の隅々まで一つにつなぎ、Wi-Fi、スマートフォンが世界各国で普及するなど、工場を取り巻く環境に大きな変化をもたらしています。大量のデータを扱う情報記憶媒体や高速演算装置の小型低コスト化もとどまるところを知りません。その結果、情報の処理・流通コストは圧倒的に低下し、人々が情報機器を操作するハードルも大きく下がりました。
こうした時代背景の中で、昨今、世界中で製造と情報技術の融合による製造業の変革という動きが盛んになってきています。ドイツでは国を挙げて、情報技術を活用した製造業高度化に向けたイニシアティブであるIndustrie4.0が推進され、昨年、今年とハノーバーメッセで大きな話題となりました。また、アメリカでも、GE、シスコシステムズなどが中心となりインダストリアル・インターネットやInternet of Things(IoT)に関する普及推進団体「Industrial Internet Consortium(IIC)」が設立され、全世界から100以上の企業、大学、政府機関、研究所が加盟し、大きな潮流をつくろうとしています。
一方、日本では、21世紀初頭、国内市場の均衡、円高などの影響により海外への工場移転が加速し、国内工場も赤字化、閉鎖といった状況が製造業全体に広がりました。しかし、ここへ来て日本に立ち返り、今一度、日本の製造の技術、技能を磨き上げ、競争力を再構築していこうという流れが出てきています。今こそ日本の文化、環境に根ざしたモノづくりを大局的に捉え、未
来の生産システムの姿を共有し、実現に向けて共に切磋琢磨する、そのような場づくりが求められています。
生産システム部門では、このような声に応えるべく、一昨年“アディティブマニュファクチャリングにおける生産システム工学の研究分科会”を立ち上げ、3Dプリンタに代表される積層造形技術の研究会を開始しました。そして、昨年は“インターネットを活用した「つながる工場」における生産技術と生産管理のイノベーション研究分科会“を設置し、「日本流の製造におけるIoTとは何か?」、「工場がつながるとは何か?」などをテーマに毎回50人前後の産官学の参加者が熱い議論が交わしています。さらに、この分科会を母体に、今年の6月18日、インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(IVI)が設立され、“ゆるやかな標準”によるIoT時代の新たなモノづくりネットワークの形成の模索が始まっています。このように、生産システム部門は今の時代を捉え、動き始めています。
生産システム部門の専門領域は、生産活動をシステムとして捉え、企業経営と生産を工学的アプローチでつなぐ総合的な工学分野です。よって、生産システム部門の産業界、そして社会との関わりは密接であり、現実の産業、社会と未来をつなぐ重要な役割を担っていると私は思います。生産システム部門は、生産システムの視点から、社会的、経済的に意味のある問題を提起し、その概念形成を行い、その概念を実現するための要素技術の発展すべき方向について示唆を与えていくこと、逆に新たに生まれてきた要素技術の用途開発を行うことにより問題解決策を導くことに貢献していかねばなりません。
たとえば、パーソナライズされたニーズに応えるためにモノとサービスを同時供給するスキーム、最適な協業先とグローバルに連携して一つ屋根の下の工場のごとく生産・供給活動を行うグローバル生産システム、人と機械がパートナーとしてそれぞれの得意技を発揮し協業する人・機械共存型生産システムなど、新たなモノづくりのシーンを描きながら具体的な技術課題を形成していくことが必要です。大前提としての持続可能な社会を実現していくための生産活動のあり方も大きなテーマだと思います。これらのテーマは、一つのキラー技術で一気に解決するものではなく、システムとしての複合技術といくつかのボトルネックの革新によって解決されるものです。そこで生産活動をシステムとして捉えて、工学的解決を試みる生産システム工学のアプローチが不可欠であり、生産システム部門が活躍すべき研究領域、活動はまだまだ無限にあるといえるでしょう。
このような認識の下に、今後のモノづくり競争力強化を見据えた生産システム部門の方向性は次のように考えます。
・社会、生産経営を俯瞰的に捉えた問題定義、研究対象モデルの設定に大きな価値を認める。
・ハード、ソフト、人・組織の要素を総合的に捉えた研究テーマ形成と共有の場を形成する。
・要素技術の進展、標準・規制などの変更を捉え、積極的な活用研究と更なるニーズの発信を行う。
生産システム部門に携わる人材は、これら活動を通じて、技術横断的思考、全体俯瞰能力、問題解決型思考、文化・風土への洞察力などを養うことができ、教育研究界、産業界のいずれにおいても、次代を築くリーダの資質を磨くチャンスに恵まれるにちがいありません。人財輩出の上でも生産システム部門は大きなポテンシャルを持つと言えます。
以上、モノづくりの変革を牽引する生産システム部門として、活動をさらに活性化していけるよう部門長として尽力していく所存です。部門の皆様方も積極的な参画をどうぞよろしくお願いいたします。
2015年度(93期)部門長 光行恵司(株式会社デンソー)