100期部門長挨拶
「あぁ,この人たちはものを創ったことがないのだろうな」.なんのためらいもなく壊されたのであろう無惨な街の姿をメディアの報道で見ると,そう感じざるを得ない.ものづくりは,単なるかたちづくりではない.作り手は,そのものが生み出す機能や効果はもちろん,使う人のことを考え,できれば長く大切に使ってもらいたいと願っているに違いない.
生産システムは,ものづくりの体系化の結果に他ならない.システムとは何か?と問うことは決して少なくない.多くの場合,単純な仕組みを持つ要素の集まりとか,それらの要素が同じ目的を共有していると説かれる.理解できているとは言えないが,個人的には境がシステムを定義するという考えは何か本質的で惹かれる.たとえば,国境はすぐに思いつく単純かつ難解な境の1つである.この場合,システムの最適化とは,国境の内側すなわちその国の最適化であり,それ以外は考慮の対象とならない.もちろん受け入れ難いことではあるが,理と言えなくもない.そう考えると,境を定めないということが,目指すべきシステムの姿なのかもしれない.幸いなことに生産システムは,一企業の限られた工場という境を取り除き,必然的に範囲を広げつつある.その結果,多くの課題を抱え込むことになっていたとしても,方向性としては間違った歩みではないのだろう.
生産システム部門は,かつてのFA(Factory Automation)部門から名を変えて現在に至る.その活動も,文字どおりの生産工場の自動化,ひいては効率化や高度化から,生産システムの高度化,最適化へと活動の対象と範囲を着実に広げている.もちろん,生産システムを構成する個別の技術課題の研究と開発も依然としてその対象であることは言うまでもない.特にこの20年で情報処理技術の浸透は,生産システム部門の活動を大きく変えることになり,コロナ禍という困難な制約下においても,新たな発展に繋る可能性を秘めている.
生産システム部門の具体的な活動は,これまでの部門長の将来を見据えて立てられた計画を踏襲していくつもりである.順不同であげてみたい.
年次大会は今年度の富山大会よりオーガナイズドセッションを大きく見直している.具体的には,発表件数に対してセッション数が多すぎる感が否めないこともあり「生産システムの新展開」に対して「基礎・理論」と「応用・実践」の2つに絞ることにした.発表者にとっては申し込み区分が適切か判断しにくくなるマイナスの面もあることは把握しているが,先にも述べたようにあまり境を気にすることなく自由な意見交換を期待している.また,境を取り除く意味でも部門横断の取り組みには積極的に加わりたいと考えている.まずは,分野横断テーマ「機械・インフラの保守・保全、信頼性強化」に引き続き参画する.このテーマには,生産システム部門に加え,材料力学部門,機械材料・材料加工部門,動力エネルギーシステム部門,機械力学・計測制御部門,ロボティクス・メカトロニクス部門,情報・知能・精密機器部門,産業・化学機械と安全部門の8つの部門から成り,部門の境を超えた研究・開発活動の実現を模索している.特に今年度は,年次大会企画にてパネルディスカッションを予定している.参加者からの要望や意見を聞かせてもらえれば幸いである.また,来年3月には,情報・知能・精密機器(IIP)部門とのコロケーション形式の部門研究発表会を行う.この形式での会はすでに回を重ねており,単独での開催よりも多くの方に発表と聴講に参加してもらえている.今後も継続して行いたいと考えている.この発表会はオンラインでの配信・参加に加えて対面での実施を検討しており,両者の良い点を探りながら新しい交流の場を作り出すつもりである.国際会議の企画も継続の課題である.今年度は実施の予定はないが来年度に向けて準備の期間としたい.
コロナ禍で中断を余儀なくされている工場見学・講習会も再開に向けて検討を行いたい.コロナ禍においても運営委員の方達によりリモートでの開催の検討を続けているが,やはり現地での開催に利があるととらえている.特に工場見学は,現場の音や匂いなど肌で感じたときに起きるなんとも言えないわくわく感を大切にしたい.近いうちに実施を再開したいものである.調整が難しいのは承知の上で,同一あるいは異種の業種の異なる企業の工場見学を連続して行うことを願っている.たとえば,同じ製品を対象にしていても,理念や技術が異なるときに生産システムとしての姿に違いがあるのはもちろん,異なる製品を対象にしていても同じ仕組みの生産システムに出合うことがある.実は比較的制限の課されない大学の学生を対象にした見学では行ったことがある試みであり,これを社会人を対象とした見学会でも実現できればおもしろいのでないかと企んでいる.
部門の運営委員会には,これからを担う若手の先生にも運営に加わってもらっている.おこがましいことは承知の上で人材の育成も怠ることの無いように注意したい.思いばかりでどのくらい実現に漕ぎ着けるは甚だ自信はないが,個人的には幸い気のおけない運営委員の仲間達に恵まれて部門の活動を進めることができている.学会活動は新しい成果だけを発信する場ではないと理解している.どんな些細なことでも,普段の生産活動やこれからの取り組みなど,疑問に思うことがあれば,ぜひ声を聞かせていただきたい.特に年次大会や部門の発表会など機会を見つけて参加いただければ喜びである.
2022年度(100期)部門長 樋野 励(名古屋大学)