25.スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス
25.1 概論
本学会においてスポーツ工学・ヒューマンダイナミクスの分野を担当する,スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門(以下,当部門)は, 2020年度第98期より機械学会の新部門制移行に伴うS2のクラス分け「新規分野」というカテゴリで通常部門として承認され,2023年度第101期は部門4年目に当たる.当部門は,1989年に数名の発起人によって「スポーツ工学」の必要性が提唱され,以後スポーツに関連する工学的研究の推進,啓蒙,学会活動が推進されてきた.さらに1994年には「ヒューマン・ダイナミクス」の重要性も周知されるようになり,今日まで「スポーツ工学」と強い連携を保ちながら,様々な諸活動が進められてきている.これらの実績を踏まえ,2009年に「スポーツ・アンド・ヒューマン・ダイナミクス専門会議」が設立され,現在の「スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門」に繋がっている.本領域は本質的に分野横断的,学際的性質を有し,今後より発展していくためには,隣接領域だけでなく多様な領域の方々と連携,コラボレーションしていくことが益々重要となるであろう.
さて2024年はオリンピックイヤーである.夏のパリ・オリンピックおよびパリ・パラリンピックには,選手,競技団体のみならず,社会全体が盛り上がることであろう.当部門の研究者・技術者も,あくまで裏方ではあるものの,日本選手の活躍に対してさまざまな形で貢献しているものと考えられる.しかしこのような多くの貢献活動は,大会開催前には日本選手の優位性を保つため秘密裡に行われているものがほとんどである.大会後に,さまざまな貢献が明らかになることが期待される.
また学術的には,他分野と同様に,AI,いわゆる人工知能的な取り組みが本分野における研究開発活動においても多く見られるようになってきた.多くは画像認識の自動化といった方向性であり,人間や用具の動作を正確かつ迅速に測定することが常に課題となってきたスポーツ工学・ヒューマンダイナミクスの研究分野と非常に親和性が高いと考えられる.またスポーツ動作を深層強化学習により予測する研究なども見られており,スポーツとAIがオーバーラップする領域は,今まで思いも付かなかったような様々な展開が期待され,今後,大きな潮流となるのではと予想される.
本年鑑では次節以降で「スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス」全般について,そして2023年度に開催された,当部門主催の講演会「シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2023」について,各専門家に詳説いただいた.
〔中島 求 東京工業大学〕
25.2 スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス
まず,スポーツ工学における進展では,空力特性から各種ボールでの表面デザイン形状についての検討が行われた.特にサッカーボールでは,ワールドカップ毎にその公式級が設定されるため,継続的に検討が行われており,導入されたボールごとにその空力特性が明らかにされている[1].次にゴルフボールにおいては,その空力特性に大きく影響するディンプルと呼ばれる表面の凹形状について,ディンプルが占める体積比についての検討がなされ,揚力係数や抗力係数に与える景況が風洞実験および飛翔軌道シミュレーションによって検討された[2].
つぎにスポーツ動作に目を移すと,近年,スポーツ用具の構造変化が,スポーツのパフォーマンスの向上に大きく貢献するようになってきた.ここで,他の工業製品とは異なり,スポーツ用品は,ヒトが使用した時に,ヒトの動作特性にマッチさせることによって,パフォーマンスの向上につなげることができる.例えば,従来から,マラソンシューズの性能として軽量性が大きな性能を占めていた.このため,選手用のシューズにおいても薄型のソール構造が多く採用されていた.しかし近年,高い反発率を有する発泡樹脂と経時変化に対する形状安定性を同時に達成可能なソール材の登場により、ランニングシューズに求められる機能に関する事態は大きく変わってきた。走動作において、支持脚では水平前後方向には減速および加速、鉛直方向には連続の跳躍が繰り返されている。厚底ソールのシューズにより地面からの反発が強まり、同時にソールに組み込まれたカーボンのFRP製プレートが地面における足部の転がりを安定に実現させることにより推進が促進されるものと捉えられている。なお、この構造のシューズを履いた女子選手が2時間18分台の記録を達成し、19年ぶりにマラソンの女子日本記録を更新したことも記憶に新しい。しかしながら,これらのメカニズムを力学的に明確に説明する報告はなされておらず,ランナーや選手の動作特性に最適化するための方法論はこれからの課題となっている.
このようにスポーツ用具の進化に関しては,ヒトの動作特性の定量化の必要性が強く求められている状況にあり,ヒューマンダイナミクスに関する研究がおこなわれている. まず,身体動作分析のための動作の計測に関しては,画角内において,絶対的な精度を出しやすい,複数台の赤外線ストロボとカメラによるモーションキャプチャーが古くから使用されてきた.しかしながら,複数台のカメラ情報を用いた3次元の座標構築において,ターゲットとなる反射マーカを追跡可能なことや,画角が狭いことなど,使用にあたっての制限が多く,歩行や走行などの動作を対象として,慣性センサ(IMU : Inertial Measurement Unit)を用いたものが例年数多く報告されている[3,4].これにより,広範な領域における身体動作の分析が可能となり,動作の評価に適用されている.なお,モーションキャプチャーによる3次元計測では,直径が10mm程度の反射マーカーを身体各部に貼り付け,その座標を計測することにより,動作データとしてきた,これまでのマーカー貼付は,モーションキャプチャーを扱うための当たり前のことであったが,貼付マーカによる違和感や貼付時間の割愛などといった課題に加えて,検出された座標値のタグ付け時間も課題となり,最近は,画像記録された身体各部の位置情報からその座標を人工知能によって推定するマーカーレスのモーションキャプチャーが台頭してきている[5].
ここ数年続いたコロナ禍では,感染抑制のため,行動の制限が課された分,その反動もあり,人々が活動を欲した結果,屋外での単独で行えるスポーツへの参加が増加した.このように我々は本能的に身体活動を欲しており,スポーツは人々が健康で豊かな生活を送る上で不可欠な要素になっている.機械工学に加え,関連する様々な学問分野が融合したスポーツ工学・ヒューマンダイナミクス研究の重要性がますます高まっている.
〔小池関也 筑波大学〕
25.3 講演会
2023年11月10日(金)~12日(日)の3日間,シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2023(SHD2023)をオンライン(11月10日)と名城大学の現地開催(11月11〜12日)で開催し,特別講演 2 件,一般講演発表件数 97件(内 オンライン21件)が行われた(1).
特別講演1は,当部門とロボティクス・メカトロニクス部門およびバイオエンジニアリング部門との共同開催による分野連携企画のオーガナイズドセッション「少子高齢化社会を支えるスポーツ・バイオ・ロボメカ技術」の基調講演を兼ねて,名城大学の金子真先生より「Beyond Human Technologyが拓くバイオ医療研究の新世界」と題し, これまでに実施してきたご本人の研究を振り返り,オンライン高速カメラや高速アクチュエータを用いて作成したヒトの能力を超えた100Gロボットや,高速ビジョンと高速アクチュエータを用いた赤血球の高速操作,細胞ストレス試験,細胞変形能試験にも成功した研究などについてご講演いただいた.
特別講演2は,神奈川工科大学の上田麻理先生にご登壇いただき,これまでスポーツ競技においては,視覚や触覚情報を介した指導やトレーニングがほとんどであり,聴覚には着目されてこなかったことから,「音響学から視るスポーツ音響の可能性」についての様々なアプローチをご講演いただいた.
一般講演発表では,スポーツ工学,ヒューマンダイナミクスの一般セッションとして,野球・ゴルフ・水泳・スキー・ランニングなどの特定の種目に関するセッションの他に,パラスポーツや傷害予防,日常生活,およびセンシング技術,動作解析技術,スポーツ用具と変形,トレーニングシステム,スポーツ流体などの幅広いテーマを扱うセッションが設けられ,最新の研究内容が報告された.
また,オーガナイズドセッションでは,ロボティクス・メカトロニクス部門およびバイオエンジニアリング部門との共催で「少子高齢化社会を支えるスポーツ・バイオ・ロボメカ技術」が,情報処理学会の協賛で「スポーツAI」,日本音響学会の協賛で「スポーツ音響」のセッションが設けられ,最新の研究内容が報告された.
大会1日目(11月10日)のセッションは, Zoom のブレイクアウトルームを使用してオンライン上で開催された.大会2〜3日目(11月11〜12日)のセッションは,名城大学で行われた.機器展示は12件の企業に参加いただいた.オンラインでは,各企業のプレゼンテーション動画の配信を各セッションの休憩時間中に参加者全員が集まる Zoom のメインルームで順次行われたほか,メインルームで常時動画配信も行われた.また,現地開催では,企業毎に展示ブースを設け,機器展示を行って頂いた.機器展示室は休憩室を兼ね,プレゼンテーション動画を常時放映した.新型コロナウイルス感染予防の観点から懇親会は実施しなかった.
本シンポジウムの参加者数は,一般 106 名(正員:84名,特別員:3 名,会員外:10名,協賛学会会員:9 名),学生 76 名(学生員:65 名,一般学生:6 名,協賛学会学生員:5 名)の計 182 名であった.このうち,現地開催への参加者は161名であった.なお,協賛企業からの参加者は23名であった.オンラインと対面開催が混在した変則的な開催方式であったが,盛会裏に終了した.
〔大島 成通 名城大学〕