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機械工学年鑑2024

24.法工学

24.1 法工学のこの一年

24.1.1 概要

2023年度は5月にコロナウイルス感染症が五類感染症の指定されたことで、日常生活が通常の状態に戻った。しかし、2024年1月に能登地震が発生し、被害が能登半島全域に及ぶことで能登半島周辺に生活する人々には日常生活を取り戻すことが遠のいた。

ここで,社会全体に目を向けると、事故も依然として変わらずに起こっていて、過去に起こった事故と同様な原因の事故が起こっている。業務上過失事故裁判例研究会で過去の業務上過失事件の裁判例を検討しているが、事故の技術的な根本原因が裁判で追及されていないことが同じ事故を引き起こしているものと思われる。

ここで,法工学(法律と工学の境界領域)の分野に着目してみると,以下のようなトピックスが挙げられる.

24.1.2 全銀ネットの障害事故

2023 年 10 月 10 日から 11 日にかけて、全国銀行資金決済ネットワーク(以下、全銀ネット)で発生した障害により、システムが使用できなくなった。

今回のシステム障害が発生した直接的原因は、内国為替制度運営費情報を取得する前段でアクセスする中継コンピュータのOSのバージョンアップに伴うテーブルサイズ拡張の非互換対応での考慮漏れにより、作業領域が不足したことで共有メモリ上のインデックステーブルの値の一部が破損したことによる。

このような金融システムという重要なシステムに対して信頼性を確保するためにメインテナンス時も含めて冗長性を持たせる等の基本的な対応がなされずに同様の事故が引き起こされるのは、システム設計をする段階および事業継続計画で過去の事故の経験が十分活かされていないことが大きいと考えられる。

ソフトウエアのバグは、欠陥に該当しないから、バグがあっても契約責任は問われないという解説に接することがある。システム構築の仕事は、民法 第632条の請負仕事であり、受注者は仕事が完成することを約し、発注者はその仕事の結果に対して報酬を支払うことの契約である。仕事が完成したか否かは、システムが予定された動作をするか否かで判断される。引き渡し後に、一応、予定された動作をすれば、仕事の完成は認められる。しかし、何らかの条件下で異常な動作があれば、民法 第636条の契約不適合責任が問題となり得る。その場合に問題となるのは、異常な動作の原因となった条件がいわゆる「想定外」のものであったか否かである。まれな事象であっても、システムの通常の使用において予見可能な条件であれば、契約不適合責任を負うと考えられる。不具合事例がデータベース化されていくと、予見可能性の範囲が拡がり、契約不適合責任も認められやすくなる。法律家と技術者の連携によって、そうしたデータベースを構築することも、法工学が取り組むべき課題である。

24.1.3 JAL衝突事故

2024年1月2日17時47分頃、羽田空港C滑走路上で、着陸しようとしているJAL(日本航空)機と滑走路で待機中の海上保安庁の航空機が衝突事故を起こした。離陸しようとする海保機へ、着陸態勢に入ったJAL機がいわば追突する形で炎上した事故である。海保機の機長が管制官からの指示を誤認識したことが原因と考えられる。テレビの解説者はヒューマンエラーと断じていたが、過去にも同様な事故が起こっている。

例えば、日航機ニアミス事故は、本件とは反対に、管制官にヒューマンエラーがあった事例だが、最高裁の一判事は「航空管制官として緊張感をもって、意識を集中していれば、起こりえない事態である」として厳罰を是とした。しかし、刑罰による威嚇によってヒューマンエラーが減少することはないというのが、心理学者の多数意見である。したがって、一定の割合でヒューマンエラーが起きることを想定した上で、機長と管制官とのやり取りだけで管制するのではなく、リモート・デジタル・タワーのような人間の負荷の少ない管制システムを採用することが事故の再発防止という観点からは必要である。

24.1.4 ダイハツ自動車の不正

トヨタ自動車の100%子会社・ダイハツ工業で、2023年12月20日、新車の安全性能を確認する認証試験など25の試験項目で、174個の不正行為が新たに判明した。

衝突試験での不正発覚をきっかけに2023年5月に設置した第三者委員会の調査は、国内で現在生産・開発する全28車種で不正が判明する前代未聞の結果となった。

第三者委員会は短期開発を重視する社内風土を強めたと分析している。「認証試験は合格して当たり前。不合格となって開発、販売のスケジュールを変更するなどということはあり得ない」という考えが浸透し、現場任せで管理職が関与しない体制やチェック体制の未整備などが重なり、不正につながったと結論付けた。

新車開発における「認証」は非常に重要な工程であり、その手続きにも厳格なルールが存在する。そのルールを破るということは、法規が定める性能基準を満たしていることが疑われる事態である。再度コンプライアンスとは何かを組織全体として考える必要がある。

https://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/visualisation/falseaccusation/case4.html

24.1.5 法工学専門会議の活動

2023年7月には、環境工学部門とこれから生じると予測される騒音の問題について法工学を踏まえてどのように対処するかを議論する環境セミナーを開催した。

また,2023年9月の年次大会においては、一般公開行事として市民フォーラムで産学の共同研究で生ずる現代的な問題を論ずる「シナリオで学ぶ産学共同研究開発契約の勘所」と題する講演会を開催した。

2024年度以降も,今後生じると予測される社会問題を法工学の考え方に照らしてどのように考えられるのかを論ずる連携セミナーと市民フォーラムを継続開催する予定である。

〔平井省三 日本工営(株)〕

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24.2 産学共同研究の問題点と対処方法:2023年度年次大会企画の報告

24.2.1 企画概要及び趣旨

東京都立大学で開催された機械学会2023年度年次大会において市民フォーラムプログラムの1つとして、「シナリオで学ぶ産学共同研究開発契約の勘所」と題する企画を開催した。本企画にあたっては、全国の知的財産関連業務に携わる弁護士により構成される弁護士知財ネットの協力を得ることができた。

昨今、イノベーションの源泉として産学連携は高い注目を浴びている。しかし、産学連携に関する紛争・トラブルは少なくなく、これらが生じる背景には「産と学の使命や役割の違い」がある。そこで、産学共同研究開発において生じる典型的な問題について企業と大学の主張を紹介して双方の属性・性質の違いを明らかにしたうえで、公平な解決方法やその糸口を模索することを目的として、本企画を立案した。

このような意図に基づいて、筆者は、弁護士知財ネット会員有志とともに、産学連携において典型的にみられる問題点のなかから主に企業と大学の事実に対する評価・認識の違いに起因するものとして、①研究成果の帰属、②ライセンス料支払、の2つを取り上げることとした。また、産学連携における企業と大学の考え方の違いをより具体的に感じることができるよう、本企画のために撮影・編集を行なった動画を用いて仮想シナリオを提示した後に、企業と大学の代理人役がそれぞれの主張を述べ、筆者が第三者的な立場から双方の主張を整理したうえで解決・予防のための視点を提示する、という手法を採用した。仮想シナリオにおける産学連携の設定として、分かり易さ及び撮影の便宜を考慮し、ペロブスカイト型太陽光パネルの製造・加工技術を有する企業Aと、ドローンの機体設計について研究を行なっている教授Bによる、「ペロブスカイト型太陽光パネルを備えた長時間航続可能な無人航空機」を目的とする共同研究開発を用いた。

また、本企画では、仮想シナリオの提示に先立ち、隅藏康一教授より「産学連携と知的財産:大学特許の保有形態と特許価値に関する分析」と題して産学連携と特許価値に関する分析について、加藤浩教授より「産学連携とUNITTの活動」と題してUNITTの活動について、それぞれ御講演いただいた。

24.2.2 企画当日及び今後

当日は多数の方が本企画へ足を運んでいただくことができ、産学連携に対する社会の注目をあらためて実感した。①研究成果の帰属 において、聴衆の皆様へ意見を聴いたところ、圧倒的多数が企業を支持する結果となった。分かり易さのために事案を単純化しすぎたことで教授Bの主張が説得性に欠けるものになってしまったようである。質疑応答においては、発明者性の認定方法や現実的なトラブル回避方法等について大変有益な意見交換を行なうことができた。

筆者は、本企画を通じて、産学連携に対する社会的な期待の高まりとともに、成果の公平な利用を促進するための現実的な対処方策を企業も大学も求めていることをあらためて実感した。社会が一層の産学連携によるイノベーションを享受するためには、企業と大学が互いの社会的な使命・役割について理解を深めるとともに、法務だけでなく、運用においても適切なマネージメントを行なう必要がある。今後も、法工学専門会議において産学連携をテーマとする検討・企画を継続して行なう方針であり、2024年度の年次大会・市民フォーラムにおいても、対面及びオンラインのハイブリッド方式で同様の企画を実施する予定である。

〔前田 将貴  弁護士知財ネット〕

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24.3 業務上過失事件裁判例研究会

24.3.1 本研究会の目標

事故が起きた場合,当事者の法的な責任追及が行われる。法的責任には,被害者の損害を金銭的に填補する民事責任と科すべき刑罰を決める刑事責任があるが,本研究会では後者に注目し研究を進めている。本研究会で検討対象としている22件の事故は,機械工学年鑑2023で述べたとおりである(1)。事故に関し,多くの場合問題になるのが「業務上過失致死傷罪」の成否であり,当事者の過失の有無が主な争点になりうる。過失は,注意していれば結果(事故)の発生を予見できたのに不注意のためこれを予見せず(結果予見義務違反),予見に基づき結果を回避できたのにこれをしなかった(結果回避義務違反)場合に認められる。刑事責任について定める刑法は,刑を科されるのは原則として人(自然人)としており,特別の規定がない限り法人は処罰の対象とならない。例えば,福知山線脱線事故において刑事責任が問題となったのは,鉄道会社という法人ではなく当時の社長個人である。そして,刑事責任追及の手続き上,警察・検察が捜査を行い,誰を起訴しいわば裁判の俎上に乗せるかは検察官が決定する。刑罰は,1つにはこれを科すことで一般的な人を犯罪から遠ざける(一般予防)という機能を有するので,事故の再発防止という観点から起訴すべき者を決定し,事実関係を明らかにした上で,必要に応じ刑罰を科すことになる。

しかし,技術者の観点から各裁判例を見た場合,事故に至る経緯の中で重要な役割を果たした関係者が起訴されておらず,現場作業者・担当者のように,たまたま時間的役割的に事故に最も近い立場にいたにすぎない当事者の責任のみ問題になっていると思われる事故も存在する。また,技術者視点では重要と思われる事実も,裁判では大きな争点として扱われていないケースもみられる。つまり,法律家の視点で判断が下された裁判例を技術者の視点でみると,「なぜこの当事者・関係者が起訴される/されないのか」「この人的・技術的問題が裁判上深掘りされないのはなぜか」という疑問が生じることもある。このようなずれを,技術者と法律家が相互に認識しあうことを通じ,被告人の選択や検討すべき争点について,事故の再発防止という刑罰の目的に照らし適切な方向性を示したいということが本研究会の目標である。

24.3.2 検討対象事例の分類

本研究会では,検討対象とした22件の事故について次の5つに類型を分け,検討を進めている(括弧内のNo.は文献(1)24.2表1の番号による)。

1.設備やシステムの設計又は設計思想に問題があるもの(No.9日航機MD-11乱高下事故,No.12渋谷シエスパガス爆発事故,No.13エキスポランド・ローラーコースター脱線事故,No.21シンドラーエレベータ事件,No.22コストコ車路崩壊事件)

2.危険が現実化する兆候・背景事情を無視したもの(No.1福知山線脱線事故,No.2三菱自動車リコール隠し・ハブ破損事故,No.4パロマガス湯沸かし器一酸化炭素中毒事故,No.7六本木ヒルズ回転ドア事故,No.15ホテルニュージャパン火災)

3.人を危険から遠ざける義務に関するもの(No.5明石砂浜陥没事故,No.6明石歩道橋群衆事故,No.18広島市クレーン倒壊事故,No.20国分川水路トンネル水没事故)

4.安全を確保するための手順の違反に関するもの(No.8雪印乳業食中毒事故,No.10JCO臨界事故,No.11信楽高原鉄道列車衝突事故,No.14森永砒素ミルク事件,No.19徳山コンビナート火災),5.直接の原因がうっかりミスであるが,「人はミスをするもの」という設計思想,運用思想がなかったもの(No.3焼津沖日航機ニアミス事故,No.16北大電気メス事件,No.17千葉大採血ミス事件)

各事例について担当する法律家と技術者を決め,技術者は事故につながった技術的要因を業界の実態等も踏まえて幅広く論じるとともに,技術者の視点から法律家にコメントを投げかけ,法律家は裁判例の解説とともに技術者からのコメントに答えるという形で,とりまとめ及び原稿の作成を進めている。

24.3.3 検討事例:No.12 温泉施設ガス爆発事故(シェスパ事件)の紹介

本事故は平成19年6月19日,東京都渋谷にあった温泉施設が爆発炎上し,従業員3名が死亡,会社関係者や通行人3名が重傷を負った事故である。本件施設の建設を請け負ったa建設で本件施設の設計を担当したY1と、不動産の管理等を業とするb不動産で本件施設の保守管理を担当(統括)していたY2の2名が業務上過失致死傷罪で起訴された。一審判決は,Y1は結果発生の予見可能性があったとして過失を認定し、禁固3年執行猶予5年の有罪判決としたが、Y2の予見可能性は否定され無罪と判断された(2)。Y1は控訴・上告したが,控訴審(3)及び最高裁(4)はいずれもこれを棄却し,Y1の有罪が確定した。

判決によると,事実関係は概ね次のように示されている。本件施設は,客用の温泉施設等があるA棟と温泉一次処理施設等があるB棟があり,A棟で使う温泉水をB棟地下機械室に隣接する井戸口から汲み上げていたが,温泉水にメタンガスが溶けこんでいたため,同機械室内にあるガスセパレーターでメタンガスを分離させた後,温泉水はA棟へ,メタンガスはガス抜き配管を通してA棟側から屋外へ放出する構造となっていた。本件ガス抜き配管は,本件建物及び敷地構造の関係上U字型(判決では「逆鳥居型配管」)になっている部分があり,U字部分に湿気を帯びたメタンガスが本件ガス抜き配管内を通る際に生じる結露水が溜まる構造となっていた。そこで,本件各ガス抜き配管の下部には水抜き配管及び水抜きバルブが取り付けられており,各水抜きバルブを開いて溜まった結露水を排出する仕組みになっていた。しかし,この水抜き作業が行われておらず,配管が結露水によって閉塞し,メタンガスがB棟地下機械室に逆流・滞留し,同室内の制御盤等から生じた火花が引火して爆発した。

裁判所はY1に関し,Y1の設計思想は,メタンガスを本件ガス抜き配管から屋外に放出し,建物の安全を確保するものである以上,メタンガスの逆流・滞留はあってはならない異常事態であり,Y1がこの事態を予見できた以上,同室内に漏れたメタンガスに何らかの火気が引火し爆発することも予見できたとして,本件爆発のメカニズムへの予見可能性を認めた。また,Y1はバルブの設計を「常に開ける(常開)」から「常に閉める(常閉)」に変更し,爆発防止上重要な水抜き作業を生じさせたのだから,指示の変更とそれに伴う水抜き作業の意義を施工部門に対して伝達すべきであったのにこれを行っていないという情報伝達の問題も指摘し,過失を認めた。

一方,Y2に関しては,b不動産が温泉施設の専門知識を有しないことを前提に,同施設の安全確保のためにどのような設備を設けるかは,専門知識を有するa建設が責任を持って判断すべき事項であり,安全設備の存在や管理の方法もa建設がb不動産に情報等を提供すべきであるから,本件施設の引渡時にa建設の担当部門からb不動産にバルブの存在と水抜き作業の必要性が説明されていない以上,その説明を信頼するのは相当であるとされた。また当時,温泉施設にメタンガス検知器等の設置を義務付ける法令上の規制はなく,業界水準でも一般的でなかったことから,Y2がメタンガス検知器を設置しなかったことは不相当といえないとして,無罪とした。

本件に関し,技術者(中村譲治幹事,掛川昌俊委員)から法律家に対し複数のコメントが挙げられているが,その中で裁判の争点が配管の水抜きバルブの操作に集中したことへの疑問と,それに対する法律家の見解について紹介したい。技術者からの疑問は,排気ファンの停止の翌日に爆発事故があったことから,事故の直接的原因は排気ファンの故障による停止,またこれについて警報ブザーが作動しなかった点にあり,バルブ設計の問題は間接的原因と考えられるにもかかわらず,直接的原因に関し責があるはずのb不動産Y2が責任を問われず,間接的原因に関与したa建設のY1のみ有罪となったのはなぜかという疑問である。

この点に関し,法律家の立場から現時点での回答として次のように考える。前提として,Y2はb不動産で本件温泉施設の保守管理を統括する立場にあったが,b不動産はh会社に本件温泉施設の管理業務等を委託しており,当時現場に詰めていたのはh社の作業員であった。事故前に排気ファンが破損し停止したことで,B棟地下室機械室の制御盤の警告ランプは点灯したが,警報ブザーは作動しなかった。このため,h社作業員は,排気ファンの破損・停止に気づかなかった。

また,警報ブザーが鳴らなかった理由として,判決及び技術者は次のように示している。平成19年5~6月,温泉自体とは関係しない設備(滝循環系統ポンプ)が落葉で目詰まりを起こしてモーター過負荷継電器が作動し,警報ブザーが頻繁に作動したため,滝設置業者o社の作業員がモーター過負荷継電器を除去した。このため滝循環系統ポンプが過負荷により焼損,停止した。ここから復旧作業を行うことになるが,h社作業員は警報ブザーをリセットしなかった。このため,排気ファンを含む他系統に異常があっても警報ブザーが作動しなくなった。モーター過負荷継電器の除去工事を誰が許可したか,また同工事に関しb不動産に連絡があったか否かは不明とされる。

これらの状況をみると,排気ファンの停止は,滝循環系統ポンプの目詰まりによる警報ブザーの頻繁な作動,o社のモーター過負荷継電器の除去工事,滝循環系統ポンプが過負荷による停止とh社作業員が警報ブザーをリセットしないという,1つ1つは事故に直結するとは言い難い複数の当事者による事象の集積と言いうる。また,h社の作業員が(警報ブザーが鳴っていたのに無視したような事情があればともかく)警報ブザーが鳴らず排気ファンの停止に気づかないことも,これだけを取り上げれば過失とまでは評価しづらいと思われる。さらに,実際にこれらの作業に当たっていたのはo社やh社の従業員であり,b不動産Y2が各作業にどのように関与していたのかは判然としない部分もある。そうすると、検察側としてはY2に関し起訴の決め手に欠けると判断した可能性がある(1つ1つは不安全と言いうる行為だが、刑事責任を問う程許されない行為には至らないという価値判断である)。

一方で、Y1の排水バルブの設計、また排水バルブ操作の必要性を伝達しなかった不作為は、事故との関連性が明確で過失が認定しやすいと評価されたことから,起訴に至った可能性はある。

事故防止の視点で考える場合,設計者の設計のあり方また使用者への情報提供だけでなく,使用者により日々適切な「使い方」がなされることが重要な意味を持つ。このため,使用者が適切に安全管理を行うには何が必要で,本件で安全管理上何が欠けていたかを検討することは,再発防止策の検討を行う上で不可欠の取り組みといえる。

一方,刑事責任は犯罪の一般予防(本件では事故防止)を目指しつつ,責任を問われるのは組織ではなく個人であり,また「刑法はあらゆる違法行為を対象とすべきでなく、また、刑罰は必要やむをえない場合においてのみ適用されるべき」(5)とされる。つまり,刑事責任の追求は抑制的であるべきであり,この観点では,o社h社従業員の個々の行為は(安全上望ましくないものの)過失として処罰するほど重大な落ち度とは評価しづらいと思われる。また,b不動産Y2に関しては安全を統括する立場ではあるものの,Y2個人の行為と事故との間には,b不動産の他の社員やh社o社の判断,行為が入ってきて,事故との直接の関わりは認定しづらい事案であったと思われる。安全上,b不動産,Y2の保守管理は重要ではあるが,統括管理を担当する組織の中の個人責任を追及することの難しさが示された事案であると思われる。

〔岡本満喜子 関西大学〕

参考文献

(1) 機械工学年鑑2023 24.法工学 24.2業務上過失事件裁判例研究会,日本機械学会

https://www.jsme.or.jp/kikainenkan2023/chap24/,(参照日2024年4月15日).

(2)東京地方裁判所平成25年5月9日判決,最高裁判所刑事判例集70巻5号210頁.

(3)東京高等裁判所平成26年6月20日判決,最高裁判所刑事判例集70巻5号312頁.

(4)最高裁判所平成28年5月25日判決,判例時報2327号103頁.

(5)大谷實,刑法講義総論新版第5版(2019),p.9.

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24.4 法工学専門会議と分野連携

24.4.1.法工学専門会議の沿革

日本機械学会における「法工学」の歴史は、1994年11月に技術と社会部門内に「法工学研究会」が設置された時に遡る。その後、1997年7月には、日本機械学会創立100周年記念講演会として、「21世紀の技術と法律-健康と安全を守る-」が開催された。これらの活動を受けて、日本機械学会誌2000年1月号の<展望解説>に「安全・安心な技術社会を目指す法システムの構築-法工学の提唱-」が掲載された。

これらの活動の結果、1997年に始まった機械工学便覧改訂の一環として、βデザイン編に「9 法工学」が加えられることになった。この編集作業は、2001年7月に開始され、機械工学便覧の「β9 法工学」は、2003年1月に刊行された。執筆にあたっては、多くの企業において労働安全、安全規格、知的財産等の実務に従事している会員多数の協力があった。そして、編集関係者の間では、機械工学便覧の将来の改訂に備えて、日本機械学会に何らかの組織が必要であるという認識が芽生えた。その結果、2003年4月、新設部門として、法工学部門が誕生した。

しかし、新設された法工学部門は、試行期間である3年の期間の満了によって、2006年3月をもって消滅した。その最大の理由として、日本機械学会における部門評価の焦点が、研究活動の発表の場を提供するという役割をいかに果たしたか、という点にあったことが挙げられる。法工学は、法律と正しく向き合うための援助を機械技術者に対して与えることを目的とし、その方法論を研究対象とするものであるが、当時から約20年を経た現在においても、その方法論も、具体的な研究対象も定まっていない。したがって、当時の支部・部門活性化委員会の基準に従えば、廃止以外の結論はあり得なかったのである。

このような状況にあって、当時(83期、2006年3月まで)の田口会長と、笠木筆頭副会長(84期会長)の助言により、法工学部門は、法工学専門会議に改組された。これは、制定されたばかりの、「分野横断的・新領域対応型研究活動組織に関する規定」に従ってなされたものであったが、それ以来、設置期間の延長を繰り返して、現在に至っている。

24.4.2 法工学専門会議の苦悩

日本機械学会における法工学の活動を専門会議として存続させることは、ある意味では、便宜的な方法であった。前述の規定の名称が示しているとおり、この規定の目的は、「研究活動組織」の設立を目的としているものである。マイクロ・ナノ工学、スポーツ工学・ヒューマンダイナミクスが新設部門に移行し、医工学テクノロジーも、将来、新設部門に移行することを目指していると思われる。これらの研究分野では、材料力学、流体工学、熱工学、機械力学や、これらの発展形である、計算力学などを基礎として、これらを新たな対象に適用することによって研究活動が行われている。したがって、専門会議又は推進会議を設立することによって、その分野の研究者が組織化され、増加することが期待される。

法工学は、広い意味での機械工学的手法によって、立法、行政、司法など、法令の制定や、運用に関与する機関に働きかけるための方法論を研究するものである。すなわち、法令という対象に対して、機械工学的な発想でアプローチしようとするものである。

部外者であっても、スポーツ工学が体の動きや運動用具を力学的に解析することに関係がありそうだ、ということは想像がつく。しかし、法令を機械工学的に解析するとは、どういうことだろうか。法工学が新設部門として設立されてから20年以上が経過したが、その後継組織である法工学専門会議の内部でも、この問題に対するすっきりした答えは出ていない。ここに法工学の苦悩がある。

24.4.3 法工学専門会議の設立賛同部門

前述の規定に基づく組織は、2つ以上の部門の賛同を得て設立を提案しなければならない。法工学専門会議を設立する際、前述のような法工学の特殊性を反映させるために、できる限り多くの賛同部門を集めることに努めた。その結果、産業・化学機械と安全、環境工学、材料力学、交通・物流、技術と社会、機械材料・材料加工、動力エネルギーシステム、設計工学・システム、ロボティクス・メカトロニクス、バイオエンジニアリングの10部門から賛同を得ることができた。これは、当時の部門数の半数にあたる。

これらの部門は、材料力学を除いて、応用的な分野の部門である。したがって、研究を進める上で法規制に無関心ではいられないことから、賛同部門に加わっていただいたと考えられる。材料力学について、筆者は、その応用範囲が、破壊力学からリスクマネジメントに展開されたことによって、法規制と無関係ではなかったことが、賛同部門に加わっていただいた理由ではないかと考えている。

24.4.4 設立賛同部門との連携

法工学専門会議では、設立以来、設立賛同部門との連携を模索してきた。例えば、2016年から2018年まで、年次大会において模擬裁判を実施したが、そのテーマは、自動車の自動運転、ドローン、無人車椅子であった。これらの企画は、公式に交通・物流部門との共同企画ではなかったが、事実上、交通・物流部門の関係者の協力を得た。実際、2016年の年次大会の後、交通・物流部門の提案により、自動運転をテーマにした模擬裁判をあらためて実施している。

近年に至って、環境工学部門との連携が進んでいる。その嚆矢となったのは、2021年3月の法工学・環境工学連携セミナー「環境技術における法工学~SDGsに向けて~」である。この年には、さらに、第31回環境工学総合シンポジウム2021において、「新型コロナ対策で学ぶ法工学」と題する特別講演を実施して、行政による規制に関する原則を環境工学においてどのように活かすべきかについて議論を深めた。さらに、2022年には、廃棄物処理工場の火災をめぐる問題点、解決策について議論した。

2023年は、近未来に、e-VTOLを利用した空飛ぶ無人タクシーが実用化された場合に想定される騒音問題をとりあげ、環境工学側からは、想定される騒音問題についての技術的予測を提示してもらい、法工学側からは、現行の騒音規制法制の基本的手法、論理の延長上で対応が可能であるかどうか、仮に、可能であるとした場合に、環境工学側からどのような貢献が期待されるかなどについての課題を提示した後、出席者による自由討議が行われ、機械技術者が現行の法制度を受動的に受け入れるのではなく、加工可能な対象として研究することの重要性を共有することができた。

法工学専門会議としては、頻発する検査不正、品質の虚偽表示などについて、設立賛同部門の広範な協力を得て、技術者倫理の観点のみならず、法制度や契約慣行の問題点に踏み込んだ議論をする機会を持ちたいと考えている。そのために、設立賛同部門を中心として、広範な会員から、「これって、何か変じゃない」という情報を集める仕組みを作ることを検討している。それによって、多くの会員に法工学の重要性を認識していただけたら、法工学専門会議の存在意義も明確になると思われる。

〔近藤惠嗣 福田・近藤法律事務所〕

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