22.技術と社会
22.1 概観
2023年は,新型コロナウイルス感染症に対する対応の転換の年となった.2020年から3年と5ヶ月が経ち政府は新型コロナウイルスの感染法上の分類を5類に引き下げた.これによって,これまで止まっていた活動が再開され徐々に人の移動も増え経済活動が活発化した.
2023年の新聞やニュース(1)~(6)などから日本で話題となった事柄を挙げる.福島第一原発の処理水の放出が開始されたこと(7)や生成AIの急速な普及による著作権侵害などが懸念されること(8),記録的猛暑で夏の平均気温が過去最高となった(9)などが取り上げられている.経済の視点からは,ガソリンの価格が過去最高となり,物価高も続く中,賃上げは追いついていない状況となっている(10)が,株価が33年ぶりに3万3000円を超える(11)など一部で経済状況がよくなっているようにも見える話題がある.海外に目を向けると,WHOが新型コロナウイルス感染症の緊急事態を解除(12)し,中国では「ゼロコロナ」政策を終了させた(13)こと,ロシアのウクライナ侵攻から1年以上となる(14)こと,新たにイスラム主義組織ハマスがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けて始まった戦闘が続いている(15)ことが取りあげられている.また,ハワイ・マウイ島で大規模山火事が発生(16)し,トルコ・シリアでは大地震(17)の影響で5万人超が死亡,モロッコでも大地震が発生(18)しており,各地で甚大な被害をもたらす異常気象や災害が発生している.タイタニック見学の潜水艇が消息を絶つ事故の発生(19),生成AIが脚光を浴び普及が進むが規制も課題となったこと(20),インドの無人月探査機が月面の南極付近に世界で初めて着陸した(21)ことが挙げられている.これらのように国内外において,異常気象や地震災害が問題となっており,技術によって改善したことや逆に事故などが発生しており,技術が社会になんらかの影響をあたえていることがわかる.特に,生成AIの話題は国内外で共通しており,情報の流出や誤情報の拡散,著作権の侵害などの懸念から世界中で規制に向けた議論が行われた.また,2023年10月30日にG7首脳声明が発出(22)されている.安全性を担保する国際的なルールづくりが今後の課題となっている.
技術と社会部門は,部門設立当初から特定の分野に特化せず,分野を横断した領域を対象とした学術活動を続けている.2023年は他部門や支部,日本機械学会の直轄委員会とも連携し,工学・技術教育,技術史および技術者倫理をテーマとする活動を行った.部門講演会では初めて交通・物流部門と連携して鉄道の技術史に関連する特別講演を実施した.また,技術と社会に関連した諸問題の一つとして国内で発生した品質不正の問題(23)が報じられていた.技術者・研究者が社会で直面する問題を見つめ直す手がかりや解決を図る糸口となるセミナー理解するための取り組みとして技術者倫理セミナーを実施した.更に,未来を見据え少子高齢化の日本を支える子供達が自分の将来やこれからの社会について考えるきっかけとなるイベントとしてモデルロケット教室や低温度差スターリングエンジン競技会,新☆エネルギーコンテストなどを開催した.更に,機械遺産等にも着目して,「戦後の技術開発史を語る」,「機械遺産シリーズ」,「産業考古学シリーズ」などワークショップを行い,技術啓蒙や教育に利用するなど過去から現在そして未来へと意識を向けて,機械工学およびその関連分野の技術と社会に関連する活動を行った.
本年鑑では,「工学・技術教育」,「技術史・工学史」,「産業遺産・機械遺産」および「技術者倫理」について,最近の動向について報告を行う.
〔高橋芳弘 千葉工業大学〕
22.2 工学・技術教育
工学・技術教育分野における2023年の動向について紹介する.
日本工学教育協会が主催する第71回年次大会・工学教育研究講演会においては,オーガナイズドセッション(以降,OS)が7セッション,一般セッション(以降,GS)が8セッション設けられ,講演数は昨年の221件から約50件減少の173件であった(1).講演数最多のセッションは「GS講義・演習形式による教育方法とその教材開発」(講演件数39件),次いで「GS実験・実技を通じたエンジニアリング・デザイン教育の実践方法とその教材開発」(25件)であり,「教材開発」に関する他GS1セッションと合わせて教材開発に関する講演件数は全体の約40%を占めている.続いて「GS教育力・教育システム」が全体の約15%,「GSオンライン教育とハイブリッド型教育」が約10%であり,昨年同様,コロナ禍以降急速に進展したオンライン教育に関する講演が一定数を占める状況が継続している.OSは「学生による地域連携・ものづくり活動」,「高専教育」,「ダイバーシティ」,「ロボット教育」などに関するセッションが実施されており,OSの中で最も講演件数が多いセッションは「OS Society 5.0時代を担う理工系人材育成に関する高専教育の実践と展開~高専における取組~」の10件であった(2).同協会が発行する「工学教育」誌に掲載された工学・技術教育関連の論文は昨年から6件増加の59件であり,最も多いキーワードは「オンライン(Online)」(8編),次点で「PBL」(7編),次いで「教材」,「SDGs」,「授業改善」(4編)であった.「オンライン(Online)」は昨年2位, 「PBL」は昨年最多であり,日本工学教育協会では講演発表,論文共に「PBL」を含めたアクティブラーニングに関する発表,およびコロナ禍以降は教育DX(デジタルトランスフォーメーション)の発展に向けた報告が多い傾向である(3)~(8).
機械工学分野の教育活動に着目すると,2023年に日本機械学会(以降,本会)の支部・部門が主催する講演会において設けられた工学・技術教育関連のセッションは14セッションであり,講演数は昨年の104件から約10件減少の91件であった(9)~(18).OS名と発表題目から著者独自の判断で行った講演内容の分類では昨年同様,「授業における取組みと教材開発」に関する講演数が最多で全体の40~50%を占めていた.次点で「PBL,アクティブラーニング(AL)」が約10件,その他「STEM教育」,「小中高校生向け工学教育」を題材とした講演が含まれていたが,いずれも5件程度に留まっており,発表題目のみでは分類できない講演が約3割であった.また,全講演91件について,「オンライン」,「遠隔」,「オンデマンド」,「同時双方向」のいずれかのキーワードを題目に含む講演を調査したところ,昨年は7件の題目が該当したが今年は「オンライン」を含む題目が1件のみであった.本会が発行する日本機械学会論文集に掲載された学術論文のうち,「法工学,技術史,工学教育,経営工学など」のカテゴリーとして掲載された工学教育関連論文は昨年2編であったが今年は掲載がなく,工学教育に関する論文数は低迷している.
以上より,日本工学教育協会および本会が主催する研究講演会での報告内容については昨年と同様,授業・教材開発に着目した内容が大半を占めている.「工学教育」誌および日本工学教育協会が主催する研究講演会においては,コロナ禍以降発展した教育DXに関する発表が一定数を維持しているが,本会の支部・部門が主催する講演会においてはICT,DXに関連したキーワードを含む演題が少ない傾向であり,機械工学分野の専門用語を題目に含む講演数は多く,機械工学分野の特定の専門科目をどのように教えるか,ということに主眼をおいた発表が多いと推察される.
科学技術教育に関する政府の方針については,統合イノベーション戦略2023(19)において昨年に引き続き「探究・STEAM教育の抜本強化」が掲げられていることに加え,「価値観を共有する同志国やパートナー国との連携」を提言し,グローバル人材育成の強化を掲げている.令和5年度大学教育再生戦略推進費においても,継続事業である「大学の世界展開力強化事業」の中で「米国等との大学間交流形成支援」の公募を新規に開始しており(20),米国を中心に世界各国で取組みが進むSTEAM教育やDX,GX(グリーントランスフォーメーション)等の分野の交流を活発に行うことが求められている.工学・技術教育分野においても,今後は政府の教育関連政策,補助金による新しい教育プロジェクトの展開により,さらなるICTの活用,教育DXの発展が見込まれる.
〔齊藤 亜由子 工学院大学〕
22.3 技術史・工学史
技術史研究の国際学会として,国際技術史委員会ICOHTECがある.2023年の第50回年次大会ICOTEC2023(1)は,エストニア,タリンのタリン工科大学とタルトゥのタルトゥ大学で2023年8月14日~18日の期間で開催された.会議は22セッション,総計64件の発表があった.他,クランツベルク講演があり,50周年記念のシンボジウムは「技術史の視座」をテーマにして開催された.技術史研究に関連の深い国際産業遺産保存委員会(TICCIH)の国際会議18th Congress of TICCIH(2)は2022年8月28日~9月3日まで,カナダ,モントリオール,ケベック大学モントリオール校で開催されているが,同会議は,3年毎に開催のため,19th Congress of TICCIHは,2025年8月23日~30日,スウェーデンの鉱山都市キルナでの開催が予定されている.
国内では産業遺産学会(JIAS)が2023年6月3日に第47回総会(3)を愛知県尾張旭市の名古屋産業大学で開催,2件の基調講演と3件の研究発表があった.産業遺産学会2023年度全国大会(4)は,2023年11月5日に鳥取県日野郡日南町で開催され,基調講演とシンポジウム「鉱山遺産の保存と活用」,3件の研究発表があった.
日本産業技術史学会(JSHIT)は2023年6月17日に第39回年会(5)が大阪工業大学で開催された.一般講演6件他,企画講演「明治期大阪のお雇い外国人」が開催された.学会誌『技術と文明』は,冊子版は,第23巻第1号(44冊)までの全論文がオープンアクセスとなっている.また,電子版は第23巻掲載論文2件が公開されている.
日本科学史学会(HSSJ)では,欧文誌「Historia Scientiarum」は年間3号,学会誌「科学史研究」は年間4号およびニュースレター「科学史通信」は年4回程度刊行されている.2023年5月,日本科学史学会の第70回年会(6)は,早稲田大学理工学院を会場にして開催された.2023年5月20日にオンデマンド形式で開催,4件の講演があった.5月27日に対面型式で一般講演27件,シンポジウム1件があった.引き続き5月28日,一般講演21件,シンポジウム5件があった.
日本技術史教育学会(JSEHT)は2023年7月8日に2023年度総会・研究発表講演会(7)を東京都立産業技術高等専門学校で開催された.13件の研究発表講演と1件の特別講演があった.同年12月2日に全国大会(8)を西日本工業大学小倉キャンパスを会場にして開催された.研究発表講演14件,特別講演2件の講演があった.関西支部2023年度総会(9)は,兵庫県民会館で開催され,13件の研究発表講演と1件の特別講演があった.
『技術史教育学会誌 第24巻第1・2合併号』(2023年4月)(10)には,特別寄稿論文1件と5件の論文が収録されている.
中部産業遺産研究会(CSIH)のシンポジウム「日本の技術史を見る眼」第40回(11)は,2023年2月19日に,「技術史のおもしろさの発見」の副題で愛知県名古屋市のトヨタ産業技術記念館で開催された.第41回は,当初2024年2月に予定されていたが,延期となり,2024年度内に開催される予定である.
日本機械学会2023年度年次大会(12)は,2023年9月3日(日)~6日(水),「機械工学の英知を結集しゼロエミッション社会を拓く」を大会テーマに,東京都立大学南大沢キャンパスで開催された.技術と社会部門主催の内,技術史・工学史関係では,市民フォーラム3件,ワークショップ3件,セッション「技術史」の一般講演3件,の計9件の発表が行われた.
技術と社会部門の2023年度部門講演会「技術と社会の関連を巡って-過去から未来を訪ねる」(13)は,2023年12月16日~17日に神奈川工科大学を会場にして開催された.特別講演3件,学術講演44件があったが,機械工学史・技術史に関係する講演は11件であった.
その他,各支部講演会は,各地で開催されたが,技術史・工学史に関係する一般講演はなかった.
〔石田 正治 愛知県立豊橋工科高校〕
22.4 産業遺産・機械遺産
第17回目となった「機械遺産(1)」であるが,2023年はNo.117以下の4件が認定された.
まず,No.117は,五藤光学製の「プラネタリウム投映機 M-1型」である.現在,国産プラネタリウム投映機の世界シェアは70%を占める.この投映機は1959(昭和34)年に市販開始された本格的なレンズ投映式の機種としてはわが国最初のものであり,わが国のプラネタリウム機器が世界的評価を獲得する基礎となったものといえる.機構的には近代的プラネタリウム要素(レンズ投映式,年周運動の投映)を実現している.指定した東京海洋大学所有の機械は1965(昭和40)年に設置されたもので,現在稼働している中では最古のものである.管理運営には学生も関わり,メンテナンスなどで技術伝承も図られている.
次にNo.118は,「小田急電鉄3000形(特急ロマンスカーSE)」である.この車両の開発には,国鉄の高速車両開発のためのデータ収集を目的とした鉄道技術研究所の協力があり,のちの新幹線車両の開発に貴重なデータを与えている.ボディーは当時珍しいモノコック構造,駆動台車にカルダン駆動方式を採用し,高速での曲線走行を可能にした連接台車が採用された.特に1957年に国鉄の東海道本線で行われた高速試験においては,当時の狭軌世界最高速度となる145km/hを達成し,新幹線開発に向けて国鉄関係者の背中を押すことになった記念碑的な車両である.
No.119は,「旧和中散本舗の人車製薬機」である.滋賀県栗東市の旧和中散本舗で生薬の製造に使われたものである.この機械は1831(天保2)年に設置されたもので,人車(木製の大輪)の中に2人の人間が入って歩くと,人間の体重により回転力が生じ,その動力を歯車で増速し,乾燥して細かく刻んだ薬草などを粉砕する石臼を回転させる仕組みである.この機械装置は,機械技術の発達の歴史を語る貴重な資料といえる.現存する足踏み式の動力機械の中でも古い装置で,機械と人間の社会の繋がりの一端を示している.
最後にNo.120は,「三共工作機械資料館の歴史的工作機械群」である.三共製作所が本社工場内に開設した資料館内には17世紀の産業革命前後の時代から機械工業を大きく推進した20世紀に至る時代に活躍した137台の工作機械が展示されている.これは,年代別,機種別に体系的に収集されたものであり,この時代の工作機械技術の発展を俯瞰することができる.この資料館にはほかにも外国製を中心とする測定工具や切削工具類が展示されているほか教育用機構模型も収集展示されている.
これら,2023年の機械遺産認定盾および感謝状の手交は,東京都千代田区のワテラスコモンにおいて8月7日の機械の日(2)に2年ぶりに対面式で行われた.前記のプラネタリウムの遺産認定盾と感謝状の贈呈では,管理している海事普及会の代表学生が受領の大任を担った.学生が受領するのは機械遺産認定式史上初であるが,このような形で学生が主体となって遺産の保存活用につとめることは,技術の伝承の上でも非常に好ましく,教育上も拡がっていくことが期待される.
さて,他の学協会の遺産関係の認証では,土木学会の「選奨土木遺産(3)」には21件,電気学会の「でんきの礎(4)」には3件,産業遺産学会では,「推薦産業遺産(5)」(2023年度 5件)の認定というように継続して認定が行われている.ただ,コロナの流行をきっかけであろうか,これまで遺産認定活動を行っていた学協会で,認定が行われなくなっているところも散見される.このほか,広範な分野を網羅するものとして産業資料情報センター(国立科学博物館)の「重要科学技術史資料(未来技術遺産)(6)」20件の認定が行われており,特に機械系では今年は裁縫用ミシン関係や複写機関係の認定が多くそれぞれ6件を占める.なお,この重要科学技術史資料は純然たる技術的側面を捉えており,いわゆる軍事関係の資料も含まれている.技術のマイルストーンを認定している機械遺産においても一概に忌避するのではなく,技術者の奮闘の記録と技術の両面性(これはすべての技術にあてはまることである)を伝えていくことが,本来求められていることなのではないだろうか.
これら各学協会の遺産,文化庁の史跡,重要文化財などの各種制度と認定物品の位置づけに関しては,各学協会等のウェブサイトを参照いただきたい.
〔小野寺英輝 岩手大学〕
22.5 技術者倫理
2023年における不祥事として,最も大きな話題となったものは,株式会社ビッグモーター(東京都多摩市貝取)による保険金の不正請求および,これに関わる様々な不祥事(同社店舗前の植樹に除草剤をかけて枯死させる等)である.ビッグモーターの保険金の不正請求は,損害保険会社が事故に遭った契約者に車の修理工場としてビッグモーターを紹介し,修理のためにその契約者から預かった車を故意に傷つけたり不必要な部品交換をしたりするなどを行って修理費用を水増し,保険金を不正に請求していた,というもの.会社ぐるみで不正が行われた背景として,修理する車1台当たりの工賃と部品の粗利の合計金額に,平均で14万円前後の目標金額が設定され,現場の社員には,この目標金額に達することが要求され,目標金額に達しない場合には,降格などの処分が頻繁に行われていた.また,経営計画書には「指示されたことは考えないで即実行する.上司は部下が実行するまで言い続ける.幹部には部下の生殺与奪権を与える.」といったことが明記されており,“経営陣にそのまま従い,そんたくするいびつな企業風土”が出来上がっていたことや,その一方で(いかなる不正をしても)会社から与えられたノルマを達成する社員には高い報酬があったことから,高収入を維持するために“無理をしてでも成果を上げ続ける”社員も存在するようになり,“厳しいノルマ”,“いびつな企業風土”,“成果至上主義”から不正に対する罪悪感もなくなっていったといったこと等が報道されている(1).ビッグモーターによる不正に対し,国土交通省では,7月に不適切な修理などの疑いを指摘された同社の全国34店舗の整備工場で,抜き打ちでの一斉立ち入り検査を実施,これらの整備工場に対して事業停止処分,うち12店舗の整備工場には民間車検場としての指定取り消し処分を行なうことが10月に発表された(2).また,金融庁からも, ビックモーターに対して,保険代理店登録を11月30日付で取り消す処分が出された(3).なお,ビックモーター事件に関しては,“「会社が何を目指して企業活動を行っているのか」=「会社の社会的使命、従業員がよりどころとする会社の方向性は何か」”が存在しないことや,経営陣に「会社は“社会の公器”である」という意識が欠如していることが指摘され,同様の事件を起こさないためには,「企業は社会の中で活かされている」という認識を持つことが非常に重要であり,売上偏重主義に陥ってはならない等の意見も出されている(4).
製造業の不正では,ダイハツ工業の認証試験不正問題が発生した.この不正は,2023年4月28日に,ダイハツ工業の内部通報により,国内向け及び海外向けの車両で衝突試験や排出ガスや燃費の不正が発覚したもので,この後,12月20日に新車の安全性能を確認する認証試験など25の試験項目で,174個の不正行為が行われていたことが第三者委員会から報告された.この事件の背景としては,新型車の開発期間を他社よりも短縮するために過度にタイトで硬直的なスケジュールが組まれた結果,認証試験で必ず合格を勝ち取ること(販売スケジュールを遅らせない)が至上命令とされ,現場任せで管理職が関与しない体制や,チェック体制の未整備などが重なり不正につながった,と第三者委員会は結論づけている(5).国土交通省では,第三者委員会からの報告を受けて,グランマックス,タウンエース(トヨタに供給),ボンゴ(マツダに供給)の3車種について,認証の型式指定を取り消すという処分を決定した.
また,豊田自動織機において,昨年3月の時点にフォークリフト用エンジンの性能試験でデータを差し替えるなどの不正行為があったことが発表されていたが,特別調査委員会の調査により,トヨタから一部開発を受託している自動車用ディーゼルエンジンの出力試験の不正や,フォークリフト用エンジンでも新たな機種で不正が判明した.これを受けて,トヨタでは該当するエンジンを搭載する10車種出荷を一旦停止することを決定した(6).豊田自動織機の不正についても,ダイハツ工業と同様に,タイトな開発スケジュールが組まれていたことや,現場で開発に必要とされる期間を管理職が把握出来ておらず,開発の依頼元と適正なスケジュールについての調整が出来ていなかったこと(=現場とのコミュニケーションが出来ていなかった)などが不正の要因となっていたことが指摘されている(7).
自動車の開発に関しては,図1(8) に示したように,多くの工程が存在し,それぞれについて必要な時間を確保した上で進めていく必要がある.現場とのコミュニケーションについても,経営陣や管理職が現場の担当者と話をすれば良い,というわけではなく,「どのような工程には,どのようなことをやらなければならないので,最低限でも〇〇日間は必要である.」とか,「最低限必要な日数は〇〇日間であるが万が一に備えてプラス2~3日くらいの余裕が欲しい.」,「この工程を〇〇日間短縮するためには,どこを省略すれば可能であるが,その代わり商品性のどこが犠牲になる・・・」などなど,経営陣や管理職も“現場の作業がどういうものなのか?”を,しっかりと理解した上でなければ,スムースなコミュニケーションは成り立たない.
図1 自動車の開発大日程表(8)
技術と社会部門技術倫理委員会では,工学分野を担う技術者リーダーの育成に資する企画として毎年「リーダーを目指す技術者倫理セミナー」を開催している.2023年度では,1回実施,通算第28回のセミナー(2024年1月27日開催)として「組織のコミュニケーションはどうあるべきか」と題して,オンラインセミナー形態で開催された.技術は,人を幸せにして社会を豊かにするものであり,技術の社会との関わり合いはきわめて重要である.2023年度のセミナーで取りあげたテーマは,「不正が繰り返し発生してしまう」要因として組織内部におけるコミュニケーションのあり方に着目したものであった.グローバル化により国際的な技術開発競争に晒される中で,日本企業が国際競争に生き残っていくには,組織内でのコミュニケーションは重要であり,「コミュニケーション不全」は忌避すべきことである.そして,健全なコミュニケーションを行うことが出来る組織となるために必要となるのが技術者倫理である.こうしたセミナーの取り組みを引き続き継続して進めていく.
〔関根 康史 福山大学〕