21.交通・物流
21.1 自動車
21.1.1 概況
a.生産 2023年の四輪車生産(1)は900万台(前年比14.8%増)で,内訳は乗用車777万台,トラック113万台,バス10万台で,二輪車生産は59万台(同8.5%増)である.
b.輸出 2023年の新車輸出(1)は乗用車398万台(同19.8%増)で生産に占める割合は51.2%で2022年より1.3%増加した.二輪車は50万台(同7.8%増)で生産に占める割合は85%で2022年より0.6%減少した.
c.輸入 2023年の日本メーカー車を含めた輸入車新規登録台数(2)は31.1万台で,前年比0.3%増となった.
d.保有台数 2023年12月末で,乗用車6332万台,トラック1463万台,バス22万台,原付を除く二輪車407万台になっている(3).
〔関根 康史 福山大学〕
21.1.2 四輪自動車の技術動向
2023年の電動車両(BEV:Battery Electric Vehicle,HEV(Hybrid Electric Vehicle),PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle)等)の世界販売台数は約1900万台で,全販売車両の2割以上を占めた.BEV(Battery Electric Vehicle)については前年比の伸び率はやや鈍化したものの1000万台を超えるなど,BEV・PHEV・HEVのすべてが前年度比で3割以上の伸びを記録し,パワートレーンの電動化が着実に進行している(1).BEVの基幹部品であるリチウムイオン二次電池については,正極材にニッケル・コバルト・マンガン(NCM)を用いた三元系電池がシェアを下げ,エネルギ密度は低いもののコストや寿命に優れるリン酸鉄リチウム(LFP)を採用する車種の増加が目立った.そのLFPについても,鉄の一部を他の金属に置き換えることでエネルギ密度の改善を図る技術革新が継続中である(2).また,電池の形状や搭載方法についても進化が見られる.従来は円筒型・角型等のセルを接続してモジュール化し,これを複数個組み合わせて電池パックを構成して搭載するのが一般的であったが,近年ではセルを細長いブレード状にして,直接電池パックに敷き詰める構造にすることで,体積効率を向上するものが現れている(3).しかし,電池の技術がどれだけ進化しても,エネルギ密度の観点から内燃機関同等の航続距離を得るためには,電池の質量増は避けられない.そのため,車両運動や衝突安全にも影響を及ぼす慣性諸元や車体構造の変化に対応する技術開発や,応答性に優れる駆動モータを活用した車両運動制御等,電動化に伴う自動車そのものの技術進化も同時に進行している(4).
一方で,電動化の大きな目的である脱炭素社会の実現に向けては多くの課題が残されており,そのひとつが二次電池のライフサイクルでの環境負荷抑制である.EUでは,自動車用を含む域内で販売されるすべてのバッテリ製品を対象に,原材料調達からリサイクルまでのライフサイクル全体を規定する欧州電池規則が施行された(5).この規則では、バッテリパスポートと呼ばれるデジタルデータ実装やカーボンフットプリントの申告義務,リサイクル済み原材料の使用割合の最低値導入などが規定されている.日本でも,企業や業界を横断してデータを連携・活用するウラノス・エコシステムの一環として,蓄電池のトレーサビリティについての環境整備が進められている(6).従来,リチウムイオン電池のリサイクルは,携帯電話やパソコンの使用済み電池からコバルトやニッケル等のレアメタルを回収する乾式精錬が主流であったが,リチウムを含むすべて材料の回収や精錬工程でのCO2排出低減を目的とした湿式精錬への移行が進みつつある.さらには,正極材を金属に戻さずに構造を修復して再生するダイレクトリサイクル技術の開発も進行中である(7).また,電動車か否かに関わらず,ブレーキ粉塵やタイヤ粉塵などの物質の環境負荷も重要な課題となっている.欧州の次期排出ガス規制 Euro7ではこれらに関する規制も盛り込まれ(8),それぞれの技術課題への対応が急務となっている.
安全技術については,緊急時に自動でハンドルを操作あるいはドライバのハンドル操作支援を行う衝突回避横方向制御システムに関する国際標準が発行された(9).この標準では,衝突回避時の機能要件や性能評価方法について規定しており,すでに装着が義務化されている衝突被害軽減ブレーキに加え,本システムの普及が進めば交通事故のさらなる減少が期待できる.また,近年国内で保育施設でのバス置き去り事故が相次いで発生していることから,送迎バスに置き去り防止装置の設置が義務化された(10).子供の車内置き去りによる事故は世界的に問題となっており,米国では1998年以降で1000人近くの熱中症犠牲者が報告されている(11).欧州の自動車安全性能評価機関であるEuro NCAP(European New Car Assessment Program)では,子供の置き去りを検知する機能に関する試験が追加された(12).これに対応する技術として,車内に配置されたミリ波レーダで子供やペットの置き去りを検知し,ライトやホーンで車外に知らせるシステムを採用した車両が市場導入された(13).
自動運転技術には,交通事故の削減・高齢者等の移動手段の確保・ドライバ不足の解消等,大きな期待が寄せられているが,実現には未だ多くのハードルがある.国内では,公共交通を含む商用車両と個人所有の量産車両で異なるアプローチを取りながら実現を目指している.商用車両では,利用条件を限定した無人自動運転サービス実証への取り組みが強化されており,量産車両ではADAS(Advanced driver-assistance systems:先進運転支援システム)の高度化が進められている.商用車の実績を量産車の開発にフィードバックすることで,自動化レベルを上げていくことが期待されている(14).5月には永平寺町で国内初となるレベル4自動運転移動サービスが開始した.このサービスでは,電動カートベースの車両が電磁誘導線や周辺センサによる環境認識で自動走行し,遠隔監視による異常対応手段も備えている(15).また,公共交通以外にも閉鎖された空間での自動運転技術の活用が進んでおり,自動車工場内をカメラと無線通信技術を使って完成車が無人で工程間を移動する技術が導入された(16).量産車両に関しては,レベル3(特定の走行環境条件を満たす限定された領域においてすべての運転操作を自動化)搭載車が日本に続いて欧州・米国でも導入された(17).また,ADASについてもハンズオフ機能(ドライバ監視下で運転中にハンドルから手を離すことが可能)搭載車種が拡大している(18).
その他の技術として,ステアリングと操舵機構を機械的に結合せず,電気信号によってタイヤの向きを変えるステアバイワイヤや,車両の低電圧ネットワークを従来の12V系に替えて48V系を採用する車両が市場導入された(19).また,シリーズ式PHEVの発電用としてロータリーエンジンが復活した(20).
〔門崎 司朗 トヨタ自動車〕
21.1.3 二輪車の技術動向
2023年も引き続き,カーボンニュートラルへ向けた取り組みが進められた.複数のメーカーからEV車両が発売された他,ストロングHV車両の発売も発表されている.また国内メーカーで連携して水素エンジンの研究を進めることが発表されており,脱炭素社会の実現に向けて様々な手段が検討されている.
安全・快適機能については電子制御による新技術が製品化されている.ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)を進化させ,ミリ波レーダー,IMUの情報を元に前後サスペンションの減衰を制御することで乗車フィーリングを向上させるシステムが市場導入された.またクラッチシステムを進化させ,クラッチコントロールの自動制御化と手動クラッチ操作を両立させる新たな電子制御クラッチシステムが発表されている.
〔寺田 圭佑 ヤマハ発動機(株)〕
21.1.4 基礎研究
2020年初頭から3年に渡って続いたパンデミックにより,生活様式は一時的に大きく変化したが,COVID-19感染症については2023年の6月には第2類から第5類へ移行され,2024年3月で特例的な財政支援は終了する(1).4月からは確保病床によらない通常の医療提供体制に移行し,2024年をもって事実上収束する様相を呈している.しかしリモートワークやオンライン会議といった,パンデミックを契機に急速に広まった新しい仕事の形態は色濃く残り,昨今の環境負荷低減の取り組みとも相まってデジタル化に拍車をかけ,DX(Digital Transformation)は収束することなくむしろ拡散の方向である(2).
またDXに関する新たな技術を活用した新しい社会作りは,日本の総力を挙げて取り組む必要があると謳われており,持続可能な開発目標(SDGs)の2030年達成に向けた会合はすでに14回にわたって実施され,現時点でも不動の方針であることが確認されている(3)(4).特に豊かさを追求しながら地球環境を守るための研究という側面から,自動車の分野においてはデータ連携によるビジネスモデル構築,未来志向の社会づくりなどが掲げられ,それらの実現に必要とされる基礎技術の取り組みが課題となっている(5).
そうした社会的背景の中で,電気自動車,自動運転車,空飛ぶ自動車等,次世代の自動車の在り方についても模索されており,2023年10月から11月にかけて開催されたJAPAN MOBILITY SHOW 2023では世界各社からいろいろなコンセプトが発表された(6).今日に至り自動車関連の技術は幅広い分野にわたっており,2023年度もさまざまな基礎研究の成果が論文としても発表されている.たとえば「認知」「判断」「操作」といった自動車の本質に係わる研究成果としては,状況判断するためのセンシング技術(7)(8),人特性や予測技術に関する研究(9)(10),車両運動制御に関する基礎的な研究(11)(12),などが発表されている.また自動車に深く関係する技術として,評価手法に関する基礎的な研究(13)(14),素材に関する基礎的な研究(15),構造や部品といった機械の基礎的な研究(16),最新の自動車を構成する部品の研究(17)(18)など基礎研究領域の論文発表は多岐に富んでいる.
また2019年頃から謳われるようになったCASE(Connected,Autonomous,Shared/Service,Electric)は,自動車を単なる移動手段の機械製品としてではなく,さまざまなサービスを提供する手段となる多機能製品として捉えるようになり,自動車の価値を急速に多様化させた.その結果自動車社会全体が複雑で複合的な大規模システムとなりつつある.変革する自動車社会の中では,新たな価値の創造を単独分野の研究成果に頼るのではなく,複数の分野の基礎研究を連成させることによりスケールの大きな研究が高い価値を生み出す鍵となる.そのために基礎研究の成果は論理的にしっかりと体系化しておくことが大切である.基礎研究分野においては領域を超えた技術交流や,共同研究を進めやすい枠組みや制度改革が重要となっている(19).
〔豊島貴行 (株)本田技術研究所〕
21.2 鉄道
21.2.1 概況
国土交通省ホームページの鉄道車両等生産動態統計調査月報(1)によると,2023年1月から12月の1年間の車両生産数は,総生産数1568両(内新幹線車両は250両)であった.また,国内向け車両が1342両,輸出向け車両は226両であった.2022年1年間の生産数は,1872両(内新幹線車両440両,国内向け:1542両,輸出向け:330両)であり,2019年は前年比で総生産数-16%(内新幹線車両数-43%)で,国内向け車両数-13%,輸出向け車両数-32%,という結果であった.
本会に関連する行事としては,11月29日~12月1日には第32回交通・物流部門大会(TRANSLOG2023)が東京大学生産技術研究所で開催され,12月12日~14日には第30回鉄道技術・政策連合シンポジウム(J-RAIL2023)が国立オリンピック記念青少年総合センターで開催された.
21.2.2 新幹線・リニアモーターカー
次世代新幹線車両の開発が進められており,安全性,快適性,環境性,速達性を向上させる取り組みが進められている.
安全性に関する取り組みとして,JR東海と日本製鉄の「新幹線用新型ブレーキパッドの開発」が『文部科学大臣表彰 科学技術賞(開発部門)』を受賞した(2).これは高速時に急ブレーキをかけた際でも熱変形したディスクに摩擦材が追従できるよう皿ばねを搭載した新型ブレーキパッドであり,これによりブレーキ性能が向上し,ブレーキ距離の短縮が実現したことが確認されている.
新幹線の自動運転の研究は,JR東日本とJR西日本がE7系/W7系をベースに新幹線の自動運転の実現に向け協力して検討を進める方針が発表された(3).2021年度に実施した上越新幹線 新潟駅~新潟新幹線車両センター間の回送車両の自動運転試験等で得られた知見を基に,2020年代末に上越新幹線の新潟駅~新潟新幹線車両センター間の回送列車(GoA4),2030年代中頃には東京駅~新潟駅の営業列車(GoA3)のドライバレス運転の実現を目指し,ATO(自動列車運転装置)の開発を進めている.
また,2024年3月のダイヤ改正において,JR西日本と東日本は北陸新幹線金沢~敦賀間開業に伴う運行計画の概要(4),JR東日本は山形新幹線用新型車両E8系を運行開始することを発表した(5).
リニアモーターカーについては,JR東海と鉄道総研は第21回「超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価委員会」において液体ヘリウムを使わない「高温超電導磁石」の実用化に目途を付けたことを報告した(6).その結果,技術評価委員会において高温超電導磁石は「一定レベルの技術的な成立性の見通しが得られた」との評価がなされた(7).
21.2.3 在来鉄道・都市鉄道
8月26日に路面電車路線の新規開業としては75年ぶり,全線新設ライトレールとしては国内初となる宇都宮芳賀ライトレール線(ライトライン)が開業した(8).
自動運転についての研究開発も引き続き進んでおり,JR九州では香椎線で実施してきたATS-DKベースGoA2.5自動運転装置実証実験の知見を基に3月から鹿児島本線でも自動列車運転支援装置の走行試験を実施することを発表した(9).また2020年12月より実施してきた香椎線における実証運転の結果を基に第三者委員会で検証および導入判断後,必要な行政手続きを完了したことにより,2024年3月から香椎線においてGoA2.5自動運転を開始することが決定した(10).
また振り子式車両の開発も進められており,JR西日本は国内初となる「車上型の制御付き自然振子」方式である273系を2024年4月6日から投入することを発表した(11).一方,JR東海は新型特急車両385系量産先行車を製造し,2026年度に量産先行車の完成を,2029年度頃に量産車の投入を目指すことを発表した(12).
21.2.4 海外における動向
海外においても国内と同様に環境負荷低減に向けた取り組みが進められている.アルストム(フランス)が開発する水素燃料電池車両Coradia iLintの実証実験がカナダ・ケベック州において実施され,6月中旬から9月末までに1万人以上の乗客を輸送した(13).また,10月にはサウジアラビアにおいてもCoradia iLintの試験運行が開始されると発表された(14).中国では中車長春軌道客車(中国)が長春市で水素燃料電池車両の走行実験を実施した(15).
高速鉄道においてはフランス国鉄(SNCF)では2023年2月から次世代高速鉄道車両TGV Mの試運転が実施されており,2024年中に営業運転に入る予定である(16).イタリアでは日立レールと鉄道運営会社Trenitaliaが30編成の高速鉄道車両ETR1000の納入に関する契約を締結した(17).ETR1000の最初の納入は2026年春に予定され,その後年間8~10編成のペースで納入が予定されている.
〔安藝 雅彦 日本大学〕
21.3 航空宇宙
21.3.1 概況
日本航空宇宙工業会によると,2023年の航空機生産額は2022年より2,751億円(20.9%)増の1兆5,926億円となった(1).2019年に過去最高の1兆8,569億円を記録した後,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響等により,2020~21年は大きく下落したが,2022年からの増加傾向が持続していることが確認された(2).また,国土交通省航空局によると,2023年12月末の登録航空機数は前年度より5機減の2,818機となり,2019年以降の減少傾向が続いている(3).この中には事業撤退に伴って登録抹消された三菱スペースジェット(MSJ)の4機体が含まれている.日本政府観光局(JNTO)によると,2023年の訪日外客数は約2,507万人と前年比約5.5倍と急回復しているが,それでも2019年(約3,188万人)には及ばない.特に中国からの訪日外客数は約243万人で,2019年(約959万人)の25%に留まっており,コロナ禍からの回復は十分ではない(4).
民間航空分野の旅客輸送量は,世界の多くの地域で2023年の後半にはコロナ禍前の水準に復帰した.コロナ禍で旅客需要が激減した間,各国の航空会社が老朽機材を退役させたが,需要回復に伴って旅客機数に不足が生じている.このため,航空機製造会社に対する発注が相次いでいるが,製造が追いついておらず,納入機数は回復途上である.新しい交通システムとして,空飛ぷクルマやドローンの研究開発とシステム構築が世界的にも精力的に進められており,一部では社会実装を目指した飛行実証試験も始まっている.また,航空運輸分野における温暖効果ガスの排出削減については,2050年のカーボンニュートラル達成のため.脱炭素技術として,持続可能な代替燃料(SAF),電動化航空機,水素燃料航空機などの研究開発が本格化し,型式証朋の取得も視野に入れたプロジェクトも開始されている.
宇宙輸送分野では,2023年に人工衛星打上数が3年連続で過去最高を更新し続けている.世界合計で212回の打上げにより,2,816機の衛星が軌道投入された.多数の人工衛星を連携させて一体的に運用する「衛星コンステレーション」を構築するために,小型衛星の打上数が急増している一方で,商業用だけでなく政府用および軍事用を含め,従来の大型衛星から中小型衛星へ打上需要が移行する傾向がある.これに伴い,各国の新興企業が相次いで小型衛星の打上用ロケットの開発競争に参入している.また,地球周回軌道上で寿命を終え,あるいは故障のため機能を停止する衛星数も急増している.これに対応して,宇宙ごみ(デブリ)や衛星の追跡など宇宙領域把握(SDA:Space Domain Awareness)に関連した軌道上サービス衛星などの研究開発も盛んになりつつある.
21.3.2 航空
民間航空機分野では,前節で述べた背景から,国内企業が国際共同開発に参画する広胴機(ボーイング777X,ボーイング787)の受注が好調である.完成機分野ではHondaJetが,小型ビジネスジェットの新型機Echelon(エシュロン)の開発計画を発表し,2028年の型式証明(TC)取得を目指している(5).民間航空エンジン分野では,広胴機搭載用エンジン(GE9X,GEnx,Trent1000)に加え,細胴機用エンジン(PW1100G-JM)の受注も好調であり,国際共同開発に参画する国内企業は,整備事業も併せた収益拡大を期待されている.しかし,2023年8月,PW1100G-JMの高圧圧縮機と高圧タービンのディスク製造工程について不具合が公表され,出荷済エンジンの追加点検と部品交換が進められている(6).当該部品の製造は海外企業の担当だが,収益損失分担の契約に従い,国内企業も損失を被っている.
防衛航空分野においては,2022年12月に日英伊首脳により発表された,第6世代戦闘機共同開発「グローバル戦闘航空プログラム(GCAP)」に関し,2023年12月,効率的協業体制を確立するための「GCAP政府間機関(GIGO)設立条約」が署名された(7).
将来へ向けた課題として,航空機産業においても,脱炭素社会実現(GX)やデジタル技術活用(DX)に対応した産業構造変革が求められている.燃料電池電動推進システムやハイブリッド電動推進システムに関するプロジェクトがNEDOグリーンイノベーション(GI)基金に追加された他,航空機産業戦略と産業政策についても,産業構造審議会(経済産業省)において2024年春の策定を目指した議論が行われている(8).
21.3.3 宇宙
宇宙輸送分野では,3月には次期基幹ロケット(H3)試験機1号機の打上げ失敗があり,我が国の宇宙開発利用にとって試練の年となった.原因究明の結果,まず9月に再発防止策を反映したH-IIAロケット47号機の打上げに成功し,2024年2月にはH3ロケット試験機2号機の打上げが成功した(9).この第1段エンジン(LE-9)は,副燃焼室を必要としない吸熱(エキスパンダーブリード)サイクルに基づく日本独自方式の大推力エンジンである.他方,国際競争力を持った国内民間ロケット産業と軌道上サービス産業の育成も急務であり,それらの開発と実証に挑むスタートアップ企業に対する国からの支援(SBIRフェーズ3)が開始された(10).
宇宙探査の分野では,火星衛星探査計画(MMX),深宇宙探査技術実証機(DESTINY+)の開発など進行中である.上述のH-IIAロケット47号機に搭載された小型月着陸実証機(SLIM)は,2024年1月,着陸目標地点との誤差100メートル以内で月面着陸する世界初の「ピンポイント着陸」に成功した(11).国際字宙探査を巡っては,米国主導の月探査(アルテミス計画)において,我が国は主要パートナーとして多くのプロジェクトに参画している.その一つとして,JAXAは国内自動車メーカーと協力し,月面を移動する有人与圧ローバーの開発を進めている(12).
民間主導の宇宙開発利用は世界的な趨勢であり,我が国においても2023年6月に宇宙基本計画が改定されたのを受け,2024年3月には技術ロードマップを含む宇宙技術戦略が策定された.併せて,民間企業や大学等の主体的な研究開発を強力に支援するために宇宙戦略基金がJAXAに創設され,今後10年間で総額1兆円規模の支援を目指すなど,省庁横断的に宇宙政策を戦略的に強化する政府の方針が示された(13).
〔姫野 武洋 東京大学〕
21.4 船舶
2 1・4・1 概況(1)
2023年の世界の新造船建造量(竣工量)は約6,350万総トンで,2022年の約5,580 万総トンから増加した.2011年の1億340万総トンをピークにそれ以降,6,000万総トンほどで推移している.日本は約970万総トンとシェアは15.3%で,中国の3,230万総トン,50.9%,韓国の1,810万総トン,28.5% に次いで世界第3位であった。
世界の海上荷動量は約123億トンで,増加を続けている.内訳については,鉄鉱石はほぼ横ばい傾向であるが,穀物,コンテナは微増傾向にあった。エネルギー関連では,石炭,原油・石油製品はほぼ横ばいで推移しており,LPG,LNGは増加を続けている.
2 1・4・2 話題(2)
世界の地球温暖化対策は,国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の下で議論されているが,国際海運からの温室効果ガス(GHG)排出対策については、船籍国や運航国などが複雑なため,UNFCCCの国別の削減対策ではなく,国連の専門機関である国際海事機関(IMO)において検討されている.
国際海運では,2018年4月にIMOにおいて,今世紀中,早期にGHG 排出ゼロを目指すなどの数値目標を含む「GHG削減戦略」が採択され,日本は,2021年10月に「2050年国際海運カーボンニュートラル」を発表した.その後も IMOでの検討は継続されており,2023年7月に開催されたIMO第80回海洋環境保護委員会(MEPC80)において,以下の新たな削減目標を含む削減戦略が採択された.
・2050年頃までにGHG排出ネットゼロ
・2030年までにCO2排出量(輸送量当たり)を2008年比で40%削減する.
・2030年までにゼロエミッション燃料の使用割合を5~10%とする.
以上の削減目標を達成するための次の削減目安も採択されている.
・2030年までにGHG排出量を2008年比で20~30%削減する.
・2040年までにGHG排出量を2008年比で70~80%削減する.
2022年4月に発生した北海道知床沖の小型船沈没事故を受け,知床遊覧船事故対策検討委員会(3)が設置され,小型船舶を使用する旅客輸送における安全対策が総合的に検討され,2022年12月に,事業者の安全管理体制の強化,船員の資質の向上,船舶の安全基準の強化,監査・処分の強化,船舶検査の実効性の向上,安全情報の提供の拡充,利用者保護の強化を含む「旅客船の総合的な安全・安心対策」が取りまとめられ,その後,検査の実効性の向上,法令化や関連する法令などの改正,制度の創設や拡充などの対応が検討され,順次,実施されている.
〔小嶋 満夫 東京海洋大学〕
21.5 昇降機・遊戯施設
21.5.1 概況
日本エレベーター協会の2023年調査(1)による2022年度の国内の昇降機全体の新規設置台数は25,200台(2021年度24,164台)であり,2020年度と2021年度は前年と比べて減少していたが,3年ぶりに増加に転じた.新規設置台数の内訳は,エレベーターが22,440台(2021年度21,622台),エスカレーターが1200台(2021年度914台),小荷物専用昇降機が1,478台(2021年度1,553台),段差解消機が82台(2021年度75台)であった.建物の用途別に見ると,2016年度から2019年度までは,住宅,商業施設,事務所,工場・倉庫の昇降機は増加,駅舎・空港,学校・宗教・文化施設は横ばいで推移しているのに対し,病院・福祉は減少している.一方,2020年度以降では,病院・福祉を除いて他の用途では減少傾向にあったが、2022年度ではその傾向が止まり,住宅や工場・倉庫については増加している.
21.5.2 技術動向
国内の講演会では,最大瞬間減速度を抑制するクランプ摺動機構を備えたエレベータ非常止め装置の検証,非常止め装置作動時の制動力に対する補強材付ガイドレールの座屈解析,要素試験によるエレベータロープの振動特性に関する基礎的研究(ロープの構成・心綱が減衰比に及ぼす影響について),要素試験によるエレベータロープ自由振動試験の再現解析(変位依存性を有する減衰比を考慮した時刻歴応答解析),漏洩磁束法を利用したワイヤーロープ欠陥検査用フレキシブルホールセンサアレイの開発,ワイヤロープに対する滑車溝からの乗り上げ挙動解析,マルチボディダイナミクス(MBD)による超高層建物用エレベータテールコードの振動抑制,画像認識技術を用いたエスカレータにおけるベビーカー利用者の乗車行動検知システム,エレベーター設置計画におけるシャトルエレベーターによる乗り継ぎ影響の評価について,9件の発表が行われた.(2023年12月:技術講演会“昇降機・遊戯施設等の最近の技術と進歩”).
〔小川 哲 東芝エレベータ(株)〕
21.6 荷役運搬機械
21.6.1 概要
経済産業省の生産動態統計(確報)による,2023年1月~12月の荷役運搬機械(運搬機械からエレベータ,エスカレータを除いた)生産額は,4,577億円(2022年度比7.4%,367億円減)であった.このうち,クレーンは2022年度比3.2%減,巻上機は2.6%減,コンベヤは0.6%減,機械式駐車装置は21.8%増,自動立体倉庫装置は27.2%減である.
(一社)日本産業車両協会の調査による,2023年1月~12 月のフォークリフト生産台数は10.5万台で,2022年度比16.9%減,輸出を含めた販売台数は15.4%減,国内販売台数は11.2%減の状況である.
日銀短観の3月調査では,2024年の設備投資計画(ソフトウェア含む,土地除く)は,前年度比+4.5%と例年の同調査と比較して高い伸びになっており,半導体関連を含む精密機械の分野などで高い伸びが見込まれており,今後の設備投資を牽引し増加基調が続く見通し.
〔上田 雄一 (株)ダイフク〕
21.6.2 運搬車両
2023年の産業車両の国内生産実績は3,825億円(前年比100.5%)と3年連続で増加したものの,主力のフォークリフトは2,487億円(前年比92.6%),105,152台(前年比83.1%)といずれも減少となった(表1).
産業車両 | フォークリフト | ||
生産額(百万円) | 生産台数 | 生産額(百万円) | |
2019年 | 328,568 | 110,759 | 227,092 |
2020年 | 304,335 | 108,429 | 222,470 |
2021年 | 344,087 | 119,477 | 243,571 |
2022年 | 380,702 | 126,560 | 268,673 |
2023年 | 382,494 | 105,152 | 248,709 |
“物流の2024年問題”を受け,政府は「物流革新に向けた政策パッケージ」等の物流の効率化,生産性向上実現のための施策を矢継ぎ早に打ち出し,その中では物流の機械化・自動化の推進が掲げられた.産業車両にあっても,こうした期待に応えて,ロボティクス,IoTや次世代電池等の新技術を取り込んで,物流の効率化・高度化に加え,安全の向上,環境負荷の低減・カーボンニュートラル等に貢献する製品や技術の開発が進められている.
なお,無人搬送車システム(AGVS)の国際安全規格ISO3691-4は2020年に発行されたが,第2版が2023年6月に発行され,さらに引き続き次の改正に向けた審議が開始されている.
〔高瀬健一郎 (一社)日本産業車両協会〕