20.産業・化学機械と安全
20.1 化学プラント,化学プラントエンジニアリング
20.1.1 プラント業界の現状
2023年は新型コロナウィルス感染症からの世界的な経済活動の回復傾向が続く一方,ロシアによるウクライナ侵略の継続やパレスチナ・イスラエル紛争により,物価・エネルギー価格高騰,欧米のインフレ,中国の生産体制の停滞など,世界経済に大きな影響を与えている.「エネルギー白書2023」(1)によると,欧州ではロシア・ウクライナ問題でのエネルギー危機に起因した「代替エネルギーの確保」という喫緊の課題が発生し,省エネや石炭火力・原子力の活用等を進めつつ,LNG輸入を拡大してその課題に対応している.またこの影響から,世界的なエネルギーの需給逼迫と資源燃料価格の高騰を引き起こし,日本の経済・社会に対しても大きな影響を与えている(図20-1-1).
図20-1-1 エネルギー市場価格の推移(1)
世界全体では,コロナ後の経済の回復傾向が続き脱炭素投資への動きも活発となっている.2023年に開催されたCOP28では,パリ協定の目標達成にあたり,「世界の気温上昇を1.5度に抑える」という目標まで隔たりがあること,目標に向けて行動と支援が必要であることが強調され,
✓2030年までに再エネ発電容量を世界全体で3倍,省エネ改善率を世界平均で2倍に
✓排出削減が講じられていない石炭火力のフェーズダウンに向けた取り組みの加速
✓2050年までにネットゼロを達成するための,エネルギーシステムにおける化石燃料からの移行
✓再エネ,原子力,CCUSなどのCO2除去技術,低炭素水素などを含むゼロ・低排出技術の加速
などの具体的な項目が明記された.また,合意文書とは別の国際イニシアチブとして原子力発電設備容量を2050年までに2020年比で3倍にする有志国による宣言(日本含む23カ国が賛同)も発表されている.
このような世界のエネルギー状況の中で,プラント市場への影響としては,LNGプロジェクトの採算性が不透明(将来LNG価格が落ち着く,建設コスト高騰,CCS設備要求)で長期的視野で投資判断が難しくなっているものの,LNG需要の伸びと供給不足の追い風を受けて複数のLNGプロジェクトが動き出きだしている.また脱炭素関連では,燃料アンモニアや水素,CCSなどのプロジェクトでFSやFEEDと言ったソフト案件が走り出しており,2024~25年にかけてEPCへ発展すると予測されている.特に,海外でのアンモニア製造,日本への輸送・受入までのサプライチェーン構築事業はLNGに代わる大規模プロジェクトとなり,エンジニアリングの本領を存分に発揮できる分野として期待されている.
また,産業の基盤となるエチレンについて,経済産業省「世界の石油化学製品の今後の需給動向」(2)によると,2023年のエチレン需要は全世界で1億8000万トンであり,この需要の1/3を占める中国の影響が無視できない.2020年以降のゼロコロナ政策による景気低迷,その後の政策解除による感染者急増の影響などもあり,今後のエチレンプラント建設への影響も懸念されている.さらに,国内に目を向けると,エチレン製造プラントの平均稼働率は2022年に入ってからは90%を下回る月があり低調な状態が続き,中国でのエチレンコンプレックス稼働予定による供給過剰の懸念もあり,2024年3月にはエチレン生産設備の統廃合も発表されている(図20-1-2).
図20-1-2 エチレンプラント平均稼働率(3)
国内の脱炭素関連の動きとして,燃料用途での水素・アンモニア利用,国内石炭火力でのアンモニア混焼実証,燃料アンモニア輸入に向けたインフラ整備,CCUS等での開発・実証,各種フィージビリティスタディが活発に進んでいる.一般財団法人エンジニアリング協会「エンジニアリング産業の実態と動向 2023年度版」(4)によると,所属企業26社への調査結果から,脱炭素分野における現在の注力分野として,水素・燃料アンモニアのゼロエミッション燃料と洋上風力・太陽光・地熱などの再エネ発電とで4割超を占めている.将来の注力分野についても,ほぼ同様の結果となっており,その注目度の高さがうかがえる(図20-1-3).
図20-1-3 脱炭素分野における現在の注力分野(4)
特に,水素・燃料アンモニアの分野が2022年度の22%から2023年度では27%と数値が伸びている.注力する理由として,市場の有望性と自社の技術や実績・強みを活用できる(既存事業で培ったエンジニアリング産業のノウハウ)ことが挙げられている.日本政府としてもエネルギー安定供給の確保・産業競争力の強化・脱炭素の同時実現に向け,今後10年を見据えた取組方針を取りまとめた「GX実現に向けた基本方針」(5)を決定し,GX経済移行債を活用した各種先行投資支援が期待されている.課題としては,水素・燃料アンモニアでは,バリューチェーン構築,貯蔵や輸送等のインフラ整備,製造コスト低減などがあげられているが,GX移行債からの設備支援,既存化石燃料との値差支援なども計画されており,官民を挙げた動きが注目されている.
〔鈴木 章方 日揮グローバル(株)〕
20.2 産業機械
20.2.1 産業機械業界の現状
内閣府の2024年1月機械受注実績報告(1)は,「機械受注は,足元は弱含んでいる」である.昨年の報告同様,図20-2-1に同HPの統計データをグラフ化したものを示す.本稿執筆時点で2024年4~6月期の受注総額見通しは出ていないが,IMFの2024年1月経済見通し(2)では,世界のGDP成長率が2023年は3.1%,2024年も3.1%になると予測している.一方,世界銀行の2024年1月見通し(3)では,世界のGDP成長率が2023年の2.6%から2024 年は2.4%に減速,「金融政策の引き締めや制約的な金融環境,貿易や投資の世界的な低迷によりさらに減速する見通し.下振れリスクとしては昨今の中東紛争の激化,金融ストレス,根強いインフレ,貿易の分断化,気候関連の自然災害などがある.」としている.国内に目を向けると,(一社)日本電機工業会(JEMA)の2024年2月度出荷実績報告(4)は,産業機械の先行指標となるプログラマブルコントローラ(PLC)の出荷実績が,前年同月比で6ヵ月連続,輸出も9ヵ月連続のマイナスとなっている.また,2024年度は(5)「国内・輸出ともに半導体・電子部品産業向けの設備投資抑制の解消が年度下期となり,通期の生産額は前年度を下回る見通し」としている.
図20-2-1 機械受注推移
このような状況下,国内の「ものづくり」は少子高齢化など構造的な人手不足や次々と寿命を迎えるインフラ関連設備・装置のメンテナンスなど,大きな課題に直面している.製造業のDX(Digital Transformation/デジタル化),GX(Green Transformation/クリーンエネルギー化)が加速する中で,わが国の強みはSDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)を体現する「人間中心のものづくり」であると考えている.「人,技術,現場のつながりを組織の枠を超えて強化していくエコシステム」が,日本の強みを生かすコンセプトと言える.企業・教育機関・個人が「ものづくりの競争領域・独自技術」を強化していくことが必須である.加えて,「ものづくりの協調領域・共通技術」であり安全,保守・保全,セキュリティなど当部門が担う機械工学分野においては,部門活動を通じてさらに普及・深化・継承を図り,わが国産業機械の付加価値向上に貢献していく.
〔戸枝 毅 日本機械学会フェロー,博士(工学)明治大学〕
20.3 機械安全
20.3.1 機械安全設計の現状
2023年の機械安全設計に関する大きな動きは,EUの機械規則が発行されたことである.改訂作業が進められていた機械指令,2006/42/ECは機械規則,2023/1230として6月29日付EU官報(1)に掲載された.「指令」が「規則」となったことは大きな変更の一つであるが,機械製造業者がEU加盟国に機械を輸出する際に取るべきことは,規則に記載された手順・要求に従い,機械の安全設計を行い,製造すること,必要な文書類を用意することであり変わりはない.
今回の改定で附属書を含む章構成が変更されている.機械指令との相関表は附属書Ⅻに記載されている.その一部を表1に示す.
表1 機械指令と機械規則の章構成相関(機械規則附属書Ⅻ一部抜粋)
機械指令 2006/42/EC | 機械規則 2023/1230 |
第1条 適用範囲 | 第2条 |
第2条 定義 | 第3条 |
第28条 施行 | 第54条(第一段落) |
附属書I 健康と安全の必須要求事項
一般原則及び1.1.1項(定義) |
附属書Ⅲ 健康と安全の必須要求事項
パートA(一般原則)及びパートB(定義) |
附属書IV 第12条(3)及び(4)の手順を適用する機械類 | 附属書I 第25条(2)及び3)の手順を適用する機械類及び関連製品 |
附属書V 第2条(c)に関連する安全部品リスト | 安全部品リスト |
施行日等の重要な期日については第54条の第一段落に記載がある.しかしながらこの期日に誤記があり,7月4日付けで正誤表が官報(2)に記載された.修正後の重要な期日を表2に示す.
表2 適用日等期日(本文IX章一部抜粋)
規則作成日 | 2023年6月14日 |
EU官報掲載日 | 2023年6月29日 |
発効日 | 掲載された翌日から20日目(2023年7月19日) |
適用日 | 2027年1月20日(機械指令2006/42/ECの廃止) |
機械指令は1989年の初版が発行されて以来,2回の改定が行われその都度新たな技術領域についての要求事項が追加されてきている.今回の改定では,新たなデジタル技術(人口知能(AI),IoT及びロボティクス)に起因するリスクについて言及されることになった.
前文(12)では,2020年2月19日付の「人工知能,モノのインターネット,ロボティクスの安全性と責任への影響に関する欧州委員会報告書」(AI白書)(3)で機械指令等現行の安全法規制ではこれら新しいデジタル技術に起因するリスクに対してギャップがあると結論付けられており,これを受けて機械規制では新しいデジタル技術に起因するリスクをカバーすると記載されている.
前文(54)には,附属書Iには「データ依存性,不透明性,自律性,接続性など,危害の発生確率や重大性を著しく高め,機械類や関連製品の安全性に深刻な影響を及ぼす可能性のある特性により,安全機能を保証する自己進化型のシステム」を含める必要があるとの記載があり,附属書I,パートAに,「安全機能を確保するための機械学習アプローチによる完全又は部分的な自己進化動作を持つ安全部品」及び「安全機能を確保するための機械学習アプローチによる完全又は部分的に自己進化動作を持つ組込みシステムを持つ機械類で,それらのシステムに関してのみ使われ,単独で上市されないもの」が加えられている.
また,前文(55)で,適用されるのは「安全機能を確保する機械学習アプローチを用いた,完全又は部分的に自己進化する挙動を持つシステムにのみ」,「学習や進化が不可能で,機械類や関連製品の特定の自動化機能を実行するためだけにプログラムされたソフトウエアには適用すべきではない」との記述がある.
サイバーセキュリティに関連する項目として,前文(25),(51)に記述がある.具体的な要求事項としては,附属書IIIの健康と安全の必須要求事項に1.1.9項として,「Protection against corruption」が追加されている.
この中で,「…通信する遠隔装置を介して,他の装置が接続されても危険な状況に至らないように設計及び構築されなければならない.」,「機械類又は関連製品が関連する健康と安全の必須要求に準拠するために重要なソフトウエアへの接続又はアクセスに関連する,信号又はデータを送信するハードウエア部品は,偶発的又は意図的な破損から適切に保護されるように設計されなければならない.」と記載されている.前文(12)で記載された「新しいデジタル技術に起因するリスク」を考慮している.
AI等の新たなデジタル技術を用いた機械類の設計において,「安全機能を遂行するソフトウエア」と「自動化機能遂行するソフトウエア」を明確にすること,すなわち,従来の機械設計において,制御回路の安全関連部と非安全関連部を明確に分離することが重要である.
機械規則が官報に掲載後,整合規格の作成団体である,CEN/CENELECでは,改訂された健康と安全の必須要求事項の要求内容を満たすように現機械指令の整合規格の見直し,機械規則への整合規格化の整備を行っている.これに伴い,多くの整合規格が改訂される可能性がある.これを受けて,ISOやIEC規格の改定も行われる.実際,現在改訂中のISO,IEC規格はセキュリティ等の箇条を加えている.ISO,IEC規格が改訂されると,WTO/TBT協定により,JISも改訂される.
EUの規則の改定ではあるが,日本を含め全世界に与える影響は大きい.AI,セキュリティ関連の変更点について述べているが,それら以外にも変更追加された要求は多い.機械の設計には機械規則並びに,整合規格及び関連するISO/IEC/JIS等の改定動向などを考慮する必要がある.
当部門では機械規則及び関連規格の動向,要求事項の概要など講習会を実施,国内の産業機械の付加価値及び競争力向上に継続的に貢献していく.
〔杉田 吉広 テュフラインランドジャパン(株)〕