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機械工学年鑑2024

18.ロボティクス・メカトロニクス

18.1 総論

ロボティクス・メカトロニクス分野は,自動制御される機械を作り,機械を自動制御する技術分野である.情報工学や電子工学にも近い分野ではあるが,古典力学と日常物理に支配される様々な実体を操るための機械工学の一分野でもある.この分野は,建設現場から日常生活まで,人間社会の幅広い場面で必要とされ,さらに,様々な関連分野の融合や連携を必要とする.本第18章では,この分野の2023年のトピックについて以下の内容を紹介して頂く.

第18.2節では東京電力福島第一原子力発電所の廃炉作業支援ロボットの動向を解説頂く.2011年の東日本大震災から10年以上が経過したが,人が容易に近づけない環境での廃炉作業には,ロボティクス・メカトロニクス技術の継続的な研究開発が必要である.2023年の廃炉工程の進展と開発の状況について述べて頂く.

第18.3節では建設ロボット技術の2023年の動向を解説頂く.主に,土木分野と建築分野の各社におけるロボティクス・メカトロニクス技術の開発や応用の状況と,建設RXコンソーシアムの活動など,業界全体としての取り組みについて,紹介頂く.

第18.4節では,産業界での利用を目的としたハンド開発やハンドリングシステムの動向について解説頂く.特に,ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)やロボットフレンドリー施設推進機構(RFA)などの各団体の活動状況を取り上げて頂く.

第18.5節ではシステムインテグレーション分野の動向を紹介頂く.様々なコンポーネントを組み合わせて目的を達成するのがロボティクス・メカトロニクス分野の特徴であり,そのためにはシステムインテグレーションが欠かせない.本節では,ロボット・FAシステムの構築に関わる技術動向と, 2023年より一般社団法人化した一般社団法人日本ロボットシステムインテグレータ協会(SIer協会)の活動について説明頂く.

第18.6節ではロボット人材の育成の最近の動向について解説頂く.産業界,特に中小企業でのロボティクス・メカトロニクス技術の利活用を促進するためには,産官学の連携が欠かせない.本節では,未来ロボティクスエンジニア育成協議会(CHERSI)や経済産業省の活動を中心に解説して頂く.

第18.7節では,注目技術動向として,ロボティクス・メカトロニクス部門のフラグシップ・コンファレンスであるロボティクス・メカトロニクス講演会(ROBOMECH2023)における受賞研究を紹介して頂く.これらの最新の研究成果は,本分野の今後の発展の方向性を見極めるための良い指針になると思われる.

本章をまとめるにあたっての各位のご協力に感謝したい.

〔菊植 亮 広島大学〕

18.2 廃炉作業支援ロボット技術の動向

18.2.1 概況

福島第一原子力発電所では,政府が策定した「福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」に基づき,廃炉作業が進められている.廃炉作業は,30年から40年という長い年月をかけて継続して取り組んでいく大規模で重要なプロジェクトである.そこでは,高放射線環境下での実施を必要としている作業が多く存在することから,様々な遠隔操作ロボットが不可欠であり,廃炉作業へのロボット技術の貢献が大きく期待されている.

廃炉作業においては,まもなく迎える本格的なデブリ取り出しのフェーズを前に,現状,1~3号機において,燃料デブリの状態を確認するための内部調査や,燃料デブリの試験的取り出し作業開始に向けた準備が進められている.これらの調査,作業に用いる廃炉作業支援ロボットの研究開発は,主に国際廃炉研究開発機構(IRID)を中心とする事業者とメーカーが進めている.内部調査で得られた限られた作業環境の情報の中で,前例のない作業を行うロボットの実現が求められ,非常にチャレンジングな技術開発となっている.ここでは,それらのロボット作業の一例として,2号機の原子炉格納容器内部調査,燃料デブリ試験的取り出し作業,および1号機の格納容器内ドローン調査について紹介する.

なお,廃炉作業支援ロボットは,様々なロボット技術をシステムとして統合し実現するものであることから,その研究開発においては,学術界からの新しいアイディアや,広い視野からの技術提供,人材面での広がりといった,学術機関との連携が重要である.日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス部門主催の講演会では,従来からのOS「極限作業ロボット」や「サーチ&レスキューロボット・メカトロニクス」などに加え,2017年からはOS「原子力施設廃止措置のためのロボティクス・メカトロニクス」を継続的に実施している.これらのOSでは,廃炉作業支援ロボットに関わる研究開発の成果が多数発表されている.その成果が実際の廃炉作業の現場で使われるロボットの研究開発に生かされることを大いに期待したい.

18.2.2 2号機の原子炉格納容器(PCV)内部調査と燃料デブリ試験的取り出し作業

PCV内部の燃料デブリの取り出し作業は,試験的取り出しから開始し,その後,段階的に取り出し規模を拡大していく計画である.安全性,確実性,迅速性,使用済燃料の取り出し作業状況などから,燃料デブリ取り出しの初号機を2号機とし,現在,試験的取り出し作業開始に向けた準備が進められている.現場では,作業用アクセスルートを構築するための準備作業として,2023年4月にPCV内への進入ルートとなるX-6ペネ(作業用のPCV貫通口)前にバウンダリ(PCV閉じ込め機能)を有する隔離部屋の設置が完了し,その後,X-6ペネ内の堆積物を除去する作業が行われている.燃料デブリの性状把握のためのデブリ採取を早期に確実に行うために,まずは過去の内部調査で使用実績があり,堆積物が完全に除去しきれていなくても投入が可能なテレスコ式装置を活用した燃料デブリの採取を先行して行うこととしている(図18-2-1).テレスコ式装置を使った燃料デブリの試験的取り出し着手は,遅くとも2024年10月頃を見込んでおり,その後,ロボットアーム装置を用いた内部調査,燃料デブリ採取が進められる計画である.

図18-2-1 テレスコ式装置による燃料デブリ採取(東京電力ホールディングス株式会社より転載許諾済み)(1)

18.2.3 1号機の格納容器内ドローン調査

1号機原子炉格納容器(PCV)内の燃料デブリ取出しに向けて,燃料デブリの状態を確認するための内部調査が2012年から実施されてきた.これまでは,原子炉格納容器内部の地下階フロアの水中部等の調査が実施されたが,燃料デブリ取り出しのためには,原子炉格納容器全体の状況を把握する必要があり,原子炉格納容器内の1階フロア調査を中心とした気中部調査が2024年1月より開始された.

PCV内部は構造物が多く狭隘な暗所であるため,図18-2-2に示す,小型で機動性が高く,撮影能力が高い小型ドローンを使用した調査が行われた.また,原子炉格納容器は内側へ無線が届かないため,無線中継器を搭載したヘビ型ロボットを併せて使用し,小型ドローン操作用の無線通信範囲をカバーした.

気中部調査では,4基の小型ドローンを用いて,ペデスタル外側1階フロア(図18-2-2中の①,②)および水中部からの調査で確認しきれなかったペデスタル内側(図18-2-2中の③)の映像が取得され,PCV内部の様子を確認することができた.取得映像から,内壁コンクリートに大きな損傷がないこと,制御棒駆動機構交換用開口部付近につらら状・塊状の物体があることなどが確認された.今後,撮影された映像の詳細な評価・検証が進められる.

図18-2-2 原子炉格納容器内1階フロアを中心とした気中部調査(東京電力ホールディングス株式会社より転載許諾済み)(2)

18.2.4 今後の展望

福島第一原子力発電所の廃炉作業は,長い年月をかけて継続して取り組んでいくプロジェクトである.特にそれに関わる作業支援ロボットの整備,技術開発の活動は,直接的にそれに関係する事業者,メーカーのみならず,学術界の技術者・研究者など,さまざまな人々の英知を集結して難しい課題を解決していくものである.まもなく迎える本格的なデブリ取り出しのフェーズの段階に向けて,その作業方法やそれを実施する装置の詳細仕様決定のため,具体的にどのような情報の取得が必要であるか,また,その情報をどのようにして遠隔で計測取得するかの検討が必要である.それも含め,目標達成のために必要なロボットシステムおよび技術の獲得・実現を,ロボット技術の研究開発に関わる技術者・研究者で総力を挙げて取り組んでいく.

〔吉見 卓 芝浦工業大学〕

参考文献

(1) 東京電力ホールディングス, ニュースリリース(2024年2月16日)

https://www.tepco.co.jp/decommission/information/newsrelease/

(2) 東京電力ホールディングス, 廃炉情報リーフレット(2024年3月11日)

https://www.tepco.co.jp/decommission/visual/leaflet/

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18.3 建設ロボット技術の動向

建設業は,技能者の高齢化や労働環境の悪さなどの理由から就業者数が近年減少傾向にある.また,労働集約型の現地屋外生産であるため労働生産性も低い.これらの課題に対応することを目的として,賃金水準の向上や休暇取得などの働き方改革とともに,AIによる建機の自動運転や産業ロボットを応用した内装工事ロボットなど,建設ロボットの研究開発や現場導入が積極的に進められている.

建設現場の生産性を2割向上させることを目指し,国土交通省が推進してきた「i-Construction」に加え,2022年からはデジタルを最大限に活用してインフラサービスの向上や安全・安心の確保することを目指した「インフラ分野のDX」(1)を進めている.「インフラ分野のDX」のアクションプランは,行政手続のデジタル化,情報の高度化とその活用,現場作業の遠隔化・自動化・自律化の3つの柱から構成され,現場施工や点検,災害復旧などに対する新技術の更なる開発,社会実装を推進している.2023年には「インフラ分野のDX アクションプラン2」(2)が策定され,「第5期国土交通省技術基本計画」(3)で定めた20~30年先の建設現場イメージを目指すべき将来像とし,誰でも遠隔で操作できるロボット建機や,道路や橋の無人化施工などの実現に向けた取り組みを進めている.

土木分野では,作業の危険度が高い山岳トンネル工事の自動化施工技術が大手ゼネコンを中心に研究開発されている.2023年1月には鹿島建設がトンネル地山の複雑な凹凸を3Dスキャナで計測し,自動でコンクリートを吹付ける「自動吹付けシステム」を実際のトンネルに適用した(4).2023年9月には慶應義塾大学と大林組が共同で,ハプティクスを応用した山岳トンネル工事での火薬の装填・結線作業を遠隔化・自動化する「自動火薬装填システム」を開発している(5)

建築分野では,大林組が2022年5月から行っていた6軸垂直多関節ロボットを使用した建設用3Dプリンタを用いた建屋建設が2023年4月に完成した.この建屋は国内で初めて建築基準法に基づく国土交通大臣の認定を取得した構造形式となっている(6).2023年8月には大成建設,ラピュタロボティクス,住友ナコフォークリフトが共同で,画像解析によってランダムに置かれた指定エリア内の台車や資材を探索しながら識別し,自動搬送するロボットシステム「T-DriveX」を開発している(7)

鹿島建設・清水建設・竹中工務店の3社が中心となり2021年に発足した建設RXコンソーシアムは,建設ロボットの開発コスト低減や仕様の共通化によって普及を促進し,建設業界全体の生産性および魅力の向上を促進することを目的とした.後に大林組と大成建設が加入してゼネコン大手5社が幹事会社となったこともあり,2024年4月1日現在では252社(正会員29社・協力会員223社)まで拡大している.協調領域として取り組むテーマも徐々に増加し,①資材の自動搬送システム分科会,②タワークレーン遠隔操作分科会,③作業所廃棄物対応技術分科会,④コンクリート施工効率化分科会,⑤墨出しロボット分科会,⑥照度測定ロボット分科会,⑦生産BIM分科会,⑧相互利用可能な技術分科会,⑨市販ツール活用分科会,⑩風量測定ロボット分科会,⑪AIによる安全帯不使用検知システム分科会,⑫ICT技術による配筋検査の効率化分科会,の12分科会を設定し,建設会社やメーカ,ベンチャー企業,保険会社,商社,レンタル会社などが連携した情報共有とロボット技術の相互利用を促進する活動が行われている(8)

これまで建設ロボットに対して標準的な安全ルールが整備されておらず,労働安全衛生規則などの現行法に則した個別の安全管理を行ってきた.そのため,過度な安全対策が必要になり,導入効果も縮小することが危惧されている.現在,建設ロボットの技術開発および普及を加速化させ,建設現場の生産性向上や働き方改革の実現を目的に適切な安全対策や関連基準の整備などが進められている.

土木分野では,国土交通省が2022年3月14日に「建設機械施工の自動化・自律化協議会」(9)を設立し,自動建設機械に対する安全ルールの標準化や機能要件などを検討している.2024年3月には「自動施工における安全ルールVer.1.0」(10)が公開され,自動施工中の安全を確保するための安全方策として,「無人エリア」「有人エリア」「立入制限エリア」の設定や逸脱・侵入防止対策などが示されている.今後は直轄土木工事で試行を行いながら内容の見直しを行い,並行して機能要件の策定を行う予定である.

また,日本建設業連合会 建築ロボット専門部会(11)においては,建築ロボット導入に取り組むゼネコン各社を対象に行ったアンケートの結果から,建設ロボットの普及を妨げる課題として,法令・資格の整備と緩和,既存技術レベルと要求性能の乖離,投資対効果の3つをあげ,建築ロボットに関する安全指針や現場導入のガイドラインについて整備を進めている.

図18-3-1 3Dプリンタによる建屋建設の様子(大林組提供)

 

〔中村 聡 東急建設株式会社〕

参考文献

(1) インフラ分野のDXアクションプラン, 国⼟交通省
https://www.mlit.go.jp/tec/content/001474432.pdf (参照日2024年4月5日)

(2) インフラ分野のDX アクションプラン2, 国⼟交通省
https://www.mlit.go.jp/tec/content/001633173.pdf (参照日2024年4月5日)

(3) 第5期国土交通省技術基本計画, 国⼟交通省
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001479986.pdf (参照日2024年4月5日)

(4) 吹付けコンクリートの自動化を初めて実トンネルで実現, 鹿島建設
https://www.kajima.co.jp/news/press/202301/12c1-j.htm (参照日2024年4月5日)

(5) 山岳トンネル掘削作業における自動火薬装填システムの開発, 大林組
https://www.obayashi.co.jp/news/detail/news20230912_1.html (参照日2024年4月5日)

(6) 3Dプリンター実証棟「3dpod™」が完成, 大林組
https://www.obayashi.co.jp/news/detail/news20230425_1.html (参照日2024年4月5日)

(7) 自律走行搬送ロボットシステム「T-DriveX」を開発, 大成建設
https://www.taisei.co.jp/about_us/wn/2023/230821_9622.html (参照日2024年4月5日)

(8) 建設RXコンソーシアムⓇ
https://rxconso-com.dw365-ssl.jp/index.html (参照日2024年4月5日)

(9) 建設機械施工の自動化・遠隔化技術, 国土交通省
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/sosei_constplan_tk_000049.html (参照日2024年4月5日)

(10) 自動施工における安全ルール Ver.1.0, 国土交通省 大臣官房参事官(イノベーション)グループ
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/001730920.pdf (参照日2024年4月5日)

(11) 浜田耕史, 柳田克巳, 宮口幹太, 中村聡, 関原弦, 鈴木信也, 建築ロボットの普及展開に向けた調査研究 その1~その4, 日本建築学会大会学術講演梗概集(2023), pp. 1213-1220.

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18.4 産業用ハンドリングシステムの動向

ロボットハンドの研究は,ロボット研究の黎明期からの歴史があり,剛体の力学を基盤に把持や操りの研究が数多く研究発表されてきた.しかし,産業用ロボットハンド(ここでは広い意味でロボットエンドエフェクタ)として実際に利用されているものは,①吸着パッド②開閉式グリッパ③ベルヌーイチャック④空気圧駆動ソフトハンドなどに限定される.学術界では高度な運動知能の追及のため汎用性を強く意識してきた.一方,産業界からの要求は際限の無い環境での汎用能力ではなく,限定された作業環境での汎用性であった.さらに,産業界では作業速度,位置精度,把持確実性,価格など研究開発では軽視されてきた性能が必須となっている.

このような状況を考慮して,産業界での利用を目的としたハンド開発やハンドリングシステム提案も活発化してきた.たとえば,SIP第2期 フィジカル空間デジタルデータ処理基盤(2018年~2023年3月)「CPS構築のためのセンサリッチ柔軟エンドエフェクタシステム開発と実用化」(実施機関:立命館大学,山形大学,㈱人機一体,㈱チトセロボティクス)(1では,産業ニーズから問題を分析して,必要とされるエンドエフェクタの開発を実施し,現場での実証実験などを行っている.これらの成果は,一般社団法人i-RooBO Network Forum2の産業用ハンドリングシステムアライアンス(IHaSA)3で公開中である.また,NEDO革新的ロボット研究開発基盤事業(2020年度~2024年度)4においても産業実用を目的としたハンド開発が含まれている.一方,技術研究組合 産業用ロボット次世代基礎技術研究機構(Robot Industrial Basic Technology Collaborative Innovation Partnership(ROBOCIP))5は,産業用ロボットの基礎技術研究分野において,ロボットメーカー各社が連携して,技術革新の基盤強化を目的として2020年7月に設立された.基礎技術研究分野の3つの研究項目(「モノのハンドリング及び汎用動作計画に関する研究」「遠隔制御技術に関する研究」「ロボット新素材とセンサ応用技術に関する研究」)にハンドリングが挙げられている.

2015年に設立されたロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(Robot Revolution & Industrial IoT Initiative(RRI))(6)では,WG1「IoTによる製造ビジネス変革WG」,WG2「ロボット利活用推進WG」,WG3「ロボットイノベーションWG」の3つのWGが活動している(7).特に,WG3には,2023年度から,ロボットフレンドリー委員会とマニピュレーション委員会が立ち上がっている.ロボットフレンドリーな環境の実現とは,ロボット導入にあたって,ユーザー側の業務プロセスや施設環境をロボット導入しやすい環境へと変革することと経済産業省HPで説明されている(8).ロボットフレンドリー環境を実現するために,経済産業省は,2019年度に「ロボット実装モデル構築推進タスクフォース(TF)」を設置し,2020年度から「革新的ロボット研究開発等基盤構築事業」等の予算事業を進めている.ロボット未導入分野として,「施設管理」「食品」「小売」「物流倉庫」の4分野を重点に,ユーザーとロボットSIer企業らが参画するTFでの検討や予算事業等を通じた支援措置を経済産業省は進めている.このような動きを受けて,ロボットフレンドリー施設推進機構(Robot Friendly Asset Promotion Association(RFA))が,2022年9月に発足している(9).この機構では,エレベーター連携TC(テクニカルコミッティ),セキュリティ連携TC,物理環境特性TC,ロボット群管理TCで規格やガイドラインの発行などが実施されている.

我が国では,構造的な労働力不足が顕在化し,社会基盤の維持が困難な未来が見える.労働力不足問題の解決に生成AIなどを駆使したDXが貢献することは間違いない.しかし,情報だけでは解決できない課題が存在する.物を動かす,加工する,組み立てるなど,産業用ハンドリングの本質的な課題解決のためには,機構や制御の視点での解決法が強く求められている.また,センシング,情報処理,機構設計,運動制御などの他分野に渡る技術を統合して,産業用ハンドリングシステムを構築するシステムインテグレーションの技術開発が脆弱であり,今後強化していく必要がある.このためには,システムインテグレーションの技術の基盤となる科学を大学等の研究機関が担うべきである.

〔川村 貞夫 立命館大学〕

参考文献

(1) 内閣府ホームページ https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/sip2_seika/physical2.pdf

(2) 一般社団法人i-RooBO Network Forum https://iroobo.jp/

(3) 産業用ハンドリングシステムアライアンス(IHaSA) https://ihasa.jp/

(4) NEDO革新的ロボット研究開発基盤事業

https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100188.html

(5) 技術研究組合 産業用ロボット次世代基礎技術研究機構 (ROBOCIP)
https://www.robocip.or.jp/

(6) ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)
https://www.jmfrri.gr.jp/

(7) ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会 WG活動説明パンフレット
https://www.jmfrri.gr.jp/content/files/RRI/RRI_Pamphlet_jp.pdf

(8) 経済産業省 ロボフレ
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/robot/230929_robotfriendly.html

(9) ロボットフレンドリー施設推進機構(RFA) https://robot-friendly.org/

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18.5 システムインテグレーション分野の動向

18.5.1 注目技術動向

現在,ロボットシステムインテグレーションの実務において注目を浴びている技術のうち,主要なものを紹介する.

(1)AMRの利用

近年,システムインテグレートにAMR(自律走行搬送ロボット:Autonomous Mobile Robot)が利用されることが多くなっている.製造現場における搬送ではAGV(無人搬送車:Automatic Guided Vehicle)が古くから利用されてきた.AGVとAMRの大きな違いは,AGVがその英語名の直訳通り「自動でガイドされて走行する乗り物」であるのに対し,AMRは「自律的に走行する搬送ロボット」とガイドに従って走行する必要がない点にある.そのため,生産ラインを構築する際に磁気テープやQRコードなど誘導のためのガイドを設置する必要がなく,フレキシブルな生産ラインを構築することが可能となる.AMRは室内で使用されるため,自律走行のための自己位置推定にGPSを使用することはできず,レーザースキャナを使用したLiDAR SLAM技術やカメラ画像を使用したVisual SLAM技術などを利用して走行マップを生成して自律走行を行っている.このSLAM技術の発展,複数の機体を制御する群制御技術の発展,電池および充電技術の発展などにより,AMRは社会実装が可能なほど技術的に成熟した.これにより,導入コストも低減し,近年急速にロボットシステムインテグレーションに使用されるようになってきた.上部にコンベアを設置したり,マニピュレータを設置するなど様々な形での利用が行われている.

(2)協働ロボットの利用

協働ロボットに関しては,2016年にISO/TS15066がISO10218を補足する形で公開され,安全に関する要求事項が明確になりつつある.これに応じ,多くのロボットメーカも協働ロボットをそのラインナップに加え販売をするに至っている.協働ロボットは速度や精度が通常の産業用ロボットと比較して劣るものの,安全柵の必要がないことからスペース上の制限がある製造現場やフレキシブルな運用を行いたい場合(AMRの上に載せるなど)に利用が広がりつつある.日本の中小企業では製造現場にスペースの余裕が多くないことがほとんどであり,中小企業へのロボット導入の選択肢の1つとして取り上げられている.工作機械を使用した加工などを行う工場が中小企業には多いことから,工作機械へのワークの脱着を自動で行うロボットシステムに協働ロボットが組み込まれることも急速に増えている.日本の市場はユニバーサルロボットが切り開いてきたが,中国や台湾の協働ロボットメーカも力をつけている.また,円安の進行により欧米製のロボットは価格的競争力がなくなり,国産ロボットメーカの協働ロボットへの期待も高まっている.

(3)3Dマシンビジョン

3Dカメラによる撮影とこの画像を処理して様々なアプリケーションを実現するシステムである3Dマシンビジョンの活用が広く行われるようになっている.ばら積みピッキングやパレタイズなどの位置決めと経路生成の他,立体的なワークの検査や測定などに利用されている.AIとの親和性も高く,画像処理や経路生成にAIが利用されることもある.カメラによる撮影とその画像処理では光の問題が非常に難度が高く,外乱光の処理や反射光の処理が3Dマシンビジョンの性能に大きく影響する.また,ロボットシステムインテグレータのエンジニアは情報処理技術に対する造詣が深くないことが多く,対応アプリケーションの充実度や設定の際のわかりやすさといった要素も,価格に加えて3Dマシンビジョンの選択に大きな影響を与えている.3Dマシンビジョンを提供する企業は国内に複数存在し技術的に高い水準にあるが,アプリケーションの充実と手ごろな価格によりMech-Mindなどの中華系企業の台頭も目立ち始めている.

(4)3D設計とシミュレーション技術

SI業務において近年,プロジェクトの初期段階で設計や開発により多くの資源を投じるフロントローディングの考え方を重視する企業が増加している.具体的には,構築するシステムのシミュレーションをプロジェクトの初期に作成し,顧客との意見の相違を初期段階で極力少なくしようという考え方である.3D CADの利用はごく普通に行われるようになっており,ロボットメーカの提供するロボットシミュレータを使用した簡単なロボットシステムのシミュレーション,さらには設備シミュレータを利用したライン全体のシミュレーションも行われるようになっている.3Dスキャナを利用して工場全体をスキャニングし,この情報をもとに工場内全体を再現するような取り組みも行われている.ロボットシミュレータは各ロボットメーカが提供しており利用しやすい反面,設備全体のシミュレーションには対応が難しい.設備全体をシミュレーションするソフトは海外製がほとんどを占めているのが現状である.

(5)遠隔操作技術

遠隔操作技術をロボットシステムインテグレーションに取り入れようとする試みも近年活発である.これは,5Gといった高速通信技術の発展やシミュレーション技術の高度化といった技術面のハードルの低下に加え,ロボット導入が大企業のみならず中小企業にも拡大してきたことによるユーザービリティの向上要求からくるものと考えられる.産業用ロボットの遠隔操作に以前より積極的に取り組んできているのが川崎重工であり,「Successor-G」(1)が市販されている.また同社はソニーグループと合弁会社のリモートロボティクスを立ち上げ,遠隔操作ロボットのプラットフォームを提供している.産業用ロボットの遠隔操作はまだまだ社会実装への入り口の段階であるが,溶接や塗装といった過酷環境における利用が期待されている.

(6)AM技術(3Dプリンタ)の利用

3Dプリンタの普及に伴い,ロボットハンドや治具の試作に3Dプリンタは日常的に利用されるようになってきている.これに加え,試作ではなく3Dプリンタによる造形物を本利用する動きも近年出てきている.3Dプリンタを使用することにより,鋳造や射出成形,押出成形といった伝統的な方法では製造できない形状を造形することができ,今までにない形状によって新たな特徴を製品に付加できるからである.例えば,KiQ Roboticsの「ラティス構造柔軟指」(2)のように,これまで造形できなかった形を3Dプリンティングで実現し,新たな特徴を持った製品を生み出すことができるのである.今後このような製品が多く生み出されることが期待される.

18.5.2 業界活動

ロボットシステムインテグレーションを行う企業からなる業界団体は,2018年に一般社団法人日本ロボット工業会内に独立委員会として設立,2023年より一般社団法人化して一般社団法人日本ロボットシステムインテグレータ協会(以下,SIer協会)として活動している.2024年4月1日時点で313社が加盟する.その主たる活動を紹介する.

(1)経営基盤強化活動

SIer協会の加盟企業のうち,社員数が100名以下の会社が全体の60%以上を占めており,中小企業がその構成主体となっている.そこで経営基盤の強化のための活動を積極的に行っている.システムインテグレーション業のビジネスモデルが内包する大きな課題として,ビジネスの性質上受注から納品までの期間が長く,またその期間のエンジニアの人件費に加えて設備の購入費が加算されることから持ち出しが非常に大きくなってしまうというものがある.そのため,プロジェクト管理の失敗による納期の遅延や手戻りの発生,作り直しなどが発生した場合は取り返しのつかない事態を招く可能性がある.このような事態を防ぐために,協会では標準となるロボットシステム構築プロセスとしてプロセスガイドラインを策定した.各プロセスにおける文書のひな形の準備も進めている.また,システム構築後メンテナンス契約を交わさない企業が大半であるため,新たな収益源の提案として,リモートメンテナンスツールの比較検討を行った.

(2)地域連携活動

SIer企業は地域性・専門性が高く,横のネットワークが十分に構築されていない.そこで,SIer協会では各地域におけるSIer企業ネットワークの構築に力を入れている.代表的な活動として,1年間で全国各地10か所で開催するSIer’s Dayがある.2023年度は大阪,富山,秋田,つくば,静岡,釧路,岡山,愛知,徳島,北九州で開催した.SIer’s Dayは,SIer企業間の交流,ロボット導入を考えている企業との交流,地元行政機関との交流の3つの目的のもと,半日間で行うセミナーである.内容は各開催で若干異なるが,主に,地元大学教授等による最新研究成果の講演,ロボット導入企業による事例紹介,地元SIer企業の事業紹介,行政機関による施策紹介などを行っている.

(3)人材育成活動

SIer協会では人材育成にも力を入れている.3日間でロボットシステムインテグレーションに必要な知識を概観しSIerとコミュニケーションが可能なレベルに引き上げる「ロボットSI基礎講座」は人気講座であり,年間200名以上の受講者が受講している.また,2023年より,自動化推進協会より引き継いだ自動化技術講座を専門性の高い講座として開講しており,こちらも述べ200名以上が受講した.エンジニアの実務レベルを測るための「ロボットSI検定」も実施しており,現在,実務レベル3年程度を対象とした3級試験,10年程度を対象とした2級試験を実施している.2023年よりこの2級試験をターゲットとしたロボットシステム設計講座をNEDO講座にて実施している.また,ロボットSI検定3級はタイへの輸出の準備を開始しており,2024年にトライアル試験を実施予定である.

さらに,若年層への認知度向上活動として,毎年全国20以上のロボットセンター,1000名以上の生徒が参加する「ロボットアイデア甲子園」を開催し,愛知県が開催する「高校生ロボットSIリーグ」にも特別協力を行っている.また,複数の大学に対し出前授業を行っている.

〔高本 治明 日本ロボットシステムインテグレータ協会〕

参考文献

(1) 研削・バリ取り・表面仕上げ用遠隔操縦ロボットシステム「Successor®-G」を販売開始(2019年12月12日), 川崎重工業
https://www.khi.co.jp/pressrelease/detail/20191212_1.html  (参照日2024年4月6日)

(2) 様々な形状の通い箱をハンドリングするラティス構造柔軟指を開発(2023年9月22日), KiQ Robotics
https://kiq-robotics.co.jp/wp-content/uploads/2023/09/プレスリリース20230922.pdf (参照日2024年4月6日)

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18.6 ロボット人材育成の動向

我が国は労働者人口が減少し多くの産業において人手不足が顕著になっている.特に,中小企業は近年採用が困難になりつつあり,極めて深刻な状況にある.今後さらなる人口減少が確実である中,企業は限りある人的リソースを最大限に活用して成長していくことが求められており,いかに労働生産性を向上させるかは企業にとって喫緊の課題となっている.

労働生産性の向上に有効なツールの1つとしてロボットの活用が挙げられるが,ロボットは他の機械と比較して自由度の高い機器である一方,プログラム等により適切に制御できなければその特徴を活かせないため,ロボットを扱うための知識・技能を有する人材の育成・確保が重要となる.

また,自動車産業や電気電子機器産業においてはこれまで多くのロボットが活用されてきた一方で,食品分野等いわゆる三品産業においては,十分な活用が進んでいない.このような産業においてもロボットが活用されるためには,アプリケーションを開発し現場にロボットを実装する役割を担うロボットSIerの役割が重要であり,今後も増大していくことが想定されるロボット市場を見据えて,ロボットSIer人材を育成していくことが課題である.

また,ロボットユーザー企業においても,現場でロボットを扱うための人材が確保できないためロボットの導入を躊躇することがある.ロボットの実装をさらに推進していくためには,このようなロボット利活用人材の確保も,避けて通れない課題である.

18.6.1 ロボット利活用人材の裾野拡大

ロボットの社会実装をさらに加速していくには,上述のとおり,次世代のロボットを開発する研究者やロボットSIerだけでなく,ロボットを利活用する人材も重要となる.一部企業においては,若手社員を中心にロボットの操作方法や労働安全の教育を行うなど人材育成を進めているが,中小企業は人材を育成する余裕が十分でなく,ロボット導入に踏み切れない企業も多い.

ロボット利活用人材の裾野拡大が求められる中,高等専門学校や一部の工業高校においてロボット教育に力を入れる学校が出てきている.また,産業界がこれを後押しするため教育機材の提供や出前授業の実施などの支援も進められており,ロボットに興味を持ち,ロボットに関連する知識を有する人材の育成に貢献している.一方,これらは「点」の取り組みにとどまってしまい,企業が教育機関や学生のニーズに合うコンテンツを提供できていない場合や,教育機関が産業界から支援を求めたいがそのための伝手がない場合があるなどの課題も挙げられている.

こうした中で,2019年5月に内閣府,文部科学省,厚生労働省,経済産業省が合同で,「ロボットによる社会変革推進会議」を開催し,同年7月に「ロボットによる社会変革推進計画」を取りまとめた.この中で,将来のロボット人材の育成に向けて,産学が連携した人材育成の枠組構築の必要性を打ち出している.この結果を踏まえ,2020年6月,高等専門学校や工業高校等の教育機関における産業界に対するニーズと,ロボットメーカー,ロボットシステムインテグレータ等が有するシーズとのマッチングを通じた人材育成を担う「未来ロボティクスエンジニア育成協議会(略称,CHERSI(チェルシー))」が「ロボット革命 ・産業IoTイニシアティブ協議会」(通称,RRI)の下に設立された.産業界からは川崎重工業株式会社,株式会社デンソー,ファナック株式会社,株式会社不二越,三菱電機株式会社,株式会社安川電機,平田機工株式会社,株式会社ジャノメ,一般社団法人日本ロボットシステムインテグレータ協会(SIer協会)が,教育機関からは独立行政法人国立高等専門学校機構,公益社団法人全国工業高等学校長協会,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)が,CHERSIに参画している.

図18-6-1 未来ロボティクスエンジニア育成協議会(CHERSI)の体制

 

CHERSIにおいては,高等専門学校の教員がCHERSI会員企業を訪問し,最新の技術動向や最新のロボット適用事例を俯瞰するなど,産業界の知見を高等専門学校教育に取り入れる活動が行われている.工業高校の教員に対してもロボットに係る夏期講習を実施することで,最新のロボットの専門知識を補完する取り組みを実施している.この他,産業界が講師を派遣して出前授業を実施し,授業を通して直接学生に最新の技術動向やロボット適用事例等を伝えるといった活動を行っている.2023年度は高等専門学校と工業高校への出前授業を12回,計692名の学生・教員の参加を得て実施した.また,高等専門学校教員への工場見学と意見交換を2回,計49名の教員の参加を得て実施した.さらに,工業高校教員への夏期講習を3回,計24名の教員の参加を得て実施した.

JEEDとの連携においては,ロボット分野のセミナーコースを開発し,SIer企業が指導員に対して研修を行うなどの取り組みを実施している.2023年度は6施設(ポリテクセンター(高度,宮城,新潟,山梨,広島)およびポリテクカレッジ浜松)において,ロボット分野の在職者訓練を実施し,115名が受講している.ポリテクカレッジにおけるロボットコース担当研修として,2024年度から新規カリキュラムで実施するロボットコースを担当する職業訓練指導員に対し,SIer協会関連企業の協力のもと「協働ロボットの導入技術」研修を実施したほか,産業界と指導員との意見交換等を実施している.

今後は,引き続き現行の取り組みを継続するとともに,ロボットシミュレータを活用した授業や,まだアプローチできていない学校に対する出前授業等の実施,産業界と教員の意見交換等をより緊密に実施していくこととしている.CHERSIの活動により育成された人材が,ロボットメーカーやSIerに留まらず,幅広くロボットユーザーへも輩出されることを通じて,我が国としてロボット導入に関するリテラシーの底上げが図られると考えられる.

18.6.2 ロボット導入支援人材の育成

前述のとおり,特に中小企業において人材の採用状況は厳しさを増しており,日本の屋台骨となる中小企業の労働生産性向上は各地域において重要な課題として認識されている.このような地域においてはロボットの有効性に着目し,地域の中小企業にロボットを導入するための支援を実施している事例が見受けられる.

例えば,神奈川県相模原市では,自動化・ロボット導入に関する支援拠点として「さがみはらロボット導入支援センター」を設置している.ロボット導入を検討したい企業に対して,センターで活動する専門のコーディネーターによる相談支援や実際の現場訪問を通じて,企業の課題に対して最適な支援メニューを提案し,併せて,企業の製品・工程に応じた最適なロボットSIerを選定・紹介する取り組みを行っている.このような取り組みが各地で行われることで,これまでロボットを導入していない企業,産業での活用が進んでいくものと考えられる.

ロボットを活用した自動化は一般的なIT機器の導入に比べて高い専門性を要するため,ロボット導入企業にはこれを扱うための能力が求められる.しかしながら,ロボット導入経験のない企業にそうした経験値やノウハウを持った人材は必ずしもいない.結果,ロボット導入を検討する中小企業からロボットSIerに持ち込まれる相談は,粒度・解像度が粗く,具体的な提案により本来の事業価値を生むまで非常に多くの工数を要してしまうケースが多いという課題がある.こうした課題に対しては,さがみはらロボット導入支援センターのような地域の支援機関が補完していくことが期待される.すなわち,ロボットの導入を検討する中小企業の現場課題の整理やロボット導入に際して必要な事前検討を地域の支援機関が支援することで,構想検討の解像度が高まり,その後にその案件を担うロボットSIerにおける要件定義や仕様検討等を円滑に進めていくことが可能となると考えられる.

図18-6-2 ロボットSIerの業務フローと課題

 

その一方で,各地域で中小企業から相談を受ける相談員は様々な専門性を有しているものの,必ずしもロボット導入や自動化の取り組みに知見を持つ専門家ばかりではない.こうした現場の声を踏まえて,経済産業省では2023年度に,SIer協会と多くのロボット導入支援に携わってこられた経験豊富な有識者の協力を得て,相談員が活用できる「ロボット導入支援の手引き」及び「チェックシート」を作成した.

図18-6-3 ロボット導入支援の手引き

 

「ロボット導入支援の手引き」では,ロボット導入に向けた課題を整理,必要に応じて改善を促した上で,実装する段階に至っては適切なロボットSIerを紹介するなど,ロボット導入の相談を受ける専門家の業務工程が明らかにされている.ロボット導入の支援をこれまで行った経験が少ない相談員であっても,どのような点を相談者と準備を進めれば良いか,どのタイミングでロボットSIerにつなげば良いかなど,実際にロボット導入の相談を受ける際に活用していただける形でまとめられている.

ロボットはあくまで生産性を向上させるため一つのツールであり,生産性の向上を図ること,より効率的で安全安心な職場を作ることこそが重要である.ロボットの導入を検討するにあたっては,各工場の状況を踏まえてどのように最適な生産システムを構築するのかがまず整理されていなければならない.2S活動や5S活動を経て効率的なレイアウトが保てているか,経営者と現場,部署間での意思疎通が図られているかなど,基本的なことができていない中でロボットを導入しようとしてもうまくいかず,ロボットを導入する前に「地ならし」が適切に実行されている必要があることから,「ロボット導入支援の手引き」では地ならしが行われなかった場合の問題点,地ならしとして行うべき内容を記載している.地ならしを実施せずロボット導入を急いでしまった場合,無駄に複雑かつ高価なシステムが構築されてしまうおそれがある.地ならしを行い,生産システムを最適化した上で,さらにロボットを導入する場合にどの作業をロボットに担わせるのか,ロボットを導入する企業も自らが検討することが重要である.

これを初めてロボットを導入する企業だけで実施するのは困難であることから,各地の相談員の皆様には「ロボット導入支援の手引き」を活用しつつ,こういった企業から相談を受け,寄り添い,適切な方向性を提案し,適切なSIer企業につなげていただけることを期待したい.

〔板橋 洋平 経済産業省 製造産業局〕

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18.7 注目技術動向

ロボティクス・メカトロニクス分野における最新技術として,本部門主催のロボティクス・メカトロニクス講演会2023(2023年6月,名古屋)の講演から推薦され,本部門のROBOMECH表彰を受賞した9件の論文(学術研究分野6件,産業・実用分野3件)から,注目技術について見ていく.

はじめに学術研究分野の6件から概要を紹介する.

1件目の「AUV MONACAによる南極海探査の実施」では著者らの開発してきた航行型とホバリング型の両方の特徴を持つAUV MONOCAを南極海に投入を実施したときの実験概要について報告している.

2件目の「単眼カメラとIMUによる頑健な6自由度Visual Positioning System」では,頑健かつ軽量なカメラ位置同定を目的としたVisual Positioning System, L-C*を提案している.この手法では,Direct visual localizationによる絶対位置推定とVisual-inertial odometryによる自己運動推定をLoose couplingによって融合することで,自己位置推定の失敗に対して頑健なシステムを構築した.

3件目の「超音波空中浮遊における高速カメラを利用した動的物体の制御」では超音波発生装置とカメラトラッキングを組み合わせ,動的に超音波焦点を生成する手法を提案した.また,トラップ可能領域を評価し,カメラトラッキングにより動的物体をトラップできること,およびその範囲が拡大できることを示している.

4件目の「スクリュー理論を用いた2プレート6自由度パラレルメカニズムのモビリティ解析」では,パラレル機構の可動子を直接傾斜することができるAMP(Articulated Moving Platform)パラレルロボットに対して,スクリュー理論を用いたモビリティ解析を行い,グリュブラー方程式を用いた解析と同じ結果を得られることを報告している.

5件目の「臓器を吸着把持する準間接吸引式ソフト吸盤の提案」では,腹腔鏡などの手術支援を目的とした臓器の吸着把持に適した負圧生成システムと吸盤についての検討を行い,吸盤の小型化と弾性膜の体積変化率の拡大の双方を実現する準間接吸引式の導入と,形状変化を伴う臓器に対して接触面積を確保しやすいリング溝付きソフト吸盤の提案を行っている.

6件目の「ウンカ幼体の股関節構造に着想を得た小型ジャンプロボットの開発」では,ウンカという昆虫の幼体が持つ特殊な股関節構造と,テッポウエビが持つハサミの関節構造から着想を得た小型ジャンプロボットの提案を行うとともに,実験を通じて,跳躍力が大幅に向上することを確認している.

続いて,産業・実用分野の3件の概要を紹介する.

1件目の「高速ビジョンを用いた振動可聴化」では,高速ビジョン情報を元に,振動情報の音声化を行うとともに,音声周波数レベルの振動を聴覚情報としてユーザ自身の操作により聞きやすい帯域の音声に変換できることを示している.

2件目の「Seafloor Visual Survey and Image Analysis using Monocular Cameras on a Low-cost Autonomous Underwater Vehicle」では,水中調査やマッピングに低コストのAUVを適用していくことを目的とし,海底調査の性能や海底の3次元マッピングを通じて,海底環境やそこに生息する生物の情報を取得できることを示している.

3件目の「外壁タイル非破壊検査のための電磁波多層走査法による空隙深さとサイズの同時推定」では,建造物内の空隙の検出を目指し,非破壊外壁検査技術Multi-Layer Scanning(MLS)法を拡張し,外壁タイル下の空隙深さとサイズの同時推定を行う手法を提案し,模擬空隙を含んだ試験体を用いて,有効性の検証を行っている.

次に本講演会のセッションごとの講演件数に着目してみると,「ソフトロボット学/フレキシブルロボット学」のセッションが85件と最多であり,ROBOMECH2022から引き続き注目されている分野であることがわかる.続いて,「触覚と力覚」が56件,「医療ロボティクス・メカトロニクス」が50件,「建設&インフラ用ロボット・メカトロニクス」が47件,「アクチュエータの機構と制御」が43件,「移動ロボットの位置推定・地図構築・ナビゲーション」が42件,「感覚・運動・計測」が41件など,40件以上の公演があったセッションは概ね同じ傾向が見られる.

また,講演申込みに際して収集したキーワードのTOP10に着目すると移動ロボット,ソフトロボット,機構,計測・モニタリング,センサ,センサデバイス,制御,バイオミメティック,画像処理,ソフトアクチュエータ,深層学習,触覚というキーワードが上がってきており,講演件数の多かったセッションと重なるところもありながら,要素となる技術に関するキーワードも見られた.また,ここ数年注目されている技術である言語や基盤モデル(LLM,VLMなど)やマルチモーダルなどのキーワードも見られるようになっており,ロボティクス・メカトロニクス分野の幅の広さを感じさせるとともに,新しい技術についてもすぐに追従してくるアクティビティを感じることができる.

全体的な傾向は2022年から大きくは変わっていないものの,講演件数は大幅に増加しており,この分野が依然として注目されているだけでなく,活気のある分野であることがわかる.

〔大原 賢一 名城大学〕

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