15.設計工学・システム
15.1 総論
設計工学・システム部門(以下,本部門)では,モノづくりやコトづくりに関連する設計工学を中心に,最適設計やシミュレーション工学,計算科学,AI・データサイエンス,設計方法論,デザイン科学,人間工学,感性工学,サービス工学,ヒューマンインタフェース,VR/AR,設計教育など,多岐にわたる学術分野を対象にした研究活動を行ってきている.また,産業界からのニーズに応える研究活動も行っており,産学連携を積極的に推進している部門の一つである.分野融合的な色彩が強く,多種多様な研究発表や議論が行われているのが大きな特徴である.
新型コロナウイルス感染症の影響は依然としてあるものの,2023年度は年次大会や部門講演会などは対面で実施し,講習会はオンライン・ハイブリッドによる開催を実施した.年次大会では,ワークショップ1件(「1DCAEと設計手法」),基調講演2件(「設計工学におけるAI活用」と「設計の変質と空洞化,その深層」),先端技術フォーラム3件(「設計の変質と空洞化,その深層」,「身体感覚について」,「人・社会の不確かさ・複雑さを含めた拡張デジタルツインの構築を目指して」)を開催し,単独及び他部門と共同のオーガナイズドセッションを4セッション(「ヒューマンインタフェース」,「1DCAE・MBDと物理モデリング」,「解析・設計の高度化・最適化」,「交通・物流機械の自動運転」)を開催した.一方,本部門講演会(金沢開催)では,特別講演2件(金沢工芸美術大学の浅野隆教授から「これからのインダストリアルデザイン」,福島国際研究教育機構・理事長の山崎光悦氏から「大学改革の経験をベースに日本の研究力強化・産業競争力復活への挑戦~金沢大学の研究力強化と福島国際研究教育機構の研究拠点形成の試み~」と題して行っていただいた)と156件の講演が行われたが,企業側からの講演は34件(全体の約22%)であり,企業側からの講演件数は比較的高いものと思われる.特に,本年度の部門講演会では,新たな試みとして,産側と学側から見た研究の視点をマトリックスとして掲示し,部門講演会での発表を発表者側からはどこのポイントを見て発表したのか,聴講者側からはどこに使える発表かという視点でアンケートを取った.学側から発表分野にはかなり分野集中的な傾向がある一方,企業側からは多様な分野の講演発表が行われ,その中でも特に,感性評価,見える化,機能設計,構造設計分野等の研究が比較的多いという傾向が明らかとなった.
国際会議については,9月上旬にiDECON/MS2023(International Conference on Design and Concurrent Engineering & Manufacturing Systems Conference 2023)が慶應義塾大学で,また11月末にはEcoDesignが奈良県コンベンションセンターで開催されるなど,本部門として国際的な情報発信を行っている.
また,技術者教育の一環である講習会については,「1Dモデリングセミナ」(計5回)やModelicaを利用したセミナ(計2回),「VE/VRを用いた設計・開発・ものづくりの新しい検討手法の紹介」,「最適設計法の基礎数理」など,本部門の活動内容を色濃く反映した講習会を開催し,多くの参加者を得た.
機械工学年鑑2023における設計工学・システムでは,本部門で講演が行われている話題の中でも特に,構造最適設計,多目的最適化,AIと創造設計,ヒューマンインタフェース・感性設計,サーキュラーデザインに焦点を当て,該当分野で活躍をされている研究者に執筆していただき,その研究動向等を概説していただく.
〔北山哲士 金沢大学〕
15.2 構造最適化
材料力学・熱力学・流体力学・電磁気学などに基づく物理シミュレーションと,メタヒューリスティクスも含めた広い意味での数理最適化手法の発展に伴い,高い設計自由度で高性能な構造物を創出する構造最適化の分野は,既に世界的にも大きなコミュニティを形成している.そこに3Dプリンティング技術や深層学習といった要素を取り込み,構造最適化分野はさらなる発展を遂げつつある.
2023年6月に,構造最適化分野における世界最大の国際会議World Congress of Structural and Multidisciplinary Optimization(WCSMO)の第15回会議がアイルランドのUniversity College Corkで開催された.WCSMOは二年に一度開催され,世界中から多くの構造最適化分野の研究者が参加する.今回も385件の発表が行われ,大変盛況であった.セッションの内訳を見ると,トポロジー最適化(Topology Optimization)が27件で最も多く,その内容も航空機・自動車向け応用,複合材料問題への応用,3Dプリンティングへの展開,など多岐に渡っている.また,形状最適化(Shape Optimization)のセッションが3件,その他の構造最適化(Structural Optimization)のセッションが13件,複合領域最適化(Multidisciplinary Optimization)のセッションが4件,不確実性を考慮した最適化(Uncertainity/Robustness/Reliability)のセッションが3件,設けられた.これらは従来のWCSMOでも主要なトピックであったが,今回はこれらに加えて,人工知能に基づく最適化法(AI Methods)のセッションが2件,データ駆動に基づく最適化法(Data-driven Methods)のセッションが2件設けられており,従来の構造最適化の枠組みが抱える問題を解決すべく,人工知能やデータサイエンスに基づく新しいアプローチが意欲的に試みられていることが伺える.
以上のように,2023年の構造最適化分野の研究動向としては,依然としてトポロジー最適化が大きなウェイトを占めてはいるものの,その最適化手法に人工知能やデータサイエンスの要素を取り入れたものが徐々に増えつつある状況にあると言える.人工知能やデータサイエンスなど,新たな要素を取り入れることで,構造最適化分野の更なる発展が期待される.
〔山﨑 慎太郎 早稲田大学〕
15.3 多目的最適化
産業界などでの現実の設計最適化問題は複数の性能改善指標を有する多目的設計最適化問題であることが多い.また,多目的設計最適化問題における目標は,唯一の最適解を得ることではなく,パレート面(トレードオフ面)上に無数に存在するパレート最適解群を得ることである.そのため,一度の最適化計算で多様なパレート最適解群を得ることが可能な多目的最適化手法の研究が近年盛んになってきている.
多目的最適化については,様々な応用分野の学会や最適化アルゴリズムに関する学会で研究が行われていることが多い.そのためその全てをカバーすることは難しく,ここでは執筆者が専門としている航空宇宙工学分野における多目的最適化研究のトレンドについて紹介する.
航空宇宙工学分野では多目的最適化に関する研究は近年盛んになってきており,American Institute of Aeronautics and Astronautics(AIAA)が2023年に主催したシンポジウムでの講演も60件以上になっている.その中には宇宙機の軌道設計最適化(1),航空機の配置と空港ゲート割り当てのバイレベル最適化(2),ハイブリッドロケットエンジンの電気ポンプ流体設計(3),ロケットのエアロスパイクノズルの空力設計最適化(4),無人航空機の翼設計(5),電気推進システムの設計(6),などのさまざまな設計最適化問題への適用事例があり,多目的最適化手法の実問題における有用性が示されている.これらの適用事例のほとんどでは,多目的最適化手法として多目的進化アルゴリズムなどのメタヒューリスティクスが使われている.この理由としては,1回の最適化計算で多様なパレート最適解群を得ることができること,大域的な探査が可能であること,並列化計算効率が高いことなどが考えられる.ただし,NSGA-II(7)などの古典的な多目的進化アルゴリズムが多く使われており,最新の多目的進化アルゴリズムの実問題への適用はこれからという段階である.
実問題の多目的設計最適化においては,目的関数の評価に計算コストが高い数値シミュレーションと多数の目的関数の評価を必要とするメタヒューリスティクスを利用することが多く,多目的最適化に必要な計算コストの低減が重要な研究課題となっている.多目的最適化の計算コストを下げるための手法として,多目的ベイズ最適化手法を用いた研究(8)(9),深層学習を併用した最適化手法に関する研究(10)(11),深層学習を用いた数値シミュレーションの加速法に関する研究(12)(13),マルチフィデリティ最適化に関する研究(9)(14)などが注目されている.
また,近年,空力設計最適化の分野においても多目的トポロジー最適化に関する研究(15)が現れ始めている.
〔大山聖 宇宙航空研究開発機構〕
15.4 AIと創造設計
15.4.1 生成AIの利用が進んだ2023年と現況の整理
2022年11月に無料公開された生成AI,ChatGPT OpenAI社(1)により,AI活用の可能性が広く認識され期待された2023年度となった.まるで人間の言葉を理解するかのように振る舞い応答するAIにより,設計の生産性向上に対する期待が高まる一方で,AIがデータを取りに行く際の誤り,すなわちハルシネーションの問題が顕在化した年度でもあった.生成AIは汎用データベースから出現頻度とコンテクストに基づき学習し出力しているため,生成AIは自分の誤りに気づくことができないという問題が残っている.
一方で,第170回芥川賞の作者による一部生成AIによる手助けを受けたという発表(2)や,生成AIに美術的な絵・イラストを描かせ動画化・編集するソフトウェアの台頭など,新たな創造分野でのAI活用の試みも進んだ.設計工学・システム部門においても,設計とAIについて精力的な研究活動が報告されている(3).そこで昨年度の年鑑の内容に加え,本年度は特に,設計の上流段階における創造という行為に対してAIはどのように活用できるのか,という観点で,2024年3月段階での現況と展望を整理したい.
15.4.2 生成AIの発展と創造設計への適用の可能性
生成AIとして代表的なChatGPTは,大規模言語モデル(Large Language Model, LLM)(4)に基づいている.少ないトレーニングで高品質な出力を得る効率的な並列計算法によって半教師あり学習を行い,AIがより自然な人間の日常言語による対話的な指示に対して応答できるようになった.一方で,設計は製造者責任を問われる行為であるため,設計に対する生成AIの活用は,まだ発展途上の段階にある.ハルシネーションとは,AIが自分自身の誤りに気づけない,ということに由来する.生成AIが汎用データベースから大量のデータを学習し,基本的には出現頻度およびコンテクスト情報から出力を作成する限り,生成AIによる出力は入力の質に依存し,入力情報が正確でなければハルシネーションの回避は難しいということになる.生成AIの理論,特にAttentionを中心としたTransformer技術(5)を考えれば,生成AI自体に論理的な思考能力が備わっているわけではなく,AIに読み込ませたデータから出現頻度が高い記述を推測して応答しているに過ぎないと言える.
急速に発展する生成AIに対し,生成AIの成長が早すぎて賢くなりすぎ,いずれ人類と競争し始め,AGI(=Artificial General Intelligence)を備えたロボットが人間と対立するようなリスクがあるのではないか,というSF的な懸案に対して,真面目に議論された年度でもあった.例えばChatGPTを提供するOpenAI社の理事たちは,早すぎるAIの進化はリスクもあることから開発ペースを落とし規制を検討すべきという意見を示し,CEOのSamuel H. Altman氏を解任する事態となった(6).しかしAltman氏は結局すぐにOpenAI社へ復帰したことから,筆者が理解した同氏の考え方と方針,すなわち現在の生成AIの出力は間違いを含むため,人間のほうが賢いし勝負にならない,商業化を進めても特に問題はない,割り切ったエンターテイメント利用も十分価値がある,とする見解が一定の支持を得た結果と解釈することもできる(筆者の英語読解力の問題で,解釈の一部に筆者の主観が入っている可能性がある点に注意).
2023年度中ごろから,文学的な文章創作や美術的な絵・イラスト創作,動画や音楽などの娯楽コンテンツ作成において活用が進んだ.設計においても,製造者責任を問われない内容に対して生成AIを適用することは可能性があると考えられる.例として,動作機構コンセプトの生成やアイデアの組み合わせ発見,審美性のためのビジュアルなプロトタイピングなどに対して,生成AIにまず案を提案してもらうことにより,設計者自らの専門性を超える周辺知識も含めた案が得られる可能性がある.提案の中で設計者の考えと異なる箇所があったら,そこで初めて専門性ダイバーシティを大きくした検討により参考にする,という使い方は,生成AIの理論からして適切な活用方法と考えられる.
15.4.3 人がAIを使いこなす設計手法の展望
設計工学・システム部門では,技術ロードマップにおいて,「人がAIを使いこなす設計手法」というキーワードを提案した(7).この手法がどのような可能性を持つのか,2023年に起きた生成AIの進化を踏まえて整理してみたい.
設計の実務に生成AIを適用するためには,信頼できるアウトプットが可能な生成AIが求められる.2024年に入り,GPU設計大手のNVIDIA社による発表によれば,GPUの利用形態としてLLMのトレーニングから推論(Inference)に移ってきている(8).これは,企業等が持つ正確な信頼できるデータを分野に固有のモデルに対して学習させる推論に,注目のスポットライトが移り始めていることを示している.
設計者自身や所属組織が持たない(しかし特定の分野にとっては良く知られた)領域における,信頼性が高い確実なデータに基づき応答を得る使い方,が最もLLMが得意とする所であり,生成AIの本領が発揮できる使い方と考えられる.信頼性が高い確実な大量データとして例えば,決算報告における総勘定元帳と明細書,医療における電子カルテや処方箋,修理・保険における明細書,保守診断における計測データ,物流における契約書などが考えられる.設計の分野においては,顧客が所有するデバイスからの計測データ,製造プロセスのデータ,リードユーザーからの生の声,使用中の機器から得られるデータなどを活用した設計が考えられる.設計において参照すべき信頼できる固有のデータを,基盤としたモデルに組み込むことで,ハルシネーション・フリーを実現し,日常言語での指示による迅速なアウトプットで支援する,という将来が考えられる.生成AIには規模の論理が働くため,信頼できるデータを取得しやすい顧客とのタッチポイントが多い製品(例:自動車やスマートフォン)の設計では特に,設計上流段階における意思決定の支援,例えば顧客ニーズの客観的裏付けや,商品性の担保,改善設計案の妥当性の客観的検証において,生成AIを活用できる可能性が考えられる.
高性能なGPUを大量に用いたデータセンターには,消費電力の増大という問題点もある.AIのソフトウェア部分を専用に設計された半導体回路として実装すれば,汎用LSI上で汎用ソフトウェアを実行するよりも高速に実行でき,なおかつ消費電力を低く抑えることができる.ハードウェアアクセラレーション,あるいはハードワイヤードとして半導体分野で研究開発が進む技術と設計を組み合わせることにより,低消費電力で,応答において遅延の少ない,中央集権型のAIではなくパーソナライズされた手元で稼働するAIを搭載した製品の設計が期待される.
2023年後半には,ChatGPTに続く生成AIとしてGeminiやAnthropic Claudeが公開され,生成AI同士の競争も始まった.最も後発のはずのAnthropic Claudeの使い勝手は,先行する2企業に比べてベンチマーク上では相違はあるものの,使い勝手は遜色ないことに筆者は驚いた.このことは,生成AIの提供者のステージが独占から競争へと移ったことを示唆しており,今後生成AI同士の切磋琢磨による発展が期待できる.
なお,本稿は生成AIを全く使わず,全て著者が書き起こしたものであるが,そのような時代はもう終わりつつあるのかもしれない.事実,本稿を参考文献まで含めて全て生成AIに入力し感想を求めたところ,引用している文献は適切か?必要な技術が正確に説明されているか?分かりやすい具体例が示されているか?設計工学の専門家にとって有益な洞察がなされているか?という観点で具体的なコメントを提示され,非常に参考になった.筆者の英語読解力云々は,Altman氏の主張を正確に引用すべきとの指摘を受けて追記した個所となる.このように設計者に寄り添い,良い点・改善点を即座に指摘してくれるサイドキックとしての役割を果たすAIが,設計者の創造性を高めてくれる将来が展望できると言える.AIの進化は非常に早く,将来の読者にとっては当たり前になっていることかもしれないことも,あわせて記しておきたい.
〔古賀 毅 山口大学〕
15.5 ヒューマンインタフェース・感性設計
人が使用する機械システムの価値を決める要素として,機能や性能に加えて,人と機械システムのインタラクションの適否が挙げられる.第5期科学技術基本計画において提唱されたSociety5.0では,一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会の実現を目指しており,「サイバー空間とフィジカル空間の融合」という手段と「人間中心の社会」という価値観が鍵となっている(1)(2).さらに,AI社会原則においても「人間中心」であることが重要視されている(3).人間中心の価値観に基づく設計の実現には,人と機械システムとのインタラクション,すなわちヒューマンインタフェースを考慮することが重要である.また,機械システムの価値を高めるには,人が感じる知覚や感覚,感情に基づく要件を設計に含める感性設計が求められる.
設計工学・システム(D&S)部門講演会ではヒューマンインタフェースおよび感性設計に関するオーガナイズドセッション(OS)が継続的に設けられている.2023年度のD&S講演会ではOS「ヒューマンインタフェース・ユーザビリティ」で6件,OS「感性と設計」で9件の報告があった.また,「D&Sコンテスト」においても関連する発表があった.人の感性の数理モデルの構築に関する研究として,操作の主体感とパフォーマンスの関係の評価や,人の興味と関心を高める動きのデザイン,形状の美しさを表す特徴量の提案,新奇色に対する受容性の数理モデリング,製品に抱く驚きを対象とした不確かさの定量化などの報告があった.人と機械および人と人のコミュニケーションを豊かにするための研究として,アバターの使用と身体知獲得,小型IoTアバターによるコミュニケーション,聞き手ロボットのうなずきによる発話促進,瞳孔反応ロボットによる発話促進,錯視による場の盛り上がり提示,存在感を高めるアバターの挙動設計などの取り組みがなされていた.また,カメラ式モーションキャプチャによるユーザインタフェーステストや,画像生成AIを用いた意匠設計法の検討,柔らかさ知覚の物理指標の提案,ジョイスティックの身体負担と操作性の評価,視聴覚刺激による運転への注意誘導などの研究成果が報告された.
人と機械システムとのインタラクションに関わる問題は,機械システムの発展により常に変化していき,また人のばらつきの多さのため一般化が難しい.その中で,感性の数理モデル構築に関する研究は,感性の外挿を実現する可能性を有しており,今後の発展が期待される.一方で,人と機械システムのインタラクションの最適化には,個別の問題を解決し,そこからより一般的な問題解決の手法へ発展させていく取組みも必要と思われる.今後の展望としては,より個別化されたユーザーエクスペリエンスの実現や,人と機械のコミュニケーションのさらなる強化,そしてAIやXRなどの新技術の導入によるさらなる革新が期待される.これには,人間の行動や心理に関する深い理解が不可欠であり,人間中心のデザインアプローチがますます重要になると考えられる.
〔茅原崇徳 金沢大学〕
15.6 サーキュラーデザイン
循環経済(Circular Economy, CE)は経済活動の中心に資源循環の考え方を深く組み入れようとするものである(1).欧州委員会が2019年に発表した成長戦略「欧州グリーン・ディール」では,製品をできるだけ長く使い,また再生・再利用を繰り返すことで,その資源価値を最大限引き出すというCE型の経済システムへの移行を中核的な政策目標に位置付けている.2020年には,CEの社会実装に向けた取り組みを加速させるため循環経済新行動計画(Circular Economy New Action Plan)を公開し,CEを旗印とした具体的な戦略の下,環境・資源政策を展開している(2).日本においても経済産業省が2020年に「循環経済ビジョン」を発表し(3),2023年には「成長志向型の資源自律経済戦略」を策定している(4).
これらの政策やそれに伴う諸規制を産業競争力に転換していくためにも,製品のライフサイクルを通じた価値や資源生産性の向上を志向した資源循環型のビジネス(以降,循環ビジネス)が多数生み出されることが期待される.CEでは製品の価値提供方法として,サブスクリプションやシェアリングに代表されるように,所有価値ではなく使用価値や体験価値に重きを置いたビジネスモデルが推進されている(5).デジタルプラットフォームを活用して製品やその資源をライフサイクルを通じて管理するような製品サービスシステム(Product-Service System, PSS)も登場しており,製造業においても,情報化を伴うサービス化が進展しつつある.従来は製品の開発・製造に専念してきたメーカが製品の資源循環までを担う循環プロバイダとなることで設計の在り方は大きく変わると考えられる.
サーキュラーデザインは資源循環システムそのものの設計に加え,上記のような循環ビジネスに適応した製品やサービスの設計を含む概念である(6).すなわち,循環プロバイダが製品のライフサイクル全体に責任を持つようなビジネスモデルの登場によって製品やサービスの設計も大きく変化することを示唆している.例えば,シェアリング専用の自動車はサービス提供者が所有しライフサイクルを通じて管理するため,自動車の耐久性向上・長寿命化がビジネスの収益に大きな影響を持つ.また,従来の売切型のビジネスではコストアップの要因となっていた製品の分解性設計やリサイクル性設計が自動車の所有者である循環プロバイダの利益に直結するようになる.これらの例のように,メーカ(循環プロバイダ)が使用済製品を引き取ることを前提としたビジネスは自動車や携帯電話をはじめとして増えてきており(例えば(7)),いずれも製品本体の価格は近年大きく上昇しているが,ユーザが実質負担する金額は抑えられるため,利用者数は増加傾向にある.メーカ側も製品を再利用可能な状態で引き取るため,その再販売によって利益を十分確保できるという,メーカとユーザの双方にメリットのあるビジネスモデルとなっている.製品設計において,より低コストな製品をつくるという発想から,高価でも高機能な材料をふんだんに用いて循環効率の高い製品をつくるという発想に転換することが製品の市場競争力にもつながるということを示唆している.
EU理事会と欧州議会は2023年12月に,エコデザイン規則(Ecodesign for Sustainable Products Regulation)案に関して,暫定的な政治合意に達した(8).今後,EU理事会と欧州議会による正式な採択を経て施行される見込みである.この新規則案は,循環型経済に向けた政策パッケージの一つとして,現行のエコデザイン指令(Energy Related Products Directive)を強化するものであり,EU加盟国において販売・使用される製品に対し直接的な強制力を持つようになる.対象製品やエコデザイン要件が大幅に拡大され,エネルギー効率に加えて,耐久性,信頼性,再利用性,再生可能性,修理可能性,リサイクル可能性,懸念すべき物質の有無,リサイクル材の含有量,炭素・環境フットプリントなどの要件が追加される.また,これらの要件に関する情報は,デジタル製品パスポート(Digital Product Passport)を通じて消費者に提供することが求められる.EU圏で製品を販売するグローバルメーカに限らず,それらに部品や素材を提供するサプライヤなど,影響の範囲は大きい.
現行のエコデザイン指令はエネルギー効率向上が主眼であったが,新規則ではCEへの貢献が強調されており,その中心的な要求項目として上記の長寿命化や修理の容易化などが導入されている(9).これらは1990年代からエコデザインの重要な項目として扱われてきたものの,その実践例は多くは無かった.その理由として,従来の大量生産・大量消費型のビジネスモデルでは,長寿命製品であるほど買い替えが抑制されメーカの利益を圧迫することになるのに加え,ユーザ自身が製品を修理することで発生する事故の責任範囲について法整備が追い付いていなかったことなどが挙げられる.しかし,製造業におけるビジネスモデルの変革に加えて,消費者の購買行動やサービス選択の転換までも視野に入れている点がCEの特徴の一つであり,近年は若い世代を中心に製品が故障しても修理しながら長く使いたいという意識が高まっている.また,修理する権利(Right to repair)を保障するための法規制が欧米を中心に導入されてきており(10),サーキュラーデザインを通じた製品の長寿命化や長期使用はCEを実現する有望な手段として消費者にも受容されつつある.
〔福重真一 早稲田大学〕