13.機械力学・計測制御
13.1 概論
機械力学・計測制御部門(以下,本部門)は,機械工学におけるいわゆる「四力学」の一つである「機械力学」(機械のダイナミクス)と,ダイナミクスと関連の深い「計測と制御」の分野を主たる活動基盤としている.本部門の部門登録者数(第1位から第3位まで)は4,619名(2024年3月末)で,流体工学部門に次ぐ規模である.本部門では,これらの分野の学術的な基礎研究から実践的な応用研究,他部門との連携による新領域まで幅広く研究が行われ,その研究成果が積極的に公開されている.その成果は主に日本機械学会論文集(和文・英文)や部門講演会「Dynamics and Design Conference」(略称 D&D)などの講演会等を通じて発表され,また講習会等における教材としても使われている.
2023年は第7回JSME-KSME ダイナミクス&コントロールに関するジョイントシンポジウム(J-K Symposium)を開催し,継続的な国際連携を行った.ここでは,2023年1月~12月に発行された日本機械学会論文集(和文および英文)へ掲載された学術論文および同期間に催行された講演会,講習会などの状況について概説し,本部門の研究活動の概要について紹介する.
13.1.1 学術論文
上記期間中に日本機械学会論文集に掲載された学術論文のうち,「機械力学,計測,自動制御,ロボティクス,メカトロニクス」のカテゴリーとして掲載された論文は58編である.また,同論文集Vol.89,No.924では「機械力学・計測制御分野特集号2023」が組まれ,このカテゴリーに12編の論文が掲載されている.次に,掲載された論文数および割合の推移について述べる.論文数は,この5年間では88編(2019年),88編(2020年),92編(2021年),122編(2022年),85編(2022年)と推移しており,ここ数年は横ばい傾向にある.論文の割合においても30%(2018年),28%(2019年),29%(2020年),30%(2021年),29%(2022年),29%(2023年)と同程度を維持しており,日本機械学会論文集に対する貢献度という意味では,高い値を維持しているといえる.一方,英文誌Mechanical Engineering JournalのDynamics & Control, Robotics & Mechatronics カテゴリーに掲載された論文は,2023年は18編であった.特集号を含む本部門に関連するカテゴリーに掲載された論文数の推移は8編(2018年),10編(2019年),19編(2020年)),16編(2021年),2編(2022年),18編(2023年)となっており,さらに国内外に向けて広く投稿を促す努力を続けていくことが必要である.
13.1.2 講演会,講習会など
毎年開催される部門講演会「Dynamics and Design Conference」(略称 D&D)は本部門活動の中心である.2023年の同講演会D&D2023は総合テーマ「新・進・深なる,そして真なるダイナミクスを語り合おう」のもと,8月28日(月)~ 8月31日(木)の4日間にわたり,名古屋大学 東山キャンパスで第18回「運動と振動の制御」シンポジウム(MoViC2023)と合同開催した.発表件数は特別講演2件を含む297件,参加者数は578名であった.D&D期間中,例年通り振動工学データベースフォーラム(v_BASE)も併催された.さらに、第7回JSME-KSME ダイナミクス&コントロールに関するジョイントシンポジウム(J-K Symposium),さらには,日本機械学会分野連携企画として,交通・物流部門との合同セッションにおける研究発表が実施された.そのほかの講演会としては,「第21回評価・診断に関するシンポジウム」(参加者80名,講演件数34件)が11月30日(木)~12月1日(金)にそれぞれ主催した.
部門主催の講習会としては,「モータ駆動およびその電動システムの騒音・振動低減化技術」(2023年7月11日(土),受講者54名),「回転機械(ターボ+モータ)の振動:基礎および事例研究ならびにデモ実習」(2023年10月11日(水)~12日(木),受講者12名),「振動分野の有限要素解析講習会(計算力学技術者2級認定試験対策講習会)」(10月28日(土),受講者35名),「マルチボディダイナミクス入門」(11月20日(月),受講者26名),「振動モード解析実用入門-実習付き-」(12月19日(火)~20日(水),受講者26名),「回転機械の振動」(1月24日(水)~25日(木),受講者15名),「Python による機械システムの振動解析の基礎」(2月15日(木),受講者50名)を実施した.これらの講習会は毎年継続して行われているもので,いずれも一定の数の受講者を集めており,本部門に関連する知識や技術の教育,啓発に大きな役割を果たしており,本部門の活力の賜物といえる.また,部門運営委員会と部門に所属する研究会と連携し,新たな講習会などの企画も検討しているところである.
〔髙橋 正樹 慶應義塾大学〕
13.2 制御理論・応用
制御分野における最大規模の国際会議であるIFAC2023(第22回国際自動制御連盟世界大会)が,2023年7月8日~7月14日にパシフィコ横浜で開催された.IFAC世界大会の日本での開催は42年ぶり2回目であり,62の国と地域から3,206名の専門家が一堂に会して制御理論・応用に関する最新の研究や開発について発表が行われた.今回の会議では,日本の「わ(和,輪,環):システム制御による社会的課題の解決と価値の創造」をメインテーマに,エネルギー,SDGs,脱炭素,気候変動,災害,パンデミック,高齢化,デジタル社会,AIなど,世界的に重要な社会的課題をシステム科学・制御から解決することを目指して議論が行われた.Plenary Talkとして「マルチエージェントシステムの制御」「データ駆動制御」「ハイブリッドシステムの制御」などに関する講演が行われた.
制御理論・応用に関する国際会議であるSICE Annual Conference 2023は,2023年9月6日~9日に三重大学において開催された.340件の論文投稿に対して288件が採択され,53件のポスター発表も行われた.現地参加が370名,オンライン参加が203名で11カ国から参加者が集った.同会議では「Robust Control」「Nonlinear Control」「Adaptive and Optimal Control」「Learning Control」の他,「Theory and Application of Model Predictive Control」「Control Theory Boosted by Machine Learning」「Data-Driven Control」などのセッションも設けられ,モデル予測制御,機械学習と伝統的な制御の融合,データ駆動制御などへの関心が高いことが伺える.「データ駆動制御」は制御器のパラメータチューニングに関する手法であり,特にFRIT(Fictitious Reference Iterative Tuning)とVRFT(Virtual Reference Feedback Tuning)が注目されている.FRITは制御対象の閉ループの逆モデルを使って制御器をチューニングし,出力信号の差で評価するのに対して,VRFTでは理想とする特性の逆モデルを使って制御器をチューニングし,入力信号の差で評価を行う.その他に,近年,安全性を保障するための制約関数である「制御バリア関数(Control Barrier Function, CBF)」に基づく状態制約を考慮したシステムの制御法も活発に研究されており,SICE Annual Conference 2023でもこのテーマについてのTutorialが開催された.
機械工学分野の制御理論・応用に関する研究動向を機械力学・計測制御部門講演会のDynamics and Design Conference(D&D2023)と第18回「運動と振動の制御」シンポジウム(MoViC2023)の発表状況により概観する.制御に関連する研究は非常に多岐にわたっているが,タイトルに「制御」を含む講演は33件あり,それらを講演会・セッションごとにまとめると表13-2-1のようになる.
表13-2-1 D&D2023およびMoViC2023における制御関連の研究発表
講演会 | セッション | 件数 | 概要 |
D&D2023 | OS1-J10振動制御 | 2 | 並進型振子の振上下げ制御,磁気浮上系の非整数階LQR制御 |
D&D2023 | OS2-2ダンパ | 1 | メカトロ慣性ダンパのフォースフィードバック制御 |
D&D2023 | OS3-1音響制御 | 1 | 多重極子音源を制御対象とした音響パワー最小化制御 |
D&D2023 | OS3-2騒音のアクティブ制御 | 2 | トイレ騒音のアクティブ制御,薄板の放射音の卓越周波数制御 |
D&D2023 | OS3-2振動低減・状態推定 | 1 | 振動系のエネルギー伝達特性を用いたハーシュネスの制御 |
D&D2023 | OS3-3モード同定 | 1 | 準受動制御を用いた省エネルギーなモードパラメータの同定 |
D&D2023 | OS3-5生分解性・振動制御 | 1 | 誘電エラストマーアクチュエータグリッパの振動制御 |
D&D2023 | OS3-5アクチュエータ | 1 | レーザーインパルス加振力の制御 |
D&D2023 | OS5-2身体動作の分析と制御モデル | 1 | 定常的な水平揺動に対する座位のバランス制御モデル |
D&D2023 | OS6-2 EH・SHMの新技術 | 1 | 大型振動構造物のエネルギーハーベスティング制御 |
D&D2023 | OS7-1アクチュエータとダイナミクス・計測・制御 | 5 | 自動車駆動系制御,パラレルリンクロボットのバイラテラル制御,ステージ精密制御のための繰り返し学習制御,仮想構造物を導入した階層構造物のモデルフリー振動制御 |
D&D2023 | OS7-2自動車・移動体のダイナミクス | 2 | 指数座標を用いた倒立二輪ロボットの移動制御,マルチボディダイナミクスと機械学習を用いた自動車乗員身体制御モデル |
D&D2023 | OS7-2ロボットのダイナミクス | 2 | マニピュレータの省エネルギー制御,汎用的な力制御手法 |
D&D2023 | OS10-4 交通・物流機械の計測・制御 | 1 | 農業用トラクターのスライディングモード制御 |
MoViC2023 | OS1磁気浮上と磁気軸受と関連技術 | 1 | 薄鋼板に懸垂する磁気浮上体の制御 |
MoViC2023 | OS2車両の運動と制御 | 1 | 路面変位推定を用いた前後輪プレビューサスペンション制御 |
MoViC2023 | OS3 運動・感覚の可視化と操作 | 1 | ハプティクスのための超音波振動子の振幅一定制御 |
MoViC2023 | OS5運動と振動の制御 | 8 | モード応答を用いたモデル予測制御,ジブクレーンの旋回動作制御,セットベース設計手法による構造系と制御系の同時設計,振動系のロバスト準最短時間制振位置決め制御,位置決め機構の減衰を考慮した制振アクセス制御法,ニット生地の直線縫製における姿勢変動抑制制御,鉄道車両の2次ばね系の上下制振制御,空気圧マニピュレータの力順送型バイラテラル制御 |
日本機械学会論文集の「機械力学,計測,自動制御,ロボティクス,メカトロニクス」には,2023年に58編の論文が発表されており,その中でタイトルに「制御」が含まれる論文は17編あった.例えば,人間・ロボット協調操作のための適応勾配降下法を用いた繰り返し学習による可変アドミッタンス制御(1),運転支援システムの一つであるペースメーカーライトを利用した移動ロボットの速度制御(2),磁気粘弾性エラストマを用いた可変剛性型動吸振器による集中質量系の波動吸収制御(3),自動運転のためのエネルギー最適制御理論に基づく操舵による緊急衝突回避に有効な制御方式(4),二自由度振動系の振動エネルギー伝達特性(SEAモデルにおける結合損失率)を用いた振動制御(5),超音波治療のための音響ホログラフィによる水中での力場制御(6),データ駆動制御FRITを応用した制御対象の特性変化の実用的検出方式(7),音源分離を統合したニューラルネットワークによる選択的騒音制御(8),などの研究が行われている.Mechanical Engineering Journalの「Dynamics & Control, Robotics & Mechatronics」には,2023年に18編の論文が掲載され,その中でタイトルに「Control」を含む論文は2編あり,凹凸のある路面上を走行する台車上に設置された液体容器のスロッシングのアクティブ制振制御(9),掘削機械の実験データに基づく動的モデリングとバケットの掘削距離を変化させることによる掘削土量制御(10),に関する研究が報告されている.
〔岩村 誠人 福岡大学〕
13.3 マルチボディダイナミクス
マルチボディダイナミクス(多体系動力学)は,多数の構成要素からなる構造物を対象として機械の運動や制御等を扱う学問分野である.近年では,優れた汎用コードの開発とともに利便性に優れた開発環境が提供されるようになり,有限要素法と並ぶ重要なCAEツールとなっている.これにより,機械工学,航空・宇宙工学,ロボティクス,メカトロニクス,バイオメカニクスなどの多岐にわたる分野において,従来までは困難であったような複雑な対象の動力学問題がコンピュータを援用したマルチボディダイナミクスによって扱えるようになった.以下では,国内外で開催された学会と発表論文から本分野の研究動向について述べる.
国内では,2023年9月にD&D2023(Dynamics and Design Conference 2023)が名古屋で開催され,OS「マルチボディダイナミクス」では20件の発表が行われた.内容としては,「鉄道・自動車関係」の7件,次いで「ロボット関連技術」と「定式化・解析手法」のそれぞれ4件が比較的発表件数の多いトピックとなっており,それ以外の各セッションにおいても活発な議論が行われた.具体的な研究としては,ノンスムースな動力学手法を宇宙ロボットのスペースデブリ捕獲における接触問題へ適用した研究(1),マルチボディダイナミクスに基づく車両運動解析で用いられる車輪/レール接線力特性における走行実験と室内実験の差異を調査した研究(2),レール形状の摩耗を考慮した鉄道車輪の最適化を行うことで曲線区間での走行性能向上を実現した研究(3),タイヤ–サスペンションHILSシステムに対して機械学習による時系列予測を導入して精度向上を目指した研究(4),非線形PD制御と機械学習を併用した自動車乗員の身体制御モデルの構築に関する研究(5),特異姿勢を有する系にも適用可能な零空間行列法による運動解析法(6)などが報告されている.
国外では,2023年6月に国際会議ECCOMAS Multibody 2023(11th ECCOMAS Thematic Conference on Multibody Dynamics)がポルトガルのリスボンで開催された.アジア圏の参加者は少なかったものの,学会の規模についてはコロナ前の水準に戻りつつある.セッション構成は,「接触・衝突」,「最適化・感度解析」,「柔軟マルチボディダイナミクス」,「メカトロニクス・ロボットと制御」,「ビークルダイナミクス」,「航空宇宙」,「リアルタイムアプリケーション」,「定式化と数値解析法」,「バイオメカニクス」などとなっており,ここ数年非常に発表件数の多かったバイオメカニクス関連の研究が落ち着きつつある一方で,自動車・鉄道関係や柔軟マルチボディダイナミクスは発表件数が多い状態が続いている.また,最適化・感度解析のようなCAE技術を応用した設計支援方法に関する発表件数も多くなっている.具体的な研究としては,柔軟はりやジョイント部で用いられる粘弾性のモデル化に関する研究(7),内視鏡用のケーブルの剛性係数のモデル化に関する研究(8),繰り返し学習制御を用いたリアルタイムCo-simulationの精度改善(9),自動走行を見据えた自動車乗員のデジタルヒューマンモデルの開発(10),ALE法に基づいた移動を伴う連続体のモデル化手法(11),皮膚の柔軟性を考慮した指先の接触問題の解析手法(12)などが報告されている.
次に,国内の学術誌では,日本機械学会論文集において,関節トルクとシート反力を切り分けたモデルを構築して着座乗員の姿勢制御の検討を行った研究(13),粘弾性体に対する簡易な剛体セグメントモデルと数値解法(14),マルチボディシステムへの応用を想定した随伴法に基づいたパラメータ推定法(15),無次元化手法を用いることで長さ変化を伴う柔軟体に発生する振動現象のメカニズム解明を行った研究(16)などが発表されている.
一方,国際誌では,主要雑誌であるMultibody System Dynamics(Springer Nature)やJournal of Computational and Nonlinear Dynamics(ASME),AIAA Journal等の応用分野の雑誌において,区分線形化を施したマルチボディシステムに対する離散拡張カルマンフィルタの構築(17),Exoskeleton(運動補助のためのウェアラブル外骨格)の最適制御(18),柔軟マルチボディダイナミクスモデルに基づいたモーフィング構造のトポロジー最適化(19),海洋構造物の係留システムに対する効率的な計算方法の構築(20),人間の幹細胞の脂肪生成への分化に関する長期間の動力学シミュレーション(21)といった研究が発表されている.
以上,継続的に行われてきた柔軟構造物の解析や接触問題などの基礎研究,マルチフィジックス問題,鉄道・自動車,人体の運動や医療分野等の応用研究の報告に加え,他分野と同様にAI関連の技術の応用などが増加傾向にある.また,前述の通り,商用ソフトウェアの利便性向上により,実アプリケーションの問題解決にマルチボディダイナミクスが用いられる機会が増えており,当該分野の産業界への更なる貢献が期待される.
〔原 謙介 横浜国立大学〕
13.4 非線形振動
2023年1月~12月における非線形振動に関する研究動向について,国内会議,国際会議,国内ジャーナル,海外ジャーナルの側面から概観する.
13.4.1 国内会議
2023年8月28日から31日に名古屋大学で開催されたDynamics and Design Conference 2023(D&D 2023)において,例年のように領域1「解析・設計の高度化と新展開」の中で「OS1-1 機械・構造物における非線形振動とその応用」と題するOSが設けられた.領域1のセッションでは43件の講演が行われ,このうち14件が非線形振動に関するものであった.非線形振動現象の解析に関する研究,非線形性を利用した制振,非線形振動系の同定,不規則振動,同期現象,自励振動に関する研究などさまざまな内容の報告が行われた.
13.4.2 国際会議
2023年7月31日から8月4まで,22か国から147名の参加者を迎えて,茨城県つくば市において,国際会議IUTAM Symposium on Nonlinear dynamics for design of mechanical systems across different length/time scalesが開催された.1件のチュートリアル(異なる長さ/時間スケールにわたる機械・構造物の解析,制御,設計のための大域的非線形ダイナミクスの探求)と4件のキーノート(微小システムにおける非線形力学の積極的・建設的な利用,クープマン作用素とヒルの安定性の関係,データ駆動型手法による臨界遷移の予測,メルニコフの方法と強制加振非線形振動子の非可積分性)を始めとして,62件の口頭発表と63件のポスター発表,さらに7件の動画からなる“Gallery of Nonlinear Dynamics”などが設けられ,ダフィング系,確率的ダイナミクス,流体関連,スポーツ・ダイナミクス,同期現象,低次元化,エネルギー・ハーベスティング,メタマテリアル,ソフト・マター,非整数階微積分,波動伝搬など広く非線形力学に関する研究発表と議論が活発になされた.
13.4.3 国内ジャーナル
日本機械学会論文集には,サーベイしたものの非線形振動そのものを扱った論文は見当たらなかった.
13.4.4 国際ジャーナル
2023年の1年間における国外の研究動向について,非線形振動,係数励振,自励振動,分岐現象,カオス,衝突振動,非整数階微積分,非線形エネルギー・シンク,エネルギー・ハーベスティング,メタマテリアル,MEMS/NEMSの11項目をキーワードとして概観する.
Nonlinear Dynamicsには,機械系の非線形振動に関連する約150篇の論文が掲載された.それらの例を挙げると,広い振動数帯域で受動的な振動抑制効果をもつ非線形エネルギー・シンク(1-3),振動を電力に変換するエネルギー・ハーベスティング(4-6),低振動数領域で効果的な防振機構のQuasi-zero stiffness(7,8)に関する論文が比較的多く見受けられた.また,扱われた振動系に着目すると,二重振子(9,10)や遠心振子吸振器(11,12),流体輸送管(13,14),MEMS(15,16),グラフェン強化複合材(17,18)に関する研究が比較的目立った.
International Journal of Mechanical Scienceでは非線形振動に関連する論文が約30篇掲載された.ここでもエネルギー・シンクを含む制振・振動絶縁10件,エネルギー・ハーベスティング7件で,これらの分野の論文は多数見られた.以前に見られたメタマテリアルの非線形振動に関する論文は今回は見当たらなかったが,メタインターフェースの非線形動特性(19)に関する論文があった.
Chaos, Solitons & Fractalsでは非線形振動に関連する論文が17篇掲載された.ここではエネルギー・シンクに関する論文は見当たらなかった.またエネルギー・ハーベスティングは3件であった.どちらかと言えば理論的な研究が多く,リング状につながれたダフィング系のカオス(20)や分数階微分項を持つファンデアポール系の強制振動(21)などの論文がみられた.
International Journal of Engineering Scienceには5篇の論文が掲載された.すなわち,大振幅の励振を受ける非線形系の解析法(漸近法)の開発(22),3次元メタマテリアルの発見(23),風による係数励振を受けるケーブルの動的応答や分岐現象の解析,円形生体膜や柔らかい硬磁性湾曲梁に対するモデリングに関する研究である.
International Journal of Non-Linear Mechanicsには約80篇の論文が見られた.研究テーマ別の論文数を概観すると,非線形振動21篇,分岐現象34篇,カオス15篇,エネルギー・ハーベスティング10篇,非線形エネルギー・シンク8篇,メタマテリアル5篇で,自励振動,係数励振およびMEMS/NEMSに関連する論文は1篇~2篇であった.非線形振動については,半数以上が振動特性や解析法を扱った論文であり,非線形系のモデリング・制御に関する論文が5篇ほど見られた.分岐現象,エネルギー・ハーベスティングおよび非線形エネルギー・シンクの3項目が同時にキーワードに含まれる論文を2篇挙げておく(24,25).
Journal of Sound and Vibrationでは非線形振動に関連する論文が約100篇掲載された.比較的件数が多い分野は,メタマテリアル16篇(音響メタマテリアル5篇),エネルギー・ハーベスティング14篇,エネルギー・シンクを含む制振・振動絶縁8件,分岐現象7篇,非線形振動の動解析5篇,MEMSが2篇,自励振動,カオス関連の論文がそれぞれ1篇であった.全体としては,結合翼のモデル化に関する研究(26),熱音響問題(27),流体-構造連成振動(28)など多岐にわたる分野の研究が報告されている.特徴的な論文として,形状記憶合金で作製された梁の分岐現象(29),多項式カオス展開(30),メタマテリアルを用いたエネルギー・ハーベスティング(31),非線形エネルギー・シンクと非線形ノーマル・モード(32)に関する論文を挙げておく.
Journal of Vibration and Acoustics(ASME)においては,まず弱非線形メタマテリアルの音響非反復性(33)が挙げられる.その他にも平歯車系の統計的線形化(34),ロータ・シール系の非線形ダイナミクス(35),すべり軸受系の自励振動(36),超音速軸流中の非伸縮性板のリミット・サイクル振動(37),分割トルク・フェース・ギヤ系の非線形モデル(38),ひび割れ片持ち梁の非線形ダイナミクス(39),大型風力タービン・ブレード低次モデルにおける強制加振マシュー方程式の応答(40,41),回転磁石で周期的に牽引される圧電エネルギー・ハーベスタ(42),ボルト接合部を有する構造物のべき乗則型減衰挙動のBouc-Wenモデル(43),慣性振子式動吸振器を用いたSpar-浮体システムの非線形エネルギー伝達(44)など様々なテーマが研究されている.
Journal of Computational and Nonlinear Dynamics(ASME)については,非線形エネルギー・シンク関連で,並列多自由度セル・マッピング法による大域的解析(45),非線形ノーマル・モードによる周波数-エネルギー解析(46),航空機ノーズ・ランディング・ギヤのシミー抑制(47),などが挙げられる.また,機械学習関連で,不均一スロット空気軸受系における動的解析(48),局所非線形非対称ゲートを持つ線形導波路の非反復性(49)などが挙げられる.さらに,調和バランス法関連で,複数区分線形関数を持つ歯車系の非線形振動(50),構造力学のための数値連続性と自動微分によるPython実装(51),定常応答の分岐点を特定する拡張ヤコビ行列の特異性(52),などが挙げられる.
その他にも,スパース同定法とシューティング法を組み合わせた自由振動測定による非線形ノーマル・モード特性(53),ヒステリシス構造減衰系における半陰解法的積分とデータ駆動型モデル低次元化(54),幾何学的非線形性を有する大型宇宙アンテナ・トラスの等価梁モデル(55),クーロン摩擦を伴う区分線形系に対する記号-数値ハイブリッド計算(56),時系列データから推定されるリアプノフ指数による非線形回転系の安定性解析(57),タッピング・モード原子間力顕微鏡の滑らかでないダイナミクス(58),非線形摩擦アイソレータを有する精密モーション・ステージの分岐解析(59),ハンドヘルド衝撃機に結合した非線形吸振器の振動解析(60),レスラー系における双子螺旋ホモクリニック軌道へ至る1周期運動(61),強いノイズ下で加速度測定のみによる粒子群最適化を用いた非対称Bouc-Wenヒステリシスの同定(62),実験データに基づく油圧ダンパの非線形モデル同定のためのメタヒューリスティック最適化(63),強制加振に第2高調波項を追加した衝撃型倒立振子の分岐図(64),不確かさ存在下のハイパー・カオスとカオス系に対する同期基準(65),任意ラグランジアン-オイラー法に基づく非線形スロッシング問題の定式化(66),幾何学的非線形梁のダイナミクスのマルチ・ボディ制約(67)など多種多様なテーマが挙げられる.
Journal of Applied Mechanics(ASME)については,メタマテリアル関連で,引張-ねじり結合成分で修飾された機械的メタストラクチャ(68),非線形機械的3次元メタマテリアルにおける固有モード(69),無限および有限の機械的メタマテリアルの低次元モデル(70)などが挙げられる.
その他にも,ランダム加振強非線形系の非定常応答(71),硬磁性ソフト・アクチュエータの非線形振動の粘弾性効果(72),幾何学的非線形性と引張/圧縮変形を考慮した補助ハニカム構造の非線形繰り返し衝撃モデル(73),など様々なテーマが取り上げられている.
なお,Mechanical Engineering Journal,International Journal of Mechanical Sciences,Journal of Dynamic Systems, Measurement and Control(ASME)には,サーベイしたものの非線形振動関連の目ぼしい論文は無かった.
以上総括して,2023年の非線形振動に関連する研究トレンドとしては,安定性解析から分岐現象,そしてカオスに至る古くからの基礎的な研究に加えて,非線形エネルギー・シンク,エネルギー・ハーベスティング,メタマテリアルの3つが大きな流れを作り出していると言える.また,機械学習を利用した解析など新しい研究の芽も見逃せない.
〔黒田 雅治 兵庫県立大学,奥泉 信克 室蘭工業大学,神谷 恵輔 愛知工業大学,増本 憲泰 日本工業大学〕
13.5 音響・騒音
13.5.1 概況
例えば,2024年1月の日本機械学会誌に掲載された2050年の社会像実現に向けた技術ロードマップ中の機械力学・計測制御分野では,ITと物理ダイナミクスの融合に焦点があてられている.「音響・騒音」というキーワードは陽に現れてはいない.音響および騒音は現象を表すものであり,これを分析および解析することで,所望の設計を行うことができる.ロードマップに現れる製品および技術を実現するための重要な基盤としての分野である.2021年に閣議決定された第6期科学技術・イノベーション基本計画においても,Society 5.0としてサイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムの構築を目標にされている.機械の設計だけでなく,人間とのインターフェース等で重要な基盤をなす技術の開発において,それらの品質を向上させる技術として本分野の重要性が増大している.
13.5.2 研究動向
機械力学・計測制御部門Dynamic and Design Conferenceにおける最近の本分野の動向について述べる.オーガナイズドセッション(OS)の領域3に振動・騒音があり,この領域にいくつかのOSが企画されている.2019年以降は,下記の5つのテーマで講演募集されている.論文集に投稿される前の段階であり,種々のテーマについて挑戦的な研究発表がなされていると思われる.なお,音響・騒音ではなく振動・騒音となっている点はご了承頂きたい.
OS3-1 音響・振動(音響,振動,騒音,楽器,誘導音)
OS3-2 サイレント工学(騒音の予測・計測・評価,騒音低減化設計,能動的振動騒音制御,交通騒音ならびに居住騒音,吸音・防音・減音材料と構造)
OS3-3 モード解析とその応用関連技術(モード解析,伝達経路解析,ロバスト設計,加振法,構造音響連成,振動音響試験技術,異常検知)
OS3-4 自動車の制振・防音(自動車,制振,吸音,遮音,多孔質材,音響メタマテリアル)
OS3-5 ソフトセンサ/アクチュエータおよびソフトメカニクス(誘電エラストマーアクチュエータ,ソフトメカニクス,Electrohydrodynamics,伸縮性ひずみセンサ,食品科学)
表13-5-1 D&Dでの音響・騒音OSでの発表件数
2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 | |
OS3-1 | 14 | 18 | 13 | 16 | 9 |
OS3-2 | 15 | 12 | 14 | 8 | 10 |
OS3-3 | 12 | 15 | 15 | 19 | 24 |
OS3-4 | 11 | 18 | 17 | 17 | 10 |
OS3-5 | 8 | 5 | 6 | 0 | 9 |
total | 60 | 68 | 65 | 60 | 62 |
過去5年間のD&D2019からD&D2023講演会での音響・騒音に関連すると考えられるOS領域3での発表件数について表13-5-1にまとめる.年度毎の領域内でのばらつきは存在するが,ほぼ一定の講演件数があることがわかる.60件程度の講演数を維持しており,D&Dの講演数から考えると主要な領域であることが確認できる.講演についての概観では,やはり騒音低減,制振に関連するテーマが多く,それらの対策に対する技術的な要求レベルが高くなることで,新たな研究のテーマが生み出されている.2023年も研究の流れに大きな変化がないという前提で,発表された研究内容について次節で概観する.
13.5.3 研究概要
OS3-1音響・振動においては,振動・騒音源の逆問題に関して,逆フィルタを用いた加振力の推定(3)およびカルマンフィルタによる状態量推定を行うバーチャルセンシング(4)の研究があり,デジタルツインの実現に向けた講演と考えられる.集中質量系による音響解析に関して,パラメトリックスピーカの波動解析(5)や熱音響ヒートポンプの振動解析(6)など,数値モデルとして利用がさらに進むことが期待できる.本セッションでは,楽器に関する研究発表(7),(8)が毎年行われ,感性的な面,原理的な面から検討が進められている.
OS3-2サイレント工学では,生活騒音の低減という観点から,ANCのトイレ騒音に関する応用が検討された(9).薄板に大変形を与えて発生音の制御を行う研究がミュージカルソーを対象に行われが,楽器に限らず薄板が大変形を受ける際の放射音の変化について考察された(10).解析モデルの推定に関する検討として,部材間の伝達特性のハーシュネスに与える影響の検討(11)や剛性にさがある部材間の結合状態の違いによる応答の制御(12)について検討されている.ディープラーニングによる音源分離に関して深層化の影響をについて考察されている(13).
OS3-3モード解析とその応用関連技術では,非線形結合を持つ大規模な構造系のモード合成法(14)が発表されている.計算機速度は向上しているが,所望のFEMモデルの規模が拡大する傾向にあることから,手法の提案時には困難であった解析も比較的簡易に実行できるようになってきた.異常検知については,外力同定を援用した階層構造物の異常発生位置の推定(15),畳み込みニューラルネットワークによる工具摩耗等の異常検知を自動化(16),機械学習による周波数応答関数を用いた損傷同定(17)などの試みが行われている.ニューラルネットワークなど機械学習を利用する手法は,これまでも何度かブームがあり,実際の現象に対する適用が十分ではなかったように思われるが,画像処理関連での発展があり進化してきている印象であり,異常検知の分野での今後の発展を期待する.同定および推定については,減衰特性に関連した研究として距離減衰のモデル化(18),接触力や摩擦力の振動特性への影響予測(19),固有振動数の精度評価のための系の小減衰化の検討(20)などがある.実稼働TPA(21),(22),準受動制御を用いた省エネルギなモード特性同定(23),周波数応答関数の位相による実験モード解析(24)など新規な視点からのモード特性の同定に関する研究も見られる.
OS3-4自動車の制振・防音については,明確に自動車に関連するものとしては,ガソリンエンジンの燃焼による振動騒音に関する研究(25)があるが,大部分は制振・防音についての基礎的技術に関連するものとなっている.特に吸音材料に関連する研究(26),(27)が多くみられる.
OS3-5ソフトセンサ/アクチュエータおよびソフトメカニクスは,領域7ダイナミクスと制御のOS7-1アクチュエータとダイナミクス・計測・制御とのジョイントセッションである.柔軟な素材を使用した振動センサ(28),誘電エラストマーアクチュエータ(29)や磁気機能性粘性体によるアクチュエータ(30)など次世代を指向した研究が行われている.
〔日野 順市 徳島大学〕
13.6 ヒューマンダイナミクス
ヒューマンダイナミクス分野では,慣性センサや光学式モーションキャプチャシステムのような計測機器や,筋骨格ソフトウエアによる解析システムの普及に伴い,力学的な解析環境が整いつつある.2023年8月に名古屋大学で行われたD&D2023/MoViC2023では,D&DのOS:ヒューマンダイナミクスの講演で11件,MoViCのOS:運動・感覚の可視化と操作で6件の研究成果が報告された.本分野のトピックスを大別すると,計測技術,モデリング,動作の評価,リハビリテーション等の介入となる.
人の動作計測は,光学式モーションキャプチャ,慣性センサ,GPS,力覚センサが主であり,これらの計測を基礎とした詳細な解析や,精度と実用性を両立した計測法の開発が進められている.従来の光学式モーションキャプチャは実用面で劣るため,それを改善する新たな技術として,マーカレス型や深部カメラを用いたシステムが提案されているが,いずれも精度的な課題が残されている.実用性と精度の両立が期待される計測法は慣性センサと力覚センサであり,多数の慣性センサを組み合わせた腰部の形状測定(1)や,歩行における床反力に基づく安定余裕(MOS)の推定(2),フォースプレートと頭部慣性センサの組み合わせによる立位の重心推定(3),2枚のフォースプレートによる座位の重心推定(4)が報告されている.慣性センサでは位置計測が難しいため,モーションキャプチャやGPS計測との組み合わせが検討されている.GPS計測では,GNSSを用いた研究が活発になされており(6),従来のメートルオーダーからミリメートルオーダーへと精度の改善がみられているが,アンテナ等が必要であるため,計測装置が大型化する課題がある.なお,応答の計測法としては表面筋電位(EMG)も広く用いられているが,出力電圧と関節トルクの対応付けが難しく,力学的評価のためには多くの問題が残されている.
モデリングに関しては,人体の形状を正確に模擬した筋骨格解析モデリングと,それらを単純化した低自由度の剛体モデリングに大別できる.前者は,既に商用ソフトウエアに実装されている技術で,光学式モーションキャプチャとフォースプレートの計測に基づいて,身体負荷の推定等に適用されている(7,8).一方,後者は実用解析への適用を目指した未確立の技術であり,モデルが簡略化されるために解析対象は限定される.後者の機械工学系との親和性は高く,例えばシューズのパラメータの最適化(9)や自動車の乗員のモデリング(10,11)が報告されている.また,剛体モデルの構築に必要となる各セグメントの重心位置,部分質量,部分慣性モーメント等の身体パラメータを身体動作から推定する研究がなされている(12,13).剛体モデリングではこの同定の高精度化が重要であるため,今後注目される研究トピックである.また,剛体モデルを用いた解析に期待される要素として,ヒトの内部の計測制御システムの同定が挙げられる.内部システムは未知であるためモデル化は難しいが,これらの研究から身体の感覚器の再重みづけの同定問題(14)などへ発展させることが,医療分野やスポーツ分野から期待されている.
動作の評価では,安静立位,立ち上がり,歩行などの評価が広く行われている.慣性センサ計測や光学式モーションキャプチャ計測に基づく運動学解析(Kinematics)と,それにフォースプレート等の力覚センサを組み合わせた運動力学解析(Kinetics)が一般的である.後者においては関節トルクと加速度といった直接対応する変数の評価が従来から行われてきたが,制御工学的な観点を取り入れて力と運動の関係を評価する研究も進められている(15).また,随意運動だけでなく外部から与えられる刺激と応答の関係を評価する研究が多くなされており,乗り物の座位挙動のモデリングを介した評価(16,17)や,バーチャルリアリティ(VR)を用いた視覚に対する応答の評価(18)が行われている.
リハビリテーション等の介入については,理学療法系や情報学系を含むロボット工学系の研究者を中心に活発に進められている.MoViC2023では,指や上肢のリハビリテーションシステムが報告された(19,20).ロボットリハビリについては,理学療法士の手技によるリハビリテーションよりも効果が高いことを何らかの指標に基づいて示す必要があるが,厳密な検証に基づく研究は少ない.力学的な評価と組み合わせることで介入効果を厳密に評価できれば,この分野の飛躍的な発展が生じる可能性がある.力学系や制御系を中心とする機械工学系研究者の今後の取り組みが期待される.
〔園部 元康 高知工科大学〕
13.7 1Dモデリング
13.7.1 概要
多種多様化する現在社会において,複合領域の技術連携は必須課題であり,また同時に高性能化への要求および開発スピードの短縮は常に技術者にとって要求される課題である.これらの背景を元に1Dモデリング技術への注目が集まっているが,その定義および有用性と課題について述べる.
13.7.2 1Dモデリングの「1D」とは
1Dモデルの「1D」とはデカルト座標の1次元と同義ではない.1Dモデルにおいても6自由度(XYZ並進および回転)のモデリングが可能である.R形状や抜き穴などの詳細な形状情報を含む事ができる3Dモデルとの比較において,方程式をベースとしたモデリングとして「1D」という名称が用いられている.例えば3D-CAEツールにて強度解析を行う際には,従来から簡易的に材料力学や梁計算にて概略値の確認を事前に行ってきたものであるが,これらの全体像を把握する工程の拡張として1Dシミュレーションの必要性を考えると,1Dモデルの存在意義が明確になるであろう.企業等において機種開発を行う場合は上流工程で1Dシミュレーションにて全体像を把握し,その後の詳細設計において3Dシミュレーションで検証するという流れが一般的である.「2012年7月号の東芝レビュー」(1)にて大富らが1Dシミュレーションの立ち位置を,0D(概念設計)→1D(機能設計)→2D(配置設計)→3D(構造設計)→4D(製造設計)という流れの中で定義づけしている点は興味深い.
13.7.3 上流工程における1Dシミュレーション
1Dモデルは3Dモデルと比較して,計算時間やファイルサイズおよびコンピュータ性能が軽量である事から,対象機器の全体像を素早く俯瞰したい上流工程における開発設計には利点が多い.ここで上流設計に求められる課題としては,局所最適化に陥らずに全体最適化を目指す事であり,システム全体の動的挙動(具体例として稼働に必要なモータトルク,全体変位,発生熱量,各ユニット毎のエネルギー配分など)をまず把握したいという事が多い.それらをシミュレーションで解決しようとすると,いわゆる振動解析や機構解析を実施することになるが,従来の3Dツールでは実行時間,PCリソース共に大規模なものとなるため初期工程に組み込む事が難しい場合も多かった.以上の観点から1Dシミュレーションにおける1Dモデルは時間領域を対象とした動的でかつ実行時間の短い線形なモデルとなる事が多い.非線形で静的な1Dモデルも作成不可能ではないが,非線形静的解析を行う場合はFEM(有限要素法)などを用いた3Dモデルの方がより適している事が多い.
以上のように1Dモデルは3Dモデルを完全に置き換えるものではない.設計が進んで詳細な形状検証をする際は3Dモデルが有効である.また1Dモデルを3Dモデルの単なるリダクション(次元削減)と考えずに,全体の見通しをよくする事で従来の機械設計の束縛から離れ,物理現象としての本質に立ち返る事ができる技術革新のためのツールとしての有用性も挙げられている(1).しかしながら1Dモデルを直接イノベーションツールとして用いる事で全く革新的な製品の創出へと繋がった事例は少ないのが現状であり今後の成功事例が望まれる.
13.7.4 複合領域のシミュレーションとしての1Dモデル
1Dシミュレーションツールは,オープンソースのOpenModelicaを始めとしてDymola(ダッソー),Amesim(シーメンス)等多くの商用ソフトが各社からリリースされている.一般的な1Dシミュレーションソフトでは非因果型プログラム言語を採用しているが,その中で最もよく知られているものがModelicaであり,Modelicaは1976年にスウェーデンのLund大学のHilding Elmqvistによって時間領域における物理のダイナミクス(支配方程式)をモデリングするために開発されたプログラミング言語である.また広義には,非因果型プログラミング言語ではないが制御設計に実績のあるMATLAB Simulink(MathWorks)や電気回路シミュレーションツールとしてよく知られたSPICE等も1Dシミュレーションツールに含まれる事もある.全ての工学が本質的に2階の微分方程式で表される事から,非因果型プログラミング言語により構成された1Dモデルは,機械,電気,伝熱,流体,電磁気,化学,制御工学など複合領域に渡ったシミュレーションを得意としている.
13.7.5 1Dモデルの流通と標準化(FMI規格)
13.7.4で述べたように1Dシミュレーションツールは,それ単体で複合領域のモデリング作成が可能ではあるが,実際の製品開発の現場ではそれぞれの部署や企業において,長年の経験を積み上げてきたデータとそのツールの運用実績があり,背景や事情の異なる異部署間でシミュレーションツールを一つに統合するのは現実的に困難である.従ってシステム全体の挙動を把握するには,それぞれ異なったツールや環境で作成された1Dモデルを接続させる必要があるが,その各モデルユニットをつなぎ合わせるために考案されたインターフェース規格がFMI規格(Functional Mock-up Interface)である(2).またFMI規格に則って作成された各モデルのユニットをFMU(Functional Mock-up Unit)といい,特に自動車業界では各モデルをサプライチェーン上にOEM供給するために積極的な採用が進められている.FMUの動作モードにはME(Model Exchange)とCS(Co-Simulation)の二方式があり,前者のMEは各モデルの内部にソルバーを含まず,全体のシミュレーション実行時には外部の単一ソルバーにより実行される.よってMEの場合FMUモデル間において通信遅延が発生せず,制御モデルのような遅延が好ましくないモデルには有効だが,ソルバーにはそれぞれ収束可能な周波数の限界があるため,ソルバーの種類によっては使われているモデルユニットとの相性が悪く収束性に問題が発生する場合もある.後者のCSは各FMUモデル内にそれぞれソルバーを含むため,FMU毎にプロセスの生成が可能である.よって一つのPC上で実行するスタンドアローン方式から,莫大なコンピュータリソースを必要とする大規模分散環境のクライアント・サーバー方式まで適用範囲が広い事が特徴である.その反面計算時間は増大し,各FMUモデル間の同期に関して適切なステップサイズが設定されてなければ実際の挙動と異なった結果が出力される事態にもなるので注意が必要である.
またFMUモデルを正しく接続する際には,経済産業省が作成した「自動車開発におけるプラントモデルI/Fガイドライン」(3)に準拠する事が推奨される.ガイドラインは5つの基本原則から成り立っており,入出力を行う変数の正負やエネルギーの流れる向きなどが一律的に定義されている.
13.7.6 今後の課題
1Dモデリングによるシミュレーションは,特に自動車業界においてモデルベース開発の一環として大きな成功例をもたらしてきた.物理現象をモデリングするために開発された非因果型プログラミング言語によって構築された1Dモデルは情報工学との親和性が高く,他のプログラミング言語との連携などIT技術との相互作用が期待され,いくつかのソフトウェアではPython言語との連携が容易になってきている.コントローラに搭載されているC言語との連携は,多くのソフトウェアでまだ一般的とは言えず今後の課題ではあるが,C++言語と連携するためのライブラリが佐藤らによって開発されている(4).また機械学習との連携においては個々人で試行的にトライした例は見かけるようになってきたが,システマティックに連携させた事例は少ない.これらの先端的なIT技術との連携に関しても今後の発展が望まれる.
最後に1Dモデルによるシミュレーションや技術理論について,1D-CAEまたは1DCAEという呼び方が日本国内ではよく聞かれるが,諸外国ではこれらの造語は一般的ではない.従ってここでは国際的な慣習に従いこれらの用語は用いずに記載した.
〔田尻 明子 村田機械〕