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機械工学年鑑2024

12.環境工学

12.1 環境工学を取り巻く状況

環境工学部門では,騒音・振動,資源循環・廃棄物処理,大気・水環境,環境保全型エネルギーの4分野で構成しているが,どの分野にも共通する課題は脱炭素社会構築に関する技術開発であろう.2024年4月現在,「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律案」(水素社会推進法案)及び「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」(CCS事業法案)が国会審議中である(1).特に前者は低炭素水素等(ブルー/グリーン水素・アンモニア)の供給・利用を早期に促進する推進力になるものと期待される.

アンモニアはCO2を排出しない燃料として,水素キャリアとして,さらにはCO2固定剤(あるいはCO2キャリア)として利用でき,多様な新規脱炭素プロセスに利用できる特長がある.しかし,アンモニアは毒物でもあり,いかに安全に社会実装できるかが脱炭素社会構築の鍵となろう.

アンモニアを燃料として利用する場合,その遅い燃焼速度や窒素酸化物発生量の改善が課題となる(2).水素キャリアとして利用する場合は,実用性あるクラッキング触媒と省エネ型の自立型触媒反応器や水素分離装置が必要となる(3).CO2固定剤に用いる場合は,反応方法・反応器の開発および生成物(例えば炭酸水素アンモニウム)の利用法の確立が必要である.このような課題は,過去の燃焼研究を鑑みると古い課題にも思えるが,いざ実験をしてみると新たな発見もあり,新たな研究テーマであると感じる.

かつて環境先進国と言われた日本であるが,今ではその声を聞くことはない.早期の炭素社会構築の技術開発をリードし,再び世界の注目を浴びるようになりたいものである.

〔神原信志 岐阜大学〕

参考文献

(1) 経済産業省, https://www.meti.go.jp/press/2023/02/20240213002/20240213002.html (参照日2024年4月15日)

(2) 燃料としてのアンモニアの可能性, 神原信志, 日本燃焼学会誌, 64(209), pp.230-236, 2022.

(3) 燃料および水素キャリアとしてのアンモニア利用技術, 神原信志, 自動車技術, 76(12), pp. 28-33, 2022.

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12.2 騒音・振動評価改善技術分野の動向

総務省公害等調整委員会が2023年12月15日に公表した「令和4年度公害苦情調査」1では,典型7公害の苦情は50,723件であり,対2021年度比672件減少(対2021年度比1.3%減)したことが示されている.その中では,「大気汚染」が690件減少(同4.8%減)した影響が大きいとした見解が示されている.

一方環境省による2024年2月22日公表の「令和4年度騒音規制法施行状況調査報告書」2においては,騒音に係る苦情の件数は,2022年度は20,436件で,2021年度より736件と3.7%増加していることが示されている.2021年度では対前年度比減少に転じたものの,新型コロナウイルス感染症の影響から生活様態が変化した影響も一段落し,以前の状況に戻りつつあることを示す結果となっている可能性がある.なお,苦情件数の内訳をみると,建設作業が最も多く7,736件(全体の37.9%),工場・事業場が5,236 件(同25.6%),営業が1,946件(同9.5%)等であった.苦情件数の内訳については,2021年度以前と大きな差異はない.近年注目を集めている低周波音に係る苦情についても同様で,苦情件数は335件(2021年度347件)であった.

また,「令和4年度騒音規制法施行状況調査報告書」において調査されている「騒音に係る環境基準の適合状況」については,2022年度に環境騒音の測定を実施した全測定地点2,414地点(2021年度2,455地点)のうち,90.8%(同89.5%)に当たる2,192地点(同2,198地点)で環境基準に適合しており,2021年度と同様であることが示されている.

続いて,研究動向を紹介する.2023年7月25日に第33回環境工学総合シンポジウム2023(SEE 2023)3が松江市で開催された.全体の講演論文数は64件で,そのうち騒音・振動評価・改善技術に関するセッションでは26件の講演発表があった.本講演会では,音の受動制御や能動制御,音質評価等,多種多様な研究テーマの発表がなされることが特徴である.今回の講演会では,モータを動力源とする機械システムの騒音低減に関わる講演が5件あった.自動車をはじめとする機械システムの電動化が近年進んでいることが垣間見える内容であったと考えられる.

さらに,2023年7月25日~7月28日の日程でInternational Workshop on Environmental Engineering 2023(IWEE 2023)4がSEE 2023と同会場において開催された.IWEE 2023では,合計68件(Plenary lecture 3件,Invited lecture 7件,Oral presentation 58件)の講演があった.騒音・振動関係では,Test and analysis technique of noise and vibration(1)(2),Evaluation and improvement of sound quality, Improvement technology of noise and vibrationの4つのセッションで20件の講演があった.SEE 2023,IWEE 2023を通じて,騒音・振動に関する講演数が全体講演数の4割近くを占めており,この分野の研究活動が活発に行われていることが改めて認識された.

東京都立大学で2023年9月3日~9月6日で開催された2023年度年次大会においては,流体工学部門,機械力学・計測制御部門と合同で「流体関連の騒音と振動」の分野横断セッションが開催され 5,ポスター10件,口頭9件の発表が行われた.

最後に日本国内で開催された騒音振動関係の国際会議について記しておく.2023年8月20日~8月23日の日程で,千葉市幕張メッセにおいて第52回国際騒音制御工学会議,International Congress and Exposition on Noise Control Engineering(INTER-NOISE2023)6)が開催された.日本国内での開催は,2011年大阪から12年ぶりであった.INTER-NOISE2023では,43か国から1,300名を超える参加があった.本会議では,6のプレナリー・キーノートレクチャーに加え,87のセッション及びポスターセッションが組まれ,口頭発表,ポスター発表合わせて888件の講演があった.発表テーマを調査したところ,”active”, “experimental”,“low”, “numerical”,“urban”,“virtual”,‘deep” といった単語の出現頻度が高かった.”active”については,やはりactive noise control 関連の講演テーマが多いためであり,その数は30件超であった.依然としてこの分野に対する関心が高いことが示された.”low”については,低周波音関係の講演テーマであり,世界的に関心の高い分野であることが明らかになった.その他としては,人口の集中する都市部での騒音問題に関する講演(”urban”,20件超),近年のトレンドを反映して,VR,Deep Learningを用いて音響問題にアプローチした講演テーマが20件超見られた.なおINTER-NOISE2024は,2024年8月25日~29日の日程でフランスナントで開催される.

〔森下 達哉 東海大学〕

参考文献

(1) 令和4年度「公害苦情調査」(2023年12月15日公表), 務省公害等調整委員会, https://www.soumu.go.jp/kouchoi/substance/news/announce/main.html (参照日2024年4月9日)

(2) 令和4年度騒音規制法施行状況調査報告書(2024年2月22日), 環境省, https://www.env.go.jp/content/000204575.pdf(参照日2024年4月9日)

(3) 第33回環境工学総合シンポジウム2023, https://confit.atlas.jp/guide/event/env23/top (参照日2024年4月9日)

(4) >International Workshop on Environmental Engineering 2023 (IWEE 2023), https://www.jsme.or.jp/env/iwee/2023/ (参照日2024年4月9日)

(5) J091(部門横断) 流体関連の騒音と振動, https://confit.atlas.jp/guide/event/jsme2023/sessions/classlist/J091 (参照日2024年4月9日)

(6) Internoise 2023, https://2023.internoise.org/ (参照日2024年4月9日)

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12.3 資源循環・廃棄物処理技術分野の動向

12.3.1 概況

昨今,サーキュラーエコノミーを目指す動きは加速しており,2023年においては各機関において以下のような方向性が示されている.

2023年2月 日本経済団体連合会(経団連)による「サーキュラー・エコノミーの実現に向けた提言」の発表

2023年4月 G7気候・エネルギー・環境大臣会合で,電子電気機器からの国内・国際回収リサイクルの強化を合意

2023年7月 環境省より第五次循環基本計画を見直す方向性が示された.

経済産業省が2020年5月に策定した「資源循環経済政策の現状と課題について」(1)の中で,資源制約リスクとして,今後は世界のマテリアル需要が増大し,資源国の政策による供給途絶リスクがあると問題視している.そのため,サーキュラーエコノミー市場が今後大幅に拡大していくとの見方を示している.今回,そのサーキュラーエコノミーの代表格でもある,メタルのリサイクルについて報告する.

最新の資源・リサイクル促進センターが2023年に発行したデータ(2)によれば,非鉄金属鉱の輸入量は2020年で10,130,000tonであり,ほぼ100%が輸入となっている.この内,銅鉱石は5,228,884tonを締めている.

昨今の国際的な紛争や価格問題で,資源の産出国に問題が生じた場合,その資源を輸入する国ではそれらを確保することが出来ず,種々の貴金属が使用されている制御機器,スマートフォン,パソコン,電化製品などは生産を縮小することになる.

そのような中,日本では2000年頃から「都市鉱山」と称して,廃棄された製品からそれらの重要な貴金属をリサイクルする取り組みが行われてきている.中でも銅のリサイクル率は消費された電気銅の数字をベースに2016年から2020年までで30%から41%にアップしている.

次項より,都市鉱山の中でも近年金属リサイクルが進んでいる廃基板処理からの銅のリサイクルについて説明する.

12.3.2 銅のリサイクルのフロー(3)

金属リサイクルの一例である銅製錬工程は下記の通り3つの炉と電気銅製造工程,硫酸工程,貴金属工程で構成されている.

銅鉱石はそのままでは銅の品位が低いため,銅品位を上げるよう硫化鉱は粉砕された後,水を加えて薬品を添加し,浮遊選鉱装置で銅精鉱を銅の品位が20~40%になるように調製する.その後,銅精鉱は酸素富化空気とともに「02 自溶炉」に供給される.

一方,廃基板は事前に加熱処理した後,細かく粉砕され,銅精鉱と同様に酸素富化空気とともに「02 自溶炉」に供給される.

銅精鉱や廃基板は自溶炉内で酸化され,銅品位65%のマットと酸化鉄・珪酸などからなるスラグに溶解・分離される.

自溶炉で生成したマットは転炉に送られ,さらにマットを酸化させ,銅品位約99%の粗銅を作る.精製炉では,ブタンガスを還元剤として吹き込み,粗銅に含まれる酸素を除去し,銅品位を99.5%まで高める.

排ガス中のイオウ分は炉内でSOxとなり,排ガスと一緒に廃熱ボイラを経由して硫酸工程に供給され硫酸になる.

貴金属工程では,電解工程で発生した有価金属を含む沈殿物を処理し,金,銀,白金,パラジウム,セレン,テルルなどを取り出して製品化する.

図12-3-1 銅製錬工程

12.3.3 廃基板

金属鉱石は昨今採掘が容易ではなかったり,低品位化も進んできている中で,廃基板は金銀銅を含む良質な“金属鉱石“であり,昨今採掘される天然の鉱石よりも高品位であることが知られている.(表12-3-1)

表12-3-1.廃基板と天然の銅鉱石の組成(4)

Au

(g/t)

Ag

(g/t)

Cu

(%)

SiO2

(%)

Al2O3

(%)

CaO

(%)

S

(%)

C

(%)

前処理済

廃棄板

20~

150

300~

1,500

15~35 14~20 10~20 3~8 0 5~15
銅精鉱 17 54 29 5~15 1~5 0~3 32 0

上記のように,廃基板はその金銀銅の含有率から天然鉱石の代替に十分なりうる数字を持っている.ここで,上記に示した前処理済廃基板とは,製錬工程の前段階として加熱処理をした廃基板である.

日本でも以前は廃基板を破砕し,前処理としての加熱をせずにそのまま自溶炉に供給していた.

その前処理をしていない廃基板の組成は,表12-3-2に示す通り,臭素分,塩素分を含んでいる.この前処理をしていない廃基板をそのまま自溶炉に供給してしまうとことで,以下の問題が発生していた.

①廃基板は樹脂製のため,その樹脂が炉内で急激に燃焼し,クリンカーの生成や耐火物の損傷を引き起こす.

②臭化水素や塩化水素という腐食性ガスにより自溶炉の缶体を腐食させてしまう.

③腐食性ガスは硫酸製造工程で硫酸が黄色く着色してしまう.

これらの問題を解決するため,前処理炉を設置することが検討され,現在も各製錬所での銅のリサイクル工程に導入されている.

表12-3-2(5)

前処理無廃基板
 

成分

水分 wt% 8
灰分 wt% 59.46
有機分 wt% 32.54
 

 

 

有機物組成

C wt% 28.17
H wt% 1.97
N wt% 0
O wt% 0
S wt% 0.2
Br wt% 1.4
Cl wt% 0.8

12.3.4 廃基板の前処理炉フロー

稼働中の前処理炉は,図 12-3-2に記載の廃基板は50mm~100mm角に破砕し,ロータリーキルンに供給される.ロータリーキルン内では理論空気量よりも少ない燃焼空気で500℃~800℃の温度で廃基板を加熱させる.抑制燃焼のため,廃基板内の樹脂による急激な燃焼が抑えられ,かつ樹脂の一部は残留炭素として残り,この炭素分が自溶炉で金属を溶かすための燃料になる.

運転温度が500℃よりも低い300~400℃の場合,廃基板中のハロゲン類が廃基板中に残ってしまい,自溶炉後段の転炉でも腐食の問題が発生する.

ロータリーキルンを出た燃焼排ガスは二次燃焼炉を経て廃熱ボイラに供給される.

廃熱ボイラでは,蒸気を回収し,発電などに利用される.その後排ガスはガス冷却塔でバグフィルタのろ布の耐熱温度以下になるように冷却水を噴霧して減温される.

基板に含まれる塩素分と臭素分はそれぞれ塩化水素と臭化水素になり,バグフィルタで消石灰と反応してカルシウム塩として系外に排出される.

廃基板処理では臭素化ダイオキシンの問題が出るが,無害化され煙突を通って大気へ排出される.(図12-3-2)

 

図12-3-2. 前処理炉フロー

12.3.5 前処理炉

前節のフロー中のロータリーキルンは,抑制燃焼が出来るよう摺動部のシールを強化して外部からの漏れ込み空気を少なくしたキルンである(図12-3-3).

この抑制燃焼キルンは,キルン外径の約2倍程度の長さをもつショートキルンで,処理物中の有機物を可燃性ガスと金属含有の炭化物に分離する.可燃性ガスはロータリーキルンの助燃料として利用出来るため,一般的な酸化型ロータリーキルンよりも助燃料消費量が少なくて済む.

ロータリーキルンから排出された廃基板は残留炭素分が10~20%の焙焼物となって排出される.

図12-3-3 抑制燃焼キルン

一方,12.3.2項で提示した自溶炉による製錬プロセスとは異なり,小型の連続炉による製錬プロセスに取り入れている製錬メーカーもある.

そのプロセスの場合,連続炉での温度を制御するために発熱量の低い原料を供給することが重要となる.熱しゃく減量としては1%以下にするため,有機物を完全分解する溶融キルン(図12-3-4)を適用している.

酸化キルン内で廃基板は1200℃に加熱され溶融し,金属のスラグとなって排出される.

金属が溶融する温度での操業のため,ロータリーキルンの耐火物は高温対応かつ耐スポーリング性の高いレンガが採用されている.

図12-3-4 溶融キルン

12.3.5 終わりに

2022年の新聞記事では,環境省は使用済の電子機器から金属を回収して再資源化する量を2030年度までに倍増することを打ち出した.さらにその原料である廃基板を海外から輸入する量を増やす検討がなされた(6)

しかし,2025年のバーゼル条約改正により海外(特に新興国)との廃基板を含む特定廃棄物の輸出入に対して規制が強化されることとなり,それをみこして海外からの廃基板の輸入量は2015年に約38,000ton/年あった量が2023年では約2,500ton/年にまで急減している(7)

廃基板を含むE-Scrapは世界で80万ton/年発生しており(8),今後E-Scrapは奪い合いになると考えられ,そのためには前処理プロセスや製錬プロセスのコストダウンや効率化を進め,リサイクル率のアップをはかる必要があると考える.

〔豊武秀文 月島環境エンジニアリング株式会社〕

参考文献

(1) 産業構造審議会 産業技術環境分科会 資源循環経済小委員会

(資料5)「資源循環経済政策の現状と課題について」(2023年9月)

(2) 一般社団法人 産業環境管理協会 資源・リサイクル促進センター 「リサイクルデータブック2023」(2023年7月)

(3) 【ホームページ】パンパシフィックカッパー株式会社 「事業紹介」>「銅ができるまで」(参照日:2024年3月20日)

(4) 2016年9月27日 E-Scrapシンポジウム

東京大学生産技術研究所 非鉄金属資源循環工学寄付研究部門(JX金属寄付ユニット)

(5) 月島環境エンジニアリング株式会社の分析結果による

(6) 【新聞記事】読売新聞オンライン 2022年8月29日

(https://www.yomiuri.co.jp/national/20220828-OYT1T50187/)(参照日:2024年4月2日)

(7) 【ホームページ】環境省 特定有害廃棄物等の輸出入等の規制に関する法律の施行状況(令和4年)について

報道発表資料(2024年3月29日)(参照日:2024年4月2日)

(8) 【ホームページ】マテリアル・エコ・リサイクル株式会社 「E-スクラップ処理で社会に貢献する」(https://group.mmc.co.jp/mer/special/e-scrap.html)(参照日:2024年4月22日)

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12.4 大気水環境

12.4.1 大気・水環境保全分野の動向

大気

わが国では,大気汚染防止法(昭和43年法律第97号)に基づく固定発生源対策及び移動発生源対策を適切に実施するとともに,光化学オキシダント及びPM2.5の生成の原因となり得るNOX,揮発性有機化合物(VOC)等の排出対策を進めている.環境省が発行している令和5年版環境・循環型社会・生物多様性白書(1)によると,2021年度の我が国の微小粒子状物質(PM2.5),NO2,浮遊粒子状物質(SPM),COの環境基準達成率は100%,SO2は99.8%であったが,光化学オキシダントは環境基準の達成率は0.2%と低く,国内における削減が急務となっている.運輸・交通分野における環境保全対策については,自動車の排出ガス及び燃料のみならず,公道を走行しない特殊自動車についても排出ガス基準に適合するオフロード特殊自動車等への買換えが円滑に進むよう,政府系金融機関による低利融資を講じている.自動車交通が集中する大都市地域の大気汚染状況に向けた施策検討や,2050年までに新車販売に占める電動車の割合を100%にするとの目標に基づき,電動車の普及を促す施策として,車両導入に対する各種補助,自動車税・軽自動車税の軽減措置及び自動車重量税の免除・軽減措置等の税制上の特例措置並びに政府系金融機関による低利融資を講じた.さらに,渋滞解消のための道路交通情報通信システム(VICS)の情報提供エリアの更なる拡大を図るとともに,観光地周辺の渋滞対策,総合的な駐車対策等により,環境改善を図るとともに,環境ロードプライシング施策を試行し,住宅地域の沿道環境の改善を図った.その他,船舶からの排出ガスについてはIMOの基準を踏まえ,海洋汚染等防止法により,NOX,SOX,PMについて規制,航空機からの排出ガスについては,国際民間航空機関(ICAO)の排出物基準を踏まえ,航空法(昭和27年法律第231号)により,HC,CO,NOX,不揮発性粒子状物質(nvPM)等について規制して,大気汚染対策に取り組んでいる.

WHO Ambient Air Quality Database (Update 2023)は,主に化石燃料の燃焼に関連する人間活動に起因する,NO2 ,PM10またはPM2.5の年平均濃度の地上測定データをまとめ,市や町全体の平均を示すことを目的とし,現在120カ国以上,8600以上の人間の居住地の大気質に関するデータを公表している(2).このデータベースは,2011年から2-3年ごとに定期的に更新されており,持続可能な開発目標指標SDGs 11.6.2「都市における空気の質」を導き出すためのインプットとして使用されている(3).このデータベースによると,2023年のPM2.5の基準値をクリアした国は7ヶ国だけで,調査対象の世界7812都市のうち,WHOの基準を満たす大気の質を記録したのはわずか9%だった(4).バングラデシュ,パキスタン,インドが最も空気が汚染されており,粒子汚染レベルはWHO基準の10倍以上だった.世界で最も大気汚染がひどかった100都市のうち,アジアの都市が96都市を占め,インドが83都市を記録した.WHOによると,環境大気汚染と家庭大気汚染の複合的な影響により,年間670万人が死亡している.

大気汚染の原因の一つとして,森林火災も大きい要因である.2023年は世界で森林火災が多く発生した.カナダでは,非常事態宣言が発令されたほど史上最悪の火災がほぼ全土で発生し,600件以上の森林火災が発生した.煙はアメリカまで広がり,特にニューヨークの大気汚染指数は,世界の主要都市で最悪の水準となったことは,連日のニュースでも取り上げられた.煙の影響で航空便に遅れや欠航が出たほか,野球の試合などが中止となり,経済にも大きなダメージを与えた.ハワイ・マウイ島では,9月に大規模火災が発生し,多くの死者も出る惨事となった.ギリシャでは,EUで最大の森林火災が発生し,ロシアでも東部の大規模な森林火災で非常事態宣言された.森林火災が発生する原因として気候変動が指摘され,森が燃えると気候変動が悪化することも指摘されている.またエルニーニョ現象による森林火災増加の可能性も報告されている.北方林は地上の炭素の30%から40%を蓄えているが,温暖化と増加した森林火災により永久氷土が溶け始め,地中の炭素がより放出されやすくなり,温暖化も加速される.過去20年で森林火災の面積は2倍に増加しており,世界の温室効果ガス排出量も増加している.

水環境

健全な水循環の維持・回復を目的として,水循環基本法(平成26年法律第16号)が2021年6月に改正され,水循環における地下水の適正な保全及び利用が明確に位置付けられた.2021年度の地下水質の概況調査の結果では,調査対象井戸(2,995本)の5.1%(153本)において,自然由来が原因と見られる砒素の環境基準超過率が2.4%と最も高く,汚染源が主に事業場であるVOCについても,依然として新たな汚染が発見されている.また,汚染井戸の監視等を行う継続監視調査の結果では,4,045本の調査井戸のうち1,690本において環境基準を超過していた.生活環境の保全に関する環境基準(生活環境項目)のうち,BOD又はCODの環境基準の達成率は,2021年度は88.3%で前年とほぼ同じであった.水域別では,河川93.1%,湖沼53.6%,海域78.6%となり,湖沼では依然として達成率が低くなっている.人口,産業等が集中した広域的な閉鎖性海域である東京湾,伊勢湾及び瀬戸内海を対象に,COD,窒素含有量及びりん含有量を対象項目として,当該海域に流入する総量の削減を図る水質総量削減を実施している.これまでの取組の結果,陸域からの汚濁負荷量は着実に減少し,これらの閉鎖性海域の水質は改善傾向にあるが,環境基準達成率は海域ごとに異なり,赤潮や貧酸素水塊といった問題が依然として発生している.「きれいで豊かな海」を目指すには,干潟・藻場の保全・再生等を通じた生物の多様性及び生産性の確保等の総合的な水環境改善対策の必要性が指摘されている(1)

ユニセフ(国連児童基金)と世界保健機関(WHO)の報告書によると,世界では約22億人(4人に1人)が家庭で安全に管理された飲み水を手に入れることができず,このうち1億1,500万人は,湖や河川,用水路などの未処理の地表水を使用している.飲み水へのアクセス状況は,世界全体で大きな改善が見られているが,そうしたアクセスや水質,給水サービスを受けられるかどうかは,地域や収入などによって格差がある.また約34億人(5人に2人)が安全に管理された衛生設備(トイレ)を利用することができない.世界全体で18億人が自宅の敷地内で水を手に入れることができず,そのような状況で暮らす10世帯中7世帯では,水汲みの仕事を15歳以上の女の子と女性が主に担っている.それゆえ教育,仕事,余暇の時間を失い,途中で怪我や危険な目に遭うリスクにさらされている5)

 

図 世界の人々の飲み水へのアクセス状況

出典:ユニセフ・WHO 報告書「家庭の水と衛生の前進2000~2022年:ジェンダーに焦点を当てて(Progress on household drinking water, sanitation and hygiene (WASH) 2000-2022: Special focus on gender)

2030年までに,安全に管理された飲み水,衛生設備,基本的な衛生習慣への普遍的なアクセスを実現するというSDGs(持続可能な開発目標)のターゲットを達成するには,安全に管理された飲み水については現在の進捗速度の6倍,安全に管理された衛生設備については5倍,基本的衛生習慣については3倍に速める必要がある(6).水は「きれい」なだけでは十分ではなく,「安全」でなければ健康は守れない.幸い,我が国の水道水は水道法で管理されており,蛇口から出る水を安全に飲める世界でも数少ない国の一つである.わが国の水インフラ技術は,安全で安心なくらし構築に貢献できることから,こうした水関連技術をこれまで以上に世界に普及する取り組みが望まれる.

〔名古屋大学 浦島邦子〕

参考文献

(1) 令和5年版環境・循環型社会・生物多様性白書, https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r05/pdf/2_4.pdf (参照日2024年3月31日)

(2) WHO Ambient Air Quality Database, https://www.who.int/publications/m/item/who-ambient-air-quality-database-(update-jan-2024)

(3) WHO global air quality guidelines: particulate matter (‎PM2.5 and PM10)‎, ozone, nitrogen dioxide, sulfur dioxide and carbon monoxide,

(4) 2023 IQAir World Air Quality Report, https://www.iqair.com/sg/newsroom/waqr-2023-pr (参照日2024年3月31日)

(5) ユニセフ/WHO「水と衛生」最新報告書安全な水と衛生の欠如がもたらす女性・女の子への不均衡な影響初の詳細分析,

(6) Progress on household drinking water, sanitation and hygiene 2000-2022: Special focus on gender, https://data.unicef.org/resources/jmp-report-2023/

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12.5 環境保全型エネルギー技術分野の動向

12.5.1 概況

世界のエネルギー価格は,ロシアのウクライナ侵攻や,新興国のエネルギー需要の高まりなどを背景に高騰しており,石炭と天然ガスの価格は,2020年4月と比べると2024年1月で2.1倍及び2.3倍であった.原油に至っては4.2倍にも上昇している(1).一方,気候変動に関しては,2023年の世界の平均気温が産業革命前に比べて1.48℃上昇し,観測史上最高(14.98℃)を記録している.日本の気象庁によると,2023年の国内の平均気温は基準とされる年平均気温と比べて1.29℃上昇し,明治時代以降で最高となった.国連の事務総長が2023年7月27日の記者会見で,「もはや地球温暖化(global warming)ではなく地球沸騰(global boiling)だ」と述べたことも注目を浴びた.

科学技術振興機構(JST) 研究開発戦略センターの研究開発の俯瞰報告書 環境・エネルギー分野(2023年)によると,日本国内では原子力発電,CCS,蓄エネルギー技術,水素・アンモニア,CO2利用,地域・建物エネルギー利用,エネルギーマネージメントシステムなどの応用研究が進展している(2).また,JSTによる研究開発の俯瞰によると,エネルギーの研究開発は「電力のゼロエミ化・安定化」,「産業・運輸部門のゼロエミ化」,「業務・家庭部門のゼロエミ化」,「大気中CO2除去」,「エネルギー分野の基盤科学技術」に分類される(3).本項では,上の分類に則って2023年の研究開発の状況を述べる.

12.5.2 電力のゼロエミ化・安定化

リパワリング,再エネを伴う電力システムの運用最適化,水素・アンモニア等のカーボンニュートラル燃料への転換,原子力発電の活用検討が多く報告されている.さらに,火力発電所から排出されるCO2の対策として,CCSとCCUSの技術開発が加速した.

12.5.3 産業・運輸部門のゼロエミ化

動力や熱源の電化や低炭素排出燃料への転換,水素・アンモニアに関わる高効率かつ低コストな水電解技術や水素キャリア関連技術(液体水素,有機ハイドライド,アンモニア)の研究開発が進められた.中でも,鉄鋼業の脱炭素化と,CO2とグリーン水素でつくる合成燃料の取組については広く発表されている.

12.5.4 業務・家庭部門のゼロエミ化

民生部門のエネルギー消費では,冷暖房・給湯に要する熱エネルギーが大きな部分を占めている.このため,太陽光発電や太陽熱給湯等の再エネの最大活用やクリーン電源・熱源への転換,住宅・建築物における断熱性能の強化や高効率機器・設備の導入が推進されている.さらに,エネルギー消費量削減のためにZEB(Net Zero Energy Building)と,ZEH(Net Zero Energy House)への移行と,電動ヒートポンプの促進が進められている.

12.5.5 大気中CO2除去

電力・非電力とも,当面CO2の排出が避けられない部分(残余排出)があり,この残余排出と同量のCO2を大気中から吸収・回収する必要がある.2023年4月に行われたG7気候・エネルギー・環境大臣会合での合意文書では,『二酸化炭素除去(CDR:Carbon Dioxide Removal)が,ネットゼロを目指す上で,残余排出量を相殺するために不可欠な役割を担う』とされた.そこで,大気中のCO2を回収・貯留するDACCS(Direct Air Carbon Capture and Storage)が注目されており,排ガスからのCO2回収・貯留についても,国内外で実証試験等が進められている.

12.5.6 その他の動き

エネルギー分野の基盤科学技術としては主に燃焼の研究が対象とされ,反応性熱流体が中心である.エンジンやガスタービン燃焼,航空宇宙推進,燃焼式工業炉,微粉炭燃焼などが応用分野とされ,例えば自動車エンジンでは,制御も含めた複合技術が対象である.その他の動きとして,排出されるCO2に価格をつけ,低炭素社会に向けた行動を促すカーボンプライシングや,化石燃料から太陽光発電,風力発電などのクリーンエネルギーへと転換して,社会システム全体を変革しようとするGX(Green Transformation)の取組が進められた.

〔小原伸哉 北見工業大学〕

参考文献

(1) コモディティ統計情報, 新電力ネット, https://pps-net.org/statistics/crude-oil (参照日2024年4月15日)

(2) 環境・エネルギー分野(2023年), 研究開発の俯瞰報告書 概要, 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター, https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2022/FR/CRDS-FY2022-FR-03/CRDS-FY2022-FR-03_00100.pdf (参照日2024年4月15日)

(3) 研究開発の俯瞰報告書 環境・エネルギー分野(2023年), 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター, https://www.jst.go.jp/crds/report/CRDS-FY2022-FR-03.html (参照日2024年4月15日)

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