11.宇宙工学
11.1 宇宙輸送
2023年度はH-IIAロケット2機,H3ロケット試験機2号機,及びカイロスロケット初号機の合計4機のロケットが打ち上げられた.
H-IIAロケットに関しては,2023年9月7日に「X線分光撮像衛星(XRISM)」及び「小型月着陸実証機(SLIM)」を搭載した47号機,2024年1月12日に「情報収集衛星光学8号機」を搭載した48号機がそれぞれ種子島宇宙センターから打上げられ,連続42機の成功となり,その信頼性の高さを再確認する結果となった.H-IIAロケットは2024年度に予定されている50号機の打上で退役する予定となっており,有終の美を飾って欲しいと考えている.
自立性の確保と国際競争力のあるロケット及び打上げサービスの提供を目的として開発が進められてきたH3ロケットは,昨年度の試験機1号機で第2段エンジンに着火せず指令破壊処置がとられた.その原因究明をすすめ,第2段エンジン不着火の原因を推進系コントローラ又はその下流機器で想定以上の大きな電流(過電流)が発生し,電気系統の遮断は起きたと特定された.その対策を網羅的に実施し,早期の飛行実証を図ることを目的として試験機1号機と同じ機体形態(H3-22S形態)でペイロードには「ALOS-3」と同等の質量特性をもつ「ロケット性能確認用ペイロード(VEP-4)」を搭載した試験機2号機が2024年2月17日に打ち上げられ,計画通りに飛行しシステムの実証に成功した.また,試験機2号機には小型副衛星2基(CE-SAT-IE/TIRSAT)も搭載され軌道投入に成功している.2024年度には3号機の打上も計画されており,退役するH-IIAロケットの後を引き継ぎ我が国の宇宙輸送の次世代を担う活躍が期待されている.
一方,我が国初の民間開発の衛星打ち上げロケットとして,スペースワン株式会社のカイロスロケット初号機が2024年3月13日に和歌山県串本町のスペースポート紀伊より打ち上げられたが,打上直後に指令破壊措置がとられ,打ち上げは失敗に終わった.しかし,宇宙開発分野のスタートアップ企業によりロケット/射場システムが開発され打上の実施が行われたことは我が国の宇宙輸送分野の市場を広げる画期的なことであり,早期の原因究明と次号機の打上が期待される.
小型衛星の機動的打上げ手段の獲得・提供等を目指す固体燃料ロケットであるイプシロンロケットは,6号機失敗の原因究明をすすめ,2段ガスジェット装置(RCS)の推進薬タンク出口ポート部の閉塞が原因と特定し,対応策が現在開発中のイプシロンSロケットの設計へ反映された.イプシロンSロケットに関しては,2023年7月14日に秋田県の能代ロケット実験場で実施された第2段モーター地上燃焼試験で爆発事故が発生する等のトラブルもあったが,その原因の究明も行われ着実に開発が進められている.
宇宙輸送システムの将来に向けた研究開発としては,ロケット第1段の再使用化を目指した研究が行われており.その実現に向けて,誘導制御,推進薬マネジメント,エンジン再整備技術に関する知見を蓄積すべく,1段再使用飛行実験(CALLISTO)の開発が,CNES(仏),DLR(独)との国際協力により進められている.また,そのフロントローディング研究活動として,JAXA独自の小型実験機(RV-X)による飛行試験を目指した研究も実施さている.さらに,我が国の宇宙輸送システムの継続的な自立性を確保した上で,2040年代前半までに抜本的な低コスト化等を含めた革新的技術により将来宇宙輸送システムを実現し,自立した宇宙開発利用を飛躍的に拡大させ宇宙産業を我が国の経済社会を支える主要産業とすることを目的として,文部科学省において設定された革新的な将来宇宙輸送システム実現に向けたロードマップ(基幹ロケット発展型と民間主導による高頻度往還飛行型宇宙輸送システム)の実現に向けて,宇宙航空研究開発機構(JAXA)において革新的将来宇宙輸送プログラムをすすめており,RV-XとCALLISTOで得られる成果を同プログラムの研究・開発へ反映する計画である.
〔紙田 徹 (国研) 宇宙航空研究開発機構〕
11.2 科学・実用衛星
2023年の動向について,国内の中・大型実用衛星,国内の超小型実用衛星,海外の実用衛星,国内の科学観測衛星,海外の科学観測衛星の順に示す.
国内の中・大型実用衛星の打上げは1月の「情報収集衛星レーダ7号機 (IGS-Radar7)」(1)と3月の「先進光学衛星だいち3号(ALOS-3)」(2)であった.IGS-Rader7はH-IIAロケット46号機により予定通りの軌道に投入された.一方,ALOS-3はH3ロケット試験機1号機で打ち上げられたが,ロケット第2段エンジンが着火しなかったことにより,軌道投入はできず衛星は喪失した.ALOS-3は2006年に打ち上げられた「だいち(ALOS)」の光学観測機能の後継として開発され,だいちの観測幅(70km)を維持しつつ分解能を3倍以上(直下視時0.8m)とした衛星であり様々な分野での活用が期待されていた.なお,ALOS-3の後継も含む今後の地球観測ミッションの将来計画は,2022年に設置された産学官共同の会議体である「衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)」(3)で議論が行われてきた.ALOS-3の打上げ失敗を受け,CONSEOの検討を加速する形で次期光学ミッションの検討が進んでおり,民間事業者と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が役割を分担しつつ,ライダー高度計と光学観測を組合せた観測ミッションが提案されている(4).
国内の200kg級までの超小型実用衛星では,光学衛星「EYE」(5),小型SAR衛星6号機「アマテル-Ⅲ」(6),小型SAR衛星5号機「ツクヨミ-Ⅰ」(7)が打ち上げられた.「EYE」はソニーグループ,東京大学,JAXAが共同で開発した6Uの超小型衛星であり,2023年1月3日にSpace X社のFalcon 9ロケットで打上げられた.「STAR SPHERE」プロジェクトの一環として,抽選で選ばれたユーザがWebブラウザからEYEを操作して地球を撮影する体験を提供している.「アマテル-Ⅲ」「ツクヨミ-Ⅰ」はいずれもQPS研究所が開発した小型SAR衛星であり,それぞれ2023年6月にFalcon 9ロケット,2023年12月にRocket Lab社のElectronロケットで打ち上げられた.高精細な画像が取得できるスポットライトモードでの分解能は国内最高の46cmとなっている.QPS社とJAXAが共同で開発した「FLIP」による軌道上での画像化処理に成功(8)し,観測の即応性を高めている.観測画像は今後様々な分野での活用が期待される.
海外の実用衛星については2023年も衛星コンステレーションの構築が進んでいる.Space X社の通信衛星Starlinkは2023年中に1854機が打ち上げられた.2022年は1722であったことを考えると年間打上げ機数が100機以上増加したことになる.その約4割は2023年より登場した第2世代衛星「v2 mini」(9)であるが,その質量は従来の「v1.5」と比して3倍近いことを考えると,打ち上げを相当に増強していることがわかる.2023年12月にはユーザ数が230万を超え(10),2023年の第1四半期には一次的な黒字化も達成したようである(11).携帯電話との直接通信ができ,衛星間での光通信も行えるStarlinkは,地上のみならず宇宙間の通信についても支配力を強めていくと考えらえる.これに対抗して,中国航天科技集団公司(CASC)に属する国網(Guowang SatNet)は13,000機の通信衛星コンステレーションを計画しており,初となる試験衛星を2023年11月に打ち上げた(12).今後の進展に注目したい.また,2023年に打上げ機数の多かったシリーズ衛星は,英国OneWeb社の通信衛星「OneWeb」シリーズが132機,米国Planet Labs社の光学観測衛星「Flock-4」シリーズが72機,中国長光衛星技術有限公司の地球観測衛星「Jilin-1」シリーズが48機,中国の軍/民用地球観測衛星「Yaogan」シリーズが26機,米国Swarm Technologies社の通信衛星「SpaceBEE」シリーズが24機,米国宇宙軍の通信衛星「Tracking Layer Tranche-0」シリーズが23機,中国Xi Yong Micro-electronics社のGPS掩蔽気象観測衛星「Tianmu-1」シリーズが18機,米国Spire Global社の多目的衛星「LEMUR-2」シリーズが15機,アルゼンチンSatellogic社のマルチスペクトル地球観測衛星「NuSat/NewSat」シリーズが12機,フィンランドICEYE社の地球観測SAR衛星「ICEYE」シリーズが11機などとなっている.その他,オーストラリア,イタリア,ポーランド,スペイン,トルコ,ルクセンブルクに本拠を置く企業も精力的に衛星を軌道投入している.
国内の科学観測衛星については,2023年9月にH-IIAロケット47号機で打ち上げられたX線分光撮像衛星「XRISM」(13)(小型月着陸実証機「SLIM」と同時打上げ),2023年11月にFalcon 9で打ち上げられた理化学研究所のX線観測衛星「NinjaSat」(14),2023年12月にFalcon 9で打ち上げられた金沢大学のX線突発天体監視速報衛星「こよう」(15)がある.XRISMは2016年に不具合により失われたASTRO-Hの後継機である.2024年1月現在観測が続けられており「NinjaSat」との連携観測も行われるとのことである.「こよう」は重力波を発する突発天体をX線で観測し,情報を研究者に速報する衛星であり,今後の重力波天文学に貢献するミッションを実施する.
海外の主要な科学観測衛星としては,2023年4月にAriane 5 ECAロケットで打ち上げられた木星氷衛星探査計画ガニメデ周回衛星「JUICE」(16),2023年7月にFalcon 9ロケットで打ち上げられた赤外線宇宙望遠鏡「Euclid」(17),2023年9月にPSLV-XLロケットで打ち上げられた太陽観測衛星「Aditya-L1」(18)が挙げられる.「JUICE」はESAの木星とその衛星を観測する衛星であり,日本からはJAXAと情報通信研究機構(NICT)が観測のための装置を提供している.複数回のスイングバイを経て2029年に木星に到着する予定である.「Euclid」は欧州宇宙機関(ESA)の宇宙望遠鏡でL2ラグランジュ点に位置しており,今後,宇宙の正確な3次元マップを作成する計画である.「Aditya-L1」は,インド初の太陽観測衛星で2024年1月にL1ラグランジュ点に無事投入された.新たな観測成果の獲得に期待したい.
〔柳瀬 恵一 (国研)宇宙航空研究開発機構〕
11.3 宇宙探査
2023年度は,月探査における日本の活躍が光り,将来に向けてのマイルストーンを刻んだ1年であった.ispace社の「HAKUTO-R」ミッション1(M1)ランダーは,民間企業としては世界で初めて月面着陸に挑んだ.2023年4月26日,M1ランダーは着陸のための降下を月面高度約5kmまで続けたところで通信途絶となり,着陸成功とはならなかった(1).ランダー同高度で燃料を使い果たし,月面にクラッシュしたと推定されているが,ランダーの月軌道への投入から最終降下までの多くの技術実証プロセスを達成しており,同社の次回以降のミッションにつながる重要な進展が得られたと言えよう.続いて2024年1月20日には、JAXAの小型月着陸実証機SLIMが月面着陸に臨んだ.2度の近月点降下マヌーバを経て高度約600×15kmの楕円軌道に投入されていたSLIMは,高度15 km から降下を開始し,0時20分ごろ月の「神酒の海」の西にある「シオリ」クレーター付近に軟着陸した。着陸後のSLIMは太陽電池が電力を発生していない状況であったため,データ取得ののち主電源をオフにする処理が実施された.1月25日には,SLIMが月面へのピンポイント着陸に成功したことと,降下ならびに着陸時の詳細がプレス発表された(2).高度50 m 時点で2つあるメインエンジンの片方が失われたことが判明し、上下逆の鉛直倒立状態で着地しており,これらはSLIMから着陸直前に放出された超小型変形型ロボットLEV-2 (SORA-Q) が SLIM の姿を捉えた写真(図11-3-1)にて裏付けられた。着陸精度については,目標地点から東に55 m の位置で誤差100 m の範囲内だったが,これは障害物を自律的に回避した結果であり,さらには片側のエンジンが停止により横方向推力が発生した影響もあるため、最終的誘導制御精度は10m以内と推定されている. SLIMの着陸予定地点はおよそ15°の傾斜があり、着陸には主脚が接地した後に機体が倒れこんで補助脚で着地するという「2段階着陸方式」が採用されていたが,これは結果として実施されなかった.着陸時の姿勢異常で発電できなかった太陽電池パネルと着陸機システムは,その後3度にわたる超夜を乗り越えて動作が復帰し、マルチバンド分光カメラ等のデータ受信に成功している.
こうした月探査の取り組みは,将来の月探査と持続的な月面活動へと接続していく.JAXAではインド宇宙研究機構(ISRO)との共同で月極域での水資源探査と探査技術実証を主目的とする月極域探査機(LUPEX)や月探査促進ミッション(LEAD)等の開発または検討が進んでいる(3).また、2024年4月9日(現地時間)には,盛山正仁文部科学相とNASAのビル・ネルソン長官が,「与圧ローバーによる月面探査に関する文部科学省と米航空宇宙局の実施取決め」に署名した(4).10日の日米首脳会談でも,宇宙分野で両国の連携を深める方針が確認された.これにより,我が国が与圧ローバーを提供して運用を維持する一方で,NASAは将来のアルテミス・ミッションにおいて日本人宇宙飛行士による月面着陸の機会を2回提供することとなった.アルテミス計画では2026年に米国人が月に降り立つ計画を立てており,初の日本人宇宙飛行士の月行きは28年以降となる.有人与圧ローバーは,2名のクルーがシャツスリーブで一定期間居住可能な機能と空間を備え,クルーによる操縦および遠隔/自動操縦により月面上を自由に移動することが可能なシステムである(5)(6).月面有人運用は,日照条件のよい月面の夏季に28日間にわたり,週6日(地球日)の頻度で実施され,月南極域で1日あたり20kmの走行を実現する.その一方,月面無人運用は,クルーの帰還直後から次回の月面有人運用までの期間で実施する.総走行距離は10,000km,10年にわたるオペレーションは月面の特殊な温度・放射線環境等を考えると大きなチャンレンジであり,JAXAがトヨタ自動車を始めとする広範なパートナーとコンソーシアムを形成して実現に向けた取組を進めており,また,与圧ローバーを利用して獲得できるサイエンスミッションについてもスタディを展開中である.JAXAでは,この与圧ローバーの開発を進めると共に,LEAD,通信測位衛星,そして月面インフラの検討を進めており,国際的なパートナー,ならびに民間パートナーとの包括的な月活動を目指した取組を精力的に進めている.
アルテミス計画の基軸は有人宇宙船と有人月着陸機であるが,月面における有人活動のための領域と時間は限られていることから,これを多くの小型ミッションで補うことが重要である.NASAは小規模の科学ミッションや資源探査・利用ミッション等の支援ミッションを低コストで可能にすることを目標とした商業月面輸送サービス(CLPS)プログラムを実施中であり,これは,NASAが民間企業に観測機器やローバーなどの月への輸送を有償で委ねつつ関連サービス事業を育成するプログラムであり,米国のアストロティック社,ドレイパー社など数社がNASAと契約締結しており,2024年2月22日にはIM社のオデュッセウス(IM-1)が月の南極域への着陸を果たした.
有人月着陸を目指すアルテミスプログラムは,無人飛行試験の位置付けであったアルテミス1号機の後継として,NASAが2号機以降を開発中である.2号機は有人形態で地球周回試験自由帰還軌道に投入され,月を周回した後に地球に帰還する飛行を行う.そして3号機から5号機では,宇宙飛行士(クルー)が搭乗しての月面着陸を計画しており,2026年以降の打ち上げを目指している.この際用いられる有人月面着陸機(HLS)は,SpaceX社が開発中の新大型ロケットStarshipにて別便で月周回軌道まで輸送される予定である.Orion宇宙船はHLSへのクルー輸送を担う.アルテミス4号機以降では月周回有人拠点「ゲートウェイ」がクルー輸送や月面離着陸のためのノードとなり,将来に渡っての持続的な月面探査活動を支えることになる.ゲートウェイはおよそ6日間の周期で月の周りを南北に回る Near Rectilinear Halo Orbit(NRHO) と呼ばれる極端に細長い楕円軌道上に設置され,太陽光発電等を行う電力・推進系のモジュール,燃料補給系のモジュール,エアロック、ロボットアームと,複数の居住棟系のモジュールなどで構成されている.JAXAはゲートウェイにおいて,ミニ居住棟(HALO)へのバッテリの提供,ヨーロッパ宇宙機関(ESA)による国際居住棟(I-Hab)への環境制御・生命維持サブシステム(ECLSS)やバッテリ,カメラ,冷媒循環ポンプの提供を担当する.また,地球からゲートウェイへの物資補給には,JAXAが開発中の新型宇宙ステーション補給機HTV-Xに月飛行機能を追加したシステムについて検討を進めている(3).
月以遠の太陽系探査(無人探査)の進展も著しい.2020年12月に帰還した「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った試料の分析が進み,塩や有機物を含む炭酸水や生命の活動に関わりが深いアミノ酸が見つかっており,リュウグウのような小天体が太陽系の内側に移動することで地球に水や有機物をもたらした可能性を見出した.「はやぶさ2」はその後も拡張運用を続けており,次の小惑星へ向けた航行を続けている(7).小惑星からのサンプルリターン分野では, 2023年9月にNASAのOSIRIS-REx(8)が地球へ帰還した.小惑星ベンヌで得た試料の分析結果により,太陽系と生命の起源に関する更なるが知見が得られつつある.小惑星探査では,2021年に打ち上げられた木星トロヤ群小惑星フライバイ探査機NASA/LUCY(9)が航行中であるほか,2023年打ち上げ予定で金属を主体とする小惑星をフライバイ探査するNASA/Pshche(10),2025年以降の打ち上げで枯渇彗星フェイトンを目指すJAXA/DESTINY+(11)といった探査機群により,多様な小天体の素顔と太陽系形成プロセスが明かされることになるだろう.一方,火星圏についてはNASA/Mars 2020計画のPerseveranceローバー(12)が健在で火星表面での観測・分析を続けており,また,後続のNASA/ESA火星サンプルリターンミッション(2030年頃の打ち上げを目指した研究開発を実施中)で回収するサンプラーの準備を進めている(13).火星圏からの最初のサンプルリターンは2026年以降に打ち上げられるJAXAの火星衛星探査機(MMX)(14)で実現し,フォボスとダイモスの2つの衛星の1つからサンプルを持ち帰る計画となっている.この他にも2020年台の後半以降,各国による多様な火星圏探査計画が示されており,2030年代以降の有人火星探査へ向けて先進的なサイエンスと人類の活動圏拡大のため技術実証が加速しそうである.
〔船木 一幸 (国研)宇宙航空研究開発機構〕
図11-3-1 LEV-2が月面で撮影した着陸後のSLIM探査機 (2)
11.4 有人宇宙活動
国際宇宙ステーション(ISS:International Space Station)の「きぼう」日本実験棟(図4-1)は,2024年に,2009年の完成から16年目を迎える.
地上からISSへの物資補給は,現在,米国・ロシア・日本の3カ国が分担して行っており,日本の「こうのとり」(HTV:H-II Transfer Vehicle)シリーズは,2009年の技術実証機の打ち上げ以降,全9機すべてにおいて物資補給を成功させ,ミッションを完遂した.現在,輸送能力や運用性の向上,コスト低減,新たな機能や発展性を具備した新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」を開発中である.また,HTV-XのISSへの物資補給機会を活用し,国際宇宙探査時代において重要な技術となり得る軌道上拠点への自動ドッキング技術の実証も計画している.
「きぼう」における実験環境の整備として,地上技術の進歩や軌道上実験に対するニーズの拡大等を踏まえ,ハイスペックの民生部品を活用し,「きぼう」全体の通信高速化(Gbpsオーダ)に向けたシステム改修も進めている.さらに,「きぼう」運用・利用における宇宙飛行士の時間をより複雑かつ高度で付加価値の高い業務に充てるため,例えば船外ミッションにて使用する「きぼう」エアロックの操作については,地上からの遠隔操作が可能となっている.更にカメラ撮影や打上げ・保管用バッグの取り扱いなどの汎用タスク,高頻度な実験支援タスク等についての遠隔操作化・自動化・自律化についても研究開発も進めており,2023年には船内での状況監視やクルー作業の撮影を地上から遠隔で実施可能なドローン「Int-Ball2」を打上げ,現在,機能チェックアウトを実施中である.
船内実験では,小動物飼育装置(MHU:Mouse Habitat Unit)を使用したミッションを継続実施した.これまでの実施成果として,多くの学術論文が発表されるとともに,微小重力環境での血液(血漿)中で変化する代謝物質の同定や腎機能変化と骨量減少の関係など,分子レベルでの解析データが蓄積されてきている.これらデータは,将来の有人宇宙探査に資する,他天体の重力環境の生体への影響に関する研究の礎となることが期待される.更に,ISSの利用成果最大化に向けた日米協力枠組み(JP-US OP3)のもと,有人火星探査に先立ち,火星などの低重力が生体(動物個体)に及ぼす影響を評価するため,2023年春にJAXA-NASAと共同で低重力ミッションが実施された.現在日米の研究チームにより帰還後の生体解析が進められている.
また,月や火星の重力環境を模擬できる人工重力発生装置を使って,将来の月探査に向けて実施した月のレゴリスを模擬した粉粒体の低重力環境の下での挙動確認実験の成功に続き,有人与圧ローバの1/6G環境下を想定した水や潤滑オイルの低重力環境下での挙動に関するデータの取得に成功した.今後も,「きぼう」が宇宙探査への応用を目的とした基礎実験や技術実証等に効果的に活用されていくことが期待されている.
更に,我が国独自の環境制御・生命維持システム(ECLSS: Environmental Control and Life Support System,水再生,空気再生等)の技術開発・ISSにおける技術実証に向けた準備等も推進している.これは,物資補給量の制約が大きい月・火星等の低軌道以遠における有人宇宙活動のために不可欠であり,国際宇宙探査における我が国からの大きな貢献となり得る技術として期待されている.特に,米国が提案する国際的な月探査計画(アルテミス計画)の一部である月周回有人拠点(Gateway)において,我が国は,将来的な水再生・空気再生機能の搭載を視野に入れた,温湿度制御,全圧・酸素分圧制御,二酸化炭素除去,有害ガス除去等の環境制御・生命維持機能を提供する計画である.
タンパク質結晶生成実験(PCG:Protein Crystal Growth)においては,年に複数回の実験機会の提供のほか,創薬研究需要に応える結晶化温度条件(4℃と20℃)を提供し,アカデミアや民間に広く利用されている.現在,タンパク質実験の一部の民間企業への事業移管を進めており,更なる利用の拡大と成果の創出が期待される.
静電浮遊炉(ELF:Electrostatic Levitation Furnace)は,年間を通じて安定運用を実施しており,地上では得ることができない酸化物等の高温融体の熱物性データを取得している.2023年は,新たに高速度カメラを搭載し,金属の凝固や流体振動等の高速現象をとらえることが可能となった.公募で選定した科学実験,民間の有償利用,国際協力に基づく米国実験を実施して,密度,表面張力,粘性の測定を継続的に進めている.
船外実験では,ISSでもユニークな特徴である「きぼう」独自のエアロックを中心に,各国の宇宙機関だけでなく,国内外の様々な企業等から多くの利用要請を受けている.中規模の船外実験を簡易に実施可能な中型曝露実験アダプタ(i-SEEP:IVA-replaceable Small Exposed Experiment Platform)については利用事業者がサービス提供を進めており,民間企業等による研究開発や技術実証利用が進められている.i-SEEP上でキューブサットサイズの小型実験を複数実施可能な実験支援装置(SPySE:Small Payload Support Equipment)がサービスインされ,軌道上で初となる全固体電池実証を2023年に成功裏に終えた.材料曝露実験などの軌道上実験運用も継続的に実施しており,将来的には,新たにエアロックから搬出した実験装置を,運用中のi-SEEPにロボットアームで結合することで,装置サイズを大型化した状態での実験運用を可能とする機能拡張も計画中である.
エアロックから船外に搬出し,ロボットアームにて超小型衛星を地球周回軌道に投入する衛星放出ミッションは,NASA等の海外ミッションを合わせて,衛星の放出実績が合計330機を超え,超小型衛星の軌道投入手段として定着している.JAXAでは本プラットフォームを国連との連携を通じた加盟国の宇宙開発技術底上げの場として毎年一定枠の放出機会を提供している.現在では民間事業者による放出サービスも開始され,また,九州工業大学が主導する海外の超小型衛星群(BIRDSシリーズ)を始めとする諸外国での宇宙開発基盤の構築,人材育成の場としても活用されており,これらの活動はSDGsへの貢献としても重要なものとなっている.
また,2030年までの「きぼう」の安定運用を支えるために,ロボットアーム,エアロック等の構成品の補用品を開発している.単なる予備品の準備にとどまらず,運用性向上のための工夫を施しており,例えば,ロボットアーム(子アーム)の把持確認用のカメラを高解像化し軌道上機器の状態確認用の機能を提供したり,エアロックの監視駆動装置に関して,ステータス確認用のリミットスイッチの故障時に備え視覚情報を基に安全運用するための機能追加,船外ビデオライトユニットのLED化などの高機能化・低コスト化開発などを実施している.これらの「きぼう」で培った技術は,将来の有人ミッションを支援するロボティクス技術として発展・活用していく.
観測ミッションの場を提供する船外実験プラットフォームにおいて,高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET:CALorime- tric Electron Telescope)は,2023年に観測運用8年を超え,現在も順調に観測を継続している.全天X線監視装置(MAXI:Monitor of All-sky X-ray Image)は,良好に観測およびデータの速報等を継続しており,2024年度から観測運用15年目に入る.また,経済産業省が開発・運用を担当している「HISUI」(Hyperspectral Imager SUIte)も,2022年度にこれまでに計測・分析したデータの一般公開を開始している.同ミッションは地表の材料分析を目的としており,石油や金属・鉱物などの資源調査等への活用が期待されている.
日本人宇宙飛行士については,古川聡宇宙飛行士が「クルードラゴン」の運用7号機に搭乗し,2023年8月~2024年3月までの197日間ISS長期滞在を行った.自身2回目の宇宙飛行であり,通算の宇宙滞在日数は366日となった.ISS滞在中に将来の国際宇宙探査に向けて,若田光一宇宙飛行士から引き継いだ「次世代水再生技術実証システムの実証」,「宇宙火災安全技術研究」を着実に推進するとともに,探査に向けた新しい技術実証としてクルー支援ロボットの実証を行い,技術実証のステップアップに貢献した.
また,現在,油井亀美也宇宙飛行士,大西卓哉宇宙飛行士がISS長期滞在に向けた訓練・準備を実施中である.星出彰彦宇宙飛行士,金井宣茂宇宙飛行士は,日本人宇宙飛行士の長期滞在ミッションを支援しつつ,次の搭乗員任命に向け訓練等を継続している.
また,2023年2月に4000人を超える応募者から選抜された諏訪理,米田あゆ宇宙飛行士候補者は,2024年の宇宙飛行士認定に向けて,宇宙飛行士として必要な基礎的な科学的・技術的知識や技量,ISSシステムに関する知識等を習得する基礎訓練を継続中である.
日本政府は,2022年11月に,米国に続き,国際宇宙ステーション計画への参加について,2030年までの延長を発表した.近年,世界的に多くの民間人が宇宙飛行を行うなど,民間による低軌道活動が本格化しており,JAXAでも,今後,地球低軌道が経済活動の場としても発展していくことを想定し,2030年以降の地球低軌道活動の在り方についての検討およびそれに向けた準備を推進している.また,2025年以降のISSにおける活動が,将来の地球低軌道活動や国際宇宙探査活動の更なる発展に資するものとなるよう,国際宇宙探査に必要な技術実証,民間企業等による利用の促進,国の課題解決や人材育成に繋がる利用,国際協力や民間企業等との連携などを進めている.
〔宮崎 和宏 (国研)宇宙航空研究開発機構〕
図4-1 「きぼう」外観(JAXA提供)
11.5 小型宇宙システム
11.5.1 小型輸送系
文部科学省はスタートアップ支援を目的とするSBIR(Small Business Innovation Research)事業で支援対象として2023年9月に7社を選定した(1).うち4社が「民間ロケットの開発・実証」枠で,インターステラテクノロジズ,スペースウォーカー,将来宇宙輸送システム,およびスペースワンが選定された.2027年度までの飛行実証が求められており,2回のステージゲートを経て最終段階で2社程度に絞り込まれる予定である.インターステラテクノロジズ社は軌道投入機ZERO用液体燃料として牛糞由来の液化バイオメタンを選定し,12月に燃焼器単体試験に成功した.バイオメタンによる燃焼試験実施はESAに続き世界2例目で,民間では初となる(2).
低融点熱可塑性固体推進剤の事業展開を目指してロケットリンク社が設立され,2023年8月に設立記者会見が行われた(3).この推進剤は成型後も高温で融解させて再成型が可能で,幅広いスケールの固体ロケットを低価格でカバー可能という利点を有する.2027年度に200kgの小型衛星を太陽同期軌道に投入するのが目標で,自動車用化工品や教育用モデルロケットへの応用も目指す.
米国のロケットラボ社は2023年1月に初めてバージニア州のワロップス飛行センターからエレクトロンを打ち上げ,ホークアイ360社の小型衛星3機を軌道に投入した.ロケットラボ社はカペラスペース社と4機のSAR衛星を打ち上げる契約を結び,その一機目を2023年8月に軌道投入した.この打ち上げでは2022年5月の打ち上げで使われたエンジンが再利用されており,同社による初めての再利用エンジンでの打ち上げとなった.9月にはSAR衛星の2機目が打ち上げられたが初段分離後に不具合が発生し,衛星は喪失した.打ち上げ失敗は2021年5月以来であり,2023年では9機目で初の失敗となった.2023年12月にはiQPS社の小型SAR衛星QPS-SAR-5(ツクヨミ-I)の軌道投入に成功した(4).これで同社はエレクトロンロケットを通算で42機打ち上げ,38機を成功させたことになる.
スペインのPLDスペース社は2023年10月,液体酸素とRP-1を推進剤とする再使用ロケット「ミウラ1」の弾道打ち上げ試験を行った.機体は高度46kmに到達後大西洋に着水し,回収された.ミウラ1は100kgのペイロードを高度150kmに到達させるサブオービタルロケットで,同社は軌道投入可能なミウラ5も開発しており,2026年第一四半期の初打ち上げを目指している.欧州ではドイツのイザールエアロスペースやロケットファクトリー・アウグスブルク,英国のオルベックスやスカイローラ等も小型衛星打ち上げ用ロケットを開発している.
中国のギャラクティックエナジー社は2023年7月にセレス1ロケットで2機の小型衛星を軌道に投入し,6回連続の打ち上げ成功を達成した.セレス1は上段に液体ロケットを搭載した固体ロケットで,低高度地球周回軌道に400kg,太陽同期軌道に300kgの衛星を投入する能力を有する.韓国のイノスペース社は2023年7月,ブラジルで試験機ハンビッTLVの打ち上げ実験に成功した.ハンビッTLVは燃料にパラフィン,酸化剤に液体酸素を用いるハイブリッドロケットで,50kgの超小型衛星を太陽同期軌道に投入するハンビッ・ナノのサービスを2024年に開始する事を目指している.
〔永田 晴紀 北海道大学〕
11.5.2 小型・超小型衛星の動向
2023年における100kg以下の衛星は590機が打ち上げられ,過去最高を更新した2023年の444機をさらに上回る結果となり,過去最高記録を3年連続で更新した.背景には,FALCON-9に加えて小型衛星打上ロケットの打上数が29機と増大したことにある.ロケット打上数も2018年から比較すると114回に対して224回(打上失敗含む)であり,約2倍の打上回数となっている.
また,2023年はロケット打上失敗においても年間11回と近年では過去最高となっており,LAUNCHERONE,RS-1,H-3,Terran-1,ELECTRONロケット等が軌道投入に失敗している.よって,軌道投入に成功した590機に加えて,打上需要はさらに上振れしていたと言える.
通信メガコンステにおいては,Starlinkが1984機(290kg型が403機,303kg型が646機,800kg型935機)が打ち上げられ,ONEWEBはロシア製ロケットSOYUZの代替手段としてFALCON-9,GSLV-3にて打上が継続されている.また2023年はAmazonのKuiperメガコンステ衛星の実証機として2機が打ち上げられ,光通信に成功したことで,新たなメガコンステのプレーヤーの運用が始まったといえる.
民間ビジネスの小型衛星の利用も拡大している.地球観測衛星ではPlanet(73機),OFX/ICEYE(13機),Satellogic(12機),Capella(3機),GHGSat(6機),Umbra(5機)が打ち上げられた.低速通信コンステでは,SpaceXグループのSWARM(24機),SPIRE(23機),Skykraft(10機), Apogeo(9機),Kepler(4機),Sateliot(3機),Astrocast(4機),OQ Technology(4機),Lynk Global(2機)が打ち上げられ,米国以外の民間及び携帯電話と直接通信する衛星が打ち上げられた.また電波情報収集衛星もHawkEye 360(6機),Unseenlabs(4機),Kleos(4機)が打ち上げられ,軌道上サービスであるD-Orbit(7機)も打ち上げられた.
Cubesatサイズは6Uが79機と過去最高数を更新した.3Uサイズは174機であり,2017年の203機に次いで2番目の多さである.これら民間ビジネスの拡大に伴い,アジア方面でも非宇宙企業への宇宙参入が拡大している.また,中国科学院が20Uサイズ(4Ux5段構成)の光学衛星を打ち上げている.特筆すべきは,半導体産業で世界をリードするFoxconn(鴻海)が6Uサイズを2機打ち上げている.ミッションとしてKu,Kaバンド通信機を搭載しており,高速通信の技術実証と推測される.
2023年の小型・超小型衛星の技術傾向としては,各々『衛星バス部側』と『衛星ミッション側』の傾向が見られる.
『衛星バス部側』は光通信技術によるデータ伝送能力の向上と,エッジコンピューティング機能の付加により,Cubesatを含む小型・超小型衛星の劇的な機能向上が図られている.特に光通信は電波免許を取得する必要がなく,大容量通信が可能である.2023年にはMIT-LLとNASAが衛星-地上間で200Gbpsを達成した.さらに「電波免許取得待ちによって打上げが遅れる」という問題解消手段として,さらに「(天候に左右されるものの)光通信地上局が電波地上局と比較して安価」に加え「セキュリティー面でも良い」ため,衛星の姿勢制御能力が精密であれば,電波免許なしで衛星を運用できることから,基盤技術育成へ各国が動いている.この技術が成立すれば,小型衛星利用者の爆発的普及となる可能性が期待されており,ここ最近,米国や欧州に加えて,日本,韓国,台湾等で急激に開発が進められている.さらにエッジコンピューティング技術が急激に進化している.欧米政府による衛星観測データの早期デリバリー要求が1時間を切る(30分以内)ということが発表され,従来のように衛星データを極域(KSAT局)でダウンリンクし,地上サーバで解析してデリバリーする仕組みでは間に合わない可能性が考えられ,観測直後にデータを解析する機能を衛星側へ持たせる動向が見られ,小型/超小型衛星への搭載実証が始まっている.さらに,AI機能まで搭載する傾向もあり,将来的には衛星へ要求するだけで,あとは自動で運用プロシージャ―を自動生成し自動で衛星を運用し,結果のみを送信するような時代を見込んで技術開発を行う動向が見られる.
『衛星ミッション側』の2023年に特筆すべき傾向は,地球温暖化やグローバルヘルスという温室効果ガスや,呼吸器疾患を引き起こす大気汚染の観測を目的とした地球観測衛星センサーの開発が顕著であり,MITが小型高性能のハイパースペクトラルセンサーの開発計画,Google出資のピクセル社のハイパースペクトラルセンサーの開発,ドイツのConstelIRによる熱赤外観測センサー開発,オランダ産業界によるCubesat搭載型CO2観測センサー,MIT-LL/Tomorrow社によるCubesat搭載型のハリケーンやサイクロンなどの嵐観測センサー,ESAによる土壌水分観測衛星など,環境保護や大気汚染開始活動などに対応した,超小型衛星向け観測センサーの開発が顕著になってきている.
小型衛星の市場予測(500kg以下)は,2023年~2032年予測では年平均2610機となる見込みであり,市場規模は製造市場が$76.3B(約7.6兆円),打上市場が$34.2B(約3.4兆円)となる見込みとされている.地域別では,北米,アジア,欧州の順で市場があるとされている.また小型衛星による投資は2021年に最高の約$16B(1.6兆円)であったが,2023年は$7B(約0.7兆円)であり,クールダウンフェーズと言われている.
〔金岡 充晃 シー・エス・ピー・ジャパン(株)〕