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機械工学年鑑2024

9.エンジンシステム

9.1 エンジンシステムにおける研究の動向

欧州委員会は2023年3月,2035年以降はハイブリッド車を含む内燃機関搭載車の販売を全面的に禁止する方針1から一転,e-fuel(合成燃料)に言及し,カーボンニュートラル燃料のみを使用する自動車においては2035年以降も販売を容認すると発表した2.EUにおけるe-fuelの位置づけを考慮すると,このことが直接EVシフトの鈍化や内燃機関の存続の大きな流れになるとは考えづらい.しかし合意には,PHEVやゼロエミッション技術の発展を考慮して,2026年に規制を見直す旨の条項もそのまま残されており,今後も内燃機関存続の可能性も高いと考えられる.

このような状況を鑑みると,カーボンニュートラル燃料に関する研究開発は急務となっている.第34回内燃機関シンポジウムにおいては全85件の講演中16件ものカーボンニュートラル燃料に関する講演が行われており,このテーマに対する関心の高さがうかがえた.また,国としても「合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた官民協議会」3を設置し,2023年6月30日に中間とりまとめが公開されている.

EU理事会(閣僚理事会)と欧州議会は2023年12月18日に,自動車からの大気汚染物質の新たな排出基準を定める規則案「Euro 7」に暫定ではあるが合意したと報じられた4.この規則では特に粒子状物質(PM)の排出の規制が強化されている.さらに新たにブレーキエミッション・タイヤ摩耗を規制対象としており,パワートレイン別に基準が設定され,内燃機関搭載車のみならずEVへの規制が始まることとなり,各メーカーの研究開発への負担がさらに増大する傾向になる.

2023年度は,新型コロナウイルス感染症の位置づけが「5類感染症」となり,多数の現地参加者が期待される中,エンジンシステムに関する主要な学術講演会として,年次大会(日程:9月3日(日)〜6日(水),場所:東京),第34回内燃機関シンポジウム(日程:12月5日(火)~7日(木),場所:東京),第25回スターリングサイクルシンポジウム(日程:12月2日(土),場所:東京)が開催された.

年次大会「機械工学の英知を結集しゼロエミッション社会を拓く」5では,エンジンシステム部門の企画として,基調講演「水素からガソリンまでの予混合火炎のMarkstein数による解析/北川敏明(九州大学)」が行われた.また,一般講演セッションでは「グリーンイノベーションに貢献するエンジン」として5件,「脱炭素社会に向けた動力エネルギー・エンジンシステム技術」として15件,合計20件の発表が行われた.

第34回内燃機関シンポジウム「燃料多様化社会における内燃機関」6では,基調講演として「ディーゼル燃焼改善のあくなき追求/小川英之氏(北海道大学)」,特別講演として「日産自動車の電動化によるカーボンニュートラル社会への取り組み/寺地淳氏(日産自動車株式会社)」が行われた.フォーラム「燃料多様化社会における内燃機関を考える」においては,「e-fuelに関する技術調査と実証試験/中山智裕氏(株式会社SUBARU)」,「カーボンニュートラルに向けた舶用エンジンの開発動向/宮本世界氏(川崎重工業株式会社)」,「航空分野におけるカーボンニュートラルの展望と持続可能な航空燃料SAFの役割/岡井敬一氏(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA))」,「アンモニア発電技術の現状と課題/藤森俊郎氏(株式会社IHI)」,「ライフサイクルアセスメント:水素を例に/工藤祐揮氏(国立研究開発法人産業技術総合研究所)」の5件の講演が行われた.一般講演のセッションとしては,従来通りのセッションに加え「カーボンニュートラル燃料」と「副室」に関するセッションが新たに設けられ,それぞれ16件と4件の講演が行われ,内燃機関におけるカーボンニュートラルの実現への関心の高さがうかがえる.なお,すべての一般講演数は85件であった.

第25回スターリングサイクルシンポジウム「ポストコロナ社会とスターリングサイクル機器」7)では,特別講演として「スターリングエンジンの世界情勢/濱口和洋氏(明星大学名誉教授)」が行われた.また,一般講演のセッションとして,「スターリングエンジン・外燃機関とその要素」,「パルス管冷凍機・熱音響機器(1)~(3)」,「ショートプレセンテーション:技術報告」,「ショートプレゼンテーション1,2:技術報告・模型エンジン・教材」が設けられ,合計25件(6件増)の発表が行われた.

〔瀬尾 健彦 近畿大学〕

参考文献

(1) 欧州グリーンディール, 欧州委員会

https://www.consilium.europa.eu/en/policies/green-deal/fit-for-55-the-eu-plan-for-a-green-transition/(参照日2024年4月15日)

(2) Fit for 55:プレスリリース, EU理事会

https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2023/03/28/fit-for-55-council-adopts-regulation-on-co2-emissions-for-new-cars-and-vans/(参照日2024年4月15日)

(3) 合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた官民協議会

https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/e_fuel/index.html(参照日2024年4月15日)

(4) Euro7:プレスリリース, EU理事会

https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2023/12/18/euro-7-council-and-parliament-strike-provisional-deal-on-emissions-limits-for-road-vehicles/(参照日2024年4月15日)

(5) 2023年度年次大会, 日本機械学会

https://confit.atlas.jp/guide/event/jsme2023/top(参照日2024年4月15日)

(6) 第34回内燃機関シンポジウム, 自動車技術会

https://www.jsae.or.jp/assoc/event/inter-congresses/ice/sympo2023/(参照日2024年4月15日)

(7) 第25回スターリングサイクルシンポジウム, 日本機械学会

https://www.jsme.or.jp/conference/Stirling2023/(参照日2024年4月15日)

9.2 各種エンジン

9.2.1 乗用車用機関

a.全体概要

2023年の乗用車世界販売は2022年比10.8%増の8,980万台万台だった(1).販売台数はCOVID-19パンデミック前の2019年の水準にまで回復した.主要な地域毎では,日本15.8%増,欧州13.9%増,米国8.4%増,中国11.0%増と,すべての地域で増加となった.引き続き電動化が進んでおり,日本ではHEVが,欧州・米国・中国ではBEVがシェアを伸ばしているが,BEVの増加割合は2022年度と比べて小さくなった.欧州では,2035年以降でのエンジン車の新車販売禁止を撤回し,CO2排出をゼロとみなす合成燃料(e-fuel)を利用する場合に限り販売を認める決定がなされた.今後も電動化は加速する見込みであるが,各社BEVに加えHEVにも注力する傾向が見られ,HEVとの組み合わせを前提としたエンジンの研究開発が多くなっている.また前述の合成燃料を含めてカーボンニュートラル燃料への取り組みも引き続き活発に行われている.

b.日本の動向

日本における2023年の販売台数は,2022年比15.8%増の399万台だった(2).普通車30.6%増,小型車1.8%増,軽自動車9.5%増といずれも増加した.電動車(HEV,プライグインHEV,FCV,BEV)も28.5%増加し, 販売台数に占める割合は2022年からさらに上昇して50.2%となった.BEVの販売台数は58.6%増と増加傾向は続いているが,2022年と比べて増加割合は小さくなった.また販売に占める割合は2.2%であり欧米や中国と比較すると小さい.

日産は,1.4L 3気筒ロングストロークエンジンを開発し,同社のシリーズ式HEVであるe-POWERと組み合わせて商品化した.燃料直噴システム,吸排気可変動弁機構,EGRを採用し,熱効率を向上させた(3).スズキは,1.2L 3気筒ロングストロークエンジンを開発し,同社のマイルドHEVと組み合わせて商品化した.各ポートに噴射弁を配置するデュアル燃料噴射システム,中間ロック機能を備えた吸気可変動弁機構,EGR等を採用し,熱効率を向上させた(4).マツダは,0.8L 1ロータのロータリーエンジンを開発し,同社のシリーズ式プラグインHEVと組み合わせて商品化した.燃焼室形状を改良すると共に,燃料直噴システム,EGRを採用し,熱効率向上と共に理論空燃比で運転する領域を拡大した(5)

c.欧州の動向

欧州における2023年の販売台数は,2022年比13.9%増の1156万台であった(2).COVID-19パンデミックの2020年以降減少が続いていたが増加に転じた.販売に占める電動車の割合は増加を続けており,2023年は49.1%となった.BEVの割合は17.0%であり,2022年の14.8%から増加した.

Mercedes-Benzは,3.0L 6気筒過給ガソリンエンジン(M256)を改良し,タンブル流強化による燃焼速度増と,ツインクロールターボチャージャ改良による排気圧力低減により耐ノック性を高めると共に,排気マニホールドの放熱性を上げることで,理論空燃比で運転する領域を拡大した(6).また3.0L 6気筒過給ディーゼルエンジン(OM 656)は,ストローク拡大による排気量増や最高燃料噴射圧力を2700barまで高めることで,最大トルクと最高出力を向上させた.両エンジンと組み合わせる48VマイルドHEVシステムは,9速トランスミッション内に配置され軽量化を図った.Volkswagenは,1.5L 過給ガソリンエンジン(TSI)にプラグインHEVを組み合わせて商品化した(7)

d.北米の動向

米国における2023年の販売台数(※乗用車のみ,トラック含めず)は,2022年比8.4%増の335万台だった(2).電動車の占める割合は19.9%である.BEVの占める割合は10.8%であり,2022年度の10.4% からの伸びは小さくなったが,HEVは2022年度の6.0%から8.3%に伸びた.

GMは,6.2L V型8気筒エンジン(LT2)とモータを組み合わせ,エンジンを後輪駆動用,モータを前輪駆動用としてスポーツカーに搭載し,商品化した.エンジンは,部分負荷時の4気筒運転(気筒休止)と軽量12Vリチウムイオンバッテリを用いたアイドリング時のエンジン停止により燃費を改善した(8).Stellantisは,3.6L V型6気筒エンジンとジェネレータを組み合わせたシリーズ式HEVを商品化した(9)

e.中国の動向

中国における2023年の販売台数は,2022年比11.0%増の2579万台だった(2).NEV(新エネルギー車)の占める割合は37.4%であり,2022年の27.8%から増加した.BEVの販売台数は,623万台と全体に占める割合は24.2%に上昇した.

中国メーカー各社は,BEVと同時にHEVの開発も活発に行っており,奇瑞汽車(Chery)は,HEV用の1.5L 4気筒過給エンジン(ACTECO)を開発し,高圧縮比ミラーサイクル,LP-EGRなどを採用して熱効率44.5%を実現している(10).長城汽車(GWM)は, HEV用の1.5L 4気筒自然吸気エンジン(Hi4)を開発し,高圧縮比,燃料直噴システム,EGRなどを採用して熱効率41.5%を実現した(11)

〔山本寿英 マツダ株式会社〕

参考文献

(1) MARKLINES WEBサイト,

https://www.marklines.com/ja/report/forecastsales_202401(参照日 2024年3月30日)

(2) MARKLINES WEBサイト,

https://www.marklines.com/ja/vehicle_sales/search(参照日 2024年3月30日)

(3) 山本ら, 100%電動駆動ハイブリッドシステム専用新型1.4Lエンジンの開発, 自動車技術会2023春季大会 学術講演会予稿集, 文献番号20235148

(4) スズキWEBサイト,

https://www.suzuki.co.jp/car/swift/performance_eco(参照日 2024年3月30日)

(5) 森本ら, 新型ロータリーエンジン 8C 型の燃焼技術, マツダ技報No.40(2023)

(6) C.Koehlen et al., On the Road to Complete Electrification at Mercedes-Benz: The Facelift of the 6-Cylinder-Powertrains with Mild-Hybrid-Technology, 44th International Vienna Motor Symposium

(7) Volkswagen WEBサイト, https://www.volkswagen-newsroom.com/en/press-releases/the-all-new-tiguan-is-now-available-to-order-in-europe-17886(参照日 2024年3月30日)

(8) Chevrolet WEBサイト,

https://media.chevrolet.com/media/us/en/chevrolet/home.detail.html/content/Pages/news/us/en/2023/jan/0117-eray.html(参照日 2024年3月30日)

(9) Stellantis WEBサイト,

https://media.stellantisnorthamerica.com/newsrelease.do?id=25436&mid=1(参照日 2024年3月30日)

(10) MARKLINES WEBサイト,

https://www.marklines.com/ja/news/298647(参照日 2024年3月30日)

(11) GWM WEBサイト,

https://www.gwm-global.com/innovation/nev.html(参照日 2024年3月30日)

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9.2.2 トラック・バス用機関

a.市場動向

2023年の小型四輪車,軽四輪車も含めた国内トラック販売台数は,2022年比4.1%増の77万7949台であった.車種別としては,軽四輪車は同2.3%減の40万3589台,小型車は同8.9%増の23万670台,普通車は同17.2%増の14万3690台となった.国内バス販売台数は,同53.5%増の8410台であった.小型バスが同51.8%増,大型バスも同57.4%増となった.2020年に発生した新型コロナウイルスが2023年5月に5類感染症に移行したことにより物流および人流が回復してトラック・バスの販売を底上げしたものと予想される.一方で,車両の初度登録から抹消登録までの年数は近年増加の一途であり,トラックで平均15年以上,バスは20年に迫る状況であり,今後の販売台数増加が継続するかは予断を許さない.輸出車は,トラックが同16.0%減の34万1140台,バスが同20.6%増の10万3401台となった.地域別としては,アジアではトラックが同24.3%減,バスが42.6%増,中米ではトラックが同11.9%増,バスが同37.3%増,アフリカではトラックが同26.8%減,オセアニアではトラックが同24.9%減,と大幅な地域により大きな変動があった.

b.国内の動向

2025年度から始まる重量車燃費基準施行に先立ち,カタログ等へ記載する燃費値については,2023年4月より新しい燃費試験法(JH25モード)に基づく表示に変更となった.いすゞ自動車は2022年に大型トラックでの燃費基準達成車の発売に続き,2023年には中小型トラックでもキャブの空力改善や省燃費タイヤおよびトランスミッションの改良も含めて最大で燃費基準+15%を達成した.三菱ふそうトラック・バスは大型トラック用エンジンとして6R30(排気量12.8L)を新設した.圧縮比の増加とターボ改良による過給圧増大および燃焼圧力を上げて熱効率を改善,従来の6R20(10.7L)に比べて低速トルク増大による低回転域の活用,キャブの空気抵抗やタイヤ転がり抵抗低減などにより燃費基準を達成した.UDトラックスといすゞ自動車で共同開発した新型トラクタヘッドでは,GH13が390kW(530PS)に高出力化して,重量物輸送における輸送効率向上とドライバー負荷低減を図った.

c.海外の動向

欧州では新型エンジンの市場投入はなかったが,既存エンジンをベースとしてBio-LNGやBio-CNGに対応したエンジンの設定,一般軽油に加えてHVOやバイオの適用など,カーボンニュートラル燃料の活用が進んでいる.また,既存エンジンを水素エンジンに変更して市場検証を行うメーカも見られた.欧州の排出ガス規制はEuro7が内容合意に至った.現在のEuro6からの主な変化点は,WHDCパターン運転でのNOxが460から200mg/kWhと約55%低減,N2OとNMOGの規制追加,また実車実路相当のRDE排出ガス規制値および試験条件が強化される.これにより今後エンジンおよび排出ガス後処理装置の大幅な改善が必要となることが想定される.

米国では,CUMMINSが新型エンジンとしてX10(排気量10L)を2026年に市場投入すると発表した.これは現在の米国排出ガス規制で要求されるNOx排出量に対して75%低減を実現しており,2027年規制をクリヤするレベルである.48Vオルタネータと排出ガス後処理装置用ヒータを備え,尿素SCRの性能を向上してNOx低減を行っている.

〔佐野 貴弘 日野自動車(株)〕

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9.2.3 オートバイ用機関および船外機

a.オートバイ用機関

2023年の国内二輪車生産台数は,小型二輪車,軽二輪車が前年を上回ったが,原付一種,原付二種は減少し,全体では2022年比2.0%減の68.1万台となり,わずかに減少するものの,昨年とほぼ同等と言える(1).日本二輪車メーカー4社(以下,ホンダ,ヤマハ,カワサキ,スズキと表記)が2023年に発売したエンジンについて簡単に紹介する.

ホンダは,新開発の754cm3・水冷・4ストローク・OHC・直列2気筒エンジンを搭載した新モデルを発売した.ボア・ストローク比0.73のショートストロークとすることで,十分な低中速トルクを確保した上で,高回転時のパワーまで幅広いシーンそれぞれに対してフレキシブルに応えるエンジンとなっている.動弁系にはユニカムバルブトレインを採用し,コンパクトな構成で高回転化を実現するとともに,ダウンドラフト吸気レイアウトを採用し,吸気抵抗の低減を図っている.バランサはフロント側を左,リア側を右に振り分けたバランサーウエイトの位置と位相により,最小限の重量で1次振動と偶力の双方をキャンセルする構造とし,270°位相クランクによる2次振動キャンセルと併せて不快な振動を抑制している.最高出力は67kW/9500rpmとなる(2)

ヤマハは,155cm3・水冷・4ストローク・SOHC・4バルブ,単気筒エンジンを搭載した新モデルを発売した.優れたパワー,優れた最高速を照準に開発し,低速向けと中高速向けのカム(吸気側)が7400rpmで切り替わるVVAを採用することで,全域で優れたトルク特性を発揮しながら,良好な加速性能と加速感を得ることができる.またアシスト&スリッパークラッチとトラクションコントロールシステムを採用し,加速時にストレスのないシフト操作を実現し,快適な走行性をサポートしている.最高出力は14kW/10000rpmとなる(3)

カワサキは,399cm3・水冷・4ストローク・DOHC・4バルブ,直列4気筒エンジンを搭載した新モデルを発売した.強力な低中速トルクと高回転域でのパワーを両立し,日常使いからスポーツライディングまで,あらゆる走行シーンで高いパフォーマンスを発揮することができる.電子制御スロットルバルブを採用することで,スポーツライディング性能向上と滑りやすい路面での安心感を両立させたトラクションコントロールシステムの採用を可能としている.最高出力は57kW/14500rpmとなる(4)

スズキは776cm3・水冷・4ストローク・DOHC・4バルブ,直列2気筒エンジンを搭載した新モデルを発売した.新世代のエンジンは,低回転域から滑らかで扱いやすい出力特性と高回転域までスムーズに吹けあがる絶妙なバランスに仕上げている.また270°位相クランクにより発生する1次振動と偶力振動を抑制するため,2つのバランサをクランクシャフトに対して90°に配置する2軸1次バランサを搭載し,よりスムーズな走行に貢献している.

吸気レイアウトは,タンブル比を向上しやすいホリゾンタルレイアウトを採用しながら,不利となる流量係数の低下は最小限になるように設計し,燃焼安定性と出力の両立を図っている.最高出力は,60kW/8500rpmとなる(5)

〔二宮 至成 スズキ(株)〕

参考文献

(1) Active Matrix Database System 一般財団法人 日本自動車工業会

https://jamaserv.jama.or.jp/newdb/index.html

(2) ホンダ XL750 TRANSALP

https://www.honda.co.jp/factbook/motor/XL750/202305/

(3) ヤマハ YZF-R15

https://global.yamaha-motor.com/jp/news/2023/0921/yzf-r15.html

(4) カワサキ Ninja ZX-4R

https://www.khi.co.jp/pressrelease/detail/20230202_1.html

(5) スズキ V-STROM800DE

SUZUKI TECHNICAL REVIEW VOL.49(2023) 新型「V-STROM800DE」, 新型「GSX-8S」のエンジン開発

https://www1.suzuki.co.jp/motor/lineup/dl800dercm3/

b.船外機

国内生産船外機の海外への出荷台数は,2022年の70.1万台に対し,2023年は前年比82%の57.3万台となった.新型コロナウイルスの外出制限/自粛要請の緩和に伴い,ライフスタイルの選択肢が増えたことでマリンレジャーの需要は落ち着き,主要市場の北米向けは2022年の28.5万台に対し,2023年は前年比75%の21.3万台,欧州向けでは2022年の16.0万台に対し,2023年は前年比62%の9.9万台となった.

以下に,2023年に発売した新モデルを紹介する.

ヤマハは,自社最大馬力となるV型8気筒,排気量5559cm³を採用したF450A/FL450A(450馬力)を発売した.エンジンはF425A/FL425Aをベースに新設計し,卓越したパワーとトルクを実現した.また,低回転域での発電能力の向上やチルト機構の操作性向上により,より高い利便性と快適性を実現した(1)

〔杉山 皓亮 スズキ(株)〕

参考文献

(1) 最大馬力の船外機 「F450A」を北米市場で発売〜トルクとパワー, 利便性, 快適性がさらに向上〜(2023年ニュース一覧), ヤマハ発動機株式会社, https://global.yamaha-motor.com/jp/news/2023/0120/f450a.html (参照日2024年2月26日)

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9.2.4 汎用機関

a.エンジン生産の動向

日本陸用内燃機関協会の統計における2023年度の実績見込み(1)によると,陸用内燃機関全体の国内生産台数は,3,065千台,前年度比86.5%と2年連続減少の見込みとなった.金額は,7,186億円,前年度比99.9%と横ばいであった.ガソリン機関は,台数で1,349千台,前年度比79.1%,金額は347億円,前年度比88.6%といずれも大幅に減少した.ディーゼル機関は,台数で1,612千台,前年度比93.1%,金額は6,539億円,100.2%であった.ガス機関は,台数で104千台,前年度比96.0%,金額は301億円,前年度比109.7%であった.

海外工場での生産台数は,全体で6,481千台,前年度比76.1%の見込みとなった.ガソリン機関は,台数で6,021千台,前年度比74.7%,ディーゼル機関は,台数で456千台,前年度比101.8%,ガス機関は,台数で3千台,前年度比119.8%であった.

2023年度は,新型コロナウィルスの影響がなくなり,物流・半導体不足も解消されたものの,ガソリン機関の特需の収束,インフレ,利上げによる購買力の低下等による市況の悪化が見られ,全体的に需要減少が顕在化した.

b.国内の動向

ヤンマーエネルギーシステムは,ディーゼルエンジンの吸入空気に都市ガスを混合し,停電時の運転時間延長を実現する都市ガス混焼仕様のディーゼル非常用発電機を業界で初めて開発した.十分な備蓄燃料が確保できない施設でも,一般停電時に都市ガスを混焼させることで主燃料である液体燃料の消費量を低減し,およそ7日間の運転が可能となる(2)

三菱重工メイキエンジンは,汎用単気筒4ストロークとしては業界初の燃料噴射エンジンの市場投入を発表した.従来のエンジンに対し,燃料噴射システム用部品が追加となるものの変わらないサイズ感でベース取付やPTO軸寸法などの変更なくそのまま搭載替えできる(3)

c.海外の動向

Cumminsは,水素,天然ガス,ディーゼルなど,様々な燃料に対応できる15リッターの新型エンジンを発表した.共通のシリンダブロックを使用し,シリンダヘッドを燃料毎に仕様変更することで対応する.水素仕様は,直接噴射の希薄燃焼方式を採用しており,700barの燃料貯蔵システムに対応し,長時間稼働を可能にしている(4)

Deutzは,6気筒の水素エンジンを早ければ2024年にも本格的に生産を開始すると発表した.オンロード/オフロード,鉄道および産業用途,定置用発電など,現在使用されているすべての用途で使用できる(5)

FPTは,トラクター専用の2ステージターボエンジンを発表した.従来エンジンより,出力が15%増加し,トルクは6%以上増加した(6)

CaterpillarグループのMWMは,400kW~4.5MWの発電機セットにおいて,体積あたり最大25%の水素を混合した天然ガスに対応できるようになったと発表した.同社は,体積あたり最大25%の水素混合を可能にする既存の天然ガスエンジン用の改造キットも提供している(7)

〔萩原 良一 ヤンマーホールディングス株式会社〕

参考文献

(1) 2023年度陸用内燃機関の生産・輸出実績見込み, 陸用内燃機関協会

https://www.lema.or.jp/topics/view/2902 (参照日2024年4月9日)

(2) 停電時の電力供給時間を延長できる業界初の都市ガス混焼仕様ディーゼル非常用発電機の受注を開始, ヤンマーエネルギーシステム株式会社

https://www.yanmar.com/jp/energy/news/2023/10/06/129598.html (参照日2024年4月9日)

(3) 汎用単気筒FIエンジンを業界初市場投入, 三菱重工メイキエンジン

https://www.nouson-n.com/media/2023/10/31/9226  (参照日2024年4月9日)

(4) Cummins introduces fuel-agnostic 15-liter engine at ConExpo, Cummins Inc.,

https://www.powerprogress.com/news/cummins-introduces-fuel-agnostic-15-liter-engine-at-conexpo/8027468.article?_gl=1*1fyqm7n*_ga*Mzk3ODQwODY0LjE3MTEwNjYxMjE.*_ga_2HZYEX5BQN*MTcxMTA2NjEyMi4xLjEuMTcxMTA2ODgyOS41OS4wLjA. (参照日2024年4月9日)

(5) Deutz displays new developments in drive technology, Deutz

https://www.powerprogress.com/news/deutz-displays-new-developments-in-drive-technology/8027687.article?_gl=1*yji5b4*_ga*Mzk3ODQwODY0LjE3MTEwNjYxMjE.*_ga_2HZYEX5BQN*MTcxMjYyMzk1Ni42LjEuMTcxMjYyNDE3MS4zOS4wLjA. (参照日2024年4月9日)

(6) FPT C16 turbo engine debuts in Steiger 715 tractor, FPT

https://www.powerprogress.com/news/fpt-c16-turbo-engine-debuts-in-steiger-715-tractor/8031483.article?_gl=1*1eq2346*_ga*Mzk3ODQwODY0LjE3MTEwNjYxMjE.*_ga_2HZYEX5BQN*MTcxMTA2NjEyMi4xLjEuMTcxMTA3MDg5NC41OS4wLjA. (参照日2024年4月9日)

(7) MWM gen-sets approved for up to 25% H2 blend, MWM

https://www.powerprogress.com/news/mwm-gen-sets-approved-for-up-to-25-h2-blend/8036231.article (参照日2024年4月9日)

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9.2.5 建設機械および鉄道車両用機関

a.建設機械の市場動向

2023年度通年の出荷金額は2022年度から増加して3兆3,178億円(2022年度比9%増)と見込まれる.上期は国内4,682億円(2022年度同期比13%増),輸出1兆1,931億円(2022年度同期比27%増),下期は国内5,173億円(2022年度同期比2%増),輸出1兆1,393億円(2022年度同期比5%減)と見込まれ,通年では国内,輸出とも大幅増加だが下期については輸出に若干の減少が予測されている.
2024年度は国内,輸出とも堅調に推移,通年では国内9,957億円(2023年度比1%増), 輸出2兆3,334億円(2023年度比同額)と予測されており 通年の出荷金額は3兆3,291億円(2023年度比微増)となることが予測されている.1)

b.建設機械用機関の排気ガス規制動向

北米での次期規制(Tier5)に関して2023年10月にカリフォルニア大気資源局(CARB)による公開会議が開催された(2). 本会議では規制導入時期(3),規制値の内容(4),In-Use Program(5)およびOBD(6)の主要議題を中心にして討論が行われた. CARB Tier5案はTier 5 InterimおよびTier 5 Finalの二段階に分けて導入される事が検討されており,事実上すべてのオフロードディーゼルエンジンへのパティキュレートフィルタの装着を強制するとともに, NOx排出量の90%削減(56-560kW),GHG規制の導入,エンジンの実際の使用中(in-use)の排出ガス確認試験の強化,排出ガス浄化性能を担保しなければならない年限(useful life)の延長,低負荷時の排出ガス試験サイクルの新設など,現状のTier4 Final規制に対して多くの変更が検討されている.一方で米国環境保護庁(EPA)は現時点では連邦レベルの次期排出ガス規制を策定しておらず,現在の規定ではカリフォルニア州の住民が他州からオフロードエンジンや機器を持ち込むことが認められており,カリフォルニア州のみのTier5排出ガス規制施行は限られた効果しか期待できないため今後のEPAの動向に注目する必要がある.

日本国内では次期国内規制に関する第15次答申案が環境省より公表された7).この中で出力19kW以上560kW未満のオフロードエンジンに対してEU Stage V相当のPM規制0.015[g/kWh]およびPN規制1×1015[個/kWh]が2027年末から適用される案が提示された.

c.建設機械用機関の技術動向

新型エンジンとしては,2023年3月に開催のCONEXPOにてキャタピラーがC13Dエンジンを,ジョンディアがJD9エンジンをオフハイウエイ用エンジンとして発表した.(8)(9)(10)
キャタピラーのC13DはC13Bに対しストロークを5mmアップ,圧縮比アップを行いトップレーティングとして515kWと非常に高い出力設定としている.また100%HVOや100%バイオディーセル対応を使用可能としている.また今後のスケジュールとしてOEM用パイロットエンジンリリースを2025年,市場導入は2026年とのこと.
ジョンディアのJD9は排気量9.0Liter DUALTURBO仕様において317kWの設定であり,キャタピラーと同様にHVO,バイオディーゼルに対応可能としている.このエンジンの追加により,ジョンディアの次世代エンジンは,開発中のJD4,JD9,JD14,JD18となり,エンジン開発を積極的に行い,系列拡大を進めている.

カミンズはL9及びX12の後継エンジンとして,X10エンジンをオンロード用として北米と欧州に2026年にリリースすると発表.同発表の中ではオフロード用としてのリリースも言及されているが導入時期については明言されていない.排気量は10liter,出力は336kWまでカバーされる.(11)
9月にはパーキンスが2600シリーズ,排気量13Literのエンジンを発表(12)(13).本エンジンについても,キャタピラー同様,2025年にOEM向けパイロットリリースを行い,市場導入は2026年としている.

これらのエンジンはEPA2027年規制に適合,オンロード車両に導入された後,順次建設機械用エンジンとして市場導入されるものと考える.

d.鉄道車両用機関の技術動向

2023年は鉄道用エンジンとして新規エンジンの市場導入はなかったが,トピックスとして,バイオディーゼル燃料の試験を実施しているJR東海が水素活用として燃料電池並びに水素エンジンを検討しカーボンニュートラルの実現に向けた開発を目指すとの発表があった14)
気動車はディーゼルエレクトリック化が進んでおり,エンジンは発電機を駆動,バッテリとの組み合わせにより駆動系を構成する技術確立ができていることより,水素エンジンの課題である高負荷時の燃焼制御の難しさや過渡応答性等に対し有利に働くものと考えられる.JR東海は2024年度以降に模擬走行試験を実施するとのスケジュールも同時に発表している.

〔渡邉 誠 株式会社アイ・ピー・エー〕

参考文献

(1) 2024年2月時点での需要予測, 一般社団法人 日本建設機械工業会
https://www.cema.or.jp/general/news/2023/pdk1hu00000004g0-att/202401shukka.pdf(参照日2024年3月19日)

(2) Potential Amendments to the Off-Road New Diesel Engine Emission Standards: Tier 5 Criteria Pollutants and CO2 Standards
https://ww2.arb.ca.gov/our-work/programs/tier-5/meetings-workshops (参照日2024年3月19日)

(3) Implementation Schedule
https://ww2.arb.ca.gov/sites/default/files/2023-10/%231%20Introduction%20and%20Implementation%20Schedule%20-%20ADA-10202023_sa.pdf (参照日2024年3月19日)

(4) Proposed Emissions Standards
https://ww2.arb.ca.gov/sites/default/files/2023-10/%232%20Proposed%20Emission%20Standards-ADA-10232023-revised.pdf (参照日2024年3月19日)

(5) In-Use Programs
https://ww2.arb.ca.gov/sites/default/files/2023-10/%235%20In-Use%20Program-ADA-10242023_st.pdf (参照日2024年3月19日)

(6) OBD
https://ww2.arb.ca.gov/sites/default/files/2023-10/T5%20OR-OBD%20Workshop%2010_23_23%20clean.pdf (参照日2024年3月19日)

(7) 資料67-1 特殊自動車の排出ガス低減対策について
https://www.env.go.jp/content/000192005.pdf (参照日2024年3月19日)

(8) Caterpillar Unveils New 13-Liter Engine Platform for Heavy Duty Off-Highway Applications
https://www.cat.com/en_US/news/engine-press-releases/caterpillar-unveils-new-13-liter-engine-platform-for-heavy-duty-off-highway-applications-at-conexpo-con-agg-2023.html(参照日2024年3月19日)

(9) Introducing the Cat C13D Industrial Engine
https://www.cat.com/en_US/campaigns/npi/c13d.html(参照日2024年3月19日)

(10) Powering meaningful progress with John Deere Power Systems
https://www.deere.com/en/news/all-news/jdps-powering-progress/(参照日2024年3月19日)

(11) CUMMINS ANNOUNCES NEW X10 ENGINE, NEXT IN THE FUEL-AGNOSTIC SERIES, LAUNCHING IN NORTH AMERICA IN 2026
https://www.cummins.com/news/releases/2023/02/13/cummins-announces-new-x10-engine-next-fuel-agnostic-series-launching-north(参照日2024年3月19日)

(12) Perkins addresses evolving industry demands for improved fuel efficiency and performance with next-generation 13-litre diesel engine
https://www.perkins.com/en_GB/company/news/corporate-press-release/perkins-addresses-evolving-industry-demands-for-improved-fuel-efficiency-and-performance-with-next-generation-13-litre-diesel-engine.html(参照日2024年3月19日)

(13) The all new 2600 Series
https://www.perkins.com/en_GB/campaigns/2600-series.htm(参照日2024年3月19日)l

(14) カーボンニュートラル実現に向けた「水素動力車両」の開発について
https://jr-central.co.jp/news/release/_pdf/000043037.pdf(参照日2024年3月19日)

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9.2.6 舶用及び発電用機関

舶用主機関を生産している国内主要エンジンメーカ10社の2023年1月~12月の生産実績は573台,599万馬力であった.(2022年は543台,559万馬力)生産馬力は2021~2022年にかけて減少傾向にあったが2023年は前年比7%増と増加に転じる結果となった.一方,2023年末時点の手持ち工事量は10社合計で699台,852万馬力となっており,2022年末の668台,792万馬力に比べて,8%増となっている.2023年の出力ベースの舶用低速2ストローク主機関国内シェアを図1に示す.

図1 2023年舶用低速2ストローク主機関国内シェア(出力ベース)※Source:KP Data

 

2023年にはIHI原動機の舶用大型エンジン部門及びその付随製品に関する事業を三井E&Sが承継した三井E&S DUの設立や,日立造船から舶用原動機部門が分社化した日立造船マリンエンジンの設立のように,舶用機関メーカにおける業界再編の動きが相次いだ.

また2023年7月に国際海事機関(IMO)が開催した第80回海洋環境保護委員会(MEPC80)において国際海運からの温室効果ガス(GHG)排出削減戦略と目標の改定が実施された.2018年に採択された従来のGHG排出削減戦略では,「2050年までに50%排出削減」,「今世紀中早期の排出ゼロ」という目標を掲げていたが,MEPC80において「2050年頃までにGHG排出ゼロ」に強化された.

上述のGHG削減目標強化を背景に,各エンジンメーカからは環境対応技術,新技術に関連する発表が相次いだ.

三井E&Sからは,バラ積み貨物船や大型コンテナ船向けのメタノール焚きME-LGIM機関の受注が発表された.また,同社テストエンジンにおける水素焚き試験用の水素供給設備の建設が完工し,1シリンダを水素燃焼用に改造したテストエンジンとのカップリング運転が実施された.

三井E&S DUからは,エンジン負荷や運転モードに応じて最適な圧縮比に調整できる可変圧縮比(Variable Compression Ratio System:VCR)機構を搭載した世界初号機の受注や,エンジン組込み型SCR装置(iSCR)搭載の新型機関6X52-S2.0の受注が発表された.

ジャパンエンジンからは同社の大形低速2ストロークのテストエンジンにおける世界初のアンモニア混焼運転,並びに2ストロークエンジン用水素燃料噴射装置の試験を開始したことが発表された(※).また,商船三井,商船三井ドライバルク,尾道造船,川崎重工業およびジャパンエンジンの5社からは水素燃料の多目的船の実証運航に向けて,日本海事協会から区画配置コンセプトに関する基本設計承認(Approval in Principle:AiP)を取得したことが発表された.これらは国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によるGI(グリーンイノベーション)基金助成事業の公募採択を受けたプロジェクトの一環で行われている研究開発である(※)

日本郵船,日本シップヤードおよびIHI原動機からは,内航船(アンモニア燃料タグボート,A-Tug)向け280mmボア4ストロークアンモニア燃料舶用エンジンの実機によるアンモニア混焼運転試験を開始し,アンモニアの混焼率 80%を達成したと発表された(※)

日立造船マリンエンジンからは,MAN Energy Solutionsからのメタノール焚きテストエンジン(4S90ME-C10.5-LGIM)の受注や,メタノール焚きME-LGIM機関の生産に向けたメタノール供給設備の設備投資も発表され,メタノール焚き機関の生産体制の整備が進められている.

※ 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によるGI(グリーンイノベーション)基金助成事業の公募採択を受けたプロジェクトの一環で行われている研究開発である.

〔稲住 元気 (株)三井E&Sマシナリー〕

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9.2.7 ガスタービン

カーボンニュートラル社会の実現に向けて,ガスタービン関連分野では温室効果ガスの排出量削減を目指した取り組みが2023年も多く行われた.産業用ガスタービン分野では,水素やアンモニアといったカーボンニュートラル燃料の利用に関する取り組みが多く見られた.三菱重工業は,水素を燃料とする水素ガスタービンの早期商用化に向けて,高砂製作所で整備を進めてきた水素の製造から発電までにわたる技術を一貫して検証可能な高砂水素パークの本格稼働を開始した1.同社は,高砂水素パークに立地するガスタービン・コンバインドサイクル(GTCC)実証発電設備においてタービン入口温度1,650 ℃級のJAC形ガスタービンを使い,部分負荷および100%負荷で都市ガスに同パーク内で製造された水素を30%混ぜた燃料による実証運転に成功したことを報告している2.また,三菱重工業は,国内では千葉袖ケ浦パワーから5万kW級天然ガス焚きGTCC発電設備3,国外ではシンガポールを拠点するSembcorp Industries Limitedグループから60万kW級GTCC火力発電設備4,シンガポールエネルギー市場監督庁の100%子会社Meranti Power Pte. Ltd.から68万kW級発電設備5,米国のEntergy Texas, Inc.から120万kW級天然ガス焚きGTCC発電設備6を受注したことを発表しているが,いずれも水素燃焼に対応可能なガスタービンが納入される.IHIは,GE Gas Powerと大型重構造型ガスタービンへ適用するアンモニア燃焼技術を開発するための覚書を締結したことを発表している7.大型アンモニアガスタービンの技術開発ロードマップ策定を進め,安全性・競争力・環境性に優れたアンモニア100%燃焼技術をGE製6F.03,7Fおよび9F向けに2030年までに開発することを目指す.また,IHIは,Sembcorp IndustriesおよびGE Vernova Gas Power部門とシンガポールのジュロン島サクラ地区にSembcorp Industriesが保有するGTCC発電所においてアンモニア燃焼に向けた改造の可能性を検討するための覚書8を,マレーシア国営石油ガス会社Petroliam Nasional Berhadの子会社Gentari Hydrogen Sdn. Bhd.とアンモニア専焼ガスタービンを活用した商用利用を行う基本合意9を,それぞれ締結している.同様に,川崎重工業のタイ王国現地法人も,同国の大手石油化学会社PTT Global Chemical Public Company Ltd.と,川崎重工業が開発した水素ガスタービンを用いた発電設備の開発・建設・運用を検討するための覚書を締結している10.また,川崎重工業は同社が販売するすべてのコージェネレーションシステム用ガスタービンで,水素を体積比30%までの割合で天然ガスと混焼し,安定した低NOx運用を実現する水素混焼DLE(Dry Low Emission)燃焼器の市場投入を完了しており11,イビデンエンジニアリングと共同で,JFEエンジニアリングからDLE燃焼器を搭載したガスタービンコージェネレーション設備1基を受注したことを報告している12.さらに,同社は世界初となるドライ方式で水素専焼が可能な燃焼器を搭載した1.8 MW級ガスタービンコージェネレーションシステムの販売も開始している13.海外では,Siemens Energyもカーボンニュートラルの実現に向けた取り組みを行っており,同社のガスタービンを用いて水素専焼での運転に成功したことを発表している14

航空用ガスタービン分野では,持続可能航空燃料(SAF: Sustainable Aviation Fuel)の利用に向けた活動が多く見られた.Rolls-Royceは,生産中のすべての民間航空エンジンを対象とした100%SAFの適合試験が完了したことを発表している15.また,Pratt & Whitney Canadaと航空機メーカーGulfstream Aerospaceは,P&W製のPW815GAエンジンを2基搭載したビジネスジェットGulfstream G600でSAFを100%使用して初の大西洋横断飛行に成功したことを発表している16.その他に,Rolls-Royceは開発を進めている次世代ジェットエンジンUltraFanについて,2023年5月に技術実証機の初試験に成功し17,11月には最大出力運転に成功したこと18を発表している.また,同社はハイブリッド電動推進システムの開発も行っており,ハイブリッド電動航空機向けに開発した小型ガスタービンを用いて初の燃焼試験に成功したことを発表している19

学術分野では,米国機械学会が主催するTurbo Expo 2023が米国Bostonにて完全対面形式で開催され,収録論文数は約920編で,コロナ前に近い数であった20.今回のTurbo Expoでも「Pathways to Net-Zero Carbon Emission」と題したKeynote Sessionや,「Gas Turbines for a Sustainable Future」と題したPlenary Sessionが開催され,脱炭素に向けた取り組みの紹介や,脱炭素を実現するために必要なイノベーションや技術について議論が行われた.その他に「Workforce Development and Diversity: The Engineer of the Future」と題したPlenary Sessionも開催され,次世代の技術者を育成していくための戦略などについて議論が行われた.国内では,日本ガスタービン学会の定期講演会が,福井県国際交流会館にて開催され,講演会への参加登録者総数は145名で,一般講演の発表件数は52件であった21.本講演会では,「ガスタービン要素技術研究の進展と期待」と題した基調講演があり,岩手大学の船崎健一名誉教授による「タービンの空力・伝熱研究の進展と今後」と,東京大学の渡辺紀德名誉教授による「圧縮機流れの研究雑感」の2件の講演が行われた.さらに「ガスタービン材料開発の最新動向」と題した先端技術フォーラムも開催され,ガスタービンや発電プラントの将来像や新たに期待される材料技術などについてパネル討論が行われた.また,日本ガスタービン学会は,国際会議International Gas Turbine Congressを4年間隔で開催しており,2023年は同会議の開催年であった.今回は国立京都国際会館を会場に開催された.「Innovative Technology Research on Hydrogen Aircraft for the Carbon Neutral Society」と題したPlenary Lecture,「Exploring the Potential of Aeromechanical Optimization of Turbomachinery」と題したKeynote Lecture,「Future Prospects of Gas Turbine Combustion Towards Carbon Neutral Society」と題したPanel Discussionなどが行われ,この会議でもカーボンニュートラルが話題の中心となっていた.

〔金子 雅直 東京電機大学〕

参考文献

(1) 世界初の水素製造から発電利用まで一貫実証可能な「高砂水素パーク」が本格稼働 水電解装置による水素製造を開始, 三菱重工業株式会社

https://www.mhi.com/jp/news/23092003.html (参照日2024年4月12日)

(2) 最新鋭のJAC形ガスタービンによる水素燃料30%混焼運転に成功 高砂水素パーク内のGTCC実証発電設備(第二T地点)において, 三菱重工業株式会社

https://www.mhi.com/jp/news/23113001.html (参照日2024年4月12日)

(3) 千葉県袖ケ浦市で総出力195万kWの天然ガス焚きM701JAC形ガスタービンコンバインドサイクル(GTCC)発電設備3基の建設工事をフルターンキー契約にて受注 — フルスコープの長期保守契約も同時締結, 事業者の安定的な電力供給をサポート –,三菱重工業株式会社

https://www.mhi.com/jp/news/23072103.html (参照日2024年4月12日)

(4) 三菱重工がシンガポールのセムコープ社向けに水素を活用したGTCC発電設備を受注 M701JAC形ガスタービンを中核とする出力60万kW級設備としてジュロン島で稼働へ, 三菱重工業株式会社

https://www.mhi.com/jp/news/23052402.html (参照日2024年4月12日)

(5) 三菱重工がシンガポール政府系メランティパワー社向けにガスタービン発電設備を受注 M701F形ガスタービン2台を中核とする出力68万kW級設備としてジュロン島で稼働へ, 三菱重工業株式会社

https://www.mhi.com/jp/news/23052202.html (参照日2024年4月12日)

(6) 米国テキサス州のオレンジ・カウンティ発電所向けにGTCC発電設備を受注 最新機種のM501JAC形ガスタービン2台を中核とする出力120万kW級設備, 三菱重工業株式会社

https://www.mhi.com/jp/news/230428.html (参照日2024年4月12日)

(7) IHIとGE, アンモニア専焼大型ガスタービン開発に関する覚書を締結, 株式会社IHI

https://www.ihi.co.jp/all_news/2022/resources_energy_environment/1198147_3473.html (参照日2024年4月12日)

(8) SEMBCORP, IHI, GE VERNOVAが, SEMBCORPのシンガポール・ジュロン島サクラ地区ガス火力発電所でのアンモニア燃焼にむけた改造の検討を開始, 株式会社IHI

https://www.ihi.co.jp/all_news/2023/resources_energy_environment/1200364_3538.html (参照日2024年4月12日)

(9) 世界初となるアンモニア専焼ガスタービンの商用利用に関する基本合意を締結, 株式会社IHI

https://www.ihi.co.jp/all_news/2023/resources_energy_environment/1200487_3538.html (参照日2024年4月12日)

(10) タイ国PTT Global Chemicalと水素ガスタービン発電設備に関する覚書を締結, 川崎重工業株式会社

https://www.khi.co.jp/news/detail/20230830_1.html (参照日2024年4月12日)

(11) コージェネレーションシステム用ガスタービン全機種で水素混焼DLE燃焼器の市場投入を完了, 川崎重工業株式会社

https://www.khi.co.jp/news/detail/20230331_5.html (参照日2024年4月12日)

(12) 水素混焼DLE燃焼器を搭載した8MW級ガスタービンコージェネレーションシステムを受注, 川崎重工業株式会社

https://www.khi.co.jp/pressrelease/detail/2020926_1.html (参照日2024年4月12日)

(13) 世界初ドライ方式「水素専焼」8MW級ガスタービンコージェネレーションシステムの販売を開始, 川崎重工業株式会社

https://www.khi.co.jp/pressrelease/detail/20230905_1.html (参照日2024年4月12日)

(14) HYFLEXPOWER consortium successfully operates a gas turbine with 100 percent renewable hydrogen, a world first, Siemens Energy

https://www.siemens-energy.com/global/en/home/press-releases/hyflexpower-consortium-successfully-operates-a-gas-turbine-with-.html (参照日2024年4月12日)

(15) Rolls-Royce successfully completes 100% Sustainable Aviation Fuel test programme, Rolls-Royce

https://www.rolls-royce.com/media/press-releases/2023/13-11-2023-poweroftrent-rr-successfully-completes-100-sustainable-aviation-fuel-test-programme.aspx (参照日2024年4月12日)

(16) RTX’s Pratt & Whitney Canada and Gulfstream successfully complete first 100% SAF transatlantic flight with G600 business jet powered by PW800 engines, Pratt & Whitney

https://www.prattwhitney.com/en/newsroom/news/2023/11/20/rtxs-pratt-whitney-canada-and-gulfstream-successfully-complete-first-100-saf (参照日2024年4月12日)

(17) Rolls-Royce announces successful first tests of UltraFan technology demonstrator in Derby, UK, Rolls-Royce

https://www.rolls-royce.com/media/press-releases/2023/18-05-2023-rr-announces-successful-first-tests-of-ultrafan-technology-demonstrator-in-derby-uk.aspx (参照日2024年4月12日)

(18) Rolls-Royce announces successful run of UltraFan technology demonstrator to maximum power, Rolls-Royce

https://www.rolls-royce.com/media/press-releases/2023/13-11-2023-rolls-royce-announces-successful-run-of-ultrafan-technology-demonstrator-to-maximum-power.aspx (参照日2024年4月12日)

(19) New Rolls-Royce engine for hybrid-electric flight completes successful first fuel burn, Rolls-Royce

https://www.rolls-royce.com/media/press-releases/2023/27-09-2023-new-rr-engine-for-hybrid-electric-flight-completes-successful-first-fuel-burn.aspx (参照日2024年4月12日)

(20) 太田有, 2023年ASME国際ガスタービン会議 全般, 日本ガスタービン学会誌, Vol. 51, No. 5(2023), pp. 457–458.

(21) 岡本光司, 第51回日本ガスタービン学会定期講演会 全体報告, 日本ガスタービン学会誌, Vol. 52, No. 1(2024), pp. 28–30.

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9.2.8 スターリング機関

2023年,スターリング機関の大きな出来事としては,100℃未満の加熱温度で約30Hzの機関回転数で動作する低温度差スターリングエンジンが,スーツケースに持ち運びができる規模で福井1)(2により動作実演されたことである.γ型スターリングエンジンのディスプレーサの行程容積に対して,従来の模型低温差スターリングエンジンよりも図示仕事が大きく得られていることは,諸元からも推定できる.また機構型の低温度差模型スターリングエンジンで数十Hzの期間回転速度が得られており,フリーピストンスターリングエンジンと比べても十分に速い.講演会の会場で動作実演がなされている点で,既往の高性能な低温度差スターリングエンジンには無かった特徴がある.

スターリングエンジンの教育利用に関わるところで,安価に圧力計測をするための提案3がなされた.

計測関係では,透過して内部が見える機種に適用が限られるが,Particle-Tracking-VelocimetryShake-The-Box systemを組み合わせて,スターリングエンジン内の流れを計測した報告4があった.

また独特な試みとして,機構の運動部品の運動エネルギや位置エネルギを考慮して,機関回転数の上限がYang5によって推定された.類似した取り組みとして,機構による性能の違いはErol6も発表している.なおErol7)(8はβ型スターリングエンジンのディスプレーサの形状についても発表している.

Scopusによる2023年のスターリングエンジンの文献調査は,2022年に雰囲気が類似している.原子力と関連付けられた発表が目に付き,またスターリングエンジンを運転して実験結果と数値計算の結果を比較する報告も多い.集電体で再生器を構成する試み9や熱音響機関のウェットスタックのように再生器内での相変化を扱った報告10)(11のように再生器だけを対象にした発表も目に付く.平面火炎12のように直接スターリングエンジンを扱わずに,スターリングエンジンの周辺機器を対象にした研究も検索結果に表示されるようになってきた.

目新しい形式のスターリングサイクル機器としては,加熱による熱エネルギの供給で冷凍サイクルを駆動する機器として,一対のピストンとディスプレーサに「高温側熱交換器・再生器・低温側熱交換器」の組み合わせを2組直列に挿入した形式13)(14が報告された.

〔加藤 義隆 大分大学〕

参考文献

(1) 福井隆史, 3Dプリンタを活用した教育用低温度差スターリングエンジンの高比出力化, 日本機械学会 2023年度年次大会(2023)S201-10, DOU: https://doi.org/10.1299/jsmemecj.2023.S201-10.

(2) 福井隆史, 3Dプリンタを活用した教育用低温度差スターリングエンジン搭載模型自動車の開発, 日本機械学会 第25回スターリングサイクルシンポジウム講演予稿集(2023)pp.113-117.

(3) Stevens, RE. Stevens, KE. Grady, RL. Stricker, LA., Measurement of Work and Power in a Coffee-Mug Stirling Engine as a First-Year Physics Laboratory, Physics Teacher, Vol.61, No.5(2023),DOI: 10.1119/5.0073861.

(4) Liu, Y. Jojo-Cunningham, Y. Zeytinoglu, N., Volumetric Flow Measurement on a Displacement Piston Model for a β-Type Stirling Engine, IUTAM Bookseries, Vol.41,(2024),DOI: 10.1007/978-3-031-47258-9_16

(5) Yang, HS. Zhu, HQ. Xiao, XZ., Comparison of the dynamic characteristics and performance of beta-type Stirling engines operating with different driving mechanisms, Energy, Vol.275,(2023),DOI: 10.1016/j.energy.2023.127535.

(6) 4 Erol, D., An experimental comparative study of the effects on the engine performance of using three different motion mechanisms in a beta-configuration Stirling engine, Energy, Vol.293,(2024),DOI: 10.1016/j.energy.2024.130660.

(7) Yama,n H. Doğan, B. Erol, D. Yeşilyurt ,M.K., The investigation of effects on the engine performance characteristics of different channel geometries in the displacer cylinder for a beta-type Stirling engine with the slider-crank drive mechanism, International Journal of Engine Research, Vol.24, No.7(2023), DOI: 10.1177/14680874221138130.

(8) Doğan, B. Erol, D. Yeşilyurt, MK. Yaman, H., The effects of different channel geometries in the displacer cylinder, working fluids, and engine speed on the energy and exergy performance characteristics of a β-type Stirling engine with a slider-crank drive mechanism, International Journal of Engine Research, Vol.24, No.9(2023), DOI: 10.1177/14680874231177362.

(9) Al-Nimr, M. Khashan, S. Al-Oqla, H., A novel hybrid pyroelectric-Stirling engine power generation system, Energy, Vol.282,(2023),DOI: 10.1016/j.energy.2023.128913.

(10) Al-Nimr, M. Khashan, SA. Al-Oqla, H., Novel techniques to enhance the performance of Stirling engines integrated with solar systems, Renewable Energy, Vol.202,(2023),DOI: 10.1016/j.renene.2022.11.086.

(11) Yang, R. Wang, J. Luo E., Revisiting the evaporative Stirling engine: The mechanism and a case study via thermoacoustic theory, Energy,Vol.273,(2023),DOI: 10.1016/j.energy.2023.127282.

(12) Chen, WL. Currao, GMD. Wu, CY. Evan, B. Mao, CY. Tsai, SW. Yu, CY., A Study on an Unpressurized Medium-Temperature-Differential Stirling Engine Integrated with a New Spiral-Patterned Flat- Flame Burner and a New Spiral-Finned Hot-End Plate, International Journal of Energy Research(2023),DOI: 10.1155/2023/8827094.

(13) Wang, J. Zhang, L. Luo, K. Luo, E. Hu, J. Wu, Z. Yang, R., Theoretical analysis of a direct-coupled Stirling combined cooling and power system for heat recovery, Applied Thermal Engineering, Vol.229,(2023), DOI: 10.1016/j.applthermaleng.2023.120566.

(14) Wang, J. Luo, K. Yang, R. Zhang, L. Luo, E. Hu, J. Wu, Z. Sun, Y., Experimental and numerical study on a heat-driven direct-coupled Stirling refrigerator, Applied Physics Letters, Vol. 124, No. 12(2024), DOI: 10.1063/5.0196020.

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9.2.9 燃料電池

近年,バッテリー技術の進展により電気自動車の普及が進んでいるもののバッテリーはエネルギー密度が低く,バッテリーを大型トラックや船舶,鉄道車両といった,いわゆるHeavy Duty Vehicle(HDV)へ適用するには課題がある.この様なバッテリーではカバーしきれない領域を受け持つ技術として,燃料電池が注目されている.燃料電池はカーボンニュートラルな燃料である水素を高効率に利用可能であり,また燃料電池システムのエネルギー密度はバッテリーよりも高くできることからHDV向けの動力源として今後,シェアを伸ばすと期待されている(1).燃料電池には固体酸化物形,溶融炭酸塩形など幾つかの種類があるが,モビリティ用途の動力源としては起動性の良さといった特徴から固体高分子形燃料電池が用いられることが多い.トヨタ自動車が2014年に世界に先駆けて一般販売を開始した「MIRAI」も固体高分子燃料電池を搭載した燃料電池自動車である.

2022年度の我が国における燃料電池を搭載した乗用車の保有台数は7310台と2021年度より増加(2)しており着実に社会実装が進んでいる.HDV用途での販売台数は多くはないが,我が国のグリーン成⻑戦略の目標達成には⼩型トラックを累計で1.2〜2.2万台,大型トラックで5000台が必要との試算(3)があり,HDV用途へ燃料電池を広げるべく様々な取り組みがなされている.例えば2023年にアサヒグループホールディングス,西濃運輸,NEXT Logistics Japan,ヤマト運輸はトヨタ自動車,日野自動車が共同で開発した燃料電池大型トラックの実証試験を開始したと発表した(4).使用するトラックは70MPa高圧水素タンクを6本搭載しており,航続可能距離は約600kmである.小型バスに関しては福岡県,トヨタ自動車,Commercial Japan Partnership Technologies,JR九州がJR添田駅と日田駅間を結ぶ日田彦山線BRTに対して固体高分子形燃料電池を搭載した小型バスの実証運転を発表した(5).鉄道車両への適用も進められており,現在,非電化区間で用いられるディーゼル機関の代替としてJR東日本は燃料電池を搭載した車両開発を発表しており(6),試験走行も行っている.大型トラック,バス,鉄道車両のいずれにおいても燃料電池自動車で培った技術が基盤となっている.

海外においてもHDVに燃料電池を適用する試みがなされている.欧州においてはHyTrucksコンソーシアムが2025年までに1000台の燃料電池トラックの導入を目標に掲げている(3).2024年までにCummins製の燃料電池システムを搭載したトラックが20台納品される予定である(7).Daimler Truckも燃料電池トラックMercedes-Benz GenH2を発表している(8).このトラックは25トン貨物の牽引を想定しており,航続距離1000km以上を達成するため液体水素を積載している.水素充填は10〜15分で済む.Mercedes-Benz GenH2に搭載された燃料電池システムの出力は300kWであり必要に応じてバッテリーからアシストを受ける.Amazon,Air Products,INEOS,Holcim and Wiedmann,Winzがこのトラックの顧客トライアルに参加予定(8)であり,燃料電池トラックの活用が模索されている.

以上の様に燃料電池はHDV向けの動力源として期待されており,国内外を問わず様々な技術開発,実証試験が行われている.しかし,既存の内燃機関を燃料電池に置き換えるにはコスト,耐久性,出力密度向上など様々な課題を克服しなければならない.NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が発表している固体高分子形燃料電池に関する技術開発ロードマップ(9)では運転温度の高温化,空気極触媒質量活性の向上,白金溶解速度の低減,電解質膜厚さの低減,ガス拡散抵抗の低減など様々な課題が提示されており,これらの課題を解決するための研究開発が行われている.

〔境田 悟志 茨城大学〕

参考文献

(1) NET Zero by 2050 A Roadmap for the Global Energy Sector, International Energy Agency,

https://www.iea.org/reports/net-zero-by-2050(参照日2024年4月10日)

(2) EV等 保有台数統計, 一般社団法人 次世代自動車振興センター

https://www.cev-pc.or.jp/tokei/hoyuudaisu.html(参照日2024年4月10日)

(3) モビリティ分野における⽔素の普及に向けた中間とりまとめ, 経済産業省,

https://www.meti.go.jp/press/2023/07/20230711001/20230711001-2.pdf(参照日2024年4月10日)

(4) 日本初, 燃料電池大型トラックの走行実証を開始―サステナブルな物流の実現に向け, 水素燃料活用の可能性と実用性を検証―, ヤマトホールディングス,

https://www.yamato-hd.co.jp/news/2023/newsrelease_20230517_1.html(参照日2024年4月10日)

(5) BRTひこぼしラインでFCバス実証運転を実施, トヨタ自動車株式会社,

https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/38698038.html(参照日2024年4月10日)

(6) 水素をエネルギー源としたハイブリッド車両(燃料電池)試験車両の開発, JR東日本,

https://www.jreast.co.jp/press/2020/20201006_4_ho.pdf(参照日2024年4月10日)

(7) CUMMINS FUEL CELLS TO POWER SCANIA’S FUEL CELL ELECTRIC TRUCKS,Cummins,

https://www.cummins.com/news/2022/04/28/cummins-fuel-cells-power-scanias-fuel-cell-electric-trucks(参照日2024年4月10日)

(8) Fuel-Cell Technology: Daimler Truck Builds First Mercedes-Benz GenH2 Truck Customer-Trial Fleet, Daimler Truck, https://www.daimlertruck.com/en/newsroom/pressrelease/fuel-cell-technology-daimler-truck-builds-first-mercedes-benz-genh2-truck-customer-trial-fleet-52552943(参照日2024年4月10日)

(9) NEDO 燃料電池技術開発ロードマップ-HDV 用燃料電池ロードマップ(解説書)-, 新エネルギー・産業技術総合開発機構,

https://www.nedo.go.jp/content/100973009.pdf(参照日2024年4月10日)

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