8.熱工学
8.1 伝熱及び熱力学
8.1.1 概説
エネルギー戦略の根幹は,安全性を大前提とした上で,エネルギーセキュリティー(安定供給),環境との調和,経済発展の各要素をバランス良く考慮することが重要とされる(3E+S).ただし,その重心位置は時代とともに移り変わっている.2020年に,菅首相(当時)が2050年までに国内の温暖化ガスの排出を「実質ゼロ」とする方針を表明したことを受け,我が国においても温暖化防止への大きなモーメントが生まれ,これは長期的な動きとして現在においても基本的に継続している.一方で,2021年は新型コロナ禍からの経済回復や,冬季の寒波などの影響により需要が回復するとともに,LNGプラントの事故等が重なったこともあり,エネルギー需給がタイトになった.そうした中,2022年のロシアのウクライナ侵攻があり,エネルギー需給が極めてひっ迫し,各国が必死に化石資源の確保に走る事態となった.自給率が低くエネルギー供給が脆弱である我が国においては,ロシアからのパイプライン依存に伴う直接の影響は無かったものの,あらためてエネルギーセキュリティーの重要性を再認識させられた.また,我々が化石燃料にいかに依存しているか,脱炭素がいかに困難であるかということも思い知らされることになった.このような大きな環境の変化を受け,一気にカーボンニュートラルを目指して国民に大きなリスクを課すのではなく,脱炭素への現実的なトランジションを考えるべきであるとの認識が広まり,2022年に岸田首相は温暖化ガス排出抑制の公約と産業競争力強化や経済成長を両立させるために,トランジション期において現実的な道筋で社会構造を変革させるグリーントランスフォーメーション(GX)投資を実現することを表明した.10年間で20兆円規模のGX移行債を発行し,これを呼び水にして追加で130兆円の民間投資を呼び込むことで,カーボンニュートラルへの移行を実現することを目指している.これを受けて,現実的な解決策で化石燃料消費を減らし,将来的な再生可能エネルギー利用にスムーズに繋がる技術への関心が高まっている.
これまでの化石燃料は,価格が比較的低位に安定していたことに加え,貯蔵や輸送が非常に容易という特長があるため,それらを前提として全ての技術体系が構築されてきた.この前提が崩れると,あらゆる技術に大きな変革が求められる.熱需要も例外ではなく,むしろ規模も用途も多種多様であることから,転換のハードルは一層高いと言える.一方で,情報技術やセンシング技術の発展により,需要の実態やベネフィットが明らかになり,加熱がそもそも不要な需要や損失発生要因が顕在化することが予想される.技術的にも,断熱や熱再生により熱需要の削減が進むと期待される.このように加熱量自体を減らした上で,加熱がどうしても必要なものだけに対してのみ,可能な限り可逆なプロセスあるいは再生可能エネルギーを用いて熱を供給することになる.そして熱となってしまったら,蓄熱や熱輸送を駆使しつつ,一部は温度調整するなどして使い尽くすことになる.熱を出し入れするプロセスが増えるため,全体のエネルギー供給やエネルギー消費は減るであろうが,やりとりする熱交換の総量は逆に大きく増えるものと考えられる.現実的なコストやフットプリントでこれを実現するためには,従来の延長線上にない技術が求められるとともに,新たなニーズに柔軟かつ迅速に対応できる基盤技術の構築が不可欠である.
太陽光や風力等の再生可能エネルギーは電力として供給されるため,電源の脱炭素化とともに電力を利用した熱利用への転換(電化)が求められる.特に,100℃程度以下の低温熱需要である暖房や給湯等においては,ヒートポンプの適用が期待されている.しかしながら,燃焼式と競合できる低コスト化,寒冷地や単身世帯への普及,既存設備のリプレース等を実現することは決して容易ではない.寒冷地でも高効率を維持するための技術や,ベランダやパイプスペースにも設置可能な小型化技術の一層の進展が求められる.一方,電化が困難な高温熱需要等は,再生可能エネルギー由来のグリーン燃料への転換が想定される.需要を100%電化することや,エネルギー自給率100%を実現することは現実的ではなく,不足分は海外の再生可能エネルギー由来燃料を輸入することになる.様々な燃料候補が検討されているが,あらゆるニーズを満たすものが存在しないのであれば,省エネを基本としつつ,それぞれの得失を吟味し,欠点があればそれを補うための技術開発がますます重要になると考えられる.
〔鹿園 直毅 東京大学〕
8.1.2 熱物性
本稿では,2023年に開催された熱物性に関連した国内外の学術会議や同年に発行された学術論文の状況を概観することで,熱物性研究の動向を解説する.新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけが2023年5月に2類相当から5類感染症へと移行したことに伴い,ここ数年の完全オンライン開催から完全対面開催へ移行した節目の年となった.
熱物性を専門とする学会である日本熱物性学会の主催で第44回日本熱物性シンポジウム(1)が2023年11月7日から9日の3日間に渡り,千葉県習志野市の日本大学生産工学部津田沼キャンパスにおいて4年ぶりの対面で開催された.「高温融体と材料プロセス」,「宇宙に関わる熱物性と制御」,「ナノスケール熱物性の評価,高分子系サーマルマネージメント(熱伝導や蓄熱など)材料や部材の開発と評価」,「省エネのための熱物性技術」,「食品ならびに生物資源における熱物性」のオーガナイズドセッションに加え,「流体の熱力学性質・輸送性質」や「固体の熱力学性質・輸送性質」,「ふく射性質」,「表面・界面・薄膜」など様々な一般セッションが開催された.講演件数は92件であり,意見交換会も4年ぶりの対面で行われた.また,同学会主催のセミナーシリーズとして「ふく射輸送・物性の電磁場計測」,「食品と熱物性」,「高温での材料プロセスのシミュレーションと熱物性」がオンライン開催され,幅広い熱物性関連のトピックについて活発な議論が行われた.なお,このセミナーシリーズは同学会の研究活動の見える化,社会ニーズにあった分野の開拓を目指して2022年から開催されており,熱物性研究の発展や波及の一助となっている.
日本伝熱学会主催の第60回日本伝熱シンポジウム(2)が2023年5月25日から27日の3日間に渡り,福岡県福岡市の福岡国際会議場にて第56回以来4年ぶりの完全対面方式で開催された.熱物性に関連するセッションとしては,一般セッションの「熱物性」,オーガナイズドセッションの「ふく射輸送とふく射性質」や「熱エネルギー材料・システムのための熱・物質輸送促進」などが企画された.その他,「ナノ・マイクロ伝熱」や「計測技術」,「分子動力学」などの一般セッションにおいて熱物性に関連する基礎から応用までの幅広い研究発表が行われた.さらに,優秀プレゼンテーション賞セッションにおいてもクモ糸の熱伝導率測定や3ω法に関する研究など熱物性関連の講演が行われ,活発な議論が行われた.
本部門が主催する日本機械学会熱工学コンファレンス(3)が2023年10月14日から15日まで兵庫県の神戸大学大学院工学研究科において完全対面にて開催された.講演会では一部,海外からの参加者によるZoomを利用したオンライン講演も例外的にあったが,コロナ禍で整えられたツールを上手く活用した事例となった.同会議では,「熱物性」を冠するセッションは企画されなかったが,オーガナイズドセッションの「マイクロエネルギーの新展開」や「凝固・融解を伴う伝熱と流れ」,「沸騰・凝縮伝熱および混相流の最近の進展」において熱物性関連の講演が行われた.
国際会議では,新型コロナウイルス感染症の影響で2020年の開催が延期されていた第22回ヨーロッパ熱物性会議(The 22nd European Conference on Thermophysical Properties)(4)(5)が2023年9月10日から13日の4日間に渡り,イタリアのベネチアで対面開催となった.同会議では,「PROPERTIES」,「MATERIALS」,「METHODS」のトピックに関する演題が募集され,発表件数は口頭発表とポスター発表を合わせて約250件であった.熱物性計測の新技術や新材料の熱物性に関する講演が多くを占める中,融解を伴う相変化材料やRadiative Coolingなどエネルギー問題に着目した講演も多く見られ,当該トピックへの関心の高さが伺えた.
国際伝熱会議連盟が主催する第17回国際伝熱会議(The 17th International Heat Transfer Conference)(6)(7)(8)が2023年8月14日から18日の5日間に渡り,南アフリカ共和国のケープタウンにて開催された.国際伝熱会議は1966年以来4年ごとに開催され,伝熱オリンピックと呼ばれている.同会議は2022年に開催が計画されていたが,新型コロナウイルス感染症の影響で開催が1年延期された.また,治安やビザの関係により,これまでの同会議より参加者数や発表件数が少なかった.セッションは研究分野を表す52種類のカテゴリーに基づいて分類されたが,参加者が少なかったこともあり,複数のカテゴリーから構成された.熱物性のカテゴリーと判断された研究発表は7件あり,熱物性計測に関する研究がその多くを占めた.
次に2023年における熱物性関連の学会誌の動向を簡単に紹介する.日本熱物性学会発行の学会誌「熱物性」に掲載された論文は4件であり,フローカロリーメータによる熱抵抗評価装置の開発,Reliability of Lumped Thermodynamic Hydrogen Fueling Model under Slow-Fill Conditions,熱電対プローブを用いた熱電3物性高温同時測定法の開発,ロックインサーモグラフィ周期加熱法によるマイクロスケール界面熱抵抗分布計測および二次元マッピング手法の開発が報告された.同年に発行された同誌の巻頭言ではAIと熱物性研究の関わりについて取りあげた記事が複数あり,AI時代における学会,熱物性研究の在り方に関する議論が印象的であった.国際論文誌International Journal of Thermophysicsにおいては,184報の論文が掲載された.また,2020年に創設されたAred Cezairliyan Best Paper Awardには「高温でのモリブデン,タングステン,等方性グラファイトの熱拡散率測定の不確かさ評価」に関するBruno Hay (LNE-CNAM)らの研究(9)が選出された.
〔岡部 孝裕 弘前大学〕
8.1.3 伝熱
2023年は,4年に一度開催される伝熱研究に関連する最大の国際会議である国際伝熱会議(International Heat Transfer Conference)が開催された年である.本来であれば2022年の開催であったが,コロナウイルスの影響により1年延期されての開催となった.また,国内における伝熱研究に関する会議として,第60回日本伝熱シンポジウムおよび熱工学コンファレンスが開催された.本節では,2023年の伝熱工学分野の研究動向を把握するため,これらの伝熱研究に関する国内外会議の発表状況および国内外学術誌に掲載された論文の研究動向を数値情報とともに纏める.
まず2023年の伝熱工学関連研究の動向を概観するために,この分野の代表的な学術雑誌であるASMEのJournal of Heat and Mass Transfer(vol. 145 Issue 1-12)にて発表された論文のトピックについて調査した.本学術誌は2022年までは雑誌名がJournal of Heat Transferであったが,2023年より雑誌名に“and Mass”が付加され,新たな学術雑誌名で刊行されている.伝熱と物質輸送の類似性(アナロジー)に焦点が当てられ,それらが共通の土俵(輸送論)で議論されるべきものとして改めて認識され始めた結果によるものと思われる.また,国内誌として日本機械学会論文集(89巻 917~928号)および機械学会熱工学部門と日本伝熱学会が共同編集を行う論文誌Journal of Thermal Science and Technology(J Therm. Sci. Technol., vol. 18 Issue 1,2)に発表された論文のうち伝熱に関するものを抽出し,同様の分類を行った.以上の3誌の結果を表8-1-1にまとめる.表8-1-1は,分野分類のカテゴリーも含めて機械工学年鑑2021~2023における「伝熱」の小節を参考にしている.2023年のASME Journal of Heat and Mass Transferの論文総数は150件であった.それ以前の5年は,226件(2018),212件(2019),171件(2020),171件(2021),171件(2022)であることを考慮すると,近年続いていた論文数の維持が再び減少傾向に転じたと言わざるを得ない.その減少傾向は全ての分野に当てはまる訳ではなく,注目もしくは再注目されつつある分野があることが表8-1-1より読み取ることができる.「蒸発・沸騰・凝縮」分野では,2021年は26編だったものが2022年には11偏ほどまで減少しているが,2023年には21偏と増加している.これに類似する傾向として「電子機器冷却」分野(5→0→3報)が挙げられる.「蒸発・沸騰・凝縮」分野における研究は,マイクロ・ナノスケールにおける相変化現象の理解と伝熱促進等,基礎現象に関するものが主流であるが,その研究出口となる社会実装においては,電子機器冷却促進への応用があり,これら2分野の傾向が同傾向を示していることは,基礎研究と応用利用の融合という観点から十分に理解できる.この背景には,ここ数年の半導体産業と通信技術の飛躍的向上があると言える.5G標準から6G標準となるであろう近未来社会のインフラに貢献すべく,伝熱工学分野においても関連研究が活発化している証左である.
日本機械学会論文集とJ Therm. Sci. Technol.に掲載された伝熱関連論文は,それぞれ16報と9報であり,J Therm. Sci. Technol.の論文数はここ3年で大幅に減少していることがわかる(40→30→9報).これは伝熱工学分野の盛衰が起因しているのではなく,著者の論文投稿先の選択基準に大きく依存していると言え,論文総数の傾向評価よりも分野別の掲載数傾向を評価すべきであり,特筆すべき点としては,「燃焼」分野が継続して他の分野に比して多いことがわかる.これはJSPSやJSTなどの国プロジェクトが関係していると言えよう.
表8-1-1 伝熱関係の主要論文誌と分野別論文数(2023)
ASME Journal of Heat and Mass Transfer | 日本機械学会論文集 | J Therm. Sci. Technol. | |
多孔質 | 5 | 0 | 0 |
強制対流 | 12 | 0 | 0 |
マイクロ・ナノ伝熱 | 16 | 1 | 1 |
二相流と伝熱 | 3 | 0 | 0 |
蒸発・沸騰・凝縮 | 21 | 2 | 1 |
熱伝導 | 4 | 1 | 0 |
伝熱促進 | 9 | 0 | 0 |
熱交換器 | 4 | 0 | 0 |
噴流・後流・衝突冷却 | 6 | 1 | 0 |
自然対流・共存対流 | 11 | 0 | 0 |
ふく射伝熱 | 7 | 0 | 0 |
生体の熱・物質移動 | 3 | 0 | 0 |
実験技術 | 1 | 0 | 0 |
融解・凝固 | 0 | 0 | 0 |
電子機器冷却 | 3 | 0 | 0 |
生産における伝熱 | 0 | 0 | 0 |
熱・物質輸送 | 4 | 1 | 1 |
冷凍・空調 | 0 | 0 | 0 |
燃料電池・反応 | 1 | 0 | 0 |
モデリング・最適化 | 0 | 0 | 0 |
熱システム | 11 | 2 | 0 |
燃焼 | 0 | 8 | 4 |
その他 | 29 | 0 | 2 |
合計 | 150 | 16 | 9 |
続いて,国際会議における研究発表の状況について概観する.2023年の特筆すべき国際会議としてThe 17th International Heat Transfer Conference(IHTC-17,第17回国際伝熱会議)の開催(1)がある.詳細は公益社団法人日本伝熱学会誌「伝熱」の2023年10月号(Vol. 62, No. 261)に記載されているが(2),ここでは会期中に開催されたPanel Discussionについて触れたい.会期中7件のPanel Discussionが開催されたが,話題は「沸騰・凝縮」や「蓄熱」,「熱マネージメント」といったエネルギーの有効利用に関するものが主となった.この他にグリーントランスフォーメーション(GX)やカーボンニュートラル(CN)等の話題も提供され,国際的な伝熱工学の主流は,エネルギーマネージメントに集約される方向に向かっていることが実感された会議となった.
最後に国内会議の状況について概観する.我が国の伝熱工学に関する代表的な会議としては,公益社団法人日本伝熱学会主催の日本伝熱シンポジウム,および一般社団法人日本機械学会熱工学部門主催の熱工学コンファレンスが挙げられる.第60回日本伝熱シンポジウムは,2023年5月25日から27日の期間,コロナ以降初の完全対面形式で行われた.オーガナイズドセッション(OS)は「液滴・濡れ現象の制御と理解【24件発表】」,「乱流を伴う伝熱研究の進展【11】」,「ふく射輸送とふく射性質【7】」,「燃焼伝熱研究の最前線【18】」,「水素・燃料電池・二次電池【37】」,「熱エネルギー材料・システムのための熱・物質輸送促進【12】」,「化学プロセスにおける熱工学【8】」,「人と熱との関わりの足跡【3】」,「優秀プレゼンテーション賞セッション【49】」の9セッションが組まれた.一方,一般セッション(GS)は「バイオ伝熱【4】」,「沸騰・凝縮【29】」,「電子機器の冷却【14】」,「強制対流【8】」,「ヒートパイプ【11】」,「多孔体内の伝熱【8】」,「物質移動【3】」,「計測技術【13】」,「融解・凝固【11】」,「分子動力学【17】」,「混相流【5】」,「自然対流【4】」,「自然エネルギー【3】」,「空調・熱機器【9】」,「熱物性【4】」,「ナノ・マイクロ伝熱【26】」の16セッションであった.2022年に新設されたOS「液滴・濡れ現象の制御と理解」では継続して多くの発表があり,関心の高さが伺える.先に触れた伝熱促進における基礎研究の一翼を担うセッションであることから,国際学術誌と同傾向の動きが国内の会議でも表れていると言えよう.また熱工学コンファレンス2023は,2023年10月14日と15日の両日,対面形式で開催された.この会議はOSが主体であり,15のOSが組まれた.発表件数順に列挙すると,「濡れ性制御と液滴ダイナミクス【28】」,「燃料電池・電解・二次電池関連研究の新展開【25】」,「沸騰・凝縮伝熱および混相流の最近の進展【24】」,「電子機器・デバイスのサーマルマネジメント【21】」,「多孔質体内の伝熱・流動・物質輸送現象とその応用(マクロからナノスケールまで)【20】」,「未来型エネルギー変換・推進システムのための燃焼研究【19】」,「凝固・融解を伴う伝熱と流れ【14】」,「ナノスケール熱制御【10】」,「乱流伝熱研究の進展【9】」,「外燃機関・排熱利用技術【8】」,「火災・爆発【7】」,「マイクロエネルギーの新展開【5】」,「ふく射輸送制御【5】」,「熱工学からみたバイオマス変換の新展開【4】」,「熱工学コレクション2023【8】」となる.また,GSは計6セッションあり,計24件の報告がなされた. OS「ナノスケール熱制御」の講演件数が2022年に比して減少したが,これはOS「濡れ性制御と液滴ダイナミクス」の講演数増加と表裏一体の関係であると言え,伝熱促進に向けたナノスケール濡れ現象への興味は依然として高く,わが国の伝熱研究のトレンドが伺える.
以上,2023年の国内外における伝熱研究に関する動向を学術雑誌および学会でのセッション構成から概観した.2022年に比して伝熱促進を出口に見据えたナノスケール現象の基礎解明に関する研究活動が活発になっていることが伺える.
〔小宮 敦樹 東北大学〕
8.1.4 熱交換器
2023年の国内外における熱交換器に関する研究動向について述べる.熱交換器に関連する研究は多岐に亘るため,対流や沸騰などの伝熱現象に関わる基礎研究の動向については前述の「8.1.3 伝熱」に譲り,ここでは熱交換器の構成要素や構造,ならびに熱交換器を構成要素とするシステムに関する研究の動向を中心に取り上げる.
まず,2023年の国内での研究動向を知るため,第60回日本伝熱シンポジウム(福岡,5月),日本冷凍空調学会年次大会(東京,9月),熱工学コンファレンス(兵庫,10月)での講演内容を調査した.キーワードとして,「熱交換」,「蒸発器」,「凝縮器」を用いて検索して傾向を分析した.
第60回日本伝熱シンポジウムでは,「空調・熱機器」,「沸騰・凝縮」,「強制対流」,「ヒートパイプ」のセッションにおいて,6件の熱交換器に関連する講演が行われた(第59回では7件).テーマは,強制空冷デバイスの最適設計手法,フィンの着霜,触媒と熱交換器の一体化,トポロジー最適化を用いた熱交換器設計,プレート熱交換器の沸騰様相の可視化,金属積層造形を用いたループヒートパイプであった.
2023年度日本冷凍空調学会年次大会では,OS「熱交換器における技術展開」,OS「地中熱利用技術」,OS「持続可能な次世代冷凍システム技術」,OS「デシカント・吸着・吸収・ケミカル系の技術」,WS「電動車両(EV)の熱管理システム」,WS「熱交換器の技術開発動向と開発事例」において,17件の熱交換器に関する講演が行われた(2022年度では20件).テーマは,地中熱利用(4件),沸騰・蒸発伝熱特性(2件),マイクロチャネル熱交換器,回路最適化,車載用空冷熱交換器,熱交換と空気清浄の両立,等であった.レビューとして,「冷媒蒸発器および凝縮器のデータベース(RECDB)とデータ解析」宮良 明男(佐賀大),「熱交換器からの水滴の飛散に関する研究」平井 翔(三菱電機),「遺伝的冷媒流路生成アルゴリズムを用いた熱交換器の最適化に関する研究」Giannetti Niccolo(早稲田大),「電気自動車空調を想定したデシカント塗布熱交換器の性能評価」東 朋寛(電中研),「環境試験室に向けた直接膨張方式の検討」永田 淳一郎(三機工業)が報告された.
熱工学コンファレンス2023では,「一般セッション」,OS「沸騰・凝縮伝熱および混相流の最近の進展」,OS「電子機器・デバイスのサーマルマネジメント」,OS「外燃機関・排熱利用技術」,OS「凝固・融解を伴う伝熱と流れ」において,9件の熱交換器に関する講演が行われた(2022年度では5件).テーマは,網目状流路構造を有する熱交換器,HFO系冷媒の凝縮熱伝達整理式,潜熱蓄熱システムの熱交換器のモデル化,Gyroid熱交換器,流体・伝熱連成解析,長尺二重管式熱交換器,プレート式熱交換器のボイド率計測,等であった.
次に,学術雑誌の掲載状況より熱交換器の研究に関する動向を調査するため,International Journal of Heat and Mass Transfer (Int. J. Heat Mass Transf.),International Journal of Thermal Science(Int. J. Thermal Science),Applied Thermal Engineering (App. Thermal Eng.)に掲載された学術論文の検索を行った.電子ジャーナルScience Direct(1)を使い,タイトル,抄録およびキーワードに「Heat Exchanger」を含む論文の占める割合を整理した結果を表8-1-2に示す.Appl. Therm. Eng.では,17.3%の343報が熱交換器に関する論文であり,2021,2022年と徐々に論文数は増加している.一方,Int. J. Heat and Mass Transferでは9.9%の107報であり,2022年から論文数,割合とも減少した.Int. J. Thermal Scienceでは13.4%の92報であり,割合は2022年の13.3%に比べ大きな変化はないものの論文数は増加していた.3誌の合計では542報が発表されており,論文数は徐々に増加しているものの,割合は2021, 2022年と比べて僅かに低下した.
「Heat Exchanger」とともに多く用いられたキーワードとその論文数,分類を表8-1-3に示す.分類は「未利用エネルギー」「効率」「研究手法」「材料開発」(2)とした.Heat TransferやPressure dropといった効率や性能に関する用語,Thermal / Heat storageやHeat pumpといった未利用エネルギーに関連する用語が多かった.世界的なカーボンニュートラルの推進を背景にエネルギーを有効活用するシステムへ適用する高性能な熱交換器が求められていることが伺える.研究手法に関連する用語では,シミュレーション技術に続き最適化技術に関するものが多くみられた.伝熱面形状の最適化による高性能な熱交換器の研究・開発を推進している.材料開発に関連する用語では,NanofluidやPhase change materialが多くみられた.高性能な冷却媒体や潜熱を利用した蓄熱材の開発に取り組まれている.
表8-1-2 国外学術誌のタイトル・抄録・キーワードにHeat exchangerを含む論文数
年 | 論文数 | タイトル・抄録・キーワードにHeat Exchangerを含む |
割合 |
|
App. Thermal Eng. | 2021 | 1373 | 277 | 20.2% |
2022 | 1424 | 293 | 20.6% | |
2023 | 1980 | 343 | 17.3% | |
Int. J. Heat and Mass Transfer | 2021 | 1258 | 134 | 10.7% |
2022 | 1361 | 165 | 12.1% | |
2023 | 1082 | 107 | 9.9% | |
Int. J. Thermal Science | 2021 | 514 | 87 | 16.9% |
2022 | 535 | 71 | 13.3% | |
2023 | 686 | 92 | 13.4% | |
3誌合計 | 2021 | 3145 | 498 | 15.8% |
2022 | 3320 | 529 | 15.9% | |
2023 | 3748 | 542 | 14.5% |
表8-1-3 学術誌掲載論文に Heat exchanger(s) とともに用いられたキーワード、論文数、分類
キーワード | 論文数 | 分類 |
Heat transfer | 181 | 効率 |
Simulation | 63 | 研究手法 |
Optimization | 42 | 研究手法 |
Thermal / Heat storage | 40 | 未利用エネルギー |
Pressure drop | 32 | 効率 |
CFD | 31 | 研究手法 |
Heat pump | 26 | 未利用エネルギー |
Supercritical CO2 | 26 | 未利用エネルギー |
Energy / Thermal efficiency | 24 | 効率 |
Geothermal | 24 | 未利用エネルギー |
Boiling | 22 | 効率 |
Microchannel | 22 | 効率 |
Waste heat / energy | 21 | 未利用エネルギー |
Nanofluid | 20 | 材料開発 |
Phase change material | 16 | 材料開発 |
〔高橋 雄太 三菱重工業株式会社〕
8.2 燃焼及び燃焼技術
8.2.1 燃焼
2023年は,Co-VID19感染症の影響を受けて数年間の間に確立されたネットワークを利用した研究委員会の実施は継続して行われている一方で,学術会議に対しては概ね対面で開催された.
燃焼に関連する講演・発表が主体となる学術会議として,第61回燃焼シンポジウム(2022年11月15日~17日)が,秋田市において開催された.また,14th Asia-Pacific Conference on Combustion(第14回アジア-環太平洋燃焼会議 ASPACC)が5月14日~18日に台湾・高雄にて開催された.本会議では,”Towards Net-Zero Carbon & Data-Driven Future”を掲げており,世界的にNet-Zero Carbonに向けた燃料転換への関心の高さが伺えた.日本からの参加者もCo-VID19感染症の影響前の水準近くまで回復しており,活発な議論が交わされた.
他の燃焼関連の講演・発表が多い学術会議として,第60回伝熱シンポジウム(福岡,5月25日~27日),第27回動力・エネルギー技術シンポジウム(東京,9月20日,21日),第33回環境工学総合シンポジウム(島根,7月25日),自動車技術会春季大会(横浜,5月24日〜26日),同秋季大会(名古屋,10月11日〜13日),第51回日本ガスタービン学会定期講演会(福井,10月4日,5日)が開催された.また,内燃機関に関する国際会議2023 JSAE/SAE Powertrains, Energy and Lubricants(PEL) International Meeting(京都,8月28日〜9月1日),ガスタービンに関する国際会議International Gas Turbine Congress 2023(京都,11月26日〜12月1日)においても燃焼に関連する講演・発表がなされた.日本機械学会においても,2023年度年次大会(南大沢,9月3日〜6日)が実施され,熱工学コンファレンス2023(神戸,10月14日,15日)において,燃焼に関連するオーガナイズドセッションおよび一般講演・発表がなされた.
上述の学術会議は基本対面での開催となり,従前の開催形態に戻っている.その一方で,オンラインで開催されている講習会などは,海外の研究者に講演を依頼しやすく,時間を区切って参加することが可能であることから,実施側,および参加者側双方の利便性があり,2023年においてもオンライン開催が継続されている.燃焼に関連する国際的なWebinarである「Combustion webinar」は,2023年には17回開催された.また,日本燃焼学会主催の燃焼の基礎から応用までを網羅的に解説する講義企画「燃焼工学講座」(全4回)も完全オンライン形式で開催され,多くの参加者があった.
燃焼研究に関連する個別の学術会議の内容として,第61回燃焼シンポジウムにおいて,ワークショップ「「きぼう」での燃焼研究プラットフォーム実現に向けて〜SCEMの活用による実験機会の拡大〜」が実施され,国際宇宙ステーション・きぼうモジュールにおける燃焼研究プラットフォームを用いた取り組みが紹介された.また,第61回燃焼シンポジウムでは,2件の招待講演「Biomass directional thermal convention into high-quality liquid fuel, carbon material and syngas」,「Thermoacoustic interaction in an axially-staged lean-premixed combustion」,および2件の基調講演「着火と火炎」,「デトネーションエンジンの観測ロケット宇宙飛行燃焼実験とその将来応用展望」が行われた.一般セッションでは,口頭講演171件,ポスター講演48件が例年通りのトピックのセッションで構成され,脱炭素へ向けた新燃料として期待されるアンモニアや水素の利用に対する講演が注目を集めていた.また,第61回燃焼シンポジウムでは,近年注目を集めていたガス燃料としてのアンモニア利用に加えて,液体アンモニア燃料の利用に関する研究発表数が増加した.
アジア環太平洋燃焼会議(ASPACC)では,Plenary Lectureとして,「Data Enabled Design of Combustion Systems」,Keynote Lecture として,「Challenges and Opportunities for Hydrogen Premixed Combustion」,「Development of Reliable and Efficient Skeletal/Reduced Chemical Mechanisms for Practical and Blended Fuels」,「Low Emission Combustor Technologies for Gas Turbine Engine」,「Combustion Instability in a Dual-nozzle Gas Turbine Combustor」,「Quantitative Measurement of Wall Chemical Effects for Hydrocarbon/ammonia Flames」,「Recent Research and Development on Hydrogen Energy Applications in Taiwan」の5件があった.一般セッションの構成は,基本的に国内における燃焼シンポジウムと同様であり,アジア各国から報告がなされた.全体として,国内における燃焼シンポジウムと比較しても顕著にアンモニアを燃料として利用することを念頭においた講演数が増加した.このことから,アジア全体として二酸化炭素排出抑制に向けた燃料転換,特にアンモニア利用に関する関心の高さが感じられる.
内燃機関に関する国際会議であるPELにおいては,「Research and Development Activities at NEDO for Carbon Neutrality」,「Sustainability in Motion: Why Technology Diversity is Crucial for the Future Fleet」,「Transformation of Mobility to the GHG Neutral Post Fossil Age」,「Sustainability & Powertrain Systems: From Electrification to Hydrogen and eFuels」のKeynote Lectureに加えて,ワークショップ「Technology Collaborations for CN and Zero Emissions of ICE-equipped Vehicles in the world」など,カーボンニュートラルに向けた技術の共創,新燃料の利用に対して意識したプログラムと共に,燃焼技術に関する研究が数多く講演された.また,ガスタービンに関する国際会議であるIGTCにおいては,燃焼セッションのKeynoteとして「Ammonia Blends for Zero Carbon Gas Turbine power」「The Role of High-Fidelity Simulation and Machine Learning」,パネルディスカッションとして「Future Prospects of Gas Turbine Combustion towards Carbon Neutral Society」が開催され,ガスタービンの燃焼技術においても,アンモニアの燃料利用が意識されていた.また,Sustainable Aviation Fuel(SAF)などの燃料利用を含めたカーボンニュートラル・脱炭素化が強く意識されている内容となった.
その他の燃焼関連の国内学術会議として,日本機械学会2023年度年次大会では,エンジンシステム部門企画の「持続可能社会に貢献するエンジン」セッションが開催され,日本機械学会熱工学コンファレンス2023では,昨年に引き続き「火災・爆発」のオーガナイズドセッションが組まれた.このセッションでは,複合材・電線など異種接合材料の燃え拡がりや気固ハイブリッド燃焼,金属粉体の燃焼などの発表がなされた.また,同会議における「未来型エネルギー変換・推進システムのための燃焼研究」のオーガナイズドセッションでは,リチウムイオンバッテリー電解液の熱分解特性,,乱流火炎に対するレーザー誘起蛍光法に関連した講演がなされた.本セッションでは,世界的に注目を集めているアンモニア燃焼の中でも,液体アンモニアに関する研究やアンモニア反応機構に注目した研究が発表されると共に,アンモニアによる金属壁面の窒化に関する研究などが講演された.
燃焼関連の学術雑誌では,2023年度はProgress in Energy and Combustion Scienceにて28件のレビュー記事,Combustion and Flameには計547件の学術論文が掲載された.Progress in Energy and Combustion Scienceにおける燃焼関連の内容として,室内火災に関する近年の発展と展望,プール火災の基礎,モデル,近年の進展,燃焼排出物に対する体積的計測手法,過給された火花点火エンジンにおける低速プレイグニッション,芳香環炭化水素の燃焼化学反応,航空機におけるバイオ燃料利用,水素利用に関するレビュー,分子動力学の燃焼・エネルギーシステムに対する適用,予混合乱流燃焼における放電から点火への遷移,水素のDiesel Dual Fuel エンジンに対する適用に関する記事が掲載された.Combustion and Flameでは,アンモニアや水素などの注目燃料に対する燃焼技術,エネルギー物質や粒子の燃焼,デトネーション,化学反応モデルなどの論文に注目が集まっていた.これらの雑誌はそれぞれインパクトファクター(I.F.)が29.5および4.4と高水準を維持しており,従来と同様,品質の高い論文が掲載されている.その他にもCombustion Science and Technologyにて246件の学術論文が発行され,日本燃焼学会誌にて計4件の学術論文が発行された.
〔林 潤 京都大学〕
8.2.2 燃焼技術・燃料
二酸化炭素の削減に向け,2021年に決定された第6次エネルギー基本計画(1)に基づき,化石燃料の燃焼による熱エネルギーの利用を削減し,できる限り再生可能エネルギーで発電した電気エネルギーの利用への転換が進められている.そして,熱エネルギー利用がどうしても必要な領域の二酸化炭素削減に向け,炭素を含まない燃料である水素やアンモニアを燃焼させ,その熱エネルギーを利用することが検討されている(1).さらに,熱エネルギー利用領域において,エネルギー密度(単位体積当たりの発熱量)ができるだけ高い燃料を用いる必要がある場合,例えば,航空機や大型船舶,大型自動車などエネルギー源とともに多量の物や人を長距離移動させる必要がある領域では,液体燃料を燃焼させその熱エネルギーを利用していくことも考えられている.このとき液体燃料は多くが炭化水素燃料であることから,二酸化炭素を排出してしまう.そのため,二酸化炭素を回収し,水素と反応させて合成する合成燃料や,その合成を植物に頼るバイオ燃料といったカーボンリサイクル燃料の燃焼による熱エネルギーを活用していくことが検討されている(1,2).また,エネルギーの安全保障という観点から一定量を備蓄する必要性を考慮すると,液体燃料が最も安定して保存でき,炭化水素の液体燃料については,これからも利用の継続が必要とされる重要なエネルギー源である.今後は上述の電気エネルギー,脱炭素燃料(水素,アンモニア)の燃焼に伴う熱エネルギー,カーボンリサイクル燃料(合成燃料,バイオ燃料)の燃焼に伴う熱エネルギーを地域に応じて適切に組み合わせて利用していくことが求められている.
2023年は,継続的に水素,アンモニアといった脱炭素燃料とバイオ燃料,合成燃料といったカーボンリサイクル燃料の燃焼技術開発に関する研究が国内外を問わず活発に行われてきた.特に自動車分野において,欧州連合が2023年3月に,合成燃料を使用する新車に限って内燃機関車の新車販売を容認するという,新車の内燃機関搭載車を全面販売禁止にするという方針から大転換したこと(3)は,合成燃料への注目を一気に高めた.合成燃料については,フィッシャートロプシュ法を用いてCOと水素の合成ガスから直鎖の炭化水素を合成し,石油精製技術を活用して,ガソリン,ジェット燃料,軽油,重油に相当する燃料を合成することが検討されている(4).欧州などでは二酸化炭素と水素からメタノールを合成し,メタノールからガソリンに相当する燃料(MTG)を合成するプロジェクトなどが進められている(5).MTGを自動車用エンジンに適用した場合の機関性能や排気特性について報告され,MTGでは芳香族成分が既存ガソリンより多くなっていることから,そのような燃料では,粒子状物質の粒子数が増加することが報告されている(6).合成燃料は二酸化炭素の削減には有効であるが,二酸化炭素以外の燃焼排出物について,特に粒子数の増加の懸念があることが明らかになりつつあり,今後これらの削減方法について研究を継続していく必要がある.国内では,自動車用燃料について,石油連盟と自動車工業会が進めているAOIプロジェクトが継続しており,燃料合成も視野にいれ,火花点火機関の熱効率向上に資する化学種としてオレフィン類やアルコール,エチルターシャリーブチルエーテルが有効であることを示している(7).航空機用燃料では,藻類から合成されるバイオ燃料(SAF(Sustainable aviation fuel))の利用法に関して研究が進められている(8).カーボンリサイクルロードマップでは,カーボンリサイクル燃料として最初にSAFの実用化を目指すとされている(2).船舶では,継続して舶用内燃機関を活用していくが,脱炭素燃料の利用が考えられており,特にアンモニアの利用に関する研究が進められている(9)(10)(11).アンモニアは水素キャリアの一つであり,燃焼しにくい燃料であることから,改質して水素を生成し,水素とアンモニアを混焼させる燃焼技術(10)や,炭化水素燃料をパイロット噴射し,それらが自着火したものを熱源としてアンモニアを燃焼させる手法など(11)について研究が活発に進められている.アンモニアはそれ自身でも毒性があることから,未燃のアンモニア燃料の排出量を低減させること,燃焼温度によっては地球温暖化係数が二酸化炭素の約300倍となる亜酸化窒素や窒素酸化物が排出することからそれらの排出を抑制することが重要な課題である(10).亜酸化窒素と窒素酸化物の排出抑制については,炭化水素燃料とアンモニアを層状に噴射し,それぞれの排出物ができるだけ生成しない燃焼法の開発が行われている(11).さらに,水素利用についても研究が活発にすすめられ,副室燃焼による超希薄運転を実現する研究など,層流燃焼速度が速い水素の特性を活かした燃焼研究が活発に行われている(12).
以上の通り,2023年は水素,アンモニア,カーボンリサイクル燃料に関する研究例が数多くあったが,今後もしばらくはこれらの燃料に関する研究を継続していく必要がある.特に,燃料を混合した場合の混合燃料の燃焼特性や排気特性についてはまだよくわからないことが多く,さらなる研究を進めていく必要がある.
〔田中 光太郎 茨城大学〕