7.流体工学
7.1 まえがき
流体力学を基盤とする流体工学は機械工学分野における重要な学問領域の一つであり,その応用対象は,流体機械をはじめとするエネルギー機器,ロケットやドローン,空飛ぶクルマを含む輸送機器,スパコンを含むコンピュータ・サーバー等の各種情報機器,生活家電を含む民生機器,補助人工心臓,人工呼吸器(ECMO)等の医療機器など,非常に幅広い.流体工学の技術の発展は,国連総会で議決された持続可能な開発目標(SDGs)の17目標の多くにかかわっており,低炭素・脱炭素社会実現,ならびにエネルギー安全保障観点で必須であるとされるグリーントランフォーメーション(GX)の推進にも欠かせない.今回は,各年度における機械工学・機械工業の進歩発展を紹介する機械工学年鑑の役割を踏まえ,基本的にはこれまでの流体工学分野の記事と同様のトピックを踏襲することとし,今後,流体工学分野においてますます適用が進むであろうデータサイエンス関連のトピックを追加した.すなわち,噴流・後流,圧縮性流れ,混相流,キャビテーション,反応流・燃焼流,流体音,流体機械,海洋再生エネルギーの利用,生体・生物流れ,流体計測・可視化,データ駆動科学と流体工学を題材に,各分野でご活躍の大学研究者に最新の研究および分野の動向を概説いただいた.
各トピックの詳細については,是非,該当する節をご一読いただければと思うが,多くの基礎的研究,課題解決型研究,技術開発研究が推進されているのはもちろんのこと,ほぼ全てのトピックに共通して人工知能(AI),機械学習・深層学習を取り込んだデータサイエンスの手法を適用した研究が激増している.例えば,物体後流のAI制御や低次元モデルの開発・形状最適化(7.2節),機械学習を利用した超音速流れ場の高空間分解能計測(7.3節),混相流における流動様式・圧力損失の推定・予測や流れ場計測への機械学習・深層学習の適用(7.4節),キャビテーションモデルの構築(7.5節),機械学習による空力騒音の予測やファン騒音低減手法の開発(7.7節),流体機械の最適化設計(7.8節),マイクロ流体システムにおけるニューラルネットワークの適用や生体模倣の向上のための深層強化学習アルゴリズムの提案(7.10節)などである.流体工学におけるデータ駆動科学研究の最新動向は7.12節で概説されている.また,脱炭素実現に向けた重要課題である水素および再生可能エネルギーの利用に関する研究も積極的に行われており,液化水素の大量輸送技術に関わる研究開発(7.8節),洋上風力,波力,潮流エネルギーの最新の研究開発(7.9節)の状況が概説されている.流体工学の発展は,我々の生活基盤を支えるのはもちろんのこと,より安全,安心かつ快適な社会の実現に欠かせない.引き続き,基礎的研究による基盤技術の高度化とデータサイエンスなどの新技術や異分野技術との融合の両輪で流体工学の研究および技術開発が進展し,流体工学の分野が社会の発展により一層貢献することを期待したい.
〔渡邉 聡 九州大学〕
7.2 噴流・後流
噴流および後流は,流体工学の中でも代表的基礎流れの一つであり,古くからその学術的理解および実用的展開に向け,実験的・数値解析的にアプローチされている.Jet in cross flowは,主流に交わる単一噴流の基礎現象であり,これまでに,その流れ場が定性的・定量的に明らかにされているが,パルス状に吹出す単一噴流のJets in crossflowがLESにより捉えられ,その複雑な渦構造の詳細が明らかにされている(1).また,Jets in crossflowの応用とし,水素,アンモニアおよび窒素の非予混合火炎の特性を乱流構造と燃焼特性から実験的に明らかにしている(2).Jetによる流れ制御も古くから報告がなされているが,近年も,理論解析や数値シミュレーションによる報告は多い傾向にある.線形安定性理論による高速ジェットの乱流混合領域および大規模流れ構造の解明(3),空間線形安定性解析による低超音速マッハ数の円形ノズルより生成される音解析(4)が報告されている.また,Delayed Detached-Eddy Simulation(DDES)による凸壁上の超音速ジェット特性(5),ジェット騒音,すなわち,大規模乱流構造騒音の低減を目指した数値シミュレーション(6)も報告されている.同様に,はく離制御を目的とした研究報告も多い.Fluidic oscillatorを備えた垂直尾翼のはく離制御を目的とした圧力および力計測実験,タフト法およびステレオPIV計測による可視化実験より,その有意性が報告(7)され,Co-flow Jetによる航空機ラダーのはく離制御機構も数値シミュレーションにより報告(8)されている.超音速キャビティ流れに対するフラッピングジェットによる能動的流れ制御実験(9),局部的アークフィラメントプラズマアクチュエータによる亜音速軸対称ジェットの流動特性(10),ジェットエンジン設計に重要となるエアタグによるジェット混合の実験的および数値的アプローチ(11),無響施設で行われた亜音速ジェットの航空音響実験(12)にもあるように,近年,主となりつつある大規模数値シミュレーションだけでなく,実験的アプローチも多数報告されていることから,流れ制御およびはく離制御は,より実用的観点からの報告が多いと言える.その一方で,最近のトレンドとなる機械学習や人工知能を利用した応用例もあり,効率的な抗力低減を目的とした,後部傾斜角を有するアーメッドボディの機械学習または人工知能(AI)制御も提案されている(13).また,高周波数および大振幅に振動するSweeping jetに関する研究報告も増加し,これまでに,Sweeping jets in crossflowとして知られてきたが,近年,それによるはく離制御機構の提案も多いと言える.高速列車モデル後流の流れ制御を目指したステレオPIV計測によるSweeping jetと後流渦の三次元相互作用の過程の詳細(14),離着陸時に高揚力を生み出すためのフラップとSweeping jetを組み合わせたはく離制御デバイスの実現の可能性と有効性の検証が実験的に報告(15)され,タービン翼を保護するフィルム冷却のための空気/ミストsweeping jetsも数値シミュレーションにより,そのミストの挙動,熱伝達,フィルムの冷却性能が明らかにされている(16).また,sweeping jetとは異なり.衝突噴流出口に柔軟板を配置し,衝突振動噴流を生成し,衝突振動噴流がヌッセルト数を向上させるだけでなく,その振幅が冷却特性に,重要な役割を果たすことを明らかにした報告(17)もある.これらより,噴流は,単一噴流だけでなく,高速振動噴流へと展開され,また,その流れ制御,はく離制御への応用,さらには,冷却特性および熱特性等の広範囲に応用されつつある.近年の後流に関する研究は,実験計測に比べ,数値シミュレーションの貢献が大きいと言える.三次元段差付円柱の後流構造の詳細(18),乱流境界層中に直列配置された高さの異なる二次元円柱の後流構造(19),直列配置された二次元円柱の流体励起振動とその後流構造(20),直列配置された湾曲した円柱後流とその微細な三次元渦構造(21),非定常特性を理解するための低次渦モデルの開発(22)が数値シミュレーションにより報告され,また,ベジェ曲線と強化学習を用いた局所的および全体的温度が最小となる形状の最適化設計(23)も報告されている.後流に関連するせん断流れに関する興味深い報告もある.NACA0012翼の非定常はく離流れに対する翼面圧力計測およびPIV計測を関連付けた基礎学術的報告(24),静音性の高いフクロウの飛翔を明らかにするための二次元羽根モデルの羽根前縁のセレーションに対する渦構造の詳細(25),DNSと安定性解析による粗さ分布のある境界層遷移(26),強磁場下でのバックステップ流れの準二次元モデルに対する液体金属の独特な流れ特性(27)だけでなく,岩石の亀裂に対する粒子の流れ特性を実験的(3次元レーザースキャニングとPIV)に明らかにした報告(28)もある.噴流および後流は,その基礎現象だけでなく,実用的展開に向けた研究が広範囲に実施されている.また,年次大会および流体工学部門講演会では,例年,噴流,後流およびはく離流れ現象の探求と先端的応用のオーガナイズドセッションが立てられ,さらには,せん断流の多様な機能の探究と先端科学技術への応用に関する研究分科会は,4期目に入り,3回/年の研究発表会が開催されている.
〔渕脇 正樹 九州工業大学〕
7.3 圧縮性流れ
衝撃波に関する国際会議The 34th International Symposium on Shock Waves(ISSW34)が,2023年7月16日~21日に韓国の大邱展示コンベンションセンター(EXCO)で開催された.超/極超音速流54件,デトネーション・燃焼28件,希薄気体・液体・固体中の衝撃波25件,内部流れの衝撃波21件,衝撃波と境界層の干渉21件,爆風波16件,ノズル流れ・超音速噴流14件,混相流12件,実験設備と計測機器12件,RM不安定性11件,流れの可視化・計測技術9件,衝撃波と渦の干渉7件など計261件の口頭発表と106件のポスター発表が行われた.次回ISSW35は,2025年にオーストラリアのブリスベンにて開催の予定である.国内では,2023年度衝撃波シンポジウムが2024年3月5日~7日に北九州国際会議場にて開催された.化学反応/爆発を伴う衝撃波21件,超/極超音速流と衝撃波15件,高速流れおよび衝撃波の可視化・計測15件,衝撃波の反射・回折・屈折・フォーカッシング12件,衝撃波の医工学・生物への応用11件,凝縮・多相媒体中の衝撃波関連現象11件,衝撃波関連現象10件,電磁力エアロブレーキング5件からなる,計100件の口頭発表と17件のポスター発表が行われた.国内における研究動向として,惑星探査機の姿勢制御や地球への再突入カプセルに関連した極超音速流れに関する研究成果が活発に発表された.2024年度衝撃波シンポジウムは2025年3月に東北大学にて開催の予定である.
学術論文誌では,ショックトレーン(1)~(3),衝撃波の振動制御(4),衝撃波と乱流の干渉(5)がある.超音速噴流に関連するものでは,マイクロ超音速噴流(6),矩形超音速噴流(7)(8),菱形超音速噴流(9),衝突噴流(10),(11),ツインジェット(12)~(14),ガスアトマイゼーション(15),水中超音速噴流(16)に関する研究が報告されている.一方,超音速流れの新しい定量的計測法として,フェムト秒レーザを集光して生じる窒素分子の発光を利用した速度計測技術(FLEET)を応用して,極超音速流れの密度場をシードレスで計測する手法が提案されている(17).また,超音速の流れ場に対して,機械学習を利用して高空間分解能で計測する技術に関する研究報告(18),(19)もある.
〔宮里 義昭 北九州市立大学〕
7.4 混相流
物質の状態には気相,液相,固相の三相があるが,このうち二相以上が混在する流れを混相流と呼ぶ.混相流は,火力・原子力発電所のボイラー,空調・冷凍装置,原油や石炭等のパイプライン輸送系,化学反応装置などの関連装置を安全かつ効率的なものに改善したいという観点から,多くの研究が行われきた.それらに加えて,小型電子部品の高性能冷却,水質浄化や地球温暖化ガスの低減,魚介類や植物の育成促進から医療・福祉に関わる装置まで対象の裾野が拡がっている.以下に2023年に発表された混相流の関する研究論文および専門会議の概要について紹介する.
まず,研究論文について概説すると,日本機械学会論文集では2件(1),(2),Journal of Fluid Science and Technologyでは3件(3)-(5)の論文が発表された.米国機械学会(ASME)のJournal of Fluids Engineeringには27件が掲載されている.
また,混相流分野の国際的専門雑誌 International Journal of Multiphase Flow(IJMF)には約250件の論文が報告されている.IJMFの掲載の論文について少し詳しく見てみる.対象として気液系の論文が約65%と多く,液液系と固液系のそれがそれぞれ約20%,固気系のそれが約5%程度を占めている.加えて,気液系の流動様式ごとの研究論文の割合についてみると,環状流35%,チャーン流10%,スラグ流(テイラー流)30%,気泡流25%であった.また,近年のDX技術の進展により機械学習・深層学習を応用した研究が盛んであり,それらを扱った論文が増加している.例として,流動様式の推定(6),(7),圧力損失の予測(8),環状流における液滴流量率の予測(9),PTVや流量計測の応用(10),(11),沸騰における気泡のダイナミクスの把握(12)-(15),等が挙げられる.
一方,専門会議については,ASME-JSME-KSME 流体工学国際会議が2023年7月9日から13日の5日間にわたり大阪国際会議場にて開催された(16).Plenary sessionにおいて2件(17),(18),Keynote sessionにおいて2件(19),(20),Technical session(Multiphase Multicomponent Flows)において121件の混相流に関係する研究発表がなされている.
また,混相流研究の最大の国際会議であるThe 11th International Conference on Multiphase Flow (ICMF 2023)(2023年4月2-7日 神戸)が開催された(21),(22).21の一般セッションに加えて,9つのオーガナイズドセッション(Industrial Applications, Boiling, Condensation, Evaporation, Bubbles and Drops, Fluidization, Granular flow, Numerical modeling of granular and multiphase flows, Two-phase Flow Systems under Microgravity, Micro- and Nano-scale Multiphase flows, Fundamentals and Applications of Fine Bubble Technology, Machine Learning for Multiphase Flow)が企画された.特別企画として“Machine Learning for Multiphase Flowが設けられており,ここでも混相流研究へのAI技術の応用に大きな関心が集まっていることが窺える.
その他の国内で開催された国際会議として,International Symposium on Transport Phenomena(2023年9月24-27日 熊本)が開催され(23),混相流関係のセッションとしてBoiling and Multiphase Flowが企画され28件の研究報告がなされた.また,混相流計測技術に焦点を絞ったThe 12th International Symposium on Measurement Technique for Multiphase Flows(2023年11月27-30日 東京)が開催されている(24).
なお,国内会議では混相流関連の研究発表件数が最大の日本混相流学会の混相流シンポジウム2023が開催(8月24-26日 札幌)され,12のオーガナイズドセッション(混相流の産業利用,界面の物理と流れ,食品・医薬品に関する混相流,混相噴流・後流・はく離流れの流動と制御,マルチスケール混相流と異分野融合科学,熱制御機器における気液二相流動現象と宇宙システムへの応用,自然現象の中の混相流,粒子を含む流れの基礎と応用,混相流れのダイナミクス,相変化を伴う混相流の熱流動,ファインバブルの科学と技術的展開,ナノ・マイクロ・ミニスケールの混相流,光・音響・電磁場による混相流の計測・制御)が設けられており合計111件の発表があった(25),(26).
〔川原 顕磨呂 熊本大学〕
7.5 キャビテーション
キャビテーションは,本現象が発見されて以来,約130年に渡る歴史を有する研究対象である.20世紀までは,単一の球形気泡や気泡群の挙動を対象とした気泡力学に関する研究や,翼周りあるいは翼列内部で発生するキャビテーションの発生様相の解明に関する研究,ポンプや水車に代表される流体機械内部で発生する複雑なキャビテーション流れの解明やキャビテーションの崩壊に伴う材料の壊食現象に関する研究が主に行われてきた.一方,21世紀以降は医療分野へのキャビテーションの積極的応用や材料改質,また,より短小の時空間スケールで生じる様々な素過程の解明といった研究も並行して行われるようになってきている.実際に,上述した各内容について,2023年も継続して様々な報告が国内外の論文誌においてなされた.
このうち,国内の研究者ら(国外との共同研究も含む)による2023年の発表動向を概観すると,まず気泡力学に関する研究としては,クラウドキャビテーションと呼ばれる気泡群を対象とした数値解析手法の高度化(1)や二壁面間における非球形気泡挙動に関する実験的研究(2),二流体モデルを用いたキャビテーション気泡の計算手法の高度化を図る研究(3)が展開されている.また,流体機械あるいは広く機械内部で発生するキャビテーションに関連した内容としては,水車のランナ羽根において発生するキャビテーション起因の衝撃圧に関する研究(4),液体ロケット用ポンプのインデューサ部を対象としたキャビテーション不安定現象の相似則に関する知見獲得(5),自動車用ディーゼルエンジンなどの燃料噴射部の現象としてもしばしば重要となる噴流内部で発生するキャビテーション流動に関する基礎研究(6)(7)がなされた.また,キャビテーション流れの内部において生じる物質輸送や熱移動に関する研究は近年,改めて注目されてきている経緯があるが,このうち物質輸送に関する内容としては,メカニカルシール内部で生じるキャビテーションに及ぼす液中の溶存空気の影響解明を目的としたキャビティ(気泡)内部の圧力計測(8)が行われている.また,熱移動に関する内容としては,液体水素や液体窒素に代表される極低温流体や高温水で顕在化する熱力学的効果と呼ばれる気泡成長の抑制現象に関して,実験(9)および数値計算(10)の両面から研究成果が報告されている.また,熱力学的効果は本質的に沸騰と同じ物理因子が顕在化する現象であるが,加熱壁で生じるキャビテーションおよび沸騰の双方に着目する興味深い研究(11)も行われている.一方,21世紀以降に加速してきている医療応用に関する研究については,超音波画像診断において重要となるキャビテーションの発生領域の選択的抽出(12)やキャビテーションを利用した活性酸素発生の促進法に関する報告(13)がなされている.また,キャビテーションによる材料改質に関する研究としては,レーザーピーニングに関するレビュー論文(14)が発表された一方,材料寿命を左右し得る壊食現象については,弾性体として模擬された壁面内部に対してキャビテーション気泡の崩壊が及ぼす応力予測に関する研究(15)や,キャビテーションに伴う衝撃波起因のエロージョンリスクを低減するための研究(16)が報告されている.また,より短小の時空間スケールに関連した研究としては,気泡の崩壊時に重要となる気液界面における凝縮現象に関する研究(17)が展開されている.なお,他にもキャビテーション起因の現象としては騒音がしばしば問題視されるが,その騒音源の推定に関する研究(18)なども報告されている.また,上述のいずれの内容にも数値解析による研究が多数含まれているが,特に乱流場を対象としたキャビテーション流れの計算手法については未だ完成の域には達しておらず,これを高度化する研究も継続して行われてきている.このうち国内誌においては,キャビテーションのCFD解析において最も典型的に採用されている均質媒体モデルに気液界面の追跡を連成させた計算手法の提案(19)に加え,キャビテーションモデルの構築に機械学習を積極的に採用する試み(20)も報告された.なお,2023年12月には,キャビテーションに関するシンポジウム(第21回)が大阪大学において開催された.本シンポジウムは原則として2年に1回,日本学術会議の主催により開催されてきているが,第21回の特徴は,特別企画の一つとして「機械学習とキャビテーション」のセッションが設けられ,4件の講演がなされたことであろう(21).また,非接触方式による気泡周囲の圧力分布の計測手法(22)や熱力学的効果にも関連して極低温流体に適用可能な温度計測手法の開発(23),水中における溶存空気の濃度分布計測(24)など,計測手法を積極的に高度化する発表が見られた点も注目される.
以上の国内の研究者らの動向に対して,国外の研究動向も国内と大きくは変わらないと考えてよい.実際に,上述の各分野・対象において,著名な国際誌を中心に関連論文(25)-(38)が発表されている.また,国内においても個別の論文としては同様であるが,キャビテーション現象を構成する各素過程を丁寧に明らかにしようとする研究が見られている点は継続的な動向である.なお,気泡力学分野においては「気泡力学に関する統一理論」と称する論文(37)の引用が多数なされている.また,キャビテーションのCFD解析などにおいて用いられるキャビテーションモデルに関するレビュー論文(38)も発表されている.なお,2024年6月には,第12回キャビテーションに関する国際シンポジウムがギリシャで開催される.6年ぶりの対面開催となることもあり,世界的な最新動向を直接確認する格好の場として期待される.
〔津田 伸一 九州大学〕
7.6 反応流・燃焼流
流体と燃焼が相互に関連する研究は幅広いが,2023年度における反応流・燃焼流のなかでも特に高速燃焼流について述べる.高速燃焼流に関する最新の研究動向については,国内では日本航空宇宙学会の流体力学講演会/航空宇宙数値シミュレーション技術シンポジウム,燃焼学会の燃焼シンポジウム,衝撃波研究会の衝撃波シンポジウムなどで把握できる.国外では,2023年7月に韓国のソウルで開催されたICDERS(International Colloquium on the Dynamics of Explosions and Reactive Systems)や2014年1月にオーランドにて開催されたAIAA Science and Technology Forum and Exposition 2024などで把握できる.
2023年7月に開催されたICDERSでは口頭発表が311件,ポスター発表が41件あった.研究動向として,デトネーション現象の基礎やDDT(Deflagration-to-Detonation Transition)から,応用としてのデトネーションエンジンに関する応用的な研究まで,幅広い研究成果が活発に発表された.なかでも,急拡大する管内を伝播するデトネーションについて,実験的に3次元的な伝播構造を調べた基礎的な研究発表が特に注目を浴びていた(1).
一方, 2024年1月に開催された2024 AIAA SciTech ではデトネーションエンジン(Pressure Gain Combustionとしてセッションを19も組まれている)の発表のみでも87件あり,特にアメリカでは国家プロジェクトとしての莫大な資金を元に研究が組織的に進められている.デトネーションエンジンは,近年はもっぱら航空宇宙用エンジンに特化されており,回転デトネーションエンジン(Rotating Detonation Engine, RDE)が最も盛んに研究されている.2023年のAIAA SciTechでNASAがRDEの実験を始めてその途中経過の報告がなされたが(2),2024年でのSciTechではパネルディスカッション形式でNASAを含めたRDEの研究報告がなされ,NASAではメタン燃料やケロシンを燃料とするRDEの実験結果が口頭発表で報告された.また,RDEは通常の定圧燃焼器とは異なり,圧力獲得燃焼(Pressure Gain Combustion, PGC)の一種であるが,これまではPGCが負の実験結果が大半であった.しかし,燃焼器の噴射孔までの流路の損失を減らすことでPGCが正になる実験結果が初めて報告され,注目を浴びていた(3).
〔坪井 伸幸 九州工業大学〕
7.7 流体音
流れに起因する流体音については,国内外において,様々な分野で多くの研究が行われている.騒音に関する国際学会The 52nd International Congress and Exposition on Noise Control Engineering(Inter-noise2023)が,2023年8月に日本(千葉)にて開催され,857件の講演のうち,流体音に関するものは約10%の87件であった.2023年7月にチェコ共和国(プラハ)にて開催されたThe 29th International Congress on Sound and Vibration(ICSV29)では54件(約11.5%),2023年7月に日本(島根)で開催されたInternational Workshop on Environmental Engineering 2023(IWEE2023)では10件(約50%),2023年7月に日本(大阪)にて開催されたASME-JSME-KSME Joint Fluids Engineering Conference 2023(AJK2023-FED)では22件(約3.6%)であった.日本機械学会の講演会では,年次大会において流体音関係の発表が5件(約26%),環境工学シンポジウムでは6件(約23%),ターボ機械協会の講演会では11件(約9.5%)であり,これらを全て合わせると約200件となる.
発表内容は,主に非定常流れの現象に関する数値解析や流体音響解析,実験や測定,実験結果と数値解析を組み合わせたもの,AIや機械学習を利用したものなどが見られるが,特に計算機の性能向上に伴い,流体を扱う様々な機械を対象とした大規模な流体音響解析が多くなっている.流体音響解析としては,主にLarge Eddy Simulation(LES)による流れ解析にLighthillの音響アナロジーを適用して音場解析を行う方法や,LESにFfowcs-Williams and Hawkings(FW-H)法を組み合わせた方法,圧縮性Navier-Stokes方程式を直接解くDirect Numerical Simulation(DNS),格子ボルツマン法(LBM)などが見られる.
基礎研究としては,流体音に及ぼす上流乱れの影響に関する研究が多く行われており,上流乱れによる翼後縁騒音の増加(1),上流乱れがある場合の縦渦から放射される空力騒音の特性(2)や翼端から発生する空力音の特性(3)などが報告されている.その他,角柱近傍を移動する渦対による音波発生メカニズム(4),キャビティノイズ抑制法(5)などがある.
自動車および鉄道に関しては,大規模な流体音響解析にて実物大高速鉄道車両の空力騒音の数値解析予測(6),乱れ流入を伴う車両ガラスの空力音圧解析(7),波数-周波数スペクトルによる流体力学的圧力変動と音響学的圧力変動の分離(8),(9)などが報告されている.
ファンに関する研究は多く,機械学習を用いた平板から発生する空力広帯域騒音の予測(10),二次元翼から発生する離散周波数騒音の実験的解明(11),LESによるボックスファンの空力音予測(12),生成ネットワークを用いたファン騒音低減手法の開発(13)などが報告されている.ファン単体ではなくサイレンサも含めた解析(14),(15)も行われており,計算機の性能向上に伴い,数値シミュレーションの重要性がますます拡大している.
吸音ライナなど微細孔を持つ表面板に関する講演も多く,多孔パネル吸収体のグレージングフローを伴う場合の音響性能(16),微小流下におけるダクト付きヘルムホルツ共振器の音響減衰性能(17)などが報告されている.多孔板を通過する際に生じる渦に因る音の発生と吸音に関する検討(18)も行われており,今後の進展が期待される.
風車に関しては,大気乱流中の翼から発生する空力音の実験的検討(19),風力タービン低周波騒音の不快感に及ぼす振幅変調の影響(20)などがある.
噴流に関しては,多孔金属板を通過する気流による騒音増加現象(21),ライトヒルの音響アナロジーを用いた自己雑音(22),オリフィスを有する拡大管の直接空力音響解析(23)に関する研究が報告されている.
ドローンに関する発表も多く,小型ローターの騒音特性(24),二重反転ローターの空力音響特性 (25),二重反転ローターUAVビークルの空力音響測定(26)などがある.
ポンプや水中を伝搬する騒音に関しては,遠心ポンプのインデューサのキャビテーションと騒音との関係(27),インペラ設計による遠心ポンプの流量と騒音性能の改善(28),船舶プロペラによる水中放射騒音のCFD予測(29)などが報告されている.
〔濱川 洋充 大分大学〕
7.8 流体機械
7.8.1 水力機械
2023年は,世界的にも新型コロナ感染症対応が軽減されたこともあり,ポンプや水車など,水力機械の分野でも対面での国際会議が復活した.7月に大阪で開催されたAJK2023(ASME-JSME-KSME Joint Fluids Engineering Conference 2023)では,14th International Symposium on Pumping Machinery(PMS14)が行われ,水力機械に関する多くの講演が実施された.また,10月には中国の江蘇省鎮江市の江蘇大において,17th Asian International Conference of Fluid Machinery 2023(AICFM17)が開催され,ここでも水力機械に関する多くの講演が行われている.特に,AICFM17では,3日間の会議期間中,12件のPlenary LectureやInvited Lectureが行われている.
一方,国内では一般社団法人ターボ機械協会の創立50周年記念学術講演会が開催され,前述の2つの大きな国際会議の間の開催であったにもかかわらず,多数の水力機械関係の講演が行われた.
以上の国際会議と国内会議の講演内容や,国内外の主要な関係雑誌の論文を俯瞰すると,水力機械の研究状況は,以下のように概説される.
まずポンプについては,設計手法の研究として,CFDとエントロピー生成法(Entropy Production Method)を併用した軸流ポンプのエネルギーロスの解明(1)や,CFDをベースに最適化設計に機械学習を組み込んだ研究(2),また最適化手法にサロゲートモデルと逆解法を組み入れた手法の報告(3)が行われている.さらに,数値解析の高度化に関係して,ポンプ内の3次元CFDシミュレーションとそれに接続される配管内の1次元流れの連成計算(4)や,ポンプの振動問題への対応のため,CFD解析とポンプケーシング周りの動的構造解析を連成させた研究(5)などが報告されている.
次にポンプのキャビテーションに関係する研究については,最尤推定(Maximum Likelihood Identification)を用いてインデューサの不安定現象を説明する報告(6)や,軸流ポンプ回転数変化時のキャビテーションの挙動に関する報告(7).また,キャビテーション解析モデルとしては,マルチプロセスモデルを用いた遠心ポンプのキャビテーション解析(8)や,気泡界面の気泡力学と質量移動を考慮したモデルの提案(9)が行われている.一方,水力機械の気液二相流れに関係する研究として,気液二相流れにおける多段水中ポンプの軸動力と効率を実験から予測する手法(10)や,二酸化炭素を水中に溶存させたポンプの二相流れ特性を実験的に明らかにした報告(11)なども行われている.
日本国内のポンプに関する発表として注目されたのは,来るべきカーボンニュートラル社会への対応として,液化水素輸送システムに関係する各種の研究・開発の発表である.前述のターボ機械協会の創立50周年記念講演会(12)では,「液化水素の基盤技術と社会実装」のオーガナイズドセッションにおいて14講演が行われ,水素ガスタービン発電用のポンプ(13)や水素ステーション用の昇圧ポンプ(14),そして液化水素ポンプの効率計算法に関する報告(15)が行われた.さらに液化水素作動下のポンプ性能の把握のため,実験のハンドリングが難しい液化水素の代用として,液体窒素を作動流体とした極低温流体用ポンプの設計製作(16)や,液体窒素作動下の遠心羽根車に発生するキャビテーションの熱力学的効果に関する報告(17)なども行われた.
一方,水車については,日本国内における1,000kW以上の新規発電所向けランナ製作は低調な状況が続いており,大半が既設発電所の変更・改修になっているが,高落差フランシス水車起動時のランナ過大応力発生メカニズムに関する報告(18)や,水車ランナのシール部における土砂摩耗に関する報告(19)など,既存設備の運用時の諸問題を対象とした研究が行われている.また,日本国内の小水力発電用水車に関しては,クロスフロー水車(20)や,2段形サボニウス水車(21)の流れ場に関する研究報告が行われている.
欧州やアジアなどの水資源が豊富な地域における水力発電では,様々な水車ランナを含む水力発電に関するトラブル対応の研究が行われている.例えば,部分流量域で高負荷時のフランシス水車ドラフトチューブ内の流れ場に関する研究(22)や,ポンプ水車ガイドベーン開度急変化時におけるポンプ水車内の過渡流れに関する報告(23).また高落差フランシス水車の起動時における周波数解析(24)や,ポンプ水車のS字領域におけるランナ羽根角に関する研究(25).フランシス水車のカルマン渦誘起振動に関する報告(26)や,ペルトン水車のエロージョンに関する解析アセスメント(27)や,エロージョンの非対称性のメカニズムに関する報告(28)などが行われている.
〔田中 禎一 熊本高専〕
7.8.2 空気機械
2023年の空気機械に関する研究の動向を国内会議,国際会議および国内外の論文から概説する.国内ではターボ機械協会第88回総会講演会において,水平軸風車のストール制御(1),垂直軸風車のCFD解析(2),マグナス風車の揚力生成(3)など,2050年カーボンニュートラルの実現を動機とした原動機の性能と運転制御に関する研究が報告されている.被動機の研究には,横流ファンのLBM解析(4),軸流ファンのプラズマアクチュエータによる制御(5)など,空力騒音を課題とした研究が多い.また,同協会は2023年に創立50周年を迎え,その記念学術講演会が開催された.航空機低圧タービンの翼後縁へアザラシのひげを生体模倣した研究(6)が興味深い.ドローンプロペラの翼端渦の解析(7),そのダクテッドプロペラの特性(8)など,従来の産業用ファンとは異なる,マイクロエアビークルのプロペラ性能に関する研究が発表されている.自動車用の過給機(9)・遠心コンプレッサ(10)・ターボチャージャ(11)など,エンジンシステムで利用されるターボ機械の研究が集約され,自動車産業におけるターボ機械の関わりが改めて見直されている.日本機械学会では第27回動力・エネルギー技術シンポジウムが開催された.波力発電用セイルウィングタービン(12),流力振動発電用柱状物体周りの流れ(13),機械学習に基づく水平軸風車の空力騒音予測(14),V型垂直軸風車の出力特性(15),ダリウス風車の性能(16)などの空気原動機の研究では,試作機の性能が実測値に基づいて評価されていることに特徴がある.日本機械学会,米国機械学会および韓国機械学会は4年毎に流体工学の国際会議を開催しており,「AJKFED2023」が2023年7月にグランキューブ大阪で開催された.24 か国から参加登録があり,9件の基調講演と26件の特別講演が行われた.空気機械についてはターボ形圧縮機に関する研究が多いなか(17),容積形のスクロールコンプレッサに関する三次元数値シミュレーションの挑戦的研究が報告されている(18).ボックスファンに関する研究では,2021年3月に本格運用が開始されたスーパーコンピューター「富岳」を用いた大規模LESと遺伝的アルゴリズムを組み合わせた多目的最適化(19)およびその空力騒音の予測(20)に関する成果が発表されている.
日本機械学会とターボ機械協会の刊行物を調べた範囲では,開放流路型の渦流ブロア(21),ターボチャージャに関する研究(22)など,3編の論文が発表されている.プロペラ型風車のローターの最適化に関する研究(23)では,実験計画法,応答曲面法および翼素運動量理論を組み合わせた方法論の構築から実際に試作機へ適用した結果まで整理されている.海外の論文については,工学分野の専門誌で発表された空気機械に関する研究を調査した.Journal of Turbomachinery(米国)の論文には,軸流ファンの広帯域騒音の予測(24),軸流コンプレッサの翼先端すき間の騒音(25),小弦節比翼列の軸流ファンの性能(26)など,ターボ機械の性能解析を目的とした研究がある.ラジアルコンプレッサの出口速度三角形に関する研究(27)は,空気機械の諸特性とその特性に関わる設計パラメータの関係を幾何学的に満足する数式として整理したターボ機械の典型的な研究である.Physics of Fluids(米国)の論文では,多翼ファンの騒音低減(28)・ボリュート形状(29)・LES解析(30),遠心ファンの空力と騒音特性(31),単段軸流ファンの空力騒音(32)など,国内会議の研究動向と同じくその空力騒音に関心が寄せられている.Proceedings of the Institute of Mechanical Engineering ; Part A Journal of Power and Energy(英国)では,最適化された前面ディスクの遠心ファン性能(33),ボリュートフリーの遠心ファンの空力特性と非定常性能(34),VTOLフライングカーにおけるダクトファンの空力設計(35)などにみられる事例研究だけでなく,斜流ファンの多目的最適化(36)のような最適化設計に関する研究が発表されている.多翼ファンの空力性能の最適化(37)では,いくつかの機械学習のアルゴリズムがそのサロゲートモデルの構築で試行されている.これらのデータサイエンスを応用した研究の動向から,空気機械における研究方法の変革が進みつつあることがわかる.
〔佐々木壮一 長崎大学〕
7.9 海洋再生可能エネルギーの利用
化石燃料を用いた発電や原子力発電が国内の主流エネルギーであるが,依存度を下げるために風力,太陽光,バイオマス,および中小水力の導入拡大が期待されている.経済産業省は,脱炭素社会を目指して,「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定し,その中では風力発電が有望な再生可能エネルギー源とされ,洋上風力の導入拡大が掲げられている(1).一方波力や潮流・海流エネルギー開発は,国内に有望な海域が限られる,発電コストが高い等の課題があるが,離島での展開や海洋で長期間作動する観測機器の電源としての活用が考えられている(1).本節では洋上風力,波力および潮流エネルギー利用の趨勢について述べる.
世界の洋上風力は,着床式を中心に導入が進められており,2022年時点で設備容量は35GWに達している(2).国内では,2050年カーボンニュートラルの目標を達成するために,2030年までは着床式洋上風力に重点を置き,それ以降は浮体式を加速するとされている(2).風車の設計では流体・構造連成解析を実施して荷重の評価が行われるが,着床式の場合,基本構成には翼素運動量理論BEMを用いた空力解析,構造解析および風況解析のモジュール等が用いられる.浮体式では風,波,潮流などに起因する変動荷重を受けることから,より複雑な流体・構造連成解析が必要であり,国内外で研究開発が進められている(3).Aiら(4)は水平軸プロペラ型の浮体式洋上風力タービンについて,流体・構造連成解析によりブレードピッチと発電機回転数を制御して変動荷重を低減させる手法を提案している.Jiangら(5)は垂直軸型の浮体式洋上風力タービンについて,モデル実験により各種変動量を評価する手法を提案している.
波力発電は風による波浪エネルギーを利用しており,偏西風による波パワーが大きい欧州等の地域で開発が積極的に行われている.最近の開発動向としては,波浪中で運動する物体の運動エネルギーを利用する可動物体型や,波浪エネルギーを空気エネルギーに変換して空気タービンを回転させる振動水柱(Oscillating Water Column: OWC)型の開発がなされている(6).OWCに適した空気タービンの開発として,Takaoら(7)は波力発電用ウエルズタービンの失速運転域を補うために,衝動タービンとウエルズタービンを組み合わせたシステムを提案している.浮体式OWCの設計・解析手法としては,永田(6)による渦法を用いた計算法の開発が行われている.
潮流発電に関しては,潮流のエネルギー密度が高い海域を周辺に持つ英国を中心に欧州各国でフルスケール実証機を用いた技術開発が行われている(8).効率が比較的高く,速い平均流速でプロペラ径を大きくできる水平軸プロペラ型が,システム価格上有利であり,国内外の潮流タービンの多くが水平軸型タービンを採用している(8).Adcockら(9)は潮流エネルギーの特性を装置(Device)スケール,配列(Array)スケールおよび広域(Regional)スケールに分けて,流体力学な観点から解説している.Almoghayerら(10)は海洋広域スケールの3次元数値モデルにアクチュエータディスクを組み込み,前述の3つのスケールを総合的に取り扱うモデルを提案している.
〔木上 洋一 佐賀大学〕
7.10 生体・生物流れ
7.10.1 マイクロ流体による生物・医療応用
マイクロ流体関連分野は化学,機械工学,電気工学の融合領域,バイオとの融合領域とも密接に関連し,それぞれの専門枠を超えた学際的研究として内容も多岐に亘っている.この分野においてはMEMS(Micro-Electro-Mechanical Systems)技術を基盤としたマイクロ流体技術が発展し,この10年間で,さまざまなマイクロ流体技術が開発され,生物学研究の新時代を切り開いている.単一細胞の機能を理解するためには,生きた環境での単一細胞の動的挙動をモニターすることが非常に重要であり,マイクロ流体技術はその目的を効果的に達成する手段の一つである.例えばロボット技術を適用したハイスループットな細胞計測として,マイクロ流体チップを用いた流体システムに内包されるセンサによって細胞内の機械特性を計測するロボット統合型のマイクロ流体チップなどの例がある.このような細胞の機械特性計測技術は,従来の細胞や細胞凝集体評価のためのオミクス指標に,機械特性という新たな評価指標を加え,細胞や細胞凝集体の状態を理解するだけでなく疾患の検査や薬効効果にも貢献し得る技術である.
国際学会の例を示す.本分野において代表的な学会の一つにMicroTAS(International Conference on Miniaturized Systems for Chemistry and Life Sciences)がある.微細加工技術により流路やセンサをチップ上に組み込み,細胞培養や操作,流体や液滴の操作,分析や診断など,化学や生命科学・医療などへの適用・応用に関する分野を幅広く取り扱う学際的な国際会議である.毎年10-11月に開催され,27回目となる今回は,10月15日から19日にかけて,ポーランドのKatowiceにて開催された.発表されたトピックを分類すると30%(細胞,組織,Organ on a chip),18% (診断,生物医学),15%(ナノマイクロ流体基礎),12%(ナノマイクロ工学),11%(センサ・アクチュエータ・検出),8%(統合プラットフォーム),6%(その他応用)となっており,特にマイクロ流体チップ内の細胞から発生する微量物質検出のためのセンサ分野の発展が顕著であることがわかる.また参加者の数においても欧州で行なわれたにも関わらず日本からの参加者数がアメリカ,ヨーロッパからの参加者を抑えて最も多かったのも,日本での本分野の層の厚さと活発な研究活動を示すものである.
もう一つの本分野の代表的な学会にTransducers(International Conference on solid-state sensors, actuator and microsystems)がある.センサ,アクチュエータ,マイクロシステムに関する最も歴史のある隔年開催の国際会議であり今年で22回目となる2023年度は24年ぶりに日本(京都)で開催された.この学会においてもバイオセンサ分野の発表件数の伸びが大きい傾向にあった.特にマイクロ流体とMedical Devicesセッションは2-3個ずつ設けられその発表件数の多さや関心の高さが窺えた.発表例として例えばせん断力(最大nN)を精密に制御できる新しい統合マイクロ流体システムを用いて,アプタマーをスクリーニングするマイクロ流体システムの報告があり将来の抗がん研究への可能性を示していた(1).また,狭窄部を有するマイクロ流路とディープニューラルネットワークを組み合わせることで,単一細胞のインピーダンスのハイスループット計測とイメージングを可能にしたマイクロ流体フローサイトメトリーの報告があった.狭窄部を有するマイクロチャンネルに基づき,圧縮された電気回路を効果的に遮断することにより,単一細胞の大きなインピーダンス変動が得られ,収縮マイクロチャンネル内に走行する細胞を閉じ込めることにより,高いイメージング品質の蛍光画像が得られる仕組みとなっている.インピーダンス・プロファイルと蛍光から抽出された単一細胞特徴を融合し,細胞タイプ分類において高い精度が得られたとの報告があった(2).以上の例を示すように機械工学,電気工学の融合領域,バイオとの融合領域とも密接に関連し,それぞれの専門枠を超えた分野横断型研究の今後さらなる発展が期待される.
〔山西 陽子 九州大学〕
7.10.2 生物流れ
流れの定量的計測手法の急速な発展に続き,計算機の高速化および大容量化も急速に発展したこともあり,生物流れに対する数値シミュレーションの研究成果が多く報告されている.例年,多数の報告がある昆虫の飛翔メカニズムは,2023年も数値シミュレーションによる多くの研究報告がある.特に,単純な飛翔メカニズムよりも,飛翔形態や特定の翅の運動に対する流体工学的観点からのメカニズムの解明が報告されいている.前進飛翔する蝶の飛翔メカニズム(1),蚊と同アスペクト比の剛体翅モデルのフラッピング時の流体力特性(2),ショウジョウバエの翅から巻き上がる流れの干渉とその運動とを関連付けた報告(3)がなされている.また,これらの飛翔メカニズム解明に加え,超小型飛翔ロボットへの展開を見据えた昆虫飛翔メカニズムの研究,すなわち,バイオミメティクスの研究報告も多数ある.昆虫の飛翔を模倣した無人航空機の設計法の提案(4),スズメガの後翅の影響の空気力学的解明(5),胴体と翅の間に位置するconnecting membraneの提案(6)が報告され,超小型飛翔ロボットへ向けた,より実機を見据えた研究が多く報告されている.また,ドローンと羽ばたき翼を組み合わせた新規ロボットの提案(7),(8)もなされている.さらには,より生物のもつ機能に踏み込んだ内容として,柔軟翼に関する研究報告もなされている.これらは,流体構造連成問題となるが,その現象解明から,解析手法まで幅広く研究報告がなされている.柔軟翼の羽ばたき運動に対する流体力学特性(9),昆虫の柔軟翼を模倣したはく離制御手法の提案(10)がなされ,また,柔軟翼に対する新規数値シミュレーション技術として,マルチボディダイナミクスシミュレーション(11)や新規流体構造連成解析手法(12)が提案されている.また,昆虫の飛翔メカニズム解明の新規数値シミュレーション技術も多数提案されており,フラッピング翼の推進力の向上を実現するための深層強化学習アルゴリズムの提案およびその実証(13),タンデム翼の形態学的および運動学的パラメータに対する流体力学的干渉の効果(14)も明らかにされている.また,昆虫の飛翔だけでなく,さらなる物理現象を加えた解析および計測も行われている.昆虫の気候変動に対する体温調整の報告(15),マイクロレオロジーによるマルハナバチの飛翔能力に寄与する血漿粘度の計測(16),また,昆虫まわりの非定常流れ場と臭気物質輸送現象を明らかにするための3 次元のナビエ・ストークス方程式と臭気物質の移流・拡散方程式を解く数値ソルバーの開発(17)も行われている.昆虫だけでなく,鳥類の飛翔に関する報告もなされている.ハチドリの羽根が生み出す高揚力メカニズム解明のための羽根のアスペクト比の影響を数値シミュレーションにより明らかにし(18),また,ハチドリの危険回避時の羽根のピッチングメカニズムも解明されている(19).また,興味深い報告として,航空モビリティに対するバードストライクに関する研究成果も報告されている.航空モビリティのバードストライクの危険因子と緩和手段(20)や,バードストライクを回避するために,鳥の動きの予測を飛行計画に組み込むことが示唆されている(21).今後,鳥類の個体数の増加だけでなく,航空交通の増加,また,航空機の高静音化により,バードストライクの件数は増加することが予想され,関連する研究報告も今後,増加すると予想できる.また,水棲生物に関する報告もあり,魚(ウグイ)の遊泳挙動を明らかにするための実験的報告(22),また,病気に感染した外来魚や養殖魚を駆除するための小型魚ロボットの開発(23)も行われている.国内では,エアロ・アクアバイオメカニズム学会が2回/年の講演会を実施しており,2023年の講演会では,昆虫(蝶,トンボ),鳥類(ハチドリ),水棲生物(ペンギン,クロマグロ,金魚,グッピー・ゼブラフィッシュ),バクテリアの飛翔・遊泳メカニズムから,バクテリア乱流の渦秩序と不安定化,昆虫-機械ハイブリッドによる匂いセンサ・匂い源探索までの生物流れに関わる幅広い内容が講演されている(24).
〔渕脇 正樹 九州工業大学〕
7.11 流体計測・可視化
流れ場における圧力や密度,温度,速度などの物理量計測は,実験流体力学(Experimental Fluid Dynamics: EFD)に基づく流れ場の解析における重要な要素であり,その精度や感度,および空間・時間分解能は,解析結果の有用性を大きく左右する.近年では,半導体圧力トランスデューサーなどの小型かつ高精度,高感度なセンシングデバイスが利用可能であり,広く利用されているものの,センサープローブの設置位置における点計測に留まること,ならびに流れ場へのプローブの挿入による侵襲性の問題が存在する.一方,比較的侵襲性の低い流体計測手法として,光学的手法に基づく物理量計測手法が開発されており,レーザードップラー流速計(Laser Doppler Velocimetry: LDV)やレーザー誘起蛍光法(Laser Induced Fluorescence: LIF)などの手法(1)が広く用いられている.一方,光学的原理に基づく流れ場の可視化手法の開発も進んでおり,現在では,二次元または三次元的な物理量の分布を定量的に得られる手法も数多く開発されている.可視化計測手法の例として,シュリーレン法による密度場計測や,平面レーザー誘起蛍光法(Planar Laser Induced Fluorescence: PLIF)による密度・温度場計測,粒子画像計測法(Particle Image Velocimetry: PIV)による速度場計測(2)のように,既に基礎技術が確立され,流れ場のEFD解析に活用されている手法も多い.EFD解析への適用例としては,PIVを用いた例に限っても枚挙に暇が無く,例えば,JSFT掲載の論文において,2023年発行分に限っても多数の報告がみられる(3).また,感圧塗料(Pressure-sensitive Paint: PSP)・感温塗料(Temperature-sensitive Paint: TSP)(4)(5)のように,近年発展を遂げつつある手法や,分子タギング法(6)などの新たな計測手法の開発も進められている.
流れ場の可視化計測に関するシンポジウムとして,可視化情報学会の主催,日本機械学会等の協賛により可視化情報シンポジウムが毎年開催されている.2023年には8月8日~10日の会期にて第51回可視化情報シンポジウムが北海道小樽市で開催され,175件の講演を集め,310名の参加者があった(7).また可視化をメインテーマとする国際会議として,The 17th Asian Symposium on Visualization(ASV17)が,6月5日~10日の会期にて東京都で開催されるとともに,The 20th International Symposium on Flow Visualization(ISFV20)が,オランダのデルフトにて7月10日~13日の会期で開催されるなど(8),2023年内に限っても,流れの可視化を専門的に取り扱うシンポジウムが国内外にて多数開催されている.なおこのような可視化を扱う国際シンポジウムは2024年以降も開催予定が多数案内されており,例えば2024年にはthe 14th Pacific Symposium on Flow Visualization(PSFVIP-14)が11月25日~29日の会期にてニュージーランドで開催予定があり,また2025年には,The 21st ISFV が6月20日~24日の会期にて東京で開催予定であるなど,可視化に関する国際会議は今後もほぼ毎年開催される状況である.このことからも,2024年以降も引き続き流れの可視化は,手法の開発・発展ならびにEFD解析への適用の双方において,EFD分野の主要なトピックとなることが期待されている.
〔森 英男 九州大学〕
7.12 データ駆動科学と流体工学
AIや機械学習の技術は発展を続けており,その応用範囲は年々拡大している.ここでは,AIや機械学習の技術などを用いるデータ駆動科学の流体工学への応用に関する動向について述べる.
関連学会での研究発表数を見ると,データ駆動科学を用いる研究事例の数は増加傾向にある.2022年までの日本機械学会流体工学部門講演会では,機械学習またはニューラルネットワークを題目に含む講演件数は1桁に収まる程度であったが,2023年に米・日・韓の各国の機械学会流体工学部門が共同開催した流体工学国際会議では,テクニカルセッション「Data-based Simulations and Machine Learning」が会期中毎日設けられ,機械学習・データ同化・最適化などを用いた流体解析・制御・設計に関する29件もの講演があった.日本流体力学会年会では,オーガナイズドセッション「AIと流体」が設けられており,講演数が2022年の20件から2023年26件に増えた.同じく日本流体力学会が主催する数値流体力学シンポジウムでは,オーガナイズドセッション「流体データの処理と活用」が設けられており,その中でデータ駆動科学を用いた講演数が2022年の18件から2023年は24件に増えた.また,2023年の米国物理学会流体力学部門年会では,機械学習や深層学習,データ駆動をセッション名に含むものが8つ(Low-Order Modeling and Machine Learning for Turbulence, Turbulence: Deep Learning and Physics-Informed Learning, Data-Driven Approaches to Fluids Dynamicsなど)あり,これらのセッションの講演総数は75件であった.応用対象を乱流に限定しているセッションから,流体力学に関する諸問題を幅広く対象としているものまで,様々な場面でデータ駆動科学の利用価値が見出されようとしている現状を垣間見ることができる.
次に,関連するジャーナル論文,特に2023年に発表されたレビュー論文を調査すると,畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network: CNN)(1),深層学習(2),Physics-Informed Neural Network (PINN)(3)を用いた流れ場予測および制御に関するものが出版されている.すなわち,従来の流れ場計測・予測手法であった実験・数値流体力学の「代替(Surrogate)」を目的とした用途が,流体工学分野におけるデータ駆動科学応用の主流となっている.
言わずもがな,流体力学はナビエ・ストークス方程式を代表とする支配方程式に従って時間・空間方向に変化する,多自由度の物理現象である.これまでは,流れ場全体を多自由度のモデルとして直接代替するのではなく,流れ場から求まる何らかの指標(設計者が注目する流体性能など)を代替する方法(4)が一般的であった.しかし近年では,動的モード分解(Dynamic Mode Decomposition: DMD)などを用いて,多自由度の流れ場のデータセットから抽出された特徴量に基づき,流れ場全体をより少ない自由度で表現したモデル(Reduced-Order Model)として代替する方法(5)が増えてきている.さらに先述のPINN(3)は,自明である支配方程式および境界条件の残差を損失関数として機械学習することで,流れ場に関する教師データセットを一切必要としない(教師なし学習),流体解析を丸ごと代替する手法として,近年特に注目されており研究事例が急増している.これらの手法により,流れ場の予測そして制御を正確かつリアルタイムに実現することが期待されている.
しかし現状のPINNでは往々にして,機械学習の収束過程(6)や,損失関数を構成する支配方程式と境界条件の合成バランス(7)に応じて,予測される流れ場が非物理的なものになることが問題視されている.また現状のPINNは,あらかじめ与えられた境界条件(すなわち一つの形状)に対してのみ流れ場を予測するものであるため,形状変更を伴う設計には応用できない.その一方で,グラフニューラルネットワーク(Graph Neural Network: GNN)(8)や敵対的生成ネットワーク(Generative Adversarial Network: GAN)(9)など,様々な形状に対する流れ場のデータセットを学習(教師あり学習)することで,任意の形状に対して流れ場を予測する研究事例も報告されている.このように,データ駆動科学の流体工学(特に設計)への応用に向けた技術的課題は依然として多く,課題解決のための基礎研究の継続が今後も望まれる.
〔下山 幸治 九州大学〕