5.材料力学
5.1 まえがき
2024年度の年鑑は,昨年度に機械材料・材料加工分門とのはじめてのコロケーション開催を行ったM&M2023材料力学カンファレンスで,活発に議論された,バイオメカニクスとその周辺技術,微小サンプル試験法による材料強度・損傷評価,ゴムの材料力学,ソフトマテリアルの力学・物理・化学,共用エネルギー及び化学プラント機器の経年劣化と健全性評価(動力エネルギーシステム部門との分野連携企画)のOSのメンバの方々にご執筆頂いた.
〔泉 聡志 東京大学〕
5.2 社会を支えるバイオメカニクスとその周辺技術
5.2.1 概況
国連総会で2020年12月に宣言された「健康的に歳を重ねる10年」(Decade of healthy ageing 2021-2030)の最初の報告書が2023年11月に世界保健機関から発行され,高齢者の心身の健康が重要視されている(1).また,高齢社会白書の令和5(2023) 年版が2023年6月20日に発表された(2).第1章「高齢化の状況」の中で高齢者の健康に着目して第3節「高齢者の健康をめぐる動向」が特集され,第2節「高齢者の暮らしの動向」の第5項「研究開発等」では介護の場での介護福祉機器の機器別導入率が示されている.多くの機器には利用者の体重が作用するため,介護の様々な場面で機器による静的および動的な体重の支持の仕方が課題となっている.
材料力学部門が関わるオーガナイズド・セッションでの2023年度の講演数は61件で,近年講演数が増加している.年次大会では部門横断のOSとして,「バイオマテリアルおよび細胞/組織のプロセス・力学・強度」(講演14件)や「医工学テクノロジーによる医療福祉機器開発」(9件)が企画された(3).M&M2023 材料力学カンファレンスではOSとして「バイオメカニクスとその周辺技術 -基礎理論から応用まで-」(16件)や「植物形態に学ぶ材料力学」(14件)が企画された(4).さらに実験力学の先端技術に関する国際会議(ATEM-iDICs’23)ではOSとして「Biomechanics and the Related Topics」(8件)が企画された(5).
2023年度年次大会では日本機械学会の学会横断テーマ「少子高齢化社会を支える革新技術の提案」の活動としてワークショップが開催されるとともに,日本機械学会誌2023年3月号で特集が企画された.その中で「少子高齢化社会で社会の活力を維持するために機械工学ができることは何か」が課題として挙げられ,「生体の生理的な力学特性,ダイナミクスに関する基礎原理を明らかにし,医療福祉機器の開発,疾患科学の進歩にも貢献」する中で学会の特徴を出すことが大切とされ,また,「医療福祉分野の分野融合を進めるためには臨床現場の実情を知ることが大切」であり,「機械工学による具体的なシステムの実現(シンセシス)においては優れた機械設計が必要」であるとされている(6).
米国においては国立衛生研究所(National Institute of Health)内の国立画像生物医学・生物工学研究所(National Institute of Biomedical Imaging and Bioengineering)が生物医学工学技術促進センター(Center for Biomedical Engineering Technology Acceleration;略称BETA Center)を立ち上げ,差し迫った様々な医療問題を解決することにした(7).このプログラムの中の重点分野にはナノマテリアルやバイオマテリアルが含まれる.
5.2.2 医療を支えるバイオメカニクス
医療に携わる関係者は診断や治療に関わる医師,患者の看護に関わる看護師,医療機器を管理する臨床工学技士など様々である.また,医療機器・器具等を製作する医療産業も医療に関わる.これに対し,本項では診断・治療を支える研究を挙げ,次項で看護を支える研究を挙げる.
医療を支えるバイオメカニクスに関する研究は,医療における課題に対して機械工学分野の研究者が医療関係者とともに解決する研究と,独自の発想で研究を行って解決策を提示する研究とがある.前者の場合,医療関係者に対して実際的な解決策を提示したり機械工学の観点からデータを提供したりしている.後者の場合,自由な発想で解決策を提示することで,斬新な手法で問題解決を図る.
診断・治療技術の向上に繋がる研究として,整形外科領域では,超音波エラストグラフィを用いて靭帯などの生体軟部組織の剛性を測定する研究(8)や,膝関節・母指CM関節での人工関節や固定具を使用した際の力学的状態の測定や数値シミュレーション,骨折の有限要素解析や転倒時の骨折予防のための床材評価法(9)などが報告されている.循環器内科・外科領域ではステントの力学的挙動やカテーテルの力学特性に関する測定や数値シミュレーション,大動脈壁の内外膜の特性を考慮した2軸伸展装置の開発(10)が報告されている.そのほか,歯科領域では矯正・保存修復治療・義歯に関わる研究が報告され,脳神経外科領域では頭蓋骨縫合早期癒合症に対する有限要素解析が報告されている.
国外ではヨーロッパ・バイオメカニクス学会の年1回の講演会ESBiomech 2023 (2023年7月9~12日,マーストリヒト,オランダ) で,材料力学および関連分野の研究として,エラストグラフィに関して5件,関節に関して12件の講演があり,心臓・血管のバイオメカニクスにおいては動脈硬化に関して6件,大動脈瘤に関して9件,大動脈解離に関して2件の講演があり,その中で血管の構造―流体連成問題の有限要素解析がいくつか行われており,また,歯科のバイオメカニクスにおいてはインプラントに関する研究など10件の講演がなされている(11).
5.2.3 看護・介護を支えるバイオメカニクス
看護は病気・怪我の療養の支援であるのに対し,介護は日常生活における支援である.両者は病院か施設・家庭といった場が異なるだけで同じ課題を抱える場合が多く見られる.褥瘡の場合,病院の入院患者が自ら姿勢を変えることができずに長時間にわたって同一姿勢を保って血流が滞った結果,骨突起部の皮膚等に褥瘡を発症し,介護施設や家庭でも同様の状態におかれると発症する.この場合,看護・介護どちらの場であっても同様に処置を施すことになる.そのほか形成外科医が治療に関わり,マットレス・ベッドの製造会社が褥瘡予防具の開発に関わる.近年では,褥瘡に対して機械工学の観点からの研究が増えており,褥瘡発症の力学的条件を解明する実験や数値シミュレーション,力学的な状態や力学特性を測定する装置の開発に関する研究報告が行われている(4),(12),(13).
〔山田 宏 九州工業大学〕
5.3 微小サンプル試験法による材料強度・損傷評価
カーボンニュートラル達成のための対応が世界的な潮流となっている中,低効率な火力発電のフェードアウト(休廃止)の方針が打ち出され,高効率であっても新規プラントの設置が困難になることが予想される.その一方で,火力発電は,風力や太陽光の出力変動を吸収して需給バランスを調整する調整力や,急激な周波数の変化を緩和してブラックアウトの可能性を低減する慣性力といった重要な機能を有しているため,今後も欠かせない電源のひとつであり続ける.そのため,再生可能エネルギーが主力電源になるまでの間,特に脱炭素化に向けたこの過渡期において,既設の火力発電プラントを安全性と信頼性を高度に維持しつつ長期間安定に運用することが強く求められる.火力発電プラントの重要な高温機器であるボイラ,蒸気タービン,ガスタービンなどの高温劣化・損傷評価には,ボイド/微小き裂の形成やミクロ組織の変化あるいはそれらに起因した材料の物理的性質の変化に着目した非破壊評価法が用いられるが,その診断精度は必ずしも高いとはいえない.劣化・損傷の程度を正確に評価するには,対象部位から微量なサンプルを採取し,クリープ試験や疲労試験などの破壊試験に供するのが望ましい.微小サンプル試験に用いられる試験片は,その形状に応じてミニチュア試験片(サブサイズ標準試験片),スモールパンチ試験片,インデンテーション試験片,その他の4種類に大別され,それぞれの特徴を生かし引張(降伏強さ,引張強さ,塑性挙動,延性など),クリープ,疲労,破壊靭性,き裂進展などの機械的特性の評価に用いられている(1).このような中,機械工学年鑑2016年においては,クリープに焦点を当てて,代表的な微小サンプルクリープ試験であるミニチュアクリープ試験,押込みクリープ試験,インプレションクリープ試験,スモールパンチクリープ試験,シェアパンチクリープ試験の特徴や課題について紹介した.
他方,火力発電プラント高温機器では高温疲労が損傷事例の最大要因となっているのが現状であり,事業用ボイラにおいては,報告されていないトラブル事例も含めると疲労が原因となる割合は過半にまで達する(2),(3).再生可能エネルギーの大量導入によって調整力としての役割が増えることを考慮すると,これまで以上に頻繁な負荷調整や発停が求められ,疲労損傷(主に熱疲労損傷)やクリープ疲労損傷がより顕著化するものと思われる.そのため,プラントの長期健全性の確保および過酷事故の未然防止には,稼働中に蓄積される疲労損傷を精度良く検出・評価することが不可欠となる.疲労強度特性評価のための微小サンプル試験としては,クリープと同じようにミニチュア試験(サブサイズ標準試験)(4)-(8),スモールパンチ試験(9)-(11),押込み試験(11),(12)などがある.ミニチュア疲労試験は,平行部等が直径1~2 mm程度の小型試験片を用いた試験であり,標準試験片と同様にボタンヘッド型や砂時計型の試験片がある.しかし,座屈のため,試験片形状によっては引張圧縮完全両振りの試験が困難である.スモールパンチ疲労試験は,スモールパンチクリープ試験と同様にクランプされた小型ディスク試験片に対して,パンチャーやボールで一定荷重を繰り返し負荷する試験である.二つのパンチャーを用いて試験片の上面と下面に交互に荷重を負荷する試験も提案されており,その場合完全両振りの試験が可能である.しかし,スモールパンチクリープ試験と同様に応力・ひずみが多軸状態であり,得られた結果を単軸標準試験結果(例えば,S-N線図)とどのように対応付けるかが課題となる.ある程度の板厚を有する試験片の表面にボールを繰り返し押し込む際に得られる材料応答から疲労特性を評価するのが押込み疲労試験(繰返しボールインデンテーション試験)である.押込みクリープ試験と同様,基本的には圧縮試験であり試験片が破壊しないため破断寿命に関する情報を直接得ることはできない.他の試験のひとつにスモールバルジ疲労試験がある(13),(14).本試験は,ボール押込み式(接触式)の代わりにクランプした小型ディスク試験片の両面に油圧で交番圧力を負荷する液圧バルジ式の疲労試験である.スモールパンチ疲労試験と同様に多軸応力となるため,標準試験結果との対応付けやひずみ測定方法などが課題となっている.
図5-4-1 スモールパンチクリープ試験片断面の模式図
スモールパンチクリープ試験の場合,力学パラメータ(荷重)や計測量(変位),応力・ひずみ状態(多軸)が標準単軸クリープ試験とは異なるため,両試験の結果を直接比較することができない.スモールパンチクリープの破断データを単軸クリープのそれに変換することを目的として,両試験における破断寿命が一致する際のスモールパンチ荷重(F)と単軸クリープ応力(σ)の比である荷重/応力換算係数(F/σ)を用いることがある.高延性材と低延性材のスモールパンチクリープ試験片断面の模式図を示したものが図5-4-1(15)である.板厚が変化しないと仮定すると,力のつり合いから,荷重Fと膜応力σm(単軸クリープ応力σに相当)の比であるF/σm(F/σ)は試験片の有効断面積(図中のリング状の濃い灰色部分)に相当する.低延性材の場合,大きく変形する前に破断に至るため断面積は高延性材に比べ小さい.つまり,破断延性が小さいほどF/σmは減少することになる.欧州においては,スモールパンチクリープ試験の最小変位速度到達時の変位(umin)に基づいた荷重/応力換算が推奨されている(16).図5-4-2(17)に示す種々の鉄鋼材料で実験的に得られたF/σ-uminの関係を定式化した式(1)(18)を用いてF/σを予想する方法である.同図には,16万時間使用された2.25Cr-1Mo鋼製ボイラ配管母材部で得られた結果(図中●印)(17)も併せてプロットしてある.さらに,式(1)をChakrabarty膜引張応力モデルに基づき改良したものが式(2)(19)である.式(2)を用いてスモールパンチ荷重を応力に変換し,2.25Cr-1Mo鋼のスモールパンチクリープ破断データと単軸クリープ破断データを比較したものが図5-4-3(17)である.両破断データが比較的良く一致しているがわかる.
F/σ=1.9162u min0.6579 (1)
F/σ=0.6143+1.2954umin (2)
近年,スモールパンチ試験片とほぼ同等サイズ(厚さ0.5 mm,平行部幅2 mm,全長10 mm)の超ミニチュアクリープ試験(20)が開発され,Gr.91鋼のクリープ強度を良好に評価できることが報告されている.本試験は単軸クリープ試験であるためスモールパンチクリープ試験のような荷重/応力換算が不要であり,火力発電プラント高温機器等のクリープ余寿命診断技術として注目されている.
微小サンプルクリープ試験を稼働中の火力発電プラントの余寿命診断へ実際に適用するにあたっての課題や具体的な方法を検討するため,『微小サンプルによる実機余寿命診断WG(略称:実機微小サンプルWG)』が2022年7月に日本材料学会・高温強度部門委員会内に設置された.本WGは,微小サンプルクリープ試験法WG(2006年4月~2010年11月),余寿命診断技術評価WG(2011年9月~2021年12月)に続く後継WGであり,40名程度の委員(電力関係:6社,重工関係:6社,試験・検査関係:5社,大学・研究機関:9機関(海外1機関含))が登録している.ミニチュアクリープ試験,超ミニチュアクリープ試験,スモールパンチクリープ試験を用いた9Cr鋼廃却材を対象としたラウンドロビン試験を7機関(海外1機関含)で実施しており,寸法効果,試験データのばらつき,データの長時間側外挿などの技術的課題について議論・検証を行っている.最終的には,得られた知見をボイラの余寿命診断に関する国の指針へ反映させることを目標にしている.
図5-4-2 F/σ-uminの関係 図5-4-3 2.25Cr-1Mo鋼のクリープ破断試験結果
〔駒崎慎一 鹿児島大学〕
5.4 ゴムの材料力学
ゴムはその独特な力学特性を活かして,機能材料として幅広く使用されている.特に,原材料の配合や製造条件によって物性値が大きく変化するという特徴がある.その反面,材料力学的な視点からは,研究対象とするゴム材料毎に物性値を一から調べなければならず,また特定のゴム材料について得られた知見を研究者間で共有する上でも困難が伴うという難点がある.「A-TS 03-29 ゴムの材料力学に関する研究会」は,この難点の克服を目的として2015年度から活動している.本節では,研究会メンバーによりゴムに関する産業界と学術界の動向を取りまとめている.
〔井上 裕嗣 東京工業大学〕
5.4.1 産業界の動向
ゴム製品は新ゴム消費量で計られ,2021年のデータ(1)から世界で約2988万トンあり,消費地別内訳は,中国が約1/3,アメリカ,インドと続き日本は5位である.原材料のゴム生産は,天然ゴムが1378万トンあり,生産地はタイが約1/3,インドネシア,ベトナムと続き,熱帯地方が中心のゴム農園で生産され,弾性,き裂成長性や環境面で優れる.合成ゴムは1560万トンで天然ゴムより多く,生産地は中国が約1/5,アメリカ,ロシアと続き,原油から精製されるナフサを原料として化学プラントで生産され,安定した品質,温度や環境変化に優れる.
ゴム製品の日本国内生産は2021年のデータ(2)から約127万トンあり,うちタイヤが82%を占め,ゴムホース,防振ゴム,ゴムベルトの工業製品が続く.タイヤと防振ゴムは自動車に多く使われているため自動車生産量と関連しており,国内生産と輸出に大きな割合を占める.ゴムホースはゴムと補強する繊維材料を組み合わせて自動車や高圧油圧機械向けに,ゴムベルトは鉱山や原材料運搬向けのコンベヤ,自動車,産業機械,OA機器などへ利用される伝動ベルトがある.ガスケット類は機器に利用される油などの液体密封へ利用される.ゴム履物生産は労働集約型のため国内は減少したが,高付加価値製品は残っている.
〔大沢 靖雄 株式会社ブリヂストン〕
a.タイヤ
タイヤ業界における動向として,EV用タイヤの増加が挙げられる.EVはバッテリ―による車両重量の増加や,発進トルクの増大により,タイヤへの負荷が大きくなるため,従来の内燃機関採用車に比べ摩耗性能の低下が懸念される.従ってタイヤ交換サイクルの短期化,摩耗粉塵の増加といった経済的,環境的な課題がある.加えて,車両重量の増加に伴う運動性能の低下や,エンジン音が無くなる事によるロードノイズの顕著化なども課題となる.EV用タイヤは,これらの課題に対処すべく,トレッドに使用されるゴムの摩耗性改善や,高負荷でのタイヤ変形抑制,ロードノイズ対策が施され,市場へ供給されている.
一方,従来の空気入りとは異なる種類のタイヤ開発動向として,エアレスタイヤが挙げられる.エアレスタイヤの構成や用途は様々だが,多くの場合、路面と接する外側のタイヤ部材と,ホイールと接する内側のタイヤ部材とを連結する形でスポークを配置し,空気の代わりに荷重を支持する構造としている.スポークの形状については,車両の乗り心地性や操縦安定性,タイヤ自体の耐久性に影響を及ぼす為,タイヤ周方向や横方向へ変形させる形状など,各社工夫されている.スポークに使用される材質についても,大変形に対応出来る靭性や,幅広い領域で使用出来る温度特性などが求められる.また,持続可能な社会を目指す上で,リサイクル性についても検討されている.タイヤメーカー各社は,パンクレスやメンテナンスフリーといったエアレスタイヤの特徴を活かす用途として,過疎地や観光地における移動手段や物流用途での実用化を見据え,小型電動車や乗用車を用いた実証テストを進めている.
〔原 幸造 TOYO TIRE株式会社〕
b.シール
シール(パッキン・ガスケット)は,自動車や航空機などの乗り物をはじめ,建設機械,石油化学プラント,家電製品など,さまざまな機械の密封装置として欠かすことのできない製品である.経済産業省の2023年統計(3)によれば,パッキン類の販売金額は2789億円で前年比0.5%の減少となったが,2021年販売金額は2782憶円であり,以降3年間ほぼ横ばいの傾向である.
ここで,カーボンニュートラルに向けた取り組みについていくつか紹介する.日本環境協会よりエコマーク商品類型「ゴムホース・手袋・マット等ゴム製品」の適用範囲に,ゴム製パッキン・ゴム製ガスケットが追加された(4).自動車関連分野では,省エネルギーの観点で低摩擦化や省スペース化については従来から改良が進められている(5).製造工程に対してのアプローチとしては,石油ではなくバイオマス資源由来の材料を用いた研究や製品開発に取り組んでいる(6)(7).また,EVへの置き換えが進む中,シールの密封対象や使用環境変化への対応が求められる(8).たとえばモーター用オイルシールでは,オイルの低粘度化,回転数の高速化,導電性機能の追加などがあり(9),今後,より苛酷化,多様化が進むと考えられ,シール技術のさらなる進化が期待されている.
〔御船 智暉 NOK株式会社〕
5.4.2 学術界の動向
まず,2023年に催されたM&M2023材料力学カンファレンスの予稿集(10)を参考にして,ゴムの材料力学に関連する研究動向について紹介する.本カンファレンスでは「MM02 ゴムの材料力学」というセッションで5件の研究発表があった.研究内容としては,「荷重制御による結晶性を有するゴム材料の疲労寿命測定」および「ゴムの単軸引張りにおけるポアソン比と温度変化の関係」といったゴムの疲労特性や力学的特性に関連するテーマや,「シリコンゴム複合材料の熱伝導性に及ぼす窒化ホウ素の影響」といったゴムを原料とする新材料の物性に関連するテーマがあった.また,「表面粗さスペクトル解析に基づくタイヤゴムの定常摩耗予測」といったタイヤゴムの摩擦・摩耗に関連するテーマもあり,ゴム材料全般の多岐にわたる性質が議論された.さらに,「引張負荷を受ける二重らせんストランドの接触応答」といったゴムらせん構造体の力学に関するテーマもあり,他セッション「MM09 ソフトマテリアルの力学・物理・化学」とも親和性のある高分子材料の力学特性に関連する研究も発表された.軟らかいゴム材料の応用問題を工学的に取り扱う場合,高度な有限要素解析が重要になるが,そのモデリングにおいて超弾性体として正確に表現されたゴムの構成則が必要である.ゴムの標準試験片の開発とその評価方法を確立する本研究会の主旨としては,上述したような最先端の研究課題に取り組む研究者を支援する役割もある.
次に,M&M2023材料力学カンファレンスと同時期(2023年9月25–30日)に福岡市で催された9th International Tribology Conference (ITC2023)(11)を紹介する.本国際会議は日本機械学会の後援で開催された.タイヤやスポーツシューズにみられるように,ゴム材料の多くは他部材と接触するため,そのトライボロジー特性を理解することは重要である.3年に一度行われるITC2023はTechnical Sessionだけで89件もある大規模な国際会議である.そのなかで,題目に“Rubber”という単語が含まれている発表講演は18件(ポスター発表も含む)あった.摩擦・摩耗のメカニズムの解明や解析に関連する研究では,「The Relation between Friction and Wear of Rubber on Rough Surfaces」や「Meso-macro Multiscale Analysis of Pressure-dependent Friction of Rubber Based on State-dependent Friction Model」など計5件の口頭発表があった.また,潤滑面上や氷上のゴム摩擦に関連する研究では,「Experimental Investigation of High Friction Phenomenon of Rubber Block under Oil Lubrication」や「Prediction Technology of Rubber Block Friction Properties on Ice」など計4件の口頭発表があった.一方,シールなどの応用研究は,「Laser Induced Fluorescence Measured Lubricant Film Thickness Distribution and Variation in Reciprocating Rubber Seal」など計4件の口頭発表があった.以上のように,最先端の国際会議でもゴム材料の接触や摩擦に関する研究は盛んに報告されている.とりわけ,産学間の共同研究や企業単体の研究の発表が多いといった特徴があり,産業界でも解明すべき喫緊の課題といえる.今後も,固体力学を中心とする材料力学部門と連携を密にして,マルチスケールかつマルチフィジックスであるゴム材料の複雑なトライボロジー現象をひとつひとつ解明していくことが期待される.
〔田中 展 兵庫県立大学,尾崎 伸吾 横浜国立大学〕
5.5 ソフトマテリアルの力学
材料力学部門では,2021年度よりM&M材料力学カンファレンスにてオーガナイズドセッション「ソフトマテリアルの力学・物理・化学」が企画・開催されるようになり,柔らかい材料や構造体の大変形問題や非線形問題の研究が進められている(1).その特徴から,従来の材料力学や固体力学の枠組みにとどまらず,物理や化学,生体反応やロボティクスなども含めマルチフィジックス的な挑戦的研究が盛んに進められている.5月17,18日にはIUTAM Symposium on Mechanics of Soft Materials and Soft Robotsが東京にて開催される.この節では,いくつかトピックスを選んで,その最新動向について説明する.
表面不安定とは,大きな圧縮変形を受ける柔軟材料の表面に現れる変形の分岐現象である.古くはBiotの分岐理論(2)に遡ることができ,リンクルと呼ばれる正弦波形の滑らかな起伏を引き起こすと考えられていた.一方,GentとChoら(3)がゴムの実験で示したように,表面不安定によって生じる変形はリンクルと異なりクリースと呼ばれる自己接触を伴った急峻な局所変形を引き起こす.2010年代になると,この問題の重要性がホットトピックとなり,クリース研究が盛んに行われるに至った(4),(5).従来の分岐理論では同定できない分岐現象として,クリースの発生は非線形分岐と説明されることもあったが,2023年度の講演発表(1)において,クリースの発生はリンクル発生によって生じる不安定経路から安定経路への切り替わりに対応する特異点であることが示され,合理的な解釈が可能となった(6).表面張力の及ぼす影響(7),(8)も議論されており,表面不安定のますますの理解が進むとともに,工学応用のための力学理論の基盤構築は進展している.
2023年のScienceに掲載された論文の一つとして「Mechanical nonreciprocity in a uniform composite material(9)」を見つけることができる.ノンレシプロカルゲルと呼ばれる新しいソフトマテリアルは,ハイドロゲル中に酸化グラフェンなどのナノシートが配向して均質に分散された微視構造が特徴である.ハイドロゲルとナノシートの剛性比は非常に高く(~107),厚さ比も顕著にあり(~103),どちらも材料作成時の設計変数とみなすことができる.このハイコントラストな特徴に起因して,圧縮負荷においてナノシートの座屈が非常に容易に発生し,しかも柔軟なハイドロゲル中に埋め込まれているため,材料の破損には至らずに引張り方向の負荷挙動と大きく異なり,圧縮側にて三次元的に非常に柔軟な非線形挙動を示す.この新奇な特徴を生かした工学応用が活発に研究されようとしており注目を集めている(10),(11).材料力学や固体力学の観点では,基礎定理とみなされるベッティの相反定理が破られる状況となっており,新しい力学理論構築や計算力学実装の研究(9),(12),(13)にも発展が期待されている.
はりや板のような構造材は,その薄さのためにある種の柔らかさやしなやかさを備えている.ソフトマテリアルからなるうすい材料は,さらに柔軟にその形を変え,外力や境界条件,周囲の構造物との接触などを通じてさまざまな形態をとることが可能である(14).この特徴を利用することによって,多彩な機能を発揮しうる構造材として、注目されている.例えば,ねじれと伸縮が強くカップルした折り紙のばね(15),スナップスルーを利用したエネルギー変換機構(16),スナップフィットなどの可逆な接合系と衝撃吸収システム(17),平面から立体構造を生み出す「折り切り紙」のデザイン(18),あるいは柔らかいロッドの円筒への巻きつき(19)とそのソフトロボットへの応用などが挙げられる.
ソリトンをはじめとした非線形波動は,その興味深い特性から様々な研究分野において研究が行われている.特に,そうした波動伝搬の新しい特性の探求や実験的な観測を行うためのプラットフォームとして機械的なシステムが用いられるようになってきた.有名な例としては「granular crystals」と呼ばれる金属球などから構成される系を用いて,ソリトンや衝撃波,さらには離散ブリーザーといった波動の研究が行われている(20)-(22).近年では,3Dプリンター技術の急速な発展と,ソフトマテリアルの導入により,複雑な形状設計のほか,構造を大きく変形させる挙動が可能となり,それによりtransition waveと呼ばれる波動が研究されるようになってきている(23)-(25).こうした,機械構造中を伝搬する波動を「エネルギーの流れ」と捉えると,波動伝搬の理解は機械システムにおけるエネルギーの伝わりを理解・制御することにも繋がると考えることができ,工学応用においても高いポテンシャルを持ったトピックであることがわかる.
生体組織は,ソフトマテリアルの一種と見なすことができるが,自ら成長し環境に適応することにより,多様な形態・機能を自律的に生み出すというユニークな特徴を持っている.このような組織の形態形成には,組織中の細胞活動に起因して生じる物理的な力が重要な役割を担っていることから,脳や心臓,骨などの様々な組織の形態形成のメカニズムを,非線形連続体力学に基づいて力学的観点から理解することを目指す研究が活発に行われている(26).例えば,有限成長理論に基づいて脳組織の成長をモデル化し,脳の複雑なしわ構造をコンピュータシミュレーションにより再現しようとする研究が行われている(27).組織を構成する細胞の成長や増殖,分化などの細胞挙動を陽にモデル化することにより,組織の形態形成を多細胞のダイナミクスから解き明かそうとする研究も行われている(28),(29).
軟質基盤と薄膜から成る二層構造体においても表面不安定は広く観察される.リンクルをはじめ,フォールド,リッジ,あるいはそれらが重畳したものなど,多彩なパターンが生じることが知られており,その発生・発達過程の全容が明らかになりつつある(30),(31).一方,表面不安定を積極的に利用した機能性界面の創成も注目されている.例えば,階層的な表面不安定パターンを用いた細胞足場材料の作製(32)や燃料電池の開発(33),濡れ性の制御(34)など,様々な研究成果が報告されており,ボトムアップ微細加工技術としての有用性が示されている.さらにハイドロゲルから成る二層構造体を用いることにより,臓器のしわに類似した表面不安定パターンを獲得できることも示された(35).組織の成長に伴うパターン変態の機構解明に繋がることが期待される.
〔奥村大 名古屋大学,和田浩史 立命館大学,安田博実 JAXA,亀尾佳貴 芝浦工大,永島壮 名古屋大学〕
5.6 供用エネルギー及び化学プラント機器の経年劣化と健全性評価
供用エネルギー及び化学プラント機器の経年劣化と健全性評価に関する最近の動向
原子力発電所,火力発電所等の供用エネルギープラント,及び化学プラントは産業基盤を支える重要設備である.これらはいずれも高エネルギー状態を保持するため,高い安全性が要求されるが,我が国では建設後数十年を経過するものが増加し,経年劣化対応が重要となってきている.特に原子力発電所は,供用期間が60年まで認められるようになり,長期運転に対する経年劣化対策の必要性がますます増加している.日本機械学会材力部門が主催するM&M材力カンファレンスは,材料強度,構造強度に関する研究成果を発表する会議であり,毎年の参加者数は500~600人,講演数は400前後に上る.当会議では上記の社会的要請に応じるため,2010年よりオーガナイズドセッション「供用エネルギー機器の経年劣化と健全性評価(後年化学プラントを追加)」が設けられ,機器の経年劣化に関する研究成果が紹介されてきた.以下に,当会議での発表論文から最近の研究動向を示す.
高経年化プラントの主要劣化モードとして減肉,疲労,SCC及びクリープがある.高戸ら(1)は,局部減肉エルボに対する疲労評価のため,ChabocheモデルをFE解析の構成式に組み込み,低サイクル疲労寿命予測式として平均ひずみを考慮した修正共通勾配法を適用して評価精度を向上させた.板橋ら(2)は,軽水炉の環境疲労評価において,ひずみ速度にKe係数をかけて環境効果補正係数Fenを計算した場合,Ke係数をかけない規格ベースの疲労評価結果より緩和されるが,弾塑性解析による詳細疲労評価より保守的になることを示した.朝田ら(3)は,日本機械学会規格 環境疲労評価手法(JSME S NF1)(2022年版)の主な改定点である新疲労曲線の取り込み,PWR環境のオーステナイト系ステンレス鋼に対するFenの改定,及び Flaw Tolerance(亀裂耐性)手法の採用の紹介をした.池田ら(4)は,高速炉を対象としてクリープ条件における複数亀裂の合体基準を規格化するため,平板に複数亀裂を導入したクリープ試験を実施し,疲労による合体挙動との違いを確認した.笹倉ら(5)は,発電用ガスタービンに使用されるInconel718を対象としてクリープ又は酸素関連損傷の疲労亀裂進展挙動への影響を検討し,酸化による粒界損傷とクリープ変形による応力緩和により亀裂の遅延・加速挙動が生じることを明らかにした.岡田ら(6)は,繰り返し負荷でも経路不変性がある新たな領域積分法によるJ積分法を開発し,SUS316の1TCT試験片の繰りし試験結果に適用して積分領域を変えてもΔJが変わらないことを示した.滝田ら(7),(8)は,BWRプラントの再稼働評価のため,原子炉容器低合金鋼の高温水中での塩化物イオン及び溶存酸素環境中のSCC進展試験を実施し,両者の重畳効果により亀裂進展速度が2桁以上増加することを示した.柏木ら(9)らは,火力発電所に使用される改良9Cr鋼溶接部のクリープ疲労寿命評価のため,FE解析を実施して応力多軸度を把握し,Rice & Traceyの式により破断延性を修正した.中曽根(10)は,316FR 鋼溶接材の供用中に連続測定で得られる変形データからクリープ余寿命を予測する新しい供用中クリープ余寿命予測方法を提案した.黒岩ら(11)は,高温機器に用いられるP91鋼のクリープ疲労評価の評価精度向上のため,Chabocheタイプの粘塑性構成方程式と損傷発展方程式を連成させた損傷連成非弾性構成式を開発し,高温疲労試験,高温クリープ疲労試験結果と比較して手法の適用性を確認した.
破壊評価は,亀裂がある機器の健全性を最終的に保証する.久保田(12)らは,内圧負荷時の管台丸み部の内表面亀裂の亀裂進展及び脆性破壊評価が可能となるように応力拡大係数解を整備した.これをもとに,2024年には日本機械学会規格 維持規格(以下維持規格)の事例規格の発行が予定されている.町田(13)は,クラス1配管の目標破損頻度を定め,確率論的評価によって求めた検査回数と破損確率の関係を用いて,亀裂角度に寄らず供用期間中検査及び継続検査によって必要検査回数を満足することを示した.これにより,維持規格の破壊評価に設定している周方向亀裂に対する角度制限は不要であることを提案した。渡辺ら(14)は, エルボの亀裂評価法を整備するため,クラス1配管のエルボを対象としてFE解析を実施し,RSE-Mの応力拡大数解及びJ積分解の精度を確認した.またRSE-Mでは国内エルボの形状をカバーしきれないところがあり,規格化には追加検討が必要なことが示された.岩松ら(15)は,2つの段違い貫通亀裂を導入した平板引張破壊試験により得られた最大荷重を用いて,段違い複数亀裂に対する極限荷重評価式を検討した.吉田ら(16)は,破壊の数値シミュレーション法としてGTNモデルをBWR圧力容器炉底部に適用するため,CT試験片によりGTNモデルパラメータを決定し,その検証として表面亀裂付平板引張試験の予測解析を実施した.八代醍らも,破壊評価へのGTNモデル適用のため,要素寸法の影響を緩和するためのモデルパラメータ決定法(17),さらにせん断破壊への適用性(18)を検討した.高橋ら(19)は,降伏応力,引張強さ,破断伸び及び絞りを入力値とした,破断までの限界ひずみまで再現した応力-ひずみ曲線式を開発し,複数の鋼種に対する丸棒試験体の破壊挙動と比較して予測式が実験値とよく一致することを確認した.熊谷(20)は貫通亀裂付配管の曲げ負荷延性破壊挙動評価にペリダイナミクス法を適用した.破壊基準に応力多軸度を考慮したRice and Tracyの式を使用することにより,予測荷重-変位曲線が実測曲線とよく一致するようになった.
補修技術は,劣化予防保全及び評価で許容されないきず,亀裂を補修する上で必須である.村上ら(21)は,SCC等の亀裂に対する補修工法の一つのテンパービード溶接工法のプロセス合理化のため,ビード形成解析と熱伝導解析の連成モデルと,実験結果に基づく硬さ予測データベースを組合せて,補修溶接時の硬さ予測モデルを構築した.
劣化,異常事象を検知するための検査手法に対する研究として,青木ら(22)は,遠隔漏洩ガス漏洩検知のため,赤外線カメラ計測情報から漏洩ガスの濃度3次元分布の時系列変化を表す4Dイメージングの開発を行い,実装に成功した.長崎ら(23)も漏洩ガス雲を可視化した濃度情報から,逆問題推定法を用いて,高精度で漏洩源推定を行った.大八木ら(24)は,潤滑油の劣化因子検出の新たな非破壊評価作法としてテラヘルツ電磁波の適用可能性を検討した.
上記のように,学会,産業界とも,経年劣化評価に関する様々な手法の開発,試験データの蓄積が進んでおり,その成果は,産業界の規格として社会実装されている.今後とも両者がさらに連携しながらプラントの高経年化に対処していくことを期待する.
〔北条 公伸 三菱重工業株式会社〕