Menu

機械工学年鑑2023

26. 医工学テクノロジー

関連部門ホームページ関連部門イベント

26.1 はじめに

医工学テクノロジー推進会議(以下,本会議)は,「(機械工学の)部門横断型とし,(1)医療健康産業におけるニーズの把握に務めると共に,(2)学問としてのポテンシャルをテクノロジーとして一層の推進をはかるための活動基盤」を目的として設置されている.また,日本医工ものづくりコモンズとの連携窓口としての役割も担っており,その設立はほぼ同時期である.近年の医工学テクノロジー推進会議の活動を含め,機械学会内外において医工連携の取り組みは活発化しており,医療側のニーズと機械工学側のシーズをマッチングする場の重要性は益々高まっている.医工学連携を目的とするワークショップやOSでは,“ニーズを知り”,“シーズを見せる”双方向の交流の場となることが極めて重要であり,本会議ではこのような双方向の議論の場を提供することを目指している.その活動の一環として,機械学会の年次大会において,OS(医工学テクノロジーによる医療福祉機器開発),日本循環器学会のご協力の下で特別行事WS「循環器疾患の治療デバイス・治療法の進展と工学への期待」を開催している.前者は主に機械工学側からのシーズに関する議論を,後者では医療側からのニーズやシーズの展開例を知る重要な場となっている.本会議はこのような活動をさらに発展させるために日本循環器学会と開催しているWSと同じような企画を他の医学系学会とも同様に開催することができないか検討をはじめており,医工双方にとって価値観の共有や共創の場としてさらに発展することを期待している.

本年鑑では,日本医工ものづくりコモンズの活動を理事長の谷下一夫氏よりご紹介いただいた.また, 2022年の年次大会で本会議が主催したワークショップ「循環器疾患の治療デバイス・治療法の進展と工学への期待」および,OS「医療福祉機器に関する研究の動向」について,それぞれの開催をご担当頂いた岩﨑清隆氏,松浦弘明氏より解説を頂いた.

尚,本会議は2022年度が設置期間の最終年度であったが,2025年度までこれまでの「専門会議」から新たに「新分野推進会議」として延長が認められている.新分野を創成する場としての「医工学テクノロジー推進会議」の役割も益々重要なものとなってきている.

〔宮田昌悟 慶應義塾大学〕

26.2 ものづくりコモンズ

26.2.1 概況

2022年度も,医療分野と工学分野を繋ぐ医工連携の活動を実施した.コロナ禍が終息したわけではないので,オンライン開催が中心であった.コモンズの医工連携活動は,医療従事者との密な連携を基本としており,特に医療現場におけるユーザビリティの高い医療機器の実現のために,どのような機械工学の基盤技術が必要となるかを議論する事が活動の中心である.そのような観点から,2022年度では,これまでと同様に海外医療機器の最新動向勉強会,コモンズシンポジウム,WEBセミナー・WEBインタビュー,臨床医学の学会での医工連携出会いの広場などの集会事業の開催,出版事業として,コモンズ会誌第2号を発刊した.

26.2.2 海外医療機器の最新動向勉強会

この勉強会は,国立国際医療研究センターと提携して実施している勉強会で,2022年度は,4回開催した.オルバヘルスケアホールディングス株式会社が発刊しているMedical Globeの記事から選ばれた課題に関して,専門の医師による解説やユーザビリティに関するコメント,特許庁からの知財,薬事の観点から議論するという内容で,正に医療機器開発の根幹に関わる内容となっている.2022年度では,17件の記事が紹介されたが,その内機械工学的要素のある記事は,11件であった.具体的には,以下のような記事である.Microkpro社の非生物学的材料からなる人工角膜「MIOK」が中国で承認(眼科),Theradaptive社のTLIF用の骨成長を促進する骨補填材「Osteo-Adapt SP」(整形外科),InfraScan社のPOCの脳出血検知デバイス「Infrascanner」,小児も適応に(神経内科),CAIRDAC社が自己発電式リードレスペースメーカ「ALPS」を開発中(循環器内科),Vitestro社がAIを搭載した自動採血装置を開発中(総合診療科),Ancora社の左心室修復デバイス「AccuCinch」がブレークスルー指定に(循環器内科),Moximed社の膝OA患者用の衝撃吸収インプラント「MISHA」(整形外科),Ciliatech社が前房を傷つけない緑内障治療用インプラント「CID」を開発中(眼科)Inari社のPE用血栓除去デバイス「FlowTriever」(循環器内科),Xtremity社の加熱して再調整できる下腿義足用ソケット「XtremityTT」(整形外科).この勉強会の詳細な議事録(https://www.ikou-commons.com/network/medi_i/minc25/)が公開されているので,参照されたい.

26.2.3 コモンズシンポジウム

2022年度では,日本コンピュータ外科学会大会における特別シンポジウム「マイクロサージェリーにおける医工学技術の可能性」を開催した.マイクロサージェリーとは,1mm以下の血管とリンパ管を縫合するような極めて微細な外科手術で,精緻な手術デバイスと,熟練した外科医の手技が必要となる課題であり,機械工学の先端的な技術が必要とされる.このシンポジウムでは,血管吻合専用ロボット,光音響イメージングによる皮手術支援システム,光超音波イメージング技術に関する講演があった.

26.2.4 臨床医学会との医工連携イベント

従来臨床医学会の大会の場で,多くの医工連携イベントを開催してきていたが,残念ながらコロナ禍で対面での開催が中断されている.ただ,心血管インターベンション治療学会(CVIT)とは,コロナ禍でも対面を含むハイブリッドでのイベントが実施された.心筋梗塞の血管内治療技術は,精密な機械工学技術によって実現されており,機械工学の寄与が極めて重要な課題である.

26.2.5 出版事業

コモンズ会誌第2号を出版した.コモンズは,日本機械学会,コンピュータ外科学会などの工学や臨床医学の学会連携の組織であるため,連携して頂いている8学会からのお便りを掲載している.本学会の医工学テクノロジー推進会議からは,宮田昌悟副委員長(慶應義塾大学理工学部教授)から,活動紹介を掲載して頂いた.

〔谷下 一夫 日本医工ものづくりコモンズ〕

目次に戻る

26.3 医療福祉機器に関する研究の動向

医工学テクノロジー推進会議が機械学会年次大会で企画しているオーガナイズドセッション「医工学テクノロジーによる医療福祉機器開発」は,本推進会議の設置趣旨に鑑み,機械工学の各分野で日々取り組まれている研究の成果を医療福祉の現場で活用可能な技術として還元するために必要となる分野横断的な議論を促進することを目的として開催されてきた.2022年度の年次大会においては,口頭発表4件・ポスター発表5件の発表を集め,活発な意見交換が行われた.これらの講演から読み取られる医療福祉機器に関する研究の動向について紹介する.

 

各講演では,吸入療法を効果的にするためのマウスピースの検討(1),透析患者のQALY向上のためのインプラント型血液濾過装置の評価(2),インスリン分泌機能の非侵襲診断のための偏光感受型ドップラーOCTの検討(3),カテーテルを使わずに尿流率から膀胱内圧力を予測するためのモデル(4),機械学習を用いた血管内治療用ガイドワイヤー先端挙動の推定(5),血管内治療用ガイドワイヤーへの荷重と曲げ変形が回転応答性へ与える影響の評価(6),血管内治療用ガイドワイヤーとカテーテルについての相互の影響の評価(7),靭帯骨化による前脊髄動脈に対する圧迫に関する有限要素解析(8),骨導音を利用した補聴器の体内ユニット用コイルの評価(9)について報告があった.研究対象が多岐にわたっており,また検査,診断,治療の各フェーズに対する取り組みがなされていることが分かる.また本オーガナイズドセッションでは,機械工学系の研究者と医学系研究者,病院,医療機器関連企業との共同研究についての発表が多数あり,開発されたデバイスについて動物実験の段階に達しているものも報告されるなど,医工連携の成果が表れている.

 

少子高齢化の進展等により医療ニーズは多様化・複雑化していくものと考えられる一方で,「ものづくり」を基盤とし,分析(アナリシス)と統合(シンセシス)の手法を様々な対象に応用することで先端・融合領域分野を発展させてきた機械工学では,潜在的に医療ニーズに応えうる技術シーズが日々生み出されており,医療者とものづくり工学者の協働・共創の推進によるこの分野のさらなる発展が期待される.

〔松浦弘明 東京大学〕

参考文献

(1) 中川 一人, 肥田 不二夫, 伊藤 玲子, 權 寧博, 加圧噴霧式定量吸入器(pMDI)用マウスピースの利用と吸入状況の変化, 日本機械学会年次大会(2022), DOI: https://doi.org/10.1299/jsmemecj.2022.J241-01

(2) 大田 能士, 伊藤 貴裕, 河野 麗, 宮岡 良卓, 石橋 英俊, 小森 正樹, 安川 明男, 菅野 義彦, 三木 則尚, 無電源小型血液濾過装置の逆濾過現象制御およびex vivo評価, 日本機械学会年次大会(2022), J241-02.

(3) 佐伯 壮一, 石井 亮輔, 石原 稚子, 偏光感受型ドップラーOCTを用いた非侵襲糖尿病診断の提案, 日本機械学会年次大会(2022), DOI: https://doi.org/10.1299/jsmemecj.2022.J241-03

(4) 渡部 日奈子, 角 耀, 吉村 美和子, 河府 賢治, 膀胱内圧力による尿流率と残尿量の変化-小球体を用いたモデル実験-, 日本機械学会年次大会(2022), J241-04.

(5) 餅田 純平, 森 浩二, 高嶋 一登, 当麻 直樹, 齋藤 俊, 学習データを用いた血管内治療デバイス先端の血管内での挙動の推定, 日本機械学会年次大会(2022), DOI: https://doi.org/10.1299/jsmemecj.2022.J241p-01

(6) 末田 悠真, 森 浩二, 高橋 一登, 当麻 直樹, 齋藤 俊, 血管内治療デバイスの回転操作に与える影響因子の調査, 日本機械学会年次大会(2022), DOI: https://doi.org/10.1299/jsmemecj.2022.J241p-03

(7) 森永 舞, 森 浩二, 高嶋 一登, 当麻 直樹, 斎藤 俊, 血管内治療デバイスに与えられる押す/回転操作に対する応答性の測定, 日本機械学会年次大会(2022), DOI: https://doi.org/10.1299/jsmemecj.2022.J241p-05

(8) 陳 煒玥, 西田 周泰, 蒋 飛, 大木 順司, 陳 献, 靭帯骨化による前脊髄動脈に対する圧迫に関する有限要素解析, 日本機械学会年次大会(2022), DOI: https://doi.org/10.1299/jsmemecj.2022.J241p-02

(9) 三浦 颯太, 鈴木 克佳, 羽藤 直人, 神崎 晶, 白井 愛理, 小池 卓二, 植込み型骨導補聴器外部ユニットの発生磁界計測と補聴性能評価, 日本機械学会年次大会(2022), J241p-04.

目次に戻る

26.4 医工学ワークショップ

2022年度の日本機械学会年次大会(富山大学)において,日本循環器学会と日本機械学会のジョイントワークショップとして,「循環器疾患の治療デバイス・治療法の進展と工学への期待」というセッションを開催させていただいた.日本循環器学会から,東京大学医学部附属病院心臓外科教授で医工連携部部長の小野稔先生に「私が実践してきた医工連携」,AMI株式会社代表取締役の小川晋平先生に,「超聴診器」というタイトルでご講演をいただいた.座長は日本循環器学会から東京大学医学部付属病院循環器内科特任助教の桐山皓行先生,日本機械学会から小生が務めさせていただいた.

東京大学の小野先生からは,自ら工学部の教室と開発に関わった血管の吻合に用いる医療機器について,開発で体験したこと,苦労した点,どのように乗り越えたか,また,レギュレーションを理解した開発の重要性についてお話をいただいた.開発に携わったものが医療機器として承認される喜びについてもお話があった.また,若い頃に携わった人工心臓に関わる研究についてお話をいただいた.ご自身の経験を踏まえ,現在東京大学でも医工連携部部長としても取り組まれている医工連携の必要性について強調されていた.

AMI株式会社の小川先生からは,自らスタートアップを起業して「超聴診器」を研究開発し,実用化研究へと取り組んでいる現況をご講演いただいた.心電と心音を同時計測する機器,計測デーを解析して表示するソフトウエアから構成されるもので,本大会直後の2022年10月にクラスII医療機器として承認されており,タイムリーな話題を提供いただいた.AIによる診断アシスト機能に関する研究開発も行っており,今後搭載していく予定であるとのことだった.大動脈弁狭窄症は突然死に繋がることもあることから早期発見が重要であり,現在大動脈弁狭窄症の診断補助を目的とした医療機器開発にも取り組んでいるとのことだった.聴診器の基本的原理は200年以上変わっておらず,聴診器による聴診は医師の経験に左右されれること,また,心電図を取得するための技師も不足していることなどの課題がある.小川先生は,自ら医師としての経験を通じて,当たり前の医療に疑問を持ち,この「超聴診器」のアイデアを着想し,医療機器としての実用化に至るまで突き進めてこられた.小川先生は2015年にAMI株式会社を1人で起業されたが,アイデアはあっても医療機器の開発経験が全くないため,初めはうまくいかなかった.そのような中で,医用電子工学の専門家の熊本大学の工学研究者の山川俊貴先生との出会いで研究開発が大きく進んだとのことだった.自ら論文を調べて連絡をとり,山川先生の研究室を訪問し共感していただき,共同研究を始められたことが,ここまで研究開発を進めてくる中で最も大きなポイントだったと強調されていた.実現させたい夢を語り,共感を得て,Goalを共有して共に研究をすることが,医工連携の最も重要な点であり,醍醐味であると感じた.

大会の最終日の午後の開催であったが,参加者から活発な質疑があった.講演者の先生方,会場に足を運んでいただいた先生方に心より感謝申し上げる.

〔岩﨑 清隆 早稲田大学〕

目次に戻る