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機械工学年鑑2023

22. 技術と社会

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22.1 概観

2022年は,2020年から始まった新型コロナウィルスによるパンデミックの影響で経済の低迷が続く中,突然のロシアのウクライナ侵攻によって,世界中が再び戦争という恐怖にさらされるようになり,燃料・資源の高騰,それによって引き起こされる物価高,株価の暴落など,更に経済が低迷することとなった.しかし,年の後半になると,新型コロナウィルスの感染拡大はようやくその勢いを弱め,現在は終息の方向へ向かいつつある.ロシアとウクライナの戦争は未だに終息の気配はなく,引き続きウクライナ国内の各地では激しい戦闘が繰り返されているが,世界中の新型コロナ感染率の低下による移動制限の撤廃や生活意識の変化によって人の移動や行動量が増加し,世界経済は復調の兆しを見せている.

一方で,技術分野の発展に関して見ると,2023年になってから,にわかにAIの新技術が注目されるようになった.その一つであるChat-GPTは,それまでのAIの概念を大きく変えてしまうほど社会的に大きな衝撃を与えている.あたかも,チャットの先に本当に人間がいて答えているように感じてしまうほど違和感のない受け答えと正確な情報は,これまでコンピュータは単純作業だけが得意で,複雑で創造的な仕事は人間にしかできない,とされていた常識を覆すのに十分なインパクトを与えている.これまで人間が得意としていた知的で創造的な仕事もコンピュータにとってかわられてしまうとすれば,今後人間はどのような仕事をすればよいのか,人間の存在価値自体が問われてくる世界がすぐ間近に迫ってきているといえる.

そんな中,われわれ機械分野においては,モノづくりを主体として考えたときに,AIの台頭によって何が不要となり何が必要となるのか,しっかりと見極めることが重要となると考える.そうした意味で,2023年は,機械分野においても大きな変革の時代の幕開けとなるのではなかろうか.

技術と社会部門では,「人と技術と社会」の問題を技術教育・技術史・技術者倫理などの幅広い分野から考える活動を行っている.以下に,「工学・技術教育」,「技術史・工学史」,「産業遺産・機械遺産」および「技術者倫理」に焦点を絞り最近の動向について報告を行う.

〔佐藤 智明 神奈川工科大学〕

22.2 工学・技術教育

工学・技術教育分野における2022年の動向について紹介する.

日本工学教育協会が主催する第70回年次大会・工学教育研究講演会においては,オーガナイズドセッション(以降,OS)が13セッション,一般セッションが6セッション設けられ,講演数は221件であった(1).「教材開発」に関するセッションの講演数は全体の約3割,「教育力,教育システム」,「オンライン,ハイブリッド型教育」に関するセッションの講演数はそれぞれ約1割であり,教材開発とその効果に関する講演が最も多く,コロナ禍以降急速に進展したオンライン教育に関する講演が一定数を占める状況が続いている.その他,「リカレント教育・社会人教育」,「高専教育」,「ダイバーシティ」,「プロジェクト教育」,「ロボット教育」に関するOS,一般セッションが実施された(2).同協会が発行する「工学教育」誌に掲載された工学・技術教育関連の論文は53件であり,最も多いキーワードは「PBL」(7編),次点で「遠隔授業(オンライン講義)」(6編),次いで「工学教育」,「高等専門学校」,「教材」,「グループ活動(グループワーク)」(5編)であった.キーワードに「教材」が含まれていない論文においても,論文題目に教材開発であることが明記されたものも多く,全体として教材開発や授業等での取組み,PBLを含めた協働学習に関連する論文が多い傾向であった(3)~(8)

機械工学分野の教育活動に着目すると,2022年に日本機械学会(以降,本会)の支部・部門が主催する講演会において設けられた工学・技術教育関連のOSは15セッションであり,講演数は合計104件であった(9)~(17).OS名と発表題目から著者独自の判断で行った講演内容の分類では,「教育手法・授業での取組み(教材開発を除く)」が約半数,「教材開発」が3割弱,「コンテスト関連」が1割程度であり,授業等での取組みと教材開発に関する講演が大半を占めていた.その他,「PBL,プロジェクト教育」,「産学官連携による教育」,「卒業研究」,「リカレント教育・社会人教育」,「グローバル教育」を題材とした講演が含まれていたが,「PBL,プロジェクト教育」(6件)以外はそれぞれ1~2件程度の少数であった.また全講演104件中,「オンライン」,「オンデマンド」,「遠隔」のいずれかのキーワードが演題に含まれていた講演は7件であり,この3つのキーワードのみから判断した結果ではあるが,遠隔授業に関連した講演数は多くない傾向であった.本会が発行する日本機械学会論文集に掲載された学術論文のうち,「法工学,技術史,工学教育,経営工学など」のカテゴリーとして掲載された工学教育関連論文は2編であり,共に授業等における教材・ソフトウェアの活用に関連する論文であった(18),(19).以上より,日本工学教育協会,本会が発行する論文集,および主催する研究講演会での報告内容については,例年同様,教育方法・教材に着目した内容が大半を占めており,約1割程度は遠隔授業に関連した報告である状況が続いている.

教育に関する政府の方針については,内閣府がSociety 5.0の実現に向けた科学技術・イノベーション政策のさらなる推進のため,統合イノベーション戦略2022(20)において「探究・STEAM教育の抜本強化」を掲げている.令和4年度大学教育再生戦略推進費においては,STEAM教育を基盤とした教育プログラム「地域活性化人材育成事業~SPARC~」の公募が新規に開始され(21),初等教育から高等教育に至るまで探求力を涵養する教育の実践が求められている.工学・技術教育に関連する国内の論文,講演は教材の開発,教育方法に関するテーマが大半を占めている状況であるが,今後は政府の教育関連政策,補助金による新しい教育プロジェクトの展開により,学生の探求心を涵養するための教育方法,教材に着目した報告が増えるものと考えられる.また,コロナ禍で加速した教育現場におけるICT化は教育方法・教材の選択肢を広げており,今後も一定の割合で情報通信技術を活用したICT教育に関する報告が継続されることが予想される.

〔齊藤 亜由子 工学院大学〕

参考文献

(1) 大貫進一郎, 日本工学教育協会関東工学教育協会第70回年次大会報告, 工学教育, Vol.70, No.6 (2022), pp.2–3.

(2) 第70回年次大会・工学教育研究講演会, 公益社団法人 日本工学教育協会

https://confit.atlas.jp/guide/event/jsee2022/top(参照日2023年1月30日)

(3) 工学教育70巻1号, 公益社団法人 日本工学教育協会

https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsee/70/1/_contents/-char/ja(参照日2023年1月30日)

(4) 工学教育70巻2号, 公益社団法人 日本工学教育協会

https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsee/70/2/_contents/-char/ja(参照日2023年1月30日)

(5) 工学教育70巻3号, 公益社団法人 日本工学教育協会

https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsee/70/3/_contents/-char/ja(参照日2023年1月30日)

(6) 工学教育70巻4号, 公益社団法人 日本工学教育協会

https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsee/70/4/_contents/-char/ja(参照日2023年1月30日)

(7) 工学教育70巻5号, 公益社団法人 日本工学教育協会

https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsee/70/5/_contents/-char/ja(参照日2023年1月30日)

(8) 工学教育70巻6号, 公益社団法人 日本工学教育協会

https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsee/70/6/_contents/-char/ja(参照日2023年1月30日)

(9) 日本機械学会 関東支部 第28期総会・講演会 講演プログラム, 一般社団法人 日本機械学会 関東支部

https://www.jsme.or.jp/conference/ktconf22/doc/program_20220309.pdf(参照日2023年1月30日)

(10) 日本機械学会 九州支部 第75期総会・講演会 プログラム, 一般社団法人 日本機械学会 九州支部

https://www.jsme.or.jp/ky/br/kyconf22/download/program_web.pdf(参照日2023年1月30日)

(11) ロボティクス・メカトロニクス 講演会 2022 in Sapporo プログラム, 一般社団法人 日本機械学会 ロボティクス・メカトロニクス部門

https://drive.google.com/file/d/1akO9fEVUp_zq5jjL3p66vKiZc9LkFpC2/view(参照日2023年1月30日)

(12) Dynamics and Design Conference 2022 プログラム, 一般社団法人 日本機械学会 機械力学・計測制御部門

https://www.jsme.or.jp/conference/dmcconf22/images/D&D2022プログラム_確定版_20220901.pdf(参照日2023年1月30日)

(13) 日本機械学会 2022年度 年次大会 プログラム OS環境エネルギー・工学技術教育, 一般社団法人 日本機械学会

https://confit.atlas.jp/guide/event/jsme2022/sessions/classlist/S201(参照日2023年1月30日)

(14) 日本機械学会 2022年度 年次大会 プログラム OS教育に利用する機械, 一般社団法人 日本機械学会

https://confit.atlas.jp/guide/event/jsme2022/sessions/classlist/S202(参照日2023年1月30日)

(15) 第32回設計工学・システム部門講演会 講演プログラム, 一般社団法人 日本機械学会 設計工学・システム部門

https://www.jsme.or.jp/dsd/dsdconf22/program/program/program220906.pdf(参照日2023年1月30日)

(16) 技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる プログラム, 一般社団法人 日本機械学会 技術と社会部門

https://www.jsme.or.jp/conference/tsdconf22/file/program_v8_20221128.pdf(参照日2023年1月30日)

(17) 1DCAE・MBDシンポジウム2022 プログラム, 一般社団法人 日本機械学会 設計工学・システム部門

https://1dcae.jp/sympo/wp-content/uploads/sites/11/2022/11/program1108.pdf(参照日2023年1月30日)

(18) 久保田久和, 長野克己, 星野実, 山本利一, スターリングエンジン教材とデジタル製造技術の習得, 日本機械学会論文集, Vol. 88, No. 908 (2022), DOI: 10.1299/transjsme.21-00371.

(19) 山根清美, 湯浅皓太, 伊藤孝起, 小砂匡, 竹村幾史, 表計算ソフトウェアによる微分方程式の数値計算, 日本機械学会論文集, Vol. 88, No. 916 (2022), DOI: 10.1299/transjsme.22-00198.

(20) 統合イノベーション戦略2022(2022-6閣議決定), 内閣府

https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/togo2022_honbun.pdf(参照日2023年1月30日)

(21) 国公私立大学を通じた大学教育再生の戦略的推進, 文部科学省

https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kaikaku/index.htm(参照日2023年1月30日)

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22.3 技術史・工学史

技術史研究の国際学会として,国際技術史委員会ICOHTECがある.2022年の第49回年次大会ICOTEC20221は,チェコ,オストラバのオストラバ大学で2022年9月24日~30日の期間で開催されたがCovid19の関係ですべてオンライン会議となった.会議は22セッション,総計67件のバーチャル・ミーティングが開催された.他,クランツベルク講演1件,ポスターセッション1件の発表があった.

技術史研究に関連の深い国際産業遺産保存委員会(TICCIH)の国際会議XVIII Congress of TICCIH2は2022年8月28日~9月3日まで,カナダ,モントリオール,ケベック大学モントリオール校で「産業遺産リロード」のテーマで開催された.全126セッション,各セッション3~4件の発表があった.

国内では産業遺産学会(JIAS)が2022年7月30日に第46回総会をオンライン形式で開催,4件の研究発表があった.さらに同年11月5日に島根県邑智郡邑南町で開催予定であったが,オンライン形式の研究発表会となった.研究発表3件,全国大会(久喜鉱山)研究発表会予稿集3が発行されている.

日本産業技術史学会(JSHIT)は2022年9月3日に第38回年会が金沢市のしいのき迎賓館で開催された.一般講演は10件であった.学会誌『技術と文明』は,冊子版は,第23巻第1号(44冊)までの全論文がオープンアクセスとなっている.また,電子版は第23巻掲載論文2件が公開されている.

日本科学史学会(HSSJ)では,欧文誌「Historia Scientiarum」は年間3号,学会誌「科学史研究」は年間4号およびニュースレター「科学史通信」は年4回程度刊行されている.2022年5月27日,日本科学史学会の第69回年会4は2023年5月21日にオンデマンド形式で開催,一般講演9件であった.引き続き5月28日にオンライン形式で開催され,一般講演43件,シンポジウムは5会場で開催された.

日本技術史教育学会(JSEHT)は2022年7月23日に2022年度総会・研究発表講演会5をサレジオ工業高等専門学校で,オンライン形式で開催された.8件の研究発表講演と1件の特別講演があった.同年12月2日に全国大会6を神奈川県厚木市の神奈川工科大学を会場にして,会場とオンライン併用のハイブリッド式で開催された.研究発表講演8件の講演があった.関西支部2022年度総会は,兵庫県民会館とオンライン形式のハイブリッド式で開催され,13件の研究発表講演があった.

『技術史教育学会誌 第23巻第2号』(2022年4月)7には,特別寄稿論文1件と5件の論文が収録されている.

中部産業遺産研究会(CSIH)のシンポジウム「日本の技術史を見る眼」第40回8は,2023年2月19日に,「技術史のおもしろさの発見」の副題で愛知県名古屋市のトヨタ産業技術記念館で開催された.同講演論文集には9件の講演論文などが掲載されている.

日本機械学会2022年度年次大会9は,「シンギュラリティがもたらす機械工学の未来」を大会テーマに,富山大学五福キャンパスで開催された.当技術と社会部門では,ワークショップ2件,一般講演3件,の計5件の発表が行われた.

技術と社会部門の2021年度部門講演会「技術と社会の関連を巡って-過去から未来を訪ねる」10は,2022年12月3日~4日に沖縄県の琉球大学工学部の千原キャンパスを会場にして開催された.特別講演2件,学術講演60件があったが,技術史に関係する講演は5件であった.また,開催地特別企画として,中高生研究発表会がポスターセッションとして開催,6件の研究発表があった.

その他,各支部講演会は,各地で開催されたが,技術史・工学史に関係する一般講演はなかった.

                                     〔石田 正治 愛知県立豊橋工科高校〕

参考文献

(1) The International Committee for the History of Technology’s 49th Symposium

https://icohtec2022.osu.eu/ (URL参照日 2023年4月1日)

(2) https://sites.grenadine.uqam.ca/sites/patrimoine/en/ticcih2022/home/(URL参照日 2023年4月1日)

(3) 産業遺産学会2022年度全国大会(久喜鉱山)研究発表会予稿集(11.5)

(4) 2022年度総会, 第69回年会, 日本科学史学会

https://sites.google.com/view/kagakusi2022/(URL参照日 2023年4月1日)

(5) 日本技術史教育学会ニュースレター「技術史教育」, No.130 (2022.6.10)

(6) 日本技術史教育学会ニュースレター「技術史教育」, No.133 (2022.1.31)

(7) 技術史教育学会誌第23巻1号 (2021.31).

(8) シンポジウム「日本の技術史をみる眼」第40回, 中部産業遺産研究会

http://csih.sakura.ne.jp/nitigi.html (URL参照日 2023年4月1日)

(9) 日本機械学会2022年度年次大会(富山大) :「シンギュラリティがもたらす機械工学の未来」, 日本機械学会

https://confit.atlas.jp/guide/event/jsme2022/top (URL参照日 2023年4月1日)

(10) 技術と社会部門の2022年度部門講演会プログラム

https://www.jsme.or.jp/conference/tsdconf22/doc/program.html (URL参照日 2023年4月1日)

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22.4 産業遺産・機械遺産

第16回目となった「機械遺産」であるが,2022年はNo.114以下の3件が認定された.

まず,No.114は岡本工作機械製作所製の「平面研削盤PSG-6B」である.平面研削盤は,円筒研削盤とともに機械部品加工の最終工程を担う重要な工作機械の一つといえる.この装置はテーブルの駆動装置に自社開発の油圧ポンプ・油圧シリンダを採用し,砥石軸は4個の超精密ボールベアリングで支えることにより,0.001mmの砥石軸の送りを達成しているものである.この機械は,日本の高度経済成長期の機械工業の発展を1/1000mm台の超精密加工の実現により下支えした歴史的な工作機械である.

次に,No.115は宮川工機の「木材プレカットシステムMPS-1」である.木造住宅では76%が軸組み工法を採用しているが,過去には熟練した大工職人により軸材の配置・組み立て方が設計され現場で手加工が行われていた.宮川工機はその工程を工場であらかじめ組手を加工してそれを現場に搬入するプレカット(宮川工機による造語で現在では一般化)に置き換えることを企画して開発された機械である.現在軸組み効能の93%がプレカット工法を採用しているが,その端緒となった機械である.

最後のNo.116は「手回しガラ紡機」である.その運転音から“ガラ紡”と名付けられたこの機械は,明治期の西洋の紡績機輸入の流れの中で,高価な外国製に代わる単純な機構の手回し紡績機を意図して臥雲辰致が開発したもので,国内綿作地帯の西三河地方の紡績業が急成長し一大産地となるきっかけを与え,国内各地にも普及していったものである.我が国の近代紡績産業黎明期の象徴的国産機械といえるものである.

2022年の機械遺産認定盾および感謝状の手交は,早稲田大学で対面とオンラインのハイブリッド形式で行われた.広報としては,学会ウエブサイトの機械遺産ページ内に機械遺産認定のページを設け機械遺産委員長の挨拶と認定事案紹介,続いて各認定対象を所有する組織からの紹介動画のリンクが設けられた.

さて,国の重要文化財では,歴史資料の部では,すでに機械遺産(No.31)となっている日立製作所が保存している“五馬力誘導電動機”があらたに指定された.なお,他の2022年指定の歴史資料は,主に文書資料(一部望遠鏡などを含む器物資料)となっている.

世界遺産(世界文化遺産)関連では,産業の遺産として,“石見銀山”,“明治日本の産業革命遺産”に続いて2023年の指定を目指した“金を中心とする佐渡鉱山の遺産群”であるが,資産の記載の不備をユネスコから指摘され,推薦書の提出が遅れることになり,2023年の世界遺産委員会での審議が難しくなった.また,近現代の産業遺産では,遺産が範囲とする年代を外れていても“応募工”に関する問題が何かと指摘されるようになり,佐渡においても例にもれず課題を複雑化させる要因となっている.

社会の動きとしては,最近保存状態が悪化し,各地で解体の報に接する鉄道保存車両であるが,2022年11月に芝浦工業大学付属中学高等学校が,創立100周年記念事業として,西武鉄道から元鉄道院403号機関車の寄贈を受け,校地内での展示を始めている.技術社会の変遷から社会と技術の連関を体得してゆく教育における実物資料として活用されていくことを期待したい.

他の学協会の遺産関係の認証では,土木学会の「選奨土木遺産」には18件,電気学会の「でんきの礎」には3件,というように継続して認定が行われている.ただ,これまで遺産認定活動を行っていた学協会で,認定が行われなくなっているところも散見され,COVID-19の影響もあるかもしれない.一方,産業遺産学会では,「推薦産業遺産」(2022年度4件)制度に加え,2019年度から複数の産業遺産が構成する景観を認定する「産業景観」の募集を春期と秋期に行っている.このほか,広範な分野を網羅するものとして産業資料情報センター(国立科学博物館)の「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」18件の認定が行われており,特に機械系の資産としてはFJR710/20 ターボファンエンジンおよびRJ500ターボファンエンジンが指定されている.各学協会の遺産,文化庁の史跡,重要文化財などの各種制度と認定物品の位置づけに関しては,各学協会等のウエブサイトを参照いただきたい.

〔小野寺英輝 岩手大学〕

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22.5 技術者倫理

2022年における不祥事としては,日野自動車(東京都日野市日野台)が製造する国内向けエンジンのA05C(HC-SCRのみ)・A09C・E13Cの3機種において,エンジン認証に関する不正行為を行なっていたことが挙げられる.3機種のうち,A05C(HC-SCRのみ)は排出ガス性能の劣化耐久試験で排出ガス浄化性能が劣化して規制値に適合しない可能性を認識しながらも,排出ガス後処理装置の第2マフラーを途中で交換して試験を継続し,経年変化により排出ガスの規制値を超過する可能性あること,A09CとE13Cは燃費測定の際に重量車燃費基準による優遇税制を受けられるようにするため燃料流量校正値を燃費に有利に働くような数値に設定することにより,実際よりも良い燃費値を燃費計に表示させるようにして試験を実施した,というもの.この件について,日野自動車は,2022年4月1日に不正行為の内容と,これを防止するための「3つの改革」について発表している1

また,4月23日に発生した知床遊覧船沈没事故は,「安全」を軽視する企業体質が招いた事故とも考えられる事故である.この事故は,強風注意報が発表されており,朝から夜遅くまで最大風速15メートルの強風が予報されていた気象状況の中で,観光船「KAZU I」が出航.北海道・知床半島沖を運航中に浸水し,救助を必要とする海難事故となり,乗員・乗客合わせて26名全員が死亡,行方不明となった2.国土交通省では,観光船「KAZU I」の運航会社である有限会社 知床遊覧船に対する特別監査を実施,安全管理規程により構築されるべき複層的なセーフティネットが失われたことが今回の重大な事故の発生と被害の拡大の大きな要因となったと述べている3

さらには,日本電産の100%子会社である日本電産テクノモータが,顧客と取り決めた仕様を無断で変更していたことが発覚した.本件は,日本電産テクノモータ社の中国法人である日本電産芝浦(浙江)有限公司において,空調機器用のファンモーターの「巻線」と呼ばれる部品の素材を,顧客には「ポリウレタン銅線を素材とする」ことを仕様書に示しているにも係わらず,顧客には無断で,別の素材である「アルミ線を銅でコーティングした銅クラッドアルミ線」に変更していたということで,6月に内部告発があり発覚した4

以上のような企業不祥事は,毎年のように繰り返し発生しており,不正防止のいっそうの努力が必要である.

一方,昨今において,通信インフラは,以前にも増して重要なものとなっているが,7月2日に発生したKDDIの通信障害は,発生から復旧までに61時間25分にも及び,気象観測や宅配といった業種にまでも影響を及ぼした.この事故の原因は,メンテナンス作業時の経路誤設定であるとされ,特殊なネットワーク状態での輻輳制御が十分に考慮されていなかったことから,全国的に輻輳状態が発生し,更には,複雑な輻輳状態を復旧させる手順が確立されていなかったために,復旧までに長時間を要してしまったことが報告されている5

技術と社会部門技術倫理委員会では,工学分野を担う技術者リーダーの育成に資する企画として毎年「リーダーを目指す技術者倫理セミナー」を開催している.2022年度では,1回実施,通算第27回のセミナー(2022年7月23日開催)として「グローバルな競争下における「ゼロリスク思考」を考える」と題して,オンラインセミナー形態で開催された.技術は,人を幸せにして社会を豊かにするものであり,技術の社会との関わり合いはきわめて重要である.2022年度のセミナーで取りあげたテーマは社会の倫理観の醸成に資するものであったと考える.グローバル化が進む現代において,日本企業が国際競争に生き残っていくには,「ゼロリスク思考」を見直し,「リスクとベネフィットとのバランスによる判断」へ移行を進める必要があるが,その行動規範となるのが技術者倫理である.こうしたセミナーの取り組みを引き続き継続して進めていく.

〔関根 康史 福山大学〕

参考文献

(1) 【公表情報一覧】エンジン認証に関する当社の不正行為および「3つの改革」について,

https://www.hino.co.jp/corp/news/2022/20220401-003234.html#title1 (参照日2023年2月9日)

(2) 知床遊覧船事故の概要, 第1回 知床遊覧船事故対策検討委員会(令和4年5月11日)配布資料3, 国土交通省

https://www.mlit.go.jp/common/001481055.pdf (参照日2023年2月9日)

(3) 有限会社 知床遊覧船に対する特別監査の結果, 第3回 知床遊覧船事故対策検討委員会(令和4年5月27日)参考資料 https://www.mlit.go.jp/common/001483270.pdf (参照日2023年2月9日)

(4) 仕様を無断変更か, 日本電産が抱える新たな問題, 空調機器用モーター子会社に無理な収益要求, 東洋経済オンライン https://toyokeizai.net/articles/-/629407?page=2 (参照日2023年2月9日)

(5) 7月2日に発生した通信障害について, 2022年7月29日付, KDDIニュースリリース一覧, 2022年, https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2022/07/29/6183.html (参照日2023年2月9日)

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