19. 情報・知能・精密機器
19.1 コンピュータ・記憶装置・記憶メディア
2022年のパソコン(PC)総出荷台数は約2億9300万台と対2021年比約-16%と減少し,COVID-19パンデミックによるPC市場のブームは終了した.
世界的な不景気を受けPC需要は大きく減退しており,第4四半期にはパンデミック前のレベルを下回った.
2022年のHDD(磁気ディスク装置)総出荷台数は2021年比約-34%と激減し,約1億7100万台であった.
全てのカテゴリで出荷台数は減少しており,特にPC向けは半減した.記録容量でも約12%減の1184EBに留まった.
2022年のSSD(Solid State Drive)総出荷台数は対2021年比11%減の3億3200万台であった.
記録容量に直すとトータル278EBで前年比+4%と,ほぼ横ばいである.
このパンデミック後の需要の減退は2023年まで続くと見られている.
(統計はIDC社およびTrendfocus社による)
〔江口 健彦 Western Digital Technologies GK〕
19.2 入出力装置
一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会が集計,公表している「事務機械出荷実績」(1)によれば,2022年の主要出力機器の総出荷額(一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会会員企業のみの集計)は,1兆5,783億円(対2021年130.1%)であった.内訳は,複写機・複合機が8,372億円(同129.0%),ページプリンタが4,583億円(同130.9%),ビジネス・大判インクジェット2,828億円(同132.1%)となっている.COVID-19の影響が緩和されたこともあり,全領域で2021年から30%程度の成長を示し,2019年の実績をやや上回るレベルに回復した(図1).
電子写真方式が主流となっているオフィス向けの出力機器では,2022年に主要メーカーより約30機種が新たに販売された(2).これら新機種では,廃棄ゼロを目指したリサイクル,リユースのクローズド・ループ・システムの採用や,省エネルギーを目指したトナー,パッド方式定着装置,IH(Induction Heating)方式定着装置の開発など環境対応技術の導入が多く見られた.また,プロダクション(デジタル印刷)領域では,4年ごとに開催されるIGAS2022 International Graphic Arts Showが東京ビッグサイトで開催され,177社/団体の展示に約33,000人(うち,海外約2,300人)が来訪した.電子写真機としては,カラー電子写真初のB2サイズ機(参考出品),従来の2倍近い39.9m/分の高速デジタルラベル機,1mm厚のメディアに対応するカスタム機や,抗菌トナー・圧着トナーといった新機能を付与したトナー技術が注目された.
インクジェット方式の出力機器では,商業印刷,軟包装・ラベル・段ボールなどの包装印刷,テキスタイルといった領域を中心に100機種を超える製品が新たに市場導入された(2).商業印刷機の200m/分への高速化(2021年160m/分),段ボール印刷の多色化・高画質化,1600mm~3000mmの広幅に対応した産業向け機器,テキスタイルでの直接転写シートに室力するDTF(Direct to film)機の増加(2021年2商品から2022年7商品へ増加)などのトレンドが見られた.
研究討論会や講演会に関しては,オンライン方式が定着した中で,対面会場を利用するハイブリッド開催の割合が40%まで増加した.日本画像学会が主催する年次大会では,画像出力技術に関して約30件の研究発表がなされた(3)(4).インクジェット方式に関する報告が74%を占めており,そのうちの65%が,インク滴の吐出や,メディア上に着弾した後の浸透や蒸発などの現象を解析する技術に関するものであった.電子写真方式に関しては,現像・転写サブシステムなどの解析に関する報告と,新たな定着技術や正帯電感光体の開発に関する報告が見られた.社会・生活様式の変革を推進し,また今後の成長が見込まれるプロダクション領域での高性能化を目指した,さらなる技術開発の活性化を期待したい.
図19-2-1 主要出力機器の総出荷額の推移
(ビジネス・大判インクジェット機は2020年から集計を開始)
〔中山 信行 富士フイルムビジネスイノベーション(株)/東京工芸大学〕
19.3 ホームエレクトロニクス機器
一般社団法人 日本電機工業会の発表(1)によると,2022年度の冷蔵庫,洗濯機,ルームエアコンなどの白物家電の国内出荷額は,約2.6兆円,前年度比103.0%となり,直近10年平均(約2.4兆円)を大幅に上回り,高い水準を維持している.消費全般における物価高騰が購買意欲を抑制し,国内出荷数量は減少傾向であるが,原材料・輸送費の高騰や,消費者の高付加価値製品志向により製品単価が上昇しており,国内出荷金額を押し上げている.
製品別の国内出荷額では,ルームエアコンが上海ロックダウンの影響を受けたものの,6月後半から7月上旬の記録的な猛暑によって需要が伸び,前年度比102.8%と前年度を上回る見込みとなっている.冷蔵庫に関しても同様に猛暑の影響により,前年度比102.4%となる見込みである.一方,洗濯機においては,上期前半に受けた上海ロックダウンの影響を,解除後に出荷が伸長したものの99.7%とわずかに前年度を下回る見込みとなっている.
2023年度は高付加価値製品のニーズに加え,原材料価格の高騰による製品単価の上昇が継続し,国内出荷金額は前年度を上回る見通しとなっている.外出機会の増加やサービス消費への転換,物価上昇による消費マインドの冷え込みが想定されるが,白物家電の買替需要は堅調に推移すると見られている.
〔黒澤真理 日立製作所〕
19.4 医療・福祉機器
医療分野に関しては,ロボットアームが1本のみのシングルポートシステムの手術ロボットda Vinci SP(Intuitive)(1)の医療機器製造販売承認(2022年9月22日付)や外科医の協働者としての手術ロボットANSURサージカルユニット(朝日サージカルロボティクス)の開発(2)など,小型化や機能特化された手術ロボットの開発・製造販売が進んでいる.また,すでに臨床使用されている汎用手術ロボットの操作情報等のデータ蓄積も進んできており,教育・トレーニングをはじめとした新たなデータ利活用方法が望まれる.手術ロボット分野に関しては,汎用手術ロボットの機能拡張やデータ利活用とともに,小型化・機能特化も今後の方向性の一つとなることが想定される.
医療者の業務改善に関しては,2024年4月から開始される医師の働き方改革に伴い,医師の業務のタスクシフト・タスクシェアが進められている.タスクシフト・タスクシェアは医師の業務の一部を看護師や臨床工学技士等,医師以外の医療者へ移管し,医師の業務負荷を軽減しようとする取り組みである.タスクシフト・タスクシェアの推進により,医師以外の医療者が血管穿刺,カテーテル操作,鏡視下手術における内視鏡操作など,これまで経験していない行為を実施することが想定されており(3),教育・トレーニングが課題となっている.これまでの本学会情報・知能・精密機械部門における研究発表の中には,血管穿刺ロボットの研究発表等もなされており,技術の応用が期待される.
福祉分野に関しては, 2022年4月より,トイレでの自立した排泄を促すことを目的とした「排泄予測支援機器」が介護保険の給付対象となった(4).現場のニーズに沿った開発であり,機器の小型化・低価格化が進んだことによるものであると考えられる.介護機器の開発にあたっては,目的の機能が実現されることだけでなく,介護保険の適用範囲外のものについては費用負担の観点から導入しづらいこと,介護士にとって緊急対応も含め日常の一連の業務と整合して使用できることが求められるということ,を考慮する必要がある.
その他関連する分野として,医療的ケア児が使用する医療機器に関する課題が顕在化してきている.医療的ケア児とは,医学の進歩を背景として,NICU等に長期入院した後,引き続き人工呼吸器等を使用し,たんの吸引等の医療的ケアが日常的に必要な児童のことである.2021年6月の法改正により医療的ケア児が希望すれば,通常の学校で教育を受けられるよう合理的な配慮がなされることととなった(5).これに伴い,法改正以前より発生していた医療機器に関連する事故の頻度が,増えてしまう可能性がある.また,医療的ケア児が使用する機器は使用者のライフステージによって変化することに加え,医療的ケア児自身が未成熟であることから,医療機器を誤用してしまうといった課題もある.さらには,保育園や学校は医療を行うために整備された場所ではなく,保育士等医療行為を専門としない方が医療機器を扱う場合があることから,支援技術の開発が求められており,機械工学の幅広い技術の活用が期待される.
〔桑名 健太 東京電機大学〕
19.5 知能化機器
近年の人工知能技術の発展はめざましく機器の知能化に対する期待は高まっている.2022年11月30日にOpenAIよりChatGPTが公開されて以降,大規模言語モデル(LLM)が大きな注目を集めている.これに伴い,Microsoft Bing,Google BardなどLLMによる対話型AIのサービスが発表され,今後の急速な普及が見込まれている.また,テキストから画像生成を行うStable Diffusion,3秒程度のサンプルから音声を合成できるVALL-Eなど,画像,音声などを生成できるAI技術が提案されている.しかし,情報の正確性が担保できないことや,生成物の著作権など課題は多い.このようなAI技術の発展に伴い,これらの技術の機械システムへの応用が期待されている.しかし,物理的な機器へ導入できる分野は限られており,それらはすでに既存技術の範疇であると考える.
近年注目されている生成系AIは,ファインチューニングなど修正を加える例はあるもの,PretrainedすなわちWeb上に無数に存在するデータを事前に学習させたモデルがコアとなる.ここで,「AIは身体をもたない」点が問題になる.オフラインで事前学習されたモデルを物理的な機械システムの動作に役立てることができるかという点に疑問が残る.
人間が物事を学習する場合には,情報を知識化し,それに対して身体行動を伴う動作と結びつけるプロセスをもって初めて物事を理解し体得したといえる.例えば,1968年にR. HeldとA. Heinは「ゴンドラの猫」とよばれる実験を報告している(1).この実験では円形の部屋の中に2匹の生まれたての猫を,部屋の中心を支点に回転するバーの両端につなげる. 1匹は主体的に歩けるが,もう1匹は他方の猫の動作に応じて回転するゴンドラに乗せている(受動的な猫).どちらの猫も環境を観測できる状況であったが,数日後,ゴンドラに乗せられていた猫だけ障害物を避けられなくなった.つまり,受動猫はこれだけ歩けばぶつかるという知識と体験を結びつけることができなかったといえる.
この例は,現実空間における機械システムについても同様の課題が生じることを示唆している.すなわち,生成系AI技術を利用したアルゴリズムで機器を稼働する場合,その機器の挙動が状況や外部環境に与える影響を考慮できない.例えば,機器にセンサを導入したとしても,その稼働環境でのセンサデータを想定したデータセットを用いて学習しなければ機器のパフォーマンスを向上することはできない.現状の生成系AI技術はネット上に存在する莫大なデータを網羅的に学習(傾向抽出)することにより実現していることから,機器の知能化には不向きと言わざるを得ない.実際に役に立つための知能化機器においては,事前のオフライン学習ではなく,センサ情報を含む現在の状態をもとにリアルタイムに学習し,その学習結果に伴う予測を活用するアルゴリズムが求められる.
〔五十嵐 洋 東京電機大学〕
19.6 柔軟媒体ハンドリング
紙やフィルムなどの薄い柔軟物を取り扱う,柔軟媒体ハンドリング分野における代表的な複合機・複写機市場(1)は,デジタルトランスフォーメーション(DX)によるペーパーレス化の加速により緩やかに縮小している.新型コロナウィルス(COVID-19)の影響により,市場は2020年に激減し,2022年には経済活動再開により増加したものの,コロナ禍前の水準には至っていない.ただし,デジタル印刷市場自体はなくなることはない.一方,もう一つの代表的な機能性フィルム市場は,COVID-19の感染拡大による混乱で2022年は一部減少した品目もあったが,好調な品目もあり,2023年以降は大方市場が拡大すると見込まれている(2).
このような市場動向から柔軟媒体ハンドリング分野における研究や技術開発は,従来技術の一層の深化への取り組みと,新たな製品展開への取り組みの二つが主流となっている.後者の具体的内容は,プリンティッドエレクトロニクス(PE)や機能性フィルムなどのハンドリング技術に関する研究である.
2022年に開催された機械学会の講演会における,柔軟媒体ハンドリングの従来技術の一層の深化の取り組みに関する報告事例としては,ベルト横ずれの実験的検討(3),フィルムに関しては振動やフラッタの非接触制御方法の検討(4)(5),フラッタ発生メカニズムの検討(6),横すべり安定性の検討(7),スクラッチ発生の検討(8), 熱搬送時のしわの検討(9)などが挙げられる.また,新たな製品展開への取り組み事例としては,電極シート向のダメージレス集積設計パラメータの検討(10)(11),静電力を用いたフィルム張力制御の検討(12), ローラによる機能性シート作製の検討(13)(14)が挙げられる.
情報・知能・精密機器部門における研究分科会としては,紙やフィルムなどの柔軟物を扱う分科会は2022年2月で終了し,2021年10月に発足した「プリンタブル・ウェアラブルデバイスの基盤技術と応用に関する研究分科会」(15)に2022年8月より参画することとした.柔軟媒体ハンドリング技術はデジタル社会を支えるコア技術の一つであり,さらに薄く,長く,幅広なフィルムを高信頼に取り扱うハンドリング技術を実現していく必要がある.
〔小林 祐子 (株)東芝〕
19.7 社会情報システム・セキュリティ
ネットワークセキュリティビジネスの国内市場は,2022年度見込みで6,344億円(前年度比9.8%増)と推計される(1).昨今の企業内部からの情報漏洩の多発や,クラウドサービスの利用拡大に加え,新型コロナウイルス感染症の拡大の影響によりテレワークが進展してきたことで,従来主流であった境界型セキュリティでは防ぎきれないセキュリティリスクが増加し,ゼロトラストセキュリティへの移行が進んだ.ゼロトラストセキュリティは,企業の情報資産やIT資産にアクセスする主体を基本的に信用せず検証を行うことで,サイバー攻撃の防御を行う考え方に基づく.ゼロトラストセキュリティへの対応を中心とした投資が活発となった.
国内のサイバー動向では,病院に対するサイバー攻撃事例が相次いだ(2).身代金要求型のウイルスによるサイバー攻撃を受け,システム障害が発生して電子カルテが使えなくなるなど,詳細な報告書も公開された(3).12月に日本政府は安全保障に関する,いわゆる「安保3文書」の閣議決定を行った(4).サイバー分野で特に注目されたのが「能動的サイバー防御」の文言が入ったことである.最大のポイントは,武力攻撃に相当しないサイバー攻撃であっても,防衛省・自衛隊がその被害を防ぐために重要インフラ企業に対して支援ができるようにした点にある.
海外のサイバー動向では,2月にはじまったロシアによるウクライナへの侵攻に伴い,サイバー攻撃が確認された(5).侵攻と同時に衛星通信網へのサイバー攻撃が行わたり,世論を操作する情報戦が活発化した.その一方で,電力網へのサイバー攻撃は事前に発覚し失敗に終わった.ウクライナの電力網へのサイバー攻撃は2015年,2016年に大規模な被害が出た一方で,2022年では明らかな被害は確認されなかった.被害を教訓にサイバー対策を強化したためと考えられる.また8月に米国の下院議長が台湾を訪れた際には,台湾総統府のWebサイトがDDoS攻撃の標的となり一時的にダウンしたり,SNSでは情報工作と見られるフェイクニュースが飛び交ったりした.また11月に中東のカタールで行われたW杯では,偽中継サイトが確認され,試合を無料で視聴できるとうたって個人情報を入力させる被害が見られた.
学会動向では,産業制御システムを対象とするサイバーセキュリティの研究が見られた.サイバー攻撃シナリオの表現モデルの研究(6),故障とサイバー攻撃を切り分ける研究(7),サイバーレジリエンスの研究(8)が挙げられる.ITセキュリティとは異なる,OTセキュリティの特徴を踏まえた研究が今後も増えると予想される.
〔甲斐 賢 (株)日立製作所〕
19.8 生体知覚・感覚機能の機械システム応用
機械システムの設計を考えるとき,システムに対する要求仕様を明確にすることが重要である.この要求仕様は,かつては,力学的な出力性能であったが,機械としての安全性,メンテナンス性といった機械性能に間接的に関係する要求仕様が付加され,さらに,操作者,もしくは,利用者にとっての使いやすさなどのユーザーインターフェースに関する仕様が重要視されるようになった.そして,機械技術がICT技術とシームレスに融合していくことにより,機械システムの全体像は変貌し,「利用者が実際に装置を使用するときのワクワク感」などのユーザーエクスペリエンス(1)といった新しい要求仕様がクローズアップされてきている.そうした技術潮流の中で,メタバースに象徴されるコンピュータネットワーク内に構築された仮想空間内で,人間の外界に対する行動と連動して視覚的情報が変化する技術的枠組みの進歩は目覚ましい.一方で,仮想空間内で視覚情報以外の感覚に作用する実用例は多くはない.人間の知覚特性において視覚情報が支配的であることを考えれば,視覚情報に基づく仮想構築が基礎となることもうなずけるが,何か物足りなさを感じることは否めない.
そこで,仮想空間内でマルチモーダルな刺激提示を行うアプローチに着目する.中村ら(2)は,VR空間内で移動方向を正確に利用者に指示するために,ヘッドマウントディスプレイに小さな触角装置を設置し,その触覚を頬に接触させ,視覚情報のみならず,その触覚を動かすことにより方向移動をマルチモーダルに提示する方法を提案している.また,五十嵐ら(3)のように,視覚的な接触と連携して30個の小型モータが装着された触覚グローブを振動させ,VR空間内での接触感が得られるシステムを提案している.視覚と触覚を中心としたマルチモーダル化により,仮想空間内でのユーザーエクスペリエンスが向上すると考えられる.
一方,VR上でのリアリティを訴求する方向だけでなく,クロスモーダルと言われる五感の感覚間相互作用に着目し,ユーザーエクスペリエンスを向上される応用例がある.例えば,鳴海ら(4)の仮想空間内での視覚・触覚・味覚間のクロスモーダルな感覚特性変位の活用検討や伊東ら(5)の仮想空間内で風を感じるために空気の流れを実際に生成するデバイスを用いず,視聴触覚間のクロスモーダル効果によって利用者に風向知覚を感じさせる研究などは興味深い.
こうしたシステムへの応用を目標としながら,生体知覚の感覚機序の研究が脚光を浴びるものと考える.ただし,人体の感覚特性を詳細に検討するような生理学的な解明だけでなく,クロスモーダルな感覚印象としての現象論としてシステムをヒューリスティックに設計する方法論も考えられる.
また,ヒューマンインタフェースのマルチモーダルな改善を目的とした生体知覚・感覚機能研究のほかに,リハビリテーションという視点からの生体知覚・感覚機能の研究がある.小村ら(6)は,脳梗塞などの脳内血管障害により脳神経が障害を受けた場合,運動感覚の錯覚が脳内神経の再回路成形に効果的である点に着目し,神経のリハビリテーションに生体知覚・感覚機能の知見を応用している.特定の部位の腱や筋肉を振動させることにより実際の体の運動を伴わないのに,動いている感覚を得る.この点に着目し,AIによる身体的な情報の処理を取り入れながら,リハビリテーションのプログラムに組み入れている.欠落した身体機能を他の神経回路への刺激などで迂回させることにより機能を形成させる新しい試みと思われる.
〔高橋 宏 湘南工科大学〕
19.9 サイバーフィジカルシステム(Cyber Physical System: CPS)
CPSとは,実世界(フィジカル空間)において収集したデータをクラウド等のサイバー空間でデジタル技術を用いて分析し,活用しやすい情報や知識に変換した上で,それを再度フィジカル空間にフィードバックすることで付加価値を創造する仕組みを総称した語である(1).IoT(Internet of Things)の充実によって多様な現場からデータが収集できるようになったことを背景に,サイバー空間とフィジカル空間でデータを循環させて付加価値を生み出すCPSへの取り組み姿勢が企業の競争力に直結する時代となっている.CPSの市場予測は調査会社によってかなりのばらつきがあるが,JEITAが2017年に発表した報告によると,2030年には世界で404.4兆円,日本国内だけでも19.7兆円に達すると予想されている(2).
日本機械学会もCPSやIoTの重要性に着目し,過去にその要素技術や応用先について多くの議論が為されてきた(3),(4).特にCPSによる機械やインフラの保守・保全,信頼性強化の分野に関しては,国内インフラの深刻な老朽化を背景に極めて高いニーズがある(5)ことから,日本機械学会では2020年に日本非破壊検査協会や土木学会とも連携して学会横断テーマ「機械・インフラの保守・保全と信頼性強化」を立ち上げ,活動を継続してきた.2022年度の年次大会では,その集大成となる8部門合同のワークショップが開催され,複雑化する機械・インフラ保全のCPSに対応するために,22に細分化された各部門の技術シーズや他学会の知見を如何に連携させてシナジーを生み出し,具体的な課題解決スキームの構築へと繋げていくかについて真摯な議論が交わされた(6).このように,CPSは日本機械学会の体制や活動目的のあり方そのものを問うキーワードとなり得ている.
情報・知能・精密機器部門においても,2016年の部門講演会から「IoT と情報・知能・精密機器」というオーガナイズドセッションを新設し,2021年からはこれを上述の横断テーマとの連携セッションと位置付けることで議論の活性化を図ってきた.更に2023年には,日本非破壊検査協会との連携オーガナイズドセッションとして「DX時代の非破壊センシングとデータ活用-NDE4.0の実現に向けて」を新設し,CPS関連講演数の更なる充実を図った.これにより,フィジカル側のエッジコンポーネントであるエナジーハーベスタ(7)や革新的センサ(8)関連の技術のみならず,サイバー側のデータ処理技術である深層学習や画像認識に至るまで(9),CPS関連の全ての技術に関する幅広い議論の場が形成されている.
一方で近年,サイバー空間におけるデータ処理の根幹を為すAIにおいて,モデルのスケールをアボガドロ定数と同オーダである10の22~24乗FLOPs程度まで増大させると性能が劇的に向上するという事象が明らかになり(10),AIにおける“相転移”などと言われ話題となっている.本論は,そもそもある程度のスケールのデータを収集できないプレーヤーにはCPSの開発に関与する権利すら与えられなくなるという未来を暗示させる.これは多くの企業にとって単独での達成は困難と予想され,今後はアライアンスやコンソーシアムを通じたデータの共用化やプラットフォーム化(11)がますます重要になってくると考えられる.
〔冨澤 泰 株式会社東芝〕