15. 設計工学・システム
15.1 総論
設計工学・システム部門(以下,本部門)は,設計工学とシステム工学が統合・融合された分野横断的色彩が強い部門組織である.本部門が対象とする分野及び領域は,設計学・設計方法論・設計知,デジタルエンジニアリング,最適設計,製品開発・情報管理,設計組織,サービス工学,ライフサイクル工学,システム工学,ヒューマンインタフェース,感性工学,人工物工学など,多岐にわたっており,近年はAI,IoT,VR/AR等の新しい技術が設計の分野にも取り入れられ,本部門の対象領域はますます拡大してきている.また,本部門が対象とする研究領域は,学術研究だけではなく,ものづくりやことづくりで行われる製品設計,システム設計に直結しているため,学術分野と産業分野が密接に結びついた活動や,活動を後押しする教育の展開が期待されている.
2022年度は,新型コロナウイルス感染症の影響による活動制限が残る一方で,対面での活動も徐々に広がっていった.部門講演会,年次大会,シンポジウム,講習会などの企画・開催や国際会議の開催などを通じて,本部門に関連する学術情報や技術情報の共有及び情報交換が積極的に実施された.場所や移動時間の制約がなくなる利点があることから,オンラインでの活動も引き続き行われた.
国内活動としては,2022年9月11日から14日にかけて富山大学で開催された年次大会で,「1DCAE・MBDのためのモデリング」,「解析・設計の高度化・最適化」,「交通・物流機械の自動運転」のオーガナイズドセッション(いずれも部門横断セッション,前1件は本部門が幹事部門,後ろ2件は他部門が幹事部門),「アフターコロナにおける設計工学」と題した基調講演,「成長適応型設計・製造法の構築に向けて」および「1DCAEの考え方によるひとづくり」と題した2件のワークショップ,「Industry4.0,Society5.0を超えるパラダイムを目指して Part1/Part2」と題した市民フォーラム,「本能を活用した機械工学」と題した先端技術フォーラムがそれぞれ企画・実施された.2022年9月20日から22日にかけて岡山県立大学での対面およびオンラインのハイブリッド形式で開催された第32回設計工学・システム部門講演会は,講演件数134件(現地発表110件,オンライン発表24件),参加者数215名を記録し,16件のオーガナイズドセッション・一般セッションの他,特別講演3件,ワークショップ1件,パネルディスカッション1件,D&Sコンテストが企画・実施された.また,本部門が共催するシンポジウムとしては, 1DCAE・MBDシンポジウム2022が企画・実施され,多くの参加者を集めて活発な議論がなされた.さらに,主として産業界を対象とした学術や技術情報の普及活動として15件の講習会が企画・実施された.いずれもオンライン開催であったため広い地域からの参加があった.
オンライン会議やリモートワーク,オンライン授業の拡大など様々な活動への情報技術の活用が一般化し,これに伴って設計のデジタル化やバーチャルエンジニアリング技術なども国内の産業界において普及が進むきっかけになることが期待される.また,設計教育に関してもオンライン対応が試みられているが,その場で活用される3D-CAD,デジタル解析ツール,AIやIoTなどのツールや技術,それらを用いた設計方法が今後の産業界での普及につながっていくことが望まれる.さらに,設計工学が対象とする各領域においても,従来のトピックに加え,デジタル変革やコロナ禍をふまえたトピックも盛んに議論されている.現在,社会構造や人々の生活様式が大きく変わりつつある中で,もの・こと・システムづくりに関わる領域を対象とする設計工学・システム工学の重要性はますます高まっており,これらの工学分野・領域を対象とした研究会,講演会の企画・開催などの事業を活発に計画・実施することで当該分野・領域の学術及び技術の発展を推進している本部門の存在価値はますます高まっていくと考えられる.
〔野間口大 大阪大学〕
15.2 デジタルエンジニアリング
デジタルエンジニアリングは,計算機上の形状処理に関する技術,特に製造応用に向けた技術の発展を目的に活動している.昨今はものづくりのデジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が浸透し,製造における計算機処理の必要性・有用性が社会全体に広く知られるところとなった.本セッションで対象としている計算機上の形状処理はまさにその一翼を担うものであり,実現への期待は高まるばかりである.
形状処理技術の製造業への導入が進むにつれ,理論と現場をつなぐ技術の必要性も高まっている.また,既存の技術をいざ適用してみると,思いもつかなかった活用例や気づかなかった課題などが出てくる.こういった点に対応できるような,実用化を見据えた手法の必要性は,ともすれば見過ごされがちであるが,2022年度に開催された第32回設計工学・システム部門講演会では,形状処理技術を製品設計に適用するための手法が多数提案された.社会に役立つ工学の姿勢を体現しており,好ましく感じる.
もう一つ見過ごせない風潮に機械学習がある.既に生活の様々なところで用いられている技術であるが,形状モデリング分野でもこれを取り入れた手法の提案が増えつつある.データ間の複雑な対応関係をうまく定められる点が機械学習の魅力であるが,デジタルエンジニアリング分野では,この技術をどう活かすかも興味深い研究対象となっている.部門講演会でも,機械学習に関して複数件の発表があった.既存の形状モデルにグラフベース深層学習を適用することの提案,形状に基づいた機械学習で応力を予測する手法の構築,3次元形状データの位置合わせへの適用などがあり,登壇者と聴衆とで活発な議論がなされた.
また,デジタルエンジニアリングの入力となる3次元形状データ取得法として,X線CTスキャンが昨今注目を集めている.CTスキャンは非破壊3次元観察・計測技術であり,1970年代に医療分野ではじめて実用化された(1).その後,検出器の高解像度化・計測装置の高精度化・ソフトウェアの高度化・計算リソースの増加といった複数の分野における不断の技術向上の結果,着実に計測精度と分解能が向上し,2023年現在,一般的な装置でも数~数十マイクロメートルの分解能を達成する高精度な形状計測が可能になっている.医療以外を応用先とするX線CTは産業用X線CTと総称され,2000年代あたりから,論文数・製造現場における導入事例数ともに増加しつつある.この動きは近年顕著になっており,近年は,寸法検査,複合材料の定量解析,積層造形品の検査への適用や,4次元CT,VRとの組み合わせといった新たな技術が生まれつつある(2).日本でも大型CT装置の開発の動きが見られるなど,産業用CTの需要は今後ますます高まると予想される.近年,部門講演会では継続してX線CTスキャン関連の講演があり,当該セッションがCTデータも含め形状処理技術の発展の一端を担うものと期待される.
〔長井超慧 東京都立大学〕
15.3 最適設計
シミュレーション技術の高度化,計算機の低価格化や性能向上,企業での製品開発におけるモデルベース開発の重要化,機械学習・3Dプリンティング等の関連研究テーマの発展等を要因として,最適設計は依然として活発な研究分野を成している.
その傾向は2022年に日本でオンライン開催された世界最大級の計算力学に関する国際会議である,WCCM-APCOM YOKOHAMA 2022 (15th World Congress on Computation Mechanics & 8th Asian Pacific Congress on Computation Mechanics)における最適設計関連のテーマ数から窺い知ることができる.同会議では330件以上のミニシンポジウムが企画されたが,発表件数が最多であったのはMS1305:New Trends in Topology Optimizationであった(1).本セッションは設計工学・システム部門でもご活躍の京都大学の西脇眞二先生をはじめとした,ソウル大学のYoon Young Kim先生,サンパウロ大学のEmilio Silva教授等の名だたるトポロジー最適化の研究者によって企画されたセッションである.発表内容は,アプリケーションが最多であり,トポロジー最適化という技術が成熟期に入ったことを示していたが,最適化アルゴリズムに関する基礎研究や並列計算,マルチスケール最適化といった方法論の研究も依然盛んであり,分野の多様性が伺えた.
また,それに先んじて最適設計に関するアジア地域の国際会議であるthe Asian Congress of Structural and Multidisciplinary Optimization 2022 (ACSMO 2022)が5月に島根県松江市にてハイブリッド開催され,多くの日本人研究者は対面で参加し久々の対面での議論を楽しんだ(2).発表内容としてはトポロジー最適化関連に限れば前述のWCCMと同様の傾向が見られたが,最適設計全体としては,データ駆動形設計や機械学習,サロゲートモデルを活用した研究が全体の発表件数222件の2割強である47件を占め,一大研究分野を形成していた.これらのいわゆる機械学習関連分野が盛んに研究されているのは周知であるが,以前より最適設計では近似モデルが活用されており本来相性の良い分野といえ,このような研究の流行は極めて自然であるといえる.また,アジア圏で最適設計が盛んな国というと20年前は韓国であったが,現在は中国が完全にその地位に取って代わっている.日本の最適設計の発展のためには,単に競争相手と見なすのではなく,協調して学ぶべきところは学べるような良好な関係を築いていくことが賢明であると考える.
更に,9月に第32回D&S講演会が岡山県立大学にてハイブリッド開催され,この会議にも多くの参加者が対面参加した.前述の二つの国際会議と参加者が重なることもあり,研究動向としては類似のものであったが,若い研究者や学生の発表が多く見られ,今後の発展が期待できる内容であった.
以上より,本年度の最適設計分野においては,トポロジー最適化が依然として大きな研究分野を構成しつつも,機械学習の活用という新たな分野が台頭し,ある意味変革期にあるとも言える.最適設計分野における日本のプレゼンスを高めるためには,同分野の研究者が多く所属する設計工学・システム部門の果たす役割は大きい.
〔竹澤 晃弘 早稲田大学〕
15.4 デザイン科学
デザイン科学は「デザイン行為における法則性の解明およびデザイン行為に用いられる知識の体系化を目指す学問」(1)とされており,近年の研究内容の傾向としては,デザイン思考に基づくワークショップに関する研究報告が多いことに加えて,AIやシミュレーション技術を応用したジェネラティブデザインの研究報告も増加している.
研究報告の場として,本部門講演会では,設計理論・方法論,多空間デザインモデル,創発デザインの理論と実践,タイムアクシスデザインなどのオーガナイズドセッションが挙げられる.その他の定常的な研究報告の場として,日本デザイン学会春季大会におけるデザイン科学研究部会およびタイムアクシスデザイン研究部会のテーマセッションや,日本設計工学会春季大会におけるデザイン理論・方法論およびタイムアクシスデザインのオーガナイズドセッションなどが挙げられる.これらに加えて,2022年度においては,UMTIK2022(The 19th International Conference on Machine Design and Production)(2)においてもSpecial Sessionが行われている.2023年度にはDesignシンポジウムや国際デザイン学会連合(International Association of Societies of Design Research,IASDR)が開催するIASDR 2023 Conference(3)が計画されていることに加えて,日本機械学会の本分門,日本デザイン学会,日本設計工学会の研究会の共催イベントであるデザイン塾(4)も開催予定である.
このように,デザイン科学に関しては今後も多くのイベントが企画されており,それらの展開に注目していく必要がある.
〔加藤 健郎 慶應義塾大学〕
15.5 ヒューマンインタフェース・感性設計
我が国の科学技術政策が掲げるSociety5.0は,誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることのできる人間中心の社会を目指している.そのための技術としてのサイバー・フィジカル・システム,AI,ロボティクスなどが注目される.しかし,目指すべき人間中心社会の実現には,人を理解し,快適,活力,生活の質といった経験の価値の設計が求められる.そのための設計技術としてヒューマンインタフェースおよび感性設計を位置づけることができる.
設計工学・システム部門講演会では,ヒューマンインタフェースおよび感性設計に関するオーガナイズド・セッション(OS)を定常的に設けている.コロナ渦後、初の対面で岡山県立大学にて開催された2022年度の部門講演会では,OS「ヒューマンインタフェース・ユーザビリティ」において8件の発表があり,操作主体感のモデル化,脳波を用いたオペレータの注意資源配分の推定,脳計測を用いたeスポーツ解析,乳幼児のリハビリテーション,メタバース会議支援手法,うなずきにもとづく傾聴システム,アバターエージェントシステムなどに関する研究発表があった.また,OS「感性と設計」は計5件の発表があり,その内容は,機械学習を用いた自動運転の快適性、感性設計におけるユーザニーズ分析法、感性駆動の共創の場の設計、感情次元の数理モデリング、受容性を最大化する形状デザイン支援システムなどの研究成果が発表され、活発な議論があった.
筆者は,2022年度年次大会において開催された市民フォーラム「デジタルツイン構築における人とAIの役割とは~Industry4.0,Society5.0を超えるパラダイムを目指して」(計算力学部門,設計工学・システム部門,生産加工・工作機械部門共同企画)において,「予測する脳の予測~心のデジタルツインに向けて」と題して,感性の数学的原理の現状を紹介した.感性を工学設計で扱うためには,物理と同様に,その数理モデルが求められる.21世紀に入り,神経科学等の急速な発展により,ヒトを含む生物の脳がどのように認知や行動を決定するかについての計算論的な原理が解明されつつある.その中で,脳の大統一的原理として注目されている自由エネルギー原理がある(1).脳などの自己組織体が平衡状態にあるためには,その情報論的な自由エネルギーを最小化しなければならないとする原理である.これは,統計熱力学におけるヘルムホルツの自由エネルギー最小化と数学的に等価であり,物理と感性にまたがる原理としての普遍性を予感させる.情報論的自由エネルギーは,脳内モデルによる予測と感覚系による観測の差である予測誤差を表し,脳はこれを最小化するように認識(信念の更新)する.さらに,動物は予測の証拠となる観測を得るように行動する.この原理の応用から,ヒトの知覚,行動,感情などの様々な認知を統一的に数理モデル化する研究が発展してきている(2).設計工学・システム部門講演会,感性工学に関する国際会議(たとえば,KEER: International Conference on Kansei Engineering and Emotion Research)などの研究発表においても,こうした脳の原理にもとづく感性の数理モデル化とその設計応用に関する研究の萌芽がみられ,感性設計の新たな展開を期待させる(たとえば,文献(3)は感情のポテンシャルが自由エネルギーによって表せることを数理的に示している).
さて,人間中心社会の実現に欠かせない要件として安全・安心がある.安全は古くから工学で扱われ,安全工学として研究,応用されてきた.機械設計においても,安全率や信頼性などの考え方が定着している.また,いわゆるヒューマンエラーと呼ばれる人的なエラーに起因する安全性の問題は20世紀後半から検討され,フールプルーフやフェースセーフといった設計のガイドラインとして広く応用されている.ところが,安全と併記されることの多い「安心」については,心の問題であるため定量的に扱うことが難しく,これまで工学研究や設計の対象となる機会は多くなかった.しかし,真に人間中心の社会を実現するためには,安全の担保だけでなく安心をもたらす人工物の設計が必要である.たとえば,自動運転やAIなどの新しい技術に対する社会受容性においては,安全が担保された上での安心の実現が必須となる.さらに,2014年のISO/IECガイド51によって「許容不可能なリスクがないこと」と定義されると,どこまでリスクを下げたら安全といえるかは,決定に関与した関係者の価値観に基づき決められ,主観から離れられない.こういった問題意識から,日本学術会議の第24期では,総合工学委員会・機械工学委員会合同 工学システムに関する安全・安心・リスク検討分科会に,「工学システムに対する安心感等検討小委員会」(4)を新しく立ち上げ,筆者も委員として参加している.ここでは,安心=安全✕信頼というモデルが仮定され,工学システムの社会安全目標の体系化に向けた検討がなされている.日本学術会議主催の安全工学シンポジウムにおいて,安心感に関するセッションが企画され,上記委員会の議論が発表されている.
〔柳澤秀吉 東京大学〕
15.6 ライフサイクル工学
国連による持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals; SDGs),パリ協定のもとでの脱炭素(カーボンニュートラル),ESG投資などに見られるように,製造業ではサステナビリティの考え方に基づいた企業経営・生産活動がますます重要になってきている.2015年頃から欧州を起点として世界に広まってきたサーキュラー・エコノミー(循環経済,CE)のコンセプトならびに欧州連合(European Union; EU)の政策は,今後のものづくりのあり方を大きく変えつつある(1)(2).CEは製品の売り切りを主体としたリニアエコノミー(線形経済)から,製品・資源の循環を主体としたビジネスへの転換を図る考え方である.CE型のビジネスモデルとして,シェアリング,リペア,リファービッシュといった様々な事例が挙げられる(3).ドイツは,2021年にCEに向けたロードマップ(Circular economy roadmap for Germany: Industry 4.0)を発表しており,ビジネスのデジタル化を推進しながら,デジタル化とCEの考え方を組み合わせることによって資源効率の向上を目指す戦略を立てている(4).CEを実現するためには,政策による後押しやデジタル技術などを活用しながら,ビジネスモデルを含めたシステムの転換(transformation)が不可欠とされる(5).日本では2000年前後から循環型社会への転換を目標として,家電リサイクル法や自動車リサイクル法を始めとする各種の法整備が進み,2022年4月にはプラスチック資源循環促進法が施行された.しかし,EUのCE政策に比べるとCEに向けた日本の政策的な動きは周回遅れの状況にある.
ライフサイクル工学の分野では,1990年代からライフサイクル設計やライフサイクルマネジメントといった方法論の開発が活発に進められてきた(6).日本の製造業ではリサイクルを主体とした資源循環のシステムがそれなりに構築できたことによって,2015年頃までは一段落した感があった.しかし,上記のとおり,脱炭素およびCEに対する社会的関心が急速に広まったことにより,ライフサイクル思考やライフサイクル工学分野の方法論に対するニーズが産業界で再び高まってきている状況にある.このことは,技術的なブレークスルーだけでは脱炭素やCEの実現はほぼ不可能であり,要素技術開発に加えて,ライフサイクル思考に基づいてシステム全体を設計・評価するための方法論が必要であることが再認識されたとも言える.
ライフサイクル工学やサステナビリティ設計と呼ばれる研究分野の最新動向は,日本機械学会設計工学・システム部門講演会では「ライフサイクル設計とサービス工学」などのオーガナイズドセッションで発表が行われている.国際会議では,EcoDesign国際会議,EcoBalance国際会議,CIRP Conference on Life Cycle Engineering (CIRP LCE)などで最新の研究発表がなされている.最近では,ライフサイクル設計,ライフサイクルマネジメント,ライフサイクルシミュレーション,ライフサイクルアセスメント(LCA)等の手法を様々な実システム・実ビジネスに適用したケーススタディが産学連携のもとで行われるとともに,人工知能(AI)・機械学習をはじめとするデジタル技術を活用した新たな研究テーマも発表されつつある.CEをデジタル革命(digital transformation; DX)によって実現するためのコンセプトや方法論に関する研究プロジェクトも国内外でいくつか立ち上がっている.さらに,日本機械学会技術ロードマップ委員会では,バックキャスティングの考え方を用いて持続可能なものづくりに向けた技術ロードマップを作成する取り組みを進めている(7)(8).このように,技術ロードマップや将来シナリオといった,フォーサイト(foresight)の手法を用いた方法論の開発・実践も進められている.今後の展開が注目される.
〔木下 裕介 東京大学〕
15.7 設計とAI
人工知能(Artificial Intelligence: AI)は,人間のように思考や判断をするコンピュータシステムであり,設計分野でも活用されている(1).IoT(Internet of Things)により取得したデータをAIにより分析し,予測や最適化を行ったり,機器にフィードバックしたりすることで,製品品質の向上や予防安全などの効果が見込まれる.収集データの可視化により現状を把握し,AIにより将来の状況を予測することができる.例えば,高レベルの自動運転システムにおいて,車載カメラなどのセンシング情報から危険な状況を認識し,ブレーキなどの操作を事前に学習したAIモデルを自動運転車に搭載することにより,データの送受信を介さずに,状況認識・操作を実行することで高い制御性・応答性などの高性能化により,高い安全性を実現している.AI適用事例としては,機器に適用するだけではなく,複数のシステムや企業内外で共有することによる価値創出にも期待され,画像解析による外観検査・部品検査,工場内の作業監視によるヒューマンエラーの防止,製造設備のセンシングデータを分析した異常検知・予防安全,設計・製造のスマートファクトリー化などで活用されている.
デジタルツイン(Digital Twin)の活用により,製造業におけるスマートファクトリー化も進展している.工場内の機器やシステム,作業者などの人の情報も取り込んだデジタルツインを構築する取組みも出始めている.膨大なセンシング情報をもとにした製造・製品検査情報を集約・構造化・分析し,人の作業履歴や意思決定,設計・製造関連のデータや文書情報を組合せてデジタルツインを作成している.また,AIを用いたデータ分析やシミュレーションによって,不良になりそうな状態の事前検知・欠陥の原因特定にデジタルツインを活用し,生産性や品質の向上に寄与している.
設計の構想設計段階において,IoTやAI技術を活用することにより,市場や顧客要求を素早く製品仕様を意志決定することにも活用されつつある.IoT技術によりネットワーク経由で製品から顧客の使用履歴を取得・蓄積し,AIにより分析することで市場や顧客要求を把握することができる.蓄積したデータで教師なし学習を行うことで,AIにより潜在的な顧客要求を見える化したり,市場や顧客には受け入れが困難な機能を把握したり,データ駆動型で製品の仕様決定や意思決定が可能である.不確実性が高く,将来の予測が困難な状況(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity: VUCA),新たな生活様式が求められている時代において,AI活用の必要性が高まってきている.
設計の構想設計段階におけるAI活用の1つとして,ジェネレーティブ・デザイン(Generative Design)がある.ジェネレーティブ・デザインとは,設計者が所望の機能,空間条件,材料,製造方法,コストなどの設計制約の各種パラメータを入力することにより,AI技術を活用したソフトウェアにより各種パラメータから要件に適合した3D設計モデルを自動生成するものである.この3D設計モデルは可能性のある設計案を多岐に渡り生成され,コンピュータと技術者やデザイナーが共同して設計開発を行いながら,最終の設計案を検討し,最適な製品設計を生成することができる技術である.ジェネレーティブ・デザインの利点は,設計の初期段階にて,先入観にとらわれない新しい設計案を短時間で検討できることである.設計要件を満した設計パターンを自動的に多数生成でき,経験豊富な技術者・デザイナーの先入観にとらわれない,革新的なアイデアが現れる可能性がある.トポロジー最適化のように,与えられた制約条件に基づき,最適な設計形状を導き出るシミュレーション技術がある.この技術により,設計者が発想できないような合理的な形状を生み出すことが可能であるが,最適化を行うための条件設定が煩雑であり,設計者自身が最適な条件を探して試行錯誤する必要がある.この条件設定に対して,AIを活用し,既存の解析データを学習し,最適な条件を回帰分析で推定することで,トポロジー最適化を行うことが可能となる.ジェネレーティブ・デザインやトポロジー最適化など,設計対象や状況に応じて,設計最適化の手法を使い分けることが必要である.
設計の詳細設計段階において,CAEに深層学習(Deep Learning)などのAI活用が期待されている.複雑な構造物の設計検討で不可欠な有限要素解析などによるCAE解析において,コンピュータ内でシミュレーションを行うことで、部品の強度や変位を計算して最適な形状を導出できる.この際,CADデータとそれまでに蓄積されたCAE解析データを使用して深層学習することで,短時間で解析解を導出可能し,設計の迅速化・効率化が期待されている.
健康・医療・介護分野におけるシステム設計にも,AIが活用されつつある.超高齢社会の到来に伴い,最適な健康管理・診療・介護を持続的にかつ効率よく受けられる環境を支えるシステム構築が求められている.AIの実用化が比較的早いと考えられる領域として,ゲノム医療,画像診断支援,診断・治療支援,医薬品開発(創薬)があり,AIの実用化に向けて段階的に取り組むべきと考えられる領域として,介護・認知症,手術支援が挙げられる.
第32回設計工学・システム部門講演会では,「設計とAI・知識マネジメント」のオーガナイズド・セッションにおいて,異常値検知手法を用いた液体搬送ラインの異物混入事前予測(2),階層分析法と機械学習によるデザイン評価データの低次元マッピング(3),AIを用いた原子力プラント内の配管,空調ダクト,ケーブルトレイの自動設計システムの開発(4),水稲の収穫予測とその応用(5),などの講演があった.日本機械学会論文集においては,機械学習を用いた設計上流段階支援に関する研究(エンジン及び電動バイク走行データからの「快」の要因抽出)(6),ヒーター加熱による型温加熱冷却成形の開発とプロセスパラメータの最適化(7),機械学習を用いた車両ドライバビリティ性能の自動評価法(8),リアルタイムシステム同定法に基づくモデル構築(制御系の異常検知に適したモデル構築手法の提案)(9),デジタルツインによる機器の健全性管理を実現する階層型構造ヘルスモニタリング(10),深層学習を活用した構造ヘルスモニタリングシステムの検討(弾塑性地震応答解析に基づく有効性の検証)(11),などが公表されている.設計分野においてAI活用の有用性が示され,今後の設計・製造の高度化が期待される.
〔綿貫啓一 埼玉大学〕
15.8 イノベーションデザイン
サービス工学は,当初,物理的な製品を中心とする社会と経済の閉塞を解消し,価値提供という俯瞰的な視点から設計と生産を再構成することを基点として,サービスを対象にした工学的アプローチの適用を目指してきたが,20余年を経て,その初期目標はほぼ達成されたと考えられる.その一方で,社会においては,製品サービスシステム(Product-service system:PSS)(1)をはじめ,サイバーフィジカルシステムや社会技術システムなど,設計するシステムの対象は,概念的,物理的に拡大し,サービスもそれらの構成要素の一部であることを前提にした設計や生産のあり方を今後再検討する必要がある.そこで本年度は,上記の設計対象を包括し,それらシステムの革新を目指すことの必要性から,タイトルを「イノベーションデザイン」に改め,サービス工学の発展と派生を俯瞰する.
上記のシステムの対象の拡大の背景には,主に(1)国連によるSDGs,EUによるCircular Economy等のサステナビリティ課題解決への国際的注目,(2)IoT,ビッグデータ解析,デジタルツイン,機械学習等のデジタル技術の進展が挙げられる.前者の観点では,ここ数年で発表されたPSS研究の大半が環境関連のキーワードを含んでいる.一方,サービス工学の文脈で取り上げられる社会問題は,環境問題だけではない.貧困や難民,ホームレス,ヘルスケアといった社会問題に着目するTransformative Service Research(2)では,そうした社会問題が生じる背景を現行のサービスシステムに求め,それを変革するイノベーションのあり方が探究されている.また,前述した社会問題にコミットする姿勢や,後述するデジタル技術の革新によって,考慮すべきシステムの大規模化・複雑化が進んでいる.そのようなシステムは,境界を明確に定義することができず,要素還元主義に基づく古典的な開発方法では限界があることが認識され始めている.特にPSS研究においては,PSSとより包括的な技術システムや社会システムとの関係性の精緻化が試みられている.具体的には,System of systems,Socio-technical system, Large technical systemなど,元来他分野で扱われていたシステム概念とPSSの関係を検討する研究が取り組まれている(3).
後者の観点では,デジタル技術を統合した新たなビジネスモデルであるSmart PSS,Cyber-physical systemsの設計,デジタル技術を活用したデータ駆動のサービス設計に関する注目が急速に高まっている.前者においては,Smart PSSという新たな概念の精緻化やその構成要素に関する議論など,研究分野における共通理解の確立に向けた動きが見られる(4).後者においては,顧客の利用データ解析の高度化による潜在的な顧客価値の抽出や,使用時のセンサデータを扱い環境変化に適応する動的な設計変更手法の開発,従業員の位置情報や動作解析に基づくサービスの改善や技能継承などが見られる(5,6).また,設計対象システムの拡大と関連して,デジタル技術を活用して,都市の経済・社会・環境面の持続可能性を実現し,公共サービスの利便性や生活環境の居住性を向上するスマートシティのデザイン方法(7)についても議論され始めている.
本分野の最新動向は,2021年度の本部門講演会では,「ライフサイクル設計とサービス工学」のOSにて発表が行われている.国際会議では,2021年度に開催されたICED(International Conference on Engineering Design)では,PSSや社会技術システムのデザイン方法や,Circular Economyとデジタル技術の関連性についての議論がなされた.また,2022年5月に開催されたDesign conference 2022では,「Circular economy: Design for longevity」,「Data-driven methods for early design phase」,「Sustainability transtion」など,上記2つの潮流に関連するセッションが立ち上がっており,社会変革に寄与するイノベーションデザインの議論が今後一層深まっていくことが期待される.
〔三竹祐矢 東京大学〕
〔根本裕太郎 横浜市立大学〕
〔赤坂文弥 産業技術総合研究所〕
15.9 設計教育
政府の教育未来創造会議において,リカレント教育(もしくはリスキルリング教育)は主要なテーマの一つであり,昨今,新聞紙上でもその重要性が議論されている.社会人エンジニアの場合,社会に出たら,大学で学んでいないことを実践することになることが多く,自分の業務に役立つことを中心に学ぶようになるため,社会人エンジニアにとって有益なリカレント教育とは,「大学等では修得していない,業務遂行に必要かつ有益な知識を得る場」として考えるほうがよい.
文部科学省が公表しているデータ(1)によると,社会人がリカレント教育を受ける目的として,(1)資格を取得できること,(2)現在の職務を支える広い知見・視野を得ること,(3)学位や修了証を取得できること,(4)現在とは違う職場・仕事に就くための準備をすること(転職・副業等),(5)現在の職務に必要な基礎的な知識を得ること,が多い.社会人エンジニアの場合,この中でも,技術士のような国家資格であったり,博士の学位の取得,職務に直結するような内容を学ぶため,学びなおす者が多いと考えられる.一方,別のデータ(2)によれば,従業員が大学等で学ぶことを認めていない企業において,「本業に支障をきたすため」「教育内容が実践的ではなく現在の業務に生かせないため」といったことが主な理由として挙げられており,企業の8割が外部教育機関として民間の教育訓練機関を利用しており,大学を活用している企業は極めて少ない(1%程度).特に「大学でどのようなプログラムを提供しているかわからない」「他の機関に比べて教育内容が実践的ではなく現在の業務に生かせないため」という結果は,大学の本来あるべき姿が社会に十分伝わっていないことを端的に表している.近年では,令和3年度補正予算で「DX等成長分野を中心とした就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業」も行われており(3),リカレント教育の重要性が増している.コロナ禍において,講義や会議はオンラインで行うことが多くなっている.オンラインの課題は多々あると思われるが,利点を考えて積極的に活用するほうがよい.特に,数理・データサイエンス分野は,国が力を入れている一分野であり,機械工学においては,いわゆる機械系基礎科目である「4力学+制御」ほど力を入れていた分野ではないが,本部門が積極的に情報発信を行ってきた分野の一つであり,講習会等の開催によってリカレント教育の実施が可能であると考えられる.
第32回設計工学・システム部門講演会では最適設計に関するオンラインリカレント教育の実践や(4),サービスシステム全体の構造を設計する際に,検討に関わるメンバーで経験知を援用しつつ,多様な情報・制約を考慮して設計を進める工夫するため,ヒトとAI が協調し,チームの知識創造活動を支援するAI ワークショップシステムが提案されている(5).オンラインの場合,大人数の場合は率直な議論が難しいという課題はあるものの,以下のような利点も挙げられる.
(1)移動時間が無くなる: 対面での講習会等に比べ,会場までの移動時間がなく,大幅な時間の節約ができる.また,自宅でも会議に参加できる.
(2)仕事の効率の向上: 業務中も聴講可能で,会議終了後,すぐに仕事に戻ることができる.移動時間がなくなったため,仕事の効率も向上する.
オンラインリカレント教育もAIによるワークショップシステムも,ICTの利点を最大に利用した設計教育を積極的に行っている好例であり,他にも様々な設計教育を行っていると考えられる.情報・課題を共有しながら「よりよい教育」を実践していくことが重要であり,各方面で取り組んでいる設計教育やリカレント教育の報告を期待したい.
〔北山哲士 金沢大学〕
15.10 サステナビリティに向けた企業の取り組み
サステナビリティに向けた企業の取り組みは欧米企業が先行していたが,ここ数年,我が国の企業も積極的に取り組み始めてきた.この要因として,対岸の火事であったEUの積極的な法規制に向けた動きが徐々に具体化しつつあり,国内企業といえども対応せざるを得なくなりつつこと.これとも関連するがESG金融(環境,社会性,ガバナンスの点で模範生でなければ,投資,融資,保険サービスなどの金融サービスを受けられない)のグローバルな活性化が大きな要因となっている.コロナ・パンデミックやウクライナ危機も短期的な変化としての部品や資源,エネルギー確保,サプライチェーンのレジリエンス確保の必要性を高め,省エネルギー,サーキュラー・エコノミーを後押ししている.
以上のような傾向を「サステナビリティ経営」と呼ぶことも多いが,それは,従来の環境対策と3つの点で異なっている.1つ目は,従来のCSR (Corporate Social Responsibility)のように製造業の本業とは別に植林や環境保護活動を行うのではなく,中心にサステナビリティを組み込んで企業経営を行うことが求められている.例えば,ESG金融に関連して,企業は様々な情報開示を求められているが, 投資家は,積極的にサステナビリティをビジネスにつなげて行くというビジョンがあるか,企業が変革に対応する体制になっているか,長期にわたって生き残っていけるか,を読み取る(1).2つ目は,ゴミを減らそう,できるだけリサイクルするという漸進主義では許されず,Absolute Sustainability (絶対量ではかる持続可能性)が求められていることである.いわば結果が求められていることであり,端的な例は,2050年にCO2排出量をゼロにする目標設定である.3つ目は,1つ目に触れたようなビジョンを社員,顧客,その他ステークホルダーと共有し,企業価値を高めることが求められている.
企業が取り組み始めているトピックはおもに3項目である.第一に,カーボン・ニュートラルの実現,特に,製品使用時の飛躍的なCO2排出削減,Scope3と呼ばれる,自社から見てサプライチェーン上流,および,出荷後の使用,廃棄段階でのCO2排出削減,および,TCFD (気候関連財務情報開示タスクフォース)(2)に代表されるような,カーボン・ニュートラル実現に向けたガバナンス体制構築と運用などである.第二は,昨年辺りから急速に注目を浴びている,サーキュラー・エコノミーへの対応.これは,従来のリサイクル,3Rの延長線上と捉えられがちであるがそれは一面的な理解であり,本質的には,資源が循環することを前提とした経済社会へ移行し,資源消費とQoL向上のデカップリングを実現することにある.大量生産・大量消費型のビジネスは排除され,サービス化,シェリングなどの脱大量生産型ビジネスへの移行が求められている.これらの方向に日本企業も動き始めている.第三は,自然資本や生物多様性の問題であり,これは,有害化学物質不使用,拡散防止などが関連する企業活動である.
これらの企業活動を支える当部門の強みとして,設計,サービス工学,デジタル技術の融合が挙げられる.これらの課題は,部門講演会オーガナイズドセッション「ライフサイクル設計とサービス工学」において継続的に議論されてきた.端的な例が,カーボン・ニュートラルとサーキュラー・エコノミーを実現するための柱の1つとして位置づけられるEUの「エコデザイン規則案」(2022年3月公表)(3)である.ここでは,長寿命化設計,補修性設計,アップグレード設計などのいわゆる製品レベルのエコデザインが求められていると同時に,製品ライフサイクル全体を通じた循環の実施とサービス提供,および,トレーサビリティの確保,解体方法,カーボン・フットプリントなどの情報をデジタル製品パスポートとして一貫して管理,公表することが求められている.これはまさに上記3つの視点の融合が求められている事例である.
〔梅田 靖 東京大学〕