9. エンジンシステム
9.1 エンジンシステムにおける研究の動向
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は,第6次評価報告書(AR6)(1)の第1作業部会(気候変動-自然科学的根拠),第2作業部会(気候変動-影響・適応・脆弱性),第3作業部会(気候変動-気候変動の緩和)の報告書をそれぞれ,2021年8月,2022年2月,2022年4月に公表し,2023年3月には統合報告書が公表された.特に第3作業部会報告書では,世界の運輸部門からのGHG排出量は増加の一途をたどっており,低GHG排出の電力を動力源とする電気自動車の普及や低炭素燃料への転換などの必要性が指摘されている.
欧州委員会は2021年7月,「Fit for 55」パッケージ(2)の一環として,新しい乗用車と小型商用車のCO2排出性能基準の改訂に関する立法提案を提示した.これは,乗用車や小型商用車の新車によるCO2排出量を2035年までにゼロにする規制案であり,ハイブリッド車を含むガソリン車の販売を事実上禁止するものである.欧州議会も2022年10月にEU加盟国と本規則案に合意した.しかしながら,2023年3月に欧州委員会とドイツ政府は,CO2と水素で製造するe-fuelを使う内燃機関車も条件付きで新車販売を認めることで合意した.これにより,世界に広がっていたEVシフト一択の潮流が変わる可能性があり,我が国でも「合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた官民協議会」(3)が設置され,2022年9月に第1回の会合が開催された.
2022年度は,新型コロナウイルスの感染状況が一旦落ち着いたこともあり,エンジンシステムに関する主要な学術講演会として,年次大会(日程:9月11日(日)〜14日(水),場所:富山),第33回内燃機関シンポジウム(日程:11月21日(月)~24日(木),場所:東京),第24回スターリングエンジンシンポジウム(日程:12月3日(土),場所:神奈川)が現地開催された.
年次大会「シンギュラリティがもたらす機械工学の未来」(4)では,エンジンシステム部門の企画として,基調講演「ディーゼル機関の燃焼と熱伝達に関する計測と考察/小酒英範氏(東京工業大学)」が行われた.また,一般講演セッション「持続可能社会に貢献するエンジン」では,合計19件の発表が行われた.
第33回内燃機関シンポジウム「持続可能社会における内燃機関」(5)は,同日程・同会場で第60回燃焼シンポジウムが連携開催された.特別講演として「燃焼現象における分子輸送の役割/植田利久氏(帝京大学)」,「ディーゼル燃焼の研究とエンジンの低エミッション・高効率化/石山拓二氏(京都大学名誉教授)」の2件が行われた.また,SI基調講演として「電動車両に特化した高効率発電用エンジンのための筒内ガス流動コンセプト/鈴木琢磨氏(日産自動車)」が行われた.CIフォーラム「Sustainableな高効率Powertrainを目指して」では,「カーボンニュートラルに向けたマルチソリューション戦略と新世代クリーンディーゼルSKYACTIV-D 3.3の開発/志茂大輔氏(マツダ)」,「脱炭素社会に向けた産業用エンジンの取組み/舩木耕一氏(クボタ)」,「CN時代に向けたいすゞの取り組みと次世代商用車用ディーゼルエンジンの開発/小林優介氏(いすゞ自動車)」の3件の基調講演が行われた.内燃機関シンポジウム/燃焼シンポジウム合同フォーラム「カーボンニュートラルに向けた内燃機関×燃焼×燃料の挑戦」では,「2050年のカーボンニュートラル社会の実現を目指して/越光男氏(東京大学名誉教授)」,「カーボンニュートラルな合成燃料の作り方と課題/里川重夫氏(成蹊大学)」,「ディーゼルエンジンのフレキシビリティの高さを生かす/川那辺洋氏(京都大学)」,「CNに向けたガソリン系燃料とエンジンの動向/森吉泰生氏(千葉大学)」,「燃料の燃焼特性はどこまで生かせるのか?/三好明氏(広島大学)」の5件の基調講演が行われた.一般講演のセッションとして,「潤滑・トライボロジー(1)・(2)」,「着火・化学反応」,「CI機関(1)~(3)」,「排気・環境・後処理(1)~(3)」,「SI機関(1)~(4)」,「計測・数値解析・モデリング(1)・(2)」,「HCCI」,「新機構・振動騒音」,「燃料組成・新燃料と燃焼(1)~(3)」,「水素・ガスエンジン(1)・(2)」が設けられ,合計88件の発表が行われた.
第24回スターリングサイクルシンポジウム「スターリングサイクル機器の応用展開に向けて」(6)では,特別講演として「木質バイオマスによるガス化発電/小野春明氏(小野コンサルティング事務所)」が行われた.また,一般講演のセッションとして,「スターリングエンジン・外燃機関とその要素」,「熱音響機器(1)・(2)」,「ショートプレセンテーション:技術報告」,「ショートプレゼンテーション:模型エンジン・教材」が設けられ,合計19件の発表が行われた.
〔川野 大輔 大阪産業大学〕
9.2 各種エンジン
9.2.1 乗用車用機関
a. 全体概要
2022年の乗用車世界販売は2021年比1%減の8063万台だった(1).COVID-19パンデミックに起因する半導体・部品不足は解消せず,引き続き生産に影響した.主要な地域毎では,日本6.2%減,欧州4.2%減,米国12.3%減,中国9.7%増であった.中国はゼロコロナ政策による都市封鎖が相次いだものの,販売台数はCOVID-19パンデミック前の水準にまで回復した.各主要地域とも電動化が進んでおり,日本ではHEVが,欧州・米国・中国ではBEVがシェアを伸ばしている.各社が商品化したエンジンもHEVを前提としたものが多く,今後も電動化は一層加速する見込みである.また,カーボンニュートラル燃料への取り組みも活発化しており,製造から燃焼まで各領域での研究,実証プラントの建設,モータースポーツを通じた実証等が進められている.
b. 日本の動向
日本における2022年の販売台数は,2021年比6.2%減の344万台だった(2).普通車6.9%減,小型車8%減,軽自動車4%減と,いずれも減少した.電動車(HEV,PHEV,FCV,BEV)の台数に占める割合は45.2%であり,2021年からさらに上昇している.BEVの販売台数は190.6%増と大幅な伸びを示したが,販売に占める割合では1.6%であり,欧米,中国と比較すると市場への浸透は緩やかである.
日産は1.5L VCターボエンジンを開発し,同社のシリーズHEVであるe-POWERと組み合わせて商品化した.可変圧縮比機構とLP-EGRシステムを採用し,熱効率と出力を両立,さらに静粛性を向上させた(3).ホンダは今後強化されるエミッション規制への対応を視野に入れ,広い領域で理論空燃比燃焼を実現する2.0L自然吸気エンジンを開発した(4).同社のシリーズパラレルHEVのe:HEVと組み合わせられる.マツダはSLYACTIVEディーゼル3.3Lを開発した.空間制御予混合燃焼技術を採用し,広い領域で予混合燃焼を実現した(5).また,48V-P2方式のHEVも採用して燃費性能を高めた.
c. 欧州の動向
2022年の販売台数は1015万台であり,2021年比4.2%減であった(2).COVID-19パンデミックの2020年以降減少が続いており,それまでの水準である約1400万台からは約29%の減少である.一方で電動車の販売に占める割合は増加を続けており,2022年は45.7%となった.BEVの割合は14.8%であり,2021年の10.9%から更に増加した.
BMWは3.0L L6過給エンジンB58を改良した.気筒休止を採用し,48V-P1方式HEVでの燃費最大化と,Euro 7実施に備えて直噴に加えてポート噴射も採用した(6).Mercedes-Benzは横置きの1.4L・2.0L過給エンジン(M282・M260)を改良した.過給機にスクロール間連通を有したダブルスクロールターボチャージャを採用し,性能向上を図った(7).両エンジンとも48V-BSG方式のHEVと組み合わせた.Stellantisは同社の小型エンジンGSEシリーズ最大排気量とあるFireFly1.5L過給エンジンを開発した(8).従来シリーズ同様に可変動弁機構であるマルチエアシステムを採用し,48V-BSGシステムと組み合わせた.
d. 米国の動向
米国の2022年の販売台数(※乗用車のみ,トラック含めず)は,2021年比12.3%減の309万台だった(2).内電動車の占める割合は17.3%である.電動車の中ではHEV,PHEV,FCVが2021年より減少となる中でBEVが増加しており,BEVの台数は2021年比63.8%増の32万台,乗用車全体に占める割合は初めて10%を超えた.
Chevroletは5.5L V8自然吸気エンジンLT6を新開発した(9).スポーツエンジン専用の設計が成され,8,400rpmで最高出力500kWを発生する高回転高出力型のエンジンである.StellantisはV8自然吸気エンジンをダウンサイジング置換する狙いで,3.0L L6過給エンジンのHurricane Twin Turboを新開発した(10).
e. 中国の動向
中国における2022年の販売台数は2356万台で,2021年比9.7%増だった.政府のゼロコロナ政策による都市封鎖が相次いだが,販売台数はCOVID-19パンデミック前の水準にまで回復した.NEV (新エネルギー車)の占める割合は27.8%であり,2021年の15.5%から大幅に増加している.NEV政策推進に伴い急速に電動化が進んでいることが伺える.中でもBEVの伸びが大きく,販売台数は503万台,全体に占める割合は21.4%である(11).
中国メーカーはBEVと同時にHEVにも注力し,熱効率40%以上の高効率のエンジンに独自のHEVシステムを組み合わせて商品化している.広州汽車 (GAC)はHEV用に2.0L自然吸気エンジンを開発した.高圧縮比アトキンソンサイクル,ロングストローク,クールドEGRなどを採用し,熱効率を高めた(12).本エンジンは同社のHEVシステムで多段DHTのGMC2.0と組み合わせられる.吉利汽車 (Geely)はHEV用に1.5L過給エンジンを開発した.ミラーサイクル,LP-EGRなどを採用し,高い熱効率を実現している(13).本エンジンは同社のHEVシステムである3速DHT Proと組み合わせられる.
〔高梨 淳一 本田技研工業株式会社〕
9.2.2 トラック・バス用機関
a.市場動向
2022年の小型四輪車,軽四輪車も含めた国内トラック販売台数は,2021年比2.4%減の74万7510台であった.車種別としては,軽四輪車は同9.7%増の41万3109台と増加に転じたものの,小型車は同8.4%減の21万1772台,普通車は同22.3%減の12万2629台と大幅に減少した.新型コロナウイルス感染拡大による景気の後退により,全体として大幅に減少したと予想される.普通トラックの新車販売台数は,2019年からは減少傾向となり,特に2022年は過去10年間で最低台数となった.一方,普通トラック保有台数は2012年を底にゆるやかに増加傾向が続き,買い控えと使用年数の長期化が予想される.国内バス販売台数は,同20.3%減の5480台であった.こちらも過去10年間で最低台数となり,観光業の低迷によるバス需要の大幅減少がうかがえる.
b.国内の動向
気候変動対策として温室効果ガスの排出量の最小化を各社推進し,脱炭素社会を目指した活動を進めて来ている.乗用車で進んでいる車両の電動化であるが,商用車においても動力源をモーターとする車両の販売を各社進めている.2022年6月に日野自動車が「デュトロZEV」を発売,2023年にもいすゞ自動車,三菱ふそうトラック・バスからの新型車の発売が予定されている.しかし,EVトラックに関しては普及に向けて社会的なインフラの不足および一充電あたりの航続距離の短さと現状では課題も多い.一方,内燃機関による脱炭素化として,水素を燃料とする内燃機関の開発も各社検討している.2022年7月には大型商用車向け水素エンジンの企画・基礎研究を商用車関連メーカー5社が共同で進めることを発表した.海外の潮流をみても国内の水素エンジンの開発は加速していくと予想される.既存のディーゼルエンジンにおいても燃費改善による温室効果ガスの排出量の低減も進められている.2022年10月いすゞ自動車は大型トラック「ギガ」を改良し発売した.ここではエンジンの改良を中心として2025年度燃費基準に対して+5%を主力車型で達成している.
c.海外の動向
海外においても社会の脱炭素化の要求を受けて,モーターを動力源とする車両の開発が進んでいる.特に欧州では,再生可能エネルギー由来の発電により車両のカーボンニュートラルの実現可能性が高いことから,EVトラックの普及が推進されている.すでに販売されている小型トラックや配送用の商用バンなどの他にも大型トラックでのEV化が検討されている.2022年9月開催のIAA ハノーファーショーでは,メルセデスベンツ社からアクトロスの長距離トラックEVが展示された.これは追加の一回の充電で一日に必要とされる500kmの走行距離が達成可能とのことであり,本格的な量産に入るのは2024年としている.また,同展示会では,水素内燃機関のエンジンや要素技術,サプライヤからのエンジン部品などの出品も多く見られた.ともに数年後の量産化を表明している出品者が目立っていた.
電動化が急速に進むとされている中,大型トラック販売の主力商品は未だディーゼルエンジンであり,トラックメーカーも開発の手をゆるめてはいない.2022年4月にメルセデスベンツ社から大型トラック用OM471ディーゼルエンジンが発表された.燃焼系の最適化を行い圧縮比18.3から20.3へ変更され最高筒内圧は250barとなっている.摩擦損失の低減にも注力されており,エンジン内油圧の最適制御を行うとともに低粘度オイルの採用も実施されている.これらの対策により,燃費は低負荷域で4%、高負荷域で3.5%改善したとしている.
〔山下健一 (株)いすゞ中央研究所〕
9.2.3 オートバイ用機関
2022年の国内二輪車生産台数は,2021年比で小型二輪車10.7%増,軽二輪車7.6%減,原付一種7.1%増,原付二種0.8%増で,全体では7.4%増の69.5万台となり,2年連続の増加となった(1).日本二輪車メーカー4社(以下,ホンダ,ヤマハ,カワサキ,スズキと表記)が2022年に発売したエンジンについて簡単に紹介する.
ホンダは,1082cm3・水冷・4ストローク・4バルブ・直列2気筒エンジンを搭載した新モデルを発売した. 270度位相クランク,ユニカムバルブトレイン機構,6速トランスミッション,スロットルバイワイヤシステムを採用し,スポーティーな走りと心地よい鼓動感の両立を図った.最高出力は75kW/7500rpmとなる(2).
ヤマハは,888cm3・水冷・4ストローク・4バルブ・直列3気筒エンジンを搭載した新モデルを発売した.インジェクターをスロットルバルブ側に配置し,噴射はバルブ傘裏方向とすることで,燃料霧化促進とポートへの燃料粒子付着量を抑え,優れた燃焼効率を達成した.また,電子制御スロットル,アシスト&スリッパークラッチを採用している.最高出力は88kW/10000rpmとなる(3).
スズキは,998cm3・水冷・4ストローク・4バルブ・直列4気筒エンジンを搭載した新モデルを発売した.電子制御スロットルや双方向クイックシフトシステムなどの電子制御システムを搭載し,クラッチアシストシステムを採用している.エキゾーストチャンバーにはキャタライザーを2個配置し、排出ガス低減に貢献している.最高出力は110kW/11000rpmとなる(4).
カワサキは,998cm3・水冷・4ストローク・4バルブ・直列4気筒過給エンジンを搭載した新モデルを発売した.過給機のインペラはブレードの形状や角度を最適化し,パワーと燃費性能の両立を図った.電子制御スロットルやドッグリングトランスミッション、アシスト&スリッパークラッチを採用している.最高出力は147kW/11000rpmとなる.
〔山本 茂季 カワサキモータース株式会社〕
9.2.4 汎用機関
a.エンジン生産の動向
日本陸用内燃機関協会の統計における2022年度の実績見込み(1)によると,陸用内燃機関全体の国内生産台数は,3,605千台,前年度比95.4%と2年ぶりに減少した.金額は,7,227億円,前年度比106.9%と増加した.ガソリン機関は,台数で1,758千台,前年度比91.4%,金額は405億円,98.7%である.ディーゼル機関は,台数で1,739千台,前年度比98.7%,金額は6,550億円,106.9%である.ガス機関は,台数で107千台,前年度比117.3%,金額は273億円,121.9%である.
海外工場での生産台数は,全体で9,467千台,前年度比90.0%の見込みである.ガソリン機関は,台数で9,050千台,前年度比89.2%,ディーゼル機関は,台数で415千台,前年度比114.4%,ガス機関は,台数で3千台,前年度比27.7%である.
新型コロナウィルスの影響が一部に残るものの,欧米の建設機械,産業機械,発電機の旺盛な需要により,ディーゼル機関,ガス機関の生産が高い水準で推移した.一方,ガソリン機関の生産は,ガーデニング・レジャー特需の収束やインフレ,景気減速懸念等により市況の減速がみられた.
b.国内の動向
汎用機関に関しては,排ガスゼロ車(ZEV)化を志向するカリフォルニア州を除いて,カーボンニュートラルを促進するための法規制・補助金を導入する動きは見られていない.しかし,メーカー自らが掲げる脱炭素化目標に基づいて,カーボンニュートラルに向けた研究・開発が活発化している.
クボタは,デンヨーと産業用水素エンジンを搭載した水素専焼発電機の開発に着手したことを発表した.可搬型発電機のボリュームゾーンである45kVAのディーゼル発電機をベースに開発を進め,早期の市場投入を目指す(2).
ヤンマーはオランダのバッテリーシステム製造会社ELEO Technologies社の株式を取得し,電動パワートレインのソリューション提供を目指す(3).
カーボンニュートラル関連ではないが,三菱重工メイキエンジンは,汎用エンジンの新スタート方式であるD-LieM Start(ドリームスタート)を開発した.チョーク操作が不要でワンプッシュスタートが可能であるなど,これからの高齢化対策や,初心者・女性の農業進出に貢献できる特徴を備えている(4).
c.海外の動向
国内と同様,カーボンニュートラルへの取り組みが多い.
Cumminsは,エンジンブロックとコアコンポーネントを共有し,様々な低炭素燃料に対応できる燃料に依存しないシリーズX10を2026年に北米で発売すると発表した(5).
Liebherrは,水素を燃焼室に直接噴射する直噴(DI)方式と,吸気ポートに水素を噴射するポートフューエルインジェクション(PFI)方式を採用した水素エンジンのプロトタイプを公開した(6).
FPTは,NEW HOLLAND AGRICULTURE社が開発した世界初のLNG燃料トラクター向けにエンジンを提供した(7).
Volvo Penta は水素を再生可能燃料源として利用するデュアルフューエルエンジンをBauma 2022において展示した.既存の D8 (直列 6 気筒,7.7 L ディーゼル エンジン) をベースにして,CO2 排出量を最大 80% 削減できる(8).
〔萩原 良一 ヤンマーホールディングス株式会社〕
9.2.5 建設機械および鉄道車両用機関
a.建設機械の市場動向
2022年度通年の出荷金額は2021年度から増加して,2兆8,499億円(2021年度比13%増)と見込まれる.上期は国内4,149億円(2021年度同期比5%増),輸出9,367億円(2021年度同期比20%増),下期は国内4,716億円(2021年度同期比横這い),輸出1兆267億円(2021年度同期比16%増)と見込まれ,国内は底堅く推移,輸出が大幅に増加した.
2023年度は国内,輸出ともに続伸し,通年では国内9,150億円(2022年度比3%増),輸出2兆1,430億円(2022年度比9%増)と予測されている.この結果,通年の出荷金額は過去最高の3兆580億円(2022年度比7%増)となることが見込まれる(1).
b.建設機械用機関の排気ガス規制動向
北米での次期規制(Tier5)に関して2022年12月にカリフォルニア大気資源局(CARB)による公開会議が開催された(2).本会議ではオンボード診断(OBD)のコンセプト(3),排出権の貯蓄や取引など(averaging,banking,trading: ABT)のコンセプト(4)およびアイドリング時の排気ガス抑制コンセプト(5)の3つの主要議題を中心にして討論が行われた.CARB Tier5案はすべてのオフロードディーゼルエンジンへのパティキュレートフィルタの装着を強制するとともに, NOx排出量の90%削減(56-560kW), エンジンの実際の使用中(in-use)の排出ガス確認試験の強化,排出ガス浄化性能を担保しなければならない年限(useful life)の延長,低負荷時の排出ガス試験サイクルの新設など,現状のTier4 Final規制に対して多くの変更を含んでいる.一方で米国環境保護庁(EPA)は現時点では連邦レベルの次期排出ガス規制を策定しておらず, 現在の規定ではカリフォルニア州の住民が他州からオフロードエンジンや機器を持ち込むことが認められており,カリフォルニア州のみのTier5排出ガス規制施行は限られた効果しか期待できないため今後のEPAの動向に注目する必要がある.
中国では2022年12月1日から出力560kW以下のオフロードエンジンに対して中国国家排出ガス規制第Ⅳ段階規制(欧州StageⅢBと同等レベル)が施行された(6).
c.建設機械用機関の技術動向
新型エンジンとしては,日本国内ではクボタからはD1105-K(排気量1.1L)が発表された(7).本エンジンは直列3気筒,定格出力18.5kWで,同社独自の燃焼方式の採用により従来エンジンより約5%の燃費低減を達成するとともに,排出する黒煙を視認できないレベルまで改善している.本エンジンは電子制御システムの採用により,CAN通信によるエンジンの運転制御や外部からの運転データの取得が可能になっている.また従来の機械制御式エンジンと同等のサイズを維持することで,機械制御式エンジンからの置換えを容易にしている.本エンジンは2023年12月以降に量産が開始される予定である.
海外のメーカでは,AGCOが新型エンジンCORE75(排気量7.5L)を発表した(8)(9)(10).本エンジンは直列6気筒,定格出力223kWで,燃料消費率188g/kWhを達成,EGRシステム無しで欧州StageV規制に対応しており,2022年末までに生産が開始されると発表されている.
各社共通の動向としては,2021年度に引き続いて脱炭素化への対応としてバイオ燃料に代表される代替燃料の使用や,水素を含むガス機関の研究・開発を推進する動きが見られるが,2022年では特に水素エンジンに関して具体的な発表が数社からあった.
LiebherrはH964(排気量9.0L)とH966(排気量13.5L)の2つの水素エンジンのプロトタイプを発表した(11)(12).H966はポート噴射式を採用しており同社の掘削機での搭載評価が行われている.H964は燃焼効率と出力密度の点で優れている直接噴射式を採用しており,同社は2025年までに水素エンジンの量産を開始すると発表している.
Volvo Pentaは同社のD8(排気量7.7L)をベースにして軽油と水素の混焼エンジンを開発していることを発表した.同エンジンは2023年に欧州のユーザの機械に搭載して稼働を開始する予定である(13)(14).
d.鉄道車両用機関の技術動向
日本国内ではコマツが機関車や保守用車両向けとしてSAA6D170E-5R(排気量23L)を発売した(15).本エンジンは直列6気筒,定格出力441kWで同社の大型ブルドーザに搭載しているエンジンを基に開発されており,コモンレール式燃料噴射方式の採用により従来の列型燃料噴射ポンプ方式に対して燃料消費率を低減している.またCO2排出量削減につながるアイドリングストップに対応したスターターモータの耐久性向上や,エアコン,油圧ポンプなどの補助機器の駆動用アクセサリープーリを標準装備するなど汎用性向上を図っている.
海外のメーカではトルコの鉄道技術研究所であるTÜBİTAK RUTEが機関車用エンジンとして8V160B(排気量30L)の開発を完了したと発表した(16)(17).本エンジンはV型8気筒,定格出力882kWで,国産開発プロジェクトの一環としてTÜBİTAK RUTEがトルコ国内の企業・大学と協力して開発を進めてきたもので,エンジン構成部品の90%はトルコ国内で生産され,今回発表されたV8バージョンの他に1,985kWまでカバーするV12および V16バージョンも検討されている.
〔春田 欣彦 株式会社アイ・ピー・エー〕
9.2.6 舶用及び発電用機関
舶用低速2ストローク主機関を生産している国内主要エンジンメーカー9社の2022年1月~12月の生産実績は543台,559万馬力であった.(2021年は589台,565万馬力)生産馬力は前年比1%減と昨年(同12%減)に比べると僅かであるが,2年連続で600万馬力を割り込む結果となった.一方,2022年末時点の手持ち工事量は9社合計で668台,792万馬力となっており,2021年末の542台,733万馬力に比べて,18%増となっている.2022年の出力ベースの舶用低速2ストローク主機関国内シェアを図1に示す.
図1 2022年舶用低速2ストローク主機関国内シェア(出力ベース)※Source:KP Data
2022年の新造船マーケットは,脱炭素社会の実現に向けたLNG焚き,LPG焚き,メタノール焚き等,二元燃料焚き機関採用船の商談が昨年に引き続き活発に行われ,多くの新造船の受注成約が発表された.特にメタノールに関しては,常温で液体であるため,他の二元燃料に比べて取扱いが容易であるというメリットを有するため.今後も採用案件の増加が見込まれている.一方で,世界的な鋼材や半導体不足に伴う電子機器などの資機材価格の高騰が継続しており収益面,納期面での懸念材料となっている.
2021年に引き続き,各社からは環境対応技術に関連する発表が相次いだ.日立造船とヤンマーパワーテクノロジーからは,メタンスリップ削減技術であるメタン酸化触媒システムを共同開発し、基本設計承認(AiP: Approval in Principle)を世界で初めて取得したことが発表された.日本郵船とIHI原動機からは,アンモニア燃料タグボートの基本設計承認取得が発表され,日本郵船,IHI原動機,ジャパンエンジン,日本シップヤードからは,アンモニア輸送船の基本設計承認取得が発表された.これらは国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によるGI(グリーンイノベーション)基金助成事業の公募採択を受けたプロジェクトの一環で行われている研究開発である.
一方で,国内造船所の再編に向けた動きが2020年より始まっているが,日立造船による舶用原動機事業の新会社設立及び新会社への今治造船の資本参加に関する基本合意書の締結,三井E&SによるIHI原動機の舶用大型エンジン及びその付随製品に関する事業を承継した新会社の株式取得が完了し三井E&S DUが誕生するなど,舶用機関メーカにおける業界再編に向けた動きも始まっている.
〔後藤 貴幸 株式会社三井E&S〕
9.2.7 ガスタービン
気候変動問題への対応が求められる中,ガスタービン分野では,2022年も脱炭素の実現に向けた取り組みが盛んに行われた.特に産業用ガスタービン分野においては,水素などのカーボンフリー燃料の利用に関する取り組みが多くみられた.三菱重工業は,米国Georgia州Smyrna市にあるMcDonough-Atkinson発電所で,M501G形天然ガス焚きガスタービンを使い,部分負荷と全負荷の両条件において,水素と天然ガスの混合燃料による燃焼実証試験に成功したことを報告している(1).同社によると,この試験は高効率・大型ガスタービン・コンバインドサイクル発電設備で初めて行われた20%水素混合燃料による燃焼実証であった.また,三菱重工業は,2025年の水素ガスタービン商用化に向けて,同社の高砂製作所に水素の製造から発電までにわたる技術を世界で初めて一貫して検証できる「高砂水素パーク」を整備することを発表している(2).同施設を利用して,大型ガスタービンについてはJAC形を用いた水素30%混焼発電を,中小型ガスタービンについてはH-25形を用いた水素100%専焼発電をそれぞれ検証する.IHIはNEDOのグリーンイノベーション基金事業「燃料アンモニアサプライチェーンの構築プロジェクト」に参画しており,その支援のもと液体アンモニア専焼ガスタービンの開発を行っている.その中で同社は,横浜事業所の2,000 kW級ガスタービンに新たに開発した燃焼器を搭載して試験を実施した.その結果,70~100%の高いアンモニア混焼率でも温室効果ガス削減率99%以上を達成し,液体アンモニアのみの燃焼で2,000 kWの発電ができることを世界で初めて実証したことを報告している(3).また,川崎重工業はNEDOの「水素社会構築技術開発事業」において,神戸市ポートアイランドの水素コージェネレーションシステム実証プラントで,ドライ方式燃焼器を用いた水素ガスタービンのNOx排出量について,大気汚染防止法の規制値の半分である35 ppm以下を達成したことを報告している(4).
一方,世界的に再生可能エネルギー電源の普及も推進されている.しかしながら,不安定な電源であることから,ガスタービン発電システムが調整用電源の役割を担うことが予想されている.これを受けて,米国のGEは迅速な起動や停止が可能なシンプルサイクル型天然ガスタービンの生産能力強化を図ることを発表している(5).
航空分野においても水素などのカーボンフリー燃料の利用が検討されている.仏国のエアバスは2020年9月に水素で航空機を飛ばす「ZEROe」プログラムを発表しているが,2022年2月,同社とCFMインターナショナルは,水素を燃料とする航空機エンジンの実証実験に向けたパートナーシップを締結したことを発表している(6).国内では,NEDOのグリーンイノベーション基金事業「次世代航空機の開発」において川崎重工業がJAXAと共同で水素燃焼器などの水素航空機向けコア技術の開発を行っている(7).その他に,航空分野ではSAF(Sustainable Aviation Fuel: 持続可能航空燃料)の利用によるカーボンニュートラル達成も検討されている.IHIはシンガポール科学技術研究庁傘下の研究機関であるISCE²(Institute of Sustainability for Chemicals, Energy and Environment)と共同で,CO₂を原料としたSAFを合成するための新触媒を開発し,触媒反応試験において世界トップレベルである26%の液体炭化水素収率を確認したことを発表している(8).また,GE Honda Aero Enginesは,SAFを100%使用したHF120ターボファンエンジンの試験を行い,通常のジェット燃料を使用した場合と同等の性能が確認されたことを発表している(9).
学術分野では,米国機械学会が主催するTurbo Expo 2023が,蘭国のRotterdamにおいて,3年ぶりに対面形式で開催された.なお,聴講者はリモート参加も可能であったが,プレゼンテーションは原則対面形式で行う必要があった.収録論文数は約1000編であったが,中国を中心に渡航規制の続く国々から著者が参加できず,20~25%がNo-showであった(10).今回のTurbo Expoでは「Road-Mapping the Future of Propulsion and Power」と題したキーノートや,「Unlocking Hydrogen & Energy Storage for Propulsion & Power」と題した基調セッションが開催され,脱炭素を実現する上での問題やその解決策について議論がなされた.また,「Industrializing Terabytes for Propulsion and Power」と題した基調セッションも開催され,Big Data活用とマネジメントの課題などについて議論がなされた.国内では,日本ガスタービン学会の定期講演会が,こちらも3年ぶりに対面形式で九州大学の医学部百年講堂にて開催された.講演会の参加者は161名,一般講演の発表件数は53件でともにコロナ禍以前の対面開催の頃に近い数であった(11).本講演会では,定期講演会が第50回という節目を迎えたことを記念して,慶應義塾大学の川口修名誉教授による「学術講演会の50年を振り返って」と,元三菱重工業の青木素直氏による「世界の頂点を目指せ!」と題した講演がそれぞれ行われた.また,「ガスタービンにおけるデータ活用技術の最前線と今後の展望」と題した先端技術フォーラムも開催された.
〔金子雅直 東京電機大学〕
9.2.8 スターリング機関
2022年の報告で,多くのスターリングエンジンが採用可能なものとして,平行平板を再生器として用いる試み(1)(2)が挙げられる.平行平板を組み合わせた再生器では,金属メッシュを積層した再生器に比べ,動作流体が流れる際に生じる圧力差が抑制される一方で,再生器効率の向上が課題である.温度勾配の方向に再生器を5つに区分することで,再生器内の高温部から低温部への熱伝導が低減され,再生器効率が向上した旨の報告がなされた.これらは2021年の報告(3)の続報と判断できる.
その他にも2022年は特徴のある取り組みが報告された.部品に関する報告では,往復動するピストンやピストンに接続されたロッドの摺動部の気密を取り扱う報告がなされた(4)(5).
スターリングエンジンの形式を工夫する報告も多く,ガンマ型スターリングエンジンにおいて,パワーピストンとディスプレーサチャンバを接続する位置について,低温側で接続する場合よりも高温側で接続する形式の方が,高トルク高出力になったと実験に基づき報告された(6).またアルファ型スターリングエンジンのピストンの配置について,180度V型のように高温側と低温側のピストンの往復動を同一直線状に配置し,クランクジャーナルの位置を「ピストンの往復動の延長線上」からオフセットすることで高温側ピストンと低温側ピストンの位相を180度から変化させる提案がなされた(7)(8).1ピストンスターリングエンジンのような形式で,Thermal-lag engineが報告された(9)(10).フリーピストンスターリングエンジン(FPSE: free-piston Stirling engine)でも特徴のある試みとして,バッファ空間にディスプレーサを追加し,180度位相の2台のスターリングエンジンが一つのピストンを共有しているような形式(11)が報告された.熱音響機関でも,多段に組み合わせて冷凍機を駆動する提案の数値解析(12)や,ピストン状の稼働壁で共鳴管の長さを調節する試みが(13)(14),報告された.
性能予測や解析方法に関しても,second-orderモデリングを改善する取り組み(15)(16),動力学的な解析をスターリングエンジン研究に取り入れる取り組み(17),機械学習の利用(18),ANSYSの利用(19),SageMathの利用(20)(21),AIの利用(22)-(24),などがアピールされた.
FPSEは,発電機に関する報告が多く(25)-(31),独自に作ったFPSEに発電機を搭載して実験した報告もある(27).発電機はフルイダインでも扱われた(32)(33).2022年はフルイダインは他にも報告があった(34)-(36).
2022年は実験結果を伴う報告が多く,上記ほど特徴のある取り組みでなくとも,熱電供給のコージェネレーションシステム(37),kW級ベータ型スターリングエンジン(38),出力48~160Wのベータ型スターリングエンジン(39)が報告され,スターリングエンジンが1750時間運転したところで冷却器に亀裂が入った旨の報告(40)もあった.廃熱回収では,1000㏄の圧縮点火機関の廃熱をスターリングエンジンとランキンサイクルおよび潜熱蓄熱体で回収する実験の報告があり,圧縮点火機関に供給したエネルギの約0.2%をスターリングエンジンの発電で利用した旨が報告された.μCHPや再生可能エネルギ・廃熱利用の設備の研究報告でも,何らかの実験結果を伴う報告もあった(37)(41)(42).
原子力を熱源に宇宙で駆動するスターリングエンジンを研究する報告も増えている(43)-(48).
フィジビリティ・スタディは,地域を限定してエチオピア(49)やUK(50),インド南部(51)でのスターリングエンジン利用を検討する報告や,経済性を評価する報告(52),熱電発電・固体酸形燃料電池・固体酸化物型燃料電池・直接メタノール形燃料電池・マイクロタービン・スターリングエンジンを比較する報告(53)が報告された.
〔加藤 義隆 大分大学〕
9.2.9 燃料電池
太陽光や風力といった再生可能エネルギーから生成できる水素は二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーである.2021年に発表された我が国の第6次エネルギー基本計画(1)では水素を主要なエネルギーと位置付けている他,ドイツ,フランス,イギリスが作成した国家水素戦略においてもカーボンニュートラルを実現するための重要なエネルギーと位置付けており(2),先進国を中心に水素普及に向けた積極的な支援がなされている.この中で,燃料電池は高効率に水素を電気へ変換できることから,将来,主要なエネルギー変換装置になると期待されている.
燃料電池には様々な種類が存在するが,移動体には起動性の良さなどの特性をもつ固体高分子形燃料電池がよく用いられており,商用化がなされている.2014年にトヨタ自動車が固体高分子形燃料電池を搭載した燃料電池自動車「MIRAI」を世界に先駆けて一般向けに販売して以降,我が国での燃料電池自動車の保有台数は着実に増加しており,2021年度末において国内保有台数は6981台(3)であった.これは2020年度末の5170台と比べ約35%の増加である.中国においても2021年までの累計販売台数が8938台(4)と我が国よりも速いペースで燃料電池の社会実装が進められている.近年では特にバッテリーでは難しいトラックやバスなど大型商用車への適用が進められており,中国においては販売された燃料電池搭載車のほとんどがトラックやバスである.
この様に燃料電池はトラックやバスなど高負荷用途への適用が積極的になされており,国内外で様々な研究開発,実証試験が行われている.例えば2020年にアサヒグループホールディングス,西濃運輸,NEXT Logistics Japan,ヤマト運輸,トヨタ自動車,日野自動車が共同で固体高分子形燃料電池を搭載した大型トラックの実証試験を行うと発表(5)した他,2023年には福岡県,トヨタ自動車,Commercial Japan Partnership Technologies,JR九州が2023年夏頃開業予定のBRTひこぼしラインで固体高分子形燃料電池を搭載した小型バスの実証運転の計画を発表(6)している.また,欧州トヨタがフランスのスタートアップ企業Hylikoへ燃料電池モジュールを供給する(7)他,本田技研工業もトラックや非常用電源用途に燃料電池モジュールの販売を拡大すると発表(8)するなどモジュール販売を通して,燃料電池搭載車を普及させる試みも進められている.海外においても燃料電池を搭載したトラックの開発が進められており,ダイムラートラックは航続距離1000km以上を目標にしたメルセデスベンツGenH2を発表(9)している.GenH2トラックは25トン貨物の牽引を想定しており,極めて長い航続距離を実現するために液体水素を積載している.また,150kWの燃料電池システムを2つ搭載しており,連続出力で230kW,最大出力で330kWとなるように設計されている.イギリスのスタートアップ企業Hydrogen Vehicle Systemsも350bar,32kgの水素ガスを搭載し,航続距離500km以上を目標にした燃料電池トラックを発表(10)しており,世界的に開発競争が激化している.
鉄道においても非電化区間で用いられるディーゼル機関の代替として燃料電池の適用が進められており,2020年にはJR東日本,日立製作所,トヨタ自動車の3社が固体高分子形燃料電池を搭載した車両FV-E991系を発表(11)した他,2023年にはJR西日本も燃料電池を搭載した列車の開発を発表(12)しており,水素を用いた鉄道のカーボンニュートラル化が進められている.欧州ではSIEMENSが燃料電池搭載車両の開発を進めており,2024年の実用化を目指しドイツ鉄道と共同で試験走行を行っている(13).
この様に燃料電池はバッテリーでは難しい高負荷な用途に適しており,トラックや鉄道などへの適応が進められている.しかし,燃料電池を普及させていくには依然として様々な技術開発が求められている.2022年に発表されたNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の固体高分子形燃料電池に関する技術開発ロードマップ(14)では貴金属使用量の低減,運転温度の高温化,ガスの拡散抵抗低減,氷点下での起動特性の改善など様々な開発課題が挙げられており,これらの課題を解決すべく産学官が連携した研究開発が行われている.
〔境田 悟志 茨城大学〕