7. 流体工学
7.1 はじめに
機械工学年鑑は,2015年度からオンライン化されてWebにより公開されている.これまで,8年間においては主に,乱流, 噴流・せん断流,圧縮性流れ,混相流,非ニュートン流体,流体機械,流体騒音,生体・生物,自然エネルギー,流れの可視化・計測など,広範囲の流体工学に関する最新研究動向が概説されている.今回は指向を変えて少しターゲットを絞り,様々な付加的物理現象を伴う熱流動,いわゆるマルチフィジックス熱流動に関連した流体工学を中心に,各分野の最前線で活躍されているキーパーソンの大学研究者に最新研究動向を概説いただいた.
具体的には,プラズマ流体として,日本が先行している熱プラズマ流,医療や食品などの様々な分野に応用されている低温プラズマ流,バイオ流体として,微生物に関する流体力学の研究論文が最近急増している生物流体,循環器系分野の医工学にも深く関わる生体流体,混相流体として,エネルギー流動現象を支配する混相流動,各種流体機械に発生するキャビテーション,将来の超臨界二酸化炭素発電技術でも注目される超臨界流体,最新半導体開発で顕在化してきたマイクロ・ナノスケール流体,などについて最新の研究動向を概説いただいた.また,産業への応用という視点から,大型の流体システムとして,次世代ロケットエンジンやガスタービンにおける流体工学の最新研究動向や,さらには上記すべての研究分野で急速に活用され始めたAI技術として,機械学習や深層学習に基づくデータ駆動型科学の流体工学への応用についても概説いただいた.ここで紹介された内容はまさにいま学界・産業界で現在進行形の流体工学に関連した最新の研究・技術であり,研究者のみならず,技術者にとっても有用な情報になることを期待する.
〔山本悟 東北大学〕
7.2 プラズマ流体
7.2.1 熱プラズマ流
熱プラズマとは,大気圧程度で生成されるアークプラズマや高周波誘導結合プラズマなどがその例で,放電によって電子に投入されたエネルギーが高頻度の衝突によってガスを構成する重粒子(イオン,非電離原子や分子)に伝達され,それらの温度がほぼ同程度になっているプラズマ流体の一種である.重粒子の温度も1万℃以上となるためエンタルピーが高く,すなわち解離・電離・温度上昇だけでなく体積膨張(密度減少)も経て生成・維持されている電磁熱流体とみなすことができる.これほどの超高温で,かつガス種によって酸化・還元・不活性の環境を選択することができる流体は,現在のところ熱プラズマをおいて他にないことから,プラズマ溶射,アーク溶接,廃棄物の無害化処理などに利用されてきた.最近では特に,高融点材料を基にした金属やセラミックスのナノ粒子の大量生成を実現できる流体として期待されている.2022年においても世界各地で研究が進められており,まさに日進月歩と言える中で,ここでは特に注目に値する報告事例を紹介する.なお,インドや中国からも多くの成果報告がなされているが先進的なものは少なく,新規的な装置開発や数値シミュレーションのいずれにおいても日本の研究者たちが当該分野を牽引していることを申し添えておく.
ナノ粒子の大量生成にはこれまで高周波誘導結合型の熱プラズマ流が主として用いられており,リチウムイオン電池用カーボンコーティッドシリコンナノ粒子(1)や次世代磁性ナノ粉末の創製が進められている中,日本国内において実験的および数値解析的研究によりアルゴンプラズマ流における銅-ニッケル合金ナノ粒子の生成プロセスの基礎メカニズムが明らかにされた(2).一方でインドとオーストラリアの共同研究グループからは,同種の合金ナノ粒子について移行式ヘリウムアークプラズマ流を用いた場合の報告がなされている(3).またウクライナからはアルゴン-水素混合ガスを用いた非移行式直流アークプラズマジェットに外部磁場を印加することでシリコンナノ粒子の飛躍的な生成量向上に成功したという報告がなされた(4).
アーク溶接研究についても進展が報告されている.日本の研究グループが,移動境界問題が顕著であるサブマージアーク溶接の溶滴移行過程やマグ溶接のスラグ形成・輸送過程を粒子法によってモデル化し,数値シミュレーションにより現象の詳細を明らかにした(5)–(7).また,火星大気を再現した真空チャンバー内において交流ティグアークを点弧・維持し,その電子密度分布を赤外線法によって計測したという報告もなされた(8).
廃棄物処理への熱プラズマ応用においては,最近では特に水蒸気を母ガスとすることで豊富な活性種と高い熱容量を有する熱プラズマジェットが注目されており,実験(9)および数値シミュレーション(10)(11)の両面からの研究報告がなされた.
新規的な熱プラズマ流発生装置の開発は日本の研究者たちが先駆的に進めている.例えば,ループタイプのプラズマ生成を可能としたもの(12),パワー半導体を利用して平面的なプラズマジェットの生成を試みているもの(13),多相交流システムにより広範囲にアークプラズマを生成するもの(14)等があり,その開発に伴って高精度の光学計測技術も発展をみせている(15).しかし依然として,これらの電磁熱流体的な挙動や特性は多くが未解明であり,今後のさらなる研究が期待される.
プラズマの電磁熱流体的な挙動に強く影響を与える要素に電極との相互作用がある.交流ティグアーク溶接中の溶融電極表面から液滴が飛散する様子が日本の研究グループによって初めて捉えられた(16)(17).また,中国の研究グループからは直流アークプラズマ生成中の電極のアブレーション現象についての研究報告がなされた(18).
六フッ化硫黄を母ガスとした直流アークプラズマが乱流を誘発することを示唆する実験結果が2018年に報告された(19)ことを受けて,それを捉えるために,千倍に及ぶ密度変化をともなう非圧縮性~圧縮性・亜音速~超音速にわたる流れ場をシームレスに扱える数値シミュレーション手法の開発が進められており,その一次的な結果が報告された(20).熱プラズマに起因する乱流の知見は依然として少なく,そのような中で日本の研究グループが先駆的な役割を果たしている.また,これらの数値計算に必要不可欠な物性値について,量子化学計算を併用して求める手法が報告された(21).
〔茂田正哉 東北大学〕
7.2.2 低温プラズマ流
低温プラズマ流は,ガス温度が概ね室温から数百度の範囲にあるが,電子温度が1万度程度と熱非平衡性を有するため,低温にもかかわらず化学反応性を有している.プラズマの発生方法は,生成したプラズマをガスで輸送するリモートプラズマジェットやヘリウムやアルゴンなどの作動ガスを利用してプラズマビュレットと呼ばれる電離域を電界伝播させるプラズマジェット(1),コロナ放電(2),ストリーマ放電(3)などがある.プラズマの照射方法は,直接もしくは間接で行われ,直接照射は電荷や長・短寿命活性種,電界,紫外線などの効果が,間接照射は長寿命活性種の効果が得られるため,目的に応じて使い分けられている.近年これらの特徴を生かした,室温程度の大気圧低温プラズマ流の応用が急速に拡大している(4).例えば,生体に損傷を与えない程度の低温プラズマを医療に応用する「プラズマ医療」がある(5).皮膚治療(6)や止血(7),ガン治療(8),殺菌(9),歯の漂白(10)などの研究が進められている.中でも,従来法で治療が困難な慢性創傷の治療法として実用化されている.食品分野では病原微生物の殺滅に加え,重金属,毒素,アレルゲンなどの食品汚染物質の除去などの検証(11)などが,農業分野では発芽や病原性の制御(12),果物の成熟を促進するエチレンの除去などが進められている.また, 航空・エネルギー分野においては,EHD力を利用したプラズマアクチュエータ(13)による境界層制御(14),プラズマ燃焼促進(15),水素製造(16)などが,環境浄化分野においては,窒素酸化物低減(17),SPM削減(18),VOC浄化(19),オゾン処理(20),静電集塵(21),脱硝処理(22)などが,材料プロセスの分野においては,表面改質(23),クリーニング(24)などの研究が進められている.また,気液界面プラズマ(25), (26), (27)や液中プラズマ(28)を利用した応用も行われている.気液界面プラズマでは液中に形成される流れがプラズマによる表面張力の変化(29)により形成される機構があることが明らかになってきた.これらの大気圧低温プラズマは,EHD効果や化学種生成輸送の制御が応用において重要な役割を担う.低圧下では,エッチング,薄膜形成などの半導体製造において大きく発展してきた.特に最近は超高精細化が進み,原子層堆積法(ALD) (30)や原子層エッチング(ALE)(31)などプラズマを精密に制御する技術の開発が進められている.また,グラフェンの生成(32)やナノ微粒子などの合成なども進められている.
〔佐藤岳彦 東北大学〕
7.3 バイオ流体
7.3.1 生物流体
生物流体の分野では,人体の生理流れや,鳥や昆虫の飛翔,魚の遊泳,微生物の遊泳などの研究が盛んに行われている.2022年度の流体工学部門講演会では「生物・生体・医療の流れとバイオレオロジー」のOSが,日本流体力学会年会では「生物流体」と「生体の流れ」のOSが企画された.世界を見渡すと,この分野で最大の講演会はアメリカ物理学会の流体力学部門講演会(APS-DFD)であり,生物流体に関連する2022年の講演発表数は300件近くに上っている.また,2022年度はバイオメカニクス分野で世界最大の学会World Congress of Biomechanics(WCB)が開催され,生物流体の講演が数多く発表された.特筆すべきは,微生物流体力学に関するOSが6件企画されたことであり,この分野の盛り上がりが見て取れる.図1は,SCOPUSで調べた年間に発行される総論文数と,微生物流体力学に関連する論文数の推移を示している.2000年頃から微生物流体力学の論文数が大幅に増加しており,APS-DFDやWCBなどの世界最先端の学会での関連OSの企画が増加の一途をたどっている.
図1 年間に発行される総論文数と,微生物流体力学に関連する論文数の推移(SCOPUS調べ:(microorganism OR bacteria OR algae OR ciliate OR sperm OR cilia OR flagella)AND(hydrodynamics OR mechanics OR physics OR swimming OR biomechanics))
日本機械学会が発刊する英文誌 Journal of Biomechanical Science and Engineering(JBSE)には,2022年も生物流体に関する論文が数多く掲載されている.Otaniら(1)は,医療応用を見据え,磁気共鳴画像法(MRI)で取得する速度分布の精度を向上させるために,物理的に矛盾のない速度を推定する実用的な手法を提案した.Kannoら(2)は,血流パターンと動脈硬化症のアテローム形成との関係を議論するため,培養内皮細胞の形態応答に及ぼす渦とせん断応力勾配の影響を実験的に調べた.Bando & Otomo(3)は,浸透圧ショックで膨張した赤血球が破裂する現象(溶血)を解析し,病変や酸化ストレスなどにより赤血球膜の剛性が変化すると,溶血特性にどのような影響が表れるかを調べた.Obanaら(4)は,白血球の一種である好中球の推進に及ぼす水中衝撃波の影響を検討し,衝撃波による免疫機能増強の可能性を示した.Nakaiら(5)は,周毛性の細菌と単毛性の細菌の化学物質に対する応答(走化性)の違いを調べ,細菌の行動パターンの違いが細胞分布の違いを引き起こすことを明らかにした.Koizumiら(6)は,昆虫の優れた飛翔能力を模擬するため,2種類のアクチュエータと柔軟な翼基部で構成される羽ばたき機構を提案した.Murayamaら(7)は,鳥類の高い飛行性能が翼や尾の変形能によって実現されていることに着目し,尾の変形を制御できる小型飛行ロボットを開発した.以上のように,JBSEでは,人体の生理流れや鳥や昆虫の飛翔,微生物の遊泳などの幅広い研究が報告されている.
世界的には,図1に示したように,微生物流体力学が盛り上がりを見せている.これは,生物学や医学,環境学などの研究者と連携が進んだためだけではなく,アクティブマター物理やマイクロロボットの研究者も新規参入している効果が大きい.こうした背景から,「数理科学」誌に石本健太氏の「微生物流体力学への招待」が連載され,「微生物流体力学」の教科書(8)が刊行された.微生物流体力学に関する論文は枚挙にいとまがないため,紙面の許す範囲で紹介したい.Omoriら(9)は,微細藻のクラミドモナスが微小管路内を遊泳する挙動を観察し,細胞が流れに対向する方向に配向(走流性)し,管路中央へと軸集中する現象を報告した.さらに,数値シミュレーションを用いてそれらのメカニズムを解析し,管路内の非定常な遊泳運動が走流性と軸集中を引き起こすことを明らかにした.Ishimotoら(10)は,生き物のようなエネルギー保存則を満たさない物体の性質を奇弾性で表現し,生き物のように自律的に泳ぐマイクロマシンの基本原理を明らかにした.Ishikawaら(11)は,アクティブ流体(マイクロスイマー懸濁液)のジェット流を解析し,通常の水と同様に液滴に分裂したり,ジェット流が波打つ不安定性を報告した.また,微生物の遊泳を駆動する鞭毛や繊毛の流体力学も深化している.Katohら(12)は,マウス胚のノード流が力学的に感知されている機序を調べ,体の左右非対称性が生み出されるメカニズムを解明した.繊毛流れを模倣した工学システムも提案されており(13),電気的に作動する人工繊毛のアクティブなメタサーフェイスの製作に成功した報告がある.微生物遊泳の研究は,今後のマイクロスイマー技術やアクティブメタサーフェイスへの応用が期待される.
〔石川拓司 東北大学〕
7.3.2 医工学・生体流
流体工学は,医療機器の開発や生体内の流動メカニズムに欠かせないツールであり,医学および医工学に深い関わりを持っている.本項では,医工学で特に注目されている3分野において,流体工学の発展および貢献について記載する.
Microfluidicsは,マイクロチャネルを有するチップ内で極少量の流れを利用するデバイスである.細胞や組織の反応の定量化するのに研究開発が進んでいる.
Pubmed(1)でMicrofluidicのキーワードで検索すると全体で46,663件あり,このうち2022年は4,436件,2021年は4,454件であった.2020年まで順調に増加を続けていた(3,503(2018年)→3,927(2019年)→4,135(2020年))ことから,この2年間はいわゆる新型コロナによる実験の停滞とも推測できる.
Microfluidic deviceの応用としてOrgan on chipがある.Organ on chipは,臓器全体または臓器系の活動,力学,生理学的反応をシミュレーションするデバイス(チップ)で,マルチチャンネルの3次元マイクロ流体細胞培養集積回路と定義付けられる.Pubmedで検索すると,70(2020)→136(2021)→143(2022)と,まだまだ少ないものの順調に増加している.また,2020年から2021年で倍増していることから,研究の変化の可能性がある.
臓器間ネットワークは,ムーンショットの目標2(2)で取り上げられたキーワードの1つで,我が国では新聞等でも多く取り上げられている.主に糖尿病等代謝に関する分野で研究が進められており,バイオ流体が関係することは未だ多くはない.Pubmedで検索するのに臓器間ネットワークの英語で適切なものが存在しておらず,“organ network”では,全体で63件,2021,2022年ともに3件であった.一方,糖尿病を表す“diabetes”と“network”で検索すると全体で16,943件,2,474(2021)→2,742(2022)と増加していることが分かる.このことから,臓器間ネットワークを適切に表現する英語の普及が重要である.流体に関するキーワードと組み合わせると代謝分野でまだ流体は存在感を示していない.“diabetes”+“CFD”では,全体で69件,11(2021)→12(2022)である.年度グラフを見ると増加傾向にあることから,流体関係の研究者の多くの参入が期待される.
循環器系分野では血流解析が盛んに行われ,流体工学が活躍する重要な分野の1つである.“CFD”+“hemodynamics”で検索すると全体で1,801件,200(2021)→208(2022)と,近年は10%前後で増加している.ステントは循環器系の代表的な医療機器で,血管の拡張や動脈瘤への流入阻止などに使用される.“stent”+“hemodynamic”で検索すると7,600件以上であった.しかしながら,近年は438(2020)→448(2021)→358(2022)と伸び悩みが見える.また,“stent”+“CFD”では,27→37→38となっており,こちらも伸び悩みがみえる.一方,“deep learning”+“hemodynamic”は全体で460件であるが,116(2021)→170(2022),さらに“machine learning”+“hemodynamic”は全体で1,260件,280(2021)→317(2022)となっており,激増している.このことから,機械学習が血流解析の新たなツールとして盛んに研究開発されていることが分かる.
新型コロナによるバイオ流体活動への影響は,“CFD”+“aerosol”で見ると顕著である.全体で358件あり,24(2019)→31(2020)→60(2021)→69(2022)とコロナ禍で倍増している.さらに,生体内での液滴生成に着目し,“respiratory”+“droplet”+“generation”で検索すると,全体では735件であり, 19(2019)→163(2020)→176(2021)→175(2022)と8倍程度に激増している.2022年で日本人著者論文は9件(筆者が数えた)であることから,本論文全体の5%と寂しい(例えば(3-8)).今後ともウイルスに関する研究に,流体工学が活躍することは期待できる.例えば,“CFD”+“virus”は全体で138件,4(2019年)→17(2020年)→48(2021年)→47(2022年)と激増することが示されている.一方,“CFD”+“lung”や“CFD”+“airway”は,さほど変化はない.さらに,“ECMO”+“CFD”はさらに少なく,これからの研究開発と流体工学の活躍に期待される.
〔太田 信 東北大〕
7.4 混相流体
7.4.1 混相流の最前線
最近の混相流体解析法においては,マルチスケールが主対象であった解法から,カーボンニュートラル社会を反映したエネルギー流動場への適用と機械学習活用への新展開が見られる.水素エネルギー利用や電気分解に代表される現象はいずれも相変化を伴うことから,混相流動現象解明の要請が高まっていると考えられる.また,多数の支配方程式と構成式を要する混相流体解析においては,計算機上で実現象を再現することは事実上困難を伴うため,対象となるエネルギー流動現象に特有の代表値を用いた何らかのスケールモデリングを用い,各種流動の有する本質性を失わないような数学モデル化と機械学習・ネットワーク理論を併用した解析を行っている点に先進性が見られる(1,2,3).研究例として,文献1においては,超解像生成逆説ネットワーク(SRGAN)モデルの改良版を混相乱流問題に適用し,特に各流体相分率をより高解像度で再構成することに成功し,混相流体シミュレーションのアップサンプリングにおけるSRGANモデルの汎用性を示している.また,文献2においてはインジェクター微粒化シミュレーションの計算オーバーヘッドに対処するためのデータ駆動型アプローチを示し,ベイズ型機械学習フレームワークを用いて,側面指向の単孔式ディーゼルインジェクターの過渡噴射プロファイルをエミュレートしている.この解析に用いたガウス過程モデルは,エミュレートされた流れ場に関連する原理的な不確実性推定値を生成し,エンジン設計者に対し,データ駆動型予測値が設計空間のどの領域において高信頼性を有するかを示す貴重な情報を提供している.
エネルギー流動の先端混相流解析に用いられる手法としは,オイラー型の高解像度CFDと粒子法系統のメッシュレス解法を複合あるいは一部スキームの相互補完を取り入れたハイブリッド型の解法が用いられるようになってきたが,データ駆動型解析による新しい取り組みが見られる(4,5).文献4においては,ベンチュリー管内オイル/ガス/水の三相流の体積流量推定を行うため,畳み込みニューラルネットワーク(CNN)-長-短期記憶(LSTM)モデルおよび時間畳み込みネットワーク(TCN)モデルを提案し,ベンチュリー管からの時系列センシングデータを効果的に処理し,異なる流量条件下で多相流量推定を高い精度で達成できることを示している.文献5においては,データ駆動型機械学習の支援により,代数式における新しい工学的記述子を同定し,気泡離脱径を予測するための精緻なスケーリング関係を確立している.この研究により提案された学習済みモデルは,熱流動の配向角,作動流体の種類,加熱方法の違いによる気泡離脱径の予測を可能にしている.
従来の分散性混相流解析用カップリング手法の一種であるEuler-Lagrange法はあくまでも混相流動場のみに適用可能な手法であるが,最近のハイブリッド解法においてはFSI手法の導入により固体相内部応力や固相変形挙動も扱えるようになってきており,粒子法等のメッシュレス数値解法を複合させ,オイラー型手法において限界があった各相の大変形問題を補完しうる解法を開発している(6,7).代表的な研究例を挙げると,文献6においては,弱圧縮平滑化粒子流体力学(SPH)の流体-固体相互作用を決定するために片側リーマンソルバを導入した固体境界条件を一般化し,マルチ解像度シナリオに基づく大きな密度比を有する混相相流体-構造相互作用(FSI)を伴う多相流れのモデル化とマルチフィジックスSPHアプリケーションの開発に成功した新しい試みも見られる.さらに,文献7においては,単相および多相の流体構造連成問題(FSI)を解くために,マルチレベルの共架格子上で分散ラグランジェ乗数(DLM)没入境界(IB)法を適応的に実装している.これは,既存のIB法の適応的なバージョンとは対照的で,粗いレベルの変数と細かいレベルの変数が同時に解かれ,連成的に進められる.DLM法をロバストなレベルセット法ベースの二相流ソルバーに結合し,機械振動子を用いた波動エネルギーハーベスティングなど,困難な混相流問題のシミュレーション手法を開発している.
以上に見られるように,カーボンニュートラルエネルギー流動現象に対して混相流体力学的アプローチを行う際,機械学習等のデータ駆動型手法を導入した解析法が進化していることは非常に興味深い.DX研究分野手法の導入による先端混相流解析手法の進展が垣間見られる.
〔石本淳 東北大学〕
7.4.2 キャビテーション
キャビテーションは液相が気相に相変化する蒸発現象であり,一般に,温度が上昇して起こる蒸発を沸騰と呼ぶのに対して,圧力が低下して起こる蒸発をキャビテーションと呼ぶ.また,キャビテーションのうち,物体まわり等での流れの加速に伴う圧力低下に起因するものを流動キャビテーション,超音波等の圧力振動に起因して流動を伴わないものを音響キャビテーションと分類することもある.流動キャビテーションは高速液流を伴う流体機械中で不可避的に発生し,機械の振動,騒音,性能低下,破損を引き起こすため,もっぱら抑制すべき対象となるが,この流動キャビテーションの崩壊のエネルギーを有効利用しようとする取り組みも一部で見られ,セルロース解砕技術,デンタルプラーク除去技術,金属材料表面改質技術への応用がその例である.一方,音響キャビテーションは制御可能な現象であることから,もっぱら有効に利用され,結石の破砕技術や半導体洗浄技術,エステサロンの痩身器具など,広く応用されている.
キャビテーションの研究成果が公表される場としては,国内,国外共に,キャビテーションに特化した学会は存在せず,流体工学,流体機械,混相流,流体力学等の各学協会から研究者らが集まり,キャビテーションに関する国際会議,国内会議を定期的に開催している.キャビテーションに関する国際会議である「CAV」は3年に一度,日本国内では「キャビテーションに関するシンポジウム」が2年に一度開催されているが, 2022年はいずれも開催されない年であった.そのため,2022年の国内のキャビテーションに関する研究の発表件数は少なかったが,機械学会流体工学部門講演会と混相流学会シンポジウムでいくつか発表が見られたので紹介する.流体機械関連では,キャビテーションが誘発する可燃性混合気着火に関する検討(1),ボール弁下流のキャビテーションの高速度観察(2),熱力学的自己抑制効果と壁面加熱効果がノズル内キャビテーションに及ぼす影響(3),気泡関連では,2つのレーザ誘起キャビテーション気泡により生成するマイクロジェットに関する研究(4),解析関連では,水中溶存空気の物質移動を考慮した二次元縮小拡大流路内のキャビテーション流れの CFD 解析(5),多重プロセス型キャビテーションモデルにおける輸送方程式に関する考察:遠心ポンプモデルを対象としたケーススタディ(6) ,偏流が流入する翼列に生じたキャビテーションの線形解析(7),データ駆動型キャビテーションモデルの学習モードに関する予備的研究(8),界面追跡によりシートキャビティ周りの流線を再現するキャビテーションモデルの検討(9),医工学関連で,経皮ドラッグデリバリーのための薄型超音波トランスデューサを用いたキャビテーション発生(10),キャビテーションによる臓器 ECM の精製(11)の発表があった.一方,国外では,学術雑誌Physics of Fluidsにキャビテーションの特集号が組まれ,世界中から多くのキャビテーション関連の論文が集まった.特集号は全74編(12)で構成され,気泡に関連した論文が最も多く26編,次いで翼形・ノズル等流体機械構成要素に関連した論文が15編,他に,初生・核生成が7編,エロージョンが6編,ポンプ・タービン等ターボ機械が6編,キャビテーションの熱力学的抑制効果が5編,数値解法・モデルが5編,スーパーキャビテーションが4編であった.特に,キャビテーションの熱力学的抑制効果に関連する論文は,ここ数年の液体水素産業利用技術の開拓に関連して,液体水素キャビテーション流れで顕在化する熱力学的抑制効果を予測,有効利用しようとする取り組みが世界中で始まったことの表れである.
〔伊賀由佳 東北大学〕
7.5 超臨界流体
超臨界流体は臨界点以上の温度,圧力の流体と定義され,水であれば647 K,22.1 MPa以上,二酸化炭素であれば304.1 K,7.37 MPa以上で超臨界流体となる.臨界点よりも高圧では蒸気圧曲線上の気液界面が消失して緩やかに液相から超臨界状態もしくは気相から超臨界状態となることが知られている.また,温度,圧力条件を変化させることで液相に近い状態から気相に近い状態まで連続的に変化させることができることから溶媒や冷媒としての利用が急速に進んでいる.溶媒としての利用は,超臨界水を用いた連続水熱合成法や超臨界二酸化炭素を用いた急速膨張法によるナノスケール粒子の生成が挙げられる.冷媒としての利用では超臨界二酸化炭素を用いたブレイトンサイクルやガスタービンサイクル,再生冷却管路の超臨界炭化水素流動が挙げられる.
化学工学分野では連続水熱合成反応による酸化金属ナノ粒子の生成手法および有機修飾手法(1)が構築されており,例えばセリウム-ジルコニウム混合酸化物の生成手法の検討(2)が行われている.この手法では超臨界水と常温水溶液を連続的に混合することでナノ粒子の生成が行われることから,超臨界水と水溶液の混合流動が注目されている.また,2022年10月にはThe 12th International Conference on Supercritical Fluids (Supergreen 2022)が開催され,主に化学プロセスの研究開発状況が報告されている.
超臨界二酸化炭素を作動流体とする発電手法として間接加熱方式および直接加熱方式の発電サイクルが提案されており,2022年3月には延期されていた7th International sCO2 Power Cycles Symposiumがハイブリッド形式で開催された.さらに,2022年6月に開催されたASME Turbo Expo 2022 Turbomachinery Technical Conference & ExpositionでもSupercritical CO2のセッションが設けられ,企業,研究機関,大学の研究者が集まり様々な意見交換が実施された.米国ではエネルギー省からの出資によってSTEP (Supercritical Transformation of Electrical Power) プロジェクトによる10MWe級超臨界二酸化炭素ブレイトンサイクルのパイロットプラント建設が行われ,建設状況(3), (4),運転モデル(5),起動および緊急停止(6)などの運用上の課題から,タービン設計(7)や熱交換器(8)など種々のコンポーネント設計に渡る様々な研究開発が報告された.ヨーロッパでも2020年からHorizon 2020 SOLARSCO2OLプロジェクトが行われており,太陽光集光による2MWの超臨界二酸化炭素(sCO2)サイクルの実証試験 (9)が示された.また,直接加熱方式による超臨界二酸化炭素を用いた発電手法としてAllam–Fetvedtサイクルが提案されており,Oxy-Combustion(10), (11), (12)についての研究開発が示された.
2022年11月に開催された19th International Conference on Flow Dynamics (ICFD 2022)ではSupercritical Fluidのセッションが設けられ,超臨界流体に関する研究が広く議論された.高圧二酸化炭素中の熱物性値や熱流動(13), (14), (15)に関する研究や冷却管路中の炭化水素流動および熱分解(16)の研究が発表された.また,超臨界二酸化炭素の境界熱伝達ダイナミクスの解明(17)や土壌汚染除去への応用(18)などの研究も行われている.
超臨界流体は主に高圧条件下で使用されるために,数値流体力学による超臨界および遷臨界流体流動の解明が必要とされている.一方で,臨界点近傍では理想気体を仮定することができず,熱物性値の急激な変化を伴うことから数値計算手法や乱流モデル(19)が構築されており,高圧条件下における燃焼(20), (21),熱分解反応(22), (23)を伴う流動についての研究が実施されている.超臨界流体を用いた産業利用は化学工学,エネルギー工学,航空宇宙工学などの多岐に渡っており,今日ではそれぞれの分野での知見が深まっていることから今後の超臨界流体の流動特性の解明およびさらなる産業利用の展開が期待される.
〔古澤卓 東北大学〕
7.6 マイクロ・ナノ流体
マイクロ・ナノスケールの流動現象はマクロスケールの流動現象とは異なった様相を示すため,連続体理論ではそれらを解析することができず,考え方や解析手法も連続体の解析とは異なったものが求められる.またこの現象はスケール間でも多岐にわたり,それらを計算・実験する手法もそのスケール毎に細分化されている.近年のデバイス加工技術やナノ材料製造技術の発達により,このようなマイクロ・ナノスケールの流動現象は半導体や電池,バイオ機器,マイクロセンサの分野など多方面に見られ,今後もよりこれらの現象に対する知見が求められる.また,解析技術の発達により,今まで解析が不可能であった現象の理解がこの学問分野で進むことが予想され,今後も幅広い研究の展開が予想される.
2022年度に開催された,日本機械学会が関連する国内の講演会とそれぞれの講演会のマイクロ・ナノ流体工学関連のセッションで発表された件数としては,日本機械学会2022年度年次大会(24件),第13回マイクロ・ナノ工学シンポジウム(22件),日本流体力学会年会2022(30件),第36回数値流体力学シンポジウム(12件)などがある.具体的なトピックとしては,固気液界面現象(1-3),希薄気体流れ(4-6),マイクロ・ミニチャネル内部の流動現象(7,8),蒸発・凝縮現象(9,10),半導体成膜プロセスの反応動力学シミュレーション(11)などが見られる.また,これらのセッションに限らず他の様々なセッションにおいても,その分野で必要となるマイクロ・ナノスケールの流動現象の解析が実験・計算の両面から行われており,マイクロ・ナノ熱流体は工学的に必要不可欠な学問分野となってきたと感じられる.また 流体工学部門のみならず熱工学の分野においても物質輸送の観点からマイクロ・ナノ流動現象の研究が行われているようである.例えば第59回日本伝熱シンポジウムでは「分子動力学」というセッションの中で気体の溶解・拡散(12)やキャビテーション初生のナノバブルの研究(13)が行われている.
日本機械学会が関連する国際学会としては,The 13th Pacific Symposium on Flow Visualization and Image Processing (PSFVIP13) (Tokyo, Japan),29th International Conference on Nuclear Engineering(Shenzen, China),ASME-JSME-KSME Fluid Engineering Division (AJKFED) 2023 (Osaka, Japan),17th International Heat Transfer Conference (Cape Town, South Africa),the 33rd International Symposium on Transport Phenomena (ISTP 33) (Kumamoto, Japan)などがある.内容としては基礎的なナノスケール熱流動現象の解析から半導体やエネルギー関連機器などの工業製品への応用に関するものまで多岐にわたっており,非常に充実している.また一部では解析法や計測法についての深い議論や実験と計算との整合性についての議論もなされており,今後のさらなる学術の発展へとつながっている感がある.
今後の計測機器やスーパーコンピューターの発達により,マイクロ・ナノ流体の分野は基礎的な解析から,半導体,エネルギーの分野への展開が加速するだけでなく,「マイクロ・ナノ流体」と高分子や複合材などの「材料」分野との連成が展開されることが期待されている.また,シミュレーションの結果と実験結果とのスケール的な意味での直接比較も可能となっており,より一層の現象の理解と計算解析技術の発達および精度の向上が期待できる.これにより現在までに明らかにされていなかった現象のより一層の理解が進み,学術的にも飛躍的に成長するとともに,産業にも広く応用される分野にさらに成長することを期待したい.
〔徳増 崇 東北大学〕
7.7 宇宙流体力学
7月,宇宙航空研究開発機構(JAXA)は,鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から,観測ロケットS-520-RD1号機を打ち上げた.同機には,マッハ5以上で飛行する極超音速輸送機に搭載される空気吸込式エンジン(スクラムジェットエンジン)を模した供試体が搭載された.同種エンジンでは,空気吸込口で気流を減速させるものの,流速を超音速に保ったままで安定に燃焼を行う必要がある.これまで行われた地上風洞試験では,複雑流路による気流乱れと加温に伴う異種ガスの混入による影響が避けられず,空力加熱やエンジン特性について,実飛行との差異が生じると懸念されている.今回,実飛行環境での超音速燃焼のデータ取得を行うことで,風洞試験結果を補正して実飛行環境のエンジン特性を予測できる解析手法の改良に繋げるとしている.観測ロケットの1段モーターから分離された後,供試体は降下中に最大マッハ数5.8に達して実験は成功し,我が国で初めて実飛行において超音速燃焼を達成した.
11月,宇宙航空研究開発機構(JAXA)は,鹿児島県の種子島宇宙センターで,次期基幹ロケットであるH3の初号機(試験機1号機)を発射地点に据え付け,新規に開発した主エンジンであるLE-9を燃焼させる「実機型ステージ燃焼試験」を実施した.現行の基幹ロケットであるH2Aに搭載されているLE-7Aと比較して,LE-9も液体水素と液体酸素を推進薬とする点は同じだが,副燃焼室を持たず,ターボポンプ駆動ガスのエネルギーを燃焼室からの吸熱に頼る「エキスパンダーブリードサイクル」を採用している点が大きく異なる.同サイクルは,わが国で考案されたものであり,H2系列の上段エンジンである推力100 kN級のLE-5A/Bとして既に実績があるものの,推力1000 kN級の大推力エンジンに採用されるのは世界初である.高温に晒されるうえに大きな熱応力も課される燃焼室内壁と,高負荷かつ高性能を要求されるタービン開発が特に難航し,初号機打上げは数回にわたり延期されてきた.その都度,設計と運用を見直すことにより,初号機搭載型エンジンは最終試験を通過した結果,12月には初号機打上げを翌年の2月とすることが公表された.なお同機構は,試験機2号機以降向けに設計変更を施した改良型エンジンの開発も並行して続けている.
〔姫野 武洋 東京大学〕
7.8 ガスタービン
ガスタービン関連の技術を網羅する主要な国際会議として,ASME Turbo Expoが毎年開催されている.新型コロナの影響によりしばらくオンラインでの開催が続いたが,2022年は6月にオランダのロッテルダムにおいて3年ぶりに対面で開催されている.ASME Turbo Expo 2022で発表された論文から研究動向をみる.ガスタービンは主に,圧縮機,燃焼器,タービンの3つ要素から成るが,圧縮機関係の論文発表としては,翼先端漏れ流れや失速初生,それに関連した制御技術の研究が継続的に続けられている(1)-(4).また,航空機の電動化と並行して,推進効率を向上させる境界層吸い込み(BLI)ファンの技術開発構想があり,インレットディストーションによる空力性能や失速への影響を評価した研究がみられる(5)-(7).タービン関係では,圧縮機と同様に高性能化を目的として,漏れ流れやシール流れなどを調査した研究がみられる(8)(9).全般に,高負荷化とともにはく離遷移流れの制御が大きな課題である低圧タービンを対象とした研究が多い(10)(11).また,High Fidelity CFDのセッションが組まれるなど,数値計算によるより詳細な解析が実施されるようになってきている(12).その他に,低温熱源の利用を目的とした超音速ORCタービンについての研究報告(13)などもみられる.圧縮機およびタービンともに,CFDの応用(14)を含めて,数値計算に関する発表が多数みられ研究が活発である.ターボ機械の設計に関係する研究が比較的多く,簡易的かつ高精度に非定常流れを予測するための解法(15)や,機械学習(16)と最適化(17)などが報告されている.その中でも,比較的新しい試みとして,PINNs応用の可能性について調査した研究(18)なども発表されている.また一方で,上述のように,解析においてはく離や遷移を含む非定常乱流場の予測が重要となるため,DNS(19),LES(20)などの高精度な乱流解析手法の応用に関する研究が進んでいる.その他の論文として,超臨界二酸化炭素に関するチュートリアルが開かれるなど,多くのセッションでその応用に関する様々な研究が発表されている(21).また伝熱関係では,近年,AM技術の飛躍的な進歩に伴い,フィルム冷却や内部冷却への応用に関する研究が増加している(22).
国内雑誌で発表されたガスタービン関連の論文についてみると,航空機エンジンのインテーク空力性能に及ぼす入口乱れの影響(23),感度解析を援用した超音速タービン段の高効率化(24),タービン動翼の共振通過時の過渡応答特性(25)などを調査した研究論文が報告されている.他に,自然エネルギーによる発電の負荷変動を吸収するためにガスタービンが利用されることから,ガスタービンの冷却空気流量変化に伴う空力および伝熱特性の変化を調査した論文(26)や,冷却空気の流量計測の方法について提案した論文(27)などが発表されている.また,国内のガスタービン関連の研究動向として,福岡で開催された第50回日本ガスタービン学会定期講演会での講演発表についてみると,カーボンニュートラルに関連する研究が多い.自然エネルギー利用を背景に,ガスタービンの急速起動や部分不可運転が増加するため,これに付随して生じる非定常流動や性能劣化等に関して調査した研究が多く発表されている.また,失速やサージについての数値的調査も行われており,大規模な数値解析なども実施されている.他に,2050年脱炭素社会の実現に向けた研究として,水素燃焼やアンモニア燃焼に関する研究などが発表されている.さらに講演会では,ガスタービンにおけるデータ活用技術の最前線と今後の展望と題した先端技術フォーラムが組まれ,パネリストからガスタービンにおける機械学習やデータ同化を活用した研究事例が紹介された.このようなデータ活用技術は今後の展開が大いに期待される.
〔山田 和豊 岩手大学〕
7.9 データ駆動科学と流体工学
AIや機械学習の技術は発展を続けており,その応用範囲は年々拡大している.ここでは,AIや機械学習の技術などを用いるデータ駆動科学の流体工学への応用に関する動向について述べる.
関連学会での研究発表数を見ると,データ駆動科学を用いる研究の数はやや飽和傾向にある.日本機械学会流体工学部門講演会では,機械学習またはニューラルネットワークを題目に含む講演は,2021年(99期)が1件,2022年(100期)が4件と決して多くはない.ただし,題目に含まれていなくてもデータ駆動科学を用いている研究があることには注意が必要である.日本流体力学会年会ではオーガナイズドセッション「AIと流体力学」が設けられており,2021年の18件から2022年は20件に微増した.数値流体力学シンポジウムではオーガナイズドセッション「可視化,プリ・ポスト処理,データ同化,機械学習(人工知能),データ分析法」があり,数え方にもよるが,その中で2021年は19件,2022年は18件がデータ駆動科学を用いるものであった.一方,2022年の米国物理学会流体力学部門講演会では,機械学習やデータ駆動をセッション名に含むものが6個あり(Turbulence: Machine Learning Methods for Turbulence Modeling, Uncertainty Quantification and Machine Learningなど),これらのセッションの講演総数は66件であった.機械学習の流体力学への応用といった括りから,乱流への応用のようにサブカテゴリーにおいてデータ駆動科学の手法にフォーカスしたセッションにシフトしているところに,データ駆動科学が手法として浸透・定着しつつあることを見ることができる.
このことは,ジャーナル論文の動向にも表れている.例えば,2022年に発表されたレビュー論文として,数値流体力学(1),混相流(2),形状最適化(3)にそれぞれ特化したものが出版されている.
データ駆動科学の利用として最も多いと考えられるのが,代替モデルを構築し,これを最適化や予測に利用する研究である.最適化を行う際に,膨大なパラメータの組について数値シミュレーションや実験を行う必要が発生することがある.このような場合に,大掛かりな数値シミュレーションあるいは実験系を,入力パラメータに対して最適化するべき量を出力する非線形写像で置き換えることができれば,最適化を効率的に行うことができる.この非線形写像の構築にデータ駆動科学の手法を用いるのである.実際に用いられる方法はさまざまである.例えば畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を直接的に用いてモデルを構築するもの(4),固有直交分解(POD)あるいは動的モード分解(DMD)を用いて系統的に低次元化モデルを構築するもの(3)がある.
データ駆動科学の手法の中で利用が広まりつつあるものの一つとして Physics-Informed Neural Network(PINN)がある.これは,もともとはナビエストークス方程式のような支配方程式(初期条件と境界条件も含む)を満たすように学習を行うものであり,訓練データが入手できない場合にも適用することができる(5).最近では乱流中の渦励振への応用研究(6)などがある.広い意味では保存則や物理的な制約条件を課すものでも PINN と名乗っている研究もあり,注意が必要である.その他手法としては,ガウス過程回帰(7,8),強化学習(9),グラフニューラルネットワーク(10)の応用が比較的新しい傾向として注目される.データ駆動科学の手法の応用先としては,数値計算スキームの最適化への応用(1,11),LiDAR計測データなどの実験観測データから代替モデルを作るもの(7)が増加している.また,必ずしも流体工学の専門家でない研究者が,流動現象を含む複合的な問題に,数値流体力学ソフトウェアとデータ駆動科学の手法を用いて取り組んでいる例も増加している.
機械学習の問題点の一つは,学習の結果得られる非線形写像は多くの場合ブラックボックスであり,その物理的意味や解釈が困難であることである.これに対し,ゲーム理論の手法を応用して壁せん断乱流のモデル方程式の機械学習の結果を解釈しようとした研究(12)がある.結果はそれほど明確に得られているとは言い難いが,今後の方向性の一つとして注目に値する.
〔服部裕司 東北大学〕