5. 材料力学
5.1 まえがき
材料力学部門は機械工学の要となる基礎学術分野の一つをなし,機械構造物の「設計」を通じて「安全・安心」を保証するための「健全性評価」を与え,構造物の「維持管理」に貢献している分野である(1).また、研究対象としては、日本の産業を支える輸送機器やエネルギー機器の設計問題への貢献に加え,近年では,ナノ・マイクロ構造体の極小機械や宇宙といった極限環境下での構造物,あるいは生体を対象としたバイオメカニクスといった様々な分野へと研究開発の対象を拡げるとともに,マルチスケールやマルチフィジクスといった統合的な観点からの学問の体系化を推し進めている(2).
このように多岐にわたる材料力学部門の研究領域の中から今回は,
「溶射コーティング」,「粘弾性力学」,「マルチスケール解析」に注目し,それぞれの分野の専門家の先生方にご執筆頂いた.
〔佐藤知広 関西大学〕
5.2 溶射コーティング
5.2.1 概況
溶射は,粒子を溶融させ,高速で吹き付けることにより厚膜を形成する表面改質技術の一つであり,すでに100年を越える歴史を有し,航空宇宙,自動車,半導体産業等の耐熱,耐食,耐摩耗等のコーティング技術として,幅広く利用されている(1).市場・マーケティング調査企業であるMordor Intelligence社では,2020年に9,820百万ドルであった溶射の世界市場規模(コーティング材,溶射装置等)が,2021年から2026年の間に年平均2%以上成長し,2026年までに10,740百万ドルに達すると予測している(2).溶射市場としては,半導体・フラットパネルディスプレイ製造装置関連分野,エネルギー・プラント分野,産業用機械分野,自動車関連分野,航空機関連分野,医療関連分野,および橋梁分野などが挙げられる.具体的な例として,半導体製造装置分野においては,腐食ガス雰囲気やプラズマエロージョンといった厳しい環境に晒されるケースが多く,これらの部材表面にセラミック溶射皮膜を形成することで耐性を付与し,部材寿命の延長や交換回数軽減に利用されている.また,自動車関連分野における自動車エンジンの鋳造シリンダーに代わるアルミニウムブロック内面への直接溶射によるシリンダーボアとしての利用が進められている.さらに,航空機や火力発電用ガスタービンにおける高温保安部材の多くは,プラズマ溶射により数百ミクロンのセラミックス遮熱コーティングを設け,安全性・信頼性の確保が図られている.以上のような機器・構造物においては,いまやコーティング無しでは稼働しないと言っても過言ではない.
このように,多くの産業で利用されている溶射技術ではあるが,これまでは粒子の温度や速度,使用する粒子の形状,粒径,粒度分布等のパラメータが多く,技術者の技能や勘に頼るところもあり,ばらつきの大きい技術であった.しかし,近年では,粒子速度や温度のモニタリング,さらには機械学習を用いた溶射条件の最適化等の動きも見られ(3),今後は誰が施工してもほぼ同様の皮膜を得ることができる技術になることが期待されている.日本溶射学会第116回(2022年度秋季)全国講演大会においては,「溶射とデジタルトランスフォーメーション」のオーガナイズド・セッションが組まれ,溶射における今後のデジタル化への対応も議論されている.
また溶射技術は,従来から利用されているアーク溶射,プラズマ溶射,あるいはガスフレーム溶射等が主であるが,近年では,使用する粒子を従来よりも細かいサブミクロン(あるいは数十nm)程度とし,溶液に混合した懸濁液(サスペンション)を用いたサスペンションプラズマ溶射や,粒子を溶融させることなく高速で基材に衝突させることで緻密な皮膜を得られるコールドスプレー法といった技術が注目を集めている.
溶射関連の国際会議として最も大きな国際会議は,米国のASM international(米国材料学会)とドイツのDVS(ドイツ溶接協会)が主催するInternational Thermal Spray Conference (ITSC)であり,これは毎年開催されている.2022年は,オーストリアのウィーンで2年ぶりに対面開催された.コロナ禍ということもあり発表件数は少なかったものの,溶射のプロセス研究に絞ると講演数は70件あり,サスペンションプラズマ溶射に関するものがこのうちの13件(18.6%),コールドスプレー法に関するものが22件(31.4%)となっており,これら新プロセスは世界的にも注目度が高いことが伺える(4).
5.2.2 サスペンションプラズマ溶射
前述のように,近年注目を集めている溶射法にサスペンションプラズマ溶射(SPS)がある.この手法は,セラミックス等のナノからサブミクロンの微粒子を水やエタノールなどの液体溶媒に混合した懸濁液(サスペンション)をプラズマジェット等の熱源に投入することで,基材上に緻密な皮膜を得るものである.従来の溶射で用いられてきた粉末材料に比べ,2桁程度も粒径の小さい粒子を使用可能なため,気孔や微細き裂の発生を抑えた皮膜の形成が期待されている.また,積層粒子が小さくなることにより,皮膜内残留応力の抑制,マイクロクラックの減少,気孔サイズの減少,成膜後の表面平坦度,粉末材料の溶融が容易などの利点を有する.またもうひとつのSPS法の特徴として,緻密質な皮膜形成だけではなく,成膜条件の選定により,使用環境に応じて熱応力緩和が期待できる柱状晶組織の成膜が可能であることが挙げられる(5).ただし,ミクロ組織形成メカニズムに関しては,溶射条件によるプラズマジェット中の液滴のサイズや速度の影響を受けることが考えられているが,その詳細は未解明である.
近年,本手法は,固体酸化物系燃料電池(6)や前述のTBC (7), (8)等の成膜にも応用されている.また,次世代航空機への応用が期待されているセラミックス基複合材料(CMC)の一つである炭化ケイ素長繊維強化炭化ケイ素基複合材料(SiCf/SiCm:ここで,fは繊維,mはマトリックスを示す)上への耐環境コーティング(EBC)としての応用も進められている.SiCf/SiCmは高温水蒸気雰囲気中でSiO2+H2O→Si(OH)x (ガス化)の反応により顕著な減肉を生じるため,SiCf/SiCm上へのEBCは欠くことのできない技術である.そのため,EBCは緻密かつ安定な皮膜が必須であり,サブミクロン粒子を用い,酸素あるいは水蒸気遮断性の高い緻密で安定な皮膜を得られる可能性があるサスペンションプラズマ溶射(SPS)が有効であると考えられている.ちなみに,既存の大気圧あるいは減圧プラズマ溶射技術で数十ミクロンの粉末を用いる理由は,粉末の搬送およびプラズマなど熱流体への粉末注入における技術的な制約によるものである.SPSにおいてもこの点は難しく,多くの研究者・技術者によって改良が進められている.ただし,SPSのEBC成膜への応用に関しては,EBC成膜の候補技術の一つである電子ビーム物理蒸着法(EB-PVD)等に比べ,成膜速度が3~5オーダー高く,真空チャンバーを必要としないことからハンドリング面でも優位性を示すことができるものと考えられている(9), (10).
将来的には,CMCのさらなる高温域での適用が期待されるため,EBC層の上に遮熱機能(Thermal Barrier)が備わったTBC/EBCになることが想定されている.したがってSPS法では緻密質なEBC層と柱状のTBC層の両方の成膜が可能であり,一つのプロセスで異なる機能を持った皮膜の成膜が可能である点も非常に魅力的である.
5.2.3 コールドスプレー法
コールドスプレー(CS)法(11)は,1980年代にロシアの研究者であるPapyrinらによって考案された成膜手法であり,空気,窒素またはヘリウム等の圧縮気体により,数十μmオーダーの金属微粒子を亜音速から超音速レベルにまで加速し,固相状態のまま基材に衝突させることにより皮膜を形成させる技術である.装置の構成は,粒子を加速させ基材へ衝突させるためのガン,粉末供給装置,ガスを加熱しその膨張を利用し粒子を加速させるためのガスヒーター,およびヘリウム,窒素,圧縮空気などによる高圧ガスといった比較的シンプルな構造である.
CS法は,溶射法の一種に分類されているが,粒子を溶融させることなく固相状態のまま成膜する点で従来の溶射とは完全に異なる.CS法は,1)大気中で緻密な皮膜が施工可,2)酸化,熱影響,および熱応力の抑制,3)皮膜に圧縮残留応力が作用し,厚膜(cmオーダー)の施工が可能,4)成膜速度が他のプロセスに比べ極めて速いといった,多くの長所を有する(12), (13).
これまでCS法は,金属基材に金属粒子を成膜することが主のプロセスであった.
CS法における金属粒子の付着メカニズムに関しては,多くの研究者らによっていくつか提案されている.例えば,X.J.Ningらは,Al-Sn二元系合金の場合,融点が低く,低強度のSnが溶融・軟化することにより,基材に成膜すると述べている(14).また,Y.Xiongらは,AlやNi粒子を用いた場合,粒子の高速衝突による動的なアモルファス化・再結晶化が成膜に影響していると述べている(15).さらに,V.K.Champagneらは,Al上へのCu成膜の場合,顕著な塑性流動による機械的結合が付着メカニズムであると説明している(16).また市川ら(17)は,粒子および基材にはもともと自然酸化皮膜が存在するが,この酸化皮膜が粒子の高速衝突により破壊され,新生面が露出し活性な新生面同士が接触することで接合すると考えている.このメカニズムでは,特に新生面の露出が重要であり,硬質金属は塑性変形し難いため自然酸化皮膜が破壊し難く,粒子速度をより一層加速させることが重要となるため,硬質金属材料の成膜は困難となる.Ni基超合金等の高温材料は硬質材料であるため,作動ガス圧力ならび温度をできるだけ上昇させて施工することが必要である.
しかし近年は,一部のセラミックス粒子の成膜やポリマーの成膜も可能になってきており,粒子を溶融させることなく緻密な皮膜を得ることができるCS法は無限の可能性を秘めている.
セラミックス粒子の成膜に関しては,福本ら(18)が,軟鋼やセラミックタイル基材上へのチタニア(TiO2)の成膜に成功している.この成膜メカニズムに関しては,セラミック粒子の破砕によるものであると述べている.また,Zhouら(19)は,CS法によるGaNの成膜に成功しており,この成膜メカニズムは,粒子が基材あるいは粒子上に衝突した際,薄い酸化物層を生成し,この酸化物層を介して接合していると述べている.以上のように,セラミックス粒子の成膜は,金属粒子の成膜とは,そのメカニズムは大きく異なる.
また,ポリマー成膜に関しては,Raviら(20)–(24)らは,低圧CS法によって,超高分子量ポリエチレン(Ultra High Molecular Weight Polyethylene: UHMWPE) を未溶融のまま成膜することに成功している.UHMWPEは,非常に高い耐衝撃性や耐摩耗性等の長所を有するが,溶融時の流動性が極めて低く,通常のポリマー材料の成形手法である射出成形では,成形が困難な材料である.この成膜には,活性なナノアルミナをUHMWPE粒子の表面に混同させることで,ナノアルミナによる機械的なくさび効果や静電効果により,固相のままでもポリマー同士の成膜が可能になったものと述べている.また,ナノアルミナ混合の効果はフッ素系ポリマーにおいても有効であり,Sulenら(25)は,低圧CS法によりフッ素系ポリマーの固相成膜に成功している.さらに,得られた皮膜は超撥水性を示すこともわかっている(26).
以上のように,CS法によるポリマーの成膜には,活性なナノセラミックスの混合が有効であることが示されており,金属やセラミックス粒子の成膜とは異なる成膜メカニズムが考えられる.
また,これらの利点を有しているCS法は,従来の溶射に替わる表面改質技術としてだけではなく,構造物の欠陥補修にも適用が期待されている.さらには,CS法を三次元造形へ応用する動きが活発化している.純ニッケルや純チタン,あるいは純Al等の材料をCS法により三次元造形する研究が多く進められているが,金属ガラスの三次元造形(27)を実施している例も見られ,今後のさらなる発展が期待でき,多くの産業分野への応用が期待される.
〔小川 和洋 東北大学〕
5.3 粘弾性力学に関する研究の動向
2022年度に執筆された投稿論文(1)において,キーワード「粘弾性」「viscoelastic」を検索した結果,和文誌では9編,英文誌では3編の論文が見つかる.中でも流体力学・バイオメカニクスなど様々な分野において粘弾性が使われていることが確認できる.この論文数については,2015~20年に発刊された本数がおおよそ15本程度(2015年だけ26本)と比較すると,半減しているとも言える.またその多くは材料力学分野ではないが,粘弾性というキーワードは材料力学・流体力学・バイオメカニクス・機械力学など様々な分野で活用されており,粘弾性力学の重要性が
M&M2022 材料力学カンファレンス(2)での発表件数を確認すると,キーワードに「viscoelastic」が含まれる発表が5件,タイトルに粘弾性が含まれる発表が4件,本文中に粘弾性という言葉が出てくる発表が合計13件あった.これらの発表は,プラスチック・ハイドロゲル・ゴム・半導体亜風刺材料・有限要素法への粘弾性モデルの適用,バイオメカニクスといった幅広い内容であった.
材料力学部門では,2010年~2012年は毎年,それから隔年で「よくわかる粘弾性力学」という講習会(3)を開催している.コロナ禍になる前の対面式の場合は,講習会参加者がおおよそ20名程度(初回のみ50名近くの参加者がいた)であったが,2020年,2022年にオンライン開催した粘弾性講習会では,40名以上の聴講者がおり,オンラインでの気軽さだけでなく,需要も高まっている傾向が見られている.参加者には,大学の教員も多くみられ,質疑応答では活発な討論が繰り広げられたことを記憶している.
他学会の動向としては,日本実験力学会 2022年度年次講演会(4)において,「高分子材料およびその複合材料」というオーガナイズドセッションが企画され,その中のほとんどの発表が時間依存性材料,すなわち粘弾性に関する研究発表であった.日本実験力学会には「時間依存性材料分科会」があり,粘弾性について活発に議論されている.
またアメリカの実験力学会(Society for Experimental Mechanics)の2022 Annual Conference(5)では,Time-Dependent Materialsに関するトラックがあり,会期4日間に渡って粘弾性に関する議論が開催されている.TDMトラックでは,バイオマテリアル,複合材料,機能性材料など材料に関するセッションから,衝撃・疲労・残留応力やナノテクノロジー,光学的手法・赤外線イメージングなどの試験方法別のセッション,さらには根本となる時間依存性材料に関するセッションがあり,幅広いジャンルで粘弾性を扱うトラックが存在している.このように実験力学の分野では粘弾性に関する議論が盛んにおこなわれている.
そのほか,時間依存性材料に関する国際会議(12th International Conference on Mechanics of Time-Dependent Materials:隔年開催)(6)も2022年に開催されており,粘弾性に関する関心はより高まっていると思われる.本国際会議は2024年7月に日本で開催される予定である.
粘弾性力学の分野における研究では,日本実験力学会の論文ではあるが.熱粘弾性特性に関する研究や動的粘弾性試験に関する論文が,通年でアクセスランキング上位に位置していた.これらの論文では,例えば超音波試験における位相の変化および減衰率から粘弾性特性を求め,動的粘弾性試験結果と比較することで測定周波数の影響を評価したものや,動的粘弾性試験結果とクリープ試験結果の比較を行うことで,同じ粘弾性特性を有する材料に対して異なる試験方法での試験を行い,試験方法の違いによる影響を示す,など,基礎的な粘弾性力力学に関する,わかりやすい論文が,より読まれている,ということが示されている.講習会の聴講者の人数増加と合わせて考えると,材料や構造部材の長期寿命予測を,粘弾性力学に基づいた方法,すなわち時間-温度換算則に基づいて行う必要が増えていること,またその関する知識を欲している研究者・企業の方が多くなってきているのではないかと感じた.
〔坂井 建宣 埼玉大学〕
5.4 マルチスケール解析
種々の機械材料は,着目するスケールによって大きく様相が異なる階層構造,いわゆるマルチスケール構造を有している.微視的スケールの材料挙動が,巨視的な材料の機械特性に大きな影響を及ぼすと考えられることから,個々のスケールの材料挙動に着目した実験的,理論的研究はもちろんのこと,複数のスケールを横断したマルチスケール材料モデリングやシミュレーション手法の開発が精力的に進められている.実験観察の技術革新と知見の拡大や,計算機性能の向上から,マルチスケール解析の適用範囲や解析精度は大きな進歩を遂げているが,依然として未解明の現象やモデル化に困難を伴う材料挙動も多く,精力的な研究がなされている.最近では,機械学習などの新たな数値計算手法を活用した研究報告が増加傾向にあることも特筆すべきであろう.
3年ぶりの対面開催となったM&M2022材料力学カンファレンス(弘前大学)においても,マルチスケール解析に関連する多数の講演が行われた(1).また,材料力学部門とも関連の深い計算力学分野において最大規模の国際会議である15th World Congress on Computational Mechanicsが,8th Asian Pacific Congress on Computational Mechanicsと併催された(WCCM-APCOM 2022).本会議は,本来は2022年7月に横浜で開催予定だったが,新型コロナウイルス感染症の影響によりオンラインでの開催となったものである.オンライン開催とはなったものの,WCCM-APCOM 2022においても20以上のマルチスケール関連のMinisymposiaが企画されており(2),当該分野に対する変わらぬ関心と研究のアクティビティの高さが伺えた.
本節では,日本機械学会論文集掲載論文や,M&M2022材料力学カンファレンス,WCCM-APCOM 2022での講演を中心に,マルチスケール解析について最新の研究動向を概説したい.
5.4.1 金属材料
金属材料は,機械材料として現在まで最も広く利用されており,マルチスケール解析に関する研究報告の数は2022年現在においても非常に多い.M&M2022においては,結晶性材料について原子スケールから巨視的スケールまでの様々な空間スケールにおけるモデル化とシミュレーションや,ナノスケールの視点から材料力学を創成しようとする試みについてのオーガナイズドセッションが企画された(1).近年構造材料として重要性の高まっているマグネシウム合金やチタン合金などの六方晶金属に関する研究報告が多くなされたほか,最新の実験結果に基づくナノ力学の研究が活発に議論された.また,分子動力学法による原子スケールシミュレーションを用いたき裂進展挙動の解析(3)や,機械学習を用いた疲労き裂進展予測の解析(4)も報告された.ほかに,マルチスケール構造設計に最適化手法を導入した研究もなされている(5).WCCM-APCOM 2022においても,金属材料のマルチスケール解析に関する報告は多数なされており(2),第一原理計算や分子動力学法などによる原子,電子スケールのシミュレーションから,離散転位動力学法,結晶塑性論などのメゾスケールモデリングとシミュレーション,そして連続体スケールの材料モデリングと,多岐にわたる研究が精力的に行われている.加えて,Phase-field法やPeridynamicsを援用したマルチスケール解析も,引き続き広く行われている.ここ数年のトレンドとしては,機械学習を用いた材料モデリングへのアプローチも年々報告件数が増加しており,今後もこの傾向は続くものと推察される.
5.4.2 複合材料
微視的内部構造を有する複合材料は,従前よりマルチスケールモデリングの対象として幅広い研究がなされてきた.M&M2022においても,炭素ナノ材料からなる複合材料,先進複合材料,固体酸化物燃料電池など,その対象は多岐に渡った(1).数値解析手法としても,有限要素法を用いた均質化解析はもとより,原子スケールからのボトムアップ解析やPhase-field法,Peridynamicsを用いたシミュレーションなど,多様なアプローチが展開されている.複合材料をはじめとするマルチスケール解析において,均質化理論に基づく数値解析が広く行われている.従来の均質化法では,ミクロ構造に周期性を仮定することが一般的であるが,非周期性を許容する新たな数値解析例も報告された(6).また,二重不均質介在物を含む複合材料の数値解析(7)や,製造不確実性を考慮した繊維強化材のトポロジー・配向最適化(8),多数の粒子の位置変動による不確かさを考慮した確率応力解析(9)など,ますます多様なマルチスケール解析が精力的に実施されている.WCCM-APCOM 2022においても,複合材料に関連する複数のMinisymposiaが企画されており,均質化理論に基づく種々の定式化やreduced orderモデリング,微視的損傷のモデリング,確率論的モデリングなど,様々なアプローチによる複合材料のマルチスケールシミュレーションについて,議論がなされた.
5.4.3 高分子材料・ソフトマテリアル
樹脂材料やエラストマーをはじめとする高分子材料やソフトマテリアルも,近年のマルチスケールモデリングの対象として,多くの研究報告がなされている分野である.高分子材料のマルチスケール構造やそれに伴う力学特性は,金属のそれと大きく異なるため,従来の金属を主な対象とした手法やモデル化では不十分な場合も多く,高分子材料に特化したモデリング,解析手法の構築がなされている.M&M2022では,ゴム材料およびソフトマテリアルの力学の着目したオーガナイズドセッションが,それぞれ企画された(1).ゴム材料やソフトマテリアルの材料モデリングは,金属材料比較すると現象論的なアプローチが多い印象であったが,近年ではより微視的なスケールの挙動やマルチフィジクスも考慮に入れた,多様なマルチスケールモデリングとシミュレーションが展開されている.例えば,粘弾性・粘塑性・損傷複合モデルに対する複雑な非線形挙動を考慮したモデリングとシミュレーション(10)などが報告されている.また,超弾性体シェル要素に対する新たな数値解析手法の提案もなされた(11).WCCM-APCOM 2022においても,soft materialsやsoft matterの名を冠したMinisymposiaが複数企画され(2),国際的にも当該分野への関心の高さが伺える.高分子材料やソフトマテリアルは,マルチスケールモデリングの対象として,今後ますます精力的な研究が進められる分野であると考えられる.
〔只野裕一 佐賀大学〕