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機械工学年鑑2023

3. 計算力学

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3.1 計算固体力学

Peridynamics (PD)1と呼ばれる数値解析手法が注目されている.この手法では解析対象を粒子で表現し,各粒子に働く力をその粒子の影響半径内にある粒子群との相互作用力の総和として表す.物体内にき裂が存在する場合,き裂線上の相互作用力をゼロとすることでモデル化する.FEMで一般的に解くことが難しいとされている,物体が複雑に破壊し飛散するような力学現象を効率的に評価できると期待されている.世界中で精力的に研究が行われており,機械工学年鑑2019においても2件の記事2)(3が紹介された.ここではメッシュフリー法/粒子法の一つの解析手法という観点から近年のPD研究について紹介する.なおPDは大きく分けてBond-based PD (BBPD),Ordinary State-based PD (OSPD),Non-Ordinary State-based PD (NOSPD)の3つに分類されるが,ここでは主にBBPD,OSPDについて述べる.

き裂の力学を取り扱う学問として破壊力学があるが,この理論と比較してPDがどのような振る舞いをするか検討を行った例がある.文献4ではPDにより離散化されたJ積分法により開口モード (モードI) の応力拡大係数を評価している.文献5では領域積分法を用いて混合モード動的応力拡大係数を評価した.さらに,静的荷重下の平面応力問題に対してき裂先端近傍の変位や応力の詳細な検討がなされている6.何れの文献でも粒子密度を上昇させることで高精度な解析ができることが示されている.一方,オリジナルのPD定式化を用いた場合,面内せん断モード (モードII) の応力拡大係数はモードIと比較して解の収束が悪いことが報告されている.

Sillingが提案したPD定式化は慣性力を考慮した積分形式1であり,対象とする力学現象を動的問題として取り扱う必要がある.これに対し動的緩和法を用いて静的もしくは準静的な問題を解く方法が提案されている7.一方,このアプローチでは各計算ステップで収束計算を行う必要があり非効率であった.そこで慣性力を無視したPD定式化がなされ連立一次方程式により求解する方法が提案された.この方法を用いて静応力解析や疲労き裂進展解析810が実施されている.

PDによるき裂進展解析では,き裂先端近傍の粒子間の相互作用力を解放し,新しいき裂面を生成させる.この相互作用力の解放時,解に数値振動が生じることが報告された.この検討結果をもとにき裂進展に合わせて徐々に相互作用力を解放する方法が提案された11

従来のPD研究の多くが二次元平面問題や三次元問題であった.一方,実構造物は板や梁で構成されるものが多い.それらの破壊現象を評価するためPD構造要素が提案されている.板曲げに対して,キルヒホッフ板理論を適用した破壊解析12,ミンドリン板理論を適用した破壊解析13)(14が実施されている.また,PD梁モデルにより海洋構造物の強度評価を実施した例15,組合せ板構造のモデル化により船舶の脆性破壊を検討した例16がある.

PDでは解析対象を粒子により格子状に分割し,各粒子が囲まれる矩形領域で体積を定義して離散化するのが一般的である.高精度な解析を行う場合,粒子密度を向上させるのが一つの方法であるが,特に三次元問題において解析対象全体に対して一様に増加させるのは非効率である.局所的な粒子密度の向上を目的として粒子の影響半径の変化を考慮したPD解析が実施されており,その結果および問題点について議論がなされている17)(18

複合材料など複数の材質により構成される材料の場合,破壊は異種材料界面から生じることが多い.PDでは異なる材質ごとに材料定数を定義し,材料界面で粒子の相互作用力を解放することで破壊をモデル化できる.例えば文献19)(20で様々な異種材料界面の破壊が議論されている.一方,PDは非局所理論にもとづく方法であり,FEMのように材料界面で変位微分量を厳密に定義できない.これまでに提案された様々な異種材料界面のPDモデル化に対する比較検討が文献21に示されている.

国内においても複数のPD研究がなされている.例えば,NOSPDを用いた弾塑性解析とその高速化22,OSPDを用いた地震応答解析の基礎的検討23,ガラス材の強度解析とその性能評価24,OSPDを用いたき裂を有する配管の破壊解析25,鋼製避難シェルターの破壊解析26,PDと個別要素法の連成解析による土砂の圧壊解析27などがある.

2000年のSillingによるPDの基本コンセプトの提案以来,2010年頃から急速にPD研究が進んできている.一方,数値解析上の様々な問題を有していることも事実であり,それらの問題点を解決しつつ応用研究がなされていくものと思われる.また,例えばガラスの脆性破壊現象など多くのPD研究で取り扱う物理現象自体が高速かつ複雑な破壊現象であるため,得られた実験結果や解析結果をどのように定量的に比較,検討するかも課題の一つと思われる.

〔田中 智行 広島大学〕

参考文献

(1) Silling, S.A., Reformulation of elasticity theory for discontinuities and long-range forces, Journal of the Mechanics and Physics of Solids, Vol.48 (2000), pp.175-209.

(2) 6 ペリダイナミクスと破壊, 柴田良一, 機械工学年鑑2019 -機械工学の最新動向-, https://www.jsme.or.jp/kikainenkan2019/chap03/#a06 (参照日2023年4月20日)

(3) 5 ペリダイナミクス, 椎原良典, 機械工学年鑑2019 -機械工学の最新動向-, https://www.jsme.or.jp/kikainenkan2019/chap05/#a05 (参照日2023年4月20日)

(4) Hu, W., Ha, Y.D., Bobaru, F. and Silling, S.A., The formulation and computation of the nonlocal J-integral in bond-based peridynamics, International Journal of Fracture, Vol.176 (2012), pp.195-206.

(5) Imachi, M., Tanaka, S. and Bui, T.Q., Mixed-mode dynamic stress intensity factor evaluation using ordinary state-based peridynamics theory, Theoretical and Applied Fracture Mechanics, Vol.93 (2018), pp.97-104.

(6) Dai, M.J., Tanaka, S., Oterkus, S. and Oterkus, E., Mixed-mode stress intensity factors evaluation of flat shells under in-plane loading employing ordinary state-based peridynamics, Theoretical and Applied Fracture Mechanics, Vol.112 (2021), 102841.

(7) Kilic, B. and Madenci, E., An adaptive dynamic relaxation method for quasi-static simulations using the peridynamic theory, Theoretical and Applied Fracture Mechanics, Vol.53 (2010), pp.194-204.

(8) Nguyen, C.T., Oterkus, S. and Oterkus, E., An energy-based peridynamic model for fatigue cracking, Engineering Fracture Mechanics, Vol.241 (2021), 107373.

(9) Hong, K., Oterkus, S. and Oterkus, E., Peridynamic analysis of fatigue crack growth in fillet welded joints, Ocean Engineering, Vol.235 (2021), 109348.

(10) Wang, H., Tanaka, S., Oterkus, S. and Oterkus, E., Study on two-dimensional mixed-mode fatigue crack growth employing ordinary state-based peridynamics, Theoretical and Applied Fracture Mechanics, Vol.124 (2023), 103761.

(11) Imachi, M., Tanaka, S., Bui, T.Q., Oterkus, S. and Oterkus, E., A computational approach based on ordinary state-based peridynamics with new transition bond for dynamic fracture analysis, Engineering Fracture Mechanics, Vol.206 (2019), pp.359-374.

(12) O’Grady, J. and Foster, J., Peridynamic plates and flat shells: A non-ordinary, state-based model, International Journal of Solids and Structures, Vol.51 (2014), pp.4572-4579.

(13) Diyaroglu, C., Oterkus, E., Oterkus, S. and Madenci, E., Peridynamics for bending of beams and plates with transverse shear deformation, International Journal of Solids and Structures, Vol.69-70 (2015), pp.152-168.

(14) Nguyen, C.T. and Oterkus, S., Peridynamics for the thermomechanical behavior of shell structures, Engineering Fracture Mechanics, Vol.219 (2019), 106623.

(15) Nguyen, C.T. and Oterkus, S., Peridynamics formulation for beam structures to predict damage in offshore structures, Ocean Engineering, Vol.173 (2019), pp.244-267.

(16) Nguyen, C.T. and Oterkus, S., Investigating the effect of brittle crack propagation on the strength of ship structures by using peridynamics, Vol.209 (2020),

(17) Silling, S., Littlewood, D. and Seleson, P., Variable horizon in a peridynamic medium, Journal of Mechanics of Materials and Structures, Vol.10 (2015), pp.591-612.

(18) Ren, H., Zhuang, X., Cai, Y. and Rabczuk, T., Dual-horizon peridynamics, International Journal for Numerical Methods in Engineering, Vol.108 (2016), pp.1451-1476.

(19) Agwai, A., Guven, I. and Madenci, E., Predicting crack propagation with peridynamics: a comparative study, International Journal of Fracture, Vol.171 (2011), pp.65-78.

(20) Jin, Y., Li, L., Jia, Y., Shao, J., Rougelot, T. and Burlion, N., Numerical study of shrinkage and heating induced cracking in concrete materials and influence of inclusion stiffness with Peridynamics method, Computers and Geotechnics, Vol.133 (2021), 103998.

(21) Nguyen, H.A., Wang, H., Tanaka, S., Oterkus, S. and Oterkus, E., An in-depth investigation of bimaterial interface modeling using ordinary state-based peridynamics, Journal of Peridynamics and Nonlocal Modeling, Vol.4 (2022), pp.112-138.

(22) Shiihara, Y., Tanaka, S. and Yoshikawa, N., Fast quasi-implicit NOSB peridynamic simulation based on FIRE algorithm, Mechanical Engineering Journal, Vol.6 (2019), 18-00363.

(23) Shimbo, T., Itto, R., Inaba, K., Araki K. and Watanabe, N., Seismic response analysis for ordinary state-based peridynamics in a linear isotropic elastic material, Journal of Peridynamics and Nonlocal Modeling, Vol.2 (2020), 185-204.

(24) Ono, M., Miyasaka, S., Takato, Y., Urata, S. and Hayashi, Y., Tuning the mechanical toughness of the metal nanoparticle-implanted glass: The effect of nanoparticle growth conditions, Journal of the American Ceramic Society, Vol.104 (2021), pp.5341-5353.

(25) Kumagai, T., A parameter to represent a local deformation mode and a fracture criterion based on the parameter in ordinary-state based peridynamics, International Journal of Solids and Structures, Vol.217-218 (2021), pp.40-47.

(26) 柴田良一, 田中正史, 粒子モデル破壊解析理論Peridynamicsによる鋼製避難シェルターの靭性破壊の数値解析に関する基礎的研究, 第66回理論応用力学講演会講演論文集, OS-6-4-02 (2022).

(27) Fukumoto, Y. and Shimbo, T., 3-D coupled peridynamics and discrete element method for fracture and post-fracture behavior of soil-like materials, Computers and Geotechnics, Vol.158 (2023), 105372.

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3.2 計算流体力学

2019年末から始まった新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の世界的な流行によって,国内・国外における計算流体力学関連の多くの会議・講演会は延期や中止となったが,2022年度は前年に引き続きオンライン会議の開催だけでなく,オンラインと対面のハイブリッド形式での開催も散見された.
まず,本会主催第35回計算力学講演会(1)は2022年11月16日(水)~18日(金)の日程で,前年度に引き続きオンライン開催となった.また、本会が日本計算力学連合(JACM)を介して協力する国際計算力学連合(IACM)主催15th World Congress on Computational Mechanics & 8th Asian Pacific Congress on Computational Mechanics (WCCM-APCOM) (2)が2022年7月31日~8月5日の日程でオンラインでのバーチャル会議として開催された.米国物理学会(APS)主催のDFD Meeting(3)は2022年11月20日(日)~22日(火)の日程でインディアナポリス(米国)にてハイブリッド開催され,多くの現地参加者が見られた.そして本会協賛の第36回数値流体力学シンポジウム(4)が日本流体力学会主催で2022年12月14日(水)~ 12月16日(金)の日程で、こちらもオンライン開催された.特別講演として以下の2件の発表がなされた:高橋桂子氏(早稲田大学総合研究機構グローバル科学知融合研究所 上級研究員/研究院教授)「環境流体のシミュレーションと予測 ーおもしろさとむずかしさ・これからの期待ー」,山口康隆氏(大阪大学大学院工学研究科機械工学専攻 准教授)「ミクロの濡れと熱力学・統計力学・流体力学」.
続いて,国内における計算流体力学分野の研究動向を把握するため、2021年の年鑑に掲載されている2021年までの同シンポジウムの講演データに第36回数値流体力学シンポジウムの講演データを追加し,研究分野の動向を分析する。表3-3-1は,数値流体力学シンポジウムにて企画された各オーガナイズドセッションの2017年以降の発表件数の推移を示している.2021年の年鑑データ(5)に2022年のデータ(4)を追加するとともに,2017年から2021年までの5年間の平均値とそれに対する2022年の増減率も追加情報として含めた.なお,表中のOSの並びは増減率順である.2022年度も例年通り,15のオーガナイズドセッションおよび一般セッションが実施されたが,過去5年平均発表件数は約244件であったのに対して,2022年は205件と全体的に講演件数がやや減少した.過去5年(2017年から2021年)の発表件数平均に対する2022年発表件数の増加率の最も多かったのは,「可視化,データ同化,機械学習」「輸送用機械に関連する流れ」「混相流体,相変化,反応,界面」,であった.また,2022年において発表件数が多かったのは,「乱流,渦,波動」「可視化,データ同化,機械学習」「輸送用機械に関連する流れ」「混相流体,相変化,反応,界面」であった.2021年において講演数の多かった「直交細分化・適合細分化格子法」の件数は多くなかったが,先述の第35回計算力学講演会(CMD2022)においても企画OS「直交格子・AMR法の流体シミュレーション」において7件の講演発表があり,依然として活発な研究活動が行われている.
オンライン開催は,参加者が時間や場所にとらわれずに参加できることや,出張費用を削減できるといった利点もあるが,一方で対面でのコミュニケーションや交流の重要性も再認識されつつある.特に,学術分野では,研究者同士の対面での交流や議論が重要であり,オンラインでは伝えきれない情報もあると考えられる.オンラインと対面のバランスを取りながら,計算流体力学分野が発展してくことが望まれる.

表3-3-1 数値流体力学シンポジウムにおける講演件数の推移

OS名

2017 2018 2019 2020 2021 平均 2022 増減率
可視化,データ同化,機械学習 12 18 19 27 22 19.6 25 27.55%
輸送用機械に関連する流れ 12 21 22 17 17 17.8 20 12.36%
混相流体,相変化,反応,界面 14 17 19 24 16 18.0 19 5.56%
乱流,渦,波動 28 30 25 37 31 30.2 30 -0.66%
直交細分化・適合細分化格子法 10 8 18 12.0 11 -8.33%
一般セッション 3 0 9 4 6 4.4 4 -9.09%
複雑流体の流れ 15 19 20 16 14 16.8 15 -10.71%
原子・分子の流れ 4 15 13 20 17 13.8 12 -13.04%
非圧縮流れ解法,圧縮流れ解法 16 17 6 5 13 11.4 9 -21.05%
新規解法及び高性能化に向けた既存手法改良 12 9 6 13 12 10.4 8 -23.08%
連続体力学的解法 19 22 10 11 13 15.0 11 -26.67%
エネルギーに関連する流れ 11 11 14 12 14 12.4 9 -27.42%
大規模・高速計算,新しい計算資源の利用 11 5 4 8 7.0 5 -28.57%
種々の連成問題 15 21 15 17 10 15.6 10 -35.90%
離散要素型解法 23 22 18 9 11 16.6 10 -39.76%
地域環境と防災 28 23 22 19 18 22.0 7 -68.18%
電磁流体,プラズマ流 7 10 7 4 4 6.4
設計探査,最適化 4 2 3.0

〔今村太郎 東京大学〕

参考文献

(1) 第35回計算力学講演会ホームページ
https://confit.atlas.jp/guide/event/cmd2022/top(参照日2023年3月25日)
(2) WCCM-APCOM Yokohama2022ホームページ
https://www.wccm2022.org/(参照日2023年3月25日)
(3) APS DFD 2022ホームページ
https://www.apsdfd2022.org/(参照日2023年3月25日)
(4) 第36回 数値流体力学シンポジウム(2022年12月)ホームページ,
https://www2.nagare.or.jp/cfd/cfd36/(参照日2023年3月21日)
(5) 機械工学年鑑2022, 計算力学,

3. 計算力学

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3.3 マルチフィジクス

3.3.1 総論

近年,分野の垣根を超えて,科学,工学,産業の基礎から応用に渡る幅広い課題の中で,マルチフィジクス(1)が本質的に重要となる場合の在ることが認識されつつある.ここでマルチフィジクスとは,複数の現象の間に何らかの相互作用があって,それを定式化し,適切に解析することで,その現象を高精度に予測できたり,あるいは,その現象の本質を再現できたりすることを指すようである.狭義には,連成問題あるいは連成解析を,力学システムだけでなく,電気的システム,化学的システム,生物学的システム,さらには社会的システムまで含む,あるいは,時間と空間のより幅広いスケールへと拡張したコンセプトと考えることができる.国内外の講演会における連成問題・連成解析関連のセッションからも,この理解が一定の妥当性を持つことが示される(第35回計算力学講演会(2)におけるOS「大規模並列・連成解析と関連話題」「複合・連成現象の解析と力学」,第27回計算工学講演会(3)におけるOS「連成解析・連携解析」,JSST2022(4)におけるSymposium「Advanced Numerical Analysis and Software in Multiphysics and Coupled Problems」,WCCM-APCOM 2022(5)におけるTopic「Multiscale and Multiphysics Systems」のMS「MULTIPHYSICS MECHANICS & TRANSPORT PHENOMENA IN SOFT MATERIALS & THEIR INTERFACES: THEORY, SIMULATIONS, & EXPERIMENTS」「Integrating Data Science and Multiscale Methods for Multiphysics Applications」「Multiscale and Multiphysics Modelling of the Structural and Mechanical Properties of Energy Storage Materials」,Topic「Biomechanics and Mechanobiology」のMS「Multiphysics and Data-driven Modeling for Cardiovascular Biomedicine」, Topic「Numerical Methods and Algorithms in Science and Engineering」のMS「Stabilized, Multiscale and Multiphysics Methods」「Accurate and Efficient Solution Remapping Strategies for Coupled Multiphysics Systems」,Topic「Inverse Problems, Optimization and Design」のMS「OPTIMIZING CIVIL STRUCTURES DESIGN – HOW TO ADDRESS MULTIMATERIAL, MULTICRITERIA AND MULTIPHYSICS PROBLEMS TO REDUCE THE GLOBAL CARBON FOOTPRINT」,CFC2023(6)におけるMS「Data-Driven Modeling and Machine Learning for Multiphysics Simulations」「Computational Simulation of Coupled Multiphysics Problems」など).インターディシプリナリな性質を有する計算力学によって,マルチフィジクスが学術的に体系化されることが期待される.例えば,大規模解析は,マルチフィジクスに対する方法論の基本的要素の1つと考えられる(7)

3.3.2 マルチフィジクス連成解析

マルチフィジクスを構成するいずれの現象も他から独立に解析することができない場合,マルチフィジクス連成として明確に区別することが適切であろう(8).その最も代表的なものの1つが次節で述べる流体構造連成である.また,シャントダンピングやエネルギーハーベスティングにおける圧電振動子の振動特性を正確に予測するためには,逆圧電-圧電-電気回路連成解析を行う必要がある(9).さらにエネルギー源となる周囲の流れや発電効率を最適化するための制御系も含めた連成解析(10,11)へと研究が進展している.このように,より多くの現象へと対象が拡大していくことは,連成解析の今後の方向性の1つと考えられる.他にも,抵抗スポット溶接の接触変形-電流-熱伝導連成解析(12)が行われており,観測が極めて困難な溶融内部に生じる1秒未満の現象を理解することに貢献している.
自然界の形態,機能,および,戦略を,それらの背後にある原理とメカニズムの理解に基づき模倣することで,持続可能な工学解を得ようとするバイオミメティクス(13)は,必然的にマルチディシプリナリな性質を持つ.計算力学はインターディシプリナリな性質を有するため,バイオミメティクスへの計算力学的アプローチ(計算バイオミメティクス)が有効と考えられる(14-17).例えば,生物運動のマルチフィジクス連成を人工物の機能生成に積極的に利用する設計が試みられている(18)
連成問題の定義や流体構造連成に代表される2つの現象の連成問題を対象とした解法については,それらの研究が進展するにつれて,ある種の基準を設けられるようになってきた(8).上述のコンセプトに基づけば,そのような試みに沿うことで,マルチフィジクスに関する研究開発の見通しをつけやすくなる.例えば,性質の異なる複数の現象の連成(マルチフィジクス連成)に対して,既存の連成解法を適材適所に組み合わせることで,全体の連成解法を系統的に構成するというアプローチが考えられる(9,10).その一方で,既存の代表的な解法であっても,有効であるとは限らないため,個々の場合に応じて,利点と欠点を適切に評価する必要がある(1).また,常に直面するのは,結果の妥当性を検証することの困難さであろう.この課題の解決策として,解析と計測の融合が考えられる(19).今後も多種多様なトピックを通じて,マルチフィジクス連成に関する研究が進展していくと考えられる.この際,個々の問題を個別に解決に導くだけでなく,それらの共通項を探り,学術的に体系化していくという俯瞰的視点が今後必要となる.

3.3.3 流体構造連成解析

研究と応用が盛んなマルチフィジックス連成解析として流体構造連成解析がある.この理由を考えてみると,マルチフィジックス連成解析の発展や連携解析への繋がりが見えてくる.
ある現象のコンピューターシミュレーションを考えるときに,それは多くの場合真空状態でもない限り,流体として計算を行うことが適する部分と,固体として計算を行うことが適する部分の両方を有する.より難しい問題ではそれらの関係が時間的に変化する.物質の状態が気体・液体・固体の三態に分類されることからも分かる.このような事実に対し古くは技術的な限界や制約から,固体計算における内部や周辺流体の効果は追加的な減衰項として取り扱われ,流体計算における固体部分は境界条件として取り扱われるなどの手法がとられてきた.しかしながらより事実に忠実で,信頼性や正確性の高いシミュレーションを行うことを考えると,流体部分も固体部分も時間・空間双方の変動を考慮できる支配方程式に基づいて陽に計算を行う流体構造連成解析が必然的に必要となることが分かる.一方でこれを計算手法の観点から考えると,流体と固体には基本構成則に関する異なりがあり,流体は空間に固定された座標系(以後固定座標)で計算を行うことが適するという性質と,固体は固体に埋め込まれた座標系(以後埋込座標)で計算を行うことが適するという性質がある.そのため,流体解析と固体解析は歴史的には異なる分野・専門領域であった.この課題を解決し,技術融合を進めない限り,流体構造連成解析は成し得ない解析となる.まとめると,流体構造連成解析は物質の三態論から必然的に必要となることと,基本構成式の異なり,適する座標系の異なりの両立論を含むことから,マルチフィジックス連成解析の基盤やスタート地点となる技術として今日でも多くのコミュニティによって盛んに研究が行われ続けている.
当初は差分法の分野で,流体は空間座標で計算し固体はラグランジュマーカで表すような手法,言い換えれば流体解析の枠組みに固体解析を乗せていくような連成解析手法から提案された.有限要素法の分野では,流体を移動座標系で記述し,固体を計算する物質座標に流体座標が沿った状態で連成解析を行う手法,言い換えれば固体解析の枠組みに流体解析を寄せていくような連成解析手法が提案された.今日でも双方のアプローチが盛んに研究されている.更には,流体を移動する物質点群で解析する粒子法と総称される計算手法の進歩とともに,流体計算用の粒子法と何らかの固体計算手法とで連成解析を行う手法も提案され,研究や適用が盛んになってきている.これらを一般化すると,流体計算と固体計算にそれぞれどのような記述方式,座標系(固定座標,移動座標,物質座標)を用いるかによって,3×3で9通りの連成解析手法が考えられ,実際に9通りに相当する連成解析手法は既に提案されていると見做すことができる.更に,流体計算と固体計算にそれぞれどのような空間離散化手法(差分法,有限要素法,粒子法など)を適用するかの組み合わせも合わせると,考え得る連成解析手法が無数に出現してくる.この無数の組み合わせに対する「連成解析手法」が近年では盛んに研究され,開発されてきている状況と言える.そのため全てを把握することが困難になりつつあるが,学術界の絶え間ない努力により流体構造連成解析の選択肢と自由度が高まっている.一方で確立された技術ではないことも事実であるため,計算したい対象にとってどのような連成解析手法が適するかを見分ける能力も必要になっている.将来的にはどのような連成解析手法を用いても,安心・安全かつ適切な連成解析が行える世界が来ることが期待され,上記の組み合わせ論の一般化を考える次の「連携解析」に関する研究を含めて着実にその世界に近づいているものと考えられる.

3.3.4 連携解析

連携解析とは古くは熱応力解析や複数の生産工程の連続解析のように,ある解析の実行結果を用いて次の解析を行うことを指す.マルチフィジックス分野では海外ではMpCCI(20)やpreCICE(21),国内ではREVOCAP_Coupler(22)等の分離型連成解析プラットフォームが精力的に開発・利用が進められ,多様な連成・連携解析が行われている.分離反復型解法の発展に伴って一体型解法と同等の高精度な解析結果が得れるようになり,連携解析の適用範囲は格段に広がっている.例えば複数の大規模並列解析コードを用いてスーパーコンピュータ「富岳」上で洋上風車や石炭ガス化炉の実機解析(7,23)が可能となっている.
この連携解析の中核技術は特定の解析結果を他の解析のためにマッピング,比較変換,転送するための多様かつロバストな実装である.すなわち,連成解析における分離型解法のうち,インターフェース部の実装に焦点を当てたものが連携解析と呼ばれる.インターフェース部に注目すれば最適化ツールと力学解析(24),近年隆盛を極める人工知能・機械学習と計算力学との連携(25)なども連携解析と捉えることができる.
マルチフィジクスの複雑さにアプローチするために,最適化や人工知能・機械学習との連携が今後一層進むことは確実であり,より多様なアプリケーション間での連携解析技術がより発展することが期待される.

〔石原 大輔 九州工業大学,澤田 有弘 産業技術総合研究所,山田 知典 東京大学〕

参考文献
(1) Felippa, C. A., Park, K. C. and Farhat, C., Partitioned analysis of coupled mechanical systems, Computer Methods in Applied Mechanics and Engineering, Vol.190 (2001), pp.3247–3270.
(2) https://confit.atlas.jp/guide/event/cmd2022/top
(3) https://www.jsces.org/koenkai/27/
(4) https://jsst-conf.jp/2022/
(5) https://www.wccm2022.org/
(6) https://cfc2023.iacm.info/
(7) 吉村忍, 山田知典, 河合浩志, クリーンエネルギーシステムのスーパーシミュレーション, 計算工学, Vol.26, No.1 (2021), pp. 4200–4203.
(8) 日本機械学会計算力学技術者資格認定事業委員会, 各種モデリング技術, 標準問題集固体1級 (第10版3刷) (2022), pp. 115–118.
(9) Ishihara, D., Takata, R., Ramegowda, P. C., and Takayama, N., Strongly coupled partitioned iterative method for the structure–piezoelectric–circuit interaction using hierarchical decomposition, Computers & Structures, Vol. 253 (2021), 106572.
(10) Ramegowda P.C., Ishihara D., Takata R., Niho T., Horie T., Hierarchically decomposed finite element method for a triply coupled piezoelectric, structure, and fluid fields of a thin piezoelectric bimorph in fluid, Computer Methods in Applied Mechanics and Engineering, Vol. 365 (2020), 113006.
(11) Kaneko, S. and Yoshimura, S., Coupled analysis for active control and energy harvesting from flow-induced vibration, Journal of Advanced Simulation in Science and Engineering, Vol. 9, Issue 1 (2022), pp. 1–19.
(12) 二保知也, 抵抗スポット溶接の非定常非線形接触変形・電流・熱伝導3連成有限要素解析, 溶接学会誌, Vol. 90, No. 3 (2021), pp. 177–181.
(13) Liu, H., Nakata, T., Li, G., and Kolomenskiy, D., Biomechanics and biomimetics in flying and swimming, Industrial Biomimetics (2019), pp. 29–80.
(14) Ishihara, D., Liu, H., Yoshimura, S., MS405 Computational Biomechanics and Biomimetics of Flapping Flight, WCCM-APCOM 2022, https://www.wccm2022.org/minisymposia0405.html.
(15) Ishihara, D., Takei, A., Sawada, T., Kawai, H., Yamada, T., Symposium3: Advanced Numerical Analysis and Software in Multiphysics and Coupled Problems, JSST2022, https://jsst-conf.jp/2022/?page_id=133.
(16) Ishihara, D., Liu, H., Yoshimura, S., MS2-03 Computational Biomechanics and Biomimetics of Flying and Swimming, CFC2023, https://cfc2023.iacm.info/event/area/d5a7b66a-0807-11ed-b993-000c29ddfc0c
(17) Ishihara, D., Liu, H., Yoshimura, S., Special Issue “Computational Biomechanics and Biomimetics in Flying and Swimming”, Biomimetics, https://www.mdpi.com/journal/biomimetics/special_issues/M9110WVU2D
(18) Ishihara, D. Computational approach for the fluid-structure interaction design of insect-inspired micro flapping wings. Fluids, Vol. 7, No. 26 (2022), 7010026.
(19) 渡邉浩志, 例題で極める非線形有限要素法 (2020), 丸善出版, pp.151–154.
(20) https://www.mpcci.de/
(21) https://precice.org/
(22) Yoshimura, S, Yonemura, N, Yamada, T. Coupling analysis platform in parallel environments REVOCAP_coupler. Proceedings of APCOM2007(2007).
(23) 渡邊裕章, 黒瀬良一, 吉村忍, 山田知典,実機クリーンエネルギープラントの大規模スーパーシミュレーション,64-208 (2022), pp.161-167.
(24) https://dakota.sandia.gov/
(25) 松永嵩,小川良太,匂坂充行,藤吉宏彰,石井元武,礒部仁博,山田知典,吉村忍,機械学習のデジタル打音検査高度化への適用,日本計算工学会論文集,2021002 (2021), pp.1-10.

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3.4 マルチスケール(マテリアル関係)

固体材料が示す力学特性や機能特性は,材料を構成する原子・分子の微視的な構造や結合状態に大きく依存する.しかしながら,通常のエンジニアリング材料とその構成要素である原子・分子の間には,大きな時・空間スケールの開きがあり,両者を記述する力学の支配方程式もまた異なっている(マクロ系の解析では連続体力学が用いられるのに対して,ミクロ系の解析にはニュートン力学や量子力学が使用される).マルチスケール材料力学では,こうしたスケール間の乖離を計算力学的手法によって埋めることで,材料特性の起源を力学的に説明することを一つの研究目標としている。

 

2022年度の研究動向を,日本機会学会論文集,2022年11月にオンラインで行われた第35回計算力学講演会(CMD2022)のプログラム・予稿集,および日本材料学会の会誌(材料)から調査した.日本機会学会論文集については,「材料力学・機械材料・材料加工」と「計算力学」のカテゴリーを対象としたが,これらの中で計算材料力学に関連した論文としては,粘性を持つ高分子材料(1)や複合材料(2)に関する研究などが報告されており,計算手法に関しては超弾性体のシェル理論に関する解析(3)が進められている.一方,マルチスケール材料力学に関する論文としては,我々のグループによる連続体力学と確率微分方程式を組み合わせた固溶元素の拡散解析が挙げられる(4).その他の新しい動向としては,3Dプリンターを用いて作成されるラティス構造体・骨組構造体の解析(5,6)や,デジタルツインを用いた構造体の階層的モデリング(7)が行われている.3Dプリンターやデジタルツインは計算材料力学との相性が良く,今後の大きな研究トレンドになることが予測される.

 

CMD2022では,2つのOS「材料の組織・強度に関するマルチスケールアナリシス」と「電子・原子・マルチシミュレーションに基づく材料特性評価」の合同セッションが開催され,2日間で計41件の研究発表が行われた.内訳としては,手法に関しては有限要素法(FEM)が15件,分子動力学法(MD)が18件,第一原理計算が2件,離散転位動力学が2件,フェーズフィールド法が1件,レベルセット法が1件,その他の方法が2件であった.一方,解析対象は弾性特性,結晶粒界,き裂,結晶塑性,高分子,転位組織,転位の力学場,水素脆化,キンク変形,座屈不安定など多岐に及んでいる.最近の新しい傾向としては,機械学習・ニューラルネットワークを用いた原子間ポテンシャルの作成と,そのMDへの実装が精力的に進められている.最新の情報科学技術を用いた新しい有望な取り組みである.

 

最後に,日本材料学会の会誌「材料」で編成された「ナノ力学」特集号について紹介したい.これは2019年に発足したJSTさきがけ「力学機能のナノエンジニアリング」に参画する研究者が,プロジェクト内での研究目標・内容を紹介した解説記事特集号である.その第一弾として,研究統括による巻頭言(8)を筆頭に,合計13件の解説記事が2号連続で掲載されている(材料,71巻,8号・9号).また,現在は第二弾が準備されているところである.冒頭に述べた通り,材料の力学特性や機能特性の起源はナノスケールにあるが,その最新の理論・計算・実験研究が分かりやすく説明されている.こうしたナノ力学に関する新しい挑戦が,マルチスケール計算材料力学との協働によって,より大きな研究成果へと結び付くことを期待したい.

〔垂水竜一 大阪大学〕

参考文献

(1) 粘弾性・粘塑性・損傷複合モデルに対する材料物性値の混合型同定による熱可塑性樹脂の非線形材料挙動の再現と評価, 染宮聖人, 田口尚輝, 平山紀夫, 松原成志朗, 山本晃司, 寺田 賢二郎, 日本機械学会論文集,  88, No. 910, p. 22-00077, DOI: 10.1299/transjsme.22-00178

(2) CFRPの衝撃貫通試験と残留引張強度評価, 板倉知巳, 後藤圭太, 荒井政大, 吉村彰記, 日本機械学会論文集,  88, No. 910, p. 22-00117, DOI: 10.1299/transjsme.22-00117

(3) Block Newton法による内部反復のない超弾性シェルの有限要素解析, 山本剛大, 山田貴博, 松井和己, 日本機械学会論文集, 88, No. 912, p. 22-00150, DOI: 10.1299/transjsme.22-00150

(4) Fokker-Planck方程式を用いたCottrell雰囲気形成過程の数値解析, 谷山真希, 小林舜典, 垂水竜一, 日本機械学会論文集, 88, No. 913, p. 22-00178, DOI: 10.1299/transjsme.22-00077

(5) ラティスを充填した角筒の曲げ強度評価, 熊谷拓真, 牛島邦晴, 日本機械学会論文集,  88, No. 906, p. 21-00298, DOI: 10.1299/transjsme.21-00298

(6) マルチスケール構造設計における骨組ミクロ構造の寸法最適化, 内匠祐太郎, 下田昌利, 日本機械学会論文集,  88, No. 915, p. 22-00240, DOI: 10.1299/transjsme.22-00240

(7) デジタルツインによる機器の健全性管理を実現する階層型構造ヘルスモニタリング, 竹田憲生, 亀山達也, 日本機械学会論文集,  88, No. 910, p. 22-00095 DOI: 10.1299/transjsme.22-00095

(8) ナノ力学特集号, 北村隆行, 材料,  71, No. 8, p. 653, DOI: https://doi.org/10.2472/jsms.71.653

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3.5 計算バイオメカニクス

3.5.1 概況

計算バイオメカニクスは,自然界の様々な生命現象を力学に立脚した数理モデルによって表現し,その背景にある力学原理を解き明かすことで生命の理解や医療応用を目指す学問分野である.その研究対象は,筋骨格,循環器,呼吸器,消化器といった生体内の現象に留まらず,鳥・昆虫の飛翔や,魚の遊泳,微生物懸濁液と多岐に渡り,扱う空間スケールも,分子レベルから,細胞,組織,器官,全身レベルまで非常に幅広い.2022年度日本機械学会が主催した第35回計算力学講演会(2022年11月16日〜18日,オンライン)(1),第34回バイオエンジニアリング講演会(2022年6月25日〜26日,福岡国際会議場)(2)を対象に計算バイオメカニクス関連の講演を調査すると,臨床応用を目指す臓器スケールのシミュレーションと,細胞動態の力学機構解明を目指す細胞スケールの数理モデル化とに研究の二極化が進む傾向にある.臨床応用を目指す研究では,筋骨格,循環器のイメージベーストシミュレーションが盛んであり,細胞スケールの数理モデル化では,多細胞運動による組織形成,極性化メカニズム解明を目指す研究が発展してきている.国際的な計算バイオメカニクスの研究動向を,国際計算力学協会が主催するWorld Congress on Computational Mechanics & Asian-Pacific Congress on Computational Mechanics 20223(2022年7月31日〜8月5日,オンライン),米国機械学会バイオエンジニアリング部門主催の2022 Summer Biomechanics, Bioengineering, and Biotransport Conference (2022年6月20日〜23日,Maryland),世界バイオメカニクス協議会主催のWorld Congress of Biomechanics (2022年7月10日〜14日,台北)4から調査すると,心臓血管系のシミュレーションに機械学習,深層学習を取り入れた研究が発展しつつ,継続して流体構造連成,マルチフィジックス解析に基づく研究の推進が活発である.米国機械学会における計算バイオメカニクス関連発表のおよそ75%が生体の数理モデリング,メカノバイオロジーに関する研究であったことは注目に値し,臨床応用面からではなく複雑な生命現象の数理的理解に計算力学を積極的に利用しようとする潮流が見て取れる.特に,従来から研究が盛んであった筋骨格系,心臓血管系に加え,眼,骨盤底組織,生殖など,これまで議論されなかった組織についてのセッションが新たに建てられ,計算バイオメカニクスの研究対象が急速に拡大している様子が垣間見える.このような国際的な研究動向において,本稿では,近年発達が著しい「生殖の計算バイオメカニクス」の現況を紹介する.少子高齢化社会を迎え,生殖医療が社会的に注目される我が国において,計算力学が生殖医療へ果たす役割を再考する一助となることを願う.

3.5.2 子宮の計算バイオメカニクス

生殖に関する計算バイオメカニクスの代表例は子宮やその周辺組織のメカニクスに関するもので,患者個別モデルから,いわゆる妊娠中のお腹の張りや陣痛(筋収縮伝搬)を定量化し,早産リスク診断への応用を目指す研究が行われている.例えば,子宮を超弾性体(Mooney-Rivlin体)でモデル化し,有限要素解析を行うことで子宮に加わる負荷を定量化することが試みられている(5).切迫早産の指標とされる「頸管長」が短くなった高リスクグループでは,子宮頚部の主ひずみが低リスクグループより大きくなることが確認され,子宮の力学的変形と早産リスクとの相関が示唆されている.個別モデルから妊娠週数に応じた力学負荷が定量化されれば,頸管長だけでは見えなかった新たな早産リスクの発見が期待できる.一方で,技術的には課題が多く残っており,例えば,生体組織の物性を直接測定することは難しく,逆問題からの類推に頼らなくてはならない.妊娠週数に応じて内膜の弾性率が変化することも示唆されており,計算で求めた物性値の評価方法を確立していく必要がある.また,倫理的側面からMRIを妊婦に使用することは難しく,子宮形状の抽出精度には限界がある.そのため,二次元超音波画像から簡素な形状モデルを作成することが現在の主流となっており,患者別のオーダーメイド診断には,より忠実な個別実形状モデルの作成が望まれる.

3.5.3 精子運動の計算バイオメカニクス

生殖のもう一つの代表例は,精子運動であり,流体運動と関連した数理モデル開発が行われている.精子のサイズはおよそ60マイクロメートルと,その小ささから精子運動における慣性の影響は無視することができる.そのため,ストークス方程式によって精子周りの流れ場を近似し,界面追跡型の境界要素法によって精子運動の問題を取り扱う研究が盛んに行われている6,7,8.精子の運動は鞭毛と呼ばれる細胞小器官のうねり運動によって達成されるが,精子鞭毛は弾性に富んでおり,他の精子が作る流れによって鞭毛打は容易に変化する.そのため,細胞間相互作用の解析には流体構造連成を取り入れた数理モデルが必要とされ,それらの数理モデルによって,鞭毛打の自律同期(5)や,多細胞運動の秩序化(6),遊泳速度の上昇(7)など,興味深い物理現象が明らかにされつつある.流体運動を介した受動的な鞭毛打変化のみならず,近年では,自発的鞭毛打変化,いわゆる生体反応をモデル化する研究も推進され,鞭毛運動の力学シミュレーションに,卵子が発するホルモン物質の輸送(移流拡散方程式)をカップリングした物理-化学相互作用を表現する数理モデル開発も進んでいる.

〔大森俊宏 東北大学〕

参考文献

(1) 第35回計算力学講演会, 日本機械学会,

https://confit.atlas.jp/guide/event/cmd2022/top(参照日2023年4月10日)

(2) 第34回バイオエンジニアリング講演会, 日本機械学会,

https://www.jsme.or.jp/conference/bioconf22/index.html(参照日2023年4月10日)

(3) WCCM-APCOM Yokohama 2022, 国際計算力学協会,

https://www.wccm2022.org/(参照日2023年4月10日)

(4) WCB 2022, 世界バイオメカニクス協議会,

https://www.wcb2022.com/(参照日2023年4月10日)

(5) Louwagie, E., Mourad, M., House, M., Wapner, R., and Myers, K., Simulations of the gravid human uterus and cervix for patients at high- and low-risk for preterm birth, Conference Proceeding SB3C(2022), paper No. 384.

(6) Goldstein, R. E., Lauga, E., Pesci, A. I., and Proctor, M., Elastohydrodynamic synchronization of adjacent beating flagella, Physical Review Fluids, Vol. 1, (2016), 073201.

(7) Schoeller, S. F., and Keaveny, E. E., From flagellar undulations to collective motion: predicting the dynamics of sperm suspensions, Journal of Royal Society Interface, Vol. 15, (2018), 20170834.

(8) Taketoshi, N. Omori, T., and Ishikawa, T., Elastohydrodynamic interaction of two swimming spermatozoa, Physical Review Fluids, Vol. 32, (2020), 101901.

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3.6 機械学習と計算力学の融合

機械学習とは,AIだけではなく,データドリブンな方法であり,単なる予測器を生成するだけではなく,物理現象も再現する代替モデル構築まで可能な手法として期待されている.代替モデルはSurrogate Modelとも言われておりいくつかの手法により構築が可能である.

・深層学習[1]

・ガウス過程[1]

・ベイズ学習[1]

・決定木[2]

・スパースモデリング[3]

などこれら以外にも重回帰などの古典的方法も含めれば構築可能な手法は多数あり,日々アルゴリズムの改良が行われている.機械学習はここ数年で急速に適用事例が増加した分野である.機械学習に関する手法の多くの共通の目的は,時間のかかる順問題や逆問題のプロセスを高速化することである.また,高速化自体が目的でない場合は,同定が困難なシステムの代替モデル構築自体が目的である.測定が離散的かつ確率密度の推定が可能であればガウス過程回帰は有効な方法である.一方で,深層学習とその他の方法の大きな違いは必要とするデータ量の違いである.深層学習では多くのデータにより汎化能力を高めるが,ガウス過程回帰などは比較して少ないデータで予測器の生成ができるが測定近傍以外の精度に問題が残る.個々の研究では,

・予測したい問題の複雑さ(ほぼ線形であれば重回帰分析などでもよい),

・データ量がどの程度か(予測したい問題の複雑さに比べて),

・事前に仮定できるモデルはあるのか,

などにより選択する手法が異なる.したがって,どの手法が優れているかという観点より,対象としている問題にどの手法が適しているのかどうかが重要である.一方で,少ない(一般な工学問題においてデータ計測や生成はコストが高い)教師データを増やすことは,より良い予測には必要条件である.一般的なデータ拡張は画像の回転やノイズ付与などであるがその他にも性質を変えずにデータを拡張する方法の適用が汎化性能向上のため重要である[4].2022年はコロナ禍も収束する中で多くの学会で対面またはハイブリッド開催となり情報収集という観点では再び以前の状態に戻りつつある.

第35回計算力学講演会[5]においても機械学習に関するセッションを企画し,合計で19件の破票があった.他のセッションにおいても機械学習を利用した内容の研究はおおよそ4件あった.ここ数年,国内学会である計算力学講演会などや,APCOMなどに代表されるIACM傘下の国際学会[6]においてオーガナイズドセッションやミニシンポジウムで20件前後の申込みがあり,研究活動は引き続き活発に行われている.機械工学年鑑2018では,「画像解析による応用はその事例は多数見受けられるが,一方で物理現象,工学設計における応用方法が全く示されていないまたは画像的な取扱でデータ学習させる傾向が強くある」[7]と指摘させていただいた.現状では工学問題に適した応用,利用方法が活発に検討されており,さらなる応用・発展の可能性を感じられまでになった.特に近年では,PINNs(Physical Informed Neural Networks)[8]による物理モデルの直接またはデータとの融合学習,さらに,xAIと表記される説明可能なAIに含まれるSHAP (Shapley Additive exPlanation)[9]のような汎用的な一種の感度解析手法などにより,脱ブラックボックスが十分に可能な技術開発が日々進んでいる.また,予測器が予測する値から内在する微分方程式を推測する技術も存在し[10],客観的な評価も可能になりつつある.

2022年の最大の話題は,ChatGPT[11]であろう.生成系AI(Generative AI)は以前から技術として存在している.ChatGPT以外にもMicrosoftやAmazonなど複数の企業が参入を表明[12]している.検索と大きな違いは,質問に対して学習したデータに基づき最も的確な回答を生成する能力を有することである.したがって,オープンなデータを使っている以上,その信ぴょう性は,データ依存であるため,そのデータが何かを知らない以上,ユーザーは常にその結果に対して懐疑的である必要がある.このことは,インターネットを利用した情報リテラシーに含まれるべき内容であると考えている.この生成系AIは機械工学にすぐに貢献したり何かを設計プロセスを大きく変えるようなインパクトがあるかどうかは現段階では分からない.しかし,検索を超えた相談できるシステムとしてエンジニアリングに特化したデータを追加で学習することにより的確な相談役を生成系AIに任せることは技術的には可能である.この考えは,エキスパートシステムの構築や暗黙知の伝承問題などの現代版と考えると理解しやすい.繰り返しになるが,膨大なデータから生成される回答への理解の仕方や取り扱いなどは引き続き留意すべき事項はあるが,人間にわかりやすい形で様々な問題解決を援助する強力な1つの手法である.

USACMでは,2021年9月に,データサイエンスに特化した講演会である,第1回Mechanistic Machine Learning and Digital Twins for Computational Science, Engineering & Technology(MMLDT-CSET2021)[13]が米国サンディエゴで開催された.2023年9月には第2回の同会議[14]も米国エルパソにて開催される.筆者もミニシンポジウムを企画した.第2回同会議では,10の応用領域を表すトラック(前回より2つ増えた)が設定されており,そのトラックにミニシンポジウムが合計39件企画されている.Computational Mechanicsではなく,あえてComputational ScienceやEngineeringという言葉を用いて間口を広げたためより幅広いミニシンポジウムの企画が集まった.ここで重要ないくつかのキーワードが散見される.

・Digital Twins

・Data-Driven

・Reduced-Order Modeling

・Digital Thread

どのキーワードも以前からあるものだが,機械学習や統計数理などの分野と結びつき,より有効な手法開発,応用方法の研究が進められていると理解できる.

ますます計算力学分野における機械学習手法が適用されると期待するが,学習対象を可能な限り正しく理解し,教師データの特性や統計的性質を理解し,さらに,利用する機械学習アルゴリズムの特徴をうまく引き出すことが高度な応用に不可欠である.これらを通じて,機械学習と計算力学の融合が実現する.この融合された成果は,基盤技術としてDigital Twinsを実装するシステムに組み込まれる.Digital Twinsの実現が,Data-Drivenを加速し,機械工学への応用をさらに進めるスパイラルとなる.実用的な生成系AIも登場し,まさに今が大きな節目になるといえる.

〔和田 義孝 近畿大学〕

参考文献

(1) C.M.Bishop, パターン認識と機械学習 上/下 ベイズ推論による統計的予測, 2012, 丸善

(2) Breiman, L. Classification and Regression Trees, 1984, Chapman & Hall/CRC

(3) 藤本 晃司, 田中 利幸, スパースモデリングと医用MRI(<特集>スパースモデリング: 情報処理の新しい流れ), 応用数理, 25巻1号, pp.10-14, 2015

(4) 和田義孝, 深層学習によるサロゲートモデル構築, プラスチック成形加工学会誌, Vol.32, No.3, pp.83-86, 2020

(5) 第35回計算工学講演会予稿集, https://confit.atlas.jp/guide/event/cmd2022/top(参照日 2023年4月1日)

(6) WCCM-APCOM2022 site, https://www.wccm2022.org/(参照日 2023年4月1日)

(7) 機械工学年鑑2018, https://www.jsme.or.jp/kikainenkan2018/(参照日 2023年4月1日)

(8) M. Raissi, et al., Physics-Informed Neural Networks: A Deep Learning Framework for Solving Forward and Inverse Problems Involving Nonlinear Partial Differential Equations, 2019, Journal of Computational Physics

(9) S. Lundberg, et al., A Unified Approach to Interpreting Model Predictions, 2017, Proceedings of the 31st International Conference on Neural Information Processing Systems (NIPS’17), 4768–4777

(10) D. A. Messenger and D. M. Bortz, Weak SINDy For Partial Differential Equations, 2021, Journal of Computational Physics Vol. 443, 110525

(11) https://platform.openai.com/docs/introduction(参照日 2023年4月1日)

(12) https://utelecon.adm.u-tokyo.ac.jp/docs/20230403-generative-ai(参照日 2023年4月1日)

(13) MMLDT-CSET 2021 site, https://sites.google.com/eng.ucsd.edu/iacm-mldt-cse(参照日 2023年4月1日)

(14) MMLDE-CSET 2023 site, https://www.utep.edu/engineering/mmlde/minisymposia/index.html(参照日 2023年4月1日)

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3.7 産業界での計算力学

3.7.1 概況

有限要素法などを用いたCAE(Computer Aided Engineering)が生まれ,人工知能(AI:Artificial Intelligence)という言葉が提唱されはじめて,60年以上の月日が経った.そして,CAEは図面作製のCAD(Computer Aided Design)やツールパス生成等を行うCAM(Computer Aided Manufacturing),およびマルチフィジックスを想定した最適化などとの技術と連携しながら発展し,また,AIは何度かの統計学的な技術のブレークスルーを経て,「ニューラルネットワーク」などの機械学習や「データサイエンスとの融合」などへ発展してきた.2000年以降の,加速度的なハードウェアの処理能力の向上,ソフトウェアのGUI(使いやすさ)の向上などとも相まって,産業界での計算力学に関連するシステムの活用が進んできている.特に近年は,計算力学の主流であったCAE×最適化にAIが加わり,航空,造船,自動車等だけでなく,電機や医療,スポーツ業界など,多岐に渡り,計算力学の利用が盛んになってきている.国際競争の中で日本の製造業が生き残っていくためには,従来の「カン・コツ・経験」「すり合わせ技術」「徒弟制度に頼った技能の伝承」だけでは立ち行かない.計算力学を中心とした「デジタル」の力を有効に駆使する必要があるだろう.しかしながら,まだまだ産業界での計算力学活用の定着は道半ばである.

3.7.2 産業界からの「計算力学」活用の課題

産業界の多くの企業が求めているのは,計算力学の専門組織が社内で業務を一括して受託するスタイルではない.計算力学の専門家が設計者・生産技術者などと協創し,それぞれの技術を高めあいながら,現場の技術者が当たり前のように,製品品質(不良を起こさない“製品品質”と,使い心地などのヒトの五感を満足させる“製品品質”),コスト,開発・製造のリードタイムの削減(ハイサイクルなモノづくり),耐環境性・安全性などを考慮した検討が行えることであろう.しかしながら,現場の設計者・生産技術者からは,下記5項の課題を聞く.計算力学の設計・生産現場での活用について,経営層が想定する通りには進んでいないものと思われる.

[1]  計算力学により得られる解と実測結果(実態)を合わせたい.

CAEから得られる結果と実験結果が,絶対値はもちろんのこと,相対的にも安定して合致しない.論理を組み立て計算した予測結果と実現象に差異がある.

[2]  計算力学に必要な入出力データや,計算設定等の不備をなくしたい.

CAEの境界条件設定が実現象と合っているかの判断ができない.機械学習や統計分析などを行う入出力データを整理できていない(または,データ量が少ない)ため,学習・分析ができない.

[3]  工学,統計学等の基礎知識を身につけたい.

計算力学や機械学習などから得られる結果をどのように読み取れば良いかわからない.

[4]  設計・生産プロセスの中で,思うように,計算力学に関連するソフトウェアを使いこなしたい.

簡易的なCAEソフト,AIソフトはまだしも,高機能なソフトウェアは,まだ現場の設計者・生産技術者が使いづらいGUIであることが多い.また,製品全体の性能や品質のトレードオフを考慮することが求められ,計算速度の更なる向上やマルチフィジックスを含む最適化が必要となる.

[5]  計算力学を用いて,投資対効果に見合った成果を出したい.

計算機の性能は向上しているものの,それ以上に計算力学に期待するアウトプットのレベルが高くなっている.結果,ソフトウェアだけでなくハードウェアも高価なものが必要になる.当然,投資に見合った成果を求められることになる.

3.7.3 産業界での計算力学活用に対する課題と対策

各企業では,節3-10-2にあげた課題に対し,計算力学を用いた「ものづくり」の技術・設計~生産プロセス改革・人財育成などの取り組みの中で,さまざまな施策・アプローチを行い始めている.

[1]  計算力学により得られる解と実測結果(実態)を合わせたい.

現状の工学論理は,実現象をすべて再現するには,まだまだ程遠い状態にあるものと言える.すべての工学論理は,ある「仮定」を定義した上で成り立っている.例えば,Von Mises応力に代表される強度評価手法の基本は,「等方性材料,かつ,相似的に形状が膨張・圧縮する場合は『モノ』は壊れない」という「仮定」のもとで構築されており,万有引力の法則も,物体を「質点」と「仮定」した時の論理である.必ずしも実態を完全に表現していない.また,実測にも限界があり,4M変動の誤差も生じる.このような中,「モノ」の持つバラツキ(寸法公差,材料のロットバラツキなど)や計測器・計測者の持つバラツキを考慮しながら,CAEにより得られる解と実測により得られる「誤差」を分析・把握した上で「真値」を導き出すための「コリレーション」に着目をあてた取り組みがなされ(図3-10-1),各企業特有の「計算力学に関する技術(論理構築)」が行なわれ始めている.

[2]  計算力学に必要な入出力データや,計算設定等の不備をなくしたい.

これは,上述の [1] で述べた取り組みにより,計算力学に必要な,正確な入力データや出力結果の処理手法が構築され,活用され始めている.材料データ等のバラツキをデータ解析により把握,計算設定についても,CAEでは,通常は「理想的な設定(角Rがない,テーパーがないなど)」しかできないが,設定の誤差を把握する方法を実測による機械学習から把握し,その方法を設計者・生産技術者などの現場設計者に計算力学の専門家が教育するなど,計算設定の不備をなくす取り組みが進んでいる.

[3]  工学,統計学等の基礎知識を身につけたい.

CAEやAIなどの計算力学から得られる結果は,そのベースの「各分野の工学や統計学」がないと,技術者がその結果を評価できない.計算力学を有効に使いこなすためには,そのベースとなる「工学」の知識が必要となる.先行する企業では,計算力学活用のベースとなる小・中・高等学校・大学で行われている「基礎工学」「統計学」「感覚を働らかせたモノづくり」(1)に必要と考えられる教育の内容を整備し,再教育が行われ始めている(図3-10-2).

図3-10-1 デジタル画像相関法(DIC)による実測とCAEの差分を最小化する探索法

(出典 構造計画研究所 ホームページ https://dic.kke.co.jp

図3-10-2 カシオ計算機株式会社における設計者向けCAE教育

(出典 IT Monoist ホームページ「カシオが推進する設計者CAEの全品目展開,その実践と効果」  https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2301/12/news035_3.html

 

[4]  設計・生産プロセスの中で,思うように,計算力学に関連するソフトウェアを使いこなしたい.

計算力学に関連するソフトウェアの使いこなしとしては,従来の「3次元CAD上で活用できる簡易CAE」を工学知識と現場経験豊かな技術者が使いこなすという「設計者CAE」推進という活動の他に,近年は,「高機能なCAEでも,入出力の関連性を機械学習させ,必要な入力パラメータを入れれば,瞬時に計算出力が得られる」という「サロゲートモデル」が推進されつつある.まだ,対象製品は限定されるが,現場経験の浅い技術者でも,適正な値が得られ,その後,「なぜ,その結果が得られたか?」を学習させる仕組み・システムが浸透しつつある(図3-10-3).これに,クラウドを中心としたハードウェアの活用,マルチフィジックスを含む最適化を駆使して,「設計・生産工法の検討のどのタイミングで,どのフィジックスの計算力学手法・最適化を用いればよいか?」という「設計・生産プロセス」そのものの改革も進んできている.

[5]  計算力学を用いて,投資対効果に見合った成果を出したい.

これについては,自動車・造船・航空業界など,実機サイズの試作が難しく,また,実験による検証が困難な企業より,実証実験に対する計算力学の「投資対効果」が明示されているが,近年は,単に,「試作レス」の価値だけではなく,計算力学によって得られる「知見」や製品の「ハイサイクル」な創出も含めた「投資対効果」が着目されつつあり,計算力学のリソースやコストに対する「定性的な効果」も見直されて来ている(図3-10-4).

3.7.4 今後の展望

従来の計算力学≒CAE×最適化から,計算力学=AI×データ解析×CAEへと進化し,製造業のモノづくりは新たな局面を迎えようとしている.今後,熟練した技能者が定量的に説明できなかった「カン・コツ・経験」をデータにより見える化し,そこから得られたノウハウをCAEに反映するなど,更なるデジタルを活用した技術が進むと予測する(図3-10-5).しかしながら冒頭にも述べた通り,まだまだ産業界での計算力学活用の定着は道半ばではないかと思われる.モノづくりの「革新」を加速させるためには,従来以上に産・官・学が連携した新たな技術・プロセス・人財育成の仕組みや内容を充実させなければならないと考える.これから日本企業が世界に立ち向かっていくために,産業界での計算力学の活用・促進は必須と考える.

図3-10-3 サロゲートモデル

(出典 サイバネットシステム株式会社 サロゲートシステム ホームページ

https://www.cybernet.co.jp/iot/products/neural_concept_shape.html

図3-10-4 計算力学(デジタル技術)活用に対する期待

(出典 2022年度版 ものづくり白書 概要 19ページ)

図3-10-5 オムロンにおける「AI×CAE」を有効活用した商品創出の目指す姿

(出典 IT MEDIA EXPO 2022 秋 専門セミナ資料より)

〔岡田 浩,濱名 建太郎,佐藤 一樹,船本 昭宏,蜂谷 孝治 オムロン(株)〕

参考文献

(1) 2022年度版 ものづくり白書 概要 

3.人材確保・育成(16ページ~22ページ)

4. 教育・研究開発(23ページ~29ページ)

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